File №005 捜索願
「本部、警視庁からの捜索願だ。捜索するのは、ヨギリレイカという女子高生だ。」
部屋に緊迫した空気が流れる。シヴァ(鮎川)が真っ直ぐに腕を伸ばし挙手する。
「なんだ?」
「それはつまり、行方不明ということですか」
真剣な眼差しで部長に問う。
「いや、違う」
「では…」
「では指名手配か何かですか」
鮎川の言葉を遮り発言したのは指倉だ。我慢できなかったのだろう、なんせ警視庁から捜索願を出されている人物が、これから苦楽を共にするであろうクラスメイトなのだから。藤森の表情もいつになく険しい。多分、煩悩に負けずにちゃんと考えているのだろう、多分。
「違う」
「「なら、なんですか!」」
藤森と指倉の声が重なる。2人から尋常じゃ無い何かを感じ取ったのか、鮎川はいそいそと着席する。
「それは今から説明する」
2人を睨めつけながら言った。大人しく指倉は元の位置に戻る。藤森は座ったまま声を出していたのでそのままだ。座った姿勢からあれだけの声が出せるとは、さすが元野球部員。
部長は首を横に振って、やれやれ、と1つ小さなため息をつき説明を始めた。とはいっても、後で、説明になっているかと聞かれると、頭を立てに振ることはできない。
「最初から話そう」
「邪魔が入ってしまったからな」
部長から見て右の一番奥、指倉の目の前に座っていたメンバーが茶々を入れる。直ぐにまた部長が睨みを利かせて黙らせる。邪魔はお前だ黙っておけ、と目が語っている。
「……まず、今回の仕事だが、これは警視庁から直々の捜索願だ。そして、その捜索対象だが……」
手に持っていた紙袋をあけ、中から一枚の写真を取り出し、ホワイトボードに磁石を使ってはってゆく。そこには、儚げな異国の美少女が写っていた。
それを見た全員が息をのむ。
ほんの少し吊り上がった目尻、淡褐色の瞳。腰近くまで長く伸びた髪の毛は銀色。透き通るように白い肌。それは、僕らが知っているはずの夜霧とは全く違った。
写真の中の彼女をみて、僕は純粋に綺麗だと思った。この世のものではないような、まるで異界からの訪問者のようなその容姿に、心を奪われた。
はっと我に返り、僕はその容姿の特徴をもう一度、今度はじっくりとなめるように観察した。
―――銀髪に淡褐色の眼、白い肌。それって……。
一つの可能性を思いついた。
「アルビノ?」
アルビノとは、メラニン(色素)の生合成に係わる遺伝情報の欠陥により、先天的にメラニン(色素)が欠乏する遺伝疾患、またその症状を伴う個体のこと。症状のことを先天的白皮症とも呼ぶ。
白兎何かがそれ。極端に言うと色素を作れない、持てない。そのせいで紫外線とかに滅茶苦茶弱い。虹彩の色も薄い(あるいは透明)から光に敏感で視力が普通に比べて弱い。違うのはそれぐらいで、あとは特に変わったところはない。
「この地区周辺にいることは間違いない」
僕の考察を待ってくれる気配など当然、無い。ここで説明を聞きそびれると後々大変なことになる。仕方がないので考えるのは一時中断し、聴くことに専念する。
「写真の限りではかなり目立つため、染髪やカラーコンタクトなどで変装している可能性が高い」
そりゃそうだ、こんな目立つ外見のまま歩いていたら、直ぐにネットで噂になるだろう。さしずめ、『リアル〇〇発見した』(〇〇にはアニメの登場キャラとか)とかそんなところだろう。
それにしても、僕が彼女を初めてちゃんと観察した時に思ったこととピッタリ重なる。部長の方が逆に怪しい。どうも僕は警察官に向いているらしい。これは誇っていいことなんだろうか。人間としてダメな気がしてくる。
「この娘の捜索は今のところ最優先事項だが、他の事件が回ってくれば変わるかもしれない」
―――探す必要ないんだけどね。
―――探す必要ないな……。
―――探さなくていいよな。
3人は思った。
どうせ、これから3年間同じ教室で勉強するんだ、捕縛はいつでもできる。
「以上。何か質問は?」
「あの……」
おずおずと手を挙げたのは僕だ。どうしても気になることが1つだけある。
「どうした?」
起立する僕にみんなの視線が刺さる。痛い。物理的にではなく、精神的な方で。
「どうして警視庁はその娘を探しているんでしょうか。さすがに理由もなしに探すのは……ちょっと」
その発言に周りがほっとした空気になる。よくやった、とかナイス、とか聞こえてきそう。みんなは僕が何を聞くのか分かっていたようだった。それが僕を無駄に緊張させたのだが。みんな気にはなっている。だが、訊くに訊けなかった、そういう空気。部長はちゃんと理由を説明してくれる人だ。その部長が言わないということは、最初から聞かされていない、もしくは言えない理由がある。
―――でも、言わない場合は先に断り入れる人なんだよなー、部長って。
「あ~それはだな……」
こめかみのあたりを人差し指でかきながら困った顔をしている。どうしたのだろう、何か変なことでも訊いただろうか。
「え~と……実はさ、私も聞かされていないんだ。なんかやだよね、こういうの。お前らは理由を知る必要はない、みたいなやつ」
部長は思い出したかのようにそう言った。
―――単に断りを入れるのを忘れてたってことか、馬鹿馬鹿しい。でも、聞かされていないってことは……
本部が隠したがっている。
ますます意味深なことになってきた。謎が謎を呼ぶとはよく言ったものだ。本部が隠すということは、相当にヤバいやつなのだろう。それか、上の人間の個人的な依頼という可能性もある。どちらにせよ公に出来ない依頼とは……。
―――アニメとかだとこういうことを突き止めようとしたキャラって大体死ぬんだよな、いろんな意味で。
今後どうするか僕が悩んでいるというのに、周りのやつは
「なんだー」
「本部ってなんかやな感じだなー」
と笑い話にしている。
「ほんとだよな」
と部長まで。さっきとは違う理由でだんだんと不安になってくる。
―――そんなこと言って大丈夫なのか、コイツら。本部の悪口ってヤバいでしょ。
何かあっても知らないよ?と心の中で注意する。聞こえていないので無意味だが。
この日の会議は、部長も藤森も(藤森はいつものこと)指倉も鮎川も、みんなどこかおかしかった。
僕だけが1人、浮いていた。
*****
「夜霧のこと?」
「そうそう、ショックだったんじゃないか?部長に質問までしてたし。」
楽しそうに訊いてくる藤森。完全に面白がっている。さてはこいつ、今が授業中だってことをきれいさっぱり忘れているな。指倉はちゃんと先生の説明を聞いてい………ない。本を読んでいる。もちろん教科書ではない。この学校、大丈夫なのか。
「部長に質問までって…確か、暁也も聞きたそうにしてたよな?」
そこで質問するのが慎だ、とか言ってよくわからないいなされ方をてしまった。だが、藤森の言う通り夜霧については気になることが多すぎる。あの写真に映っていた夜霧は、今この教室で見ることのできるそれとはかけ離れていた。
僕はあの後、部長に頼んで例の写真を貰ってある。制服の内ポケットに入っていたそれを周りに見られないよう慎重にとりだす。後ろを向き、夜霧と比べてみた。好都合なことに僕の後ろは3人とも、意識が飛んでいるようだった。由佐美月と八神朋は机に突っ伏しており、その後ろの夜霧は、ゆっくりと舟をこいでいた。この3人は大物だ、と勝手に納得する。
さて、本題に入ろう。
写真でも撮れれば後で鑑識の人に照合してもらえるのだが、教室で異性のクラスメイトの写真を個人的に撮るなど、ただの変態だ。残念(何もやましいことなど考えていない)だがこの手は諦めるしかない。なので、自分の眼で判断する。夜霧の顔をパーツごとにじっと見つめ、写真と比較する。後ろが何やら耳障りだが、気にしている暇はない。
肌以外の体色は大きく違っているが、顔のパーツ自体はほぼ同じとみていい。同一人物である可能性は極めて高い。
ヒロインの設定って考えるの難しいですね。
幾つか考えた結果がこれです…………。