第四十九話~俺と琴音と琴音とオレと~
は? なんか色々と展開がおかしくてついていけない?
安心しろ、俺もだ。
みなさん初めまして! 琴ちゃんこと竹田 琴音ちゃんの幼馴染であり13歳で元気が取り柄の中学1年生、カズッちゃんこと小野 和也です!!
実は今日の朝、オレが中学校に登校してきてみると、琴ちゃんが机で寝ていました。
うわ琴ちゃんの寝顔可愛い寝顔可愛い寝顔可愛い寝顔可愛い寝顔可愛い寝顔可愛い……。
琴ちゃんは昔から、女の子らしくて可愛い子だけど、時々暴力的で、そんな彼女にオレは日々振り回されっぱなしです。
でもそんな琴ちゃんは、たまにさみしがり屋で臆病な一面を垣間見せることがあるんです。……いや、今はあまりないかな。でも昔はそうでした。
で、話を戻しますと、そんなオレの幼馴染である琴ちゃんの様子がちょっとおかしいんです。
いつもと様子が違うっていうか……ぶっちゃけ異常です。
なんか自分の事『俺』とか言っちゃってるし、喋り方が男口調だし。そしてなにより、オレがふざけているのにもかかわらず暴力よりも先に言葉が返ってくる。
本来ならば、オレが言葉を発し、琴ちゃんが鉄拳を放ち、オレがそれを『愛』と称して受け止める。この手順を踏んで、オレらの朝は始まる。そう、いつもなら。
そして、しばらくいつもの通り会話をしていくうちに、とんでもないことが発覚しました。
≪入れ替わり≫
皆さんは、入れ替わりというものを信じますでしょうか?
漫画やゲームの話であれば、入れ替わりなんて日常茶飯事な出来事です。
ですが現代に。この現実世界に。それもその体験者が幼馴染だとしたら、あなたはどう思うでしょうか。
オレですか? オレはもちろん……。
第四十九話
~俺と琴音と琴音とオレと~
『―――えぇ!? カズッちゃんと楓ちゃんに話しちゃったの!?』
突然だが、俺は山空 海。高校2年生で、性別は男に分類される。
そんな俺は、今、どういうわけか13歳の女子中学生……竹田 琴音の身体になってしまっているんだ。
現状がわからない人にとっては何言ってるか分からねぇと思うが、現在のこの状況と琴音との会話を照らし合わせた結果、≪入れ替わり≫ということになるのだと思う。
まぁ、そんなわけで、俺は今琴音の中学校にいて、琴音は俺の高校にいる。
ちなみにこの場にいないはずの琴音とどうやって会話しているかというと、俺の親友である鳴沢 恭平…そう、オメガに偶然もらっていた発明品(?)で会話することができているわけで。
そしてこれは憶測だが、おそらくこの≪入れ替わり≫もオメガによるものだと思う。ちゃんとその結論に至るまでの確信と理由もあるんだが……まぁ、それはおいおい話すとしよう。
で、今の状況はと言えば、俺の方で何があったかをすべて琴音に伝え、それを聞いて通信機越しに琴音の声が驚いた声が聞こえているってわけだ。正確にはイヤホンからだな。ピンマイクは音声を届けるためのものだ。
「あぁ、二人とも最初は半信半疑だったがな。何とか信じてくれたよ、いい友達持ってんじゃねぇか」
二人…そう、俺は今のこの状況を、琴音のクラスメイトであり友達でもある二人、小野 和也くんと里中 楓果ちゃんに説明した。
まぁとりあえず詳しく語るのは面倒なので、前話を見てきてくれると助かる。
「琴ちゃん、聞こえとる? アタシやアタシ。聞こえてたら返事してや」
カズくんと楓果ちゃん、そして琴音。三人の机を三角形になるように向い合せに密着させ、そのちょうど中央付近に楓果ちゃんとカズくんの下敷きを並べ、その上にイヤホンとピンマイクを置いてある。
ちなみにイヤホンの音量を最大に設定した(いじくってたらなんかできた)ので、耳につけてなくてもちゃんと声は聞こえるってわけだ。
『あ、楓ちゃん? ごめんねなんか変なことになっちゃってて。理解に苦しんだでしょ』
「琴ちゃんの様子がいつもとちゃうかってん、話聞いてむしろ納得したわ」
イヤホンから聞こえる声に、楓果ちゃんは笑いながら答える。
その声に、琴音は『ははは……』と苦笑いを返した。
つか、自分の声が自分の口以外のところから聞こえるってなんか新鮮だな。
たとえるならそう、カラオケとかでマイクを使用して喋った時、スピーカーから自分の声が聞こえて『あ、なんか不思議な感じがする』ってヤツと似ているだろうか。
『……あ、そうだ海兄ぃ』
「ん? どした?」
しばらく楓果ちゃんとの会話で盛り上がっていたかと思うと、突如俺に話しかけてきた琴音。さっきからカズくんが大人しいのが気になるが、そんなことより琴音である。
『これってさ、やっぱり今朝の……恭兄ぃの道具のせいだよね』
「あぁ、おそらくな。てか絶対アイツのせいだ」
そう、俺達は今朝学校に出かける前、恭兄ぃ…つまりオメガの発明品でちょっとした事があった。
んでそん時にオメガの発明品が誤作動を起こし、俺と琴音の身体に電流的なものが走ったわけなんだ。あの時は特に異変なんぞ感じなかったからな。時間差で効果が表れ始めたのだろう。という考えである。
「恭兄ぃって……さっき山空さんが言うてた?」
「あぁそいつそいつ」
「ホンマに居ったんやな」
世界は広いんやなぁ……と言ったような顔で納得している楓果ちゃん。
そうそう、キミが思っている通り世界は広いんだ。楓果ちゃんも気をつけろ、奴のような変態がいつどこから狙ってるか分からんからな。自分の身を自分で守れる琴音だからこそ今現在も平気で生き延びていられるってもんだ。
『楓ちゃんは気を付けないとだめだよ! 楓ちゃんぐらいだと特に食べ頃なんだから!』
「あ、うん……注意しとくわ……」
俺と楓果ちゃんの会話を聞いていたであろう琴音が、突如声を荒げて楓果ちゃんに注意をうながしている。
友達を心配するその心がけは大したものだ。
だがな、そんなセリフを男である俺の声で叫んでんじゃねぇよ。ほら、楓果ちゃんも若干引いちゃってるじゃねぇか。
それにお前、今周りに誰もいねぇんだろうな。秋辺りにだったら別に聞かれてても支障は無いが、クラスメイトとかに聞かれてたりでもしたら俺泣いちゃうぞ。登校拒否っちゃうぞ。引きこもりが一人誕生しちゃうぞ。
「あのさ琴ちゃん」
俺がいろいろ考えていると、ずっと口を閉ざしていたカズくんがおもむろに喋り出した。
ずっと黙っていたのは考え事をしていたからなのだろうか?
もしそうならばその口を俺の口と取り換えてほしいものである。静かに物事を考えられるとか何者だお前。もし俺だったら今頃考え事を無意識のうちに絶賛大暴露中だぞ。
「琴ちゃんって今、どこにいるの?」
『えっと、保健室……にいるみたいだけど』
琴音が保健室にいるということは、俺の身体が保健室にあるということ。
おそらく俺が倒れたとき、誰かが俺の身体を保健室まで運んでくれたのだろう。あとでお礼を言っておかないとな。元に戻れること前提での話だが。
「保健室……ってことは、琴ちゃんは今海の兄ちゃんの高校にいるってことだよね?」
『う、うん。そうみたいだけど』
なんかさっきからカズくんがよくわからないこと言ってる。言いたいことがあるなら早く言えってんだよ。
いいかカズくん。俺ぐらいにもなると、自分で考えを頭の中でまとめるのと同時進行で物事を周りに伝えることが可能なんだぜ。それも無意識だ。一種のテレパシーだ。どうだすげぇだろ。
「急に頭がよう冴える少年みたいなこと言うてなにをねらってんねんなカズッちゃん」
そして楓果ちゃんのツッコミが独特だ。これが関西人の力だとでもいうのだろうか。
もうツッコミ役は楓果ちゃんでいいな。秋が出しゃばってきた瞬間に『チェンジ!』と言い放ってやろう。
『秋兄ぃをどこまで追い詰めれば気が済むんだ。……で、何が言いたいのカズッちゃん?』
「あ、うん。えっとね」
どうやら俺はまた考え事を暴露していたようだ。だがしかしもう慣れっこなので大丈夫。
そんなことより今はカズくんだ。急に無口で頭のよさそうなキャラを演じ始めたわけを聞き出さなければ。
「いや演じてるわけじゃないよ。ただ、琴ちゃんは海の兄ちゃんとこの高校にいるんだよね?」
『うん』
「ならさ、そこにいるであろう、この《入れ替わり》の元凶である変態に話せば今すぐにでも元に戻してもらえるんじゃないのかなぁ~って」
おぉ! うわっ、なにこの子実は頭イイ系!?
確かに変態が原因なら元に戻れるきっかけも変態にあるよな。なんだよ、万事解決じゃん。
……と言いたいところだが、真っ先に思い浮かぶ解決方法だぞそれ。
「うわっ、恥ずかしい!!」
俺の無意識による産物を耳にしたのか、カズくんは顔を真っ赤にしながら両手で顔を隠している。
その反応が許されるのはあと1年だけだぞ。
14歳や15歳になってその反応しててみろ。女ならまだしも男がやったらドン引きされるぜ。
「……まぁ、でも的外れってわけやないんやし、その方法が一番手っ取り早いんとちゃうん?」
ずっと恥ずかしがっているカズくんをきっちりフォローする楓果ちゃん。
友達思いでなによりである。
もし俺が楓果ちゃんの立場だったならば、落ち込んでいるところをさらに追い打ちをかけて楽しみだすというのに。
さすが、心が綺麗な楓果ちゃんだ。
そしてそんな楓果ちゃんの言葉を聞きいたカズくんは、涙交じりな目をキラキラと輝かせている。
「楓果ちゃん……!! ヤバい、オレ好きになりそう!! 抱きついてもいいですか!?」
「そんなんでOKするん思っとるんか?」
「まったく!」
「よろしい」
こうしてカズくんは大人しくなった。
『あはは、二人とも相変わらずみたいだね』
カズくんと楓果ちゃんのやり取りを聞いていた琴音がそう呟いた。
……俺の声で琴音の口調だと気持ち悪いことこの上ないな。早く元に戻らなければ。
と、いうわけで。
「琴音、とりあえずさっさとあの変態に事情を説明してきてくれよ」
『それだけは絶対いや!!』
「なんでだよ!?」
急に何言いだすんだよコイツ!! お前元に戻りたくねぇのかよ!!
「な、なんでなん!? 琴ちゃん元に戻りたくないんか!?」
「そうだよ琴ちゃん! 琴ちゃんは琴ちゃんの身体だからこそ意味があるんだよ!?」
琴音の衝撃発言を聞き、カズくんや楓果ちゃんも大変驚いているようだ。
それもそのはず、なぜなら琴音は元に戻るための第一歩を拒んだのだから。
てかカズくんお前、今の発言は変態だととられてもおかしくない発言だったぞ。
いや、そんなことよりも琴音だ。
琴音が何をしたいのかいまいち分からない。もしかして≪入れ替わり≫という衝撃的な出来事により頭でもおかしくなってしまったのだろうか?
……はっ!? もしそうならば琴音の現在の頭脳は俺の身体のものであるが故、イカレたのは俺の頭ということになる!? いやだ!!
『別におかしくなってないよっ!!』
俺の考えていたことが見事にバレて、琴音に怒鳴られた。
俺の声って、結構迫力あるのな。普段あまり怒鳴らないように注意しなければ。
「そやったら、なんでなん?」
そうだ、問題はそこだ。ちょっと保健室を抜け出してちょっと変態とあってきてちょっと事情を説明すればすぐ元に戻れるのに、それをしないということは頭がおかしくなっちゃっているということ。
だが、琴音はおかしくなっていないと言った。ならば精神面がおかしくなっちゃったとか?
『なんでそんなどこかをおかしくさせたいんだよっ!!』
「ならなんでなんだよ?」
『そ、それは……その、ほら。あれだよ……』
どれだよ。
『あぁもう! 相手は変態なんだよ!? 今私の身体が海兄ぃになってるってわかったら何すると思う!?』
「え? そりゃあ……」
まず、琴音が変態…オメガに事情を話したとする。
アイツの事だからすぐに状況を把握し、信じてくれるだろう。そして元に戻すために頑張ってくれるに違いない。
だがしかし、元に戻す前にアイツは困惑している琴音に手を出すだろう。……いや、待て待て待て、琴音は今俺の身体だぞ?
俺の身体にあいつが手を出すわけがない。ってなると、琴音の身体である俺に手を出してくるだろう。
通常ならそこで琴音の鉄拳が飛ぶのだが…………琴音の中身は俺だぁ!! この俺が琴音のような鉄拳なんて繰り出せるはずがねぇ!! つまり無抵抗!!
やばい、中身は俺だとしても身体は琴音。抵抗できないうちに琴音の身体を堪能する気かアイツ!!
『そう。恭兄ぃに張り付かれるなんて海兄ぃも嫌でしょ?』
「あぁ! 嫌だ!! アイツに張り付かれるぐらいならユキに張り付かれた方がまだ数倍ましだ!!」
そうか、琴音はこの最悪の事態を回避しようとしていたのか。
ならば協力しない手はねぇ。
「でもさ琴ちゃん。そんなこと言っても元に戻れなくちゃ意味がなくなイッ!?」
そうだ。『あんたは思春期の乙女心もわかってやれへんのかアホボケカスコラァ!!』と、楓果ちゃんに胸ぐらを掴み上げられ往復ビンタを食らっているカズくんの言うとおりだ。
変態に襲われるか、この≪入れ替わり≫が元に戻らないか。どっちが最悪かは一目瞭然だ。
……不安なので一応言っておくが、なにより最悪なのは変態に襲われる方ではなく、この≪入れ替わり≫の収拾がつかない事の方だからな?
「こ、琴ちゃんなら襲われてもきっと可愛いよぉ!」
「可愛いから襲われとんねや!! あと全然フォローになってへん!!」
『いやまだ襲われてないから。あと楓ちゃん、やりすぎだよ』
琴音は今みんなの声しか聞こえていないはずなのに、この場で何が起きているのかわかっているようだった。
長い付き合いだからこそだとでもいうのか。羨ましいこと極まりないです。
そんなことよりも、元に戻るためのただ一つの選択肢が、一番のラスボスってわけだ。
あの変態に手を出させることなく、条件をのませる方法……そんな方法がこの世の中に存在するのだろうか?
「なぁ、今思てんけど、学校が終わったら琴ちゃんと二人で頼み込めばええんとちゃうの?」
カズくんの胸ぐらを掴み上げたまま、楓果ちゃんがそう提案してくる。
「何を言っているんだ楓果ちゃん。琴音の身体である今の俺が直接変態にあってしまったら、それこそ本末転倒だろうに……」
『そうだよ楓ちゃん』
もし俺が直接事情を説明したら、疾風のごとき速さで抱きつかれて終わりだろう。それは嫌だ。
「いや、琴ちゃんと一緒なんやし、そうなる前に琴ちゃんにシバいてもろたらええねん。まぁ、琴ちゃん任せになってまうんやけどな」
「…………あぁ!」
『…………あぁ!』
楓果ちゃんの画期的アイデアに、通信機越しの琴音と見事にハモった。
そうか……そうだよな。
琴音と一緒に行って、琴音が直接自分の身体を守り切ればいいんだよな。
俺は俺で説得する。琴音の力と俺の口の上手さの夢のコラボレーションで切り抜けられるわけか!!
「ありがとう楓果ちゃん! 学校が終わってからと言わず、今すぐ行ってくる!! 今日は休みと伝えといてくれ!!」
「まかしとき!」
「ふいぃー!」
楓果ちゃんと、楓果ちゃんに胸ぐらを掴み上げられたまま意気消沈しているカズくんにそう告げた俺は、通信機一式を乱暴につかみ、席を立ち教室を出ようとした時。
『あ、ちょっと待って!』
そんな琴音の一言により、俺は足を止めた。
「まだなんかあんのか?」
何か不都合でも見つかったのかと思い、俺はそう返した。
だが、どうやらそうではないらしく『あ、いや個人的な事なんだけどさ』という声が返ってくる。
「ん? どないしたん?」
俺が立ち止っているのが気になったのか、楓果ちゃんがそう声をかけてきた。
「あ、いや、なんでもない!」
俺は楓果ちゃんにそう返答すると、周りの人に怪しまれないよう、廊下に出て琴音に小声で話しかける。
「個人的な事ってなんなんだよ」
『べつに大したことじゃないんだけどね? あ、いや私からしてみれば大したことなんだけど』
「だからなんだよ?」
琴音にしては歯切れの悪い喋り方に、ちょっとイラッとして怒り口調になってしまった。
だが琴音の声なのでそんなに迫力が出なかったのか、琴音は気にしてなさそうな素振りで一言。
『恭兄ぃと話するのは学校が終わってからにしない?』
「なんでだよ!」
なんかずっと『なんでだよ』という単語しか言っていないような気がする。
だが、そんなこともお構いなしに琴音は告げる。
『あ、あのほら……今日の5時間目の授業ね、英語のテストなんだよね』
「ぶざけんな」
琴音の考えていることは分かった。
英語のテストなので、俺が代わりに受けてくれということなのだろう。この怠け者少女め。
ここは琴音にきちんと言っておかなければいけない場面だろう。心を鬼にして叱るのもまた、立派な教育の一つである。
「いいか琴音。ラクしたい気持ちは分からんでもないが……」
『お願いします!!』
これから大事なことを教え込もうという時に、琴音が口を挟んできた。
コイツさては、説教を受け付けない気だな?
「どんなにお願いされたとしてもダメのものは……」
『私が土日祝日関係なしに英語漬けにされるのだとしても?』
「うっ……マジか」
『うん。今度の英語で赤点取っちゃうとね、休日出勤を強制的にやらされちゃうの! どう!? 恐怖でしょ!?』
「……今回だけだからな」
『ありがとう海兄ぃ!! 大好き愛してる!!』
琴音の嘘なのかもしれない。ただラクしたくてついた口から出まかせなのかもしれない。
でも、俺には見放すことなどできなかった。だがこれは単なる甘やかしなどではない。
琴音が休日も英語の勉強? きっとそんなことをした日には琴音は壊れてしまうだろう。
大げさかもしれないが、大げさでなかった場合。
今回俺が協力したことで、琴音の命を守った。
そう、つまりはそういうことである。
まぁ、俺だってただ協力しようだなんて思わない。
今後、琴音が英語の宿題で泣きついてきたとしても、絶対に手を貸すなと秋に言っておく。
秋には『琴音が将来ダメな奴になってもいいのか!!』などと脅しをかけておけば全力で協力してくれることだろう。
ふっ琴音め、俺に頼んだのはお前のミスだ。英語の先生よりもたちが悪くなっただけだぜ。フフフフフ………
俺が一人廊下で怪しい笑みを浮かべているのを、そろそろ授業開始時刻になるために教室に集まってきていた琴音のクラスメイト達に怪しい目で見られていたことなど、悪巧みしていた俺と音声しか聞こえない琴音が、気づくはずもなかった………。
『海兄ぃ、急に黙り込んじゃってどうしたの?』
「え!? あ、いや、なな、何でもないですぜ。ははは!」
急に琴音に声を掛けられ、思いっ切り動揺してしまった。
が、俺は普段からよく動揺する人なのでそこまで怪しまれることもないだろう。
そんなことよりも、今ので気づいたことがある。
俺の無意識のうちに考え事を喋ってしまう癖。なぜか今の俺の悪巧みは琴音には伝わっていなかった様子。
今思えば、ずっと前のじゃんけん大会の時もそうだし、今日の朝、≪入れ替わり≫が起こる前に言いあった西郷(俺の担任である)とのことだって考え事を喋ってはいなかった。
……つまり、俺は『俺にとって重要な事』は口に出さないで留めておけるのかもしれない。
ちなみに言っておくと、俺にとって重要なことは説得や交渉面で、俺の本音があいてに伝わらないことだ。
強く意識していることだと大丈夫なのかもな。今後のリハビリのメニュー加えておこう。
このまま頑張れば無意識のうちに喋ってしまわないことも可能だしな。
『なにブツブツ言ってるのよ。考えていることを暴露しない海兄ぃなんて海兄ぃじゃないよ』
一気に自信なくした。
っと、そろそろ授業が始まっちまうな。
琴音、高校の授業とか大丈夫なのだろうか。第一、今日は英語の抜き打ちテストが……あ。
「あぁぁぁぁあああっぁぁ!!!!!!!」
『ちょ、急に大声出さないでよ!! しかも私の声で!!』
忘れてた。そうだ、俺、今日の抜き打ちテストで95点以上取らないと死を意味するんだった!!
琴音に高2レベルのテストで……ましてや英語のテストで95点取れっこない!! 死んだ!! 俺は確実に死んだ!!
衝撃かつ最悪の状況下に立たされていることを自覚した俺は、すぐに琴音に話そうと声をかけた。
「お、おい琴音! わりぃけどこの件は…」
『か、海兄ぃ!!!』
俺が今の状況を説明しようとした時、俺の言葉に被せるように琴音が大声を上げる。
「ど、どうしたんだよ?」
琴音の発したただならぬ雰囲気に、俺は自分の言いたいことをのみこみ琴音の言葉を待った。
てか、琴音が大声を出した時に聞こえた俺の身体から出る恐ろしい声質に、自分自身でビビってしまった。なにこの声怖い。
そんな中、琴音が震えた声でこう言った。
『か、海兄ぃどうしよう……た、多分……―――-たい』
「え?」
突然小声になったので、残念ながら聞き取れなかった。
なので俺にもう一度チャンスをくれ。
「ごめん琴音。うまく聞き取れなかった。もう一度、言ってくれるか?」
『と―――――-たい』
「はぁ?」
ダメだ。聞き取れない。
いいか琴音、人間というものはだな、言葉にしなくちゃ伝わらない時ってもんがあるんだよ。今がその時だ。
さぁ、怖がらずに言ってごらん?
「琴音。もう一度、聞き取れるように大きな声で言ってくれないか?」
『えと……と……と』
「と? と、なんだ?」
『と……と……――――-たい』
「と……たい? 飛び降り死体か?」
『怖いなっ!! 全然違うよ!!』
「ならちゃんと言葉にして下さい。今の俺には琴音の思考を読む能力はないのだから」
さぁ、琴音。
どんなに恥ずかしくても言葉にしてみましょう。
さぁ、さぁ、今こそ発言するのです。『トイレに行きたい』と!!
『聞こえてんじゃねーかぁ!!!!!』
すごい勢いで怒鳴られた。
このイヤホンってたしか、自動で音量を調節してくれる機能を搭載していたはずなのに。
耳がキーンてなってる。あ、さっき左耳につけたんだよ。だから左耳が重傷だ。
琴音お前、自分の左耳が使い物にならなくなってもいいのかよ。あと俺の声で大声出すな、正直怖い。
『と、とにかく、私どうすればいいかな!?』
平常心を未だ保てていない様子の琴音が、戸惑いを隠すそぶりも見せずにそう言ってくる。
そんな琴音に対し俺はクールに告げた。
「ちゃんと、手は洗ってくれよ?」
『ばっ、バッカヤロォォォ!!!!!』
再び左耳が重傷を負った。本格的に使い物にならなくさせる気かお前。
『い、いいのか!! 海兄ぃはそれでいいのか!! 恥ずかしさとかはないのか!!!』
「いや、でも≪入れ替わり≫が起きた時点で一番最初に覚悟することだろ。漫画で読んだことあるぞ」
『この変態ぃぃ!!! こうなったら教室内で漏らしてやるぅぅ!!』
そんな殺生な。
って、ちょちょちょ、ストップ!!!
ごめん、真剣に考えますから!!! そんなひどい仕打ちやめてください!!
『はぁはぁ、ならこの状況どうするか考えて!! なるべく早く!!』
「まぁ、考えるっつっても、ぶっちゃけ『元気で行ってらっしゃい』という言葉しかかけようがないのだが……」
『あぁもう使えないなぁ!! なんで入れ替わる前に行っとかなかったのよ!!』
「いやそんなこと言われても、トイレ行こうとした時に≪入れ替わり≫が起こったんだもん。しょうがないじゃないのよ!」
『私の声で気持ち悪い女言葉使うなっ!!』
――――そして、それから数分が経過したものの、まともな案は出てこなかったのでござる。
「まぁ、最悪オメガに事情を話して元に戻してもらうまで我慢だな」
『そ、それはだ、ダメだよ……! 今の私じゃ私の身体を庇いきれないし……何よりそれまで持ちこ、こたえられそうにな、ないし……!!』
言葉が途切れ途切れになっている。そろそろ本格的に限界が近づいているようだ。
俺的にはあまり無理してほしくないのだが……膀胱がイカレでもしたらどう責任を取るつもりなんだ。頑張れ俺の膀胱。ファイトだ俺の膀胱。
『ちょ、変なこと言ってないで……早く!!』
「じゃ、じゃああれだ! とりあえず保健室を出て教室に向かってくれ!」
俺は思いついてしまった。画期的なアイデアを。
そう、教室にはあのオメガがいるのだ。なぁに、今の現状を説明するわけじゃない。
今、琴音は見た目は俺、声も俺。その姿は明らかに俺! な状態なわけなんだから、琴音が俺のふりしてオメガに話しかけ、尿意を止める薬かなんかをもらう。これで解決だ。
『な、なるほど……で、でももし恭兄ぃがその薬を持っていなかったら……?』
「乙でした」
『つまり諦めろってことか……あぁもう、しょうがない! その可能性にかけるしかない!!』
「じゃ、俺は俺で授業始まるから。通信機一式の電源は切っておくが、通信が来たらわかるようになっているのでいつでも相談してくれ。じゃあね!」
『あっ、ちょ…』
ブツッ。と、電源を切った俺は、再度教室へと戻った。
すまん琴音。これでトイレの件は何とかなると思うから。
ついでに、お詫びと言っちゃなんだが、英語のテストで100点取っておいてやるから!
琴音に対し心の中でそう謝罪した俺は、軽い足取りで自分の席(琴音の席)に腰を落ち着かせた。
あと数分で授業開始時刻ともなれば、琴音のクラスメイト達全員が勢ぞろいである。
「あれ、どないしたん? 帰らなくてええんか?」
俺の前の席に座っている楓果ちゃんが、身体ごとこちら側に向け、不思議そうな顔でそう問いかけてきた。
「おう、今日1日だけよろしくな」
「な、なんでなの……?」
俺と楓果ちゃんの会話が聞こえていたのか、俺の席の右隣に座っているカズくんもまた、不思議そうな顔でそう問いかけてくる。
「いやそれがさ、琴音のやつが『私の代わりに英語のテストで100点取ってきて~!』なんてこと言うもんだから舞い戻ってきたんだよ」
「あ~」
「あ~」
二人が仲良くハモる。
今日一日で結構ハモっている現場を目撃するが、これはどういうことなのだろうか。
おそらく、俺の語る話が、二人の仲では『琴音あるある』的な感じになっているのだと思う。うまく言えないが、同じとこで納得するから、二人とも仲良くハモるのだ。
まぁ、琴音には悪いが、俺は中学校生活を満喫させてもらうぜ。
でも、琴音にとってはいいことだろ。成績が上がるんだから。
『起立』
どうやら担任が来たようで、日直があいさつをする。
俺はそれに従い、しっかりと朝のあいさつの手順を踏んで行く。
しかし、琴音はいいとしても、俺なんか全教科0点だってこともあり得るんだからな。
だがそこは俺。普段ふざけたりしているので、急に俺の学力が下がろうが、クラスの奴らは『またなんか担任に嫌がらせしてるな』ぐらいにしかとらないのだ。どうだ、この俺に抜かりはない。
『ちゅうもーく』
でもまぁ、そんなこと言っても学力の平均点が下がるのは事実だし。
抜き打ちでテストがないことだけを祈るぜ。……って。
『礼』
『おは…「忘れてたぁぁぁ!!!!」
そうだ、抜き打ちテスト!!
俺は大事な大事な英語のテストがあったんじゃないか!!
琴音のトイレの件で頭がいっぱいになり琴音に切り出すの忘れてたし、今は向こうも授業中だ。
今通信機なんか鳴らした日には、絶対に西郷に没収されて連絡もままならない状態になることだろう。
それはつまり、琴音とは向こうから通信が来るか、少なくとも2時間目と3時間目の合間に入る20分休憩まで連絡不能となるわけで!
うわうわうわうわ、まさか抜き打ちテストをやる時間帯を聞いておかなかったのがこんなところで足かせになるとは!!
『えっと……竹田…琴音さん。どうかしましたか……?』
「へ? ……え?」
気が付くと、このクラスの担任であろう男性の教師と、クラスにいる生徒全員の視線が、俺の方へと集中していた。
俺の前の席にいる楓果ちゃんが、『あちゃー……』とため息をついているのが目に入った。
やってしまった。
琴音の身体で。琴音のクラスで。普段の琴音なら絶対にしないであろうことで注目を浴びてしまったのだ。
すぐにごまかしに入らなければ、あとで琴音に殺されることなんて目に見えている。
『すぐに≪入れ替わり≫の現状を解決しないで、学校が終わってからにしようと言い出したのは琴音の方ではないか』
そのような正論が通じる相手ならば、今までだって苦労はしない。
ここは俺の、この口達者な俺の特技で通り抜けなければ……!!
『竹田……琴音さん……?』
担任と思われる男性の教師が、返事がない俺に再び声をかけてくる。
そのタイミングを見計らい、俺は琴音の学校生活に支障をきたさぬように告げる。
「あ……いや、その宿題をやってくるのを忘れてまして……!!」
うまい!! これなら学校生活の中でもごく普通の返答だ!!
俺は心の中でガッツポーズを決めた。……そんな時だった。
「海の兄ちゃん……昨日は宿題でなかったんだけど……」
俺の隣の席のカズくんが、俺にそっと耳打ちをする。
って、宿題が出てないだとっ!?
そんなことがこの中学においてあっていいのかっ!?
そう心の中で思いながらも、俺は言う。
「あ、あぁ! そ、そっかぁ! 宿題なかったんだっけなぁ! よかったぁ!」
『……宿題が出ていなくてよかったですね。それではみなさん着席してください。、さっそく授業を始めたいと思いますが―――』
担任の合図でみんなが席に着く。
何とか怪しまれずにこの場を切り抜けられたようだが、やはり変な印象を与えてしまったようで。
クラスの人がちょくちょくこちらに視線を移しては、ひそひそと何かを話しているのがとても気になった。中にはクスクスと笑っている者もいる。
そんな中俺は、1時間目の歴史の授業を受けた――――
――――――そして1時間目が終わり。
何とかボロを出さずに済んだが、このままでは琴音の印象は下がる一方。
学校生活。それも、中学生と言えば、もっとも複雑な時期だ。
受験、部活、成長、上下関係に恋愛。
それらすべて…いや、それ以上の事が、すべて詰め込まれている時期。それが中学。
そんな中学校で、ただでさえ人見知りな琴音が、俺のせいで居づらくなってしまう。
そのようなことは、絶対に避けなければならない。
俺は中学時代、秋という親友に出会い、……今どうしているか分からないが、かなえにも出会って。
色々あったけど、今思うとあの時はとても楽しかった気がする。いや、楽しかった。
俺は誰よりも学校という場所に早く馴染みたかった。友達も作りたかった。充実した学校生活を送りたかった。だが、自分では何もできなかった。
だから、琴音が頑張って作り上げてきたこの学校でのキャラやイメージを、この俺がそんな容易くぶっ壊してしまっていいはずがない。
誰よりも学校での雰囲気や印象とか、色々なものに執着してきた俺だから言える。
俺は絶対に、今日1日琴音を演じきってやる!! 絶対にだ!!
「そのためにはまず、その無意識ん内に喋ってまう癖をなんとかせなあかんでー」
「うっ、ごもっともで」
現在俺は1時限目の終わりの、いわゆる5分休憩中なのである。
琴音はあれからどうしたのだろうか? ちゃんとトイレの件は何とかなったのだろうか?
まぁ、連絡が来ないということは何とかなったのだと思う。思うことに決めた。
「ところで、海の兄ちゃんはこの後どうするの? やっぱり最後まで授業受けるの?」
カズくんだ。
「あぁ、その事なんだがな。実は俺、なさねばならぬことが1つだけあるんだよ」
そう、俺は西郷との英語のテスト勝負をなんとかしなければいけない使命がある。
1時間目の最中にずっと考えていたんだが、西郷の性格から推測するにおそらく英語の抜き打ちテストは5時限目か6時限目。
昼を食べ終え、ちょうど眠くなってくる時間帯に『目覚めの一発をプレゼント』とか言ってクラスの奴らをいじめると思う。奴なら絶対にやる。
つまり俺のなすべきことは、仕方ないから4時間目終了まで授業を受け、昼時を見計らい琴音と合流し、理由を話して元に戻ってもらう。
そうなると琴音の要望を無視することとなるが、それはやっぱり琴音自身がやるべきものであり、俺が手を貸すことではない。という結論に至ったわけだ。
まぁ、琴音の方も、高校レベルの授業に退屈して元に戻りたいと自ら言ってくるだろう。
俺が4時間目終了まで授業を受けるのは琴音を飽きさせるためでもあるのだからな。とか言ってみたり。
「となると……はっ!? そ、それやったら山空さんは…」
『はい、面倒だが授業を始めるとしましょうか!!』
楓果ちゃんが何かを言いかけた丁度その時、2時間目開始を意味する授業開始の合図が。
先生が来ると背筋を伸ばし姿勢を正して、さっきまでうるさかった教室が一気に静かになるこの感じ。高校になってからは全く見かけなくなったために、どこか懐かしく感じた。
ちなみに、2時間目の授業は美術だそうで。
美術は、相手の人と向かい合って顔を描き合うというシンプルなもので、前回の続きだそうだ。
前回すでに描きあがった人は読書するなりまだ出来ていない子に協力するなり先生の肩をもむなり自由にしてくれて構わないそうだ。
それを聞いた前回すでに描きあがっちゃっている組は、先生の言葉通り読書したり仲のいい子の手伝いをしたり。
その中に先生の肩を率先して揉み解しに行く奴はさすがに現れないか。
ところで、琴音はこれを終わらせたのだろうか……って、琴音は確か凄く絵が上手かったっけ。しかもスピーディーに仕上げちゃうんだ。
だからおそらく、琴音は終わらせている事だろう。
そう思った俺は、とりあえず椅子に座っている黒いジャージ姿の先生の肩を揉みに行くことにした。
美術の先生は俺が中学にいたころから面識のある男の先生なので、俺も緊張せずに接することができるしな。先生は何かと大変だと思う。
感謝の意を込めて肩を揉む。俺にできることはそれだけだ。
「先生ー、いつもご苦労様です」
『お、竹田じゃないか。お兄さん元気してるか?』
お兄さん。つまり琴音の兄、竹田 秋のことだ。
あぁ、そういえば秋ってよく先生にこき使われてたっけなぁ。あいつ人がいいから。
「相変わらずですよ。高校でも人がいいもんだから何でも引き受けちゃって」
『はははっ、そうかそうか、相変わらずか!』
「はい。そういう先生も、2年経っても相変わらずですよね」
…………あ。
『…………あ、あぁ、はっはっは! お兄さんが言ってたんだな? ……竹田のやつめ』
「そ、そうなんですよ! 秋が言ってたんッスよ!! はっはっは!!」
あぶねあぶねあぶねあぶねあぶねあぶねぇ!!!
焦った!! すごい焦った!! 2年経っても。とか言ってしまった時にゃ終わったかと思った!!
ふぅ、先生が違う解釈してくれて助かったぁ。
俺は内心すごく焦りながら、先生の肩を程よくマッサージしていく。
先生の背後に立っている状態なので、冷や汗が盛大に噴出している俺の顔を見られずにすんでよかったぜ。
『……それにしても、竹田お前、先生の事が好きにでもなったか?』
「へっ!? あえ、あ、な、なんですか急に!?」
いきなり話しかけられたので、つい変な声を上げてしまった。が、琴音の声だと可愛く聞こえてしまう不思議。
いや、そんなことより、この先生は何を言い出すんだ。
そういう話題は3年生に振る話題であって、まだ1年生の難しい年頃の子に振る話題ではないぞ。最悪セクハラとして捕まるぞあんた。
『いや、なんか今日はいつもと様子が違って会話が盛り上がるもんだから。肩揉んでくれてるし』
「あぁ」
琴音って大人の男性とかに自分から会話しなさそうだもんなぁ。
俺やオメガでさえ、琴音自ら話しかけてきて仲良くなったわけじゃないもんな。秋は兄貴だから別として。ついでに幼馴染のカズくんも除外して。
とりあえず、ここは琴音的対応をしよう。
今後この先生が調子に乗って琴音にへんな話題を振ろうものなら、多分琴音が疲れ果ててしまうことだろうし。
「俺…私は別に先生のことが好きになったわけではなくてですね」
『ははは、わかってるよ。冗談だ冗談』
「ただ、先生って職業はPTAとかからも色々言われるし、生徒のちょっとした変化や状態にも気づいていけなくちゃダメですし、一日中神経使いっぱなしで大変だなぁ。と思って真心を届けに来ただけです」
『竹田、お前はお兄さんに似て妙なとこしっかりしてるなぁ』
「褒められてる気がしないのは気のせいでしょうか」
『気のせいです』
ははは、と笑う俺と先生。
俺が中学生時代この先生とはあまり会話したことはないけれど、いつも笑顔で優しい先生だということは知っている。
このような先生との雑談で楽しいと感じられるのは、俺の心が成長しているからなのだろうか。
そんなふうに俺が先生との会話を楽しんでいる時だった。
『えっと、ちょっといい?』
そう声をかけてきたのは、クラスの男子だろうか。
先生に用があったのか、ならば俺はそそくさと退場しよう。
「じゃあ先生、これからも健康第一で頑張ってくださいね」
『お気遣いいただきましてありがとうございます』
オレは先生とそういうやり取りをした後、その場を離れ、自分の席に向かう。
……と、後ろに気配を感じ振り向いてみると、さきほどの男子があとをつけてくるではありませんか。ちょっと! ストーカーは犯罪ですよ!
「えっと、なんか用?」
そう問いかけてみた。
すると彼は。
『えっと、この前の約束……というか、なんというか。お願いできるかな?』
「約……束……?」
約束ってなんだ!? 約束ってなんだ!?
琴音が約束しそうなこと……それもクラスの男子に約束を……!?
何のことだ、ヤバい、すごく気になる!!!
……ってか琴音お前、なんか約束があったのにそれをすっぽかす様な真似すんじゃねぇよ。
などと俺が考えていた時、俺の近くで絵を描いていたカズくんが立ち上がり、言った。
「琴ちゃん、結構いろんな人に似顔絵を描いてあげる約束してたよ?」
「断るんにも断れなかったんやろなぁ。あんなふうに期待に満ちた目ぇで頼んでくるんやもん」
カズくんの言葉に、楓果ちゃんが付け足すように言った。
って、お前らなんでいつも丁度いいとこにいるんだよ。
『そういうわけで、お願いしてもいいかな!?』
「ちょ、無理無理!! 今朝ちょっと突き指しちゃって上手くペン持てないからさ! 悪いけど明日にしてくれないかな!?」
俺のとっさに出た言い訳がそれだった。今の自分にご褒美をあげたいくらいのごまかしっぷりだ。
そして自分でも感動したごまかしを聞いた彼は、『あ、うん。わかった。ありがとう竹田さん。みんなにもそう伝えておくよ』と言って、みんな…男子が集まっているグループにかけて行った。
「はぁ、焦ったぁ……」
「ハハ……お疲れ様」
安心して肩の力が抜けた俺を見て、カズくんが苦笑いしながら俺の肩に手をのせてくる。
琴音って外では大人しい感じのキャラだから、てっきりカズくんとか以外で交流じみたものなんてないと思ってたけど……結構クラスになじんでんじゃねーか。いいことだ。
『おーい竹田ー! ちょっとこっち手伝ってくれよー!!』
突然そう声が聞こえ、そちらの方に視線を移すと、俺に分かるように手招きしている男子達が。
おいおい、さすがに頼られすぎじゃないのかよ琴音! お前実は結構モテるだろ!!
「琴ちゃんが人気なんは美術の授業ん時だけやで? ……あ、いやでも……普段からそやったっけなぁ……」
楓果ちゃんが考え込んでしまった。
これは本格的にひょっとしたらひょっとするかもしれない。って、俺は何を考えているんだ。
「みんな琴ちゃんの魅力に気づくのが遅すぎなんだよなぁ。その点オレは最初っから」
「ん? 最初っから……どないしたん? え? もしかしてカズッちゃん……」
「あっ、いや! その……さ、さ、最初っからその……ほら! 最初っから琴ちゃんの味方なのさ!」
「ごめん、意味わからんわ」
カズくんが顔を赤くして、慌てふためいている。
おいおい……もしかしてカズくんお前、琴音のこと好きなのか? あの琴音を?
いや、別にいいんだけど。でもまさかな。うん。いやでもマジか!? いや、別にいいんだけど!
取り合えず頑張れ! 俺は応援しているぞ!!
それに幼馴染が好きって、そんな展開この世の中にあるんだな。漫画だけかと思ってたよ。
『竹田ー! 早く来いよー!』
そして誰だか知らんがさっきから偉そうだな。
ちょっと待っててくれ、今ちょっといろいろな出来事が起こりすぎて困惑しているんだ。
『早くー!』
「うるせぇな今行くっての!!」
しつこく呼びかけてくる声に、俺はつい声を荒げてしまった。
……やっちまった。思わずいつものノリでキレてしまったではないか。どうしてくれるんだ。
俺が怒鳴った瞬間、クラス中が静かになった。
くそっ、高校なら普段おとなしい子が急に怒鳴ったりしたくらいじゃ普通にスルーされるのに!
中学生って色々やりづらい。
「ごめんごめん、……で、手伝ってほしいことって?」
俺はいつまでも硬直している男子グループに駆け寄り、とりあえず意識を別方向へとそらす。
これ以上目立ってはいけない。琴音はこれ以上目立ってはいけない奴なんだ。気を付けないと。
『あ、えと、その……ここなんですけど』
「なぜ敬語……どれどれ?」
その男子はまだ絵をかいていたようで、すでに描き終わった友達にもいろいろ聞いてはみたもののどうしても納得のいく絵が描けないらしかった。悩みが芸術家のたまご級じゃねぇか。
『こいつが、鼻をもっとリアルに描きたいらしくて……』
お悩み男子のモデルとなっている男子が、早く終わりにしてほしそうな表情で告げる。
もうすでにモデル男子の方は描き終わっているのだろう。だがお悩み男子の絵が完成するまで動けないわけだ。
二人一組で互いの顔を描くってそう言ったことも起こるんだな。
「いいか? 鼻を上手く描くにはだな――――こうして―――こうすればいいと思うぞ?」
俺が華麗に指導してやると、場が一気に盛り上がる。
『おぉ! さすが絵の天才!』
『竹田すげー!』
『竹田って意外と面白いやつだな!!』
などと、口々に俺を賞賛する。
その時だった、俺はある違和感を感じたんだ。
俺が華麗に指導した……?
それはありえない。そんなこと、俺にできるわけないじゃないか。
俺は自慢じゃないが美術の成績は悪い。つまり、俺には絵心はない。
なのに……さも当たり前かのようにすらすらと教えることができるなんて……どうなってんだよ……?
「誰かノート持ってないか!?」
おかしい、おかしいんだ。
俺が描けるわけがないのに、この俺が。
こんな、バカな……。何がどうなってるんだよ……。
『えっと、ノートだったらこれでよければ』
俺の言葉を聞き、男子グループの1人がノートを差し出してくれた。えんぴつもつけるという何とも気の利いた男子だ。
そんな男子のお礼を告げ、俺はノートを開くと、それに向かってえんぴつを走らせてみる。
すると。
『うおっ、俺だ!?』
そこには、ノートを差し出してくれた人の顔が、丁寧に描きだされていたのだ。
「ありがとう、これ返すよ」
『あ、うん』
ノートを返した俺がその場を離れると、『うめぇ』だの『やべぇ』だの、驚きの声が背後で聞こえる。
そう、あの絵は俺が描いた。描けるはずがないのに。
なんだよこれ……これじゃまるで琴音じゃねぇか。
「山空さん、顔色悪いみたいやけど大丈夫なんか……?」
楓果ちゃんが、うつむく俺の顔を下から見上げるようにして見てくる。
どうやら俺は、混乱のあまり血色が悪くなっているようだ。
「あぁ、大丈夫だよ楓ちゃん。心配すんな……」
あ、あれ? 俺今……楓果ちゃんのこと……。
「海の兄ちゃん、今楓果ちゃんのこと『楓ちゃん』って言った―――――」
第四十九話 完
~おまけ~
和「二話連続でおまけコーナーに出演できるとはオレってもしかして人気なの?」
楓「ちゃうちゃう、アタシがえらい人気あんねん……多分」
和「ちゃうちゃう、きっとオレが人気あんねん!」
楓「むっかぁ! そのエセ関西弁やめてくれや!!」
和「やめへんよー!」
楓「ええ加減に……あ!? 下らんことしてる間におまけコーナー終わってまうで!?」
和「だがしかしやめへんよー!」
楓「よっしゃ、ちょおそこ立ってみぃや」
和「え? …って、ぎゃああああああ!!!!!」
海「カズくんは犠牲になったのだ……」
楓「なにがやねんっ!!」