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彼はとても勤勉だった。真っ赤に熟れた林檎が、彼の手によって次々と藤の籠の中に放られていく。脚立の一番高い場所にいる彼を見上げると、もう日が真上に上がっていることに気づく。朝早くから二人で果樹園に出てここまで、働き通しだ。
コツコツ。手の甲でノックするように二回、脚立を叩く。それが休憩の合図だった。それまでずっと林檎を取り続けていた手が止まり、彼が向き直る。返事はないまま、脚立を一段一段と降りていく。
彼は言葉を話さない。島の言葉が話せないからだ。気分はどうだ、どこから来たのか、いかだでどこに行くつもりだったのか。意識が戻った彼に、村長はあらゆる質問を投げかけた。彼は困ったような、あるいは何も考えていないような顔をして聞いていた。果たして今のは自分に向けられた言葉だったのか、誰かに確認したい、そういう顔だった。しばらく考えるように下を向いた後で、突然、彼は村長に向かって話し始めた。今度は村長が「今のはひょっとして私に向けられた言葉でしょうか」という顔をした。彼は俯いた。それから二度と、彼が言葉を発することはなかった。
収穫した林檎を籠の中から一つ、彼に差し出す。それを遠慮がちに受け取ると、遠慮がちに一口だけ齧った。口元でシャリ、という音がする。それは確かに彼の口元で鳴ったが、それは言葉ではなく、ただの音だった。彼の口は何も語らない。僕も籠から林檎を一つ取って、シャリ、と齧った。