第五十二話~この《入れ替わり》は思った以上に危険なものだったのかもしれない~
みなさん、どうもお久しぶりです。久しぶりの更新すぎて本当に申し訳ない。めんごめんご。
ちなみに、今回は文字数がなんと1万文字以内という、通常と比べて50%もの削減に成功しました。なので普段よりもお手軽に読めると思いますやったね!
俺の名前は山空 海。
信じられないかもしれないが、そんな俺の目の前には今、天使がいる。
その天使は、俺に優しく微笑みかけながら、手を差し出してくるんだ。
無邪気な笑顔で俺の手を引きながら『一緒に、行こうよっ!』って、誘ってくるんだ。
―――――俺、行ってみてもいいかな。
第五十二話
~この《入れ替わり》は思った以上に危険なものだったのかもしれない~
「いやアカンに決まってるやろぉ!!!」
「……はっ!? お、俺は一体……!!」
気がつくと俺は、里中 楓果ちゃんに胸ぐらを掴み上げられ、すごい顔で睨みつけられていた。
胸ぐらをつかみあげられている状況なのに、『この子、見かけによらず恐ろしい女の子だなぁ』などと考えている余裕があるのは、普段琴音の暴力的な怖さを目にしているからなのだろうか。
恐ろしいというよりも、馴染み深い感じ。胸ぐらを掴み上げられるのが馴染み深いとか人としてどうなんだとも思うが、やっぱり俺はこの状況に慣れてしまっている。慣れというものは人間をここまで変えてしまうものなのだろうか。恐ろしい。
『あ、え!? なにしてるの楓ちゃん!! 琴ちゃんのことが嫌いになったの!? え!?』
普段とても仲が良いはずの琴音と楓果ちゃん。そんな楓果ちゃんが、琴音(俺)の胸ぐらを突如としてつかみあげるその光景は、なんの理由も知らないクラスメイトの女の子には異様な光景に見えるだろう。
そう、俺と琴音の身体が“入れ替わってしまっている”という事実を知らないこの女の子には。
『楓ちゃん! えっと、あの琴ちゃんは悪い子じゃないから!! あの、許してあげよう!? ね!?』
訳も分からないはずなのに、一生懸命楓果ちゃんをなだめようとする女の子。テンパりすぎて涙目になってしまっている。
その姿を見て俺には、素直な子だな。という印象が強く残った。
「あ、あははは! 大丈夫や! 気にせんといて!!」
女の子の必死な説得(?)のおかげか、楓果ちゃんは俺をすぐに解放すると、必死にごまかしていた。
楓果ちゃんの言葉を聞き安心した様子の女の子の顔を見届けたあと、楓果ちゃんはその子に告げる。
「……アタシら今日はプール入らんと見学しよう思うてんねん。いや、見学もできへんかも……」
え、なんで!?
『え? なんで? 熱でもあるの?』
「ちゃうけど……今日はちょっと用があんねん。せやから、先生に言うといてくれへん?」
『う、うん。わかったけど……授業行けないほどの用事って?』
「あ、あははははは気にせんといて~~!!」
しばらく二人で会話していたかと思うと、突然楓果ちゃんはわざとらしくその場を離れて行った。
おい待てどこ行くんだ。俺を置いてどこ行くんだ。自慢じゃないが今時の女子中学生の好みとか流行とか知らないから、この子と二人きりにされても会話を盛り上げる自信ないぞ。
「なにしてんね~~~ん!!!!」
と思ったら戻ってきた。
「何をしてるんだ何を。急にシャトルランでもしたくなったのか?」
「そうそう! 来月の試合のために体力作りを……ってそんなんちゃうわ!!」
全力で戻ってきたと思ったら間髪いれずにツッコミを入れてきやがった。しかもノリツッコミときた。
さすがは大阪人、ノリだけは琴音に負けず劣らずだな。というか琴音のノリがいいのは普段からこの子と一緒にいるからなのかもしれないな。
『あ、なるほどぉ~! 楓ちゃん琴ちゃん安心して! 二人とも全然太ってなんかないよ。普通だよ?』
そして俺と一緒に楓果ちゃんの謎行動を見ていたクラスメイトの子がわけのわからないことを言い出す。
今の俺と楓果ちゃんが織り成した会話をどう解釈すれば、俺達が太っているという結論に至るのか素晴らしく謎だ。
『え? だってプールに入りたくないのって太ってるのを気にしてたからじゃないの?』
あ~なるほどね。『太っていて恥ずかしいからダイエットのためにシャトルランをするのでプールに入れません』ってね。バカか。
『え? 違うの?』
「そ、そんなわけないやろ! た……確かにちょっとお腹周りが気になってきとったんやけど……って、んなことどうでもええねん!! あぁもう! 琴ちゃん向こう行くで!!」
一人で勝手に盛り上がっていたかと思ったら、今度は俺の手を引っ張りスタスタと歩き出す楓果ちゃん。
いきなり腕を引っ張られたので足がもつれ転びかけたが、さすが琴音の身体といったところだろうか。反射神経が高かったおかげかなんとか転ばずに済んだ。
楓果ちゃんに腕を引かれたまましばらく進んだあとふと後ろを振り向くと、あの女の子は困った顔をしながらも俺達に手を振っていた。どこまでも素直な子である。
「しかし……これはチャンスやで」
俺を連れながら歩く楓果ちゃんは、独り言のようにそう呟く。
そう、これはチャンスだ。
みんながプールの授業中だということは、この間にこの中学を出て琴音と合流し、元に戻り、自分の身体に戻った琴音が中学に帰ってきたとしても怪しまれずにすむ。
つまり、上手くいくと琴音が学校出て行ったことに誰も気づかずに全て解決するかもしれない。というわけだ。
何度も言うように、俺が望むことは琴音の中学での印象をあまり変えずに、かつ迅速にこの《入れ替わり》から解放されて、お互いにいつもの日常に戻ることである。
琴音は昔から人見知りで、友達を作るのだって絶対に苦労したはず。それなのに俺が変な印象を周りに与えてしまうと、琴音の中学生活で作り上げてきたいろいろなものが全て水の泡となってしまうわけで。
そしてだからこそ、琴音のクラスメイト全員が2時間もの間プールに移動するというこの状況を生かさない手はないだろう。
そうなると女子中学生の更衣をじっくりと見れるチャンスを自ら潰すことになるが、なぁに、なんてことはない。なぜなら俺は変態じゃないからだ。それにロリコンでもない。だから惜しくもなんともない。そんなことする暇があるなら俺は一刻も早く自分の身体に戻りたい。
そしてそのためには即行動だ。
「ふふふ、今見とかないと後々後悔するんとちゃうか~?」
「ニヤニヤしながら何を馬鹿なことを言ってんだよ。それで俺が覗きに行くって言いだしたらどうすんだよ」
「どつきまわす」
「じゃあ覗かねーよ」
「ホンマにええの~? 皆ピッチピチやで~?」
「え、なに? もしかして楓果ちゃんは俺をどつきまわしたいの?」
「それもありやな! ……って、アタシらなに足止めてほのぼの会話しとんねん!!」
「そ、そうだった!! 早く琴音のとこ行くぞ!!」
気がつけば、俺達は歩みを止めてくだらない会話で盛り上がっていた。
いつも話が変な方向に行ってしまうのは、俺達の特性なのだろうか。こんな状況でほのぼのしなくてもいいのに何をやってんだ俺は。
「でも海の兄ちゃん本当にいいの? 女子たちの裸を拝めるなんてまたとない機会だよ?」
そしてカズくんがプールバックと琴音の荷物らしきものを抱えながらいつの間にやら俺達の隣に立っていた。
おいおいカズくんお前、秋に気配を消す方法でも教わってんの? いきなりぬっと出てきたからびっくりしたんだけど。
「というかなんでカズくんまで俺に覗きを唆してくるんだよ。俺がどつきまわされる所が見たいんじゃないだろうな?」
「ち、違うよ! もしオレだったら絶対に覗きを取るから本当にいいのかなって思っただけだよ!」
「お前変なとこ正直だな」
「カズッちゃんも男の子なんやね……」
「え!? あ、いや……その……!!」
自分で言っておいて顔を真っ赤にしているカズくん。お前うろたえるの好きだなさっきから。
「って、また話し込んでもうとるやん!!」
「やばい! じゃあカズくん、俺たちは琴音のとこ行くから!!」
そう言い終わる前に、俺と楓果ちゃんは走り出していた。
「ちょ、オレも行くよ!!」
数秒遅れて、カズくんも俺達の背中を追って走り出す。
そして中学をでるために玄関へと向かう途中、
「よし、ちょっと覗いていこうぜ?」
プールに授業前だからみんなはしゃいでいるのだろう。
目の前の教室(女子たちが更衣してる場所)から、ざわざわと浮かれた話声が聞こえたので楓果ちゃんにそう提案してみたりもしたが、ものすごい形相で睨まれたので俺は謝罪の言葉を口にして玄関を目指す。
途中後ろの方から『廊下を走るな!!』という男の先生と思われる声と共に、カズくんの慌てふためく声が聞こえたが、俺達は振り返ってはならないんだ。カズくんの『ちょ、先生! オレには行かなければならない場所が!! えぇ!? やめて!! それだけは! 職員室だけは!! うわぁ~!!』というセリフのあとに妙に静かになった所から察するにカズくんは先生に職員室とかに連れて行かれたのだとは思うが、些細な犠牲だ。アディオスカズくん。
「なんや、張り切って出てきた割にはあっさり抜け出せそうやな」
階段を駆け降りた先。下駄箱などが綺麗に並べられている、いわゆる玄関へと俺たちはやってきた。
目の前には生徒たちの外履きを収納する靴箱がずらりと並んでおり、ガラスできた外への出入り口用ドアも全開に開いている。
まったくいくら玄関でみんながよく出入りするからといっても、鍵ぐらいかけとかねえと危ないだろう。匂いフェチの変態さんがいたら女子中学生の靴を全部強奪されかねないぞ。全く無防備な学校だぜ。
「山空さんのその発想のが危ないわ」
「楓果ちゃんうるさいよ?」
「うっ、山空さんだんだん性格が琴ちゃんに似てきてへんか……?」
「え? そう?」
俺的には俺の意思で普通に接してるつもりなのだが、やはりこの《入れ替わり》のせいで俺の体に何かしらの変化が現れ始めているのだろうか。
このままじゃ危険そうだし、こんなところで油売ってないでちゃっちゃと元に戻れるよう頑張るとするか。
「ほら、もうグダグダやってないでさっさと行こうぜ!」
「いや元はといえば山空さんが原因やんか……」
「黙しなさい」
さっきからなんか悪態ついてばかりな楓果ちゃんの手を強引に引っ張り、俺は外へと走り出――
「って、山空さん靴!」
「おぅ!? 忘れてた!」
走り出そうとしたが、俺は今上履きだ。上履きとは主に学校内で使用するための靴。外へ出るときはちゃんと履きなれた外履きに履き替えなくちゃいけないのに俺としたことが一人で盛り上がってすっかり忘れていたぜ。
「山空さんって実は天然なん……?」
「天然じゃない!! 多分!!」
とりあえず適当にツッコミを入れつつ、俺は琴音の靴箱からいつも琴音が履いていた靴を取り出し、上履きを靴箱にしまう。
靴箱は名前順になっているのだろう。結構高い場所にあって取るのが一苦労だった。毎回こんな地味な苦労してるのか琴音……。
「あれ、山空さん琴ちゃんの靴の場所知っとったん?」
「ん? あ、いや知らなかったけど……ほら、靴箱に名前書いてあるし琴音の靴は知ってたから……」
「……ふ~ん」
琴音の場所とは違い、楓果ちゃんの靴箱は結構下の方にあって、靴を取るたび毎回しゃがまなくてはいけない場所にあった。背伸びをして取らなくちゃいけない琴音も大変だが、毎回しゃがむというのも地味に大変だ。ちなみにカズくんの靴箱の場所はちょうどいい感じの位置にあった。
いや、今そんなことはどうでもいい。
楓果ちゃんにはああ言ったけど、琴音の靴の場所を知らない俺が無意識のうちに……それも一発でその場所を特定することが可能なのだろうか。
たしかに、靴箱にはそれぞれ黒いペンで書かれた名前の入っている白いテープが貼ってあったし、靴箱も名前順で並んでいるようだったし、琴音が普段履いていた靴も俺は知っていた。
でもやっぱり、ひとクラス30人くらいいる中で琴音の靴箱だけを発見できたのは奇跡的なことである。もしこれが奇跡じゃないとしたならば……。
考えれば考えるほど、俺は限りなく琴音に近づいてしまっているようだった。
「山空さん、靴履いたんやったらはよ行こうや」
「あ、あぁ。そうだな」
とにかく、何もわからない俺がブツブツ考えていても始まらない。
今は琴音に会うことだけを考えよう。
靴紐をきっちりと結び直し、何故か俺よりも張り切りながら先に学校を飛び出した楓果ちゃんのあとを追うように、俺も中学校を飛び出した。
外には広々とした校庭があり、その校庭の先の、道を挟んで向こう側に俺の通う……琴音のいるであろう高校が見える。いまさらだが凄い近いな。
「ほらほら! はよこんと先行ってまうで~!」
「そして楓果ちゃんはなんでそんな楽しそうなんだよ」
数分くらい前から、楓果ちゃんはどこかワクワクしているように思えた。まるで、この《入れ替わり》の状況を楽しんでいるかのような、そんな雰囲気だ。
そして関係のないことだがスカートって本当にスースーするんだな。風が吹くたび妙に落ち着かないし、その……あまりこういうことを意識したくないのだが、スースーすることによって下着の密着部分とかが分かってしまうというか……いやごめんなんでもない。これ以上はダメだ、俺が卒倒する恐れがある。
「アタシ隣の高校ってどんなとこなんかずっと気になっててん! そん中に入ることが出来るやなんてワクワクせんほうが嘘やろ! ……って、あれ? 山空さん顔真っ赤やで?」
「へ? あ、いや気にしないで!」
「……なんかやらしーことでも考えてたんとちゃうやろな?」
「か、考えてはないナリ!!」
「コ○助か」
目的地が目と鼻の先というところまで来ているという安心感からか、俺と楓果ちゃんはくだらない雑談で盛り上がりながら隣の高校へと向かう。
ここまで来てこんなことを思うのもアレかもしれないが、いざ元に戻れるとなるとどこか惜しい気もする。
親友の妹の体とはいえ、せっかく女の子の身体になったのだから、もっと色んなことをして見たいと思うのが男って生き物だ。と、思ったので。
「べ、別に海兄ぃのことなんか好きじゃないんだからねッ!!」
と、周囲に聞こえない程度で叫んでみた。
不思議な感じだな、自分で喋っているのに自分が言ったんじゃないみたいだ。
アニメとかでよくあるあのツンデレ、男の俺が自分で言ってても気色悪さの夏祭りみたいなものだが、琴音の……女の子の声で聞くと、それがたとえリアルでも可愛いものだな。
男の声帯からはいくら頑張っても絞り出せない、自然なまでの綺麗な声。今さらだけど、琴音って結構可愛い声しているんじゃないだろうか?
たしか前にオメガが『琴音ちゃん琴音ちゃん! 僕を罵ってみてくれない!?』みたいなことを琴音に土下座して頼んでたけど……今ならその気持ちがわかる気がするよ。分かりたくないけど。
「……山空さん……あんたはアタシをどんだけ引かせれば気が済むねん……」
小さい声で言ったはずだったのだけど、残念ながら楓果ちゃんには聞かれてしまったっぽい。だがむしろそのジト目を見れただけでも収穫といえよう。
……やばいな、《入れ替わり》とかいう特殊な状況のせいで俺の性格のキモチワルイ部分が表に出てきてやがる……。おいコラ!! オマエは高校入学と共にドブ川に投げ捨てたはずだ!! 引っ込め!! 俺のキモチワルイ部分!!
「ん……?山空さんアレなに?」
「沈まれー!! 俺のキモチワルイ部分ー!!」
「山空さん!?」
「え? なに、どしたの」
「いや『どしたの』じゃあらへんよ!! あかん、もう限界や!! アタシずぅーっと我慢しとったんやけど、琴ちゃんの姿で変なポーズすんのやめてくれへんかなぁ!?」
「あー、自分で言うのもアレなんだが……今更だな」
俺が琴音の姿で変なポーズをしていたのは今に始まったことじゃない。というか、俺自身変なポーズしているつもりはないのだが……最近俺の周りに特徴的なやつらが現れたせいか、リアクション芸人の如きナイスなリアクションを無意識の内に織りなしてしまう身体になってしまっているのであった。
「……ってぇ、そないなこたァどうでもええねん!!」
「唐突に口悪いな」
「山空さん! アレ、なんか人みたいなもん立ってへんか……?」
「人、みたいなもん……?」
楓果ちゃんの指差す方向の先に視線を移してみる。が、その視線の先には今回の目的地である隣の高校の玄関があるだけだった。もちろん、楓果ちゃんの言う“人みたいなもの”なんてどこにも……。
「……ん!? いや、いる!!」
ちょうど陰になっていて分かりづらかったが、一度それらしいものを発見してしまえばもうハッキリとわかってしまう。
そう、それは確かに存在した。隣の高校の玄関内……靴箱の奥の方。暗い場所でここから結構離れているということもあり、顔はおろかそいつが男なのか女なのか、さらには生徒なのか先生なのか、何一つわからない。だけど、暗い場所からにゅっと伸びた足を見る限り、あれは確実に人間である。
「不気味……やね」
「……だな」
俺達が不気味に感じてしまうのも無理はないことだと思う。それもそのはず。なぜなら、高校は今は授業中のはずなのだ。
たしかに、一般的な高校ならば授業を抜け出した生徒だったり、暇を持て余しお散歩している先生だってのもあるとは思う。でもあそこは鬼の西郷が住んでいる魔の巣窟だ。ただの高校とは違う。
もしも授業をサボって抜け出そうものならば、あの西郷がたとえ別クラスの生徒だろうと、捕まえては生徒指導室へ即連行。どこへ逃げようが、どこまでも追ってくるあの鬼の西郷にかなうヤツなんてこの「普通の高校」という別名があるほどに普通な隣の高校では存在しない。少なくとも俺の知る限りではいない!!
先生だって今は深刻な教師不足なくらいだからお散歩する暇だってないだろうし……だとしたらあの人物はいったい誰なんだろうか……。
「そこまで普通なんか? その高校」
どうやら俺はまた独り言のように考えを喋っていたようだ。
いかんいかん、たしか楓果ちゃんは隣の高校が気になっていたんだったな。あまり幻滅させるようなことを言ったら可哀想か。気をつけなければ。
「うん、普通……というか、俺が中学生だった頃は普通が売りの高校だったな。だからこそ俺もそこに進路を決めたわけだし……」
「中学の頃は……ってことは、今はそうじゃないん?」
「今は……」
今……か。
そんなこと、楓果ちゃんに言われるまで考えたことなかった。
普通で名高い隣の高校へ入学すれば俺にも友達ができるんじゃないか。なんて、淡く淋しい期待を胸に入学して、でもいつの間にか不良だの金持ちだのって噂が広まって……。
たしか、不良の山下が目つきの悪い俺を不良仲間だと勝手に勘違いして絡んで来てからだったっけな。俺が不良扱いされ始めたのは……。山下とことん邪魔な奴だな。
それでも、今年に入って、エメリィーヌと出会って、エメリィーヌが学校に来るようになってから、クラスメイトの一人である里中とも友達になれたんだっけ。あの時は正直嬉しくて泣きそうだった。
秋や琴音はもちろんのこと、エメリィーヌや里中の他にも、オメガやユキなんかも俺と仲良くしてくれて……。
そうだな。昔は普通の高校だったけど、今は普通なんかじゃないな。
「今は、俺にとって最高の場所だ」
「…………」
爽やかな気分でそう答えた俺を見て楓果ちゃんは何も言わなかったけど、その顔はとても優しい顔つきになっていた。
優しいといっても同情とかそういう類の顔ではなく、なんかこう……俺の幸せが楓果ちゃんに伝わって、楓果ちゃんも幸せになったって感じの……。もしこれが俺の勘違いだったら素晴らしくキモいな。
「ところで、さっきっからちょくちょく名前出てきてるけど……その『ユキ』って人……山空さんの彼女さんなん?」
「違います!! 断じて彼女さんなどではないので誤解しないでくださ……うっ……」
『彼女』という言葉に顔が熱くなり、つい否定の言葉を口にした瞬間だった。
なぜだかは分からないが、一瞬だけ、胸が締め付けられてズキズキと痛んだような……そんな妙な感覚が俺を襲った。
「や、山空さん、どないしたん……? 」
「……あ、いや、なんでもないよ。えっと、ユキは彼女じゃなくって……!? くそ、また……!!」
なぜなのだろう。ユキの事を考えるたび、胸が苦しくなる。……いや、正確にはユキのことを「否定」するたび、胸の奥にキリキリとした痛みが生じるのだ。
なぜか息苦しくなって……それに少しだけイライラしてくる。この感情がなんなのか、今の俺の知識では解明できない。
「山空さん!? 大丈夫なんか!?」
胸元を強く握り締めて制服にシワを作ってその場で屈み込む俺。誰がどう見たって正常には見えないだろう。当然楓果ちゃんだって同じようで、ただ事じゃないとわかると必死な様子で俺に声をかけ続けてくる。
痛い。苦しい。イラつく。
この三つが複雑に入り混じり、今までに経験したことのないような、大きな症状となって俺に襲い掛かる。風邪や病気なんかじゃないとは思うものの、立っていられないほど苦しいのは明らかに異常。
《入れ替わり》による副作用なのかそうでないのか、原因がハッキリしない不安も重なって俺を襲う。
「うぅ……ぐぅッ……!!」
ユキのことを思うことで感じるこの症状。
この症状がなんなのか、俺の知る中で一番正解に近いものだとするならば、これは間違いなく『恋の病』である。だがしかし、それはこんなにもイライラするものなのだろうか?
腹が立つのとは違い、憎ましいというのともまた違う、このイライラ。
例えるならばそう、寝不足でいつもよりイライラしてしまう感じに近いかもしれない。もしこれが『恋の病』だって言うのなら、俺は絶対にもう恋なんてしない。
「ぬっふ……!!」
やべえ……今度は頭痛がしてきやがった……。唐突な頭痛のせいでなんか「ぬっふ」言っちまったよ……。
頭が割れそう。とまではいかないまでも、今まで経験してきた中で一番ひどい痛み。
イラつきと胸の痛みと心苦しさも重なり、額から脂汗が湧き出てくる。
「山空さん!! 大丈夫か!? あ、保健室行こか!? えと、そや! 偶然ポケットに入ってたアメちゃん舐める!?」
「……うぅ……ぐぅ……!!」
徐々に薄れてゆく意識。
心臓の鼓動が、五月蝿いくらいに早く、大きくなっていくのがわかる。
「……っぁ……!! 山空さん!? 山空さん!!!」
耳元で俺の名を必死に叫び続ける楓果ちゃんの声も、次第に聞こえなくなっていく。
あ……ダメだ……。意識が……もう―――――――。
俺の意識は完全に途切れ、その場で倒れ込んでしまった――――――
第五十二話 完
誤字脱字誤文脱文があったら気にしないでください。