第6話 若き二人の行き帰り 2
2/16 加筆修正しました。
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黄央高校は、1~3年までの教室のある教室棟と、職員室や図書室を含む特別教室が集まった特別棟が、並行して建っている。
さらに、特別棟の横に体育館があり、その隣に大講堂・第二講堂・学生食堂の順に並んでいる。
体育館へは特別棟を経由して渡り廊下を使う方が近く、学生食堂へ向かうなら、教室棟から渡り廊下を使う方が近い。
靴置場は特別棟の正面にある。
生徒たちは毎朝、職員室のそばを通り抜けてそれぞれの教室へ向かうのだった。
キスイは靴置場から外へ出た。
真夏の青空には、相変わらず雲一つない。
照り付けてくる日差しを避けて影の中を進むが、夏の昼間は影が少なく、どうしても直射日光の下を歩かなければならない。
キスイは日差しに顔をしかめながらも、正門へと向かっていた。
何気なく背後を振り返るが、そこから見えるのは、特別棟と体育館の壁だけだ。
その向こうには教室棟があり、さらにその奥にはサッカーグラウンドを兼ねる第三校庭、並びに元第一校庭の野球場があり、その奥にはテニスコートが横に並んでいる。
第二校庭は学校の敷地外にある。
そちらは体育祭などの大きなイベントに主に用いられている。通常は、陸上部をメインとした、雑多な運動部が共同で使用していた。
あの第三校庭の丘がなくならない限り、第二校庭はサッカー部にも貸し出されることになるだろう。
規模と実績が確かな部活の方が、そうでない部活よりも優先されることは明らかだ。
キスイの所属する陸上部もそれなりの結果を出してはいるが、校庭の使用範囲が他より大きい分、貸し出す範囲も大きいだろう。
三年であり、すでに引退に近い状態ではあるが、それでもキスイにとって運動は気分転換に必要なものであった。
小学生の時から、道場の特訓でかなりの距離を走らされていたせいで、今では走らないでいる方が逆に調子が出ないと思っている。
さすがにこの炎天下では走る気は起きないが、それでも日の落ちるころになれば、定番のコースを走っていた。
せっかくの走れる場所が、わけの分からないことで使いにくくなるのは困る。
かと言って、こんな大がかりな怪現象は、キスイの手にはあまる。
自分では何もできないということに心がささくれ立つのを感じ、キスイはそれを抑えるために、深呼吸をした。
「俺が今日ここにいる意味って、あったのか?」
キスイの問いに答えるものはいない。
ただ蝉の声がうるさく響くだけだった。
キスイは正門をくぐり、道を挟んだところにある雑貨屋の前に立った。
雑貨屋のシャッターは閉められていて、【お盆休み】と達筆で書かれた紙がはられていた。
それを横目に見ながら、夏でも健気に立ちつづける自動販売機へと向かう。
手に持ったペットボトルに突き刺さった五百円玉を引き抜くと、自動販売機へと放り込んだ。
カラのペットボトルはすぐ近くのゴミ箱へ入れ、代わりに買ったばかりのスポーツドリンクを手に取る。
その時、ポケットの携帯が震えた。
確認すると、ミレイからメールだった。内容は『サキを連れ戻せ』とだけ書かれている。
「サキ?まだ戻ってないのか」
キスイは返信を打とうとしたが、すぐにまたメールが来た。
差出人はミレイ、タイトルは『詳しくは後で』、文面は『大至急。責任を取れ』
「責任だって?」
キスイは携帯をポケットにしまうと、車が少ないお盆の道路に感謝しながら、赤信号の横断歩道を突っ切った。
校舎へ走りながらキスイは考える。
責任というのは、サキを一人にしたことだろうか?サキの身に何かあって、それでサキを一人で行かせた事を責められているのだろうか?
「んなわけねぇよな。そんな事を言うアイツじゃない」
ミレイが言う責任とは、確実にキスイだけが負うべきものを指しているんだろう。
なら、それならば……。
キスイがそこまで考えたところで、校舎の中の様子がおかしいことに気がついた。
さっきまで誰もいなかったはずの校舎の中に、人影がたくさん見える。
しかもそれらは、本当に『影』と呼べるくらい薄く、反対側が透けて見えている。
すでに二階部分のすべての部屋に影がうろついていて、三階の特別教室にもちらほらいるのも見える。
キスイは携帯を取り出し、ミレイの番号を選び出した。
『私だ』
1コールもしないうちに聞こえた声は、どこか焦りを含んでいるようにも聞こえた。
「ミレイ、何が起こったんだ!?責任を取れってどういうことだ?」
『愚か者。そんなわかりきった事を聞くな。それと……ちょっと待て』
ミレイが携帯の向こうで話し合っている様子を感じながら、キスイはとりあえず靴置場へ向かう。
その間にも校内の人影はどんどん増えているようで、まるで昼飯どきのパン売り場のようだった。
『キスイ、貴様の仕事がはっきりしたぞ』
「なんだ?ここから助けに行くのは時間がかかるぞ」
靴置場の中も、歩き回る影達でいっぱいだった。
影達は、そこに誰もいないことを確かめるように靴置場を見て回り、また廊下へと引き返してゆく。
キスイは見えているようだが興味はないのだろう、どちらが前だかわからないような顔を向けた後、すぐにまた他を探している。
脆そうではあるが、数が多すぎるなとキスイは思う。
しかしミレイの返事は相変わらずだった。
『愚か者。ここには貴様よりよほど頼りになる猛者たちがいる。貴様は、この得体の知れない影の発生場所をつきとめろ』
「りょーかい。で?ヒントは、あるんだろ?」
『どうやらこいつらは下から上がって来ている。1階のどこかの可能性が高い』
確かに、一階は他の階にくらべて人影の密度が高いとキスイも思っていた。
靴置場へ来る影達を透かして見れば、彼らは奥の校舎から来ているようにも見える。
「どこかに向かっているようみたいだな。とりあえず、出所を逆をたどってみる」
『まかせたぞ』
それだけ言って、通話は切れた。
キスイは「まかされた」と呟いて、校舎にそって走り出した。
窓の外から中を見るが、教室内の影達は外のキスイにまったく反応しない。
それどころか、影は自分以外の影も見えていないように、重なったり離れたりしている。
音も立てずに教室にひしめき、バラバラでありながら同じ目的地へ向かって進んでいる。
中にいるミレイ達を気にするが、彼女が言ったように多数の本職が向こうにはいる。キスイが心配しなくても、なんとかなるだろう。
特別棟の横に出ると、廊下を黒く埋め尽くす影達が見えた。
細長い廊下を歩き回り、空いている教室へ入りそして出てくる。
一階を全て見て回ると、階段で上階へ上がってゆく。
それぞれの影に個性があるようで、忙しそうに走る者もいれば、悠々と歩いているものもいる。
ある種不気味なものを影達の背後に感じながら、キスイは彼らがやってくる方向へ進んだ。
特別棟と教室棟、その二つの棟をつなぐ渡り廊下には、影は見えなかった。
渡り廊下は地面に接しているので、緊急避難のために壁がないところがある。
壁自体も腰までの高さしかなく、簡単に乗り越えることができる。
ここにもその影がいるかと思っていただけに、キスイは首をかしげた。
教室棟から来ているのは気のせいだったのかと思いながら、キスイが渡り廊下へ近づくとしかし、たくさんの人が歩く気配がそこからしていた。
渡り廊下へあと一歩のところまで近づいたとき、床に動くものを見つけた。
それは、廊下についた、足跡だった。
何人もの足跡が、つぎつぎと渡り廊下を進んで行く。
音もなく、ただ足跡だけが渡り廊下を進み、壁に作られた影に入るとそこだけ人の形が浮かび上がった。
影に入ると浮かび上がるそれらが、渡り廊下を雑然と渡っているのだ。
教室棟を見れば、渡り廊下へつながる開き戸は開いている。特別棟も同じだ。
教室棟の出口までは完全な人影だが、ドアから出てくるのは、気配と靴跡だけ。
渡り廊下では足跡が表れては消え、表れては消えを繰り返し、特別棟の入り口から完全な人影が次々と生えている。
異常な光景に立ち尽くしていたのもつかの間、キスイは小さく息を吸って吐く。
「ぼーっと見てる場合じゃないか」
キスイは視線を教室棟の奥へ向ける。
影は教室棟の廊下から集まり、こちらへ向かってくる。
教室を外から見ればやはり扉が開いており、その奥で廊下の窓が開いているのも見える。
ならば、とキスイが視線を向けたその先にあるのは、
「サッカーグラウンド!やっぱりあの墳丘墓か!?」




