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第6話 若き二人の行き帰り 10

キスイの前には、社がその入り口を開けて待っていた。

蓮の葉はキスイを乗せたままゆっくりと階段の正面へと寄っていく。


キスイは階段を上り、社の入り口の前へ立つ。そしてそのまま顔を横へ向けると、何もない水面に喪服の男が立っていた。男の古びた革のブーツの下では、水面に波紋が次々と生まれている。


「ところであんたは、誰なんだ?ここの人間じゃないだろ」


キスイが尋ねると、喪服の男はイタズラっぽく笑った。


「私はただのサラリーマンだよ。そして今の仕事は、終わらぬ物語を終わらせることさ」


不真面目な態度の男を、キスイは半眼になって睨む。


「ただの人間が、こんなところに居られるわけないだろ。あんたは何者で、何の目的があってここにいるんだよ」


そう。ただの人間が、そもそも冥府(こんなところ)に来れるわけがないのだ。普通の異界と違って、冥府のような場所は特定の条件を満たした者しか入ることができない。それはもちろん【死亡した者】ということだが、キスイには目の前の男が死者であるようにはとても見えなかった。


「俺は剣を持っているからこそ、ここに来ることができた。ならあんたがここに来れた理由は何なんだ?あの細い男にでも呼ばれたのか?魔法のアイテムを持ってるみたいだが、それだけでここへ来れるわけがないだろ」


「理由か、それならあるとも。それは世界が私に望んだからだ」


キスイは男の目を見るが、とても嘘や冗談を言っているようには見えなかった。しかし、それはそれで危ない。キスイは再び警戒して、男へ向かい合った。


「……オッサン。あんた、頭は大丈夫か?それともすでに手遅れになってる人なのかよ」


男は苦笑してから、言い訳するように言った。


「『終わらぬ物語を終わらる事』。分かってもらえないかもしれないけどね、これはもう、ずっと前から決まっている私の仕事なんだよ。そのせいで、【死神】とか【エンドマーク】とか呼ばれてしまっているんだよ。私としては、エンドマークの方が死神よりマシかと思うから、そう呼んで欲しいかな?」


「エンドマーク?どう見ても日本人にしか見えないけどな。で、あんたは何のためにここまで来たんだ」


「だから、終わらない物語を終わらせるためさ。さっきの厳島さんのようにね」


喪服の男、エンドマークがチラリと下を見るが水底は暗く、そこにはもう何も見通すことはできなかった。


「それはつまり、死者の妄執を断つってことか?」


「それもあるが、全てではない。人にも物語があるが、世界にも物語がある。私はそれらを終わらせるべき時に終わるようにするのが仕事なんだ」


エンドマークの言葉を聞いて、キスイは腕組みをして考える。この男の言っていることは理解しがたく、その目的が全くつかめない。そしてまだ何か用事が残っているようにも見えるため、このまま放っておいてはいけないような気もしていた。


「あんたの言うことは抽象的すぎるな。なら具体的にこれから何をするつもりだ?」


「具体的に答えると、まだ終わらせるべき物語があるので、それを終わらせるのが目的だ。でもこれは私1人では難しいようなんだ。だから君がこれからしようとしている事に便乗させてもらおうと思っていてね」


これからキスイがしようとしている事。それはつまり、次に会うべき男。


「ニシムラも、あんたが終わらせるって言うのか?」


「まあそうだけど、それには君の力が必要なんだよ。簡単に言えば、彼の希望を打ち砕いて欲しいんだ」


エンドマークはにこやかにそう言ってから、すぐに咳払いをした。


「失礼、言葉が悪かったね。言い直すと、君は彼になめられているんだ。さっきの厳島さん同様、西村さんも君を倒して【継承者】になり変わろうとしている。それが彼の妄執の根拠になっているんだ。

 だから君は彼を実力で(くだ)して、君には敵わないということを知らしめて欲しい。そうすれば、私の説得も彼に通じるようになるだろう」


「なるほどね、俺と目的が被っているのか。でもあんたのことはイマイチ信用できない。これは俺のやるべきことだし、ここはあんたがいるべき場所じゃない。だからあんたはすぐに帰ってくれないか?ここまで来れたんだ。戻ることも自分でできるだろ」


「おいおい、君こそ私の話を聞いていたのかい?私だって、はいそうですかと帰るわけにはいかないんだ。それに君だけじゃ、西村さんの物語を終わらせることができないよ」


エンドマークの言葉に、キスイは首を振った。


「それでも、俺がなんとかしなくちゃいけないんだよ。俺は助けなくちゃいけない人がいるんだ。あんたの事を気にしている余裕はない。だから、面倒事を増やさないでくれ」


「私の事を気にする必要は無いんだけどね。君は余計なことを背負い込むのが好きなのかな?」


キスイは何か言おうとしたが、すぐに口をつぐんだ。色々と言い訳を並べる趣味は無いし、理解してもらおうとも思わない。それにここでエンドマークの言うことを否定して、キスイの思っていること、考えてきたことを説明するような時間はもったいない。

この先エンドマークがどうにかなったとして、確かにキスイがそれを気にする必要は無いのだろうけれど、それでもいい気分ではいられないだろう。

一番いいのは、キスイだけが先に行くこと。これは自分が引き起こした問題であり、それによって他人が被害を受ける必要はないのだから。

だから結局そのまま何も言わずに、社の入り口へと足を向ける。


そこへ、エンドマークが声をかけた。


「ああ、ちょっと待った。君1人でなんとかしたいって言うなら、せめてこれを持っていきな」


キスイが振り向くと、胸元へ小さな包みが飛んできた。受け止めたそれは手紙とは違って、なにか固くて平たいものが白い布で包まれていた。


「それを見せれば、西村さんも諦めてくれるはずさ。でもその前に、ちゃんと勝たなくちゃあいけないよ。君が強いってことを認めさせるんだ」


キスイは包みをズボンのポケットにねじ込むと、エンドマークの方を見た。そして何かを言おうと口を開くが、その前にエンドマークの言葉が飛ぶ。


「期待してるぜ、キスイ君。西村さんのことは任せたからな」


「……ああ、うん。わかったよ。あんたも気をつけて帰れよ」


キスイはぶっきらぼうに答えると、社の中へ向けて足を踏み出す。その途中ふと疑問がよぎる。


「俺、名前を教えたっけ?」


半ば独り言のようにつぶやきながら振り返るが、そこにはもう蓮の葉が浮いた静かな水面が広がるだけだった。

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