第五話 思い出は夜の中 6
「イクサの泥人形、10体の討伐を確認しました。続いて、第三の儀を始めます」
巫女服の声とともに、武具を身に着けた二体の泥人形がキスイに近づいてきた。
さっきまでの泥人形とは違って知能があるようで、様子をうかがうように周囲を回り始める。
「彼らは先ほどのイクサよりも強力な者たちです。油断するとケガでは済まないこともありますので、ご覚悟ください」
「マジで?」
巫女服の声が消えると同時に、兵隊服のイクサが突進してきた。
突き出された槍は、キスイの頭に向かって伸びてきた。
しかし、道場でさんざん鍛えられてきたキスイにとっては、遅く見える。
キスイは首だけ動かして避ける。
ギリギリを狙う余裕まであった。
再び頭に突き出された槍を同じようにかわし、戻る槍に合わせて兵隊服へと接近する。
そして、わき腹めがけて剣を振りぬいた。
それで斬れたハズだった。
しかし、剣は服の表面を滑り、その奥まで刃は届かなかった。
今までの泥人形だったなら、一撃で斬れていたのに。
キスイは顔をしかめた。
斬れると思って振り抜いた剣が斬れなかった。これは腕にはとても痛い。
空手の瓦割りでもそうであるように、振りぬけた方が、振りぬけずに止められた時より痛みは小さい。
瓦が割れないと、瓦へと向けた力がそのまま拳に返ってくるからだ。
「やっぱりこの剣ナマクラだ。泥の服も硬いみたいだし」
剣を両手で支えながら、手をグーパーして、指が動くことを確認する。
「狙うなら服の隙間か。でもほとんどないな」
それなら首を落とすか?
キスイは兵隊服の振り回してくる槍をかわし、あるいは横に受け流す。
泥の槍を受止めるたび、剣にわずかに泥がつく。
最初は気にしなかったが、五合六合と打ち合う内に剣が重くなっていく。
槍を受け止めた時によく見ると、剣が泥まみれになっていた。
「切れ味もさらに落ちるじゃんか、くっそ!」
受け止めた槍を、一歩踏み込んで押し返す。
しかし、そこで力は拮抗してしまって動けなくなった。
キスイは力の方向を微妙に変えながら、なんとか押し切ろうと力を込める。
じりじりと押し返し、ついに槍を横にはじいた。
体当たり気味に近づいて足を払う。
気持ちいいくらい勢い良くこけた泥人形の両肩にヒザをつき、首へと剣を振り下ろした。
手に確かな手ごたえを感じる。
倒した。
キスイがそう思った瞬間、鈍い衝撃が彼を襲った。
左を見ると、足軽の泥人形が刀を突き出している。
キスイは左のわき腹に、冷たさを、重さを感じた。
そして、彼は目を閉じた。
絞り出すように息を吐き、痛みに耐えながら、切れ切れに息を吸い込む。
足軽のイクサが刀を引こうとする。しかしキスイが左手でそれを押さえた。
キスイを睨みつけるように、足軽が顎を上げ、次の瞬間、その首が飛んだ。
キスイは息を吐き出しながら、押さえていた足軽の腕を離す。
足軽はそのままゆっくりと後ろへ倒れ、べちゃりと形を失った。
キスイは、泥にまみれた剣を見る。
刃で切ったのではない。剣の重さと遠心力で【圧し切った】のだ。
「あーあ、またやっちゃった。師範に怒られるな」
無茶をしたおかげで、右手は熱を持った痛みに襲われている。
突き込まれた左の脇腹も、痛みが強くなってきた。
キスイが口をへの字に曲げながら、服の下の脇腹を見ると、そこに泥が固まっていた。
刀が当たっていた部分を覆うように、乾いた泥がこびりついている。
しかしその下は、まだ濡れているかのようにヒンヤリしていた。
続いて右手を見てみれば、剣から伝い落ちてきた泥が、右手首を覆い始めている。
熱を持っている部分を覆い尽くすと、泥の表面はすぐに乾き、ギブスのように固くなった。
治療しているのだろうか。
泥に覆われた部分の痛みが弱くなり、熱もみるみる治まっていく。
「すっげ。これならまだ戦えるな」
そのつぶやきに応えるように、大きな泥の塊が音を立てて落ちてきた。
「それはけっこう。三の儀はまだ終わりではありません、貴方にはできる限り多くのイクサを倒していただきます」
巫女服の声が、わずかに笑っているように聞こえたのは、キスイの気のせいだったのだろうか。
――――――
その後にキスイを待っていたのは、武具装備のイクサとの連戦だった。
決して楽ではなかったが、ケガは倒したイクサの泥によってすぐに治った。
すぐに治ったが、それだけである。
連戦による肉体的・心的疲労はたまっていく一方で、最後のイクサを倒したときには、自分の体が泥になってしまったかのようにダルかった。
周囲を見て、もうイクサがいないことを確認する。
上を見て、もう泥が落ちてこないことを確認する。
それからキスイが入り口の方を覗くと、二人の大人が巫女服に詰め寄っていた。
巫女服は余裕そうだったので、特に気にせずに舞台へ飛び降り、二人の横をすり抜けた。
そしてキスイは、今に至る。
「くあぁ、……眠い……」
キスイは大きな欠伸をして、目を閉じる。
服に着いた泥が冷たくて気持ち悪い。
体についた泥が、ザラザラしている。
しかし今は、それすら気にしていられないほど眠い。
(おもい~)
どこからか聞こえる声に、キスイはうなずく。
そう。瞼も、体も、服も重い。
(沈んでく)
体が下に引っ張られるような、床がなくなって、沈んでいくような感じがする。
(はやく、しっかり!)
何が?しっかりって?
(コラ!起きろ!!)
――――――
「起きろ!!このマヌケ!」
小気味いいと音とともに、キスイの横っ面が張り倒された。
「ぶべっ!?なんだ?」
キスイが叫びながら目を開くと、そこは暗闇の中だった。
「良かった。キスイ君、気づいたね」
いっちゃんが涙声で言った。
「キスイ、早くそこから出るんだ」
「ここから出るって?……って、体が動かないんだけど」
ミレイはキスイの前に仁王立ちしている。
キスイは自分をよく見てみると、白装束ではなく、普通の服を着たままだった。
いままで体験してきたことが夢だったのか、それともこれが夢なのか、キスイは判断できない。
体はほぼ仰向けの状態で、下半身と右腕が埋まってしまっている。
「なんで俺、こんなことになってんの?」
「なんでじゃない!お前が勝手に泥に埋まったんじゃないのか!」
「キスイ君が急にいなくなっちゃって、さっきやっと見つけたの。ここ、あのお堂の中なんだよ」
そう言われて上を見ると、穴の開いた天井が見えた。
正しくは天井ではなく、床である。
落ちただけで体の半分まで埋まるなんて、まるでマンガだな。
キスイがそう思ったとき、右手が引っ張られたかのように勢いよく泥に沈んだ。
「ちょっと!キスイ君なんで沈むの!?」
「わからない!何かに引っ張られたみたいだ」
「キスイ!とにかくとにかく両腕だけでも出すんだ。それから体を引き上げろ!」
「結局全部オレの力かよ!」
「当然だ!落ちたのも埋まったのも引っ張られたのも全部キスイだからだ!」
「落ちた記憶も埋まった憶えもない!それに自分の腕を自分で引っ張るなんて器用なマネはできないぞ!」
キスイが怒鳴ると、ミレイは声のトーンを落として言った。
「だとしても、今困ってるのはキスイだけだ。私達はそこから出て来れないキスイに困らされているだけだから、このまま帰ってしまってもいいんだぞ」
「てめーは鬼か!少しは助けろよ!」
「そうだよミレイちゃん。キスイ君を助けないと!」
いっちゃんはそう言ってキスイの右肩を掴んで引っ張っている。
が、右肩を掴まれていると、キスイとしては力が入れにくかったりする。
「いっちゃん、悪りい。ちょっとだけ手を離して」
「え、でもそしたらキスイ君が…」
「ホント、大丈夫だから、少しだけ離してて」
そう頼むと、ものすごく心配そうな顔で、いっちゃんは手を離した。
キスイは深呼吸をして、気合を入れる。
「ふんっ!」
左腕は少し力を入れただけで引き抜けた。
次に、土の上に出ている上半身をひねって、なんとかうつぶせに近い体勢になる。
右腕に力を入れるが、何かに掴まれているようでビクともしない。
そうしてる間に、また強く右腕を引っ張られた。
そのせいで、体を支えていた左腕が泥ですべり、右の肩近くまで埋まってしまった。
キスイは、ひとまず右腕は後回しにして、先に下半身を引き上げることにする。
仰向けに戻り、ヌメる泥と戦いながら少しずつ足を自由にしていく。
「キスイ、これを使え!」
ミレイがそう言って投げてきたのは、いくつもの木の板だった。
おそらく、割れた床のものだろう。
大き目の板を背の下に入れて滑り止めにし、それを支えにして踏ん張る。
木の板のおかげで、さっきより力を入れやすい。
すぐに両足を泥から抜くことができた。
キスイは再び体勢を変えて、四つん這いになる。
こんどは板を、両膝と左手の下に敷いて、全身の力を込めて右腕を引く。
「キスイ君、頑張れ!」
横からいっちゃんがキスイのの右肩を掴み、一緒に引っ張る。
するとわずかに動いた。
二人が手ごたえを感じて再び力を込めると、キスイの右腕を掴んでいる何かが、反対方向に力を入れるのがわかった。
「キスイ!いっせーのせ、で引き抜くぞ!!」
ミレイがそう言って、いっちゃんの横に並ぶ。
まるで、俺の腕を使って綱引きしてるみたいだとキスイは思った。
「いっせーの!」
「「「せ!」」」
引っ張った瞬間にキスイは顔をしかめたが、何も言わずに力を込める。
やっぱりダメか?そう思った直後、わずかに腕が持ち上がった。
「もう一度だ!いくぞ!」
ミレイの掛け声に、二人がうなずく。
「「「せーのっ!」」」
わずかに、わずかに、腕が泥から抜け出てくる。
二の腕が出て、肘、そして手首が見え、気合とともに踏ん張る。
すると、勢いよく泥からキスイの右腕がすっぽ抜けた。
「やった!」
抜けた、と喜びながら、キスイは勢い余って後ろに倒れた。
その肩を掴んでいたミレイといっちゃんも、もちろん一緒に倒れる。
「びっくりした。ちゃんと抜けるときは抜けるって言ってよ!」
「それはちょっと無理だから!」
「おい、キスイ」
「ああ、ミレイもいっちゃんもありがとうな」
「いえいえ、どういたしまして」
「どういたしましてだがな、キスイ、その手は何だ?」
ミレイに言われて、キスイは自分の右手に目をやる。
右手には、髪の毛のような黒く細いモノがびっしりと巻きついていた。
しかし、重要なのはそれではない。
キスイは右手に、鈍い緑色の金属製の剣をしっかりと握っていた。




