黄央第4話 陰の剣 7
千住小梅は、どこにでもいる普通の女の子だった。
ごく普通の家庭に産まれて、ごく普通の幼少時代を過ごし、ごく普通に高校へと進学した。
ごく普通に友人がいて、ごく普通に恋をしたこともあり、そして、ごく普通にアイドルに憧れた。
コウメにとって普通じゃなかったことは、彼女が入学した黄金原中央高校には、本物の芸能人がいたことだった。
その芸能人、志島井弦は、最初はそれと気がつかないくらい、普通の高校生に見えた。
しかし、人の口に戸は立てられない。
彼が芸能人だという話は、友人を介してすぐにコウメへと伝わった。
コウメは積極的に彼へと近づこうとしたが、当然、障害はものすごく大きかった。
彼の所属する風紀委員会へは、女子の希望者が殺到していた。
校内の霊障への対応も行っているという特殊性から、ふるいわけも行われたが、コウメはそこで弾かれる側だった。
普通の女子生徒なら、そこで諦めて、周囲で騒ぐだけのグループに入るはずであった。
しかし、コウメが憧れていたのはアイドルであって、イヅル本人ではなかった。
彼から芸能関係の話を聞くだけなら、なにも友人レベルまで近づく必要はない。
ごく普通の話をできる立場になるだけでいいのだ。
そこでコウメが選んだ道は、風紀委員会とほぼ同じような活動をしている部、浄霊部に所属することだった。
「部活動は大変だったよ、友達もたくさん辞めちゃったし。でもさ、あたしは、諦めたくなかったから」
黒い煙とビデオテープがただよう空間の中。
背後から、周囲から、正面から強烈な視線を感じながら、コウメは立っていた。
「夢のためなら、どんなつらい特訓だって耐えられた。イヅル先輩に、本物のアイドルの姿も見せてもらえた。普段の練習も、オーディションの時も、とても辛くて大変そうだった。でもみんな、自分の夢のために、すっごい頑張ってた」
黒いヴェールの只中に、コウメは1人で立っている。
イヅルも、シウンも姿は見えない。
キスイもどこかへ行ってしまった。
それでも、コウメはしっかりと立っている。
「あたしは、頑張っているんだ。だから毎日楽しいし、うれしいこともいっぱいある。がんばることは、楽しいんだ。頑張ってるあたしを、あたしは、みんなに見て欲しい!」
自分を見るなと言った、お前を見ていると言ったテープの女へ向けて、コウメは胸を張って宣言する。
「あたしは、頑張っているみんなに、うまくいかない暗闇の中にいるみんなに、希望を届けるアイドルになるんだ!普通のあたしでも頑張れば輝けるんだって、夜空に輝く星みたいにみんなに教えてあげるんだ!」
コウメが、手に持った玉櫛を高く掲げる。
「みんな!あたしはここにいるよ!」
――――――
「あたしを見つけて!」
キスイは、コウメの声が聞こえた方を向いた。
黒いヴェールのその向こうに、白い巫女装束をきたコウメの姿が見えた。
暗い空間にしっかりと立つ彼女は、薄っすらと光っているようにも見えた。
そして気がついた。
首筋に張り付いていた悪寒が消えている。
ビデオテープのヴェールも薄くなっているようだ。
周囲を見回すと、すぐ近くで腕組みをして立っているシウンを見つけた。
「キスイ、そろそろマジメにやんないと、出番がなくなっちゃうわよ」
シウンが視線だけを向けて言う。
「わかってる。これからやろうとしたところだよ」
むくれるキスイへ、シウンは小さな白いものを投げ渡す。
「ならコレを使いなさい。すぐにあいつの本体が現れるわ」
キスイは受け止めたそれを、目の前につまみあげた。
うずらの卵くらいの大きさの、白い小さなカプセルだ。
「『可能性の卵(小)』。君にとって強力な切り札になるアイテムよ」
「これをどう使えば?」
「割ればいいの。中に入っている『力』を使えば、キスイの本当の力をちょっとだけ引き出すことができるわ」
シウンの言葉に、キスイは顔を引き締める。
「アレを使えっての?」
「君も頑張ってきたんでしょ?なら、少しは使いこなせるようになってるわよ」
キスイは可能性の卵をにぎりしめると、深呼吸をした。
自分の中の自分へと、疑問を投げかけ答えを待つ。
そして、決意と共に口を開いた。
「わかったよ。ここまでの大物だったなら、確かにそれしかないだろうしね」
――――――
コウメは、強烈な視線と戦っていた。
周囲360度、全方向から自分を見つめる、形のない気配を感じる。
背筋を悪寒が這い回り、足が震えそうになるのを必死に止めている。
そのコウメの背後へ、ビデオテープが集まり始めた。
姿を現したテープの女は、自信を囲むようにテープを展開する。
黒い煙のようなものを纏いつかせながら、ビデオテープは球体をかたどり始めた。
それはまるで、大きな眼球のようにも見えた。
黒い眼球は、自身から伸びるビデオテープを、ゆっくりとコウメの背後へと伸ばし始めた。
周囲に漂うビデオテープも、コウメに向かって近づいてくる。
コウメは、絡みつくような視線に、歯の根が合わなくなりそうなのを必死でこらえる。
(強く輝く姿を見せることが、アイドルの仕事なんだ)
しかしそのコウメの姿も、集まりつつあるビデオテープによって隠されようとしていた。
ゆっくりとビデオテープに覆われていくコウメの視界の端に、小さな光が輝くのが見えた。
「全員、伏せて!」
シウンの声が、体育館中に響く。
キスイが、剣を腰だめに構えている。
そして、唄うように、呪言を唱え始めた。
「万人の幾千からなる恨みやつらみ、その全てを十握剣の一振り以って、無限の塵へと薙ぎ祓う!」
キスイが剣を抜くと、それは炎を照り返すように輝いた。
「見よ!これこそが我が道を拓く力!神剣『草薙ノ剣』!」
その剣が、コウメには、闇を切り裂く炎に見えた。
シウンに言われてしゃがんだコウメの頭上を、燃えるような一閃が走り抜ける。
周囲にわだかまる黒い煙も、せまりつつあったビデオテープも、全て燃やして吹き飛ばされた。
そしてビデオテープの女も
「 」
何かを叫びながら、しかし声にならずに燃えていった。