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第6話 若き二人の行き帰り 6

キスイは、ゆるやかな下り坂をずっと下り続けていた。

土の中をだいたい大人一人が立って歩ける程度の直径の穴が、ただ真っ直ぐに続いている。

ここはすでに現世ではない。日本の冥府のひとつである【根の国】――またの名を黄泉の国という――への入り口だ。


黄央高校第三校庭の隅にある、保管の玄室への入り口。その扉を開けるとコンクリート造りの下り階段が暗く続いていてる。スイッチを入れれば、蛍光灯は無機質な通路を清潔なものであるかのように、しらじらしく照らし出す。階段から直角に折れた通路の先には、コンクリートには不似合いな木製の扉が取り付けられている。その先が、封じた怪異をしかるべき処置が行われるまで保管しておく玄室である。

キスイがその玄室への扉を開いた時、中には数体の影がいた。

天井には別の影の足だけが生えていて、それがキスイの見ている前で上へと消えていった。

玄室内の影はキスイを見つけると、礼儀正しく壁際に整列し、部屋の奥への道を開けた。

キスイは影達を一度だけ見た後、襲ってこないことがわかると玄室の奥へと進む。

玄室の奥、保管台の正面、本来壁があったはずのところに、土がくりぬかれたように穴がぽっかりと開いていた。穴の奥は薄暗く、ジメジメとした、かび臭い空気が漂ってくる。その臭いを嗅いだキスイは、6年前の事を強く思い出した。


(いっちゃんと、ミレイと逃げたあの場所と同じ臭いだ。また俺は、あそこへ行くんだ。今度は俺の意思で、意地でも絶対に、あの時置いてきたものを取り返す。取り返す!)


キスイは深呼吸をしてから、穴をくぐった。


キスイが穴の向こうへ行くのを見送った後、玄室内にいた影達の姿が揺らぎだす。影達は空気に溶けるように薄くなり、わずか数秒で、その場にいた影の全てが消えていった。そして、キスイのくぐった穴もまた、水が土に染みこむように消えた。

土壁には、濡れたような跡が残っているだけだった。


キスイはそうやって、この隧道へとやってきた。現世と黄泉をつなぐ道、【黄泉平坂(よもつひらさか)】へ。

土管のように丸く形作られた土の壁には、木の根が縦横に張り巡らされている。そんな景色が変わらずに続き、歩く者の時間の感覚をうばっていく。いや、すでに異界であるここでは、時間など始めから意味を成してはいない。


(いったいどのくらい歩いたんだろうか。運動するのは慣れてるけど、さすがに変化がなさ過ぎて神経が疲れるな。でも体が疲れた気がしない。むしろ異界(こちら)へ来てから体が軽くなった気さえしてる。異界では心の強さが体を上回るって話は本当だったみたいだな)


異界は、世界中でいくつも発見されていて、当然その研究も進んでいる。それぞれ千差万別ではあるが、共通する部分もたくさんある。その中のひとつとして、『肉体よりも精神が重要になる』ということがあげられてた。ある研究者は、『この世に存在するモノの【魂魄(たましい)】が、より強く表れる場所』と定義していたりもする。

キスイは個人的なことからも、異界についてはできるだけアンテナを広くするようにしてきた。いつか来る日のためにと、ミレイに頼んで専門的な話をまとめてもらったりもした。それらの知識があるからこそ、キスイは今落ち着いていられる。


(重要なのは、この異界は【根の国】であり、根の国として知っている俺達の常識は通用する、ということだ。なぜならここは、『根の国とはこういうものだ』って幻想が集まって形作られたものだからだ。そしてさらに、観測する者の認識が重要になる。以前は俺以外にもたくさんいたから、ああなったのだろう。そして今回のこの長く続く道は、俺の【根の国】に対するイメージが強く反映されている、ってことかな)


手元までしか見えない、どこまでも続くような、暗く狭い道。

それは、キスイにとってあの時(・・・)から今までの人生を象徴しているものでもあるかのようだ。だからこそ、それに終わりがあることをキスイは確信していた。

そして、その正しさを証明するかのように、細長い隧道は突如として終わりを迎えた。


そこは、小さな広場のような場所だった。足元にはわずかに草が生えているようで、わずかに青臭い湿った空気が、その広場を満たしている。

キスイはその場所に、強い既視感を覚えて立ち止まる。胸を締め付けられるような苦しさを感じ、自然と呼吸が早くなった。そしてゆっくりと広場の中央に近づく。

そこには、朽ちかけた木造のお堂が立っていた。


「これは……あの時の」


「そうだよ。あのお堂が取り壊されたから、その魂をここに移築させたんだ」


キスイのつぶやきに対して、お堂の中から声が返ってきた。幼さの残る弾むような声。その声とともにお堂の扉がゆっくりと開き、暗闇の中に一人の少女の姿が浮かび上がった。

背丈は6年前のまま。白装束に烏帽子を被り、顔に見たことのない文字が描かれた紙で隠されている。あの日に見た、根の国の者の姿と同じだ。

しかしその正体が誰であるのか、キスイが分からないわけはない。


「っ……!」


キスイは口をひらくが、胸の奥からこみ上げてくる気持ちによって声が詰まってしまった。


「キスイ君、久しぶり。元気だった?」


「いっ……ちゃん。俺は……」


懐かしい声に、聞きたいと願っていた声を聞くことができたキスイは、必死に声を絞り出した。目頭が熱くなり、こみ上げてくる嗚咽を必死にこらえる。

動けないキスイにかけられるいっちゃんの声は、とてもやさしく穏やかだった。


「いいの、キスイ君。だって、キスイ君が私のところに来てくれたんだから、それだけで、私は十分だよ」


「ゴメン。俺のせいで、ゴメン」


いっちゃんはゆっくりとお堂から歩いて出て、謝り続けるキスイの目の前へと立った。キスイの目からは涙がこぼれ、頬を伝って地面へと落ちる。いっちゃんはキスイへ手を伸ばし、キスイもかがんでいっちゃんを抱き留めた。


「私は信じてたよ。キスイ君が必ず来てくれるって」


「うん、俺は来たよ。迎えに来たよ」


「キスイ君は、約束を守ってくれるもんね。だから私、大丈夫だったよ。キスイ君の分まで、頑張ってたよ」


「ありがとう、いっちゃん。それとゴメン。いっちゃんに辛い役目を押し付けて、俺だけ向こうの世界で普通に生きてて。本当にゴメン。俺のせいで、いっちゃんが苦しい目に合ってるんじゃないかって思って、いっちゃんが俺を恨んでいるんじゃないかって思って、すごく怖かったんだ」


「わかってる。私が自分で決めたことだもん、全然恨んでなんかいないよ。キスイ君も辛かったんだよね。でも大丈夫。これからは私も一緒だから」


キスイはゴメンと繰り返しながら、いっちゃんはそれをなだめるように声をかけながら、少しの間抱き合っていた。キスイは落ち着いてくると、いっちゃんから離れて涙をぬぐった。そして恥ずかしそうに笑いながら、手を差し出した。


「みんな待ってる。一緒に帰ろう」


いっちゃんニッコリと笑って、キスイの手をとった。


「ダメだよキスイ君。キスイ君はまだ、自分の役目をわかっていないんだから」


キスイの手を握る手に、子供とは思えないくらいの力が加わった。


「いっちゃん!?」


「キスイ君の持ってる力はね、とっても大切な仕事をするためにあるの。ほんの少しの間は、私たちでなんとか誤魔化せてきたけど、でもそろそろ限界が見えてきちゃった。だからキスイ君、私たちには貴方が必要なの。私と一緒に、ここで暮らそう」


いっちゃんの言葉とともに、周囲の景色が変化してゆく。

土の壁が溶けて流れてなくなってゆく。キスイが今まで歩いてきた道が沈み、深い谷が出来上がる。お堂が傾きながら、土の中へと沈んでゆく。そして広場は広大な空間へと変貌した。

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