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俺の日常非日常  作者: 本樹にあ
◆琴音の過去編◆
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第六十八話~ともだちと、ゲーム~

 お久しぶりです!

 今回挿絵がないですごめんなさい!!

「モフちゃん……モフちゃん……!」


 あれ……? どうしてこんなことになっちゃったんだっけ……。


「ことねちゃんが殺したんだ!」


 どうして、ことねちゃんがいじわるされてるんだろう……。


「っ……! 違う……!! わたしじゃない……!!」


 そんなのわかってる。

 ことねちゃんが……モフちゃんを殺すなんてありえない……。


「うそつけよー! お前が殺したんだろ!」


 ちがうよ……。


「そうだそうだ!」


 ちがうちがう……。


「さつじんはーん! さつじんはーん!」


 なにが、いけなかったんだろう。

 

「ちがう……わたしじゃない……わたしじゃない……!!」


 どこで、こうなっちゃったんだろう。 


「嘘つき。アンタが殺したんじゃーん」


 誰が悪いの?

 いったい、誰がことねちゃんをこんな酷い目に遭わせたの……?


「ちがうのに……ぐすっ……わたしじゃ、っないのに……!」


 もういいじゃん……。

 ことねちゃん、泣いてるじゃん……。 

 もう、許してあげても、いいじゃん……。

 いったい誰なの……? あの優しいことねちゃんを……こんな風にしちゃったの……。

 …………………そんなの、決まってんじゃん。


(そっか……全部……りなの、せいだ……)


 自覚した瞬間、りなちゃんの胸が、縄で思いっきり締め付けられたように苦しくなった。

 幸か不幸か、周りが盛り上がっているおかげで、りなちゃんは少し冷静になれたのだろう。

 そして、冷静になって初めて、琴音ことねに対して強く当たってしまった自分への嫌悪を感じたのだ。

 琴音は、りなちゃんが好きだった。大切な友達だった。そしてそれは、りなちゃんにとっても同じだった。

 りなちゃんは琴音と一緒にモフの世話をするのが本当に大好きで、いつしかそれだけが幼稚園へ行く楽しみになっていて。

 琴音が風邪で休んで、一人でモフのお世話をしなくちゃいけなかったとき、りなちゃんはモフを独り占めで来てつまらなくはなかったけど、それでもどこか物足りなさを感じていた。

 モフがいて、琴音がいて、そして自分がいる。

 そんな当たり前な毎日が本当に楽しかったのに、気づけばすべてが台無しになっていた。

 どれもこれも全部、りなちゃんがモフが寄ってこなかったのを琴音のせいにし、琴音に強く当たって、傷つけたせい。その結果、モフと、そしてあの仲良くしてくれた琴音の笑顔さえも奪ってしまったのだと、りなちゃんは思った。


「お前が死ねばよかったのに」


 その時、りなちゃんの耳にそんな言葉が飛び込んできた。

 もちろんこの言葉は、りなちゃんに対しての言葉ではない。

 それでも、苦しかった。


 ――ことねちゃんなんか……死んじゃえ!!!


 あの日、りなちゃんが琴音に対して言った言葉。


(なんでりなは、ことねちゃんに、死んじゃえなんて……)


 気づけば、りなちゃんの目にも、涙がにじんでいた。


(死んで欲しくなんて……思ってないのに……)


 父の都合で夏休みの間フランスへ出かけていたりなちゃん。

 でも、琴音と一緒にモフの世話をする楽しさだけは、片時も忘れたことなどなかった。

 ずっと、楽しみにしていた。何日も、何週間も、何か月も、ずっと……。

 なのに……それなのに……。


「わたしじゃない……わたしじゃない……わたしじゃない……わたしじゃない……わたしじゃない……わたしじゃない……わたしじゃない……わたしじゃない……」


 気づいたときにはもう、手遅れだった。




 第六十八話

 ~ともだちと、ゲーム~




「それじゃ、行ってくるよ」


 とんとんとつま先で地面を軽く叩き、靴を履く。

 教科書や筆記用具がはいった黒いランドセルを背負って、しゅうは玄関のドアノブに手を掛ける。


「……気を付けてね」


 そんな息子を見送るために玄関まで歩み寄ってきた母。

 どことなく顔色が優れないようだったが、それは秋も同じだった。


「琴音……大丈夫なの……?」


 秋にとって、たった一人の大切な妹。

 生まれてきて、母に抱きかかえられながら家に琴音がやってきたその日から、誰よりも琴音の面倒を見て、可愛がってきたのが秋だった。

 父は仕事で家に帰ってくるのは夜遅いため、母が用事で家を空けなければならない時は、いつも秋が母親の代わりをこなした。

 琴音が赤ん坊だったころは、秋だってまだ幼稚園に通っていて、まだまだ小さく、一人にしておくのは不安が残る年齢だった。

 それでも赤ん坊だった琴音と二人残して母が出かけられたのは、秋がしっかりとお兄ちゃんを頑張ってくれていたからに他ならない。

 昔から、自分のことなど二の次で琴音のために頑張ってきた秋。

 お小遣いだって、すべてと言ってもいいくらい、琴音のためだけに使ってきた。

 それでも、喜んでる琴音の笑顔が好きだった秋にとっては、嬉しくて、楽しくて、しかたがなかったのだ。

 そんな秋も、今は小学二年生。そして今、秋は今までにないくらいの大きな壁にぶち当たっていた。


「ご飯はちゃんと食べてるから、心配ないわ」


 琴音の笑顔が見れるなら。妹が、喜んでくれるなら。

 その一心で今まで琴音を支えてきた秋だったけど、今回ばかりは途方に暮れるしかなかった。

 心配ないと母は言った。でも、その言葉に根拠などなに一つ含まれていないことを、秋は知っていた。

 それもそのはずだ。なぜなら琴音は今、あの毎日のように見せていた笑顔を一切見せず、寝室でずっと横になったままな状態がもう3日も続いているのだ。誰がどう見たって大丈夫なはずがない。


「母さん、やっぱりおれも今日は学校休む……!」


「どうして?」


「どうしてって……琴音が、心配だから……!!」


「風邪引いたわけでもないのにズル休みしちゃだめでしょ? お兄ちゃんなんだから、妹のお手本にならないと……」


「…………でも……」


「でもじゃないの。琴音にはお母さんがついてるから。秋は学校、頑張っておいで」


「……わかったよ」


 ガチャン、と、玄関のドアが閉まる。


「行ってらっしゃい、秋」


 すでにない背中にそっと微笑みかけながら、母はしばらく玄関を見つめていた。

 正直なところ、琴音がいつ元気になってくれるのか、母でも見当がつかない。それぐらい、琴音が受けたショックは相当大きいものなのだと思う。

 だから、秋には悪いけれど、いつまでかかるのか分からない以上、学校を休ませるわけにはいかなかった。


「はぁ……」


 大きなため息が口から洩れる。

 琴音に何があったのか、事情は幼稚園の相内(あいうち)先生から訊いたので知っている。

 夏休み、あれだけ琴音が可愛がっていたウサギが死んでしまっていたというのだ。琴音には、きっとつらい出来事だったに違いない。

 精神的に、動けなくなってしまっても仕方のないことだと思う。

 幼稚園からも、ゆっくり休ませるよう言われていた。

 琴音にとって、もはやモフは家族のような存在だっただろう。


(もしも、秋や琴音が死んでしまっていたら……)


 少し考えるだけでも、背筋が寒くなるのが分かった。

 きっと、私じゃ立ち直れないだろう、と、母は静かに悟る。

 そして、なおさらどうやって琴音を立ち直らせればいいのか、わからなくなった。

 だから今は、琴音のそばにいてあげる。それが唯一できることだと考え、母は琴音のいる寝室へと向かった――。




 キーンコーンカーンコーン。

 お昼を告げるチャイムが鳴り、学校中に給食のおいしそうな香りが漂い始めた。

 長ったらしい授業から解放され心が軽くなった生徒たちが、一斉にざわざわと騒ぎながら給食の準備を進めていく。

 そんな中、一人だけ。

 秋だけは、周りと違い一人椅子に座ったまま動くことはなかった。


「おい竹田ー、サボってないでお前も手伝えよー」


 皆が給食をお盆にのせて、みんなの机へと運んでいく。

 それでも動こうとしない秋のそばに、担任の先生が歩み寄る。


「秋、どうかしたのか?」


「妹が幼稚園でいろいろあって、今ちょっと落ち込んでるみたいで……」


「あぁ……秋はそれで妹の心配してるのか」


「うん……」


 秋のクラスの担任は、お昼休みには生徒と一緒にサッカーやらドッジボールやらで盛り上がっているような、体育会系の先生だ。

 本人曰く生徒との距離感を重要視している先生は、その努力ゆえ生徒からの信頼も厚く、いわゆる人気者の先生である。

 もちろん、秋も例にもれず、この先生のことは嫌いじゃなかった。

 だから、なんとなく。ずっと考えていた疑問を、秋は口にした。


「先生、学校と家族、どっちが大切だと思う……?」


 朝、母親に言われたことが、秋はずっと引っかかっていた。

 母は「お兄ちゃんなんだから、妹のお手本にならないと」と言っていた。だから「学校をずる休みしちゃいけない」と。

 だけど、本当にそうだろうか? お兄ちゃんなら、妹が苦しんでいる時に、そばにいてあげるのがあるべき姿なんじゃないだろうか?

 そんな思いから出た疑問。

 その質問に、先生は一瞬だけ面を食らったような表情を見せた。が、すぐにいつもの頼もしい笑顔を秋に向けて言った。


「答えは簡単だ。学校と家族、どっちも大切、だ」


「どっちも……大切……?」


「あぁ。学校には友達がいて、勉強ができて、給食が食べれて……嫌なこともあるかもしれないが、楽しいことだっていっぱいあるだろ? 人間ってのはな、楽しいことがないと生きていけない生き物だと先生は思う。……秋は学校、楽しくないのか?」


「…………」


 秋は、答えない。というよりも、答えに困っていた。

 今の秋には琴音のことでいっぱいで、楽しむ余裕なんてなかった。

 だから、どちらかと言えば、“楽しくない”。

 現に、朝から今にいたるまで、ずっと沈んだままだったのだ。

 でも、それは妹の心配からくるもの。

 普段はどうなのかと聞かれれば、それは自信をもって“楽しい”と答えられる。

 みんなで遊んだりするのも楽しいし、給食だっておいしい。勉強は……面倒な時もあるけど、最近は家で宿題をやっていると琴音が興味津々に覗いてくるので、そんな琴音に教えながら勉強するのが少しだけ面白く感じている部分もあった。

 だから、学校自体は楽しい。

 ゆえに、どう答えて良いのか……わからなかった。

 そんな秋の気持ちを、先生は汲み取ったのだろうか。


「いいか秋。先生はさっき、学校と家族、どちらも大切だと言ったな?」


「……うん」


「でも秋は、そんな大切な学校にいるのが苦しい。その理由は、大切な家族が心配だから。で、間違いないな?」


「……うん」


「じゃあもう、答えは出てるな」


「え?」


「難しいか? じゃあヒントをあげよう」


 そういって一拍置くと、先生は得意げな面持ちで、


「秋は今、家族が心配で学校が楽しくないわけだが……それなら、学校が楽しくなるにはどうすればいいと思う?」


「……妹が……元気になること?」


「そうだ。妹さんが心配で学校が楽しくないなら、妹さんを元気にすれば学校が楽しくなる。大切なもの、二つ守れて一石二鳥ってなもんさ」


「でも……それができないから……おれは……」


 なにをしたって駄目だった。

 琴音に元気になってほしくて、琴音が好きだったおもちゃで一緒に遊んであげようともした。絵本だって読んであげようとした。自分にできる限りのことは精いっぱいやった。

 ……でも、ダメだった。

 自分が情けなく思えてくる。

 なにがお兄ちゃんだ。大切な妹の笑顔一つ守れないで、なにが……。

 自分の小ささが悔しくて、奥歯に力を込めて噛み締める。こうでもしないと、涙がこぼれそうだったから。

 再び秋がうつむいた時、先生は続けた。


「いいか秋。家族を守るってことはな、何も悲しませちゃいけないわけじゃないんだ」


「え……?」


 その言葉に驚いて、秋は顔を上げた。


「今は悲しくたっていい、苦しくたっていい。問題は、それをどうにかすることじゃない、一緒に悩んで、悲しんで、苦しんで。つらさを共有してあげることさ」


「一緒に……悲しむ……?」


「そうさ。どんなにつらくても、見捨てない。なにがあっても、いつもそばにいてくれる。それだけで安心するもんだぞ、家族ってのはな」


「なにがあっても……見捨てない……」


「だから秋。好きなだけ悩め。とことん考えろ。答えが出なくたっていい、その気持ちが家族のためになる」


「先生……」


 根本的な解決策を言われたわけでも無いし、「家族のためになる」と言われたって本当にそうなのかは定かではない。

 でも、それでも先生の言葉は、今の秋にとって、胸が熱くなるぐらい温かい言葉だった。

 先生は事情を知らないはずなのに、それでも秋の心に確かに響いていた。

 今まで重たかった心が、冗談みたいに軽くなる。

 なにも出来ていないと思っていたけれど、そういう思いや気持ちが、すでに琴音の力になれているんだと知って、心から嬉しく思えた。


「ほら秋。悩むにしたって体力がいる。給食の時間だぞ、お前も手伝え」


「うん、先生!」


 うなずいて席を立った時、今まで感じる余裕のなかった給食のオニオンスープの暖かな香りが、確かに秋の鼻孔を通りぬけていったのだった――。




「こんにちはー!」


 竹田家。

 インターホンがあるにもかかわらず呼び声のみでの来客に、まだ幼少の頃に住んでいた家の壊れて鳴らないインターホンを思い出し、母は懐かしさを感じながら玄関の扉を開いた。

 目の前に広がるのは見慣れた細い道路。

 来客が訪ねてきたはずなのだが、その姿はどこにもない。


「ことちゃん元気ですか?」


 ふいに足元から聞き覚えのある無邪気な声がして、反射的に目線を下に落とす。

 するとそこには、いつか夏休みの日にみた、あの男の子の姿があった。


「あら、和也(かずや)くん。いらっしゃい。何か琴音に用事?」


 来客の人物は、小野おの和也。

 夏休みの日、唯一琴音の代わりにモフの小屋を掃除し、琴音の心配をしてくれた男の子。

 琴音が幼稚園を休んで3日目の今日。なぜ彼が訪ねてきたのか不思議に思う母だったが、彼の手に持った大き目の手提げカバンの中から何かのコードが入ってるのに気付くと、同時にあの時の約束を思い出していた。


「ゲーム、持ってきてくれたの?」


「うん! ことちゃんとゲームする約束してたから!」


 そう言って、元気に笑う和也くん。

 あの日、時間も日程も、何一つ決めていなかった口頭上での約束。

 母の中ではただの雑談程度に聞き流していたけれど、和也くんはしっかりとその約束を覚えていてくれたことに、胸が熱くなる。

 琴音のために、こうしてわざわざ来てくれた。たったそれだけのことなのに、母はとても嬉しく感じた。

 ……でも、当の琴音は今、精神的に(うず)もれている。

 せっかく和也くんが訪ねてきてくれたのだが、琴音はずっと言葉を発してくれない。布団にくるまったまま、今に至る。


 故に、母は思う。今の琴音を、和也くんに会わせてよいのだろうか、と。


 楽しく遊べると思って訪ねてきてくれた和也くんとは裏腹に、琴音は和也くんに対しても口をきかずにふさぎ込んだままの可能性がある。

 そうすると、和也くん的にも気持ちの良いものではない。下手すると、琴音を嫌いになってしまうことさえあり得る。


 でも、反対に。


 もしかしたら和也くんが相手なら、琴音も口を開いてくれるのではないだろうかという希望も、母の中で沸々と湧いてきていた。

 母も、秋も、一生懸命なんとかしようとした。でも、現状は変わらなかった。

 だから、もし、和也くんと遊ぶことで……話をすることでいつもの元気な琴音になってくれるならと、母は考えていた。

 琴音がそっけない態度をとって、和也くんには嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

 でも、それでも母は、そうじゃない可能性に縋りたくて。


「あの子も喜ぶと思うわ。上がって」


 和也くんを家の中へと招き入れた。


「はえ~! ここがことちゃんちか~!」


 好奇心旺盛なのか、見慣れない場所にきょろきょろと忙しなく視線を振る和也くん。

 そんな彼をリビングルームへと招き入れ、「琴音呼んでくるから待っててね」と言い残し、母は琴音のいる寝室へと足を運んだ。

 開きっぱなしの襖ドア。畳の香りが仄かに残るこの部屋の隅で、琴音は布団にくるまっている。

 時刻は夕刻に近づいてはいるものの、まだまだ明るい部屋のはずなのに、母にはとても暗く、重たいようにしか見えなかった。

 それでも、母たるもの怯んでいるわけにもいかぬため、母は静かに声を掛ける。


「……琴音ちゃん。今ね、和也くんが来てるの」


「っ…………」


 かすかに聞こえる息を飲む音。

 しかし、それ以外の反応は返って来ない。

 

「ほら、夏休みの時、一緒にゲームするって約束してたでしょ? 和也くん……それで来てくれたのよ?」


「…………」


 やっぱりだめなのだろうか……。


「ことちゃんここにいるの?」


 母が思いかけた時、母の後ろから元気な声が聞こえた。

 勿論、和也くんである。

 いきなりあがったその声に、驚いたのは母だけではなかった。


「――ッ! かずやくん……!?」


 頑なに反応を示さなかった琴音が、ガバッと布団から顔を上げて目を見開きながらこっちを見る。

 琴音と目が合った母は、久しぶりに琴音の顔をまともに見れた気がしていた。


「あ~! ことちゃんまだ布団で寝てる~! それに寝ぐせもばーんってなってる!」


 あはははは! と琴音を指さしながら大きな声で笑う和也くん。

 たしかに、今の琴音はパジャマ姿で布団に入り、髪の毛も梳かしてないないため寝癖に弄ばれていた。

 和也くんに指摘され、琴音は顔を真っ赤にさせ再び布団にくるまってしまう。

 それでも和也くんはお構いなしに、琴音に続けた。 


「ことちゃん! オレゲーム持ってきたからさ、たいせんやろたいせん!」


「……たいせん……?」


 布団の中に逃げ込んでいるものの、しっかりと琴音は会話を続けてくれた。

 友達と話す。そんな当たり前にも思える光景を、母はとてもありがたくて、嬉しくて、かけがえのないものなんだと実感していた。


「そう! たいせん! オレとことちゃんでたたかうんだよ! パンチとか、キックとかするの! やろうよ!」


 言いながら、握り拳をつきだしたり、足を上げたりと、おそらくゲームのキャラクターがしているのであろう動きを再現して伝えようとする和也くん。

 だけど子供ゆえか、鋭い動きは出来ていないため、母から見るとわちゃわちゃと手足を動かしているだけの可愛い生き物だった。

 説明しているだけでとても楽しそうな和也くんを見ていると、本当にゲームが好きなんだなと伝わってくる。

 もしかしたら本当の本当に、琴音を元気にしてくれるんじゃないかと、母は期待で胸がいっぱいになっていた。

 けれど。


「……あっち行って」


 琴音の口から出た言葉は、まるで邪魔者を追い払うかのようで。


「かずやくん……こっち来ないで。あっちいっててよ……」


「琴音!」


 さすがに、ここは叱るべきだと母は判断する。

 せっかく来てくれた友達を無碍(むげ)にするような発言。いくら精神的に気落ちしているのだとしても、それとこれとはまた別の話だ。


「お友達に対して言うことじゃないよ!! せっかく来てくれたのよ!? それに――」


「ち、ちがう……!」


 叱る母の言葉を、琴音が遮る。


「違うって…なにが?」


「――…………だから」


「え?」


 ごにょごにょと、何か言葉を発しているのは理解できたが、あまりにも声が小さく何を言っているのかまでは聞き取れず、改めて母は聞き返す。


「なに? なんていったの?」


「――…………から」


「……ごめんね、もっと大きい声で言ってくれる?」


「――……ねぐせ」


「え?」


 ねぐせ。

 そこだけ聞き取れたものの、意味は全く分からない。

 けれど、まだ琴音は何かを言おうとしている。

 母は琴音の声を聞き逃さないように、集中した。

 すると、今度ははっきりと、聞こえた。


「――……ねぐせ、はずかしいから……なおしたらあそぶから……だからそれまでかずやくん……向こういっててほしい、から……」


「……そっか」


 琴音は、突っぱねていたわけではなかった。

 ただ、寝癖を見られるのが恥ずかしくて、かずやくんに別の部屋で待っていてほしいと伝えたかっただけなのだ。

 それを聞いて、母は一気に肩の力が抜けるようだった。


「わかった! じゃあオレゲームをセットしとくね!」


「……うん。すぐいく、から……」


 あれだけ口も一切聞かなかった琴音が、こうして和也くんと話をして、一緒に遊ぼうとまでしている。

 なら、協力してあげないわけにはいかないと、母は優しく琴音に言った。


「よし、じゃあ琴音ちゃん、髪とかしてあげるから、こっちおいで。和也くんも、あっちの部屋でちょっと待っててね」


「わかった! はやくきてねことちゃん!」


「……うん、すぐいく」


 寝癖を両手で押さえて顔を赤く染めながらこちらへ寄ってくる琴音を見て、このまま琴音が立ち直ってくれればいいなと思いながら、母は琴音の髪を梳かしてあげるのだった――。

 


 



 第六十八話 完

 琴音の過去編がまさかこんなに長くなるとはな……!!

 でももうすぐ終わるから耐えるんだ…!!

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