表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/59

第6話 若き二人の行き帰り 9

その声の主は、今しがた倒したばかりのイツクシマだった。

空気を求めるように口を開けるが、声が出るのを必死でこらえようとしているのだろう。唸りな声が喉でつかえたようになっている。

さらによく見れば、目に涙をためている。

それは悔し涙か、ぬぐおうともせずに大の字に倒れたまま上を見上げている。


突然の出来事に、キスイはかける言葉が見つからない。

しかし彼もまた負けられなかったのだ、泣いたって勝負の結果は変えられない。


「オッサン。これは俺の勝ちってことだよな?」


キスイが恐る恐る声をかけるがしかし、イツクシマはそれを掻き消すような大声を上げて泣き始めた。

泥で汚れた袖で目を覆い、辺りかまわず叫び続ける。


「おい、オッさん、あんたも男だろ?泣くのはヤメロよ。なあ……」


キスイがさらに言うと、また泣き声がまた大きくなった。

そのまま少し見ていたが、ちっとも治まる様子がない。そんなイツクシマを困ったように見ていたキスイは、だんだんイライラがつのってきていた。

負けて泣くのはまだいいが、約束を守らないのは許せない。イツクシマは最初、『男と男の勝負だ』と言った。ならば、負けた時にこうも泣き続けるのは違うだろう。男なら、泣くときは全て終わってから1人で泣くものではないのか。

キスイは大きくため息をついた。


どうすればこの男は泣き止むのだろうか。いっそ、ケツを蹴り飛ばしてやろうか。


そんな乱暴なことを考えながら、キスイは泣き続けるイツクシマへと近づいた。


「おい、オッサン。いい加減に……」

「おいおい、イジメるのもそこら辺にしといてあげなよ」


急に背後から聞こえた声に、キスイは一瞬硬直した。しかしすぐに今いた場所から飛び退いて、声のした方を睨みながら構えた。

キスイが警戒の視線を向けたそこには、この場からものすごく浮いた男がいた。


まるで喪服のような黒いスーツに白いワイシャツ、そして黒いネクタイ。おまけに右目に黒い眼帯をしている、四十代に見える白髪混じりの男。

その男は、この空間においてははっきりとした異分子だった。


いつの間に現れたのか、キスイはその男をさらに注視する。

この場に降りて来た時に、見える場所にはいなかった。そして、イツクシマを投げ飛ばした後も、キスイは周囲を警戒していた。勝ったと思って力を抜くときが一番危ないのだと、昔から教え込まれていたからだ。

だからこそ、男が急に現れたことに対して警戒をさらに強くする。


しかし場違い極まりないその男は何とも思ってないように、ぬかるみの上をゆうゆうと歩いてきた。

ふと、かすかな違和感に注目すれば、その男の靴が年季の入った革のブーツであることに気が付いた。そして、その靴には泥がまったくついていない。さらにその革のブーツの表面は、男が足を踏みしめる度に赤く淡く明滅していた。


何らかの魔法のアイテムか。


キスイは男の動きを油断なく観察する。

男は泣き続けるイツクシマに近づくと、胸元から幾枚かの紙を取り出した。そしてそのうちの一枚を広げると目の前まで持ち上げた。


いったい何をするつもりなのか。


呪文・呪歌・呪詛そして祝詞。古今東西、言葉は人を使って人を魔を制御しようとする。

日本で馴染み深いお経は魔を祓う呪文であり、人々を救い導く言葉でもある。そのお経だけでも幾つもの種類があり、状況や状態によりそれぞれ使い分ける必要がある。そのためその全てを暗記し、一言一句間違えずに唱えきるのは難しくあり、慣れた僧侶でさえ読経の際には経典を持ちこむ。そして何より、その経典を見ながら読み上げるのもまた、作法のひとつなのだ。

除霊・鎮魂・祝福。全てが全て、作法を全うすることでその効果を十全に発揮する。


キスイは男が何をしようとしているのか見極めようとしていた。もし彼がイツクシマを消滅させようとしているのなら、それは力ずくでも止めなければならない。いっちゃんの所まで行くには、イツクシマの力が必要だからだ。

必ずしもイツクシマが必要だというわけではないが、それ以外の方法は形振(なりふ)り構わないものになるだろう。だからできれば、余裕のある落ち着いた方法が望ましい。

はるか上へとそびえ立つ柱をよじ登るなど、危険度が高く見た目も悪い。


だからキスイは、その男がイツクシマを落ち着かせる方法をとることを祈りながら身構えていた。

そしてキスイの見据える先で、男が手に持った紙を読み上げ始めた。


「お父さんへ。お父さん、元気ですか。ぼくは元気です。ゆうたも、お母さんも元気です。

 今日の授業さんかんには、お母さんが来てくれました。仕事がいそがしいのに、ゆうたの方へも行ってくれました。お礼に、今日の晩ごはんはぼくがつくりました。ゆうたもお母さんも、おいしいって言ってくれました。

 お父さんのぶんも、ぼくがお母さんとゆうたを守ります。だからお父さんは、ゆっくりと休んでください。げんたより」


喪服の男が手紙を読み終えた時には、イツクシマは泣き止んでいた。

泥に顔が着いたまま上半身を起こし、赤くなった目を喪服の男へ向けている。


厳島(いつくしま)さんで間違いないね?あなたのご家族からのお手紙だ。皆、あなたの冥福を祈っていたよ。家族を守るっていう約束は、お子さん達も奥さんも、自分が皆を守るから大丈夫だと言っていた。あなたは皆の心の中にいるから、大丈夫だって」


喪服の男が手紙の束を差し出すと、イツクシマは震える手で受け取った。そしてそれをじっと見つめると、再びイツクシマの両目に涙があふれた。


「ありがとう、ありがとう」


イツクシマは涙交じりの声で、喪服の男に感謝を告げた。

男はそれを慈愛の込められた眼差しで見つめている。


それを見ていたキスイは肩の力を抜いた。アレは経典でも聖典でもなく、ただの家族からの手紙だったのだ。呪文か何かだと警戒していた自分が急に恥ずかしくなってくる。

イツクシマが継承者になりたがっていたのは、もしかしたら残された家族のことがあったからなのかもしれない。継承者になれば、かつてのキスイのようにこの根の国から出ることができるとかが、その理由なのかもしれない。

でも俺は元から死んでなかったしな、と考えてから、キスイはふと思う。


もしキスイが剣を手に入れてなかったら?あるいは根の国から脱出できていなかったら?そのもしもが起こっていたならば、キスイもまた彼らのようになっていたのかもしれなのだ。


「さて、とりあえず落ち着いたかな?」


その声にキスイはハッと我に返る。


喪服の男はそんなキスイをチラリと見た後、イツクシマを立ち上がらせた。

イツクシマは男に促され、キスイへ向かい合った。


「継承者……いや、大宮騎翠(おおみやきすい)じゃったか。色々とスマンかった」


そう言ってイツクシマは深く頭を下げた。


「ワシは、6年前に事故で死んでてな。ほん時に、ここに呼ばれて儀式に参加したんじゃ。剣の継承者になれば、ある程度の自由ができる言われてな。じゃから、ワシは何をしてでも継承者になりたかった。あの時のお主がちいとばかしワシの子供に見えもしたが、それでもワシは自分のためにお主達と戦ったんじゃ」


その告白を聞いて、キスイは頷いた。

やはり、イツクシマにも事情があったのだ。自分の目的のために突っ走り気味ではあったが、やはり悪い人間ではなかったようだ。


「じゃけん、家族の気持ちが分かった今、ワシにはもうその剣を欲しがる理由はない。じゃから、これからはお主の手助けをしようと思う。今まで迷惑をかけた詫びじゃ」


そこで見とれよ。


イツクシマはそう言うと、両足を広げて地面を踏みしめた。そしてそのまま片足を大きく横に振り上げる。そしてその足を力強く地面に降ろすと、わずかな振動がキスイの所まで伝わってきた。

さらにイツクシマは反対の足を振り上げ、同じように振り下ろす。

いわゆる【四股(しこ)】と呼ばれる相撲の動作の1つであり、それには邪気を払う効果もあると言われている。

イツクシマは気合を入れながら、四股を踏み続けた。


キスイが言われた通り見守っていると、突然、地面から水が染み出してきた。

そしてその水に洗い流されて、泥の下から巨大な蓮の葉が現れた。


蓮の葉はキスイを乗せて、水に浮かんだ。

水はあっという間に泥の底に満ち、さらにその量を増していく。蓮の葉は水嵩とともにキスイを持ち上げ、みるみるうちに社と同じ高さまで上昇した。


蓮の葉から水底を見下ろせば、手紙を片腕に抱きしめているイツクシマが見えた。そのままこちらへ一礼すると、胡坐をかいて残った手紙を広げ始めた。


もうイツクシマは大丈夫だろう。


キスイは蓮の葉の上に立ち上がると、社へと目を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ