表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/59

第6話 若き二人の行き帰り 11

社の中へ入ると、目の前に木でできた開き戸があった。キスイはその前に立って様子を伺うが、特に何かあるような気配は感じなかった。


それでも待ち伏せなどの可能性を考え、覚悟を決めてからゆっくりと戸を押し開けた。


そこは、白い小石が見渡す限り敷き詰められた場所だった。

キスイが出てきたのは、入ったのと同じ形の社だった。それが、どこまでも続く白石の上にポツンとひとつだけ建っている。階段から降りると、足元の白石がこすれ合って音を立てた。


上を見れば、日が沈みかけているような薄暗さの中、雲一つない青空が広がっている。風はそよとも吹いていない、これから不吉なことが起こることを予感させるような静かさだ。


清潔で、静謐な空間。

その清々(すがすが)しくも重たい雰囲気に、キスイは小さく感想をもらした。


「まるで刑場だな」


「その通り、よくわかりましたね」


キスイのつぶやきに答えたのは、白い着流しを着た男。西村比呂太(にしむらひろた)は地面の石と同じような白い装いながら、その身からは清浄とは程遠い気配を放っていた。

キスイの視界の外からいつの間にか表れた男は、目だけが笑っていない笑顔で続ける。


「貴方の言うとおり、ここは刑場です。この根の国において、本来なら貴方がすべきことである、罪ある魂を断罪する場所です」


「俺がすべきことだと?」


「そうです。ここが死者の国である以上、罪人が集まることは当然の道理。裁き、処理しなければ、それは溜まる一方です。貴方の持っている(ちから)は、その為にこそあるのですよ」


ニシムラは1つの方角を指さした。するとそちらの方から、白い地面を黒い何かが浸食するように広がってくる。


「御覧なさい、あれら全てが、この6年の間に処理しきれなかった罪人達。総勢2016体です。少ないとお思いですか?それも当然です、他は我々が責任を持って処分いたしましたので。ですが彼らは我々でも手に負えなかった者たちです。せっかく貴方に来ていただけたのですから、是非とも彼らを処分していただきたいと思います」


キスイは黒い水のように迫ってくる者たちを見て、それからニシムラへ顔を向ける。


「あれはお前が倒せなかった(・・・・・・・・・)者たち(・・・)か?」


「まあそうですね。生きていた頃から相当の執着の持ち主だったようで、こちらへ来てから(タチ)の悪い強化をしてしまったようなのですよ。ですから流石の私でも……」


「……つまり、あれを倒せば俺はお前より強い(・・・・・・・・)ってことの証明になるよな?」


「貴方は何を言っているのです?」


「証明してやるって言ってるのさ。俺はお前らよりも強くて、お前らよりもこの剣にふさわしいってことをな」


キスイの言葉に、ニシムラの顔から笑みが消える。そして代わりに、嘲笑とも言うべき笑みを浮かべた。


「なるほど、責任から逃げ出したガキかと思っていたら、少しはマシになって帰ってきたようですね。ならば見せてもらいましょう。その自信に見合った実力を」


キスイはニシムラに背を向けて、こちらへ向かってくる2016体の集団へと歩き出した。近づくほどにその集団の異様さがはっきりとしてきた。体が血に汚れたように赤黒く、その体から滴る液体が、歩くたびに足元の白石を汚している。身長は誰もが2m近くあり、中には確実にそれより大きいものも見受けられる。そして彼らの瞳には狂気の色が、ありありと浮かんでいた。


赤黒い者たちの集団は、キスイを囲むように広がる。それを目の前にして、キスイは左腕を前に突き出すと、自分の一番使い慣れた(ちから)を思い浮かべた。


重心・手触り・匂い・そして今まで切り捨ててきた者たち。積み重ねてきたモノたちがあるからこそ、今のキスイがある。この力があったからこそ、キスイは今ここにいる。


封心剣(ほうしんけん)悪心切り(あしきり)】その剣はまるで最初からそこにあったかのように、キスイの手の中に納まっていた。赤茶けた鞘から引き抜くと、鋼色の刀身にキスイの顔が映りこむ。


それは諸刃の直剣。(ちから)は敵も自分も傷つける。

何だってそうだとキスイは思う。思ってもいないことで他人を傷つけ、守るべき人を傷つけて後悔する。

自分が傷つくのは構わない。傷は自分のしてきてことへの反応であり、痛みがあるからこそ次はどうすればいいのか考えられる。傷を負い、それでも進むことで自分は強くなれる。

自分が強くなれば、守りたいものを守ることができる。同じ失敗(きず)はもう要らない。


敵は容赦なく切り捨てる(・・・・・)

自分の今の力では、守れる者は限られている。自分を傷つけようとする者まで守れるほどの力はない。

だから敵に憎まれようと後悔はしない。そんな物は足を鈍らせる重しにしかならないから。後悔を抱えたなら、その分だけ守りたいものが手から落ちてしまう。


もう後悔の時間は終わったのだ。


だから、キスイは剣を罪人たちへと向けて、口を開く。


「俺は【草薙剣(くさなぎのつるぎ)】の継承者、大宮騎翠(おおみやきすい)だ!俺は、俺に敵対する者全てを切り捨てる!斬られたい奴から前へ出ろ!」


キスイの声に応えるように、ひときわ背の高い罪人が周囲を押しのけて出てきた。そして何事かを言おうとするが、言葉にはならずに吠え声のようなものしか出て来なかった。それでもその罪人は満足したのか、笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。


キスイは罪人がキスイの間合いの外で足を止めたのを見ると、剣を左手に持ち替えてから頭を下げた。

試合の前の礼のつもりであったが、罪人の方はそんなことは全く気にしてはいなかった。視線は完全には外れていないが、体勢は明らかに戦闘状態ではない。そんな隙を逃すことなく、罪人は足元の石を後方へ弾き飛ばす勢いでキスイへと跳んだ。

打ち出された砲弾のようなスピードで、壁のような巨躯がキスイに迫る。勢いが乗ったまま振りかぶられた拳が、身を起こしつつあるキスイの顔面へと放たれた。


しかしそれは、かすりもせずにキスイの耳の横を通り過ぎた。

キスイは礼の姿勢から身を起こす途中ですでに回避行動へ移っていた。膝を曲げて重心を崩し、倒れる勢いを利用した滑らかな動きで罪人の右腕の下へ移動している。そしてすれ違いざまに右手に持ち替えた悪心切りで、無防備に晒された胴体を切り裂いた。

罪人は跳びこんできた勢いのまま、白石を巻き上げながら倒れ込む。キスイはそちらを見ずに剣を振り、それを目の前に掲げて観察した。


肉体は斬れずに霊体だけを切り裂く剣。草薙剣からほんの僅かな力を借りて創り出したこの剣に、今までにない手ごたえを感じた。

それは、(ぶったい)を斬るという感触。霊体しか切れないはずのこの剣が、ついに実体を切れるようになったのだろうか。

いや、それは違うとキスイは確信する。悪心切りの表面にまとわりつく赤黒い血のようなもの。振り払っても落とし切れないそれは、いつか見た泥のようでもあり、幾度も見てきた悪霊たちから切り離してきたモノのようでもある。

つまりそれは、魂の一部。ここが根の国(めいふ)であるがゆえに、死者の魂である彼らの霊体こそが、実体そのものとなっているのだ。


剣を眺めて思考を続けるキスイの背後で、倒れていた罪人がゆっくりと起き上がる。赤黒い魂に汚された白石は音を立てることなく、罪人は気配を殺して身構える。

そして、今度こそ無防備な背後からの一撃を狙い、罪人は力を溜めて跳びかかった。


完全に不意を突いた必殺のはずの一撃は、またしても外れることになった。

罪人はその瞬間、自分が失敗した理由を悟っていた。キスイの掲げる剣越しに、目と目が合っていたのだ。

かと言って、空中で軌道を変えられるわけもなく、しかし躱せるわけがないという思い込みを信じて振るわれた拳は空を切る。

そして失敗の代償は、当然ながら無慈悲な一撃だ。


キスイは体をひねりながら拳の軌道をかわし、白石を踏みしめて剣を振りぬく。

跳びかかる途中という無防備極まりない体勢で、勝利を確信していたという油断しきった心構えの罪人の首元へと、鋭い一閃が走った。


罪人は再び白石へと身を投げ出すこととなった。今度は首をあらぬ方向へ向けた状態で。


キスイは今度は倒れた罪人を向いて立った。わずかに乱れた呼吸を整えながら、それでも警戒の視線を外さない。しかし、攻撃を受けずに圧倒したはずのキスイの表情が、なぜか苦々しいものになっていた。


「くそっ、アイツはいったいどうなっているんだ?」


そう呟くキスイの目の前で、首を斬られたはずの罪人がゆっくりと起き上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ