表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/59

第五話 思い出は夜の中 6

「イクサの泥人形、10体の討伐を確認しました。続いて、第三の儀を始めます」


巫女服の声とともに、武具を身に着けた二体の泥人形がキスイに近づいてきた。

さっきまでの泥人形とは違って知能があるようで、様子をうかがうように周囲を回り始める。


「彼らは先ほどのイクサよりも強力な者たちです。油断するとケガでは済まないこともありますので、ご覚悟ください」


「マジで?」


巫女服の声が消えると同時に、兵隊服のイクサが突進してきた。


突き出された槍は、キスイの頭に向かって伸びてきた。

しかし、道場でさんざん鍛えられてきたキスイにとっては、遅く見える。


キスイは首だけ動かして避ける。

ギリギリを狙う余裕まであった。


再び頭に突き出された槍を同じようにかわし、戻る槍に合わせて兵隊服へと接近する。

そして、わき腹めがけて剣を振りぬいた。


それで斬れたハズだった。

しかし、剣は服の表面を滑り、その奥まで刃は届かなかった。


今までの泥人形だったなら、一撃で斬れていたのに。


キスイは顔をしかめた。


斬れると思って振り抜いた剣が斬れなかった。これは腕にはとても痛い。

空手の瓦割りでもそうであるように、振りぬけた方が、振りぬけずに止められた時より痛みは小さい。

瓦が割れないと、瓦へと向けた力がそのまま拳に返ってくるからだ。


「やっぱりこの剣ナマクラだ。泥の服も硬いみたいだし」


剣を両手で支えながら、手をグーパーして、指が動くことを確認する。


「狙うなら服の隙間か。でもほとんどないな」


それなら首を落とすか?


キスイは兵隊服の振り回してくる槍をかわし、あるいは横に受け流す。


泥の槍を受止めるたび、剣にわずかに泥がつく。

最初は気にしなかったが、五合六合と打ち合う内に剣が重くなっていく。


槍を受け止めた時によく見ると、剣が泥まみれになっていた。


「切れ味もさらに落ちるじゃんか、くっそ!」


受け止めた槍を、一歩踏み込んで押し返す。

しかし、そこで力は拮抗してしまって動けなくなった。


キスイは力の方向を微妙に変えながら、なんとか押し切ろうと力を込める。


じりじりと押し返し、ついに槍を横にはじいた。

体当たり気味に近づいて足を払う。

気持ちいいくらい勢い良くこけた泥人形の両肩にヒザをつき、首へと剣を振り下ろした。


手に確かな手ごたえを感じる。

倒した。


キスイがそう思った瞬間、鈍い衝撃が彼を襲った。


左を見ると、足軽の泥人形が刀を突き出している。

キスイは左のわき腹に、冷たさを、重さを感じた。


そして、彼は目を閉じた。

絞り出すように息を吐き、痛みに耐えながら、切れ切れに息を吸い込む。


足軽のイクサが刀を引こうとする。しかしキスイが左手でそれを押さえた。


キスイを睨みつけるように、足軽が顎を上げ、次の瞬間、その首が飛んだ。


キスイは息を吐き出しながら、押さえていた足軽の腕を離す。

足軽はそのままゆっくりと後ろへ倒れ、べちゃりと形を失った。


キスイは、泥にまみれた剣を見る。


刃で切ったのではない。剣の重さと遠心力で【()し切った】のだ。


「あーあ、またやっちゃった。師範に怒られるな」


無茶をしたおかげで、右手は熱を持った痛みに襲われている。

突き込まれた左の脇腹も、痛みが強くなってきた。


キスイが口をへの字に曲げながら、服の下の脇腹を見ると、そこに泥が固まっていた。

刀が当たっていた部分を覆うように、乾いた泥がこびりついている。

しかしその下は、まだ濡れているかのようにヒンヤリしていた。


続いて右手を見てみれば、剣から伝い落ちてきた泥が、右手首を覆い始めている。

熱を持っている部分を覆い尽くすと、泥の表面はすぐに乾き、ギブスのように固くなった。


治療しているのだろうか。

泥に覆われた部分の痛みが弱くなり、熱もみるみる治まっていく。


「すっげ。これならまだ戦えるな」


そのつぶやきに応えるように、大きな泥の塊が音を立てて落ちてきた。


「それはけっこう。三の儀はまだ終わりではありません、貴方にはできる限り多くのイクサを倒していただきます」


巫女服の声が、わずかに笑っているように聞こえたのは、キスイの気のせいだったのだろうか。


――――――

その後にキスイを待っていたのは、武具装備のイクサとの連戦だった。


決して楽ではなかったが、ケガは倒したイクサの泥によってすぐに治った。

すぐに治ったが、それだけである。


連戦による肉体的・心的疲労はたまっていく一方で、最後のイクサを倒したときには、自分の体が泥になってしまったかのようにダルかった。


周囲を見て、もうイクサがいないことを確認する。

上を見て、もう泥が落ちてこないことを確認する。


それからキスイが入り口の方を覗くと、二人の大人が巫女服に詰め寄っていた。


巫女服は余裕そうだったので、特に気にせずに舞台へ飛び降り、二人の横をすり抜けた。


そしてキスイは、今に至る。


「くあぁ、……眠い……」


キスイは大きな欠伸をして、目を閉じる。


服に着いた泥が冷たくて気持ち悪い。

体についた泥が、ザラザラしている。


しかし今は、それすら気にしていられないほど眠い。


(おもい~)


どこからか聞こえる声に、キスイはうなずく。

そう。瞼も、体も、服も重い。


(沈んでく)


体が下に引っ張られるような、床がなくなって、沈んでいくような感じがする。


(はやく、しっかり!)


何が?しっかりって?


(コラ!起きろ!!)


――――――


「起きろ!!このマヌケ!」


小気味いいと音とともに、キスイの横っ面が張り倒された。


「ぶべっ!?なんだ?」


キスイが叫びながら目を開くと、そこは暗闇の中だった。


「良かった。キスイ君、気づいたね」


いっちゃんが涙声で言った。


「キスイ、早くそこから出るんだ」


「ここから出るって?……って、体が動かないんだけど」


ミレイはキスイの前に仁王立ちしている。


キスイは自分をよく見てみると、白装束ではなく、普通の服を着たままだった。

いままで体験してきたことが夢だったのか、それともこれが夢なのか、キスイは判断できない。

体はほぼ仰向けの状態で、下半身と右腕が埋まってしまっている。


「なんで俺、こんなことになってんの?」


「なんでじゃない!お前が勝手に泥に埋まったんじゃないのか!」


「キスイ君が急にいなくなっちゃって、さっきやっと見つけたの。ここ、あのお堂の中なんだよ」


そう言われて上を見ると、穴の開いた天井が見えた。

正しくは天井ではなく、床である。


落ちただけで体の半分まで埋まるなんて、まるでマンガだな。

キスイがそう思ったとき、右手が引っ張られたかのように勢いよく泥に沈んだ。


「ちょっと!キスイ君なんで沈むの!?」


「わからない!何かに引っ張られたみたいだ」


「キスイ!とにかくとにかく両腕だけでも出すんだ。それから体を引き上げろ!」


「結局全部オレの力かよ!」


「当然だ!落ちたのも埋まったのも引っ張られたのも全部キスイだからだ!」


「落ちた記憶も埋まった憶えもない!それに自分の腕を自分で引っ張るなんて器用なマネはできないぞ!」


キスイが怒鳴ると、ミレイは声のトーンを落として言った。


「だとしても、今困ってるのはキスイだけだ。私達はそこから出て来れないキスイに困らされているだけだから、このまま帰ってしまってもいいんだぞ」


「てめーは鬼か!少しは助けろよ!」


「そうだよミレイちゃん。キスイ君を助けないと!」


いっちゃんはそう言ってキスイの右肩を掴んで引っ張っている。

が、右肩を掴まれていると、キスイとしては力が入れにくかったりする。


「いっちゃん、悪りい。ちょっとだけ手を離して」


「え、でもそしたらキスイ君が…」


「ホント、大丈夫だから、少しだけ離してて」


そう頼むと、ものすごく心配そうな顔で、いっちゃんは手を離した。


キスイは深呼吸をして、気合を入れる。


「ふんっ!」


左腕は少し力を入れただけで引き抜けた。

次に、土の上に出ている上半身をひねって、なんとかうつぶせに近い体勢になる。


右腕に力を入れるが、何かに掴まれているようでビクともしない。


そうしてる間に、また強く右腕を引っ張られた。

そのせいで、体を支えていた左腕が泥ですべり、右の肩近くまで埋まってしまった。

キスイは、ひとまず右腕は後回しにして、先に下半身を引き上げることにする。

仰向けに戻り、ヌメる泥と戦いながら少しずつ足を自由にしていく。


「キスイ、これを使え!」


ミレイがそう言って投げてきたのは、いくつもの木の板だった。

おそらく、割れた床のものだろう。


大き目の板を背の下に入れて滑り止めにし、それを支えにして踏ん張る。

木の板のおかげで、さっきより力を入れやすい。

すぐに両足を泥から抜くことができた。


キスイは再び体勢を変えて、四つん這いになる。

こんどは板を、両膝と左手の下に敷いて、全身の力を込めて右腕を引く。


「キスイ君、頑張れ!」


横からいっちゃんがキスイのの右肩を掴み、一緒に引っ張る。


するとわずかに動いた。


二人が手ごたえを感じて再び力を込めると、キスイの右腕を掴んでいる何かが、反対方向に力を入れるのがわかった。


「キスイ!いっせーのせ、で引き抜くぞ!!」


ミレイがそう言って、いっちゃんの横に並ぶ。

まるで、俺の腕を使って綱引きしてるみたいだとキスイは思った。


「いっせーの!」

「「「せ!」」」


引っ張った瞬間にキスイは顔をしかめたが、何も言わずに力を込める。

やっぱりダメか?そう思った直後、わずかに腕が持ち上がった。


「もう一度だ!いくぞ!」


ミレイの掛け声に、二人がうなずく。


「「「せーのっ!」」」


わずかに、わずかに、腕が泥から抜け出てくる。


二の腕が出て、肘、そして手首が見え、気合とともに踏ん張る。

すると、勢いよく泥からキスイの右腕がすっぽ抜けた。


「やった!」


抜けた、と喜びながら、キスイは勢い余って後ろに倒れた。

その肩を掴んでいたミレイといっちゃんも、もちろん一緒に倒れる。


「びっくりした。ちゃんと抜けるときは抜けるって言ってよ!」


「それはちょっと無理だから!」


「おい、キスイ」


「ああ、ミレイもいっちゃんもありがとうな」


「いえいえ、どういたしまして」


「どういたしましてだがな、キスイ、その手は何だ?」


ミレイに言われて、キスイは自分の右手に目をやる。


右手には、髪の毛のような黒く細いモノがびっしりと巻きついていた。

しかし、重要なのはそれではない。


キスイは右手に、鈍い緑色の金属製の剣をしっかりと握っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ