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第6話 若き二人の行き帰り 16

どこまで続く小石の敷き詰められた地に、しとしとと赤い雨が降り続いている。雨はキスイの視界を覆い、周囲は赤い水煙に覆われている。

そんな陰気な雨の中にキスイは立っていた。


「どっち行けばいいんだ?消える前にせめてそれを言って欲しかったな」


ニシムラを降したあと、彼はいっちゃんの居場所を言う前に、地中へ消えてしまった。

ここまで来て手がかりが途切れてしまったことに、思わずため息をつきそうになる。

そんなキスイの視界の先から、白石を踏みしめる音が近づいて来た。


「やあ、久しぶり。キスイ君は元気してたかな?」


「あんたは、エンドマークだったか」


水煙の向こうから現れたのは、黒いスーツの上下を着て古めかしい革のブーツを履いた、右目に黒い眼帯をしている白髪混じりの男だった。

その男、エンドマークは黒い傘をさして歩いて来る。彼がチラリと横に視線をやり、つられてキスイがそちらを見れば、そこにはいつの間にか、広い川が流れていた。


「まるで賽の河原だね。だとすると、川のあっちとこっち、どっちがあの世なんだろうね」


「そんなの、どっちもに決まってるだろ。それより、何の用だ?久しぶりってほど時間経っちゃいないだろ」


「自分の時間感覚に頼るのは、異界では危ないよ。それに、私にとっては時間はそれほど意味はないのさ。あくまでそれほど(・・・・)、だけどね」


エンドマークは口の端をニヤリと吊り上げて言った。

それを見てキスイは馬鹿にされたように感じ、眉をひそめる。

一方エンドマークは何かを思い出したように、急にせかせかと話し始めた。


「そうだ、時間だ、悠長に話している暇はないんだった。要件だけ言うからとりあえず聞いてくれ」


エンドマークがそう言ってつま先で地面を叩くと、波紋が広がるように空間が波打った。それと呼応するように、革のブーツの表面で赤い光が明滅する。


これ(・・)で君を祭壇まで送る。そこに君の探している()がいるはずだ。あとは君がすべきことをするんだ。できるね?」


キスイは、エンドマークの隠れていない左目をのぞき込む。しかしそこには、嘘やごまかしなどは読み取れなかった。


「あんたのことを信じろと言うのか?俺はこのまま自分一人で探すつもりだったし、それができるとも思ってる。あんたの力を借りる理由が俺にはないぞ」


「いや、理由はあるよ。それはさっきも言ったが、時間が関係している。ここでは自分の感覚は当てにならない。君は一人で探すと言ったが、目的地にたどり着つけるのは、何年後、あるいは何十年後になるかもしれない。いや、確実にそうなるだろうね」


「なぜ、そう言い切れる」


「簡単だ。この根の国の現支配者が、そう望んでいるからさ」


キスイはエンドマークを注視しているが、相変わらずその目には、揺らぎもブレも存在していない。


「現支配者ってのは、いっちゃんのことか?」


「そうだとも言えるし、そうでないとも言える」


「曖昧だな。また同じことを聞くが、なぜそう言い切れるんだ?」


「それは、君もさっき見ただろう?愛する者がいる女性は、永遠にその相手が自分のそばにいることを望むからさ」


「俺がいっちゃんの所までたどり着くのに何十年もかかったとして、それがなぜ、永遠に彼女のそばにいることに繋がるんだ?むしろすぐに会おうと思っているんじゃないか?」


キスイのその質問を聞いて、エンドマークは少し笑った。

それがまた馬鹿にされたように感じて、草薙剣を持つ手に力が入る。


「若いってのはいいね。確かに、素直なのが一番だ。だが、全ての人間がいつまでも若くいられるわけではない。私もまた繰り返すことになるが、ここでは時間の感覚は当てにならないんだ。君の感じる1分が、ここでは1秒にも1時間にもなる。そんなところに長くいた精神は、当然普通ではいられないのさ」


「……」


「さて君の質問は、祭壇にたどり着くまでに何十年もかかるとどうなるか、だったよな?」


「ちょっと違うぞ」


「細かいことはいいじゃないか。ちなみに答えは、『君が帰る場所がなくなる』だね」


エンドマークの言葉に、キスイはわずかに考える。


「俺が行方不明のまま歳を取るから、何十年後の現世に順応できなくなるってことか」


「そんな単純な話じゃないさ。現世で突如消えた人間が、何十年か後にひょっこり戻って来るという話はいくつかあるが、そのほとんどは、すでに死んでいたというオチで終わっている。飲まず食わずでいれば当然肉体を保つことはできない。例え空腹を感じなかったとしても、生きている限り、物を食べなきゃ死ぬのは当然だ。ならばとこちらの物を食べたとしたら……」


「……【黄泉竈くひ(よもつへぐい)】だな」


「そう。こちらの物を口にしたら、もう現世ヘは戻れない」


「つまりどちらにしろ、俺はいっちゃんとここにいるしかなくなるってことか」


「その通りだ。だから君が現世へ戻るためには、時間をかけずに祭壇へ行く必要があるのさ」


キスイは今言われたことを考えてから、エンドマークへ尋ねる。


「あんたは、俺がそうすることでどんなメリットがあるんだ?」


「ずいぶんと疑り深いな。だが、答えは一つだけだ。前にも言ったが、それが物語を終わらせることに繋がるからだ」


「その物語ってのは、誰の、どんなものなんだ?」


「答えられない。いや、教えられない。それを教えると、私の仕事に支障が出る。残念だが諦めてくれ」


「いっちゃんのことか?成仏させるつもりか?」


「成仏することと物語を終わらせることは、必ずしもイコールで結ばれているわけではない。君たちの場合もまたそうであるし、その終わりもはるか先の話になる」


「その答えで俺に納得しろと?」


「未来予測を話したとして、それがその通りになるとは限らない。むしろ話すことで、未来の変動幅はより大きくなってしまう。そういうものなんだ」


悟ったような諦観が、エンドマークの顔に浮き出ている。

キスイはそのような表情があまり好きではない。大人が、聞き分けない子供を諭すような――つまり、自分が無茶な我儘を言っているような気になるからだ。


「……それなら、他にあんたのことを俺が信じられる理由があるか?あんたが、俺の味方だと――少なくとも敵ではないと――証明できる何かが」


キスイの問いかけに、エンドマークはあごを指でなでながら考える。そして言いにくそうにしながら答えた。


「うーん、そうだな。私の関係者が、君の学校にいる、というのはダメだろうか?私も、あの子にはイヤな顔をされたくはないからね。そんなことになる可能性は、作らないに限るさ」


「それは誰だ?」


「教えてもいいけど、本人に言わないでくれよ?後で色々言われたくないからね」


エンドマークは苦笑しながら、その関係者について話をした。それを聞いたキスイは、少し納得した。確かにそれなら、彼は敵ではないのだろうと。なぜならそれは、キスイが知っている人物だったからであり、エンドマークとその人物の関係も納得できたからだ。


「わかった、あんたを信じよう。俺をすぐにいっちゃんの所まで送ってくれ」


「よし、そうと決まればすぐにやろう。方角はちょうどあっちになるから、ちょっと移動してくれ」


エンドマークの指示に従って、彼が指さした方向を向いて立った。


「それじゃあ、行くぞ」


エンドマークは上着のポケットから、ピンポン玉のようなものを取り出して地面へ落し、それを古びたブーツで踏み潰した。そこから、目に見えるほどのエネルギーが湧き上がり、その全てが古びたブーツへと吸い込まれてゆく。


「それは、可能性の卵(エンブリオ)か?」


「そうだよ。私の力だけじゃちょっと足りないからね。さあ前を向くんだ。ちょっと痛いかもしれないが、大したことじゃない。それよりも、自分のすべきことを頑張って来たまえ」


若干の不安を感じながらも、キスイはエンドマークに背を向けて身構えた。


――――――


エンドマークは懐から紙を取り出し、それをキスイの背中へむけて掲げた。それへ自身の魔力を流し込むと、紙に描かれていた緻密な魔方陣が光輝いた。魔方陣はまるで空間に焼き付けられるように輝きを増し、描かれていた紙ごと一瞬で燃え尽きた。


経路(パス)接続……よし。続いて空間隔離……完了」


エンドマークの言葉とともに左足を踏み出すと、古びたブーツの表面が赤く輝き、キスイの周囲だけ雨が止む。いや、雨は降ってはいるが、キスイを避けるように地面へ落ちる。


エンドマークが右足で地面を叩くと、エンドマークの周囲にも雨が落ちなくなった。そして傘をたたんで地面へ置くと、キスイの背後に立って身構える。


「それじゃあ、求める場所まで、行ってきな。『星海繋ぐ水銀の杖(ケーリュケイオン)』!」


掛け声とともにキスイの背中へ向けて、回し蹴りを繰り出した。

それはキスイに当たる前に、その周囲の空間ごと揺さぶった。その空間に接触した瞬間、古びたブーツが両足ともに赤く発光する。ほんの一瞬だけ、先ほど掲げられたのと同じ緻密な魔方陣が展開し、それの消滅とともに、キスイの姿が消えた。


エンドマークはそれを見送ると、置いてあった傘を再び広げた。

すぐにまた雨が傘を叩き始める。


「私ができるのはここまでだ。後は、若い者に任せようか。……私もまだ、若いつもりではあるんだけどね」


エンドマークは傘をさして、川に沿って歩き出した。

そしてそこには誰もいなくなった。

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