第六十九話~トラウマ~
久しぶりに更新!!
ほおお!
私が初めてテレビゲームをプレイした日のことは今でも覚えている。
あの日、初めてゲームというものに触れて私は、とても衝撃を受けた。
ボタンを押したり、スティックを傾けたりすると、それに呼応して画面の中のキャラクターも活き活きと動き出すのだ。
自分が思った通りに、画面の中で動いてくれる。
……もちろんシステム上の都合もあって何から何まで自由自在にとはいかないけれど、それでもどんな時でも、どんな場所でも、私の呼びかけに応えてくれた。
“この子は私を見捨てない”。画面の中でぎこちなく敵を倒していく男の子のキャラクターに、私はそう感じた。
私がしっかりしていなかったせいで、りなちゃんが離れてしまった。モフちゃんだって、消えてしまった。
私なんて、いない方がいいんじゃないかと本気で思った。事故に合ったのがモフちゃんじゃなく――“私だったらよかったのに”って、本気で……思った。
大切だと思ったモノが、全部消えてしまった。宝物だって思っていたモノを、全部失ってしまった。
モフちゃんやりなちゃんとの楽しかった毎日を思い出すたび、悲しみが、絶望が、苦しみが、困惑が、痛みが、私の心の中を埋めていく。
つらくて悔しくて、暗い部屋の布団の中で何度も何度も自分を責めたてた。
そんな中で出会った、〝ゲーム”という存在。
身体も、心も重たくて、動く気力さえ出なくて真っ暗闇だった私の心に、それは光を持ってきてくれた。一気に虜になった。
ずっと苦しかったのに、ゲームをやっているときだけは、そのつらさを忘れられた。
時折操作をミスして、思いもよらない動きをするキャラクターを見て、心の底から笑い声をあげた。
そんな私を見て、お母さんも笑っていた。
だから、ゲームをもって私に会いに来てくれた小野 和也くんには、「ありがとう」の気持ちでいっぱいだった。多分お母さんも同じ気持ちだったと思う。
――でも、ダメ。
たしかにゲームは私を裏切らない。私の方から寄り添っても、私が好きになっても、それをしっかりと受け止めてくれる。
でも、和也くん――カズッちゃんはどうだろう。
りなちゃんも、モフちゃんも、私が好きになったから――失ってしまった。いなくなってしまった。嫌われてしまった。傷つけてしまった。
だから、カズッちゃんを好きになると、カズッちゃんも同じことになるんじゃないかって、当時の私は思っていた。
嫌われるんじゃないか。見捨てられるんじゃないか。傷つけてしまうんじゃないか。私のそばから居なくなってしまうんじゃないか。
そんな悪い方向にばかり思考が舵を切って、気がつけば私は人と関わることに〝恐怖”を覚えるようになっていた。
私が関わったらろくなことにならない。
私が大切だって感じたものは、全部全部なくなってしまう。全部全部、壊れてしまう。
人と関わるのが怖い。仲良くするのが怖い。――人が、怖い。
近づくたびに、離れていく。
守ろうとするたび、壊れていく。
ゲームを知って、楽しさを教えてもらって、カズッちゃんのことを、子供心ながらに好きだなって思ったと同時に、それを失うのが怖いと感じてしまった。
これ以上、私に関わって来ないでって、思ってしまった。
大切、だったから。
大切なものを守るには。
誰も傷つかなくて済む方法は。
私が、関わらなければいいんだって。
そうすれば、みんな笑って、幸せに過ごしていけるんだって。
そう考えた当時の私はその日から、幼稚園に通うのを、やめた。
第六十九話
~トラウマ~
『イヤァあああああああああ!!!!!』
琴音が幼稚園へ通わなくなって数週間が過ぎた頃だった。
とある休日の朝、母と秋が朝ごはんを食べていると、琴音が寝ていた寝室から、金切り声のような叫び声が響いてきた。
「なに!?」
朝食を中断して、母と秋は急いで声の元へと駆けつけた。
異常なほどの咆哮。喉が潰れるんじゃないかってくらいの、叫喚。
その渦中には、自分の腕を爪でひっかきながら泣き叫ぶ琴音の姿があった。
「やめなさい琴音!!!」
爪で皮膚が傷つき、幾重にも重なる蚯蚓腫れから、じんわりと血が滲み、滴る。
何が起こったのかわからぬまま、母はそんな琴音を安心させたくて強く抱きしめた。
「大丈夫だから……落ち着いて」
……最近の琴音は幼稚園へは行かなくなったものの、普段の明るさを取り戻しつつあった。それというのも、全部和也くんのおかげだ。
琴音が一番気に入っていたゲームを、半ば無理やりに「つぎおれが来た時、もっと強くなってるように練習しておいてね!」と言い残しゲーム機ごと置いて行ってくれたのだ。
和也くんに特別な意図なんてなかっただろう。
でも、そのおかげで、今までふさぎ込んでいた琴音が、毎日ゲームをやるために起きてきては、母や秋と一緒にご飯を食べたり、会話だってどんどん増えた。
秋も秋でゲームにはまったのか、琴音と一緒に二人で対戦していることも珍しくない。
視力が悪くなるだとか、子供に悪影響だとか、嫌な部分だけ耳にしていて今までゲームというものを買ってあげていなかった母だったけれど、そんなゲームに淀んでた家族を救ってもらえたのだと考えると、おかしくて口元が緩んだ。
なのになぜ。
どうして、こんな。
「琴音!」
母が抱き留めてもまだ腕を掻きむしるのをやめない琴音を見て、呆然と立ち尽くしていた秋も我に返り、急いで琴音の手を取った。
近くで見る異常な妹の顔は涙でぐちゃぐちゃになっており、虚ろな目はゆらゆらと焦点を探していた。
そんな妹の姿を見て、秋の目にも涙がにじむ。
いったいなにがあったのか、秋が琴音に問いかけようと口を開いた瞬間、彼の眼前を小さなコバエが横切った。――と、同時に。
「ああああああああああああああ!!!!!!! いやあああああああああああああ!!!!!!!」
再び、悲鳴。
がたがたがたと、尋常じゃないまでに震えだす琴音の身体。
助けて、助けて、と、琴音が小さく呟いていたのを、母も秋も聞き逃さなかった。
「大丈夫だぞ琴音! にいちゃんがついてるからな……!! 母さんだっている……! ずっとそばにいるから……!!」
揺れる琴音の体をとめたくて、一心不乱に琴音を抱きしめる。
そのさなか秋は、あの日、小学校の先生に教えてもらった言葉――『そばにいて、つらさを共有してあげる事が家族のためになる』という言葉を思い出していた。
(おれがそばにいる。いつまでも、琴音を守ってやる)
なにがあっても琴音を見捨てない。絶対に傷つけない。
琴音を強く自分の胸元へと抱き寄せながら、秋は一人そう決心する。
もう苦しんでいる妹は見たくない。
妹を傷つける人がいたら、兄であるおれが意地でも守る。
命に、代えても――。
「――わかりやすく言うと、トラウマによるもの、なんだって」
すぅすぅと寝息を立てる琴音を寝室の布団の上にそっと寝かせながら、それを心配そうに見つ得る秋に母は言った。
掻き毟って傷が出来ていた琴音の腕には包帯が巻かれており、そこから病院特有の薬剤の匂いが秋の鼻腔を刺激していた。
「トラウマってなに……?」
「うーん、なんて言ったらいいのかしら。琴音、虫に対して凄いおびえてたでしょ?」
「うん……琴音は虫、好きだったはずなのに」
言いながら、蟻やらダンゴムシやらバッタやらを追いかけては、楽しそうに笑っていた妹の顔が浮かぶ。
母や秋に、毎回「虫さんを驚かせるんじゃない」と怒られていたぐらいだ。
そんな日々があったがゆえに、今回の出来事の異常性が余計に膨らんで見えたのかもしれない。
「それは、虫に対して、凄い怖い思いをしたり、嫌な思いをしたせいで、虫を見るたびそれを思い出して……あんな風になっちゃってるんだって。ほら、秋くんもオバケの映画見るとしばらくひとりでトイレ行けなくなるでしょ?」
「べ、べつに……」
ふいっと、顔を伏せる秋。
その頬は赤く染まっていた。
そんな秋を見て、母は力なくほほ笑んだ。
「琴音にとって、虫がオバケみたいな存在ってこと」
「それは……キツイ」
「でしょ?」
しばらくは様子を見てあげてください。それが医師の言葉だった。
トラウマに対する治療法なんてない。あるとすれば、時間が一番の万能薬だ。
ちょっとずつ、少しずつ、ゆっくりと克服していくしかない。
そんな申告を聞いた母が思いの外冷静でいられたのは、トラウマの相手が"虫"だったからだろう。
虫なんて一生関わらなくても死にはしないのだ。琴音の過剰反応は心配だけど、その点で言えばまだ安心できた。
――そして、それからしばらく。
夏の暑さも徐々に大人しくなってきた頃、母の元に相内先生から連絡が入る。
そしてそれは、「りなちゃんが両親の都合で海外へと引っ越した」という内容だった。
これは母のもとに入った連絡だが、実際は琴音に向けて、相内先生が気にかけてくれたのだと母は思った。
故に、母は琴音にそのことを素直に伝えた。
……琴音の反応は、ない。
ないというよりは、言葉を発していないだけで、何か思うところがあるのだということは彼女の小刻みに震える肩から見て取れた。
喧嘩別れになってしまった琴音と、りなちゃん。
モフがいなくなって、りなちゃんも遠くへ行ってしまった。
自分が知らない所で、自分が好きだったものが全部無くなっていく。
そんな現実の重さがまだ幼い琴音にのしかかったせいか、母が琴音が保育園へ行く姿を見れる日がくることは、二度となかった――。
********
「――ってな具合だよ」
ご清聴ありがとうございました、と、秋が照れくさそうに頭を下げる。
明るいとはいいがたい内容を披露し重たくなった空気を少しでも和らげようと、秋なりにアフターケアしているのだろう。
なので俺も、「気にしてないぞ」と秋に伝える意味も含めて、
「なるほどな……これが原因で秋がこんなシスコンに……」
と冗談交じりに呟いた。
「お前は何を清聴してたんだ!」
そして炸裂する秋の十八番。
うんうん、一気に場が和らいだ。
とかなんとか適当ぶっこいてると、俺の横からぐすんぐひんと何やら怪しげな嗚咽音が聞こえ始める。
何事かとそちらに目をやると、穴と言う穴からいろいろ液漏れしている音の発生源らしき人物と目があった。
「うう……琴音っち……ぐずっ……やばいです……」
いやユキさんあなた泣き過ぎです。
ちり紙あげますんで鼻かんでくださいばっちいです。
「うぅ……先輩がティッシュくれた……今日は妙に優しくてこわいです……」
「なんでやねん!!」
俺の優しさはホラーレベルなんですか? じゃあ俺が人に親切にしたら毎日お化け屋敷ですね! やったぜ!!
やったぜじゃねえよ。意味わからんわ。
「自分で自分にツッコミいれるなんヨ」
号泣しているユキとは打って変わって、意外と平常心なエメリィーヌ先輩からの冷酷なツッコミ。
こりゃ手厳しいぜ。
「それから、そのりなちゃんって子とはどうなったの?」
愉快な会話劇を繰り広げる俺たちに苦笑いを見せながら、委員長が秋に問いかけた。
「結局それ以来いまだ音沙汰なし、だ」
人とのつながり。そんな、生きていくうえで重要ともいえる部分に琴音が苦手意識を抱くのは、やはりこの幼稚園の頃のトラウマからくるものに違いなかった。
俺が琴音の身体になって経験した、他人に近づくと湧き上がるあの恐怖心。
それは単に人見知りなのではなく、仲良くなることで、親しくなることで、全て壊れてしまうかもしれないというトラウマから、琴音自身を守ろうと琴音自身の防衛本能が働いていたのかもしれない。
……しかし、そんなトラウマを抱えているにもかかわらず、俺達とは変わらず接していてくれていたのは、俺達には心を開いていてくれていた証拠でもあるわけで、ちょっと嬉しいなって思ったりして。
「春風さん、ちょっといいかな?」
ふいに、ずっと霊能力についてパソコンで調べていたオメガが委員長を呼ぶ。
何か解決策でも見つかったのだろうか。そんな期待が俺達の胸に膨らんで、自然と空気に緊迫感が生まれる。
「……なに? 鳴沢くん」
「春風さんは、幽体にどこまでできる?」
「っていうと……?」
「ズバリ聞くけど、会話は可能か?」
「それくらいなら……」
会話できるんだ!? 委員長すげえ!
「なら、一つ方法がある」
委員長にいくつか確認したのち、オメガがそう切り出した。
方法がある、っていうのは、もちろん琴音の記憶喪失を治す方法に違いない。
先が見えず、治療法もわからないままだった俺達に、初めて出口の光が見え始める。
「方法があるって……琴音っちを治してあげられるってことですか眼鏡先輩!」
「あくまでも可能性だよ白河さん。100%じゃない」
「どんな方法なんヨか!?」
「簡単な話だ。例の《入れ替わり》の機械を琴音ちゃん一人だけに使えばいいんだ」
「どういう……ことですか?」
ユキが訪ねる。
「そもそも《入れ替わり》の原理は、例の機械で特殊な電撃が体中に駆け巡ることにより、一時的に魂――霊体が身体を離れ、それがそれぞれ別の器に移ることで起きる現象なんだ」
オメガが言うにはつまりこういうことらしい。
琴音一人に、《入れ替わり》の機械を使う。
本来、二人同時にすると、飛び出た霊体がお互いの身体に移り変わる現象が起こるとのことだが、一人の場合だと霊体が飛び出た後、移る先の器がないためしばらく宙を彷徨うのではないか、という仮説だった。
つまり、琴音の霊体が飛び出たところを、委員長にどうにかしてもらうという作戦らしい。
「霊体というものはいわばその人の心。春風さんにはその心に直接語り掛け、糊付けされた記憶のアルバムを強引にでもこじ開けてほしい。お願いできるか……?」
「やるしか、ないもんね」
できるかどうかわからないけど、でもやるよ。そう言葉にした委員長は、力強く頷いた。
「そうときまりゃ今すぐにでもやっちまおう。この機械を琴音にあてりゃいいんだな?」
俺はいてもたってもいられなくなり、オメガのそばに転がっていた例の機械を手に取って、未だソファの上で寝息を立てている琴音の腕にあてがう。
「ああ。春風さんの準備が整ったら、やってくれ」
「私はいつでもいいよ、山空くん」
「おっしゃあ! スイッチ、オン!!!!」
バチッ……!! と、まるで静電気が放電したかのような音が鳴り響き、琴音の身体が少しだけ跳ね上がる。
ユキやエメリィーヌ、そして秋も、祈るようにそんな琴音を見守っていた。
「でたか!? 委員長!」
「まだ……!!」
この機械を使ってから、確か大体2分後ぐらいには効果が表れたはずだ。
もう少しだけ待っていれば、その内霊体が出てくるはずだ……。
――ふわっ。
気のせいだろうか。
ふいに、俺の前髪がすこし揺れた気がした。
まるで下から吹く風に煽られたかのように、毛先がなびく。
その瞬間。
「でた……でたよみんな!!」
委員長が、琴音の霊体を確認できたようだった。
「頼む、春風……!! 俺の妹を……琴音を助けてやってくれ……!!」
強く閉じた秋の瞼には、涙がたまっていた。
そりゃそうだ。
俺だって、俺たちだって、同じ気持ちだ。
みんなが委員長に期待を寄せる。そんな期待も、委員長はきっと感じ取っているはずだ。
そんなみんなの想いを背負って、委員長は琴音に語り掛ける。
「琴音ちゃん……思い出して……。ここにいる人達は……みんな……!!」
"琴音ちゃんの、大切な"――。
*****
空が朱く染まっている。
時間の感覚ってのはあいまいで、俺にとって、今日という日は何週間、何か月にも感じるぐらい濃密な一日だったといえるのではないか。
だからまだ日が落ちていないことに、俺は少し戸惑いを覚えた。
「いやあ……なんつー一日だよ今日は」
誰に言うまでもなく、ひとり呟く。
振り返ってみると、本当にいろいろな出来事があった。
「なんかすげー……疲れた」
「秋先輩は特に気を張ってましたですもんね。無理もないです」
そしてそれは、俺にとって、自分を見つめなおす良い時間でもあった。
そりゃあ大変なことばかりで一分一秒気が抜けない瞬間が幾重にも続いたけれど。
「雪ちゃんだって、喜んだり泣いたり笑ったり戸惑ったりで、忙しそうだったけどね」
「つばめん先輩からかわないでくださいー!」
自分でも安直だと笑っちゃう言い分ではあるけれど、この経験が将来、俺がこの先自分の人生を歩んでいく中で、かけがえのない経験になるのではないかってわりと本気で思ったりしている。
「一時はどうなることかと思ったんヨけど」
「うむ。ありがとう春風さん。おかげで――」
そんな風に今日という日を思い返せるのも――。
「みんな……迷惑かけてごめんッ!!」
ぺこりとサイドテールを揺らす彼女の、照れ臭そうに染まる顔を見れたから……に、違いないだろう。
「琴音、おかえり」
『たっだいまあああああああああああ!!!!!』
ガシャアアアアアン!!!! と、我が家の玄関付近からドアの開閉音らしからぬ効果音を響き渡らせながら、俺が想像していた声とは別段野太い声が返ってくる。
「な、なんだなんだおい!?!?」
「なに事ですか!?」
みんなもあまりに予想外だったのか、口々に困惑を口にしていた。もちろん俺も例外ではない。
そんな困惑の根源の正体が気にならない奴なんているだろうか? いや、いない!!
という理屈から、果敢にも俺は音の発生源である玄関まで秒の速度で駆け出した。
そんな俺を見て、数秒遅れて他のみんなも俺の後に続く。
いったいなんなんだ。
素朴な疑問が頭の中を遊泳するものの、俺はこの野太い声の正体にうすうす感づいてはいたりして。
いや、まあ。だってわかるっしょ。
おれの家に十八番のごとく不法侵入してくるやつなんかさ。ここにいるこいつらを除けば消去法的に一人しかいないって。
だろ?
「親父ィ!!!」
「あのっ! は、ハジメまして!!」
全 然 知 ら な い 子 が 立 っ て た 。
いや、待とうか。落ち着け。俺に1分だけ時間をくれ。
結論から言うと、親父はいた。
ただいまなるセリフを言ったのはおそらく親父だ。そこまでは予測はついていた。
でもな、そんな親父の隣にイレギュラーが発生していてな。
どんな具合にイレギュラーかというと、焼きそばパンかと思ってかじったらコールスローサラダだったみたいな感じだ。
「いやどんな感じなんヨか」
「おだまりッッ!!」
「なぜにオカマ口調!?」
俺のすぐ後ろに立つ緑のちっこいのがなんか茶々を入れてくるがそんなものにかまっている場合ではない。
とりあえず状況を説明すると、藍染め色のアロハシャツにラフなハーフパンツを華麗に着こなす俺の親父の隣に、キュートさ満開のサロペットを着こなしエメリィーヌの金髪よりも若干淡いクリーム色でゆるふわカールヘアーのそばかす少女が立っていた。何を言っているのかわからないと思うが俺もわからないので安心してくれ。
とにかく、親父のそばに女の子が立っていた。
まだ見た目はあどけなさが残るため、おそらく未成年の女の子であろう。
髪色から見るに日本の方でも無さそうだ。肌も白い。
ここで状況を整理してみよう。
俺の親父は今朝方、気づいたときには置手紙を残して出かけていたのだ。
どこに、なんの用件で出かけたのか一切わからないが、まあ興味もないので全然気にはならなかったけれども、
そんな親父の右隣に例の少女が緊張しているのかそわそわしながら片言な日本語で俺に挨拶をかましている。
俺はどうするべきだ? 何を言えばいい?
聞きたいことは山ほどあるが、簡潔に言うとこの状況にまだ俺の脳が追いついておらず、ゆえに言葉を発するという命令が脳に送れずにいた。
その最中。
このよくわからない空間を、例の少女が意外な言葉で切り裂いた。
「……え? こ、こと……ちゃん?」
「へ?」
そうつぶやく少女の視線は、俺の肩を通り抜け、背後にいる琴音をとらえていた。
え!? なに!? 琴音お前英苦手なくせに外人の知り合いいんの!? グローバル琴音!?
「え? ……りな……ちゃん……?」
「へ? りなちゃんって……」
りなちゃん。どこかで聞き覚えのある名前だった。
どこで聞いたんだっけ。つい最近、それもホントに数分ぐらい前に聞いたようなきがするんだけどなあ……あっれー?
「せ、先輩……ほら、あれ、です……琴音っちの……昔、の……」
ユキが目を丸くしながら俺に言う。いやなぜおまえも片言やねん。
――って、え!?
「あのりなちゃん!? 例の!? 噂の!?」
「お? なんだ海之介。おめえコイツのこと知ってんのか?」
親父が驚いたように素っ頓狂な発言を繰り出す。
「誰が海之介だ! 四股名かよ!!」
「こと……ちゃん。ことちゃん、だよね? わたし、りなだよ! ことちゃん……!」
俺が琴音と入れ替わっていた時の癖で果敢にツッコミを入れている中で、琴音とりなちゃんが感動の再会的なものを繰り広げ始める。
「りなちゃん……なんで、ここに」
「ことちゃん……!! ッッ……!!!」
ガスンッ。と、りなちゃんが突然膝から崩れ落ちる。
なになになに!? マジでなんなの!?
怖い! なんかもう理解が追い付かな過ぎて怖い!
「だ、大丈夫かりなちゃん」
とりあえず突然りなちゃんがへたり込み始めてみんな驚いて固まって動けていなかったっぽいので、俺が代表してりなちゃんに近寄り手を差し伸べる。
ほら、だって琴音がおかしくなって発狂したときにさ、誰も動かない中すぐに駆け寄ったユキがちょっとカッコよかったじゃん? なら俺もカッコよくなりたいじゃん? いや、違うよ? ちゃんと心配してるよ? 突然目の前で女の子が頽れたらそりゃ心配になりますわ。だから大丈夫かりなちゃん。
「うわあああああん!!! ごめんなさいいいいい!!!!」
俺 が 手 を 差 し 伸 べ た ら 泣 か れ た 。
「ごめん俺の顔怖かった!? すまん! 地顔なんだ許してくれ!!」
「なんで先輩も泣いてるんですか」
愚問すぎる。
第六十九話 完
ほおお!!!