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第6話 若き二人の行き帰り 1

2/9 会議室の場所を教室棟→特別棟へ変更しました

ジワジワと、ワシャワシャと蝉がうるさく鳴いている。

空は雲一つない晴天。しかし湿度が高いせいで、常に服を一枚着ているような、そんな不快感を覚えるほど蒸し暑い。


季節は夏。


樹木が青々と茂り、眩しい光がさんさんと降りそそいでいる。


すでに8月も二週目に入り、高校も夏休みの真っ最中のはずなのだが。

校庭の端。校舎が作る大きな影の中に、高校指定の黒ズボンとワイシャツ姿の生徒が座り込んでいた。


「今年の夏も、暑いな」


黄央(こうおう)高校3年の大宮騎翠(おおみやきすい)は、ワイシャツのボタンを3つほど外して、そこから手で風を送り込んでいた。

さっきまでタオルを首から垂らしていたが、今は手の上でもてあそんでいる。

なにか考え事をしているのか、それともただ単に暑いだけか、言葉に力がこもっていない。


しかし、独り言のようなその言葉に対して応える者があった。


「去年も暑かったのに、今年も暑いなんて反則だよね」


同じく3年の志島井弦(しじまいづる)は、キスイと違い服装に乱れはなく、淡いタッチで朝顔が描かれた扇子をあおいでいる。

そして校舎の外壁に背を軽くもたせかけて、目を細めて校庭のほうを見ていた。


「なんであいつらは元気なのかな」


「心頭滅却すればって、言うんじゃないかな」


「かもな」


二人の視線の先には、校庭に仁王立ちしている五光院美麗偉(ごこういんみれい)と、彼女に日傘をさしかけている砂庭咲希(さにわさき)の姿があった。


イヅルはハンカチを取り出して汗をぬぐった。

キスイはタオルであおぎながら、うめく。


「にしても、補習も部活もない盆の時期に学校に来なきゃならないなんて、不幸だよな」


「そりゃあさ、今年は僕らがこの学校の怪異対策をまかされてるんだから、こんなの出てきたら来ないわけにはいかないでしょう」


「そうなんだけどな」


二人の視線の先にあったのは、校庭のほぼ全てを収める範囲が隆起してできた、ちょっとした丘だった。

丘のふもとで見上げるミレイから比べると、高さは10メートルくらいあるように見える。

周辺には、連絡して呼んだ専門家の退魔師が多数いて、数人は丘の上へ登って調査をしている。


「盆なのに、よくやるね」


「お盆にこだわるね、なにかあったの?」


「いや、お盆だからこそこんなんが出てきたのかな、なんて思っちまったからかな。……にしても、異常な光景だよな」


お盆とは、先祖の霊が家へ帰って来る時期のことを言う。地方によって少々時期がずれるが、だいたい8月初旬から中旬の期間を指す。家族全員で先祖を迎えるために、故郷へ帰るものも多い。


そんなお盆始めの昼日中に、高校の校庭に人が集まっていることなどあるはずがない。

運動部はもちろん教員も、宿直か当番の者しか出てきていない。


しかしここ、黄央高校の校庭には現実に、多数の大人と四人の高校生がいるのだった。


丘は土が大きく盛り上がっただけにも見えるが、草もまばらに生え始めている。


「運動部も大変だなぁ。グランドがこれじゃあ練習できないだろ」


全然気持ちのこもっていない顔で言うキスイに、イヅルは聞く。


「キスイ、これってなんだろうね?」


「うーん。俺には『墳丘墓(ふんきゅうぼ)』に見えるな。自然の丘を利用した、偉い人のお墓だな」


キスイは少し真面目な顔になって答えた。


「前方後円墳の事だね。ちなみに、その根拠は?」


「イヅルが今言った前方後円墳じゃないけど、これは形が整いすぎてるんだよ。さっきぐるっと回ってけどよ、四角錐にかなり近い形に見えた」


「つまり、方墳(ほうふん)ってことだね。……それともまさか、ピラミッドとか?」


微笑みながら言うイヅルの言葉に肩をすくめながら、キスイはつぶやいた。


「誰の土饅頭(つちまんじゅう)だか知らないけど、いきなり高校の校庭に生えんなっつの」


キスイは吹っ切るように勢いをつけて立ち上がると、日傘の二人に向けて歩き出した。


日は高くにあり、遠くから近くから蝉の声が騒ぎ立てている。

日陰から立ち上がった頭に直射日光を受けて、少しは涼しかったのかとキスイは思う。


「おーい!仕事中悪いけどよ、暑いし一旦中入んねぇ?」


たいして歩かないうちに気力が尽きたのか、遠めから声をかけた。


キスイの声に振り向いた二人は二言三言話して、ミレイは日傘を受け取ってから退魔師の一人の方へ向かい、サキは小走りにキスイへ向かって来た。


「休憩なら、会議室に集まりましょう。飲み物運ぶの手伝ってもらえますか?」


「わかった。行こう」


キスイは頷いて、サキと並んで校舎へ向かった。


―――――――


黄央高校に、会議室と呼べる部屋はいくつかある。

そのうちの一つ、特別棟三階にある一室に、キスイとサキは大量のペットボトルを運び込んだ。


職員室と家庭科室の冷蔵庫には、あらかじめ2Lペットボトルの飲み物を詰め込んであった。それを二人でまとめて運ぶ。

サキは恐縮していたが、腕力の違いからキスイがそのほとんどを一人で運んだ。


サキが会議室の扉を開けると、冷房によく冷やされた空気が廊下まで流れ出てきた。


「だー!重かった!」


キスイは会議室に入ると、机にペットボトルの山を置いて、両手をグーパーさせる。


「キスイ君のおかげで一回で済みました、ありがとうございます」


サキが紙コップなどの小物をならべながらキスイに感謝の言葉を言った。


「もうすぐ皆さんが来ますから、それまでここで休んでいてください」


キスイは運んできた2Lペットボトルのひとつに手を伸ばして、ふたを開けながら聞いた。


「サキ……ちゃんはどっか行くの?」


「はい、今年に入ってから起きた事件をまとめた報告書を、生徒会室まで取りにいってきます。それまでココ、お願いしますね」


「わかった、気ーつけて」


サキは出入り口の扉の前で振り向いた。


「気をつけるって?ただ生徒会室まで行くだけですよ」


「色々だよ。暑いし、あんなのが出てきたから、なんやかんやあるかもしれないし」


言葉を濁すキスイに、サキはちょっと笑って言った。


「そうですね。気をつけますね」


キスイはイスの一つに腰掛けた。

扉が閉まり、サキの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、キスイはペットボトルに口をつけた。

一気に半分近くを飲み干し、ため息をつく。


「なんやかんやって、いったい何なんだよ」


それは嘆きでも叫びでもない。ただ、なにもできない現状への嘆息だった。

あの日、あの夜以降は、目立った怪奇現象は起こっていなかった。


相変わらず、生徒たちから細かな霊異現象の報告はあるものの、大きな実害はまったく出ていない。

どれもキスイの元へ届く前に、風紀委員か浄霊部員の手によって解決されていた。

中には解決されていないものもあったが、原因も分からず害もなく、同じような現象も確認されていないので、広報を通じて注意を呼びかけるだけで終わっているものもあった。


大元(おおもと)を断ち切って一件落着とはならない、すっきりしない現実に、キスイは自分でも認めたくはない無力さを感じていた。

要するに、キスイは自分の現状に欲求不満なのであった。


そんな風に、自分の悩みに夢中だったせいで、キスイは近づく者たちの気配に気づいていなかった。


「こちらが急ごしらえの【作戦会議室】です。散らかってますがどうぞ」


イヅルが、軽いジョークですとでも言いたそうな笑顔で、退魔師の団体を連れて来た。

そのままドアを支えて、一団を部屋の中へと通す。


その先頭で入って来たミレイは、会議室の中を見た瞬間、足が止まりかけた。


先に準備をしているはずのサキの姿は見えず、手伝いのキスイはだらけた様子で座り込んでいる。


ミレイが思わず怒鳴ろうとした瞬間、耳のすぐ横を硬質の何かが通り過ぎた。

それはキスイへ吸い込まれるようにして飛んで行く。そして、破裂するような音を立てて、キスイがとっさに盾にしたペットボトルへ突き刺さった。


ミレイ振り向くとそこには、退魔師にして非常勤講師でもある希宮紫雲(きのみやしうん)がいた。


シウンはいたずらをした子供を叱る前の親のような顔をしていたが、ミレイの視線にきづくと今度は教師に謝る親のような顔で会釈をした。


「みっともないところを見せてごめんなさいね。でも、いざとなれば役に立つ奴ですから」


ミレイはそれに頷き、「わかってます」とだけ返した。


退魔師の集団が、ゾロゾロと会議室に入り、入れ違いにキスイは外へ出ようとする。

最後に入ってきたイヅルが不思議そうに聞いた。


「会議が始まるけど、どこか行くの?」


「買い物。何かわかったらメールくれ」


逃げるように出ていくキスイ。その手にあるペットボトルには、500円硬貨が突き刺っていた

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