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第6話 若き二人の行き帰り 7

そこはもう、地中ではなくなっていた。

頭上はまるで星のない夜のような闇がわだかまっている。天井がはるか高くにあるのか、それとも存在しないのか見通すことはできない。

周囲もまた開けた空間になっていた。キスイの周りだけ草の生えた地面が残っており、すこし離れればぬかるんだ泥に変わる。

そこはかつて見た、蓮の生える湖の中だった。ただし今は水はなく、蓮の花はその全てが(つぼみ)のままだ。蓮の蕾が淡い光を放ち、水の抜けた地面とその上に立つ木造の建物達を薄っすらと照らしている。廊下で繋がった建物達の足は高く、本来水があるべき高さがうかがえる。キスイが全力で飛び上がっても、床に手を触れるのは無理だろう。そして見える範囲には、建物の上へ上がれそうな場所はない。


ふと空気が動いた気配がし、キスイは正面を見る。そこに今までいたはずのいっちゃんの姿が消えていた。しかしキスイが自分の手を見ると、いっちゃんが握っていた手にくっきりと泥の手形が残っていた。

キスイの見ている目の前で泥の手形が薬指へ移動し、指輪を形作る。そして泥の指輪が、いっちゃんの声で話しかけた。


『キスイ君、準備して待ってるから、私のところまで来てね。今まで待ってたんだもん、もう少し待つくらい平気だよ。それにその指輪は私とキスイ君を繋いでくれてるの。もう私たちは二度と離れたりしない絆の証だからね』


「いっちゃん!?いったいどういう……」


『キスイ君のお友達もいるから。早く来てね、待ってるから』


キスイが指輪に向かって呼びかけるが、それ以降返事が返ってくることはなかった。


「強引だな。でも昔からこうだったっけか。変わってなくて安心するよ、まったく。にしても、いっちゃんが完全に向こう側になってるけど、それも当然か。でもいっちゃんとは会えた、サキさんも無事らしい。なら、希望は見えて来たな」


いっちゃんが根の国へ行ったあの日のこと、そしてそれ以前の一緒に遊んだ日々を思い出しながらキスイはつぶやく。いっちゃんは普段は大人しいのに、一度こうと決めると強引に話を進めようとする。その部分はまったく変わってないことは、厄介だと思いつつも嬉しい部分もある。キスイは自分が苦笑していることに気づいていた。


キスイは気合を入れ直し、足場の淵へ近づく。どこへ行けばいいのかなんとなく分かる。いっちゃんが指輪が2人を繋いでいると言っていた通り、呼ばれているのが伝わってくるのだ。それはこの水のない湖の先、建物達の奥へからキスイを呼んでいる。

大丈夫だという感覚に従いキスイが慎重に泥の上に足を踏み出すと、見た目に反してしっかりとした感触を足裏に返してきた。力を入れればめり込むが、普通に歩くだけなら靴の跡がわずかに泥に押さる程度だ。いっちゃんが加護か何かを指輪に込めているのかもしれないと、キスイは納得する。

まばらに生える蓮の間を抜けて、キスイはゆっくりと泥の上を歩き出した。


泥の道はどこまでも真っ直ぐに続いているわけではなかった。

整備されたわけでもない泥の地面には、小さなデコボコがいくつもあって歩きにくい。それに、谷のように急に深くなっている場所があったり、建物が邪魔で大回りをしなければならない所もあった。

現に今も、キスイの目の前の道は深い闇へと消えている。いくら加護があると言っても、下に落ちては這い上がるのは難しいだろう。


他に道がないか辺りを見回すと、少し先で光がフワフワ飛んでいるのが目に入った。

キスイがそこへ近づくと、一輪の蓮が花を開いていた。その周囲を小さな虫のような光が舞っている。その光のおかげで、花の周りの地面がより広く観察することができた。

咲いている花の根元が水たまりのようになっていて、その水は少し離れた所から流れて来ている。流れを辿れば、ダムのように水をためている場所が見つかった。

キスイがダムへ手を伸ばすと、泥の指輪が脈動した。そしてそれに応えるように、ダムの一部が崩れて中の水が流れ出した。水は地面のおうとつに沿って流れ、点在する蓮の花を浸しながら闇の中へ落ちて行った。水を得た蓮の花達はゆっくりと綻びはじめ、その開いた花達から小さな光が飛び出した。

光は花の周囲を飛び交い、辺りを照らし出す。闇の淵に咲いた蓮から飛び出た光が、闇の中に飛び石のように存在する足場を照らし出した。


―――――――


飛び石のような足場を渡りきると、そこは蓮の花の群生地だった。水が無いため蕾ばかりだが、それでも光が届かない場所がないくらいたくさんの蓮の花がある。そしてその蓮の葉に囲まれるようにして(やしろ)が建っているのが見えた。

社に近づいてキスイは驚いた。よく見るまでもなく、社の周囲は大きく落ち窪んでいる。隕石でも落ちたかのような()(ばち)状の地形、その中心に、社がまるで浮いているように建っていた。四本の支柱は大人の胴よりも太く、表面に浮かぶ木目は遠目にもはっきりと見えている。

正面に階段があるが、それは途中で途切れて宙に浮いていた。階段の中ほどから下が色が変わっているのは、平時はそこまで水が来ているからだろう。水が無ければ、あの社に入ることはできなさそうだ。


キスイに伝わる感覚が、あの社こそが目的地だと告げている。どうしたものかと擂り鉢の底を覗き込むと、どこからともなく虫のような光が飛んできて、擂り鉢の斜面を下って行った。

照らし出しされる斜面には当然、階段のような親切なものはない。視覚的にはほぼ垂直に思える急斜面が続いている。

光が擂り鉢の底へ辿り着いた時、そこに誰かの人影を見つけた。もっとよく見ようとキスイが身を乗り出した時、不意に背後から声がかけられた。


「まさか、そこから飛び降りようだなんて考えてはいませんよね?」


「!?誰だ!」


突然の声に振り返ると、白い着流しに身を包んだ、細身の男が立っていた。


「今は水の大半が引いていますが、それでも底の方はまだまだ沈む程度にはぬかるんでます。いくら継承者殿といえど、沈んでしまっては助けることもできませんよ。ええ、あなたが泥の底で完全な主になってもらっては私も困ります。ですからどうぞ、気をつけてくださいな」


丁寧な言葉と裏腹に、暗い敵意が視線からにじみ出ている。キスイが覚えているよりも、陰気と狂気を強く感じさせる。継承者争いをしたときの細いほう、それが目の前の男だ。


「名前、聞いてたっけか?」


キスイが警戒しながらにらみ返すと、ふい、と男は視線を外した。


西村比呂太(にしむらひろた)、という名前もありました。でも、もう意味がありません。こうやって私が私でいられるのも、あと少しというところでしょう。ですから」


ニシムラが右手を上げる。すると突然、キスイの足元の泥が崩れた。


「なっ!?」


慌てて擂り鉢の壁へ手をつき、足をつけてブレーキをかけようとするが、キスイの体は容赦なく底へと滑り落ちてゆく。


「ですから、私が貴方の代わりに主になるまで、死なないでくださいね」


ニシムラのつぶやきは、キスイには届いていなかった。


―――――――


「くそっ!あいつは何がしたいんだよ!」


キスイは擂り鉢状の斜面を滑るように下っていた。奥歯を噛みしめて手足を踏ん張り、少しでも落ちるスピードを緩めようとする。しかしそれも、スピードを上げないようにするのが精一杯というところだ。

底へ降りるにつれ、傾斜はわずかずつ緩くなってきた。小さな虫のような光りが底の周辺を飛んでいるおかげで、大体の距離がつかめる。

底が近くなったとき、キスイはわざと傾斜面にめり込むように両足に力を込め、反動を利用して泥の斜面から飛び出した。


少しでもまともそうな地面へ向けて飛び、足のバネを使って着地の衝撃をできるだけ逃がす。そうやって着地した底面は、靴の底がひたる程度の水があるが、言われたほどぬかるんではいなかった。


「落ちたら困るとか言ってたくせに、いきなり何するんだ、アイツは」


そう言ってキスイは自分が落ちてきた斜面を見上げるが、ニシムラの姿は確認できなかった。仕方がないので気分を切り替え、周囲を見回す。

擂り鉢の底は直径10mほどの広場になっていて、その中央に社を支える4本の支柱が立っている。

そしてその支柱の横、キスイの目の前に、先ほど上から見下ろした時に見えた人影が立ちはだかっていた。


「今度は誰だよ。またニシムラ……じゃなさそうだな」


キスイが身構えながら問いかけると、目の前の人物へと虫のような光が飛んでいき、照らし出した。


「よう来たな、継承者」


あの時のゴツイ方の男が、そう言ってキスイを見下ろした。

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