第五十四話~まさかの再会、金髪不良~
(2018年7月2日 挿絵を1枚だけ描き直しました)
走る俺の背中を後押しするかのように、授業開始を告げるチャイムが鳴った。
いや、もしかすると授業終了の合図かもしれない。気を失っていた時間がわからないため、どのくらい時間が経過したのか今更ながらに疑問に思った。
だがしかし今はそんなこと些細な問題であり、そしてどうでもいい疑問である。
チャイムが鳴ってからしばらく。
廊下を走っていた俺達、山空 海及びカズくんこと小野 和也くんと里中 楓果ちゃんの三人の足音に混じり、ざわざわとした騒音がチラホラと聞こえ始めた。
そしてそれと同時に鼻を突き抜けるような加工食品たちの程よい香りが、俺たちの鼻腔を刺激し空腹感を漂わせる。
どうやら先ほどのチャイムは、お昼を知らせるチャイムだったらしい。となると俺は二時間近くも保健室で寝ていたことになるな。
そんなことを考えながら、俺たちは校庭へと飛び出した。
「あ、そうだ琴ちゃんに楓ちゃん! コレ!」
後ろを走るカズくんの声を聞き、俺は走りながらそちらに振り返る。
するとそこには、軽く息を切らしながらも俺についてきているカズくんが俺と楓果ちゃんに学生カバンを差し出していた。
「あ、アタシの分も持ってきてくれとったんか! おおきになカズっちゃん!」
お礼の言葉を口にしながら、楓果ちゃんはカズくんの手から自分の荷物を受け取る。
「で、こっちが琴ちゃんの分ね」
「ありがとう」
楓果ちゃんに一歩遅れて、俺もカズくんの手から、現在《入れ替わり》という珍事件によってなってしまったこの身体の持ち主……竹田 琴音の荷物を受け取ろうと手を伸ばす。
その時だった。
「うわっ!?」
『いでっ!!』
ちょうど校門を出て歩道にささしかかろうとしたとき、ドンッと何かにぶつかり、その反動で俺は尻餅を付いてしまう。
おそらく急ぎすぎて歩道を歩く通行人にぶつかってしまったのだろう。
「あ、す、すみません……」
ぶつけた腰をさすりながら、俺は反射的に謝罪の言葉を口にする。
カズくんから荷物を受け取るために前方を不注意にしてしまったせいだ。ぶつかってしまった人には悪いことをした。
歩道を歩いていたとすれば当然相手は横からどつかれた感じになる。正面からぶつかった俺でさえ反動で体制を崩してしまうくらいだ。相手が感じた衝撃は、こちらが走っていたこともありひとたまりもないだろう。
「ちょ、大丈夫か!?」
俺よりも後方を走っていた楓果ちゃんとカズくんは衝突に巻き込まれずに済んだようで、その光景を見ていた楓果ちゃんが俺に手を差出し、俺はその手を取ると、その場で立ち上がりスカートについた砂埃を軽く手で払う。と、同時に、これは琴音の身体だと我に返り怪我がないかを確認する。
だけど幸いなことに目立つ外傷はなく、打った腰ももうすでに気にならない程度にまで痛みは引いていることに気づくと安堵のため息が自然と口から漏れ出した。
『ッざっけんじゃねえぞォ!!!!』
だがしかしその安堵も束の間。
乱暴かつ荒々しいセリフが鼓膜を揺らしたかと思うと、俺のぶつかったであろう人に手を差し伸べていたはずのカズくんが、思いっきり吹き飛んでいるのが視界に飛び込んできた。
「……ウグッ!!」
「カズっちゃん!!!」
「カズくん!!!」
勢いよく突き飛んだカズくんは、校門に背中を思いっきりぶつけて痛々しい音と共にうずくまってしまう。
一瞬のことで何が起きたのか分からず混乱したまま、俺はカズくんを突き飛ばしたヤツに視線を移した。
もしかしなくても、コイツ……カズくんを突き飛ばした、のか……!?
いかにも機嫌の悪そうで眉間にしわを寄せまくっているソイツは、黒い生地の中央部分にデカデカと刺繍された白いドクロがよく目立つTシャツを着ており、そのTシャツから覗く肌は見るからに日焼けサロンをご利用して人工的に焼いた感じの小麦色をして、いたるところにネックレスやピアスなどのアクセサリーを着飾って、髪なんかも金髪に染めている……いわゆる不良のような奴だった。
意外とガタイがよく筋肉のつきもいいところを見ると、カズくんを軽々と突き飛ばしやがったのにも納得がいく。
ってちょっと待て、コイツ……どっかで……。
『あぁああ!!!! てめえはいつぞやのクソガキ!?』
「あ……!!」
やはり俺の勘違いなどではなかった。
ドスの効いた声。鋭い目く恐ろしい目つき。
間違いない。コイツは……!!!
第五十四話
~まさかの再会、金髪不良~
「え? え? な、なに知り合いなん? ……って、そないなこと言っとる場合とちゃう!! カズっちゃん!!」
全く状況を把握しきれていない楓果ちゃんがカズくんの方へと駆け寄ったのを見届けた俺は、念のためその二人をかばうように前に立つ。
そうだ……見覚えがあるどころの騒ぎじゃねえ。コイツは……。
いつだったか、琴音たちとプールに行った時に、琴音にちょっかいを出してたあの不良グループの一人だ!!
そう、あれは俺がまだユキと出会っていなかった頃だ。
あの時はたしか金髪とあともう一人の黒髪不良がいて、その不良二人がプールで琴音に手を出そうとしてたんだ。まぁ最終的には琴音にボコボコにされた挙句警察の御用になったわけなんだが……。その片割れがなんでこんなところにいるんだよ。
しかも厄介なことに、コイツは度肝の座った不良のベテラン。そんな奴らがあの時自分らをコテンパンにした俺(琴音)の姿を見て逃げねぇってことは……。
コイツは琴音に対して恐怖よりも恨みの方が上回っている可能性が高い。
ただでさえプライドの高そうなヤツだし、出会い頭に見ず知らずのカズくんを平気で突き飛ばすぐらいだ……。このまま素直に帰してくれないことぐらい目に見えている。
もしそんな虫の居所が悪い奴に下手なこと言って乱闘騒ぎにでもなったり、琴音の身体に何かあったりしたらたまったもんじゃないし、ヤツは琴音の強さを知ってしまっているから油断はしないはずだ。本気で襲いかかられたりした日には、俺の力じゃ太刀打ちできない。
何の関係もないカズくんを突き飛ばしたことは許せねえが、今は我慢する時だ。怒りに身を任せてたって上手く行くはずがない。状況を冷静に判断して、最善を尽くすんだ。
「あ、あのごめんなさい、ちょっと急いでて……えと、お怪我はありませんか……?」
とりあえずこちらには戦う意思がないことを伝える。
平和で、安全的解決を求めていると、相手にもわかるように低姿勢で説得を試みるのだ。
『あぁ? 怪我? おー、そーいや……いってっててて! あーあ、急に痛み出してきちゃったよ。どうしてくれるんだ? 腕折れちゃってるよこりゃ? はっはっは』
思い出したかのように、棒読みのセリフとともにわざとらしく腕を抑えはじめる不良。
「弱すぎだろその腕」
そんな不良に、思わず冷静なツッコミを入れてしまった。
あれ、なんか疎外感なんですけど……?
『ンだとゴルァ!?』
それは、完全なるミスである。
相手の怒りを逆撫でぬよう慎重に言葉を選んでいた結果、ツッコミというなんとも笑えない理由でブチギレさせてしまった。これはもうすぐに謝罪の言葉を口にしても逆効果になるだけだ。
くそっ、何で普段エメリィーヌに対してツッコミを入れてしまうような感じで不良相手に言ってしまったんだ俺は……!! なぜかわからんがふと頭に浮かんだもんだから……思わず口に出ちまった……!!
『てめぇ、人が大人しくしてりゃ余裕ぶっこきやがって……』
ヤツはもう我慢の限界を迎えすぎたのか、ガチでブチギレ5秒前である。
クソッ……戦闘は避けられないというのか……!!! こうなりゃ強引に駆け抜けて……。
い、いや、まだ早まるのは早い!! 文字通り早いぞ山空 海!! ……まだ、相手の怒りを逆なでしないように、言葉を選んで……丁寧に行けば勝機はあるはずだ。それにカズくんや楓果ちゃんがいるのに俺一人だけ駆け抜けたとしても全く意味がないわけだし。
大丈夫だ、落ち着け山空 海。人生で不良にからまれたことなんて一度や二度じゃない。こんな状況、どうってことない。
冷静に。丁重に。ここは我慢だ我慢……。
俺はなんとか自分に言い聞かせ、相手の隙を伺うことに専念することにした。
『たしかにてめぇはそこらのガキと比べりゃ遥かにつえぇ。でもそれは、所詮“ガキの中”での話。意味、わかるよな?』
考えろ、考えるんだ。
カズくんはまだ先ほどのダメージが和らいでないのか動ける状態にないみたいだし、楓果ちゃんも気が強いとは言えまだ中学生の女の子。怯えてしまって体が動かないみたいで地面にヘタリ込んでしまっている。
つまり俺はこの場を離れられない。もし俺ひとりで自由に動けるならば、今すぐヤツに体当たりしつつ隣の高校へと駆け込むか、すぐに引き返して中学へと逃げて先生か誰かを呼んでくるのだが……。
後ろの二人がいる以上、それはできない。というかヤツにバレないように逃げるという作戦を後ろの二人に伝えるなんて絶対に無理だからこのことは考えるだけ無駄かもしれない。不意打ちだからこそ逃走は意味があるんだ。
なんとか楓果ちゃんに頑張ってもらって先生を呼びに行ってもらってもいいが、もしヤツが暴力な方向へと動き出したら俺が体を張って止めなくてはならなくなる。そうなると琴音の体が傷つくし、そもそも大人に中学生の女の子が力じゃ勝てるわけがない。だから呼びに行ってもらうのは不可能だ。
いったい……どうすれば……。
俺がこの場を動かずに人とかを呼ぶテレパシー的なことができればなぁ……? ……ん? “呼ぶ”?
よ、呼べるじゃねえか!! 完全に盲点だった!!
俺はさっきまで頭から抜けて完全に忘れていた“アレ”がスカートの左ポケットに入ってることを確認する。
すると、ポケットの中には確かに“アレ”の感触があった。そう……通信機!!
これがあれば、俺の身体になってしまっている琴音と連絡が取れる。唯一の不安要素はといえば、琴音のヤツはたしか俺の担任に通信機一式を没収されてたことだ。もしもまだ没収されたままで返してもらっていないとしたならば……まぁ、なんとかなるだろう! うん!
……いや、ちょっと待て山空 海。もう二つだけ問題があった。
まずこの通信機は、こちらの声を相手に届けるピンマイクと、相手の声を受け取るイヤホンの二つで一つ。俺がこの場で急にイヤホンをつけ始めたら不良に確実に怪しまれるからイヤホンの使用は不可能だろし、イヤホンをつけられないということは琴音側の声が聞こえないから、向こうの状況がさっぱりわからないってことだ。
そして次にピンマイクだが、ピンマイクというのは俺が声を発して初めて琴音に声を届けられるというもの。逆に言えば俺が声を発さないと琴音に声を届けられない。でも不良が目の前にいる中で『助けてくれ!』なんて叫んだら、不良は確実になにかしら行動を見せるはずだ。それではまずい。
つまり俺は、琴音が通信機一式を所持しているのかもわからない状態で、助けて欲しいことを琴音に間接的に伝えなければならないということである。
なんだよそれ……。そんなの……ただの博打じゃないか……。
『あー……お前、それで後ろのお友達をかばってつもりなのか?』
楓果ちゃんとカズくんの前に不自然に立つ俺の様子が気になったのか、不良はそう問いかけてきた。
「…………何が言いたい?」
『おいおい、そんな怖い顔すんなよ……ただ守る価値もねえものに身体張って馬鹿じゃねえのって言いてえだけだ』
「この……ッ!!」
ギリッ……と、歯を食いしばったのは俺ではなく俺の後ろにいる楓果ちゃんだった。
言いたい放題言われて、友達を侮辱されて、我慢しろという方が無理だ。その気持ちはよく分かる。俺だって、今のはさすがに腹が立った。
だから楓果ちゃん、ちょっとだけ待っててくれ。今、一か八かの作戦をより成功させるための作戦をねっているところだ。
『あー、怒っっちゃったでちゅか~? 友達侮辱されて腹を立ててしまったんでちゅか~? ひゃははっは!!!』
なんだこの不良うるせぇ。もう黙れよお前。
いい年こいて赤ちゃん言葉とか恥ずかしくないんでちゅか~?
……なんて、馬鹿なこと考えてる場合じゃねぇ。
それにあんまりそういうこと考えると俺の悪い癖のせいで相手に伝わってしまうかもしれんし、今はこの状況の打開策を考えて――
「――ふ、ふざけんなッ……!!」
気づけば、俺と不良とのあいだにカズくんが立っていた。
『あァ? なんだガキ』
「ガキじゃない!! お、オレは小野 和也だ!!」
『へぇ、和也クンか。で? その和也クンは自分が今なにをしてんのかわかってんのか?』
「わからないよ!!」
両手を広げて、俺をかばう。
さきほど俺がカズくんたちにしたように、俺を……そしてなにより、好きな子を守るために。
そんなカズくんの体と声は、ものすごい震えていた。相手は怖そうな不良。そんなヤツに喧嘩を売っているんだ。怖くないわけがない。
でもカズくんはそんな恐怖心を心の奥底に閉じ込めて、そこまでして、俺や楓果ちゃん、そして琴音のために体を張っているのだ。
「オレバカだから!! 正直すごく怖いし、殴られるんじゃないかと思うと足がすくむし!! あと……えっと不良さんの……その、名前ってなんですか?」
おい。
『……佐藤』
お前も答えるんかい。
「……その、佐藤さんはめちゃくちゃ強そうで強面オーラ(?)みたいなのビシバシ出てるし……!!」
『え? マジ?』
おい待てよ不良。何ちょっと嬉しそうにしてんだ。
というかカズくんも強面オーラってなんだよ。何を言っているんだお前は。
「だからそんな奴の目の前に立って、オレは自分で自分がわからないけど……でも、やっぱりオレは男だから!!! 怖いとか怖くないとか関係ない、お、オレは男である以上女の子に守られてちゃダメなんだ!!! だから!!! だから……だから!!」
『…………「その女を殴るくらいならオレを殴れ」……か?』
「お、おう……!!!」
そう言い放ったカズくんの目には、うっすらと涙が溜まっていた。
彼はまだ子供で、当然不良なんかに絡まれるのは人生で初めての体験で……それなのにカズくんは、友達のために一人不良に立ち向かっている。今時こんな子がいるだろうか。
もし《入れ替わり》が起こっていなくて、琴音が琴音であったなら。かなりの確率で琴音はカズくんに魅了されてしまうことだろう。……なんて、そう男の俺が思ってしまうほどに、今のカズくんは最高にカッコよかった。
もう教科書に載せてしまってもいいんじゃないかってくらいカッコイイ。むしろカズくんの男気に俺が惚れた。弟子にしたいわ。これが師匠の気分か。……違うか。
『……ふっ、なるほどなぁ。カッコイイじゃねえか。お前みたいな奴ァ俺は好きだぜ。きっと大物になる』
「ふ、不良の佐藤さんに褒められても嬉しくないよ……!!!」
『はっ、そりゃそうだわな。……よしわかった。お前のその根性に免じて、お前と……あともうひとり。後ろにいるポニテ女は見逃してやるよ』
「え!? 本当ですか!?」
『あぁ、お前みたいな威勢がいい奴は嫌いじゃねえんだ。でもそこにいる……腰抜け兄貴の妹であるコイツには兄貴ともども少なからず因縁があるもんでな。まぁ兄貴はこの際どうでもいいが……そんなわけで全員見逃すわけにゃ行かねえんだよ。どうする? 今逃げねえっつんだったら……まぁ、それ相応の結果になるわな』
…………は、ははは。おいおい、やりやがったぞカズくんのヤツ。根性だけで、自分と友達1人を救い出すチャンスを勝ち取りやがった……!!
そうだ、これはチャンスだ。カズくんや楓果ちゃんの絶対的安全が確保できれば……俺一人なら多分なんとかなる……!!
「カズくん!!」
「海の……兄ちゃん?」
カズくんは頭を悩ませていた。突然で唐突に、友達の安全を背負うことになってしまったからだ。
もしも、助かるのが自分だけで他は助からないならば、カズくんはここに残り共に殴られることを選ぶだろう。カズくんはそういう奴だ。でも、今回はそこに友達一人の安全が追加されてしまったのだ。
不良が出してきた条件は、カズくんだけじゃなくもう一人……楓果ちゃんの安全の保証。もし安全の保証が自分だけのモノだったならば、そんなもの簡単に捨てて絶対に逃げずに残る。でもそこに友達の安全が乗っかってきたら。
カズくん的には全員助けてもらえないなら自分だけ逃げるなんてことはしたくないはずだ。でも楓果ちゃんは逃げたいと思ってるかもしれないし、なにより自分の判断で、『友達を一人見捨てる代わりに楓果ちゃんを救うか』、もしくは『友達は見捨てたくないという自分の感情だけで楓果ちゃんを巻き込むか』の選択をしなければならなかった。それほどまでに、不良の出した提案は、魅力的に見えて実は物凄く性格の悪い条件なのだ。
その証拠に……。
「カズくん、お前らだけで逃げろ」
俺がそう促したとしても。
「で、でも……」
カズくんは戸惑うばかり。
もちろん、カズくんの気持ちは痛いほどわかる。そしてその気持ちは、きっと楓果ちゃんも同じなのだろう。
「あ、アタシは平気やでカズっちゃん!!」
今逃げればすぐに安全が手に入るのに、カズくんはなぜ悩んでいるのだろう。
その答えは、今の状況を見たら、十分理解できるものだ。だから楓果ちゃんは、「自分のことは考えなくていい」「カズっちゃんが逃げたくないならそれでいい」と声をかけ続けている。
でも、いくら声をかけても、楓果ちゃんの口からは「アタシはここにいる」「逃げたくない」という言葉は……そう、『友達を置いて逃げる』という状況を否定する言葉は出てこない。
つまり、楓果ちゃんは心のどこかで『逃げたい』という感情が捨てきれないことになる。でもそれは情けないことじゃない。相手は不良。いつ殴られるかもわからない。そんな状況でここに残りたいと思う方がどうかしているのだから。
そしてその気持ちはカズくんも……そして俺も同じである。
殴られるのは怖いし、逃げられるのならすぐにでもその場を離れたいと思うのは一般人として普通の感情の動きだ。
だけど今回、そこに『自分達が助かる代わりに友達を見捨てる』という負の要素が加わってしまう。だから悩む。だから拒む。要するにこの子達二人は、底抜けのお人好しさん。人に優しすぎるのだ。
だからこそ、そんな二人だからこそ、この負の要素がある限り、俺がどんなに説得をしても、カズくんと楓果ちゃんは絶対にその場を離れる選択肢は取らないだろう。
でも俺的には、ここばっかりは二人に逃げて欲しい。
では、ならばどうやって二人に逃げてもらうか。それは。
二人は友達(俺)を置いて逃げたくない。
俺は二人に逃げて欲しい。
この全く正反対の感情を、まったく同じものにしてしまえばいい。
「カズくん。楓果ちゃん。ここから離れるんだ」
静かに、俺は二人に告げる。
「でも、そんなことしたら……」
「そうやで!! 友達を置いて逃げるくらいやったらアタシはここに居る!! 見くびらんといて!!」
予想通り、二人共『逃げろ』という言葉に対して眉をしかめた。
俺だって、もし俺の知り合い……例えば秋とかが同じ状況になって、友達を置いて逃げるかどうかの選択を迫られたら、意地でもここを離れようとしないと思う。
でもだからこそ、意地でも動きたくない気持ちが理解できるからこそ、どうすれば二人が“その場を離れたくなるか”がわかる。
答えは簡単だ。俺が同じ状況に立たされた時、俺が自分で言われてその場を離れてもいいと思える言葉を伝えればいいだけの話だ。
それつまり……。
「おい不良、俺がここに残ってお前の相手すれば、この二人は逃がしてくれるんだよな……?」
その俺の言葉を聞いた瞬間、カズくんと楓果ちゃんは口々に「な、何言ってるのさ!!」「そんなんダメに決まってるやろ!!」と騒ぎ立てる。
でも、そんなものどうだっていい。
「どうなんだよ?」
『……あぁ、お前さえ大人しくしてくれるっつーならな。そのほうが俺はむしろ願ったり叶ったりだ』
「わかった。じゃあ二人をちと説得しなきゃならないんでな、30秒だけ時間をくれないか?」
『その間に逃げるつもりじゃねえだろうな?』
「はっ、安心しろよ、俺はそんなお前らみたいに卑怯じみたことはしない。約束は必ず守る、それが俺の主義だ」
『……所詮お前も、お友達を守るのに必死ってわけか。いいだろう。30秒だけだからな』
「わかった……カズくん、楓果ちゃん。よく、聞いてくれ」
俺と不良の会話を聞きずっと騒いでいた二人に、俺は構わず告げた。
「いいか、俺は大丈夫だから……俺の合図と同時に、すぐに後ろへ走れ」
「そんな……嫌に決まってるじゃんか!!」
「そうやで!! 逃げるなんてそんなこと……出来るはずないやろ!!」
まぁ、素直に逃げてくれるはずないよな。それはわかってた。でも二人には逃げてもらいたいんだ。
俺をここに残してまで逃げるのが嫌なんだろ?
……だったらもう、ちょっと強引だがこうするしかないよな。
「いいから走れ二人共!!! 俺も逃げる!!」
『はぁ!?』
「走れぇ!!!!」
そう叫ぶと同時に、俺はカズくんと楓果ちゃんの手を引き、さっき出てきたばかりの中学校の校庭へと走った。
「ちょ、ちょ、海の兄ちゃん!? 待って待って今何が起きてるの!?」
「まったく、何が『お前らみたいに卑怯じみた真似はしない主義』やねん! ホンマどの口が言うたん!?」
目的地である高校とは逆方向だが、今はそんなこと言っている場合じゃないことくらいわかるだろう。
俺に手を引かれて走っていたカズくんと楓果ちゃんも、ようやく状況を理解したのか俺の手を払い自力で走り始める。そんな俺たちの背後からは、完全に意表を突かれた不良が全力で追いかけてきていた。
「たしかに俺は卑怯じみた真似はしない主義だ。でも卑怯っていうのは、ルールに則った戦い方をしないで初めて卑怯と呼べるんだ。だからこれは卑怯じゃない。作戦だ」
「なんやねんその理屈」
走りながらも、楓果ちゃんが俺に悪態をついてきた。
そうだよ、完全に屁理屈だ。でも俺はそういう人間なんだ。
例えば、学校で空手をやっていると豪語しては弱いものいじめを繰り返す非凡なやからがいたとしよう。そして、その非凡なやからにいじめられている非力な少年もいたとする。
果たして、その少年は空手をやっているいじめっ子に、正面から戦って勝つことができるのか? 答えは、十中八九無理だ。そもそもいじめられても何も言えないくらいなのだからそんな勇気がないだろう。
でもな、それは正面からいった場合のことだ。
相手は空手をやってるし、正面から行けば勝てる確率は低い。だったらどうするか? 正面から行かなきゃいいだけの話である。
何も相手の土俵に乗ってやることはない。相手が後ろを向いた瞬間。……そうだな、いくら空手をやってようが相手は人間。生理現象にはかなわないだろう? だったら相手がトイレに向かって用を足しているとき。背後から蹴っ飛ばしてやりゃいいだけだ。別にトイレじゃなくっても、廊下とかで歩いている奴の背後からタックルをかますだけでもいい。それは決して卑怯なことなんかではない。自分なりに戦った結果なのだから。
そう、つまり。
「喧嘩にルールはないんだ。ルールが欲しかったら格闘技でもやってろって話だぜ!!」
そう返答しながら、俺は走るスピードを二人に気づかれないように徐々に緩めていく。一歩、また一歩と歩くスピードを落とし、俺は逃げる二人とは逆方向に体を向け全力で走った。
そう、俺は不良がいる方へと戻っているのだ。
……いいか二人共、お前らはそのまま逃げろ。俺はまだ逃げるわけには行かないんだ……。
「ふっさすが海の兄ちゃんだね! ……って、あれ!? か、海の兄ちゃん……!?」
「や、山空さん……!? な、なんで……!?」
途中で後ろを振り向いたカズくん、楓果ちゃんはきっと、信じられないものでも見たかのように目を丸くしていることだろう。
そりゃそうだ。だってせっかく逃げられたのに、まさか俺が“わざわざ自分から”不良の方に向かっているなんて……思いもしないもんな。
でもな、これだけは。これだけはしておかなくちゃいけないんだ。
『て、てめぇ……!! 戻ってくるとはいい度胸じゃねえ……か!?』
俺はまっすぐ不良に走って行く。……と、見せかけて、不良の脇を掻い潜り歩道に置きっぱなしになっていた琴音たちの荷物に一目散に走った。
「わざわざ捕まりに戻るわけねえだろうがっ!!!」
そう、目的は俺達の荷物だ。
荷物の中には生徒手帳や携帯電話など、電話番号だったり住所だったりと、個人情報が特定できる代物ばかりが入っているはずである。
琴音はいつも携帯を持ち歩いている。なのに制服のポケットのどこにも携帯はなかった。となれば少なくとも、琴音のカバンの中にはそれが入っているということだろう、もしそれが不良の手に渡ったら……。
そう考えると、俺が危険を犯してまで取りに戻った理由がわかると思う。
カズくんと楓果ちゃんは中学という場所にいる限り不良も近づけない。人が多いからな、さすがにヤツも目撃者多発は避けるだろう。だから俺は二人を中学に逃がした。
そして俺は、この荷物を拾ってそのまま高校へと走り抜ける!!
「拾ったァ!!」
作戦通り俺は、カズくん、楓果ちゃん、そして琴音の三人分の荷物を拾いあげた。
「山空さん……そういうことやったんか。でもほんなら逃げる前にアタシらに荷物渡してくれたらよかったんやないの……?」
「いやいや、もしあの時海の兄ちゃんがオレたちに荷物渡したとして、楓ちゃんはその荷物を受け取った?」
「……意地でも受け取らなかった思うわ」
「それはオレも同じ。オレも絶対に海の兄ちゃんをおいて……琴ちゃんの身体をおいてその場から離れるようなことはしなかったと思うよ」
二人がそんな会話をしているとも知らず、俺は全力で走った。道路を超え、高校の校門をくぐり抜けてそのまま校庭を駆ける。
これで、あとは高校の玄関へと走って逃げきることができれば……!!
『ヘヘッ、捕まえたぜ』
だがそれことを許してくれるほどヤツは甘くはなかった。
不良はもう俺のすぐ後ろに立っており、俺は不良に『ガッ!!』と、胸ぐらを乱暴につかみあげられ、その衝撃で、琴音の制服が『ブチッ』と嫌な音を発し、俺は手に持っていた荷物を地面に落としてしまったのだ。
『ざけンじゃねえぞこのクソガキ!!!』
さすがにヤツも我慢の限界なのか、ものすごい形相で怒鳴り散らしている。
そんなヤツの体の隙間から、カズくんと楓果ちゃんがこっちへ走ってくるのが伺えた。
ま、まずい……!!
「二人共ォ!!! 誰か大人の人呼んで来てくれぇ!!!!」
『なっ!?』
俺の精一杯の大きな声量で発した言葉で、カズくんと楓果ちゃんの足が止まる。
「で、でも……!!」
――――負の要素がある限り、俺がどんなに説得をしても、カズくんと楓果ちゃんは絶対にその場を離れる選択肢は取らない。
では、ならばどうやって二人に逃げてもらうのか。そんなのは簡単だ。
「早く誰か呼んで来い!! そして……俺を助けてくれ!!!」
二人の負の要素を、別のモノに変えてしまえばいい。
「う、うんわかったよ!! オレ達に任せて!! いくよ楓ちゃん!」
「ま、待っててな山空さん!!!」
頼もしい返事を残して、二人は中学校内へと姿を消した。
……そう、『友達を置いて自分たちだけ逃げる』という負の要素を、『友達を救うためにその場を離れる』という要素に変えてしまうことで、結果的に二人を“この場から逃がす”ことに成功する。
言い方は悪いが、もう二人は俺を……友達を残して自分たちだけその場を離れることに抵抗はない。だって今度は『逃げ』じゃなく『救う』なのだから。
それに元々、俺は三人分の荷物を抱えて不良から逃げ切れるとは思ってなかったんだ。ヤツの方が俺より身長が高い。それつまり、ヤツの方が足が長いから1歩で進む距離が俺と比べて多いということ。
それに俺は3人分の荷物を抱えていたし、逃げ切れるほうが不思議なくらいだ。もちろん俺は無理でも逃げ切るつもりで走ってたけど。
だからこの展開は、結局は俺の予想通りの展開だってこと。
あとはカズくん達が来るまで、俺はどうやって時間稼ぐのかってことだけ。……しょうがねえ。コイツには二度と琴音に近づかないよう釘でもさしておくか。
「――――……に触るな」
『あ? なんつった?』
胸ぐらを掴み上げてまでして脅しているのに反論する俺に腹を立てているのか、金髪の不良が掴む首元に徐々に力が入っていくのがわかる。
コイツはおそらく、興奮すればするほど周りが見えなくなるタイプなのだろう。徐々に声の音量も大きく、……五月蝿くなって行く。
何度も言うが、俺は今琴音の身体だ。そして、俺にとって琴音は……。
「――――……その汚え手で、俺の親友に触るなっつってんだ!!」
こんなことを不良相手に言ってしまうのは非常に危険だ。無意味に怒りを逆なですれば殴られる可能性だってあるし、下手すりゃ殺されて死ぬ危険性だってありえる。
現に前のプールの時には、この金髪は刃渡り7cmぐらいの果物ナイフを秋に突きつけたぐらいだ。
……でも、そんなもの関係ない。
コイツはカズくんを傷つけた。その時点で俺はもう、結構アタマに来てんだ。
『クッソ……!! このガキがぁ!!!!!』
俺の一言で完全に頭に血が上った不良は、俺の胸ぐらを掴んでいる手とは違う方の腕を思いっきり振りかぶる。
完全に気を悪くしているのか、場所をわきまえずに暴力を振るおうとする姿勢に若干驚いたが、残念だったな。腕を大きく振りかぶりすぎだ……足元がお留守だぜ!
「うりぇあ!!」
狙いは股間。卑怯だろうが関係ねえ、金的だって立派な技の一つである。
バッチリと狙いを済ませ、ブン!! と、勢いよく右足を振り上げる俺。俺の右足はみるみるうちにヤツの股の間へと向かっていく。
……だが。
『おぉっと!』
「なっ!?」
俺が狙いを済ましてたように、ヤツも狙いを済ませていたのだろうか。
完全に無防備だったはずの下半身に放った蹴りだったが、気がつくといとも簡単にその足をガッチリと掴まれていた。
『おぉ怖ぇ怖ぇ。容赦なく金的かよ。これだから女は……』
男だけどな。……なんて冷静なツッコミを入れている場合ではない。
捉えられた右足を必死に動かしてみるも、この身体だからだろう、やはりいくら琴音が喧嘩が強かろうが、中学生の女の子の筋力じゃ年上の男の力にはかなわないようでまったくビクともしない。
クソッ……予定ならここで見事に金的が決まって、相手が悶えてる隙にボコスカ畳み掛ける算段だったんだけどな……まぁいい。この作戦はまだ始まったばかりだ。
『……いや~、警戒しといてよかったぜ。残念だったな』
「クッ……ざけんな!!」
俺はもうヤツに喧嘩を売ってしまった。つまり隙を見せたら終わりだ。行動を絶やすのはマズい。
その一心で殴りかかっては見たものの、ヤツは俺の右足を掴んでいる手とは違う方の手で、ヤツを殴るために突き出した俺の左手も容易につかみあげた。
そしてそれだけならまだしも、それと同時に今度は右足の甲に激痛が走る。どうやら踏みつけられたらしい。
つまり俺は、両足と右手を抑えられてしまった状態になる。
『プールの時はガキかと思って油断してたけどな。お前が喧嘩が強ぇことはもうわかった。だから油断しねぇ。イコールおめぇに勝ち目はねえ。俺ァな、これでも長年不良やってんだ。ガキに舐められたまま引き下がれねえんだよ!!!』
右手、左足を掴まれただけでなく、右足は踏まれて動かせない。胸ぐらを掴まれていたのは解放されたものの、状況の悪化は一目瞭然だった。
ヤバイ。非常にマズイ。
流石、喧嘩慣れしてやがる。いくら琴音が強かろうが(今は俺だが)、手も足も出せなきゃ何もできない。
「い、いいのか?」
考えるよりも喋れ。これは俺の自論である。
うだうだ考えていても仕方がない。ヤツに考える時間を与えてはダメだ。
ヤツは人目につきたくない、だから短時間で決着をつけようとする。だから俺はその時間を少しでも伸ばし、カズくん達の連れてくるであろう救世主にこの状況を目撃してもらうようにする。
それにもしかするとこの騒ぎを高校のやつらが聞きつけて助けに来てくれるかもしれないしな。
『あぁ?』
若干の焦りは混じってるものの、俺が余裕の表情で喋りだしたのが癪なのだと思う。口が悪い。……いや、口が悪いのは元からか。
「……お前ら多分、あの時警察に捕まってブタ箱に入れられてたはずだ……。あんな公共の場でナイフまで使ったんだ。当然軽い刑罰じゃすまねえはず……」
プールに行ったのはたしか7月の後半……。そして今は9月中旬……。
あ、そうかもう9月なのか。残暑のせいか体感的にはずっと真夏日だったけど、もう季節は秋なのか。早いもんだ。
……じゃなくて、プールに行った日から約1ヶ月半しか経過してないのにもかかわらずコイツは出所している。そんなのまずありえない気がする。つまり……。
『……何が言いたい?』
「たった1ヶ月半しか経過してないのに、あんなナイフ取り出して殺人未遂までしているお前が、出所できることはまずない。警察の方が許可を出さない。ってことはだ」
『…………』
「仮釈放……いや、そうでなかったとしたら、お前は脱獄したことになる。方法は分からないが、警察の方に仲間がいるとか、プールの時にはいた黒髪の不良が居ないところから見るとそいつに協力してもらって何らかの方法で……」
『……』
「つまり、方法はどうであれせっかく刑務所から出てこられたのに、こんな高校の校庭のど真ん中でまたこんなことしても、余計ひどくなるだけじゃないのか? それでもいいのよ? もうすぐ俺の友達も頼もしい仲間を引き連れてやってくるぜ?」
ぶっちゃけ刑務所のことについては全然詳しくなく完全に当てずっぽうだし、当然刑期なんか知らないし、そもそもコイツが逮捕されて牢屋に入れられたのかも定かではないし、脱獄だってそこらの不良が容易にしてのけるほど日本の警察はなまっちゃいないだろう。
でもとりあえず言っておく。図星をつければ少なからず動揺させることができるし、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる作戦だ。
それにもし仮に全てにおいて的はずれだったとしても……。
『……まぁ、前半はわけのわからん発言だったが……要するにてめえは「また捕まったらどうするんだ」ってことを言いてえ訳だ』
こうやって、呆れさせることで相手の怒りを鎮静させると同時に隙を生みだせる可能性があるからまったくもって無駄ではないのだ。
だからあとはその隙をうまく突くことができれば……。
『だが残念。俺はまたやすやすと捕まるなんて思っちゃいねえし、俺がそんなヘマするはずもねえ。余計な心配だな』
「けっ、自分を過大評価しすぎじゃねえのか? 今の状況を冷静に分析しろよ。油断してると痛い目にあう……まだ学習してねえらしいな。そんなんだから最後の最後でダメになるんだよバカが」
『ッ……こんのッ……!!』
ヤツは俺の挑発に、顔を真っ赤にして反応を示した。
頭に血が上ってちゃ周りもよく見えてないだろう? だったら俺が今ポケットに入ってる通信機の電源をONにしても、今のお前にゃ見えてないだろ?
俺はポケットに入ってるピンマイクのスイッチを、唯一捕らわれていない左手を使い手探りで入れた。
ここで『助けてくれ』と叫んだ場合、俺の声をピンマイクが感知して向こうに届けてくれるかもしれないが……そのせいでヤツが焦ってこのまま誘拐なんて展開になったら笑えない。
……ここは間接的に助けを求めてみるか。
「あ、そうそうプールの時にいたシュノーケルのやつ覚えてるか?」
シュノーケルのヤツ……変態発明家であるオメガのことである。
『はぁ……あぁ、あのオタク野郎か。それがどうした?』
「あいつはな、ロリコンなんだ」
『はぁ?』
不良はロリコンというなんとも唐突すぎる単語に、怒りも忘れ素っ頓狂な声を上げた。
そんな不良に、俺は続ける。
「お前らのような小さい女の子をいたぶるような奴を、あいつは決して許さない。しかもアイツはこの高校に通っててな。丁度アイツのいるクラスの窓を見下ろすと俺とお前の姿が確認できるんだ。だからもしかしたら今頃、俺の危機を感じ取ってこの場に駆けつけてくるかもな」
『…………はん、ただの脅しだろ?』
「そして駆けつけてきたあいつは、持ち前のびっくりどっきりメカでお前らを……そうだな、まずはバラすだろうな。一つ一つ、バラバラに。アイツはそういう奴だ。せいぜい背後に気をつけとけよ? いつアイツが来るかわからねえからな」
『はっ、安心しろ……そんな奴が来る頃にはもう俺はどこにもいねえよ。……お前もな』
「うわー、誘拐発言ですか。お前も体外変態だな。大人しく警察に今までの経緯を話して、そのバカみたいなアホ面不良から生真面目な優等生クンに更生させてもらったほうがいいんじゃねえのか?」
『なんだと……?』
「ほら、そんなことしてる間にヤツのお出ましだ。上見てみろよ?」
『上ぇ? 一体何があるってんだ』
そう呟きながら、奴が空を見上げた。俺から目を離したのだ。
その瞬間が、命取りである。
「小鳥が1羽飛んでるだけだ!!!」
そう叫びながら、俺は唯一塞がれていなかった左手で鋭いパンチを繰り出す。
この不意を付いた打撃が当たればラッキーだが、別に当たるとも思っていない。だがしかし、この左ストレートを防ぐには、俺の右手を抑えてる手、そして俺の左足を掴んでいる手、どっちかの手を離さなきゃいけない。
だがもしどちらかの手を離したりしたらその瞬間、二擊目が炸裂するぜ!!
『うおっと!? あぶねぇ!!!』
案の定一撃目は防がれた。そしてそれは、押さえつけられていた一つが解放された瞬間でもある。
ふっ、予想通りだ。人間、反射的なモノには利き手を出してしまうものなんだぜ……。つまりお前の利き手である右手に捉えられていた俺の左足が……。
さらなる追撃を生む!!
「そりゃ!!」
解放された瞬間、左足が奴の顔面へと向かってゆく。
結構足を振り上げなくてはならなかったが、さすが琴音の身体といったところだろうか。とても柔らかく余裕でヤツの顔の高さまで足が伸びていった。
俺の身体ならこの時点で足の筋を痛めているはずである。
……だが。
『甘い!!』
まるで熟年の闘技者のようなセリフを言いながら、目の前の顔を捉えていたはず俺の足を、ヤツはギリギリで回避しやがった。
そして避けられて目標を失い完全に伸ばしきって無防備なその足を、ヤツは首を斜めに傾げ、まるで電話をしながらメモをとる時のように、顔と肩で挟むようにして押さえつける。
傍から見ればヤツは少女の足に頬を擦り付けている変態である。
「……あー」
……ヤバイ、完全にヤバイ。右腕、左腕、そして右足に左足。すべてを捉えられた俺はもはや無抵抗なサンドバック状態であった。
ただ不幸中の幸いなのは、奴も俺の四肢を押さえつけているため攻撃を繰り出せないということである。つまり反撃に合う心配がないわけだが……。
というかこれ、もしかして相手からしてみれば俺今パンツ丸見えなんじゃ……。あーあ、もしコイツがロリコンならそれで揺らいでくれて隙が出来るのになぁ……。
だけど、まぁ。
作戦は成功したようだし、結果オーライだな。
「うおりゃ!!!」
『うごッ!?』
瞬間、ヤツは背後から何者かに頭部を殴られ、痛々しい声を上げながら地面に倒れこんだ。当然、不良に手足を拘束されていた俺もバランスを崩しつられて尻餅をついてしまう。
だがその尻餅から伝わる痛みは、俺たちの勝利を意味する痛みが故にどこか心地が良かった。って変態か俺は。
……まぁ、なんにせよ。よくぞ来てくれたぜ、“山空 海”!!
「この不良……!! 私の身体に触んないで!!!!」
そう、不良を背後からぶん殴ったヤツの正体は、俺、山空 海の身体になっている竹田 琴音そのものである。
というかその身体と声でそのセリフはやめてくれ。
「海のに……あっいや、琴ちゃ~ん!!! 先生呼んできた……って、あれぇ!? 解決してる!?」
「先生! アレ! アイツがその不良やで! あの厳い不良っぽいんがそうです!!」
『なにぃ!? アイツは中学の時の俺の生徒、山空じゃないか!! とうとうそこまで落ちたか!!』
「あ、いや先生、海の兄ちゃんじゃなくってその近くで倒れてる方」
『え? そっち? ……あっいや、あいつかァ!!!』
そして中学の方から、愉快な話声と共に二人と先生がこちらへとかけてくるのがわかった。あの先生はどうやら美術の先生のようだ。
――――って、なんで基本的ひ弱な美術の先生呼んだんだ。どうせなら体育会系の先生連れてこいよ。
第五十四話 完
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