第六十二話~季節はずれの春の風~
前回のあらすじ
『山空家に春風さんが訪問してきた!』
「――……ズバリ聞くけど……山空くんって、どんな人なの……?」
これはちょっとした好奇心だった。
お昼時特有の強い日差しがカーテンを通り抜けて部室を明るく照らしている。
「どんな人……かぁ」
目の前にいる彼の姿をした少女は、顎に手を当てて、まるで難問を出題されたかようにうんうんとうなった。
今話題に上がっているのは、私と同じクラスにいる一人の不良生徒、山空 海くん。
その不良生徒は、常にぶっきら棒で、不良という名にふさわしいくらい野蛮な性格をしている。……その、はずだった。
でも、私はなぜか今その考えを改めようとしている。
そしてそれは、どれもこれも今私の目の前にいる、彼の容姿を借りた〝女の子の幽霊”の影響によるものだった。
私とは違い霊能力とは縁遠い生活を送っている一般の人たちも、『憑依』という単語は聞いたことあるだろう。
憑依現象。憑き物や、神降ろし、神宿りなどとも呼ばれる、いわゆる心霊現象の一つである。
死者の霊魂が生者の身体に乗り移り、精神を掌握し操ってしまう。
しかし、それは珍しいことではない。
幽霊の性格も十人十色で、強い恨みの念を抱いて誰かを道連れに殺そうとしてしまう悪霊だったり、反対に誰かを守るために全身全霊を持って憑依を行う者もいる。
もちろん、そのどちらでもない……いわゆる遊び半分で人の身体を利用とする幽霊だっている。まぁ、そういう類の子は基本的に寂しがりな子供の幽霊に多いのだけれど。
そして、今私の目の前にいるこの琴音ちゃんという子も、おそらくそういう部類の子に違いないだろう。
本来、生身の人間に幽霊が取りついた場合は、その幽霊の子とその子が憑りついている身体の持ち主の霊気が少し混ざり合って、別の色に変化している。
しかし琴音ちゃんの場合だと、彼女の放つオーラの中に山空くんのオーラが微塵も感じられなかった。
それが何を意味しているのか。
つまるところ、琴音ちゃんはこの山空くんの身体に憑りついてから随分と日数が経過しているということだ。それこそ、身体の持ち主である山空くんの霊気を抑え込めるぐらいに。
これだけ山空くんの身体に馴染んでいるのだ、憑りついてから1週間や1ヶ月なんて生ぬるいものじゃない、きっと何年か前……下手すると山空くんが生まれたその日からずっとそばにいた、なんてこともあり得る。
別に憑りついているといっても、ずっと憑依しているわけじゃない。具体的に、幽霊がその人を自分の主だと認識したその瞬間から、もう憑りつかれていると呼べるのだ。
だから今でこそ琴音ちゃんは山空くんに憑依しているけれど、それも多分自分の意思によるものではなく、何かの拍子に体の中に入ってしまったということになるのだろう。
霊感がないと幽霊の存在がわからないから、世の中には自分が憑りつかれたまま気づかずに平和に過ごし、そのまま寿命を迎えるなんて人も珍しくないわけで。
特に琴音ちゃんみたいな人に迷惑をかけるのを目的としない心優しい幽霊の子は、憑りついた主に負担をかけるようなこともしないだろうから、憑りつかれた本人も何の違和感も覚えず余計に気付かないのかもしれない。
話がそれてしまったけれど、要は琴音ちゃんはもう長いこと山空くんと一緒にいるってこと。
琴音ちゃんはもう何年、何十年も前の子にしては名前が今でも通用するような可愛い名前で少し驚いたけれど、特別珍しいというほどでもないだろう。
問題は、彼女が山空くんとずっと一緒にいて、普段の山空くんの姿も知っているということなのだ。
私は、できることなら彼とも仲良くなりたいと思ってる。
それは、委員長としてじゃなくて……いや、それももちろんあるんだけど、一番の理由は、彼の放つオーラがあまり好きではないからだ。
常に不機嫌で、不愉快そうな威圧感のあるオーラ。
霊感の少ない人たちでも彼の鋭い視線を避けようとするのだ、霊感の強い私なんかは、避けたくても直接全身で読み取ってしまうから防ぎようがない。
みんなは視線をそらし、近づかないよにするだけでいいのかもしれないけれど、私の場合はたとえ目を合わせなくても、たとえ傍によらなくても彼のオーラが私の感性にダイレクトアタックしてくる。一言でいえば、すごく疲れるわけでありまして。
だから、できることなら仲良くなって、その張りつめた彼のオーラを柔らかいものにできたなら。
私も楽だし、クラスの空気もよくなるし、山空くんだってそのほうがきっと楽しいはずだし、同時に友達も増えることになる。私が彼と仲良くすることで、一石二鳥どころではないぐらいの恩恵が手に入るのだ。
自分勝手な理由には違いないけれど、でも大体のきっかけなんてそんなもんなんじゃないかと自分を正当化しておく。
しかし、不良相手に直接行くのはやっぱり怖いわけで。
だったら山空くんのことに詳しい幽霊の子に聞いてみようという作戦に出るのは致し方のないことだと思う。
私が相手のことを知る術は、もう霊能力を活用する以外にないのだ。
「よくわからない人……かな」
私の様々な思惑を孕んだその問いに、琴音ちゃんは答えた。
よくわからない人。
一体どういうことなのかと問いかけるよりも先に、彼女の方から口を開く。
「海兄ぃはこの通り目つきが悪くて、一見するとトゲトゲしてるように見えるかもしれないけど……でも、でもね」
一泊おいて笑顔を作ると、琴音ちゃんは言った。
「一緒にいて、飽きない人だよ」
それはどういう意味合いなのか。
考えるまでもなく、琴音ちゃんにとって最大の褒め言葉なのだと、さすがの私でも理解できた。
「それに、春風さんはさっき私に「土下座までしてくれてありがとう」って言ってくれたけど……もしも同じ状況だったら、海兄ぃも多分――ううん、間違いなく土下座ぐらいは平気でするよ」
「あの……山空くんが……?」
想像するのでさえ難しかった。
私のために――いや、誰かのために自ら頭を下げる山空くんの姿。普段の彼から受ける印象とは明らかにミスマッチすぎて、土下座している彼を想像するだけで脳が混乱ししまうような感覚に陥る。
でも、琴音ちゃんは全く嘘は言っていない。
心の底から、本気でそう告げているのがはっきりとわかる。
まるでカリブ海のように、汚れや塵ひとつない、海の底がはっきりと目視できるぐらい澄んだオーラを私に放っている。
穢れを知らないとは、まさにこのことだ。
そして、だからこそわからなくなるのである。
「海兄ぃってね、大事な場面とか、重要な部分とか、普段は鈍感だから全然気がつかなくて自分勝手に振舞っちゃう時もあるんだけど……、ちゃんとそういう場面だって気づけば、どんな時でも相手のために体を張れる――そういう人なんだよ」
信じられないかもしれないけどね。と、琴音ちゃんは小さく付け加えた。
図星を突かれた私は、苦笑いを返すことしかできない。
一瞬だけでも、琴音ちゃんが彼に騙されているんじゃないかとさえ疑ってしまう。
でも、山空くんは見た感じ霊感というものを持ち合わせていない。だから、見えない幽霊を騙そうとすること自体がまずありえないわけで、考えれば考えるほど琴音ちゃんの言っていることは真実なんだと理解させられた。
そんな未だ戸惑っている私に、琴音ちゃんは唐突に頭を下げた。
「だから春風さん。私が言えた義理じゃないんですけど……、あんまり、海兄ぃに怯えないであげてください」
「っ……!」
彼女の言葉に、私の身体がはビクン、と小さく跳ねた。
なんでわかるのだろう。
そっか、幽霊だから……幽霊にもオーラを感じ取れても何ら不思議はない。
きっと、私の心の動きを感じ取って、それでこんなことを言っているんだ。じゃないと、こんなに具体的に私の考えを言い当てることができるわけがない。
「私、海兄ぃになってみてわかったんです。海兄ぃは、学校中から……煙たがられてる」
それは、まぁ、わかる。
彼は避けられているけれど、それだけじゃなくてその中で彼の陰口を叩いている子だっている。直接悪口を言わなくても、心の中で疎ましく思っている人だっている。
たしかに、山空くんにとっては居心地がいい場所とは言えないだろう。
だけど、それは彼自身にも問題があるわけで……。
でも……本当に、そうなのかな。
もしかしたら、みんなが陰口をたたいたりするから、彼も彼で不機嫌になってしまっているだけなのではないだろうか。
私自身も彼を警戒していた部分もあるから、そんな考え全然視野に入れていなかったけれど……もしそうだとしたならば、本当に琴音ちゃんの言った通り山空くんが優しい人だという可能性が浮上してくる。
「私がこんな事を言うのは……海兄ぃからしてみれば、余計なお世話かも知れない。春風さんにとっても、面白い話じゃないことぐらいわかってます。本来、私が口出すべきことじゃないのも理解していますし、どれだけ不躾なことを口にしているのかも承知しているつもりです! だから……」
もし彼が本当に良い人だったなら。
西崎先生との喧嘩の時だけ嬉々とするのも、今までは喧嘩が好きで喜んでいるだけかと思ってたけど……もしかして、山空くんにとって西崎先生が素の自分でぶつかり合える唯一の存在だったからってことになるのかな……。
もしそうなら、彼は今までどれだけ肩身の狭い思いをしてきたのだろう。
「仲良くしろとまでは言いません……!! せめて……春風さんだけでも……海兄ぃのことを知らない内から、避けるのだけはやめてあげてください……!」
琴音ちゃんが、彼をここまでかばうなんて……やっぱり、間違ってたのは私の方なのかもしれない。
もし彼が今の私の想像通りの人なら、きっと苦痛だったはずだ。
私だって、みんなのオーラが見えて、心が感じ取れてしまって、気を遣ったり、言いたくもないお世辞を言ったり、話を合わせたりと、散々苦しい思いをしてきた。
もしも、今の彼がそんな私と似たような苦しみを味わっているとしたのなら……それは、とても可哀想に思う。
でも、まだ心のどこかで疑っている私もいる。
突然叩きつけられた現実に、目を背けようとしている私がいる。
勇気を出すには、あともうちょっと力が足りなかった。
「……琴音、ちゃん……」
だから、その足りない分を補ってほしくて、私は彼女に一つだけこう質問した。
「琴音ちゃんは、なぜそこまでするの……?」
そんな私の問いに、彼女は考えるそぶりすら見せず、私の目を見据えてハッキリと告げる。
「好きだからです、海兄ぃのことが」
もちろん、友達として。彼女は、そう小さく付け加えた。
その言葉には、嘘偽りは何一つない。
だから私も、もう一度彼と――山空くんと向き合ってみようって思った。
でもまだちょっと怖いから、『琴音ちゃんに頼まれたから仕方なく』っていう仮の名目をちょっと利用させてもらけれど、それは許してね。
覚悟は決めた。だから私は、琴音ちゃんを安心させたくて、できるだけ力強く答える。
「……わかった。私、頑張るね。怖いけど頑張る。山空くんと向き合ってみるよ! だから……琴音ちゃんも、頑張ってね」
「……はい!!」
琴音ちゃんにも何か思うところがあったようで、それが何なのかまではわからないけれど、きっと彼女にとって一大決心だったのだと思った。
やれやれ……琴音ちゃんにも約束しちゃったし。やるしかないよね。
よっしゃー! こうなったらとことん頑張っちゃうぜー! なんて、気合入れてみたりして。
『うおおおおお! どこいったあの変態不良ぉおおお!!!!』
話にひと段落ついたところで、私の友達の一人である野々部 桜ちゃんの地を這うような雄叫びが聞こえる。
彼女もまた、私のために一生懸命になってくれる人。
心に裏表がなく、常に自分に正直に生きている彼女とは、一緒にいて心の底から楽しいと思える。
でも、私の霊能力のことは未だ言えずじまい。
もし伝えて、気味悪がられたり……少しでも桜ちゃんの心に陰りが出たのが分かっちゃうと、多分心が折れそうになるだろうから。
『クソぉお!! みつからん!!! 一旦部室もどるとするかぁああ!』
「桜ちゃん……いちいち口に出さなければもっと簡単なんじゃ……」
自分に正直すぎるのもまた問題だなって思った瞬間だった。
けれどそんな彼女の言動に何度心が洗われたことか。
「良い人ですね」
ふいに、琴音ちゃんが呟く。
ついさっきまであれだけ覗きをした人だと思って怖いと感じていたのに、今ではそんな彼女の言葉が純粋に嬉しかった。
「桜ちゃんも猪突猛進なところがあるけど、全部私のためにやってくれてることだから……許して欲しいな」
私が遠慮がちに言うと、琴音ちゃんは小さく微笑むことでそれを返事とした。
「それじゃあ、琴音ちゃんは桜ちゃんが戻ってくる前に逃げて。あとは私が何とかしておくから」
私のために怒ってくれているみんなには申し訳ないけれど、もうその必要はなくなったのだ。
覗きも誤解だってわかったし、まだ半信半疑だけど山空くん自体も悪い人じゃ無いっぽいのも知った。事の発端である琴音ちゃんもあんなに私に謝ってくれた。だったらもう、琴音ちゃんを咎めることなんて何もないし、山空くんの姿におびえる必要もないのだ。
難しいことは言えないけど、もうこの件はここで終わり。これ以上の延長はもう大丈夫。
だから私のためにずっと気を張ってくれていた桜ちゃんたちには、もう安心してもらおう。
「ありがとうございます。それと、今日は色々と、ごめんなさい」
もう一度、琴音ちゃんが頭を下げる。
ほんとに……最後の最後まで律義で、真面目な子だ。
そんな彼女に私もまた微笑み返すことを返事として、それを見た琴音ちゃんは嬉しそうに部室を出ていった。
それから数秒もしないで、桜ちゃんが戻ってくる。
急いで駆け付けてきてくれたらしい桜ちゃんは、全身汗だくで息を切らしていた。
「燕! 大丈夫だった!? あの不良戻ってきてない!? こっちは見つけられなくて!!」
「うん、来たよ。でもね、ちゃんと謝ってくれて――」
「なにぃいいい!? ヤツが来ただとぉおお!? あんのエロ不良……!! 性懲りもなく!!」
「ちょっと待って! 話聞いて!」
ちゃんと謝ってくれたんだよ。そう言おうとしたのだけれど、桜ちゃんは興奮のあまり私の声が耳に届いてないようだった。
しまった。どうしよう。山空くんの印象を和らげるために「謝りに来てくれた紳士な人」ってことを伝えようとしたら壮大に勘違いさせてしまった。
いや、でもめげちゃだめだ。ここでめげたら、琴音ちゃんにだって申し訳が立たないし、山空くんが本当に良い人だった場合余計に居づらい場所になってしまう。
何でもいい、とりあえず今は桜ちゃんを落ち着かせることが先決だ。
「桜ちゃん!! えと、山空くん? はその……謝りに来てくれて……!!」
実際に謝りに来てくれたのは山空くんに憑依した琴音ちゃんだったため、少しだけ説明するのに混乱が生じて「山空くん?」と疑問形になってしまった。
だって、実際に来てくれたのは琴音ちゃんだったわけだし、それを山空くんと呼んだらなんか琴音ちゃんの存在を無かったことにするような感じになっちゃうし……。
山空くんであって山空くんでない彼女をどう呼べばいいのか。今更ながらそんなどうでもいいことで頭を悩ませる私。
まぁ、考えていてもしょうがないから、まとまるまで疑問形を貫くことにしようと思います。
「はぁ!? あんた何言ってんの!? あの不良が謝りに来るわけ……」
ちょうど桜ちゃんも話を聞いてくれている。
ここで山空くんが悪い人じゃないことをどんどんアピールするんだ!
「でも来たんだよ! ちゃんと土下座までしてくれて、ごめんなさいって言ってくれたの!」
「ウソくさっ!!」
「一蹴しないで!! 確かに私もまだ信じられないけど!」
でも琴音ちゃんの話だと山空くんは良い人らしいので!
「燕……あんたなんであんな奴かばってんの……!?」
「いや、かばってるわけじゃなくて……本当に……」
「……わかったわよ」
「桜ちゃん……!!」
やれやれとため息を吐いて、ようやく桜ちゃんは納得してくれて――
「――あんた、アイツに脅されたのね?」
最悪だ!!
「違う! 違うよ!! 脅されてなんか!!」
「いや、いいのよ燕。誰かに告げ口すれば今度こそ襲うぞって脅されたんだよね? 大丈夫、私はちゃんとわかってる」
なにそれ怖い!
「大丈夫、私が偶然、あんたたちの会話を聞いちゃったってことにすればいい。燕は何も言わなかった。そういうことにしておくから。それでいいわよね?」
よくないですけど!?
「にしてもあの不良め……狡い手段使いやがって……!! ぶっ殺してやる……あんな奴……!!」
「あかん!!」
あわわわわわ……どうしよう、誤解を解こうとすればするほど、なんかひどくなっていってる気がする……!!
桜ちゃんの中では山空くんはいったいどれほどの凶悪犯に仕立て上げられているんだろう。
オーラで感情を読み取れる私でも、今の桜ちゃんの脳内は全くの未知数だ。
これ以上酷くなる前に何とかしたいけど……でもどれもこれも、全部は私のためにやってくれていることだからとても口出ししづらい!!
「つーわけだみんなァ!」
突然、桜ちゃんが大げさに手で空を仰ぐ動作をする。
その瞬間、部室のドアや壁で死角になっていた場所から、桜ちゃん以外の女子たちが一斉に飛び出してきた。
「いつからいたのみんな!?」
いや、まぁさっきからなんとなく微量のオーラを感じてはいたんけど……壁を隔てていたせいでほんのりとしか感じることができず、「なんか近くに誰かいるな~」ぐらいのものだったから気にならなかったのである。まさか近くにこんな潜んでるとも普通考えないし。
そんな、くノ一ばりのイリュージョンで私に驚きを与えてくださった皆さんは、口々に恐ろしい言葉を吐き捨てていた。
「うおおおお!!! あの不良許さない……許さなイイイイイ!!!」
「女の敵よ……あんな奴滅菌してくれるわあぁあああ!!!!!!」
「燕ちゃんを脅すなんて……あいつはもう人間じゃない!! 悪魔よ!!」
「だけど……脅したってことは私たちにビビってるってことじゃない?」
「なるほど!? つまりアタシたちから逃げたってことね……?」
「ふふふ……リアル鬼ごっこ開戦したぞおらぁあああ!!!」
新聞部前の廊下が、とても鋭い殺気で満たされる。
その殺伐とした光景は、私に「締め切りの迫った学級新聞の記事のネタにできるんじゃないかな」って思わせるくらいには、異様な光景だった。
はぁ……、神様。私は一体どうやって、みんなの誤解を解けば良いのでしょうか。
第六十二話
~季節はずれの春の風~
「い、委員長!! あの、その、悪かった!!!!」
「えっ?」
俺のクラスの委員長、春風 燕。
俺の家に訪問してきたのが彼女と知った俺は、慌てて玄関先まで飛び出すと、まず最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。
その理由として、琴音が俺の身体になってしまっている時に、彼女のトイレを覗いてしまったらしいというのが存在する。
その件で俺に復讐しようとしに来たのか、はたまた、別の用事なのか(そうだとしたらその理由に全く見当がつかないが)はわからないが、どんな理由にせよ覗きの件だけは事実なので、どちらにせよ謝るべきだと判断したのである。
覗いたのは俺でなくとも、俺自体が無関係とは言い難い。ならば俺も我関せずを装うのではなく、それ相応に責任を取るのが筋ってもんだと思う。
「…………」
顔を合わせるや否や突然俺が頭を下げたので、委員長も言葉を失っているようだった。……はたまた、怒りのあまり声も出ないぐらいなのかもしれないが。
だけど委員長がどう思おうが、それこそ俺には関係のない話。
許してもらおうだなんて思わないし、そもそも俺はさっきも言ったようにクラス中から嫌われているはずで、だったら委員長だって例外ではないだろう。
だから、委員長が俺を許してくれるなんてこと自体がまず稀な出来事なのだ。
それこそ、委員長が超がつくほどのお人好しでもない限り。
つまりこの際、許してもらうかどうかは二の次。
ただ悪いことをしてしまったから、俺は謝っているだけにすぎない。
いわば、人として当然の行動を起こしているだけにすぎないのだ。
「…………」
琴音が故意に委員長を覗いたとは到底思えない。というかそもそも覗く理由だってない。
つまり、覗いたのはあくまでも事故の領域だ。
でも委員長にとっては、それが事故だろうがなんだろうが覗かれたという事実は変わらない。
こっちがどう思っていたかじゃない、受け手がどう感じたかが重要なのだ。
だからごちゃごちゃ言い訳がましいくらい言葉を並べるのは無意味。
俺はギュッと目をつぶって頭を下げたまま、じっと委員長が言葉を発するのを待った。
「…………」
「…………」
俺と委員長。二人の無言の空間がしばらく続く。
もしかしたら、委員長が呆れてもう目の前にいないんじゃないかという想像が頭をよぎったりもしたが、委員長の息使いや、気配はしっかりとそこに存在していた。
委員長がなんでずっと黙っているのかはわからない。
いきなり謝られて驚いたにしても、心を落ち着かせて、次の言葉を発する時間は十分に経過していると思う。
俺はその言葉が、罵倒でも何でもよかった。
ビンタの一つでも飛んでくるぐらいの気持ちで歯を食いしばってもいた。
でも何も言わない。何の動きも見せない。
もしかして、反対に委員長も俺の次の言葉を待っているのだろうか。
その考えに至った時、「私があんなに嫌な思いをしたのに、それをたった一言で片付けるつもりか?」というありもしない委員長の幻聴が俺の耳をつついてくる。
もしもこの幻聴が委員長の本心なのだとしたら、俺はどう行動するべきだろうか。
謝罪にこれ以上言葉をつなげても、胡散臭くなるだけだ。
謝罪の次の段階……土下座でもすれば委員長は満足してくれるのだろうか?
けれど、もし土下座するとした場合、それもこんな外でやるなんて人の目とかあるし少し躊躇してしまう。
……でも、そんな人の目を気にしている時点で、俺は心の底から委員長に悪いと思っていないんじゃないかという思いが胸中をぐるぐると渦巻く。
そうだ、委員長は、俺がここで土下座するのが少し嫌だなと感じる以上に、嫌な思いをしたはずなんだ。
クラスメイトに覗かれるなんて男の俺でさえ不快に思うのだから、女性である委員長の不快感は計り知れるものじゃなかったことだろう。
琴音になってみて気づいたことだけど、女っていうのは男と比べると本当に力が弱い。
金髪不良に絡まれたときなんかは、それを痛感した。
あの時は大人と子供だったし、不良とは身長差だってあったけど、それを抜きにしても力で勝つことは到底不可能だっただろう。
それに男の場合だとただ覗かれただけじゃ「覗かれただけ」の不快感しかないだろうけど、女性の場合は違う。そこに「襲われるんじゃないか」という恐怖も上乗せされるはずだ。それも男相手には力では敵わないのだから、なおさらだ。
そのくらい怖い思いを、委員長は味わった。
覗かれた彼女は、覗いた俺のことを警戒しただろう。憎んだだろう。それでも、今こうして俺の前に来てくれている。
その行動の意図が復讐にせよ他の事情だったにせよ、普通ならもう一生口を聞いてもらえないぐらいの事案を起こした俺とこうして話そうとしてくれているのだ。
何か琴音が上手いことやったのかはわからないけど、普通委員長のその勇気はそう簡単に出せるものではないと思う。
だから俺は、そんな彼女の勇気に応えてあげたいと思った。
実際問題、なんどもいうように俺自身が直接関わったわけでもないし、もう琴音のおかげで解決している事柄なのかもしれないけれど、俺がそうしたいと考えてしまったのだから、もうしょうがないことだと思う。
「や、山空くん……?」
急に腰をかがめて地面に這いつくばった俺を見て、委員長はようやく言葉を発した。
「委員長」
そうさ。周りの目なんか知るか。俺は自分がそうしたいと思ったら、行動に移さないと気が済まない派なんだ。誰にも文句は言わせない。
「覗きの件、本当にすまなかった……!!」
しっかりと両手をついて、俺は人生で初めてかもしれない土下座を見せた。
地面のコンクリートについた砂埃の匂いが、どこか懐かしさを感じる。
そして土下座して気づいたことがあるんだが、なんか想像以上に恥ずかしい。
別に委員長に謝るのが恥ずかしいとかそういうわけではないのだが、いい歳の男が女子の前で地面に頭をこすりつけているという図を客観的な目線で想像したせいで、なんかものすごくやりすぎ感があふれ出ている気がしなくもなかった。
くそ、世界中からブーイングが聞こえる。いや聞こえるはずがない、空耳だ。俺は正しいことをしている。
覗きなんて最低だ。厳密に言えば、覗きというより相手を傷つける行為が最低なんだ。そんな禁忌に俺は携わった。だからそれに見合った謝罪方法を実践しているに過ぎないのだ。だから恥ずかしがること自体間違ってるんだ。もう後には引けない。このまま突き進め俺。
「…………」
「…………」
無言。
「…………」
「…………」
お互いにひたすら無言。
「…………」
「…………」
…………………。
……つ、ツラい!!! 予想以上にツラいぞこれ!!
《入れ替わり》で俺なりに感じるところがあって、ちょっと感傷的になって半ば勢いで土下座しちゃったけど……さすがにそろそろみっともなくないか!?
いや、もちろん申し訳ないという気持ちに嘘はない。これは勢いとかじゃなく、本当の感情だ。
でも、その気持ちすらもただの錯覚だったんじゃないかとすら思えてくる。
俺、もしかして一人のために土下座とかしちゃう自分に酔っているだけじゃないよな? ただ状況に流されてて『全然関係ないのに土下座する俺かっけー』みたいな感情に翻弄されているだけじゃないよな? そう自問してもハッキリと「そんなことはない!」と自答できない自分に嫌気が差してくる。
あーもう、さっきまでは強気で居られたのに、なんだこのよくわからない気持ち。多分この気持ちは『状況があまり把握できていないけどとりあえず土下座したヤツ』にしか理解できない特殊な感情に違いない。
考えてみれば、そもそも俺はどんな感じで覗きに至ったのかすら知らないんだ。
もしかしたら覗きといっても、たまたま女子トイレの前を通りかかった時に偶然中にいた委員長と目があっただけかもしれない。それだって大きく括れば覗きの内に入るっちゃ入る。
そうだよ、俺は無意識の内にガッツリとした覗きを前提としていたけど、本当はそんなに騒ぎ立てるほどのものでもなくて、委員長もそんな気にしてない可能性もあるじゃないか。
そういやたしか琴音の姿で高校に潜入した時、覗きだなんだと騒いでいたのは委員長の友達(?)の女子たちだけで、委員長自身は『山空くん? が全部悪いわけわけじゃない』みたいなことを言っていた気がする。
あの時は委員長が優しい人でただ俺をかばってくれているのかなって思ったけど、もしかしたらあれは俺をかばってくれているんじゃなくて、ただそんな大した事でもないのに大盛り上がりしていた女子達を落ち着かせようとして言った言葉なのかもしれない。
もしそうなら、俺は本当に些細な出来事なのに大げさに土下座までしちゃった痛いヤツみたいな感じになっちゃうわけで。
そうか、だから委員長は今も何も言わないんだ。きっと今頃俺のこと「え? 何急に土下座してんのこの人……引くわ」的なことを考えているに違いない。
クソッ、俺としたことが何たる失態! こんなことなら琴音にもっと詳しい事情を確認しておくんだった!!
しかして俺が土下座をしてしまったのはもはや揺るぎない事実であり、現状でもある。
この状況、もうごまかしようがない。
どうする俺。もういっそのこと開き直って義理と人情に厚い性格だということにしてこのまま突っ走っちまおうか? うん、それがいい。むしろそれしかないって感じだ。よし、こうなったら恥を重ねる前にこの『些細なことに過剰反応を示す俺』という図から『小さなことでも真剣さを見せる熱い男』という図に変換するんだ!! うおおおおお!!!!!
「覗きというのは!!!」
ガバッと顔を上げ大声を出した瞬間、委員長がビクッと体を震わせた。
いかんいかん、声のボリュームが高すぎた。
しかしいい調子だ。このまま語れ俺。
「非常に悪質な行為!!」
「や、山空くん?」
「しかし! 俺はそのことを知りつつも禁忌を破りこのような事態を起こしてしまった!!」
「ちょ、落ち着いて」
「これは大変な事態である!!! 厳しい処遇を与えるにふさわしい事案!!」
「いや、あの……」
「さぁ委員長、気の済むまで俺を貶してくれ!! 罵倒してくれ!! ぶん殴ってくれーーー!!!!」
「なんで!?」
「さぁさぁさぁさぁ!!! 俺はいつでも受け止めてやるぜえええ!!!」
「怖い怖い怖い怖い!! 落ち着いて山空くん!!!!」
「もう許してくれぇええええええ!!!!!」
「私の方こそなんかごめんなさい!!!!!」
二人してぎゃあぎゃあと騒ぐ。典型的な近所迷惑である。
しかしそんなこと今の俺には関係なかった。
叫んでいる途中で急に虚しさに襲われ、途中から自分でも何を叫んでるのかわからなくなるぐらいには混乱していた。
委員長も委員長で、そんな俺に攻め寄られて訳が分からなくなったらしく目を回してる。
激しい運動をしたわけでもないのにぜえぜえと肩で息をする二人の光景は、実に滑稽だった。
「……すまん委員長、ちょっとテンパった」
しばらくして冷静になってきた俺は、地面にへたり込んでいる委員長に先ほどまでの奇行についての謝罪をしておく。
いやはや……人間追いつめられるとあんなに訳の分からない行動起こすんだな。
「ふ……ぶはっっ」
突然、こらえきれなくなったように委員長が笑い出す。
「ふふっ……あはははは!」
げらげらと、普段学校で見るおとなしそうな彼女からは想像もできないぐらい、豪快な笑い声だった。
あまりに唐突すぎて一瞬思考が固まるが、先ほどの委員長も同じ思いをしたはずなのではと思うと何とも言えない。
目に涙がたまるまで笑い転げると、委員長は大きく息を吸って呼吸を整える。
「はぁ……ふぅ……はは、ごめんね山空くん。大きな声出しちゃって」
指でたまった涙をぬぐいながら、今度は照れくさそうに小さく笑う。
「いや、俺の方こそ……ほんと、ごめん。いろいろと……」
覗きにしろさっきのことにしろ、もう俺かっこ悪すぎる。
だけど委員長の反応を見るに、なんとか面白い人程度の印象でとどまったようで心底安心した。
やっぱり、俺が考えすぎていただけで、覗きというのはそんな大層なものではなかったのかもしれない。
だったら今度は土下座ではなく、その規模にふさわしい謝罪をするべきだ。「ごめんごめん」ぐらいが妥当だろうか。
「……でもありがとね、山空くん」
「ふへぇ!?」
あれこれ考えていると、俺が何か言うよりも先に委員長がお礼を告げた。
唐突すぎて何に対してのお礼なのか理解に時間がかかったが、考えるまでもなく覗きの件をしっかりと謝罪したことに対してだろうと気づき、俺は言葉をつなげる。
「いや、うん。あれは多分俺が完全に悪かった気もするというか何というか……」
事情が分からな過ぎてふわふわな謝罪をしてしまった。
「ぷはっ」
そして俺が謝るたびに吹き出す委員長に違和感を覚えざるを得ない。
やっぱり俺、なんか的外れなこと言ってしまっているんだろうか。
俺が不思議そうな顔で委員長を見ていると、その視線に気づいた委員長は「あ、ごめんね」と軽く謝るが、その口元は未だニヤけが収まっていないようだった。
「でもあれだね、山空くん……事情知ってたんだね?」
「え……」
再び唐突に、委員長がなにやら意味ありげなセリフを言う。
それもそのはず、「事情を知っていた」という言葉は、俺が詳しいことを知らないという前提があるから出てくる言葉だ。
普通なら覗きの当事者なのだから事情は知っていて当たり前。詳細を知らないことのほうが異常なのに。
あろうことか委員長は、まるで覗きをした俺が俺でなかったことを知っているかのような……。
「あれ? ……あ、そっか。山空くんって……琴音ちゃんって子は……知ってる、よね?」
「へ?」
なんで委員長の口から琴音の名前が出てくるのだろうか。
もしかして、琴音が委員長に《入れ替わり》のことを説明して……?
いや、そんなこと普通聞かされたって信じられるはずもない。
ましてや委員長にとって相手は覗きを行った人物。そんな奴が「入れ替わってるから俺は山空海じゃない」などとのたまっても、何言ってんだコイツと思われるのが関の山だろう。
でも、だったらなんで委員長が琴音の名を知っているのだろう。まさか元々二人にかかわりがあったわけでもあるまいに……。
「え? あれ、もしかして知らなかった……? でも、ならなんで覗きのこと知ってたの?」
「ちょ、ちょっと待って」
やはり、委員長は覗いたときの俺が俺でないことを知っている。
理由はわからないが、おそらく、琴音が何か上手いこと説明してくれたに違いない。
もしそれなら、俺としてもやりやすい。覗きの件について知らないままでも堂々としていられるからだ。
「そっか、委員長は知ってたんだな……《入れ替わり》のこと」
「え? 山空くん……何言ってるの?」
「えっ」
あれれ、おかしいぞ。
なんか会話が噛みあっていないような気がする。
あの反応、委員長は《入れ替わり》のことを知らない? でも覗いたのが俺でないことは知ってる……いったいどういうトリックだよ。誰か名探偵連れてきて。
……とりあえず、順を追って聞いていこう。
「あの、委員長はなんで琴音のことを?」
「え? あ、山空くん琴音ちゃんのこと知ってるの?」
「まぁ……知り合ったのは俺が中学の頃だけど」
「え? ……あ、見え始めたのはってこと?」
「え? 何が?」
「琴音ちゃんが」
「琴音が……なんて?」
「視認できるようになったのが……」
「ちょっと待って」
おかしい。おかしすぎる。
同じ話題で話をしているはずなのに、なんか二人とも別の会話をしているようなちぐはぐ感がある。
そもそもなんだよ、〝視認できるようになった”って。視認ってことはあれだろ? 目に見えるようになったのがって意味だろ? いやいや、琴音は普通に見えるだろ。幽霊じゃあるまいし。
「あ、そっか。うん、多分だけど、山空くんが気づいてないだけで、琴音ちゃんはずっと前から……それも山空くんが生まれた時ぐらいから一緒にいると思うよ」
「え、なにそれ怖い」
あの琴音が? 俺が生まれるよりも前から俺の傍にいた? いやいや何を言ってんだ。そもそも俺が生まれるときまだ琴音も生まれてねえよ。あれ、委員長ってもしかして電波な人?
「あの……山空くん。山空くんが知っている琴音ちゃんのこと、教えてもらってもいい? なんでもいいので」
さすがに委員長もこの会話に違和感を覚えたのか、お互いの認識の違いの根源を見つけようと情報を求めてくる。
おそらくお互いのすれ違いの候補として最も有力なのは、琴音は琴音でも別の琴音の話をしている可能性だ。
俺の思っている琴音と、委員長の想像している琴音。名前は同じでも、全く別の人というなんとも典型的なすれ違い。その可能性があるわけだ。
だとしたら、二人の琴音が一致するかどうかの情報を与えるべきだろう。手ごろなところで行くと、年齢とか、なんか特徴だな。
「そうだな、俺の知っている琴音は13歳の中学一年生だ」
「うん、私も中学生の女の子だって思ってるけど」
「一致したな」
「一致したね」
うん。一致した。
しかし、安心するのはまだ早い。女子中学生の琴音なんてそこら辺探せば一人や二人見つかるだろう。偶然たまたま、俺と委員長が想像している琴音は別の人だけど年齢だけは一致してた、なんてことがあるかもしれない。
もっと、情報が必要だ。
「えっと……あとはそうだな。委員長の琴音はどんな感じの子だ?」
「う~ん、私は詳しく知らないから何とも言えなんだけど……すごく優しい子だったよ」
「あぁ……まぁ、うん。結構人のこと良く見ているとは思うけど」
「うん、まさにそんな感じ」
「一致したな」
「一致したね」
もうわかんないよ。
いや、でも性格なんて大体の人が一致するだろう。むしろ優しくない人で連想されるヤツの方が少ない気がする。あのオメガでさえ優しいところはあるのだから。
「あれ、山空くんの言う琴音ちゃんって、今日山空くんの身体に入ってた琴音ちゃんで合ってるよね?」
「あぁ、その琴音だけど……あれ、委員長やっぱ知ってたの? 《入れ替わり》のこと」
「え? いや……《入れ替わり》って?」
「え?」
「え?」
…………相違ここかぁあ!!!!!
そっか! そうだよな!! 琴音が上手いこと説明したとしても、べつに入れ替わっていることを伝えるのは難しいし……きっとなんか別の言い訳をしたに違いなかったんだ!!
いったいどういう説明したのかわからないけど、なんかすげえスッキリした!!
とりあえず、お互いの認識が違っている根っこの部分は見つけた。あとはそこを掘り返して、正しい場所に埋め直してあげるだけだ。
というわけで。
「委員長はなんて説明されたんだ? 琴音に」
「あ、いや、私が勝手に気づいたというか……」
「はい!?」
勝手に気付いた!? 何言ってんのこの人!!
え、だって勝手に気付いたってことはあれだろ!? あーなんか違和感あるなー、そっか、中身別の人なんだ! という発想に至ったわけだろ!? なんだよそれどんな発想だよ!! 普通至らねえよ!
「委員長凄いな!」
「あ、私……その、霊感があるから」
「いきなり何のカミングアウトだよ!」
意味わかんない! なんで霊感があると挙動がおかしい人が別の人だって発想になるんだよ! あれか!? 乗り移られてるとかそういう感じか!? 怖いわ!!!
「え? だって、琴音ちゃんって幽霊の女の子、だよね?」
「すっげえ爆弾隠し持ってたよこの人!!!」
そんな根本的な部分からすれ違ってたのかよ! そら気づかないわ! だって普通『あなたの想像している琴音は人間ですか?』なんて聞かねえもんよ! 人外の可能性なんて視野に入れてなかったわ! ビックリした!!!
「琴音は人間だよ! 今も生きてる!! なんなら今俺の家にいる!!」
「えっ!? あ、じゃあいったいどうやって憑依を……!!」
「あ、《入れ替わり》じゃなくて《憑依》だと思ってたんだ!」
「えっ? 違うの!?」
「違う違う! 入れ替わってたんだよ、俺と琴音! 身体が!! 漫画よろしく!!!」
「何それ!? そんなのありえな……くはないか。うん、たしかに不可能じゃないよね……」
「すんなり受け入れすぎだろ!」
ちょ、なんでそんな簡単に自体を飲み込めるの? 普通《入れ替わり》とか言われても「あり得ない」という言葉とともに一蹴するのが人間だろ? というか不可能じゃないってなんだよ! 委員長何者だよ!
「私? 私はその……うん、まぁ山空くんになら……教えてもいいかな」
「な、なにが……?」
なにかまだとんでもないものが飛び出してきそうな気配がする。
根拠のない想像に、ごくりと固唾を飲む。
そんな緊張の色をみせる俺の目を見据えて、委員長は言った。
「私ね、霊能力者なの」
「…………なんて?」
「えっとね、私、生まれつき霊感がすごく強くて……その、幽霊とかも当たり前のように見えちゃう人なんだけど……」
「マジで」
「うん。でもそれだけじゃなくて……なんていうか、オーラ、みたいなのも見えるんだよね」
やばい。理解が追いつかない。
「で、えっと……その、簡単に説明するけど、オーラで人の感情とか、そういうのが分かるんだ」
「つ、つまりあれか? 覗きをした時の俺が、俺ではないってわかったのは……その、オーラが違ったってことになる、のか?」
「そう! 凄いね山空くん! 普通もっと混乱するか、その……気味悪がるだけ、なのに……」
「いや、これでも結構内心パニックだから。……でも、嘘じゃないってことは、……その、わかる」
世の中には宇宙人とか、超能力とか、ましてやこんな《入れ替わり》なんて現象も存在するんだ。 それ以外にもなにか特殊な能力が存在したって不思議じゃない。
それに、霊能力というのも突拍子のない話ではなく、テレビ番組とかでよくお祓いとかする人とかも見かけるけど、要はそれだって霊能力者と呼べるだろう。
オーラ、とかそのあたりはよくわからないけど、まぁ人間それぞれ、個々に存在する……いわば指紋とかそういう類いのものなんだろうなって言うのは理解できた。
なんていうんだろうな……曖昧だけど、要はハリウッドスターとその辺の一般人を並べて、オーラがある方はどっちだと聞かれれば大体の人がハリウッドスターを選ぶはずだ。
つまり、一般の人でさえそのくらいは判断がつくということ。そして、霊感がないヤツでも、その程度のオーラなら感じ取れるということだ。
要は、委員長の場合はその感覚がより鋭敏になっているということなのだと思う。
そんな俺の考えをそのまま委員長に伝えると、委員長は素直に驚いているようだった。
「すごい……すごいよ山空くん」
「そ、そうか?」
「私ね……正直怖かったんだ。琴音ちゃんが山空くんは良い人だって言ってたけど……その、普段の山空くん見てるととてもそうは思えなくて……」
「…………」
俺は何も言えずに、ただ黙って委員長の次の言葉を待った。
「でね、私は琴音ちゃんが幽霊の子で、山空くんに憑依しているんじゃないかって思ってたから……ちゃんと元に戻れてるかを確認するのも含めて、西崎先生に住所聞いて、今ここにいる」
長い間憑依し続けてると憑依されている人の精神まで飲み込んじゃう危険性もあったので、と委員長は付け足した。
「西郷のヤツ……そんな簡単に生徒の住所バラしてどうすんだ」
「もちろん、ちゃんと理由も聞かれたよ? それで、私も戸惑ってつい「なんとなく」って言ったら「ならいいぞ」って教えてくれた」
「なんでだよ!!」
「なんか、『なんとなくならしょうがないな!』って」
「しょうがなくねぇよ!!!!」
まぁ西郷のことだからどうせ何か考えがあってのことなんだろうが……にしてもおかしすぎる。プライバシーも何もあったもんじゃねえな。個人情報垂れ流しじゃねえか。
「ごめんね? 勝手に……」
「ん? あぁ、いいよ別に。委員長なら。ちょっとしか話してないけど、良い人だってのはすごい伝わってきたら」
「私も、ここにきて、インターホン鳴らして、山空くんが出てきてくれるまですごく不安だった。でも山空くんが出てきた瞬間、琴音ちゃんの言っている意味がすごく理解できたの」
……なんか、さっきから凄い褒められてるけどなにこれ。照れて死にそう。
「それだけじゃない、山空くんは覗いたこと私に謝ってくれたよね? 土下座までしてくれた。自分は全然関係ないのに、それでも私の気持ちとか一生懸命考えてくれてた。……正直、すごく驚いた」
「まぁ、それはほら、委員長の方が多分怖い思いしただろうから……さ。俺がやったんじゃないとはいえ、俺たちのせいでそんなことに巻き込んじゃって。本当にごめんな」
「……うん。ありがとね、山空くん」
照れくさいのか少し頬を赤く染めながら、委員長は微笑んだ。
ストレートな感謝の言葉に、俺も照れくささがジャンプアップして真っ赤になる。
「おぉ、山空くん照れ屋!」
「ちょ、やめて! そういう方向性は慣れてないからやめて!」
委員長なかなかテクニシャン!
「こういう一面も、ちゃんと山空くんと向き合わないとわからなかったことなんだよね……ほんとに、今まで誤解しててごめんなさい。でも、もう知っちゃったからね。私の霊能力を知る数少ない友達として、学校でもよろしく!」
「お、おう」
なんかあれよあよという間に友達になってしまった。
なんだこれ、俺今どんな状況なんだよ。
「ふふふ、友達って言った瞬間山空くんのオーラがすごく明るくなった。嬉しかったんだ?」
「やめて! 心の中暴くのやめて!! なんだよくそオーラ恐ろしいなおい!!」
深層心理をことごとく暴かれるなんて、この子と友達になるってことはこれからこういうからかい方をずっとされ続けるってことなのか……? 身が持たねえ……!!
「と言いつつ内心は?」
「とても嬉しいですこちらこそぜひよろしくお願いします」
だってもう嘘ついてもバレバレなんでしょ? だったらもうとことん素直になってやるよ。あぁ、なってやろうじゃねえかチクショウめ。俺は開き直ることに関しちゃ天才的なんだ。
「さて……と。じゃあ私そろそろ帰るね」
そういうと、委員長はこちらに手を振る。
「おう、また学校でな」
それを見て、俺も手を振り返した。
「うん。それじゃね」
一通り言葉を交わし、委員長は背を向けて歩いていく。
やれやれ、さっと来て、さっと帰っていくなんて……まさに春風のような子だったな。
それに霊能力者……だっけ。世の中には不思議な人もいたもんだ。
オーラが見えたり、幽霊が見えたり、委員長も大変なんだなと思う。
さてと、すこし時間を使いすぎた。
今は琴音が大変だったんだったな。
えっと、たしかオメガが言うには、琴音を助けるには魂に干渉できなくちゃいけないとか何とか言ってたな。
魂ったって、そんなのできるわけないし、他の方法を探すしかないだろう。
……あれ。
魂……ってことは、あれ。
「い、委員長!」
そうだよ、霊能力ってことは、主に魂的な部分をどうにかできるってことなんじゃないか?
オーラがどうとか言ってたし、幽霊だって実体がない……いわば霊魂ってやつなんじゃないのか?
それに気づいて、俺は委員長を呼び止める。
歩いて帰っていたのでさほど距離も離れていなかった委員長は、俺が呼ぶとすぐに俺の元へと駆け寄ってきてくれた。
「え? な、なに? 山空くん!」
「委員長、もしかして……魂とかに、なんか干渉できたりとか……しないよな?」
「へぇ!?」
いきなりこんなことを聞かれるのが予想外だったのか、委員長は変な声を上げた。
最初は戸惑っていた様子だったが、俺のオーラでも感じ取って真剣さが伝わったのか、すぐに真面目な顔つきになる。
「なんか……あったの?」
私にできることなら協力するよ。委員長はそう言いたげな頼もしい目線を俺に送ってくれていた。
そんな彼女に、俺はことのあらましを手短に説明する。
オメガが発明が得意で、その機械の誤作動で《入れ替わり》が起こってしまったこと。
それで、元に戻ったはいいが琴音が記憶喪失になってしまったこと。
そのほかにも、オメガの語っていた元に戻す方法や、憶測なんかも俺なりにわかりやすくまとめて全部話した。
さすがの委員長も突拍子もない事実に多少は困惑していたようだったが、俺にふざけている様子がないことをお得意のオーラで察すると、何とか納得してくれたようだった。
「さすが委員長、話が早くて助かるよ」
「とにかく、私はその琴音ちゃんの魂に何とか上手いことすればいいってことだよね」
「ごめんな、俺霊能力とか詳しくないから、全部委員長任せになっちまうけど」
「うん、私もやったことないからできるかわからないけど、琴音ちゃんのために頑張ってみる」
「ありがとう。あ、あと今さっき話したオメ……じゃなくて、恭平とか、エメリィーヌとか結構な人数がいるけど……その、大丈夫か?」
委員長は霊能力をあまり公にはしたくない様子だった。
その理由は、少し考えれば俺でもわかる。
オーラで感情を読めてしまうということは、良いことばかりではない。
当然、人間の悪い部分だって読み取れてしまうだろうし、もしそれが自分に対してのそれならそのショックはどれほどのものなのだろうか。
人間は嘘をつける生き物だから、みんな表面上、言葉上では調子のいいことを宣うだろう。けれど誰しも心の中までは嘘を付けない。
オーラで相手の感情を知ることができるというのは、裏を返せば相手の本音を知ってしまうということだ。
それは、直接的に何かを言われるよりも相当こたえるはずである。人間不信になったっておかしくはない。委員長だって自分で「気味悪がられる」と言っていたぐらいだ。
だから、琴音のためとはいえ、俺以外のみんなの前でその霊能力をみせることは、委員長にとって不安でしかないはず。
それが心配になって、委員長に確認をとったのだが。
「うん。山空くんの友達なら信用できるよ」
と言ってくれた。
無理しているんじゃないかと思ってもう一度だけ「本当にいいのか?」と確認すると、
「だって山空くんの友達ってことは、山空くんに怯えないで山空くんを理解してあげようとした人たちってことでしょ? だったらきっと……大丈夫」
「俺としては複雑だが凄い説得力だ」
俺も納得して、委員長の気合も十分なところで、俺は彼女を琴音の元へ案内した。
突然の委員長の登場に、みんなは不思議そうな表情を見せる。
「ん? キミは春風さん、だよね?」
オメガが最初に口を開いた。
「あ、鳴沢くん。それとエメリィーヌちゃんと……あとは雪ちゃん、だよね?」
「おぉ、どなたかと思えば新聞部の方ですね!」
「なんでツバメがここにいるんヨか?」
オメガとエメリィーヌは委員長と同じクラスにいるし、ユキもユキで結構俺のクラスに遊びに来るから、委員長が初対面なのはクラスが違う秋と、本当の姿の琴音ぐらいのモノだろう。
一から事情を説明しなくていい分、俺にとってはその方が助かる。きっと委員長にとっても知らない人よりかは知っている人の前のほうがいくらかリラックスできるのではないかと思う。
「いいかみんな、かいつまんで説明するけど、ここにいる委員長……燕はいろいろあって魂に干渉できるかもしれない唯一の人材だ」
「かいつまみすぎて全っ然わからん!!」
秋が雄たけびを上げた。
「えと、あの方は?」
委員長が俺に訪ねてくる。
「あ、アイツは秋。竹田 秋。琴音の兄貴だ」
「あっ、琴音ちゃんのお兄さん。初めまして、私春風 燕です」
秋の方を向いて、ぺこりと頭を下げる。
「お、おう。俺は竹田秋。クラス違うけど学年は同じだから、学校であったらよろしくな」
「うん、よろしく!」
秋のヤツめ……なにをサクッと仲良くなってくれてんだ。
俺がここまで仲良くなるのにあんなに時間使ったのに!
「で、えっと……琴音ちゃんはその子、でいいんだよね? オーラも同じだし」
「あぁ」
「うわぁ……本当に幽霊じゃなかったんだ……」
「委員長、それなんか失礼」
「あ、ごめん」
あはは、と苦笑いする委員長。
そんな俺らのやり取りが一通り落ち着いたのを見て、オメガが話を切り出した。
「それで、山空。春風さんが魂に干渉できるとはいったいどういうことなんだ? 先ほどもオーラがどうとか言っていたが……」
「あぁ、それな。それは――」
「いいよ山空くん、私が説明する」
俺の言葉をさえぎって、委員長は一歩前に出た。
……委員長が何とかしてくれれば、琴音は元に戻る。
変に期待して委員長にプレッシャーを与えても仕方ないことだし、ダメでもともとだけれど、それでも俺は彼女の力に期待の心を隠すことはできそうになかった――――。
第六十二話 完
~おまけ~
海「にしても、委員長はエメリィーヌたちとも関わりあったんだな」
燕「う、うん。まぁ、でも同じクラスだし……それが普通じゃないのかな」
海「ところがどっこい委員長。同じクラスなのに誰とも関われない奴も居るんだぜ……」
燕「あっ、ご、ごめん山空くん! 私軽率だった!」
恭「はっはっは、まだ山空のことだなんて一言も言ってないぞよ春風さん」
燕「えっ!? あっ、いや私は別にそんなつもりじゃなくて……!!」
海「いや、いいんだ。俺も自分でわかってるから、気にしないでくれ……」
燕「とか言いつつ内心すごい落ち込んでるよね!? ホントごめんなさい!!」
エ「二人とも、これ以上ツバメをイジめるのはやめて差し上げるんヨ」