File №004 後輩と先輩
やっと核心に触れた、そんな感じです。
4月9日 AM9:20 某専門学校電脳科教室
まだ春にしては肌寒い、4月の上旬。新しい生活の始まりに多くの人々が期待や夢いっぱいにする時期……。僕、夕涼慎はそれとは正反対に、目視できるのではないかというような負のオーラを纏って、おおよそ春とは思えない雰囲気を出していた。現国の原田先生は、チョークを5本折った。ただの緊張なのか、はたまたそういう性癖でも持っているのか……。それとも僕のせいか。
1時間目の授業も後半に差し掛かっているが休み時間はまだまだ先だ。
ポキンッという軽快な音を立てて、今日6本目の被害者が出る。
「またか………」
「いくらなんでも折り過ぎ……」
「今日何回目だよ……」
「一日で学校中のチョーク折るんじゃないか?」
授業中にもかかわらず、生徒の話し声がする。みんなかなりのスキルを持っていて、聞き耳を立てないと聞こえないレベルだ。先生の耳には届いていない様子。そこはかとなく哀しい。
「チョークって1本どれくらいするのかなぁ」
前の席の藤森が後ろを向いて聞いてきた。原田先生は黒板に向かっったまま、7本目のチョークで1学期はどんな授業をするだの国語の成績の出し方などを説明している。つまり、藤森の行動には気づいていない。
「そこまで高くないと思うけど……」
白いやつは6本入りで115円のものをみたことがあるな。色つきは確か1本120円ぐらいだったっけ。だが、今の僕にはそんなことはどうでもいい。先生の話も含めて。
ポキン、コトッ……。藤森の後ろからまた、乾いた音が届く。
「あちゃー7本目か……」
あの先生、またやったな。ここまで来たらもう、「あちゃー」で済む問題ではない。
―――本当に学校中のチョーク折ったりして。
さっき言ってたの誰だっけ、と考える。
「まただな」
「あぁ、今日7本目の被害者だ」
「あ、首が…転がって……」
白いそれは自身が円筒型がためにコロコロと転がって行く。一番前の席の男子の席の下に潜り込んだ。……確か名前は赤井だった気がする。その赤井らしき生徒は、転がってきたチョークを取ろうとして一歩踏み込んで、立とうとした。
パキャ
「あっ……」
踏み込んだ足の下に丁度転がってきたチョークの欠片は粉々に砕け散っていた。
「うわぁー首が―」
「生物のだったら効果音はぐちゃ、だな」
普段なら、「首言うな!」と突っ込んでいるところだが、なんとなく賛同した。
「慎、お前……」
「あ?どうした?」
「なんというかその……RPGでいうところの魔族の王だったりしないよな?」
この馬鹿は何を考えているのだろう、と思ったが今日の僕の状態を見れば、一番適当な対応かもしれない。が、そんなことは当の本人に分かるはずもない。無意識のうちにこうなってしまっているのだから。
「んなわけない、なんで?そんなに悪人顔してる?」
「いやいや、そーじゃない。なんか今日、『負のオーラ』みたいなものをまとってるぞ?」
そう言いながら藤森は僕から少し目線を外し、その後ろに目を落とす。何か言いたげだ。僕もそこまで鈍感じゃない。これでも一応警官の部類に入る。
藤森が言う、僕のまとっている『負のオーラ』、原因があるとしたら………
「―――夜霧のことか?」
*****
△〇県警察署3階の右突き当りに設置された割と広めの部屋。その中央の長方形のテーブルを囲むようにして6人の若者が雑談をしている。ここは未成年者犯罪特別捜査部、通称『青二才』略称『特捜B』。
6人は長方形の長い辺に3人ずつ座っている。僕は入口から見て右側の真ん中にいた。
「招集内容ってなんでしょうね」
目の前の席に座っている女の子が僕に向かって親しげに話しかけてきた。彼女な名前は鮎川咲良。1つ年下の後輩だが、警察官としては1年先輩だ。保育園から中学校まで同じで、可愛い妹分的存在。本人は僕の幼馴染であることに誇りを持っているらしい。目指すべき目標として掲げてくれている。はた迷惑なだけだが。
「さぁ?こっちにも分からんよ」
一応、先輩方の目もあるのでここは後輩には先輩らしく接しておく。あれ?オカシイな、僕の方が警察官としては後輩だった気が……ま、いいか。
「その、よそよそしい話し方いい加減やめてください。先生と話しているみたいで嫌です」
「あ、そう。じゃあどんな感じで喋ればいい?」
う~ん、そーですね、と腕を組みながら視線を外す。先輩には見えない。むしろ可愛い、可愛い後輩だ。
「って、そういえば私の方が1年先輩じゃないですか!」
少しこちっらを睨む鮎川。が、威厳の欠片も見当たらない、残念なことこの上ない。
―――今頃気が付いたのか、気付くのが遅すぎるな。そんなことでは先輩とは言えないな。
「今頃言うのか、それ」
「当たり前じゃないですか……じゃなくて、当たり前だ!」
無理矢理に型にはまろうとしてくる鮎川。
「これから呼ぶときに鮎川先輩って呼よんでくだ…呼びなさい」
―――また、間違えた……。
光の反射で白く見える粉末と牛乳を模した白い植物由来の油を手に取り、目の前に置いてあった芳醇な香りを漂わせるマグカップに投入した。プラスチック製のマドラーでそれをかき混ぜ、一気に飲み下す。慣れないことにしたので喉が渇いたんだろう。ますます可愛い後輩ではないか。
「あのさ…――――」
「先輩にその口の利き方は何ですか」
「あの仕草の後にそれを言うか!」
「あ、また!私はつい先ほどから夕涼君の先輩です」
―――人生経験からすると僕の方が先輩なんだけどなー。
僕ら特捜Bには階級というものがない。特に上下関係はないが、経験や検挙数などで一応、自分たちの間でのランク付けみたいなものは存在している。
それでも、僕は鮎川よりも一つ上なのだが。先輩と呼ばせるのはその下の藤森にして欲しい。ちなみに、指倉と僕は2位タイだったりする。
「………鮎川先輩」
「何かな?」
嬉しそうな満面の笑みをこちらに振りまく小さい(いろんな意味で)先輩。………先輩?やっぱりそうは見えない。
「ニックネームで呼び合うので意味ないと思います」
「…………………え?」
あまりにも冷静な突っ込みに硬直する小さい先輩(?)。
そう、普段はニックネームで呼び合うため、先輩とか呼ぶことはハッキリ言って意味ない。というかそんな前例はない。前例がないなら私たちが初めてになればいい!とか言い出しそうなので前例がないということは黙っておく。
「ということで、この件についてはもういいかな、『シヴァ』?」
「ちょっと待って。あと、その名前好きじゃないんです!」
心の底から嫌そうな顔をするシヴァこと鮎川咲良。
―――よし、うまく話をそらせた。
自分で自分を褒めてやりたい。鮎川の気をそらせるのは結構難しいことなのだ。
なぜ、コイツのニックネームが『シヴァ』かというと、これは前部長の趣味によるもの。由来は、明治時代に新渡戸稲造が著した『武士道』の冒頭において、「武士道とは日本の象徴たる桜の花のようなもの」と記されているからだそうだ。女の子に対して武士道は確かに無い。鮎川も嫌がって当然だ。さくらも字違うし。桜じゃなくて咲良だし。
「僕のニックネームと交換する?」
「あ~それ出来たらいいですね、『アスカ』さん」
さっきの恨みを晴らすかのような薄笑いを返してくる。可愛い顔が台無しだぞ、と言ってやりたい。
アスカ……そう、これが僕についたニックネーム。これは現部長が決めたもので、とあるアニメのキャラクターの名前から来ている。一応男キャラなのだが、女の子っぽい名前であんまり気に入ってない。そのうえ、「女装似合いそうだし、いいと思う」と当時のメンバーにも賛同された。もちろんその中には鮎川に藤森、指倉も含まれている。
―――懐かしいな。3人の中で最後に決まったから2人の時に何もできなかったんだよな。それにしても、
「男にアスカは無いよな、アスカは」
「女の子にシヴァも無いですよー……あれ?私たち最初何の話してましたっけ?」
互いのニックネームに不満を寄せる僕と鮎川。そこに、噂の部長が来た。入って左側に直ぐある透明なボードの前に歩いて行く。
「みんなー静かに!」
その一言に一同の雑談が止まる。みんな部長の方を向いている。相変わらず良いスタイルをお持ちだ。鮎川が部長を恨めしそうに見ながら、どうやったら……と呟く。
「では、これから君たちを招集した理由を話そう!」
今から話されることを聞き逃さないように、みんなの眼は真剣だ。
「本部、警視庁からの捜索願だ。捜索するのは―――
ヨギリレイカという女子高生だ。
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