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第五話 思い出は夜の中 10

1/11 最後の一言を修正しました。あと別なところもほんのちょっとだけ。

崩れた泥の向こうから、キスイが2人を振り返る。


「終わったよ、行こう」


しかし2人とも戸惑っているようで動かなかった。


「キスイ、お前、本当に大丈夫か?」


ミレイは痛々しそうな顔をして、キスイに問いかける。その後ろで、いっちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。


「キスイ君、やっぱりダメだよ。そんな力はキスイ君に似合ってない」


いっちゃんとミレイの言葉を聞いて、キスイは不思議そうな顔をする。


自分は2人を守るために力を手に入れ、その力のおかげで、邪魔する者を退けることができた。

なのになぜ、自分が守ったはずの2人がこんな顔をしているのだろうかと。


「俺は大丈夫だよ。なんか、すっごく調子がいいんだ。今ならなんだってできる。誰にも負ける気がしない。ちゃんと2人とも無事に、元の世界へ送り届けられ……る」


キスイは突然言葉を途切れさせる。

大きな拍動が、キスイの全身を波立たせる。

内側からあふれそうになる力を、キスイは無理やり押さえつけた。


ミレイといっちゃんが見つめるなか、キスイは汚れた剣を片手に、荒い呼吸を繰り返した。


たっぷり一分間は経っただろう。

少しだけ落ち着いたようすで、キスイは背筋を伸ばした。

そして、イヤな気分を飛ばすように、青銅の剣を勢いよく振る。

それによって、剣にまとわり付いていた赤錆た魂が飛び散り、離れたところにいたシコメの胴体を貫いた。


シコメは言葉にならない悲鳴をあげ、悶えながら地面にヒザをつく。


キスイはそちらへ、胡乱な視線を送る。


「ああ、ゴメン。当たり所悪かった?苦しいなら、すぐに楽にしてやるよ」


ゆっくりと歩きながら話す。


シコメは脅えたように後ずさった。

苦しんでいるシコメは、髪が半分ほどめくれて右目が覗いている。その光のない濁りきった瞳が、恐怖によって揺れていた。


キスイは、シコメが間合いに入ったところで足を止めた。

そして剣を無造作に振り上げる。


「じゃあな」


そのまま、一気に振り下ろそうとしたところで、後ろから誰かに腕を掴まれた。


首だけで見ると、いっちゃんが両手でしっかりと俺の右腕を握っていた。


「ダメだよ、キスイ君」


涙をはらんだその声はキスイが思うよりも力強く、振り上げた手を動かすことができなかった。


「いっちゃん……?」


キスイが首だけでも振り返ろうとすると、別な人影が目の前に飛び出してきた。


「キスイ!」


呼ばれた声に視線を向けた瞬間、ミレイの平手打ちが頬に炸裂した。


「なにす」

「バカ者!お前は、やはり何もわかっていない。もうこれ以上、その剣をふるうのはやめろ!」


キスイは、胡乱な表情をしながらも、振り上げた手から力を抜いた。


「ミレイ、いっちゃん。こいつを倒さないと、またイクサを呼ばれるかもしれない。だから今のうちに倒しておいたほうがいいんだ。そこを、どいてくれよ」


「いいや、どかない。キスイこそ、自分を見てみろ。真っ赤になってるぞ」


言われてキスイが視線を向けると、確かにその手は赤錆色の魂にまみれていた。


「たしかにそうだな。でも、俺はイクサ達を斬ったんだ。手が汚れるのは当然だろ」


「違うの、キスイ君。それだけじゃない。赤い血みたいのは、キスイ君の全身についてるの。それに……」


いっちゃんがキスイの腕から手を離すと、その手のひらに、赤錆びた魂が付いていた。

いっちゃんは、その手のひらをキスイへ向ける。いっちゃんの手のひらの上、赤錆びた魂は、にじむようにいっちゃんの手の中へと姿を消した。


途端に、いっちゃんの足がふらつく。しかしそれを、いっちゃんは力を込めて耐えた。


「見たでしょ?倒したイクサ達の力が、その赤い血みたいのの中に込められてるの。そして、それを浴びると力が体に流れ込んでくる」


「強くなれるってことだろ?いいことじゃんか」


「でも、これはダメ!こんなの、生きてる人間の力じゃない。こんな力を持ってたら、キスイ君、向こうに戻れなくなっちゃう!」


いっちゃんはそう叫んで、キスイの手を再びつかまえた。


「キスイ君は、もう剣を振っちゃダメ!手を離して、お願い!」


「キスイ、もう無理をしないでくれ。頼むから」


ミレイもいっちゃんの反対側から、キスイの腕を捕まえた。


キスイは、胡乱な目で2人を見る。


彼女達の言葉は理解できるが、それを納得できてはいない。

2人を助けるには力がいるし、敵を倒せば倒すだけ力が手にはいる。


なら、なにも問題ないじゃないかと。


でも、と、別な声がキスイに聞こえる。

女の子を泣かせるのは、男として最低だぞ、と。


それは、キスイが憧れた人の言葉。

強く、優しく、カッコよかった父の言葉だった。


キスイが前を見ると、うずくまって様子を見ているシコメと目が合う。

シコメは警戒したように身をすくませるが、特に何かしてくる様子はない。


ミレイといっちゃんは、相変わらず真剣な顔で、キスイをじっとにらんでいる。


危険と安全を秤にかけて、そこに2人の言葉を追加する。


キスイは目を閉じると、深く長い深呼吸をした。


「わかったよ」


キスイはそう言うと、剣から手を離した。

剣は切っ先をまっすぐ下にして落ち、泥の地面へと突き刺さった。


途端に、キスイは膝から崩れ落ちた。


「キスイ君!」

「キスイ!」


ミレイといっちゃんは、あわててキスイの肩を支えた。


「あれ?なんか、すごく、だるい」


「バカ者、力を蓄えすぎたんだ。早くここから出て、大人に見せないといけないな」


「どうしよう、すっごい熱い。このままじゃ、キスイ君が危ないよ」


キスイはようやく、自分の状態に気がついた。

身体中が熱くなっていて、呼吸するのさえすごく苦しく感じる。


それでも2人に支えられてるわけにはいかない。なんとか1人で立とうと思い、杖代わりにしようと、剣へと手をのばした。


「もう触っちゃダメ!」


それを掴む直前で、いっちゃんが横から剣を抱くようにして奪っていった。そして、うずくまるシコメにたずねた。


「ねぇ!キスイ君を助けるにはどうしたらいいの?」


「助ける?その方は自ら力を望まれたのですよ?その方の力を取り除くということはすなわち、その方の存在を除くということです」


いっちゃんの質問に、シコメはわずかに笑いの混ざった声で答える。

いっちゃんはそんなシコメを強く見つめた。


「あなた、さっき器と魂で封じるっていってたよね。キスイ君がその器だっていうなら、私の魂で力を封じる!それならキスイ君は帰ってもいいでしょ」


「いっちゃん、ダメ、だよ。俺の力なんだから、俺が」


止めようと伸ばしたキスイの手を、逆にいっちゃんが剣を持ってない右手で、しっかりと掴んだ。


「キスイ君、みんなで花火やるんだよ。忘れてないよね?」


真っ直ぐに向かい合ったいっちゃんの目は、強い意思を秘めていた。


「キスイ君は、私たちを助けてくれた。だから、これは私からのお礼。私の【仮名(かな)】を貸してあげる」


そう言って、いっちゃんは微笑んだ。


いっちゃんの家にはしきたりがいくつもある。そのうちの一つが【真名(まな)】と【仮名】だ。

真名とはその人の本当の名前で、本人と家族以外には教えないもの。

真名を知られると呪われたり、操られたりと危険がある。そう言われていた時代の名残(なごり)だ。


当然、キスイが知っているいっちゃんの本名は、仮名だ。


仮名とは、その人の魂に繋がる真の名前である真名を守るための、他人に向けて名乗る名前のこと。

仮名であっても、10数年間その名で呼ばれて生きてきたのだ。

人としての魂は、その名に十分に込められている。


「いっちゃん……そんな」


キスイは必死に、他の方法を、全員で無事に帰る方法を考える。

しかし、熱でぼやけた頭は空回りするばかりで、勝手にいっちゃんと仲良くなった日のことが頭に浮かんで来た。


(……本当の名前じゃないから嫌いなの?俺はカッコイイって思うけどね。でも、君がいやなら……そうだ、『いっちゃん』って呼ぶよ。あだ名で呼ぶのは友達の証だよ?今日から、僕といっちゃんは友達だ)


キスイを見つめるいっちゃんの顔が、あの日の彼女の顔と重なる。


「大丈夫。私にはもうひとつ、本当の名前、真名があるんだから。だから、キスイ君、私の名前を呼んで。『いっちゃん』じゃない、私の、本名を」


青銅の剣を左腕で抱きかかえ、右手でキスイの手を握ったたまま、キスイの目の前にいる人はそう言った。


だからキスイは


――――――


「だから俺は、あいつの名前を呼んだんだ」

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