黄央 第4話 陰の剣 3
黄央高校、第二体育館。
ここは第一体育館よりも少々狭いものの、それでも動き回るのには十分なスペースが確保されている。
今は半面を広くとって卓球台が3台並べられているが、使われているのは中央の1台だけだった。
いや、他の2台にも卓球部員がついてはいるのだが、中央で行われている試合に、他の部員ともども見入っているのだ。
その中央の台でピンポン玉を打ち合っているのは、大人の女性と小柄な女子生徒。
大人の女性、希ノ宮 紫雲は体操着を着てジャージを穿いている。髪は頭の後ろでコンパクトにまとめられていて、すこしのほつれもない。
汗ばんだ体操着は胸部の膨らみにそってはりついていて、下着の柄まではっきりとわかる。
もう片方の女子生徒は、千住 小梅といって、浄霊部の部長である。
こちらも体操着を着ているが、下はなぜかブルマを穿いている。学校指定ではないのに、わざわざ自分で用意してきているのだ。
長い髪は高い位置でツインテールにまとめられていて、彼女が動くたびにワサワサと大きく揺れている。
そんな二人の勝負は、一進一退のハイレベルな試合運びだった。
最初は二人の肩書き――中途半端な時期に入ってきた謎の新人女教師と、何かと話題の浄霊部のマスコット――の珍しさから注目していた生徒達は、今は二人の見た目よりも、その勝負の行方から目が離せなくなっていた。
見学者は卓球部の生徒だけではない。
体育館の残りの半面を使っていたバドミントン部や、話を聞いたヒマな生徒達が人垣をつくるまでになっている。
そんな彼らの後方、体育館の壁に背をつけて、二人の男子生徒が立っていた。
「なあ、イヅル」
飛び交うピンポン玉を目で追いながら、大宮 騎翠が話しかける。
「なんだい?キー君」
同じく、視線をうごかしながら、志島 井弦が返事をした。
「ちょ……!キー君って、おまえなあ」
「あそこで部長と戦ってる人から教わったんだ。そんな風に呼ばれてたんだね」
「説明しなくても分かるつーの。それより分からないのは、なんであの人と浄霊部部長がガチで戦ってるのかだ」
キスイの質問が聞こえていないように、イヅルは試合を見つめている。
「ものすごくいい勝負だよね。どっちが勝つかな」
「そうじゃなくて、理由は?」
「え?なに?」
「決闘の理由だよ。なんで浄霊部の部長と本職の退魔師がバトってるんだよ」
キスイの言葉とともに、ギャラリーから歓声が上がる。
どうやら浄霊部部長――コウメ――が今のラリーを競り勝ったらしい。
しかし真剣な表情を崩さないまま、次のサーブにはいる。
「部長がさ、本職の実力を見てみたいって言ったんだよ。だから……」
どよめきで会話が中断される。
シウンがリターンエースを決めたようだ。
会場の雰囲気は大いに盛り上がっている。
「そっちの部長がシウン……先生に挑戦した。オーケー、そこまではわかった。で?」
「で?」
「いや、実力を見るためにバトるってのはとてもよくわかるんだ。でもさ、なんで『ここ』で、『これ』なんだよ!?」
異常な熱気に包まれる第二体育館のなかで、二人の女性は壮絶な勝負を繰り広げていた。
静かな、とても静かな戦いだ。
オレンジ色の球が高速でシウンとコウメの間を行き交い、その球が台に跳ね、ラケットに弾かれる。
その音が単調に、等速に、高速に繰り返される。
「挑んだのは部長だったんだけど、卓球勝負にしようって言ったのはキノミヤ先生の方なんだ。ケガも遺恨も残らないような勝負方法にしようって言ってね」
「たしかに、殴り合いじゃあシ……先生の方が勝つに決まってるしな」
キスイがうなずいた時、ひときわ大きな歓声が上がった。
たまたま、ほんとに偶然だろう。シウンのラケットがオレンジ色の球をズレた角度で弾き、しかし台に届いた球を、タイミングをハズされたコウメはとらえることができなかった。
とっさに返したラケットはわずかに届かず、ピンポン球が床に跳ねた。
「参りました」
床に跳ねる玉を見送った後、コウメがゆっくりと頭を下げる。
それにシウンも礼を返した。
「おお」とも、「ああ」とも聞こえるため息がギャラリーから漏れた。
「今ので決着か」
「そうだね3-0で先生の勝ち」
ギャラリーからは賞賛の拍手が惜しみなく送られる。
競い合った二人は、卓球台の横で握手を交わした。
拍手が落ち着いたところで、コウメが口を開いた。
「さすがです。油断も隙もなく、運も実力もあるのが本物なんですね」
シウンがそれに応えようとしたが、コウメはさらに先を続ける。
「……でも、あたしは負けません!」
強く言い切ると、握手をしているシウンの手を、両手でさらにしっかりと握る。
「キノミヤ先生!あたしはいつか絶対にあなたに勝てるような退魔師になってみせます」
ギャラリーから大きな拍手があがった。
シウンの手を握ったまま、拍手に応えるように腕を高くあげるコウメ。
場の主導権を握られて、戸惑いをわずかに隠しきれていないシウンの顔は、キスイにとって、とても珍しいものだった。