第6話 若き二人の行き帰り 21
「継承者殿、色々あった詫びに助けに来てやったぞ。感謝しろよ」
イツクシマはコンボイトラックの運転席から、割れた窓ごしに声をかけて来た。
キスイは呼吸を整えながら、イツクシマへと笑いかける。
「マジで感謝するよ、今のはかなりヤバかった。ところで、これは一体どこから持ってきたんだ?」
「こいつはワシの愛車じゃわい。ワシと一緒にこっちに来とったんじゃ。しかし今までうんともすんとも動かんかったんじゃが、なぜか急に走り始めよっての。こいつの言うままに来てみればお主の危機じゃったちゅうわけじゃ」
「なるほど。しかしあんたに命を救われるとは思わなかったよ」
キスイの言葉に、イツクシマはがははと豪快に笑った。
「人生万事さいおうが馬じゃ。さいおうが何か知らんが、思わんことが起こるんは面白いのう。面白いといえば、そっちの嬢ちゃんじゃ。お嬢ちゃん、管理者代行と同じ気配がするが、どういう風になっとるんじゃ?」
「私は、元代行者そのものですよ、イツクシマさん。ちゃんとお世話になったことも憶えています」
サキがニコリと笑いかけると、イツクシマの笑顔が若干引きつった。
「そりゃあ、よかったのう。いやあ、よかったよかった。うおっほん。ほんで、お主らはどうするつもりじゃ?」
イツクシマは咳払いをして、早々に話題を切り替えた。
「できればこのまま脱出したいけど、出口まで乗せてってもらえるか?」
「ふーむ、ワシはかまわんが、あちらさんはそうさせてはくれんようじゃぞ?」
言われてキスイは森の奥に目を凝らすが、闇が満ちた木々の間には何も見いだせなかった。
泥の巨人は何処かと聞こうとした瞬間、トラックが何か大きいものの横を通り過ぎた。すぐに木々に飲まれていったが、今のは間違いなく、後ろにいたはずの泥の巨人だ。それがなぜかトラックが走る先でうずくまっていたのだ。
「今のは!?なんでアイツが俺達より前にいるんだよ」
「イザナミ様の妨害です。彼女は根の国の全権代行者。恐らくこの山に命じて、道を閉じてしまったのだと思います」
サキは周囲の気配を探って、すぐに答えを出した。
「道を閉じる?」
「私たちが帰ろうとするのをやめさせることは無理だから、出口へ辿り着けなくさせてるんです。直接捕まえるのではなく、時間切れを待つつもりではないでしょうか?」
「また時間切れ狙いかよ」
キスイは思わず額に手を当てる。
このままでは、いつまでもグルグル回ることになってしまう。脱出するためには、なんとかして出口までの道を切り開くしかない。しかし……
「……ダメだ、何も思いつかない。見えるものなら何だって切ってやるのに。何を切れば出口に行けるっていうんだよ。泥の巨人か?アイツを切れば道が開くのか?」
「無理じゃろうな。あれは単なる入れ物じゃ。それに土を切ったとしても、土の塊が二つになるだけじゃ。ほんだけじゃ意味は無いのう」
「アイツ泥だけに見えるけど、中身に木が入ってるんだよ。泥が木にまとわりついているんだ。だから中身の木を切れば、少なくとも直接追っては来れなくなるとは思うんだが」
「どちらにしろ、道を開かなくてはダメじゃな」
「だよなあ」
キスイは思わずうなだれた。自分には手の打ちようがない。せっかくサキと脱出すると豪語したのに、道を無くすという方法で来られるとは思いもしなかった。
しかしそれでも、自分がなんとかしなければと思いサキを見ると、その視線が真正面からぶつかった。
「キスイ君、それです。あの木ですよ」
「木?中身の木を切ればいいのか?」
「いえ、そうではなくて。あの木、あれが何の木だか憶えてますか?」
「いや、俺は木の種類とか詳しくないから分からないんだが」
「あれ、桃の木なんです。私が使っていたものだから間違いありません。桃の木は邪気を払うので、溜まってく穢れに染まりすぎないように愛用してたんです。ちょっと時間が経ちすぎて効果が薄れてしまっていましたが……でも、あれは桃の木なんです。アレがあれば、たぶん出口にたどり着けます」
「それは本当か?」
「はい。うまくいくはずです。でも、ちょっと問題があって……」
サキが言いよどむが、キスイは視線で先をうながす。
「……私1人では力が足りないんです。キスイ君手伝ってくれますか?」
見上げてくるサキに、キスイはしっかりとうなずいた。
「任せろ。今度こそ2人で帰るためなら、なんだってするさ」
―――――――――
トラックに揺られながら、キスイは深呼吸して集中した。
自分の力、自分が手に入れたもの。自分が鍛え上げてきたモノを強くイメージして手をかざす。するとキスイの手の中に、諸刃の儀式剣、悪心切りが現れた。
「走ってる間に集めた分の力だと、今はこれが限界だ。だがこれでも、特に問題はないはずだ」
「これ以上時間はありませんからね。それとイツクシマさんの方は大丈夫でしょうか?」
「もちのろんじゃ、管理者代行殿。そろそろアイツが見えてくるはずじゃ、そっちの準備は万全かいな」
「はい。キスイ君、よろしくお願いしますね」
「任せろ。サキは軽いからな、問題ない」
かがんだキスイの背中に、サキは体をあずける。
キスイはしっかりとサキを負ぶると、足場の淵に立った。
「イツクシマさん、準備オッケーだ」
「おう、ちょうどアイツが見えたところじゃ。しっかりやってこいよ!」
イツクシマに合図を送ると、気合いを入れるようにトラックがスピードを増した。うずくまる巨人へ向かって突っ込んでいき、ぶつかる前に急ハンドルを切る。
トラックが横を向き、うずくまる泥の巨人の姿が見えた時、キスイは足場を蹴って泥の巨人の背中へ飛び乗った。
トラックから飛び降りた勢いを使って、巨人の背中を駆け上がる。
目的の場所へ着くと、泥へ指をめり込ませて体を固定し、その心臓がある辺りを目がけて悪心切りを突き刺した。
悪心切りはずぶずぶとその刀身をうずめていき、柄まで入ったあたりで、やっとその内側にある目的の物へと到達した。
「サキ、今だ!」
「はい!」
サキはキスイの肩越しに、悪心切りへと手を伸ばす。
「ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり。ふるべ ゆらゆらと ふるべ」
サキの掌から光がこぼれ、それが悪心切りの中を通過してゆく。
キスイは、くすぐったいような慣れない感覚に耐えながら、しっかりとその場に自分とサキを固定していた。
「ふるべ ゆらゆらと ふるべ。ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ」
サキが呪文を繰り返すたび、キスイの剣先から脈動が伝わってくる。そしてそれは次第に大きくなり、泥の巨人の全体を揺らし始めた。
その時、巨人の体中から8匹の大蛇が飛び出し、キスイ達へと一斉に巻きついた。
「継承者殿、いったい何をしておられるのですかな?」
「そんなことはどうでもいいではないですか。こうして自ら捕まりに来ていただけたのですから」
「そうなのです。もう逃がさないのですよ」
「しかし妙な感じじゃの。管理代行者殿。その術を止めてはいただけませんかな?」
「そうだぜ、年貢の納め時だ。大人しくしやがれってんだ」
「ククク、飛んで火にいる夏の虫とはこの事だな」
「……むう。……危ないかもしれない」
「問題ありませんよ。この状態から一体何ができると言うのです?」
しかしキスイは大蛇達に巻き付いかれたまま、不敵に笑った。
「お前らよく来てくれたな。ちょっと力をくれよ」
「な?」
「に?」
「お?」
白く輝く刃が、三匹の大蛇を貫いた。
「若雷!黒雷!折雷!」
貫かれた大蛇はキスイから離れ、巨人の背へとぺたりと落ちた。
三匹を貫いたのは、二本目の悪心切り。大蛇達に巻き付かれたことで、逆に体勢が安定したキスイは、空いた手にもう一振りの剣を生み出して、大蛇を貫いたのだ。
キスイが剣を突き刺していた部分の泥は乾き、崩れてその内側がわずかに覗いている。そしてそこから、細い何かが飛び出してきた。
それは若い木の枝で、ビデオを早回しするようにするすると天へと伸びていく。
「継承者殿。あなた達はいったい何を……!」
唖然とする大蛇の周囲、泥の巨人のあちこちから、木が次々と生えて伸び始めた。




