第五話 思い出は夜の中 9
キスイは、自分に集まる視線を胡乱に見返す。
そして、
(弱い。いや、脆いな)
そう思った。
キスイは体の奥底から、力が湧き上がってくるのを感じる。
今のキスイにとっては、人もイクサもシコメも、皆、枯れ枝のように弱弱しい。
全てのことが、ちっぽけだ。
全てのことが、バカらしい。
今なら、なんだってできる。誰にも負けない。誰も自分を邪魔できない。
高揚感に浸るキスイは、その自分を見下ろす冷静な視線を感じる。
違う、僕が欲しかったのは、そんな物じゃない。
ミレイを、いっちゃんを、友達を助けるための力だ。
師匠も言ってたよな?
刀を持ったとしても、強いとは言えない。
銃を持ったとしても、強いとは言えない。
刀を持っても斬らぬ事、銃を持っても撃たぬ事。それを知る者こそが強いのだ、って。
冷静な心の声に、高揚しているキスイは深呼吸をする。
力を手に入れても、全部壊してしまったら、なんにもならない。
だとしたら、力を持つって、なんて怖いことなんだ。
とても楽しく、とても怖い。
なんて扱いにくいんだ。
キスイは三つに分離している。
胡乱な表層と、高揚する内側と、冷静な心とに。
「キスイ君、大丈夫?」
「キスイ!大丈夫か?」
ミレイといっちゃんが、立ち尽くすキスイに駆け寄った。
キスイは心配そうな二人の顔を見返すが、胡乱な表情は変わらない。
やはり、脆いとしか思えない。
振り払うだけで壊れてしまいそうだ。
そしてそれで例え二人を壊してしまっても自分は、あまり気にしなさそうだ。
胡乱な表層が出した結論を受け、高揚する内側が動揺する。
人って、こんなに弱いものだったのか。ちょっとしたことで、すぐに死ぬ。
俺が殺してしまう。
それはダメだ!そんなことしてはいけない!
動揺する内側へ、心は冷静に質問する。
ならどうする?
どうにかしないと、時間がなくなるよ?
冷静な声に、表層が胡乱に聞き返す。
時間?それはどういうことだ?
「すごい熱!!動かないで。ええと、ミレイちゃん、どうすればいいの!?」
「いっちゃんは落ち着くんだ。キスイ、お前もまずは深呼吸しろ。何も考えるな、まずは何かに意識を集中させるんだ」
ミレイの言葉に、胡乱な表層が首をかしげる。
意識を集中する?でも何に?
マジ得体の知れないビームとか出せそうなくらい熱いし、調子がいいというか悪いというか、どうすればいいか分からない。
どうすれば、どうすればいい?
反応の鈍いキスイを心配し、いっちゃんはその体をぺたぺた触る。
「キスイ君、とりあえず横になった方がいいよ。あ!この剣邪魔だよね、私がちゃんと持ってるから」
いっちゃんが伸ばした手を避けるように、キスイは剣を顔の前に持ち上げた。
剣。
剣、これはこの事件の原因。
剣、それは、ツルギ、武器、殺す道具、力の象徴。
表層が、内側が、心が、未だに右手で握り締めたままの剣を見つめる。
青銅で作られた剣。
両刃で、しかし切れ味はほとんど無い。
さらに、赤黒いものがこびりついていて、なまくらに磨きがかかっている。
(もっとよく見ろ)
これは、錆じゃないのか?赤黒い何かは、刃の表面で蠢いている。
(見ろ、もっとだ)
俺の力に反応しているのか。水が沸騰するかのように、動きが大きくなっている。
(見ろ!目を開け!!)
これは、魂だ!血のような魂が、剣にまとわりついて切れ味を鈍らせていたのか!
俺の力が、死んでいたはずの魂を動かしているのか。
キスイがたどり着いた結論を、湧き上がってくる力が肯定する。
魂は 苦しいと叫び
魂は 痛いと嘆き
魂は 辛いと喚く
(苦しいだろう。痛いだろう。辛いだろう)
(それが剣に、暴力に、殺しに関わった者の末路だ)
(そしてこれが、オヌシがこれから関わる道筋だ)
湧き上がる力が告げる言葉を、表層が、内側が、心が受け止める。
そうなんだ、わかった。俺はどうすればいいのか。
剣の表面にあった、錆のような魂が剥がれて舞う。
剣が、磨かれたように輝き、キスイの顔を写しだした。
「キスイ君、早く、剣を離して」
キスイが顔を上げると、いっちゃんの顔がすぐ目の前にあった。
「いっちゃん」
「え?」
掴まれていない左手で下がってくれるよう示すと、キスイの表情がしっかりしたのがわかったのだろう。
いっちゃんは心配そうな顔をしながらも、キスイから離れた。
キスイは視線を敵へと向ける。
「そこのシコメ。俺たち、これから帰るから。……文句はないな」
剣を向けて言うと、シコメは気圧されながらも、ゆっくりと返事をした。
「いいえ、チカラをツいだのなら、アナタサマのシメイを、ハたさなければ、なりません」
「使命?まさか俺に、また邪竜を倒せとかいうんじゃないよな?」
シコメが合図を出すと、イクサ達は包囲の輪をじりじりと狭め始めた。
「ジャリュウはすでに、ホロんでいます。ゲンセはすでに、アナタサマのモノでは、ありません」
言いながら、シコメは手から細かい粉のようなものを振りまいた。
「ですから、アナタサマには、そのチカラを、フウじていただかなければ、なりません。ゲンセに、フヒツヨウな、チカラを、モチコムわけには、いきません」
シコメがまいた粉が、イクサに振りかかると、イクサたちの鎧が固さを増した。
それを見てもキスイの視線は揺らがない。
「関係ない。俺は帰るよ」
右手で掴んでいる剣に、左手をかざす。
柄から切っ先へ、表面をなでるように滑らせる。
錆のような赤色が、剣の表面を覆う。
しかしそれは、むしろ赤い刃が新しく伸びたかのように見えた。
「はるかカミヨの、トツカノツルギ……それをワレラにムけるとイうのですか」
「イヤなら邪魔するな」
キスイは、赤い刃のついた剣を両手で構える。
キスイの視線の先へ、一体のイクサが道をふさぐように立った。
「どけ」
キスイの言葉を命令だとおもったのか、イクサはどうしましょうと聞くように、シコメを振り返った。
「おトメしなさい」
シコメの言葉を確認したイクサがキスイに向きなおるが、キスイの剣はすでにその首を通過していた。
「だから、邪魔だって言ってるだろ」
まるでバターをナイフで切るように、剣が泥人形の首と胴を斬り分ける。
その切り口からは赤い錆のようなモノが滲み出して、蒸発するように消えていった。
首を切れた泥人形は形を失い、地面の泥へと還っていく。
それを見た残りのイクサたちは、いっせいにキスイへと輪を縮めた。
連携の取れたその動きに、キスイは感心しながらも質問する。
「力の継承者を傷つけてもいいの?また別なヤツ探すことになるんじゃない?」
しかしシコメは首を振って、命令をイクサ達に下した。
「ヒツヨウなのは、チカラをオサエられるウツワと、そのカンリシャたるタマシイのみです。サイアク、リョウのテアシは、なくてもかまいません」
「うわ、ひでぇな」
イクサ達が次々と泥の武器を構える。
キスイはそれを見ながらも、獰猛な笑顔を顔に浮かべた。
そしてそのまま、手近なイクサへ飛びかかる。
キスイの意識は、加速していた。
達人が集中すると、一秒が十秒にも感じることがあるという。
キスイは冷静な心で、加熱された身体をあやつり、引き伸ばされた一瞬の中をなめらかに動く。
硬くなった泥の武器も、堅い胴鎧の真ん中も、固い武人の魂さえもやすやすと、十拳の剣は切り裂いた。
三秒も経たないうちに、全てのイクサが泥へと還った。
剣の先からは、赤い錆のような魂がボタボタと泥の地面へと垂れていた。




