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第6話 若き二人の行き帰り 14

巨大になった赤黒い蛇は、キスイを飲み込もうと襲いかかる。罪人たちを跳ね飛ばしながら、電光石火の早技でキスイに迫った。


警戒していたキスイは、それに反応する。すぐ近くにいた罪人を身代わりにし、自身は入れ替わりに飛び退いた。


罪人を突き飛ばした勢いで、キスイは蛇の咢から逃れる。目の前を通り過ぎた蛇の口には、身代わりにされた罪人が咥えられていた。

蛇が罪人を飲み込むと、それは蛇の体内を移動しながら、赤黒い魂を奪われていった。


罪人の魂を味わうように目を細めている蛇の後方で、キスイは大刀を構える。飲み込まれた罪人がゆっくりと蛇の体内を送られて行くのを見て、すぐにキスイは走り出す。そして白石を踏みしめながら駆け寄ると、首元を狙って切り上げた。

しかし蛇の皮は意外と弾力があり、表面が浅く切れただけだった。


攻撃されたことを感じた蛇は、素早く首を戻して警戒する。鎌首をもたげて、より険しい視線でキスイを睨みつけた。


「やれやれ、失敗したな。こんなことになるなら、師匠から蛇のさばき方を教わっておくべきだった」


挑発するように軽口をたたくが、蛇にそもそも通じているのかどうかわからない。しかし蛇は気分を害したようにゴロゴロと奇妙な音を出すと、ゆっくりと伸び上がった。

それに伴い、罪人を囲む胴がしまったのだろう。キスイを包囲する罪人の輪もまた、押されるように狭まってきた。


「ほらほら皆さん、何をしているのです?そのガキを打ちのめして、さっさと剣を奪いなさい。でないと自由にはなれませんよ?それとも、貴方たちも蛇のエサになりたんですか?」


輪の外から、ニシムラの声が聞こえる。それを聞くと、罪人たちは蛇をチラリと見た後、己を奮い立たせるように叫びながらキスイへと向かって来た。

キスイはその様子に舌打ちして、大刀を構える。先ほどまでは、斬られることを恐れた罪人がいたからなんとか保っていた。しかし今は、蛇という新たな脅威ができたせいで、尻込みする者がいなくなってしまった。

全員が破れかぶれで向かってくる。攻撃しようと拳を振りかぶるものはまだいい。キスイは大刀を持っていて、そのリーチ分の余裕があれば、敵より先に自分の攻撃が当てられるのだから。

しかし、今はけっこうな確率で、ただキスイの足を止めるために突っ込んでくるだけの者たちがいる。

直線的で動きは読みやすいが、それでも数が多くなると脅威になる。

1体切った時にはすでに、別の2体3体がさらにキスイの近くに来ている。


このままでは押しつぶされるのはもうすぐそこだ。

そう思ったキスイは、迫りくる罪人たちを前に、大刀を地面へと突き刺した。


――――――


急速に狭まる包囲の輪の中、キスイの姿が罪人の中に消えた。


移動したわけではない。膝をついたのか、それともしゃがんだだけか。ニシムラの位置から区別できなかったが、どちらでも同じだろうと彼は思った。

罪人たちにキスイを捕まえさせ、動きが取れなくなったところを蛇が飲み込む。そしてニシムラは後に残った剣を回収すればいい。


「完璧だ。ようやく私の思い通りになってくれた。あの剣さえ手に入れば、あいつ(・・・)に思い悩む必要もなくなる……」


ニシムラは顔を笑みで歪めながら、蛇に襲いかかるタイミングを指示しようとした。


その時、ニシムラの腹の底から、恐怖が湧き上がってきた。


目の前の景色には変化はない。赤黒い大蛇が大きな輪を描き、その中では多数の罪人たちが中央へ向かう円を描いている。そしてその中央には、ほんの僅かな空間があるだけだ。


大したことはない。終わりの時は目前に迫っている。もうなにも心配はない、そのはずなのに。

その点ほどしか見えない空間から立ち上る気配に、ニシムラは湧き上がる恐怖を押さえきれなかった。


足は地面から離れず、喉から水分がなくなったような気さえする。

目の前の景色に変化はない。変化はない。まるで時間が止まったかのように、空気がその粘度を増したかのように体が動かなくなっている。

これは、ニシムラの思考が加速しているからだ。

圧倒的な恐怖。命の危機。

魂としての存在が脅かされるという恐れが、ニシムラに何か対策を取れと要求しているのだ。


優位だったはずなのに、勝利はすぐそこだったはずなのに、それでもニシムラは今、恐怖を感じている。

その本能的な警告に従ってニシムラがとった行動は――いや、できた(・・・)のは――、後ろに一歩下がることだけだった。しかも白石に足を取られ、受け身も取れずに無様に転倒する。


バランスが崩れ、強かに背中を打ち付ける。痛みと恐怖に思わず悲鳴がもれ、そんな己の姿に理不尽な怒りをわずかに感じた時、倒れているニシムラの目の前を、赤黒い熱風が通過した。


――――――


〈あしはらに ひはみちみちて かげはなし


 わがちからもて あしはらわんや


 かむはらう つるぎをもちて すすもうぞ


 わがちからもて きりひらこうぞ〉


キスイの詠唱とともに、その周囲の空気が熱を持つ。

まるで真夏の陽の下にいるかのような、まるで燃え盛る火のそばにいるような熱気が、キスイのいる場所から(ほとばし)る。


罪人たちはすでにキスイの目の前にまで迫っているが、それでもキスイは動揺を切り捨て、迷いを殺し、己の中に溢れる力へと神経を集中させる。

地面に刺した大刀は抵抗なく白石の中へ埋まって行き、すでに鍔元(つばもと)だけしか出ていない。


罪人たちの手がキスイに触れるほどまでになったその時、キスイは(わざ)が成ったことを確信した。

鍔元まで埋まった大刀、その柄を強くにぎりしめると、気合いとともに一気に引き抜いた。


俺の道(わがみち)切り開く(とおす)。薙ぎ払え!【草薙剣(くさなぎのつるぎ)】!!」


一瞬で引き抜かれた大刀は、剣の形をしていなかった。


それは正しく、一陣の熱風。

触れるだけで焼けるほどの熱量が、斬撃となってキスイの周囲を駆け巡った。


低い位置からの斬撃は、罪人たちの足を刈り取っていく。罪人たちはまるで許しを請うように(ことごと)く這いつくばり、中央に立つキスイを見上げた。

しかしキスイは罪人たちなど見ていない。裁きはすでに終わったのだ。

罪人たちの足の切り口から、赤黒い炎が燃え上がる。炎は瞬く間に罪人を覆い尽くし、無慈悲にその全てを灰へと変えていった。


草薙剣の斬撃は、罪人たちの外側にいた蛇にも当然届いている。蛇はその身を不均等に二分され、燃え上がりながらもがいていた。その体積ゆえ燃焼が長引き、のたうち回りながら苦しんでいる。

キスイはのたうつ蛇の前までくると、手に持った剣を掲げる。


それは、霊異を切る悪心切り(アシキリ)でも、罪を斬り払う悪神祓アシハラいでもなかった。

力の象徴、継承者の証。数多の魂を受けて、本来の形をとりもどした【草薙剣(くさなぎのつるぎ)】そのものだった。


蛇は目の前にキスイがいることに気が付くと、のたうつのをやめた。赤黒い水球のような瞳でキスイを見つめる。


「作られたかりそめの命だとしても、無用に苦しむのは哀れだな。引導を渡してやるから、大人しくしてろよ」


そう言ってキスイがさらに一歩蛇へと近づくと、それは死にかけとは思えない素早さで噛みついた。


キスイをすっぽりとその口で被った蛇は、ニヤリと笑っうように頬をふくらませる。そして次の瞬間、さらに膨らみ内側から爆ぜた。

飛び散った蛇の欠片は空中で燃え上がり、地に落ちる前に灰となった。


「これで終わりか。まったく、数が多すぎだ。怠けすぎだろホントに」


キスイはやれやと首を振った。


こうして、キスイの前に立ちふさがった2016体の罪人たちは、その全てが断罪された。


罪人たちの魂は、炎とともに空へと昇っていった。

空に上った魂によって、青かった空は夕焼けのように赤く染まる。そしてさらに濃度を増し、赤くそまった雲となって空を覆った。


キスイはゆっくりと周囲を見回し、目的のものを見つけるとそこで止まった。

視線の先では、ようやく起き上がったニシムラが、キスイと目が合ったせいで再びよろめいた。


キスイは草薙剣を持ったまま、ニシムラへと歩き出す。

ニシムラは何かを探すように周囲を見るが、そこに助けは存在しない。ただうろたえながら、近づいて来るキスイを待っているしかできなかった。

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