第五十一話~現在高校生であるこの俺が中学時代の青春を今更エンジョイしているわけだが~
俺の名前は山空 海。性別は男。17歳の高校二年生。……の、はずだったのだが。
ある日突然、俺の親友の妹である13歳で中学1年生の女子、竹田 琴音と身体が入れ替わってしまったんだ。
その原因は俺の家に居候している変態発明家、オメガこと鳴沢 恭平の発明品の誤作動によるものだと思う。そのオメガから今朝偶然もらっていた通信機で琴音と相談し出た結論だから間違いはないだろう。
原因さえわかればこっちのもんだ!
そう意気込んでいたのだが、琴音が『英語のテスト、私の代わりに受けてきてよ!』と言い出すもんだからさあ大変。
俺は琴音のクラスメイトであり親友でもある二人、琴音の幼馴染であるカズくんこと小野 和也くん、関西弁でポニーテールが特徴の里中 楓果ちゃんに事情を説明し、二人の協力のもと琴音の身体でとうに卒業した中学校生活を一日だけといえど再び満喫しなくちゃいけない羽目になってしまう。
まぁ、俺も、懐かしき我が母校で同心に帰るのも悪くないかなと思っていたわけなんだが……。その安易な考えがとんでもない事態を引き起こしつつあったのだ。
その事実に気づくきっかけになったのが小野 和也……カズくんの憶測。
憶測の内容は、“長時間入れ替わり続けると徐々にその人の身体に馴染んできてしまう”というものだった。つまり、俺の魂は徐々に琴音の身体に溶け込んでしまい、早く戻らないと俺は完全に琴音となってしまう。というわけだ。
それを聞いた俺と楓果ちゃんは『んなわけあるかい』と、カズくんの憶測を思春期の男子中学生によくある厨二病がかったイタい妄想だと足蹴にしていたのだが。
だが、まさかその妄想が的中していたなんて――――――――――――
第五十一話
~現在高校生であるこの俺が中学時代の青春を今更エンジョイしているわけだが~
「―――カズくんの言ってたこと……バカにできないかもしんねぇ……」
俺がそう呟くと、シリアスな雰囲気に呑まれたのか、楓果ちゃんは額に汗をにじませていた。
だがその一方でカズくんはというと。
「ほらねほらね!! やっぱりオレが言った通りじゃないか! 二人とも全然信用してくれないんだもん困っちゃうよねー」
と、このシリアスな雰囲気をも上回るウザさを放出させているではないか。
「って、あ、あれ? 二人共どうかしたの……? 目が怖いよ……?」
地べたに尻餅を付いた体制から、キョロキョロと俺と楓果ちゃんの顔を交互に見ては顔が強張っていくカズくん。
俺は今琴音の身体なので、傍から見ればカズくんが女子二人に腰を抜かしている情けない絵面になっていることだろう。
「カズッちゃん……あんた空気読まれへんのやったらちょお黙っといて」
軽くため息をつき、呆れた様子でカズくんにそう告げる楓果ちゃん。
そう、とりあえず俺はこんなことしている場合じゃない。俺は琴音のクラスメイトの男子に呼び出されて、その男子を待たせているんだ。早く戻らないと怪しまれてしまう。
「いいか二人共。覗くなら覗くでそれでいいからもっとバレないようにしろよ」
俺を屋上に連れてきた男子の様子から察するに、これはほぼ間違いなく告白へのシチュエーションなのだ。ただでさえ勇気を使う告白なのに、その瞬間を誰かに……それもクラスメイトに見られたとなっちゃ、気にする人はすごく気にするだろう。そうなるとあとあと面倒なことになってしまう。
俺は今、琴音なんだ。下手な事をしたりしようものなら、琴音が変な目で見られてしまう。
だから俺は今後の琴音の中学校生活に支障を来さぬよう、なるべく静かにこの中学から立ち去り、俺の身体を持つ琴音がいる隣の高校へと忍び込み、琴音と接触しオメガに会って、この《入れ替わり》を元に戻してもらう。
「わかった。静かに覗いてるよ」
俺の言葉に、カズくんはそう答えながら頷く。
「それはわかったけど……もし端元くんがホンマに告白してきたら山空さんはどないするつもりなんや? 断るんか?」
端元くん。何度も言うが琴音の身体である俺を屋上へと連れてきた琴音のクラスメイトの男子だ。
告白が俺達の考えすぎで、端元くんはただ世間話がしたいだけだとしたらそれほど良い展開は他にない。だが、その可能性はあまりにも低い。男の勘だ。あ、今俺は琴音だから女の勘になるか。そうかこれが女の勘か。女ってすげぇな。っと、話が変な方向に行ってしまった。
とにかく、もし端元くんが告白してきたとしたならば、俺は断るしかない。まぁ当然だろう。
でもただ断るとなると、端元くんと琴音は今後気まずくなってしまうと思う。それではダメなのだ。
俺が一番に望む展開は、相手が傷つかず、さらに今後端元くんと琴音が一緒に居づらい空気を残さないような、そんな展開だ。そしてそれは、告白の断り方次第で決まるであろう。
どうすれば断られても今後今までのような普通の関係で接する状況にできるのか。どんな断り方をすればよいのか。そこが一番難しいところだ。
「アタシは女の子やから男子の気持ちわからへんけど……普通に『ごめんなさい』じゃ傷ついてしまうもんなんか?」
「傷つくねぇ。どうせダメだと思っていても、やっぱり期待してしまうものなんだ。その期待をバッサリ否定されたりなんかしたら、俺なら少なくとも三年間は立ち直れないね」
「落ち込み期間えらい長いな」
「そのくらい男はバカな生き物なんだよ。なぁカズくん?」
「うんそうだね。そんな悲劇が起こればオレは世界に絶望する自信があるよ」
「ふ~ん、そないなもんなんやなぁ」
男の内面を知り、意外そうに納得している楓果ちゃん。
だが俺にとっては、そんな意外そうな楓果ちゃんの……女子の反応の方が意外である。
「海の兄ちゃん、そんなことより端元くんのヤロウが待ってるんだから早く行ってあげなよ。いつまでも待たせると端元くんのバカが可哀想だしさ」
「妬むか気遣うかどっちかにしろよ」
「男の妬みなんてカッコ悪いだけやで」
「え、えー? ね、妬む? ななな、なんでオレが端元くんを妬まなくちゃいけないのサ! おお、オレと端元くんはオトモダチなんダヨ!?」
「嘘つけ。動揺しかしてねぇじゃねえかお前」
「それにあんたが端元くんと仲ようしてるとこアタシ見たことないで」
本人は照れて隠しているつもりらしいが、カズくんはどうやら琴音のことが好きらしい。なのでカズくんからしてみれば、自分と同じく琴音のことを好きな端元くんは敵なのだろう。その証拠に、カズくんの目は泳ぎまくっている。
琴音め、お前はいつからそんな罪な女になってしまったんだ!! と、なんとなく考えてみる。
「って、そんなことしてる場合じゃねぇ。端元くんとこ行ってくる」
もうかれこれ10分は経っているだろう。さすがに端元くんも痺れを切らす頃だ。
「海の兄ちゃん! 端元のバカ野郎コテンパンにフッてきてね! できれば一発蹴り砕いてきて!」
「もはや妬み心丸出しやな」
カズくんは混乱してきているのか、もう自分で自分を制御できていない様子。
そんなカズくんに背を向け、俺は端元くんの待つ屋上の扉に手をかけ、開けた。
端元くんは扉の音に気づくと、軽く深呼吸をして俺に向き直る。その顔は十数分前の赤い顔とは違い、普段の端元くんに限りなく近いであろうものとなっていた。
俺と楓果ちゃん達とのやり取りの間に、落ち着きを取り戻したのだと思う。
『えっと、お、遅かったね。ね、猫どうだった?』
「猫? あ、あぁ! 猫ね! うん、大丈夫だった」
『あ、ならよかった……です』
楓果ちゃん達が覗いているのを誤魔化すために、猫がいるって誤魔化したのを忘れてた。危うく怪しまれるところだったぜ。
そんなことより、端元くん。頑張って告白して来い。承諾はできないが、悪いようにはしない。もう『相手も傷つかないお断り方法』の手順は脳内でイメトレ済みだ。
『あ、あの……その、えと、あの』
端元くんは、俺と目が会うたび気恥かしそうに視線を逸らす。
好きな子の顔を見て話ししたいけど恥ずかしくて直視できない、思春期の少年によくある初な感じが、こんな状況だというのに『平和だなぁ』と実感させてくれる。
……平和をしみじみと実感するとか、俺も歳をとったものである。
『……えと、あのちょっとごめん。深呼吸させて』
端元くんはそう告げると、俺に背を向けて小さく深呼吸をはじめる。
緊張しているのはわかるが、なにも深呼吸の許可を取らなくても。こっち側からしてみれば、このあとどんな展開が待ち受けているのかを余裕で察することができてしまうぞ。気をつけなさい。
いや告白したりされたりという事が一度もない俺が言うのもあれなんだけどもさ。
『すぅーはぁー……よしっ!』
深呼吸を終えたあと、自分の両頬を手で叩いた端元くん。どうやら気合を入れたようだ。
よし、頑張れ端元くん。俺はキミの勇気を無駄にはしないぞ。
『……あ、あの!』
気合を入れ直してもなお、顔を真っ赤にさせる端元くん。
言葉に詰まったり、深呼吸したり。いろいろしたのも、この次の瞬間のため。
いけ端元くん。キミはやれば出来る子だと信じてる。頑張れ。
「俺……いや、私はいつまでも待ってるから。端元くんの言いたい時に言ってくれればいいよ」
俺がそう告げると、端元くんの強張っていた顔が少し緩んだような気がした。
少しでも緊張を解して、ちゃんと言葉で伝えられるよう後押しする。これは俺なりの気遣いだ。
『……うん、ありがとう』
俺の後ろの、扉の陰で見守る楓果ちゃんとカズくん。そして、この俺自身。
みんなが見守る中、端元くんはとうとうあの言葉を口にしたのだ。
『――――――おれ、竹田さんのことが好きです!! えとその、だから……つつつ、つ、つ、付き合ってほしいなーなんて……あぁいや、えとあの、ご、ごめん……なんでもない、かも……』
最後の方はちょっと自信をなくしたが、端元くんは立派に告白するという偉業を成し遂げた。
頑張った端元くんの勇気に応えるため、ここは俺も全力を尽くして断るしかない。
だから俺は、端元くんの左肩にそっと手を添えて。
――――ありがとう。でも、今はその気持ちに答えられない。……そう、告げるつもりだった。
「あ、あの……えと、その……!!」
そうだ。俺は琴音じゃない。だから端元くんや琴音に迷惑がかからないよう丁寧に、そして優しく断るつもりだったんだ。
なのになぜ俺は……。
―――なぜ俺は、こんなにドキドキしているんだ。
返答に、言葉に詰まる。顔が熱くなっていくのが自分でわかる。
そしてなにより、心臓の鼓動が今までにないほど早く脈打っている。
待て。落ち着け。落ち着けよ俺。何を意識している。
いいか、俺が告白を受けたわけじゃない。彼は琴音に告白したんだ。……いや、それはこの際どうでもいい。
なんで俺……こんな、こんな時に、まるで胸キュンのような感覚を感じてしまっているのだろう。
謎の感情に困惑しながら、俺はそっと、何かを確かめるように端元くんの顔を見てみた。
「うわわ……!!」
瞬間。さっきまで熱かった顔が、さらに顔が熱くなるのを感じた。
心臓の鼓動がうるさい。胸が苦しい。
これは告白の照れくささとか、恥ずかしさとか、そういった類の気持ちじゃない。
そう、これはまるで……俺が端元くんのことを―――――
って、いやいやいやいや、ありえないよ馬鹿!! 俺の馬鹿!! 落ち着け、一旦落ち着こう。そうだ、深呼吸だ。
「は、端元くん! い、一端、深呼吸させてください!」
何のために確認を取ったのか、端元くんの返答を聞く前に、端元くんに背を向け深呼吸をはじめる俺。
先程とは逆の立場だ。
「すぅー……うっ!? ゲホッコホッケホッ!!!」
急に大きく息を吸い込んだためか、肺に空気以外の何かが入り込みむせてしまう。
『だ、大丈夫!?』
「ひゃぁ!?」
俺の背中に優しい感触を感じる。咳き込む俺を気遣い、端元くんが俺の背中をさすろうと手を差し伸べたのだろう。
だが端元くんの手が俺に触れた瞬間、俺の体がまるで自分のモノではないかのように(実際に自分のものではないのだが)ビクッとなって、自分でも信じられないほどの可愛い声で変な悲鳴が口から飛び出した。
それを聞いた端元くんは、『あ、ごめん』と呟くと一歩だけ後退る。
おいおいどうしちまったんだよ俺! なにが『ひゃぁ!?』だよ俺は二次元の美少女か! 恋する乙女か!
というか夢なら覚めて!! なんで俺がこんな、小学生に毛が生えた程度の中学生に……それも男子にこんな初恋のようにドキドキバクバクせにゃならんのだ!!
あ、そういえば俺友達を作るのに精一杯で初恋とかまだなかったなぁ。
俺の初恋かぁ。まさか相手が男だとは思わなかったなぁ。って嘘だろ!?
恋なのか!? これは恋なのか!? 告白された衝撃でそんなドン引きレベルの性癖に目覚めてしまったのか俺は!? 甘酸っぱいこの感情がすごく怖い!!!
『竹田……さん?』
「ぴゃぅ!? ちょっとまってて!!」
心臓の鼓動がうるさい程に高鳴り、身体が熱いほどに火照る。頭からシューシューと煙が出てきていても不思議じゃないくらいだ。
俺はどうなってしまったのだろうか。
俺は……端元くんが好き……なのか?
いやいやいやいや!!!! ち、違う。きっと告白されて妙に意識してしまっているだけなんだ。そりゃ告白だもんな。愛の力にゃ不思議な魔法がかかっているのやもしれん。きっとそうだ。俺は魔法をかけられたんだ。そうに決まっている。さすが愛! 愛の力は偉大だぜ!!!!
よしっ、端元くんの愛情をこれ以上生身で受けてはいけない。すぐにこの場からずらかろう。うんそれがいい。
そうと決まると俺はゆっくりと端元くんの方へ体を向け、カッと目を見開き端元くんの顔を……。端元くんの顔が……。端元くんの……顔、が……。
「あ……その……」
無理ぃいいい!!! 今の端元くんと目を合わせるなんて無理ぃいいいいい!!! だがしかし立ち向かえ。立ち向かうんだ俺ー!!!
「そ、その。い、今のって告白……だよ、ね」
まずは話しやすい状況に持っていく。
『……う、うん。そうなる……かな……ごめん』
端元くんは顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
まぁ、恥ずかしいのはわかるので気にしないでそのまま続けよう。
ドキドキが止まらないけど、それでも琴音になりきれ俺。
「あ、謝らなくていいよ。告白するなんて凄い勇気だよね。よく頑張ったじゃん」
よし、そのままそのまま。このペースで静かに会話するんだ。ナイス平常心。
今後、琴音と端元くんが気まずくならないよう、全力でサポートしろ俺。
『……え? 迷惑じゃ……なかった……?』
どうせすぐに断られると思っていたのだろう。
俺の言った言葉が意外だったのか、すぐに断られなかった喜びよりも驚きの方が表情に出てしまっている端元くん。
その笑顔を見た瞬間、胸が苦しくなる。でもこれは嫌いになれない苦しさだ。
あぁ……俺やっぱり、端元くんの事が――――――
って、へーいじょーうしーん!!!!! 何を血迷っているんだ俺はぁぁあああああ!!!!!!!!
惑わされるな!! この気持ちは気のせいだ!!! 偽物、催眠、洗脳、幻覚!! いい歳こいて中坊相手に胸キュンしている場合じゃねぇぞ俺ぇ!!
「迷惑じゃないよ。ちょっとビックリしたけど、嬉しかった」
もし告白を受けたのが正真正銘の琴音だったらどう返答するか。多分、相手を傷つけぬよう、そして自分の気持ちも伝えるように。優しく返答したと思う。
いやもしかしたらテンパって慌てふためいてしまっていた可能性も捨てきれんが。
そして、琴音の身体だからだろうか。返答にもっと言葉を選ぶと思っていたのだが、意外にも何も考えずにすんなりと言葉が出てくる。
もしこれが、琴音の身体が、琴音の脳がそうしているのだとするならば、俺の口から出てくる言葉の数々は、琴音の感情が篭った言葉になるのだろうか。
「だから端元くん。ありがとう」
このお礼の言葉も、俺ではなく琴音がそう感じたからなのだろうか。
この言葉が、俺の言葉なのか琴音の言葉なのか。自分でもわからないけど。だけど俺は、今この俺自身が、端元くんに本当に伝えたいことを伝える。ただそれだけだ。
だから俺は、この言葉を端元くんに告げた。
「――――そして、ごめんなさい」
本当はこんなハッキリと断るつもりじゃなかった。軽く言葉を濁して、曖昧であやふやなまま終わろうかと思ってた。
でも俺の口から出た言葉は、そんなことは全く含まれていない、純粋な言葉だった。
多分、これは琴音が伝えたかったことなのだと思う。もし本当に俺が琴音だったなら、きっとこう告げていたのだろうと。俺は思う。
『そっ、か……そうだよね……はは、ごめんね。今日のことは忘れてくれて構わないから』
「構わなくなんかないよ。忘れるなんて、そんなことはしない」
端元くんにの勇気を、気持ちを……なかったことになんてできるものか。
「たしかに断ったけど……でもそれは決して端元くんが嫌だからとか、嫌いだからとかじゃないんだよ」
俺の言葉に、端元くんは「?」と、頭にクエスチョンマークを浮かべている。
なんで今日なのか。なんで今なのか。
告白が昨日だったならば、ちゃんと琴音の言葉で、琴音の感情で、今の気持ちを伝えられたのに。
端元くんも、今の琴音が琴音じゃないと知っていれば、告白なんてしなかっただろう。
なのに俺はよりにもよって、端元くんを騙して。軽い気持ちで告白を聞いてしまった。こんな大事な瞬間を、端元くんの勇気を、俺は裏切ってしまったんだ。なんか罪悪感。
……あぁもう! とりあえずごちゃごちゃ考えるのはやめやめ。一刻も早く俺の身体in琴音と合流して、オメガに元に戻してもらう。それが一番だな。
『竹田さん……?』
「あぁごめんごめん! ほら、私平気そうにしてるけど、実は凄く緊張しててさ! 告白なんて初めてだったしさ、その……」
我ながら同様隠すの下手で涙が出てくる。
でも、端元くんは意外にも驚いているような表情だった。
『え? じゃあ、その……嫌じゃ、なかったの?』
端元くんが、恐る恐る告白のことを訪ねてくる。
ここでどんな返答をするかによって、今後の琴音の中学生活が決まると言っても過言ではない。慎重に返答しないと。
「うん。嫌なわけないよ。さっきも言ったけど、嬉しかったよ」
『…………』
俺の言葉を、端元くんは静かに聞いている。
「でもさ、私達にはまだその……つ、付き合う? とかそういうのはまだ早いと思うんだよね!」
『そ、そう……だよね』
そこまで聞き、端元くんは深く落ち込んでいる。それもそうだろう。
でも、このまま終わりにはしない。
「だからさ。友達」
俺がそう告げると、端元くんはハッとした表情で下げていた顔を上にあげる。
そんな端元くんに構わず、俺は続ける。
「まずは友達として、仲良くしようよ。……いや違うかな。こんな私でよければ、友達になってください」
『う、うん……!! こちらこそよろしく!!』
俺が頭を下げると、端元くんはとても嬉しそうな顔で俺よりも深く頭を下げてきた。
……さっき会ったばかりだけど、端元くんは素直でいい子なんだなと、俺はその時思った。
そして琴音。流れで勝手に友達を作ってしまってすまん。許してくれ。
心の中で若干軽めに、琴音にそう謝罪しておく。
『あ!! そうだ!!!』
そんな俺の心の謝罪をかき消すかのように、端元くんが突然大声を出した。
『あのいきなりなんだけど!!! 今日のお昼、一緒に食べてもいいかな!?』
いきなりだなっ!!!!
「う、うん」
って頷いちゃったぁぁぁぁあああああああ!!!!!! あまりの強引さに思わず頷いちゃったよ!!! どうすんだよ昼に会う約束しちゃったよおい!!!!!
……いや、でもあれか。すぐに元に戻って琴音に事情を話せばなんとかなるか。うん、なんとかなる。なるなる。モウ気ニシナイ。
『ありがとう!! じゃあ今日のお昼にまた!!』
「お、お昼に……また」
『今日は勇気を出してみてよかったよ! じゃあおれ先教室戻ってるから! ほ、ホントにありがとう!!』
「う、うん……」
そんな感じで、爽やかな笑顔で会話をした後、端元くんは屋上を飛び出して教室へと戻って行ったのだった。
そして端元くんが飛び出していったあとすぐ、扉の陰に隠れて様子を伺っていた楓果ちゃんとカズくんが俺のもとに駆け寄ってくる。
端元くん……琴音と仲良くなれたことが嬉しすぎて楓果ちゃんたちのこと見えてなかったんだな。絶対に鉢合わせるはずなのに。
「どうしてなんだー!!!」
そう叫ぶカズくんの声が聞こえたかと思うと、すごいスピードで俺のもとへと駆け寄ってくるカズくん。
その後カズくんは俺の両肩をぐわしと掴むと身体を揺すってくる。
ちょ、俺が何をしたってんですか!!! 落ち着いてください!!!
「どうして、どうして端元となんかお友達になったんだよ琴ちゃん!!!」
「ちょっと待てお前落ち着け!! 俺は琴音じゃねぇって!!」
「この前オレが『オレ達って、幼馴染うんぬんの前に友達…いや、親友だよね?』って聞いたときはあんなにバカにしたくせに端元とは簡単に友達ってうわーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
琴音お前なんてことを……。友達は大事にしようぜ琴音。
「ちょ、カズっちゃん落ち着きぃや!! 琴ちゃんやのうて今は山空さんや! あんたが惚れとる女とちゃうで!!」
「ほほほほ惚れてへんわーーーーーー!!!!!!」
「ヘブァッ!?」
スパーン!!! と、とてもスカッとした音が鳴り響いたと同時に、左頬がジンジンと熱を帯びていく。
痛いっ!! 楓果ちゃんに図星を突かれたからって顔面をビンタしないで!? これでも一応、身体は女の子だから!! お肌はデリケートだから!!! 女性は顔が命だから!!
「カズッちゃんあんたなにしてんねん!!!!」
「あっ、ごごごごごめんね琴ちゃんの顔!!」
「って俺じゃなく顔に謝んのか!!」
さっきまで甘酸っぱい青春物語を繰り広げていたはずの屋上が、愉快な声と共に一気に騒がしくなる。
緊張感により張り詰めていた空気が、一気に和らぐのを感じた。
「……せや、そういえば山空さん、途中様子おかしなってなかった?」
両肩に食い込むカズくんの手を引き剥がしていた時、楓果ちゃんがふと思い出したかのように俺に聞いてきた。
「途中って?」
「ほら、端元くんがプロポーズしてきた直後なんやけど」
プロポーズて。告白と言いなさい告白と。全くおマセさんなんだから。
……って、そ、そうだったぁあ!!!! 俺は端元くんにトキメイテシマッテイタンダッタァァァァ!!!
楓果ちゃんの言葉で、先ほどの端元くんの告白がフラッシュバックすると同時に、あの謎の感情であった胸のたかなり。そして顔や身体の熱までもがぶり返してきやがった。
さっきまで忘れてたっつーか、意識しないようにしていたのに。楓果ちゃんのせいですべてを思い出してしまったではないか!
「あれ、琴ちゃ…じゃなかった。海の兄ちゃん顔真っ赤だけど……もしかしてオレのビンタそんな広範囲で高威力だった!? ヤバイ痕とか残ったら琴ちゃんに毒殺される!!!!」
「毒殺って……悪意を感じる暗殺方法ナンバーワンな手段やな」
うーむ、やっぱりあれだよな……。
どうやら俺は端元くんのことが気になるらしい。信じたくはないが信じるしかないだろう。
信 じ た く は な い が 。
「山空さん、まるで端元くんに恋した乙女みたいな顔してはったで?」
グサッ!!! 言葉の刃により俺は心臓を貫かれたッ!!
「はぁ……実はさ。俺、告白された時からなんだけどさ、端元くんのこと思うと……その……あの、笑わない?」
「笑わへんよ」
「場合によるね」
「じゃあ楓果ちゃんだけに耳打ちする」
「笑いません! じっちゃんの名にかけて!」
ビシッとその場に正座して、キリッとした表情でそう言い放ったカズくん。
変なところでじっちゃんの名にかけなくてもよろしいなどというツッコミよりも、とりあえず俺の身に起こったありのままを話すべきだと思う。
少し恥ずかしいというか……照れくさいというか……そんな感じだが、この際仕方がない。って、俺は乙女か!! それも純情なる乙女か!!!
「じゃあ話すけど……実は俺さ、端元くんに惚れたみたいなんだ……!!」
あの時、俺が感じた出来事を自分なりに考察し、その結果を報告。
だがしかし結果を口にした瞬間、ただならぬ恥ずかしさと同時にとてつもない嫌悪感が俺を襲った。
「…………」
って、無言はやめて!? せめて反応して!? ん? あ、いや違う!! 楓果ちゃんのあの目……これは無反応なんかじゃなく、まるで手の施しようがないイカレタ南蛮人でも見つけたかのような蔑んだ目系統のアレだ!! 言葉にできないほどドン引きしている証拠だ!!
俺の心は再び貫かれたぞ!!! その鋭い眼差しに一度貫かれた心臓を再び貫かれまくったぞ!! もちろん悪い意味で!!!
そしてカズくんはものすごく静かだ。いや楓果ちゃんも静かなる攻撃してきたけども。
カズくんは攻撃はしてこなく、純粋な驚愕である。
おかしい、カズくんのことだから絶対に馬鹿にしてくると思ったんだが……。
「あ、カズッちゃん目ぇ見開いたまま固まってもうとる」
「なんでだ」
「山空さんが琴ちゃんの声で『端元くんに惚てしもたみたい』なんて言うたもんやから、ショック受けてしもたんとちゃう?」
「……あぁー。なるほど……」
カズくんは琴音のことが好き。
そりゃ、自分の好きな人の姿と声で、他の人に惚れてしまったというセリフを聞けば、嘘だとわかっていてもショックかもしれない。
現にカズくんは、楓果ちゃんの言っていた通り驚愕した状態のまま固まって動かない。あ、でもいま瞬きしたな。意識はあるのか。
「……とりあえずやかましいカズッちゃんが固まってる内に、どういうことなんかもっと具体的に、詳しく教えてくれへん?」
「あ、あぁ。実はさ。端元くんに告白された時に、なんかこう……胸が苦しくなって、全身が凄く火照って……目を合わせようとしても、ドキドキしちゃって端元くんの顔が見れないというか……」
あれ、俺は中学生相手に何を言っているだろう。それも女子に。それも一年生に。
気がつくと、屋上の真ん中で座り込み、中学一年生の女の子と見た目女子中学生の中身高校二年生の男子が二人で擬似ガールズトークたるものをしていた。(カズくんは除く)。
「なるほどな……うん、つまりそれってアレやない?」
“アレ”とはなんなのか。
俺的には、俺が端元くんの告白のショックで特殊な性癖に目覚めてしまったのだとばかり思い落ち込んでいたわけなのだが……。
楓果ちゃんはそれ以外の事実に気づいたとでも言うのだろうか? とすれば、俺は変態じゃなかったという証明をしてくれるのだろうか?
俺はもう自分で自分の気持ちがわからないから、楓果ちゃんがこの俺の謎な感情を解明してくれ。よろしく頼んだぞ、楓果ちゃん!!
「アレって……なんなんだ?」
かすかな期待を込めて俺が楓果ちゃんにそう問いかけてみると、楓果ちゃんはひと呼吸置いたあと、真剣な表情でこう告げた。
「――――ただ単に山空さんが変態やった」
はいありがとうございましたァァァァァァァ!!!!!!!
期待を裏切られたどころの騒ぎではない。
楓果ちゃんは、俺の期待が篭ったボールを受け止めずに場外へとかっ飛ばした挙句、その期待とは全く逆の、厳しい現実という名のボールを160キロ級の剛速球で投げ返してきやがった。見事にデッドボールである。
「っとまぁ、そないな冗談は置いといて、真面目な話、乙女心がくすぐられたんやと思う」
「おいおい楓果ちゃんキミ頭大丈夫か? 俺は男だぞ」
というかさっきまでのは真面目な話じゃなかったのかよ。ってことはボケか?ボケなのか? 俺の期待をボケのためだけに打ち砕きやがったってのか? 味な真似しやがるじゃねえか。
「そりゃ山空さんは男かもしれんけど、今は琴ちゃんの身体なわけやろ? ならその感情は山空さんのモノやなく、琴ちゃんの身体が感じた感情。つまりその気持ちは琴ちゃんの気持ちで……あれ、自分でもなに言うてんのかようわからんくなってきた」
「いや、言いたいことは伝わったよ」
楓果ちゃんが言うにはこういう事だろう。
教室でカズくんが言っていたように、俺の魂が琴音の身体に馴染み、俺の魂が徐々に琴音色に染め上げられてきているのだ。
だから本来琴音の感じるであろう感情や思考などが、その身体に憑依しているであろうこの俺に影響してきてしまっている。
すなわち、この恋心的なものは琴音の乙女心がくすぐられたからであり、決して俺が告白の衝撃で変な性癖に目覚めたわけではないということだ。
「たしかに琴ちゃんは押しに弱いところとかあるし、告白という特殊な状況を変に意識してしまい、自分まで相手のことを意識してしまい胸キュンしてしまうというのはありえない話じゃないかもしれないね……腹立つ」
「あ、カズッちゃん気ぃついたんか」
「うん。実は最初から気ぃついてた」
驚愕のあまり硬直していたはずのカズくんが、ここぞとばかりに頭良い少年モードで会話に割り込んできた。
だが、おかげで俺のこのむず痒い気持ちの原因が仮にも解明できたわけで。
とにかくいろいろ複雑な状況だが、一つだけ言えることはだ。
俺が完全に琴音の身体に馴染む前に元に戻らないとまずい。これは俺だけでなく琴音にも言えること。
琴音が俺の身体の影響を受け、完全に俺色へと染め上がる前に元に戻らねぇと。
とすればこの20分間休憩の今がチャンスだ。こっそり学校を抜け出して、俺の身体になっている琴音が待っているであろう、隣の高校へと足を運ばねば。
「……って、今何時!? 休み時間はあとどれくらいある!?」
告白の件で随分と時間を消費してしまったはずである。
俺の体感時間では多分15分ぐらいは余裕で経過している頃だと思う。となると20分間休憩の残り時間はあと5分。授業が始まってしまう。
その状況に若干焦りを覚えた俺は、先ほどの告白を話題にして駄弁っている楓果ちゃんとカズくんに現在時刻の確認を求めた。だが。
「ここ時計ないし時間わからへん!」
俺の焦りが混じった声を聞き今の状況を思い出したのか、楓果ちゃんやカズくんにも焦りの色が伺え始めた。
でも現在時刻は分からない。それは非常にまずい。
時刻がわかるもの……時刻がわかるものといえば……。そう、携帯だ!
「楓果ちゃん携帯は!?」
時刻を確認できるもので連想すると、時計の次に思い浮かぶものはやはり携帯電話。腕時計なんかよりも先に俺の頭に浮かんできたくらい、その印象は強い。
他にも、日付を確認できるもので連想した場合も、カレンダーの次の有力候補はやはり携帯電話。
何か調べ物するにしても、辞書やPCの次に連想するのはやはり携帯電話。
写真を撮るのにしたって、デジタルカメラや一眼レフカメラの次に携帯電話のはずだ。
携帯電話はどんな状況でも連想上に登場するほどに便利。人類化学の結晶の賜物だ。
しかも携帯電話は、ほとんどの人なら必ず所持しているという利点もある。もはや“携帯電話”ではなく、“携帯七不思議機器”と呼んだとしても違和感はないことだろう。俺のネーミングセンスの方が七不思議張りに不思議だとかそういう苦情は一切受け付けないぞ。
とにかく、携帯電話さん最強説浮上だな。携帯電話先輩マジパネェっす。
……だがしかし、そんな携帯電話先輩にも例外はあるようで。
「アタシ携帯持ってへんねん」
と、いう不届き者が現れてしまったのだ。
いや、違うな。これは携帯電話先輩が例外なのではない。楓果ちゃんが例外なのだ。
あ、でも普通中学生くらいだったら携帯は持ってなくても不思議じゃないよな。つまり楓果ちゃんは例内……? いやしかしこのご時世においてそんな例内者はやはり例外なのだろうか?
って、何をのんきなことを考えているんだ俺は! 例外だとか例内だとか、んなこと至極どうでもいいわボケ!!
「こないなことあんまし言いたくないねんけど……アタシん家、結構ギリギリでな? せやから……」
そして楓果ちゃん。あんまし言いたくないのならなぜ自分から話し始めたんだ。誰も問い詰めてないだろう。詰めるどころか問いてすらないだろう。
でもたしか、楓果ちゃん家は楓果ちゃんの義理のお姉さんがバイトして頑張ってるんだっけな。
楓果ちゃんは楓果ちゃんで、そんなお姉さんに苦労をかけたくなくて色々努力してるんだろうな。
……良い、家族じゃねぇか。
「せやから今、あいにくポケベルしか持ってへんねん。あ、これな」
そう言う楓果ちゃんのポケットから出てきたのは、画面がヒビ割れていてあちこちが痛みきり、色も落ちてしまっている、古びた玩具のようなポケベルだった。
「古っ!!」
「まぁ、でも家族ん中でポケベル持ってんのアタシだけで、家族間での連絡は取れんねんけどな!」
「意味なっ!!」
「しかもコレ2年前から壊れてて、全く機能してへんねん」
「ますます意味なッ!!!」
仮にもポケベルなら現在の時刻が分かって、この時代にも役に立つことができただろうに……。
未来の青いネコ型ロボットさーん! タイムふろしき持ってきてー!
「へぇ、ポケベルなんてオレ初めて見たよ……。ちょっと貸して?」
携帯電話が当たり前のこの現代ではもう見かけなくなったポケベルに、興味津々、好奇心旺盛の男子中学生カズくん。
珍しいもの見たさでポケベルに手を伸ばしたが、悪の魔の手からソレを守るかのように、楓果ちゃんはサッと自分の手を逃がした。
「イヤや。これはアタシの宝モンやで。これ以上刺激与えて壊れてしもたらどないすんねん」
何か思い入れでもあるのか、楓果ちゃんは大事そうに、そのポケベルを両手で自分胸のあたりで包み込むように握る。
傍から見れば、ボロボロで壊れてて全く使えない……言うなればゴミに過ぎないそのポケベルも、楓果ちゃんにとっては大事な大事な宝物なのだと、俺は思う。
ここまで大事そうにするのを見せつけられたのだから、ここは諦めるしかないだろう。
――――と、普通の人間ならそう思うだろうけど。
「ちょっとくらい良いじゃないかケチー!!!」
なんとカズくんは普通の人間じゃなかった。
迫り来るカズくんを、ポケベルを持ってない方の手である左手と左足で必死に押し返そうとする楓果ちゃん。
それ故に、その手の人ならば大興奮するであろう絶対領域たるものが楓果ちゃんの白い太ももと共に露出されてきてしまっているのだ。
このままではこの何気ない屋上の場に、その手の人ならば発狂できるレベルであるJCのチラリズム空間が展開されてしまうではないか。
まぁ、俺の位置からは丁度ギリギリ見えない角度だし、別に見たいとは思わないから関係ないんだけどな。いや見てもいいなら迷わず見るけどさ。僕だって男の子だもの。
「っんもうシツコイ……!! ベタベタ張り付いてくるんやめてーや……!!」
「見せてくれなくちゃ嫌だぁ……!!」
力は互角なのだろうか。両者とも凄い形相でぐぬぬ言ってます。
それにしても、カズくんってば楓果ちゃんにべったりと張り付いてるけど……一応、楓果ちゃんも女の子なんだよな。
楓果ちゃんも、同級生の男子にこれほど張り付かれて嫌じゃないのかな。いや一応嫌がってるけど。
うーむ。これが若さか。若いって怖いな。
……いや、それとも、俺が気にしすぎなだけで、友達同士ならこれが普通なのか?
相手が異性でも、友達なら普通に肩とか組んだりするのか? 肩を組むなんて男友達となら普通にあるもんな。
オメガも琴音にいきなり抱きついてるくらいだし、そのくらいなら普通? ……はっ、ダメだ!! あいつは変態だ!! 参考にならない!! 役者チェンジ!!
そう、オメガは変態なんだから、男役は秋に変更だ。秋と琴音で考えて……はっ、ダメだ!! あいつらは実の兄妹だ!! 参考にならない!!!
ならば男役は俺で、女役はユキで考えよう。ユキはいつも俺に『うーむぃいいいいいんせんぷゎぁぁあああい!!!』と発狂しながら抱きついてくる。うん、参考にならない。
俺と琴音でもいいが、俺と琴音とじゃの差がありすぎるからな……。結局参考にならないだろう。
俺と同い年の異性の友達……思い浮かぶは里中だけか。いや、でも里中とは言葉上は友達になったが、そんな話ししてないからな。
……つーか、俺自信の境遇で考えてちゃ全然参考にならねぇだろ。馬鹿か俺は。
てかそれ以前に俺は何を考えてんだよ。
とにかく、普段のあの、ロリコン変態オメガマンが琴音へ送る異常なるスキンシップ(?)を見ているせいか、程よい男女の距離感がどの程度なのかわからない。
すなわち、楓果ちゃんとカズくんのアレは『若さ故の過ち』ということでここは一つ。
「見して貸して触らしてぇ……!! 聴かして嗅がして舐めさしてぇ……!!!」
「気色悪いこと言うてないで早うくたばれボケぇ……!!」
手を伸ばしながら、人間に備わっている全ての感覚、五感を用いてポケベルを堪能しようとするカズくん。
そしてそんなカズくんを、心底怪訝そうな顔をして引き剥がそうと頑張っている楓果ちゃん。
元気だなお前ら。
「ちょっとだけだからァ……!!」
カズくんが勢いよく、そしてシツコく手を伸ばした時だった。
偶然なのかそうでないのか、カズくんの無理やり伸ばした腕が、楓果ちゃんの胸をかすめたらしく。
「わぅ!?」
というなんとも可愛らしい悲鳴が、楓果ちゃんの口から漏れる。
「か、カズッちゃん今アタシの胸触った!」
「え? 触ってないよ! 当たっちゃったのなら謝るけど!!」
「スキあり!!」
カズくんの気が逸れ、力が緩んだ隙を楓果ちゃんが見逃すはずもなく。
「あぁ……!」
カズくんを引き離し、ポケベルを制服であるスカートのポケットへとしまい込む楓果ちゃん。よって、楓果ちゃんの勝利である。
「ふっまだまだ修行不足やでジブン! アタシに勝とうやなんて、あと1~2年は早いで!」
なかなか堅実な年数である。
「あと……もう少しだったのに……!!」
勝ち誇ったかのように胸を張る楓果ちゃんに対し、絶望のそのまた絶望的な状況に陥ったかのように豪快に落ち込んでいるカズくん。
屋上のポケベル強奪耐久合戦。今ここに決着だ。両者共々お疲れ様でした。
「……って、話逸れすぎ!!! 時間はどうなった!!!」
なにが屋上のポケベル強奪耐久合戦だよ! 時間がないって言ってるのがわからねぇのかよ!! いやそういう俺も勝敗の行方を静かに見守ってたけどもさ!!!
今は1分1秒でも大事にしたい時だというのに、俺はバカか。
「あ! せやった! カズッちゃん、アンタは携帯持ってるんとちゃう!? いま何時くらいなん!?」
俺の華麗なるツッコミを聞き、楓果ちゃんが本来の目的を思い出したようだ。
そして、そういえばカズくんは中学生のくせに携帯を持っていたはずだ。前に琴音とメールしてたっぽいし。
それならば早く時間を確認せねば。
「カズくん!! さぁ、早く時間を教えてくれ……!!! ってあれ? どうした?」
俺と楓果ちゃんがカズくんに詰め寄ると、普通なら『まかせなさい!』と胸を張って自らの携帯を開くであろうカズくんが、今回は何か困惑して俺と楓果ちゃんから目をそらしだす。
そしてその表情のまま、カズくんはただ無言で、自分の制服の右ポケットをゴソゴソとあさりだした。
そんなカズくんが取り出したるは、なんとビックリ固形石鹸。
「それが……携帯かと思って持ってきたら、石鹸だったんだ……」
「なんでやっ!?」
「し、知らないよ!! オレも今朝学校に来て、トイレに寄った時に気づいたんだから!! おかげでお手々がいつも以上にピッカピカだよ!!」
「どうでもええわっ!!」
羞恥心で顔を真っ赤にし、必死に説明するカズくんを横目に俺は直ぐに立ち上がり。
それを見た楓果ちゃんも、『ハァ……』と、深くため息を着き。
「よし、迅速に教室へ戻ろう」
「せやな」
俺は楓果ちゃん共にキビキビと歩き出した。カズくんを置いて――――――――――――
―――――――――――――そして。
「海の兄ちゃん!! ヤバイよもう時間が残り7分ちょっとしかないよ!!」
教室に行くまでもなく、廊下に設置された時計。
先ほどの無様で哀れな失敗を取り返すかのように、真っ先にその時計を見て、真っ先に時刻を確認し、真っ先に20分間休憩の残り時間を報告してきた真っ先にカズくん。
「真っ先にカズくんって誰やねん!」
俺の隣に立つ楓果ちゃんが、華麗なるツッコミを披露してくれた。
ちゃんとしたボケはもちろん、ボケたつもりじゃなかった些細なボケにも敏感に反応しボケを生かすようなツッコミをしてくれる楓果ちゃんがいれば、芸能界のボケの人々はしばらく安泰だな。
「海の兄ちゃんどうするの?」
俺のもとへと駆け寄ってきたカズくん。
どうするの? とは、もちろん琴音のいる隣の高校へ行くのかどうかってことだ。
授業中に抜け出すと後々面倒だし、できれば20分間休憩のあいだに中学を抜け出し、隣の高校にいる琴音に接触し、オメガへ元に戻してもらうよう頼み込み、元に戻って、授業が始まる前に琴音に中学へ戻ってもらうという算段だった。
だが、それは端元くんの告白というイベントによって乱されてしまったわけで。
もうこの際仕方がない。考えるより走れ作戦だ。どうにでもなれだ。当たって砕けろだ。
琴音の中学校生活がどうとか、よくよく考えれば一日くらい変な行動とったところで誰も気にしないだろう。裸で校庭走り回るレベルの事でもすれば話は別だが。
「まぁ、でも早退するにしろしないにしろ、琴ちゃんの荷物は一緒に持ってかなきゃだよね?」
「あ、そうか。じゃあやっぱり一旦教室に戻るか」
カズくんの一言で、俺達は教室へ向かうことに。といっても、もう目の前なのだが。
「海の兄ちゃんじゃ多分どれが琴ちゃんの荷物かわかんないだろうから、オレがとってくるよ!」
「あぁ、よろしく」
別に琴音の荷物らしきものは見た感じ分かるのだが、まぁカズくんにとってきてもらったほうが確実だし、ここは素直にカズくんの行為に甘えるとしよう。
カズくんはキッチリと廊下は走らず、ゆっくりと教室へと歩いていく。いやなんでそんな遅いんだよ早く行けよ。
そして俺と楓果ちゃんは廊下で待機。
「――――で、山空さん調子はどうなん?」
「調子?」
「せやから、琴ちゃんの……ほら、なんかこう……そういうアレのことや」
「あぁ、そのことか」
調子。つまり俺が琴音の身体になってしまい、その影響で思考とか考え方とか、そういうのが琴音にだんだん近づいていってしまう。その進行具合を聞いてきたのだろう。
まぁ、元々この話はカズくんの憶測の中だけの話だし、もしかしたら心配しなくても全然大丈夫かもしれないのだけども。
でもカズくんや楓果ちゃんの呼び方とかで思い当たる節もあるので一応気にはしているわけだ。
「今んとこは……大丈夫っぽいけど」
「ならええねん。ただ山空さん最初と比べて男っぽい口調やなくなってきた気ぃしたから」
「ん? そうか? ……あ、端元くんのアレは演技だぜ? 全然大丈夫だ」
「ほんならアタシがちょい気にしすぎてたんかもしれへんな」
カズくんが琴音の荷物を持ってくるまでのあいだ、楓果ちゃんと二人でそんな感じの話をしていた。
その時である。
『ほらほら和也くん! 男子は着替えを持ってさっさと出てった出てった!!』
教室に入ったカズくんが、教室内にいた女子に何か荷物を持たされ、そのまま背中を押されて教室から出てきたのだ。
『あ!』
そしてカズくんを教室から追い出し終えた女子は、俺と楓果ちゃんを視界に捉えたのか、俺達のもとに駆け寄ってきて一言。
『もー、琴ちゃんに楓ちゃん。二人してどこいってたの? 早く一緒に着替えようよ!』
ごめん。ちょっと何言ってるかわからない。
「え? 着替えって……着替え……あ、あぁあああああ!!!!!!!」
突然大声を上げる楓果ちゃん。
その大きな声に、隣に立っていた俺はもちろん、今俺の目の前に立っている琴音のクラスメイトであろうこの初めましてな少女もまた、軽く飛び跳ねて驚いたご様子。というか驚いて実際に飛び跳ねる人初めて見ました。
「わ、忘れてた……。今日の3時間目と4時間目。二時間続けて、プールの授業なんやった……!」
「…………エ?」
『まさか忘れちゃってたの? 今日は今年最後のプール授業なのに……まぁ、とりあえず早く着替えないとプール始まっちゃうし、ほらほら、教室入った入った!』
エ? あ、ちょ、あまりの展開に頭ガツイテイカナイノダガ。
プールって……あの……プールってなんスか……。ここに来てこの展開ってなんスか……。
あれ、いいんスか? ジャンルちがくないっすかこれ? いつから俺の日常はのんびり日常系からこんなラブコメ的展開にシフトチェンジしたんッスか?
嘘でしょ? プールって……着替えって……。
ま、マジですかぁぁぁあぁあああああああああああああああ!!!!??!??????!?!?!?
第五十一話 完
まだまだ続く《入れ替わり》編!