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黄央第4話 陰の剣 6

見えない何かに租借されたビーズは、一度あつまった後ゆっくりと広がり、形をとり始めた。


それは、まるでCG作成の1段階。白い点のみで構成された『人形(ひとがた)』だ。


人型は祭壇の上に、上半身だけが乗っていた。

そしてその腕が、祭壇の板を荒々しく払いのける。


呪具やビデオテープが、音を立てて床に落ちた。


コウメが小さく悲鳴を上げて後ずさると、その声が聞こえたかのように、人型が振り向いた。


板が落とされた祭壇は、まるで木枠に囲まれた井戸だった。

深い深い深遠へと繋がる井戸。


そこから、人型が足を持ち上げてずるり(・・・)と這い出てきた。


祭壇から出ると、人型は床にヒザをついた。

まるで重力の存在に、たった今気づいたかのように。


うずくまる人型から目が離せないコウメの背後から、シウンの声が飛んだ。


「コウメちゃん、今よ!」


「あ、はい!『電位(デンイ)の鎖よ!御身の(コン)はそこにあり!その身をもって(ハク)を成せ!』」


祭壇に置いてあったビデオテープに、何かがすごい勢いで当たった。


キスイが目を凝らすと、それは青いビーズの玉のように見えた。


いくつもいくつも、はぜるような音が連続して鳴り渡り、ついにビデオテープのケースに穴が開いた。

その穴から、黒いテープが甲高い摩擦音を響かせて、空中へと舞い上がる。


魚の枠を構成していた青いビーズが、次々とテープを引き出していく。


舞い上がったテープは人型へと向かい、束縛するように巻きついていった。


足先から頭へ、そして黒髪のように長く垂れ下がる。

ミイラのように、人の体の線がなめらかに示され、その首の後ろにビデオテープのケースが、イビツな突起として埋もれていた。


「ブブ……おもい……ブッ……からだ……」


喉の部分のテープが震え、ひどくかすれた女の声を発した。


「参の珠術(じゅじゅつ)依り代縛り(よりしろしばり)!現世に固定しちゃいましたよ!」


覚悟しなさい!とコウメは見栄を切った。


「ブブ……みにくい……ブブッ……みないで」


テープの女が顔を覆ってうつむくと、髪の毛のようなビデオテープが大きく広がった。

それは意思を持っているように一斉にコウメへと襲い掛かる。


「えっ?」


突然のことに棒立ちだったコウメは、あっという間にビデオテープの髪の毛に包み込まれた。


コウメの四肢に、首に、ビデオテープがきつく巻きついている。


「千住!」


出遅れた!とキスイは歯噛みする。


慣れないレベルでの展開だなんて、言い訳にもならない。

悪心切り(あしきり)なら、物体こそ切れないが、テープに憑いた意思は切れるはずだ。


キスイがコウメへ駆け寄ろうとした時、その向こうにいるテープの女が大きく悶えた。


「……ああ!こっちを見ないで!」


テープ女の声がはっきり聞こえ、瞬間、首筋に氷を当てられたような悪寒が走った。

キスイは急ブレーキをかけ、後ろを振ろうとしたところで、鋭い声が飛んでくる。


「キスイ!」


シウンの、警告の声。

キスイは先ほど言われたことを思い出す。


(首だけで振り返ってはダメ)


これも呪いの一部だというのなら、目の前のテープ女から、目を離してはいけない。


じくじくと首筋に当たり続ける悪寒と戦いながら、キスイはゆっくりとテープ女に近づく。


「お願い。こんな私を見ないでぇ……」


顔を手で覆うようにうつむくが、コウメを縛るテープはむしろきつくなっているようだ。


キスイはテープの女を視界から外さないようにして、コウメへと伸びているビデオテープへと悪心切りを振り下ろした。


キスイが刃を通したところから先、コウメに巻きついた部分のビデオテープから、黒い煙のようなものが出て行ったように見えた。

そして、古くなって弾力を失ったかのようにボロボロとはがれ落ちる。


「キスイ君……ありがと」


小さく咳き込みながら、コウメが言う。


「お前の仕事は終わりだよ。次は俺の出番だ」


キスイがテープの女を正面に見据えて構える。


「私を……見るなぁ!」


テープの女が叫ぶと、黒い煙のようなものが辺りに立ち込めた。

テープの女がその煙を吸い込むと、より大量のテープが繰り出され、その背後に広がった。


「あの煙みたいなの、いったい何なの?」


「あれは、みんなの負の感情だよ」


コウメのつぶやきに答えたのは、後方にいたイヅルだった。


「恐怖とか、後悔とか、怨恨とか。あの呪いのビデオを見たみんなの負の感情が、結界の外から流れ込んでくるのを感じる」


「結界の外側から!?」


「さすがに深度(レベル)3で出てきただけのことはあるよ。結びつきがすごく強力になってる」


イヅルが視線をシウンに向けると、シウンはうなずきを返した。


「キスイ、今ならアイツを倒すだけで、みんなを救えるはずだ」


「それが狙いだったのか。わかった、まかせろ」


キスイは悪心切りを構え直すと、距離を測るように少しずつテープの女に近づいていく。


「……見ないで……消して……いなくなってよ」


黒テープのはためく音が聞こえる。

器であるテープが、女の精神を縛りつけている。


「……私なんていなくなればいい……見えなくなればいいい……見たくないんでしょう?いなかったことにしたいんでしょう?」


テープの女に集まる黒い煙が、どんどん濃度を増してゆく。


「……消えてやるわよ……いなくなってやるわよ!……でも、私はずっとあなたたちのことを見ていてやるからね……忘れないわ!」


テープの女の首筋からは、次々とビデオテープが吐き出されている。

まるで黒い煙がテープになっているようで、その量は明らかに、ビデオテープ2本分を越えている。


「あなたたちが忘れても……私は忘れないわ……見ていてやるから……あなたたちのことを……あなたたちのすることを……ずっとずっと……死んでも見ていてあげるわぁ!」


ビデオテープは空間を埋め尽くすように漂いはじめ、キスイの視界からテープの女の姿を覆い隠した。


キスイの首筋に当たる悪寒が、急激に強くなる。


(後ろにいるのか?たった今まで目の前にいたのに。いや、これは奴の呪いのせいだ。振り返ってはダメだ)


目の前を漂うテープに切りつける。

切りつけた周囲は崩れて消えるが、ビデオテープのヴェールは厚く、向こうを見通すことはできなかった。


「くそったれ!ソッコーで切る!」


テープの女がいたはずの方向へ、道を切り開きながら進む。

しかし、切っても切ってもビデオテープの向こうは見えず、テープの女にはたどりつかない。


すぐ近くに人の気配を感じ、その方向へと悪心切りを向ける。

そこには、結界手2人の驚いた顔があった。


「なっ!端まで来てただと!?」


慌てて体ごと振り返るが、そこはやはり、ビデオテープのヴェールに覆われて何も見えなかった。

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