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第6話 若き二人の行き帰り 15

白石の上に、ポツリと水滴が落ちた。それは僅かに赤みを帯びており、まるで薄い血のようにも見える。

血のような水滴は、上空の赤い雲から落ちてくる。それは次第に数を増し、辺り一帯の白石を赤く染めていった。


降り出した赤い雨の下、キスイはニシムラの前に立った。

ニシムラが罪人に対して行ったこと、そして赤黒い蛇を創り出し、罪人たちを後ろから屠ったこと。

色々と言いたいことはあるが、とりあえず空いている左手で拳を作る。


「ニシムラさん。終わったけど、何か言うことはあるかな?」


「あ、の……これはその、手違いなんだっ……」


手で壁を作りながら後ずさるニシムラの顔面へ向けて、思い切り左拳を振り抜く。

ニシムラはみじめな悲鳴を上げて、白石の上を転がった。


「手違い?いくら罪を犯した魂相手だとしても、やってはいけない事があるだろう?」


「だっ、だが、私はできる限りのことをして数を減らしたんだぞ!それまで何人の罪人がいたと思っているんだ。八百万だぞ!私が聞いたらあのひとモドキ(・・・・・)どもがそう答えたんだ。普通の方法では、あの罪人たちをあんなに減らすことはできなかったぞ。私が努力したからこそ、あそこまで減らせたんだ。他にどんな方法があったというのだ!」


「別に、普通に罪人の管理をしていればよかったんだろ。そのモドキ(・・・)たちも、アンタにそこまで期待してはいなかったろうさ」


「期待してはいなかっただと?そんな……。だって、罪人の処刑は、その剣の持ち主が行う大事な仕事だと言っていたのだぞ。だから私が代わりにそれを行い、私こそがその剣にふさわしいことを証明しようとしたのだ。……なのにあのモドキどもは、私が数をあれだけ減らしても全く評価しなかった。見る目のない愚か者どもめ。根の国(ここ)も、現世(むこう)と同じ愚か者ばかりだ」


ニシムラは白石の上に跪き、赤い雨に打たれながらわめき散らす。キスイはその様子を冷やかに見つめてから、ため息をついた。


「見る目がない奴は困るよな」


「そう!そうだ!どいつもこいつも見る目がない。モドキどもも、あの垂らした紙のせいで、まったく何も見えてはいないのだ!」


「違う。俺が言ってるのはお前のことだ。見る目がない、ってのは、文字通りお前には何も見えてないってことだ」


「なに?」とニシムラが顔を上げる。

キスイは「見てみろよ」とさらに上を指さした。


キスイの指さす先、空からは赤い雨が降り注いでいる。

それは同じ赤ではあったが、罪人から流れ出ていたような黒さは、その雨にはまったく含まれていなかった。


「草薙剣の別名は【天叢雲(あめのむらくも)】、つまり雲を呼ぶ剣ってことだ。雲は蒸発した水分であり、そこに毒は含まれていない。もちろん空気中に毒物があれば別だが、根の国(ここ)にそんなものがあるわけがない」


「それが、何だと」


「『この剣でしかできないこと』つまり、魂の浄化こそが『管理者の役割』ってことだろ。罪人の数なんて、どうでもいいのさ。魂の浄化なんて、この剣を持たない者には、どうやっても無理なことだからな」


その言葉を聞いて、ニシムラはがくりと項垂れた。


「そんな。私がしてきたことは、全て無駄だったということか?私は、何も期待されていなかったと?ならば、私がここにいた意味とは、何なのだ」


白石の上に置かれた手が、力なく握られる。その手が震えていたのは、寒さのためか、それとも別のせいなのか。


「だから、『見る目がない』って俺は言ったんだ。アンタの仕事は、罪人管理だったんだろ?それは罪人の数を減らすことではなかったはずだ。そこをはき違えた時点で、アンタは失敗してたんだよ」


キスイにバッサリと切り捨てられて、ニシムラの震えが止まった。


「そうか、私は失敗してたのか。見る目が無かったのは、私の方だったのか。なら、ひょっとしたら昔から、生きていたころからそうだったのかもな」


もっと早く気づいていればよかった。と、ニシムラは振り続ける雨を見上げていた。


――――――


赤い雨は絶え間なく降り続いている。

キスイがポケットに手を突っ込むと、そこに入れてあったものに手が当たった。


「そうだ、ニシムラさん。アンタ宛に届け物を預かってたんだ」


「私に?」


白石の上に座るニシムラへ白い包みを渡す。ニシムラがそれを開けると、中からは女性用の(くし)が出てきた。

半円形の、髪を飾る大きめの櫛。金箔で大輪の花が描かれた、高価そうな代物だ。


キスイは、ニシムラの家族のものかと思ったが、その櫛を掲げる彼の様子がおかしいことに気が付いた。

ニシムラはその櫛を前にして、目を見開いて口を開け、恐ろしいものに出会ったかのような表情をしている。


「なんで、これが……」


呟きながらキスイの方へ向いた視線には、驚愕とともに、救いを求める者のような色が込められていた。


「アンタへの届け物だと、頼まれたんだよ。心当たりがあるんだろ?」


「これは、彼女の物だ。私が、彼女の隣に(・・・・・)埋めたものだ(・・・・・・)


「埋めた、だと?」


キスイがニシムラへ一歩踏み出そうとした時、ニシムラの目の前の地面が盛り上がった。

そして、ニシムラがそれに気づくよりも早く、そこから生えてきた一本の右腕が、櫛を握る手を掴んだ。


「『ようやく、見つけましたわ。比呂太(ひろた)さん』」


「あ、アヤカ……」


地面の下から聞こえてきた声に、ニシムラはしぼり出すような声で答える。


「『お会いしとうございました。これでようやく、約束が叶いますわね』」


「いや、待てアヤカ。あの約束はだな、その」


「『もう(わたくし)は十分待ちましたわ。これ以上ないくらいに。ですから、早く参りましょう。二人は永遠に(・・・・・・)離れない(・・・・)。そう誓ったあの日の通り、これからはずっと一緒ですよ』」


「まて、離せ。そもそも私はだな、お前と添い遂げるのが目的ではなかったのだ。私はお前の家の、地位と財産を目的に近づいたのだ。だからお前のことを私は……」


「知っていましたよ」


白石の下から、女性の顔が出てきた。

櫛を握るニシムラの手に釣り上げられるように、白い肌の女が顔を出す。


「知っていました。それでも私は構いませんでした。だって私は貴方のものなのですから」


「だ、だが、私はお前をこの手にかけたのだぞ。そんな私を……」


「恨んではいませんわ。だって私は貴方の意思に従うと誓ったではありませんか。だからこそ、貴方は私のことをずっと考えていてくれたのでしょう?」


腕と顔だけの白い肌の女性は、ニコリと微笑む。


その様子を引いて見ているキスイには、彼女が首から下から白い骨がのぞいている見えた。いや、それだけではない。後頭部もまた、髪の下には骨だけしか存在していない。ニシムラの見えている範囲だけにしか、白い絹のような肌は存在していないのだ。


「お前のことを?そうだ、ずっと考えていた。お前が俺を恨んでいるのではないか、化けて出てくるのではないかと、気がかりにならない日はなかった。廊下が鳴るたびに振り返り、木が揺れるたびに視線を感じた。おかげで何もかもが上手く行かなくなった。そして結局、このザマだ」


「やっぱり。私のことを感じて下さっていたのですね。うれしゅう御座いますわ。私も貴方のことをずっと想っていましたわ。やはり私たちは、ずっと繋がっていたのですね」


ニシムラは徐々に、地面の女に引き寄せられているようだった。櫛を握る手が下がり、それにつれて上半身も地面に近づいてゆく。

助けを求めるようにキスイの方へ視線が向くが、今度は骨だけの左腕が地面から生えて、ニシムラの後頭部をしっかりとつかんだ。


「私だけを見て下さいな。もう邪魔するものなど、何もないのですから」


骨だけの手によって、強制的に女と向き合うニシムラ。その顔には、恐怖と焦りの表情が浮かんでいる。


「私には、すべきことがあるのだ。お前と一緒になるわけにはいかない」


「あら?たった今、全ての未練が断ち切られたのではありませんか。それとも、まだ何かあるのですか?」


女の言葉で、ニシムラは凍り付いた。

押さえつけられたまま、視線だけがキスイの方を向き、それからまた、目の前の女へと向いた。


「……無い、のか?」


「はい、もう貴方は足掻く必要はありませんわ。私と一緒に、ゆっくりと休みましょう」


「そう、か。もう、何もないのか」


ニシムラはそう言うと、抵抗するのをやめた。

その顔が、女の顔へと近づき、僅かに接触する。


短いキスのあと、女に引きずりこまれるように、ニシムラは地面の下へと姿を消した。


赤い雨がしとしとと降り注ぐ、白石の刑場。そこにはもう、キスイだけしか存在していなかった。

八百万とは『すごく沢山』という意味であり、本当に800万いたわけではありません。ちなみにニシムラは数えたりはしていません。

念のため。

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