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第五話 思い出は夜の中 8

キスイが転ぶ原因となった穴、だがこの穴がなければ、キスイはケガを負っていただろう。

その穴の奥に、年季の入ってカラカラになった木目が見えた。


「あんたは、あの時スサって呼ばれてた奴!あんたがこの儀式を仕組んだんだな」


「それは正しくはあるが、間違ってもおるな、継承者どの」


穴の奥の木像は、その片目だけを穴に覗かせて笑った。


「継承者?知らないうちに勝手に決めるなよ。俺はそんなのになる気はない。あんたがスサなんだろ?だったらあいつら止めてくれ」


「それは無理だな。ワシは継承者を選ぶだけの身代(みのしろ)だ、シコメはワシの手下ではない」


「なんだよそれ。俺は帰らなきゃいけないし、いっちゃんもミレイも帰さなきゃいけないんだよ。こんな剣もいらないし、継承なんてするつもり無いから帰してくれよ」


「小僧、最初にワシに見せた落ち着きは何処へ行った?もっと大きく構えねばならんぞ」


キスイの言葉を受け流し、スサの木像は余裕たっぷりに言う。


「くそっ、他人事だと思って……」


「キスイ、そんな誰とも知れないヤツと言い合いをしている時間はないぞ。完全に挟まれた」


ミレイの言葉に顔を上げると、前には僧兵、後ろには足軽のイクサがそれぞれ10体と、輿から降りたシコメに囲まれていた。


どうすれば、どうすればこの状況を終わらせられるだろうか。


キスイは剣を握り締めるが、いい方法など一つも浮かばない。


前後のイクサ達は今にも襲い掛かかれる体勢であり、シコメはキスイを警戒しているようだ。

そんな状況下であるが、キスイの足元の穴の奥、でかい木像が身振り手振りでその存在をアピールしていた。


「うるさいよ何だよ!こっちは忙しいんだ!」


キスイが無視しきれずに怒鳴ると、スサは笑って手を煽る。


「そう憤るな。お主は継承者たる資格を持つ者ぞ」


「落ち着いても、道はないんだよ!俺がなんとかしないと……」


「やれやれ、ワシの言葉を聞いておらぬな」


スサの雰囲気が、急に重くなる。


それを感じたキスイは、道場の師匠を思い出す。


(騒いでも、何の特にもならない。現状を冷静に見極める事が、生き残る秘訣だ)


いつも落ち着いていて、それでいながら油断のない師匠。

キスイはその大きな背中をイメージしながら、深呼吸をした。


「……で、落ち着いたとして、俺はどうすればいいんだよ」


スサはキスイの目を覗き込み、嗤った。


「ハッ、簡単だ。お主が受け継いでしまえばいい。『スサノオ』の力を。そうすれば、全てが解決するであろう」


「だから、俺にはそのつもりはないんだよ。俺はただ単に偶然紛れ込んだだけなんだ。受け継ぎたい奴にまかせればいいじゃないか」


「偶然でも、何の意味もなくそこにいることなどありえんわ。それに、その受け継ぎたい奴らに勝ったのだろう?ならば、お主こそが適任である」


スサの声には若干の笑いが含まれている。


キスイは周りを取り囲むイクサとシコメ達を見るが、話の成り行きをうかがっているのか、動く様子はない。


キスイは考える。

もし本当にこいつらが俺に【スサノオの力】とやらを継承させたいだけなら、俺がそれを貰えば、助かるのかもしれない。


「ちょっと聞くけど、そのスサノオって、ここにいる奴らよりすごく強いんだよな?」


「うむ、当然だわい。ナカツクニの邪龍を退け、そしてその邪龍から更なる力を手に入れたのだ」


神話の時代の英雄の力。

キスイも聞いたことがある。

邪龍ヤマタノオロチを退治した、スサノオノミコトの話。


スサノオは、クシナダという姫を守る為に邪龍を倒したのだ。


キスイは、手の中の剣を見る。

俺だって、守る為の力が欲しい。

少しばかり剣を使えても、この場を切り抜けられないのなら意味は無い。

師匠もシー姉さんも、少しずつ強くなればいいと言う。けれど、この“今”を切り抜けられなければ、たぶんずっと意味がないんだ


だからキスイは、スサに向かって言った。


「わかった。俺に、スサノオの力をくれ」


地面の下と、さらに深い地中との間。

薄暗く、儚い空間に、キスイの声が反響した。


イクサとシコメ達は、物音一つ立てずに立ち尽くしている。


いっちゃんとミレイは、なにか言いたそうな顔でキスイを見ている。

そしてスサは、返事をしない。


キスイは、スサが気になって穴を覗き込んだ。

すると、その穴からものすごい速度で木が生えてきた。


葉のない、木目の浮き出た幹が、あっという間にキスイの前にそびえ立つ。

地面との隙間にキスイが垣間見たのは、スサの体が急速に古びて黒ずんでいく様子だった。


木は穴から出ると枝を広げて、キスイの目の前で(まる)い形を取り始める。


木は太く成長し、穴を完全に塞ぐ。

枝は互いに密に絡まりあい、大きな(さかずき)へと形を変えた。


その杯の中に、液体が染み出して集まり始めた。

液体はみるみるうちに増え、杯になみなみと満ちた。


それは腐りかけの果物のような強烈な甘い香りを放ち、うすい金色に輝いて見える。


キスイはためらいながらも、そっと杯に手を伸ばす。

少し触っただけで杯は幹から外れ、液体がゆれてこぼれそうになった。


キスイはあわてて端に口をつける。


「ーーー!!」


口に含んだだけで、キスイは叫びそうになる。

苦い甘さ、透き通るような毒々しさ、氷のような熱さ。その全てが飽和するような味に、キスイは五感が痺れてゆくように感じる。

そして、乾いた遭難者のように飲み始めた。


視界は、杯に揺れる金色で溢れている。

耳には、液体を飲み込む音だけが響いてくる。

手は、杯を支えるだけしかできない。

ただ、鼻と舌だけが、液体を正しく理解する能力を失わずにいた。


それは文字通り、いくらでも呑める液体だった。

まるで呼吸をするように、呑み続けることができる。

量が減ってくると、大人でも抱えるのに苦労するような大きさの杯を、キスイは難なく、高く持ち上げた。


最後はほぼ垂直になるまで傾けて、一滴も残さずに飲み干した。


「っ、ふぅ」


杯を投げ捨て、呼吸を整える。


振り返ると、全員がキスイを見ていた。

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