第五話 思い出は夜の中 4
障子戸を開けた瞬間、中にいた人達と目が合った。
キスイと同じく白の単衣を着た男が二人、丸く編まれたゴザの上に座っていた。
一人は、熊みたいにゴツイ大男。無精ヒゲが生えている。
キスイのことを「なんだこいつは」という目つきでにらんでいる。
そして「こっちへ来い」とでも言うように、自分の隣にあるゴザをあごで示した。
キスイは大男の隣に、少し間を空けて座る。
座ったとたん、大きな舌打ちが聞こえた。大男のものだ。
キスイは少しムッとしたが、すぐに、大男の向こうから視線を感じて目を向けた。
もう一人は、かなり痩せた男だった。
目まで細いが、その奥から発せられる眼光は鋭い。
今はただ、確認というだけの視線をキスイに向けて、そしてすぐに前を向いた。
感じの悪い大男に、気味の悪い痩せ男か。
キスイは内心で肩をすくませながら、顔を正面に戻した。
上座、一段高くなったところに、巨大で歪な樹の台座が置かれていた。
元は年経た大木だったのだろう、幾筋もの年輪が刻まれている。
その大きさを見て、キスイはここに来る前に会った、スサのことを連想した。
巨大で、年経た、木の男。
やはりあのスサという男は、なにか特別な存在なのだろう。
後方の障子が、乾いた音を立てて開いた。
畳を軽く踏む音が聞こえ、障子が静かに閉まる。横の二人が、緊張したように居ずまいを正した。
入ってきた者は、幽かに衣擦れの音をたてながらゆっくりと近づいて来た。
部屋の奥の襖ぞいに進み、視界の端に入って来る。
白の小袖に緋袴の巫女装束。
前髪は一直線に切りそろえてあり、後ろは背中まである髪を和紙でひとつに束ねてある。そして、顔はやはり何かが書かれた紙で隠されていた。
見た目は、キスイと同じくらいの子供だ。
大男がまた舌打ちをした。
巫女装束は決められた作法をひとつひとつ辿るようにして座り、頭を下げた。
「みなさま」
斜めに垂れ下がった顔の紙の向こうから聞こえた声は、子供とは思えない、渋い大人のそれだった。
「まず先に、主の不在をお詫びいたします」
不在、という言葉に、横の二人が反応する。しかし、何か言う前に、渋い声が言葉を続けた。
「主は、選定の儀を行うのはまだ早いとのお考えでした」
「何に!ほいじゃあ……!」
「しかし!」
声を上げた大男を叱るように、和紙の顔が少し持ち上がる。
「しかし先ほど、主の承認を得ること叶いました故、みなさまをご案内いたすために参りこした次第でございます」
二人はほっとしたのか、一瞬緩んだが、すぐに思い直したように身を硬くした。
「ではみなさま、こちらへどうぞ」
そう言って巫女装束が上体を起こし、襖を開いた。
細い男は呼吸を整えて、デカイ男は気合を入れながら、キスイは時間がかかりそうなことにため息をついて、三人一斉に立ち上がった。
細い男を先頭に、大男、キスイという順で一列に襖の前へ向かう。
するとキスイの前で男達がいきなり止まった。
なにをしているのかとキスイが先を覗くと、襖の向こうを見て二人は固まっている。
横から身を乗り出すと、襖の先には広く長い下り階段と、木で組まれた、サッカーグラウンドより広い檜舞台が、いくつもの揺れる松明に照らされていた。
闇、木の階段、それにつながる舞台。
舞台は、一体何に支えられているのだろうか。
松明の灯かりが強すぎて、照らされていない部分の闇がより濃くなっている。
舞台の外は、まるで底のない奈落のようだった。
キスイは二人の男の横を抜け、階段に足を踏み出す。
欄干の上には間隔をあけて、燭台が置かれている。
足元がうす暗い場所もあるが、キスイは早足で階段を下りていく。
階段が長すぎるせいか、なかなか下につかない。
大きな踊り場について舞台を見たとき、キスイは違和感を持った。
松明に照らされて、舞台に大きな影ができている。
階段をさらに下りていくと、より影がはっきり見えてきた。
踊り場をさらに3つ過ぎて、やっと舞台と同じ高さに立った。
そこに、違和感の正体がそびえ立っていた。
キスイの目の前には、3メートルはある木の壁が立ちふさがっていた。
松明はその壁にも取り付けられている。
横幅は、舞台の端から端まで。
奥行きは、やはりサッカーグラウンドの縦幅くらいはあるようだ。
キスイに続いて、二人の男も下りてきた。
「なんっじゃ、こりゃ!?まるで平たい箱じゃ!」
「3つほど、入り口らしきものがありますね。中はどうなっているのでしょうか」
二人の男も、目の前の壁の存在感に呆然としている。
「中は、いわゆる迷路になっております」
先ほどの巫女装束が低い声で告げながら、階段をゆっくりと下りてきた。
「そして3つの入り口は、そのどれもが1つの出口へと繋がっています」
「したら、誰が一番最初に出られるか?っちゅうことじゃな」
大男の質問に、巫女装束が首を振る。
「いいえ。向こう側には、箱を1つだけ用意してございます。その中身を最初に手に取った方を、一の儀の勝者といたします」
「一の儀って言うと、まだ他にもいくつもあるんですか?」
キスイは儀式は一つだけだと思っていたので、思わず聞いてしまった。
巫女装束は、キスイの視線にまでしゃがんで、大切なことを教えようというような口調で言った。
「あなたがここにいるのは、あなたが選んだ結果なのです。途中で投げ出してしまったら、いままでの全てが無意味なことになりますよ」
俺は進んでここに来たわけじゃない。
キスイはそう言おうかとも思ったが、他の二人の候補者の真剣な顔と、巫女装束の雰囲気に言葉を飲み込んだ。
「もう、行ってもいいのですかね?」
細い男が、右端の入り口の前に立って言った。
「はい、どうぞ。制限時間などはございませんので」
その言葉を聞くと、細い男は何気ない足取りで入り口をくぐった。
細い男が入り口へ消えるのを見た後、大男はハッと何かに気付いたようだった。
「あの野郎、一番乗りしおって!儂もいくぞ、ええの!?」
頭を下げる巫女装束を顧みもせず、大男は真ん中の入り口へと入っていった。
巫女装束が大男を見送り、振り返ると、キスイは頭の後ろで手を組みながら、木の巨大迷路を見上げていた。
「あなたは行かないのですか?」
巫女装束の質問に、キスイは首をかしげて答えた。
「ちょっと考え事。勝負なら、やっぱり勝ちたいじゃん?」
――――――
細い男、西村比呂太が入り口をくぐると、落ちてきた木の板が入り口をふさいだ。
一つの入り口につき一人しか入れないのか。考えながら、ニシムラは首をめぐらせる。
壁は外から見たとおり、全て木でできている。金具は使われていない。
迷路の中を照らす燭台は陶器製で、金属は一切つかわれていないようだ。
調べ、考えながらニシムラは進む。
木が床に叩きつけられる音が、くぐもって聞こえた。隣の道にも誰かが入ったのだろう。
床を乱暴に踏みしめる音がすることから、あのデカイ男なのだろう。
とすると、子供は一番奥か。通路は狭いことから、子供に気をつけるべきか。
ニシムラは左手を壁につけて歩いている。時間はかかるが確実に目的地につく方法だ。
その左手が空を切る。左を見ると、自分の影に隠れるようにして、狭い隙間が空いていた。
灯かりが揺れるため見通しが悪く、変わり映えしない木目の通路。
このような視覚的なトリックだけではなく、物理的なギミックも隠されているに違いない。
多少時間がかかっても、迷わない方が賢明。
そう結論付けて、ニシムラは細い隙間をくぐりぬけた。
――――――
大男、厳島元治はイラだっていた。
体に合わない細い通路はとても不快だ。灯かりも暗い。
曲がり角も突然あるし、分かれ道もたくさんある。
通った道には破壊した燭台を使い目印をつけるているので、同じ道を通ることはない。
しかし、すでに分かれ道のほとんどを通りつくしていたが、また、同じ道に戻ってきてしまったようだ。
目の前には、十字路がある。
右が一番最初に通った道。正面が、右と繋がっていて戻ってきた道。
ならば左が正解かと勢い込んだものの、結局戻って来てしまった。
後ろは、イツクシマが通って来た道だ。
ここまでの道は、全て通りつくしてあるハズだ。
道はもう無いのか?しかし、必ず出口まで続いていると、あの巫女服は言っていた。
「どこに道があるってんだ!!」
拳骨を壁に叩き込む。
乾いた音が響き、木の屑が舞った。
壁は思った以上に簡単に割れてしまった。
「根性の無いヤツだ」
壁が壊れたことを、壁自体のせいにしてその場を離れようとした時、壊れた壁の向こうに、通路が見えた。
そうか、とにかく向こうに着けばいいのだったな。
イツクシマはニヤリと笑って、壁にさらに拳骨を叩き込んだ。




