黄央第4話 陰の剣 4
部活動の時間は終わり、大多数の生徒は帰宅の準備を始めているころ、第二体育館にはまだそれなりの数の生徒が残っていた。
その生徒たちにシウンが、ジャージを羽織って竹刀を担いだ姿で指示を出している。
残っている生徒は、コウメを含めた浄霊部員が6人と、キスイとイヅルの2人。
あとは卓球部とバドミントン部の部員が何人か、有志で手伝いをしている。
「ブルーシートは多少ずれても構わないわ、ただし隙間は作らないようにね。今回組み立てるのは方陣だから、とにかく真っ直ぐを意識してテープを貼ってね」
よく響くシウンの声に、生徒たちはそろって「ハイ!」と元気よく答える。
その様子にシウンは満足そうに頷くのだった。
「みんな素直でいいわね。先生とってもやりがいがあるわぁ」
「あれだけの試合を見せられた後だからね。文句言うヤツはいないと思うよ」
シウンの感慨深い呟きを、近くで作業をしていたキスイが聞きつけて返す。
「そう?たしかにちょっとハリキリ過ぎたかなとは思うけど、それはあのコウメちゃんがなかなかの腕だったからよ」
「コウメの能力は、服装に合った人物に成りきるらしいから。まだステータス上昇くらいしか効果ないけどね」
キスイはあえて言わなかったが、コウメ自身はその能力を『星に願いを』と命名してるらしい。
本人が「キラッ☆」とポージングしながら、それを発表したのは去年の冬のこと。
キスイはその様子を、とても生暖かい目で見ていた記憶がある。
「手芸部に知り合いがいるらしくて、順調に衣装が増えているらしい。だから今回の巫女役も自分がやるって言ってたけど、本当に大丈夫だと思う?」
キスイが視線を向けた先には、他の生徒の邪魔にならないようブルーシートの外側に置いたパイプイスに座って、台本を読み込んでいるコウメの姿があった。
「きっと大丈夫よ。さっきの試合でわかったけど、体力だけじゃなく、精神力もずいぶん強化されていたわ。彼女は自分の能力を使いこなせているわよ」
「そうなのかな」
キスイは肩をすくめてから、テープを貼るべくブルーシートにしゃがみこんだ。
「完成度の面で、キー君の『悪心切り』と比べるのは可哀想よ。だってそれは特別なものなんだから」
シウンの言葉に、キスイの動きが止まる。
「キー君のそれみたいに、モノを具現化できる人ってまだそう多くないのよ。『穴』が開いてまだ二十数年なんだもの。心から信頼できる能力を持ってる人なんて、そんなにはいないのよ」
シウンの言葉は、急に乾いた空気を持ち始める。
キスイはシウンの方を見ないまま、切れ切れに言葉を返す。
「……シウン姉さん。別に俺は、この剣を欲しくて手に入れたわけじゃ……」
「そんなことないわ。それは、キー君が頑張って手に入れた能力よ。キー君が一番よく分かってるでしょう?」
なんとか返そうと、キスイが答えあぐねているその時、シウンに後ろから声がかかった。
「先生!風紀委員のほうから、ビデオテープの捜査に進展があったらしいって報告があったんですけどー」
すぐ行くわ、と手を振ると、シウンはキスイの背中に声をかける。
「これから行うのは回帰の儀式よ。自分を理解できていない人が参加するのは危険が大きいわ。だから少なくとも、覚悟を決めておいてちょうだいね」
シウンが去ってゆく足音を聞きながら、キスイは目の前をにらみ続けた。
そして、自分が貼ったテープのラインが曲がっていることに気がつくと、八つ当たりをするように勢いよくはがした。