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俺の日常非日常  作者: 本樹にあ
◆入れ替わり編◆
62/91

第四十八話~俺があいつであいつが俺で…とかいうありきたりなサブタイで~

(2017年8月8日 挿絵を2枚だけ描き直しました)

えーっと、俺はいったいどうしたんだっけか……?

確か担任の西郷とテスト勝負だ! ってことになって、柄に合わず一時間ぶっ通しで勉強をして……。


あぁ、そうか。そうだった。

俺は勉強のし過ぎで倒れたんだっけ……。


ってことは、俺は今、気を失ってるのか……。


くそっ、珍しく勉強なんてするんじゃなかったぜ。

まさか俺の体がこんな勉強に異常反応を示すとはな……。


『おーい! あれ、寝てんの?』


誰かの声が聞こえる。

ってちょっと待て、俺は寝てるんじゃない。気を失っているんだ。失礼だぞあんた。


つーか、頭はこんなにフル回転してて健康そのものなのに、身体は全く動かねェ。

俺……もしかして勉学に励みすぎて植物状態と化したのか……?


『おーい、もしもしー? 起きろー!』

『まだ寝かしといてあげた方がいいんとちゃう? まだまだ授業始まる時間とちゃうんやし』


ん? 二人いるのか……?

てか、誰だか知らんが気を失っている人の頭をパンパン叩くのはやめてくれよ。


『あれ……死んでる? 死んでるのか!?』

『えぇ!?』


えぇ!? 俺死んでたの!?

ってちょ、鼻をつまむな!! なんだ虐めか!?


『あ、いや、生きてる。フゴッて言った』

『ちょ、おどかすなドアホ!』


はぁ、誰だか知らんが、俺が気を失っているときに好き勝手やりやがって……。

お、少しだが身体が動く。血液が身体全体に行き渡ってる気がする。

そうか、俺はとうとう目覚めるのか。


『……落書きしてみますか』

『あとでコブラツイストされてもアタシしらんで?』


落書き!? ちょっと待て、やめるんだ!

くそっ、早く目覚めろ俺! 動けぇ、動け俺の身体ぁ!!

あとコブラツイストはしねぇよ。どんな野蛮人だよ。


『大丈夫だって。ちょっとデコに『酒池肉林』って書くだけだから』


どこの暴君だよ!! 俺は董卓か!!

逃げろ、動け!! 目覚めろ、我が精神(スピリット)よ!! やべっ、厨二っちまった!!


『ふふふ、日頃我に尽くした悪行の数々……今、天の裁きとして晴らさん!!』

『なにしょーもないこと言うてんねん』


なんか俺に落書きをしようとしてるやつも厨二病になってんぞ。

ってか、俺のこと(ねた)んでるやつとかいたのかよ!! ごめん、今まで気づかなくて!!


いや、そんなことよりも……!!


『覚悟ぉぉ!!!』

「やめろぉぉぉ!!!!!」


ガツンッ!! と、後頭部に何かが当たった。

その感触とほぼ同時に、『ウゴッ』という呻き声が聞こえる。


おそらく、勢いよく起き上がってしまったために、俺に落書きをしようとしていた奴に俺の後頭部がうまい具合にクリーンヒットしてしまったのだろう。自業自得だ。


俺はぶつけた後頭部を軽くさすりながら、落書きしようとした犯人の顔を拝もうと視線を移す。するとそこには、鼻を押さえながらしりもちをついている犯人が。

そしてその犯人は、俺が知っている人物だった。……のだが。


違和感。


俺はすぐに周りを見回す。が……おかしい。

いったい、何がどうなっているんだ――――――――



第四十八話

~俺があいつであいつが俺で…とかいうありきたりなサブタイで~



周りを見渡すと、そこは見慣れた……いや、正確には『昔』見慣れた風景が。


「……ここ……俺の通ってた中学だ……」


『ん……? なに言うてんの? 中学に決まっとるやん』


「え? だ、誰だ?」


声のした方を見てみると、俺のすぐそばにとても可愛らしい綺麗な少女が立っていた。

頭の後ろについているポニーテールがとても印象的な少女である。


『誰って……もしかして寝ぼけとるんか?』


俺の顔を不思議そうに見つめながら、ポニーテールの関西弁少女は言った。


『どうせ夜遅くまで夜更かししとったんやろ。睡眠不足はお肌に悪いで』


「…………は?」


ちょっとなに言ってるのかわからない。俺は男だ。お肌なんかどうでもいいわ。そら荒れてたら嫌だけども。

それに俺はごく普通の高校生。なのに目が覚めたら中学にいて、見知らぬ少女が俺と親しそうに会話している。

この教室にいる他の奴らも、俺を見ても何の違和感も抱いていないようだ。


つーか中学校って、俺、もしかして本当に体が小さく!?


……いや、それはないな。そんな非現実的なことが起こるわけがない。そんなこと、オメガの道具でもない限り起こりうるわけが…………あ。

そうだった、そうだよすっかり忘れてた。俺は今朝、オメガの発明品に侵されてたではないか。

バランスを崩して転んでしまった時、オメガの発明品が誤作動を起こし、体に電流のようなものが走った。多分それのせいだ。


おそらくオメガのあの発明品の効力は、体が縮んでしまうとか、パラレルワールドに精神が飛んで行ってしまうとかそんな類の道具だったに違いない。そうじゃなきゃ、俺の見知らぬ人が俺と親しく会話するという状況が理解できない。


おそらく多分あれが原因だ。そうに違いない。


……だがしかしいくらあの変態が天才だとしても、そんな世界の発明家たちをも上回る発明なんぞできるのだろうか?

あいつはなんだかんだ言っても、ただの変態オタクロリコン高校生だぞ?

どこにでもいそうな、ごく普通のイケメン眼鏡なんだ……って、思いっきりフィクションで表せるほどに色々とおかしい人間じゃないか。

そんなフィクション人間のあいつなら、どんなに無茶な発明品でも完成させている可能性もあるな。恐ろしい。


『いってて、お、おはよう』


俺が考え事をしていると、俺の後頭部とクラッシュした見覚えのあるやつが声をかけてきた。


この少年真っ盛りな髪形……間違いない。この子、琴音の幼馴染とか言ってたあのカズくんだ。


小野(おの) 和也(かずや)。琴音の幼馴染で、俺も一度だけ会ったことがあった。

そんなカズくんが、今俺の目の前にいる。そして、何の違和感も持たずになれなれしく話しかけてきている。どういうことだこれは。


「おーい、聞いてるー?」


カズくんが横からゴチャゴチャとうるさい。

俺は今考え事をしているんだ。黙っててくれよ。


カズくんはちょいと無視して、とにかく今は現状を整理しよう。


俺は今なぜだか中学にいる。そして高校生の俺がその中学にいるという、あからさまに場違いであろうで状況に、誰も違和感を覚えることはない。

ってことはつまりこれは憶測だが、俺の精神は信じたくはないがオメガの道具によって、別の世界…つまり、パラレルワールドというヤツに飛ばされてしまったのだと思う。


そう、この世界では俺がこの中学にいるのは当たり前で、カズくんやその隣にいる関西弁少女と友達なのだろう。だから二人は俺に平気で話しかけてくるわけだ。


少しぶっ飛んでいる気がするが、それさえわかりゃ十分だ。

そう、俺が今すべきこと言えば、この世界のオメガにあって元に戻してもらう。ということ!

つまり、中学を抜け出して隣の高校へ行ってオメガに話をつけてくればすべて解決。お疲れ様でした。


ふっふっふ、俺の順応性の高さときたら天下一品だなこれ。


そのへんの凡人ならば謎の状況に慌てふためくところだろうが、俺はそうではなかった。

俺は持ち前の推理力とともに答えを導き出し、今俺がすべきことも見出した。

そしてそれは至極簡単な事だったのだと分かり、俺はこの世界を少しだけ楽しもうと思ってきている。

まるで漫画の主人公みたいなこの状況に、この謎の状況とは裏腹にワクワクしている自分がいる。


ってなわけで、しばらくこの空間を満喫しようではないか。


俺は恐るべき頭の回転の速さで物事をすべて理解し、この世界をしばらく楽しもうと心に決めた。

何事も楽しめる。それが俺の長所である。


「あれ、もしかして寝ぼけてるの?」


ずっと無言だった俺に対して、カズくんがそう言って俺の顔を覗き込んでくる。


「はっはっは、何を仰るうさぎさん! 俺は至って平常だぜ!」


カズくんに向き直りかっこよく言い放った時、俺は違和感を感じた。


あれ、俺の声ってこんな高かったっけ……?

それに心なしか、席に座っているということを差し引いても、いつもより目線が低いような気がする。

あ、そうか、中学だもんな。カズくんがいるってことは中学1年か。

そりゃ声変わりもまだしてないだろうし、身長だって低いよな。納得だ。うん、納得納得。大丈夫だ、問題ない。


『い、いつもと様子ちゃうねんけど……なんかあったんか?』


関西弁の少女が、俺を見てあからさまに引いている。

いかん、ちょっと調子に乗りすぎたようだ。


おそらくこの世界での俺のキャラは、こんなおチャラけたやつではないのだろう。

俺は見た目は中学生でも心は高校生だ。中学生の前ではいつもの自分が出てしまう。


だが、学校にいるときの俺はそんなキャラじゃない。同級生の人と会話をするのにさえ勇気を振り絞らねばならぬほどの小心者だ。

そんな俺が、きらめく笑顔で『はっはっは、何を仰るうさぎさん!』とか言ってたらそら引くわ。俺自身でさえも、そんなやつを目の当たりにすれば引く自信があるもの。


よし、そうとわかりゃテンションを落とそう。


勝手に推測し勝手に納得した俺は、普段の小心者キャラを演じることにした。

まぁ、演じるといっても、いつも通りにすればいいだけだし……べ、別に悲しくねぇし!


『琴ちゃん?』


「あ、いや、ごめん。寝起きのテンションで頭が狂ってたようだ。俺は問題ない、ノープロブレムだから安心してくれ」


そんなこんなで、俺はすぐにごまかした。自分で言うのもあれだが、なかなかのごまかしっぷりだと思う。


だがしかし。関西弁の少女並びにカズくんまでもが先ほどよりも引いている。何があったんだお前ら。

言っておくがこれでも十分抑え気味だぞ。これ以上暗いキャラを演じろとかとか無理だからな。精神的な意味で。


「…………」

『…………』


だが二人はまだ硬直している。

分かりやすく表現するならば、ぽかーん辺りが妥当なところだろう。


「え、えっと……ど、どうかしたのか?」


しばらく続いた謎の()に耐え切れなくなった俺は、二人に聞いてみる。

すると。


「そ、それはオレ達のセリフだよ!!」


『そうやで!! いったい何が琴ちゃんをそこまで変えてしもたんや!? 気を確かにもつんやで琴ちゃん!!』


関西弁の少女が、そう叫びながら俺の肩をがっちりと掴み、俺の体をがたがたと揺すってくる。


「ちょ、お、落ち着いてくれ……!! 俺は正常だ……って、今なんつった?」


ってちょっと待ってくれよ。

聞き間違いでなければ、この関西弁の子、さっき俺を見て……。


『せやから、いったい何が琴ちゃんをそこまで変えてしもうたんかて……』


「そうだよ! 琴ちゃんが英語を話すなんて!!」


……………え?


「こ、琴ちゃん?」


俺は自分を指さして二人に問う。


「うん、琴ちゃん」

『うん、琴ちゃん』


二人も、俺を指さしてそう答えた。

俺を指さす二人の瞳は、まっすぐで嘘偽り無い、とても綺麗な瞳をしていた。


「あれ、なんだこの状況」


えー、ちょっと待ってくれよ? 俺に頭の整理するための時間をくれ。


つまり、俺がパラレルワールドにうんたらかんたらとか。

体が縮んでしまった高校生探偵とか……。すべては間違いであったと。


本当の正解は、俺は今、どういうわけか琴音の姿になってしまっているという、おもにラブコメを中心にありそうなファンタジー的展開に巻き込まれているわけか。なるほどなるほど。納得だ。納得納得。


……………。


「……納得できるかぁぁぁぁ!!!!」


そう叫びながら俺は机をぶっ叩く。ちょっと手を痛めたがそれどころではない。

俺の叫び声(正確には琴音の声で叫んだ俺の声)と机をぶっ叩いた時の大きい音を聞き、教室の中にいる数名の人たちが何事かと俺に視線を移す。


もちろん、俺の隣に立っている二人……カズくんといまだ名前のわからぬ関西弁の少女も驚いている。


だがしかし、その中で誰よりも驚いているのはほかでもない、この俺自身なのだ。


俺はあわてて視線を自分の身体へと移す。

そしてそれと同時に、俺は絶句した。


挿絵(By みてみん)

「う、嘘……だろ……?」


そう、俺の身体は、女子用の制服をまとい、スカートで、白く滑らかな肌で、未発達で未成熟な四肢。か細い腕や指先、整った輪郭、頭に手を伸ばすと髪の毛が結ってあって……てかもうぶっちゃけ琴音そのものだった。


挿絵(By みてみん)

『……ど、どうかしたんか?』


俺の座っている席の前の席に腰を下ろした関西弁少女が、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「あの……俺は誰だ……?」


なんかもう混乱して、記憶喪失になった人のような質問をしてしまった。


『なに言うてんのん。琴ちゃんは琴ちゃんやろ』


そしてそんな俺の様子を見て、いつもと様子の違う琴音を心配しているようだ。


「そんなに心配しなくても、どうせ寝ぼけてるだけでしょ」


俺の座っている席の右隣の席に座りながらカズくんがそう言った。と同時に身構えるカズくん。

左手で頭を守り、右手で腹を守るという完璧防御を施しているカズくん。

その姿はまさに、親に拳骨(げんこつ)を食らう直前の子供のようだ。


「お前どうした? 盆踊りのアレンジ?」


俺がそう問いかけた瞬間、カズくんがすごい形相で俺の肩を鷲掴んでガタガタと揺らしてくる。


「どうしたんだよ琴ちゃん!! 病気!? 保健室行く!?」


「俺は健康だよ!! てか痛いから肩はなせよ!!」


すげぇ握力だな!! この握力なら世界いけるよ! 自分でも何言ってるのかわからんけども!!


「あ、ご、ごめん。……って、それどころじゃないよ!!」


『せやで! 琴ちゃんがカズッちゃんにあんな風に言われてもなんも反撃せんやなんて明らかに異常や!! 天変地異が起こる勢いやで!』


ようやく解放してくれたと思いきや、カズくんに続き関西弁の子も俺の肩を掴み揺らしてくる。今日はよく揺れるぜー!!


って、そうか、俺は今琴音だったんだっけな。だからカズくんも身構えてたんだ。反撃覚悟で絡んでくるとはなかなかのド根性の持ち主だなカズくんよ。

つーか、俺マジで琴音になっちゃってんのかよ。なんだこのファンタジー。

大体、何度も言うけど俺は一般的なごく普通の高校生なのにさ。こんな展開ってある? 身体が琴音になってるとかありえんだろう。まぁ、家に宇宙人(エメリィーヌ)が居候してる時点で十分ファンタジーなんだろうけどさ。あとスルーしようと思ったが無理っぽいので言わせてくれ、そんな簡単に天変地異が起きたら世界は崩壊するぞ関西弁少女よ。


『こ、琴ちゃん……? なに言うてんの……?』


「え? なにが?」


揺するのをやめたかと思うと、関西弁の子がなんかよくわからんことを言い出した。


『せやから、身体が琴音になってもうとるとかどうとか……』


って、やばっ!! 俺口に出してたのか!?

身体が琴音でもこの癖は治んないのかよ!! 最悪だなおい!!


説明しよう。俺は考え事を無意識のうちに口に出してしまうという悲惨な能力の持ち主である。ちなみに口に出さないよう注意してると表情に出てしまうのでもはや手の施しようがなくどうしようもないのだ。


「ほらまた! どういうことなの琴ちゃん!!」


えぇ!? なにこの癖怖っ!! もうこれ病気のレベルに入ってるだろ!!

慣れたつもりだったけど改めて見つめ直してみると怖いよ!! 俺という人間にはプライバシー保護機能は搭載されてないのか!?


って、そんなこと言ってる場合じゃねぇよ。

俺は今琴音の身体だということを忘れるな。このままでは琴音が頭おかしいみたいな印象を植え付けてしまう。

そうなると、あとで絶対琴音にシバかれる。気を付けなければ。

バレないように、違和感を持たせないように頑張れ俺!!


……いや、待てよ? 何をごまかす必要があるんだ。

なんかバレたらいけないみたいな雰囲気になっちゃってるが、別にばれたところでどうってことないんじゃないか?

いや、むしろ現在の俺の状況を教えてしまった方が、変な印象を植え付けずに済むだろ。

となると、説明の仕方が重要だな。こんなありえないこと、そう簡単に信じてもらえるわけないもんな。

でもまぁ、この関西弁女子は無理だとしても、カズくんならわかってくれるんじゃないか? 前に俺と会ったことがあるんだし。

うん、そうだよな。カズくんならわかってくれる。俺は信じてる。

たった一度だけ会っただけの仲だが、絶対に俺の言ったことを理解してくれる。そして、関西弁の少女も説得してくれるに違いない。

見たところこの関西弁の子は、琴音の友達だろうからな。何かと協力してくれるはずだ。いい子そうだし、可愛い子だし。うん、あの子は信じてくれると信じてる。そうと決まれば説明開始だ。


「さっきからなんかブツブツ言ってるけどどうしたの……?」


カズくんも、様子のおかしい俺(というか琴音)が気になったのだろう。

とても心配そうな顔をしている。

自分のためにこんなに心配してくれる友達が二人もいるなんて。琴音め、羨ましいぞこの野郎!!


っと、そんなことは置いといて、カズくんに現在の俺の状況を理解させなくては話は始まらん。

洗脳するぐらいの勢いで説明しなくちゃ信じてもらえなさそうだしな。気を引き締めていかないと。


そう考えた俺は、カズくんの両肩をがっしりと掴み、今年一番の真剣な眼差しを向ける。

カズくんは困惑しているようだが……気にしてられっか。


「いいかカズくん。これから俺が言うことをすべて理解しろ。しなかったら殴る」


「えぇ!? 急に理不尽!」


「とりあえず、そこの関西弁の子も話を聞いてくれ」


『う、うん』


この俺が発する謎の緊迫感に呑まれたのか、カズくんと関西弁少女の表情から緊張の色がうかがえる。

そんな二人に、俺は告げた。


「簡潔に言おう。俺は琴音ではない」


「は?」

『は?』


二人は見事にハモる。まぁ、当然っちゃあ当然だ。

本人の姿をした奴が、自分は本人ではない。とか言い出すんだもんな。

もし秋が俺にそんなこと言い出したら、間髪入れずにぶん殴ってる自信がある。

それすなわち、俺がこれから行おうとしている行為がどれほど難しいものなのかが伺えるわけで。だが、俺はやる。なにせ、やればできる子とは俺の事なのだから。


「とりあえず自己紹介しておくと、俺は山空(やまぞら) (かい)。隣の高校に通う二年生だ。カズくんは前に一度だけ俺と会ったことがあるからわかるだろ? わからなかったら殴る」


「なんでいちいち脅し文句をつけたすの!?」


「うるさい、殴るぞ。俺の質問にだけ素直に答えろ」


『どうなんやカズッちゃん』


「山空……山空……あぁ! あの時のカッコいいお兄さん」


「照れるからその言い方はよしてくれ」


よし、なんかいろいろとどうでもいいやり取りが混じっていたが、これで安心だ。

もしかしたらカズくんが俺のことを覚えていないとかそんな絶望的な状況になってしまう可能性もあったからな。これで説明がしやすい。


それに引き換え、当然、関西弁女子からしてみれば何のことやらさっぱりだろうが。


まぁとにかく、説明を続行しよう。


「いいかカズくん。それに関西弁の子」


『ちょっと待ちぃ! アタシは生まれも育ちも大阪の嘘偽り無い正真正銘の大阪人やで! 関西言うひとまとまりな名称なんかで呼ばんといてほしいわ!』


「いやそれ嘘偽り有りだろ。だってここ大阪じゃねぇもん。ってことは育ちは完ぺきに大阪じゃねぇ」


つーかいきなりどうしたんだこの子。心の病気か。


『そんなんちゃうわ! 今全国の大阪人を敵に回したで!』


全国に大阪人はいねぇよ。もし日本以外にいるとしたら海外旅行に行ってる人の中に偶然大阪府在住の方が紛れ込んでたぐらいだよ。


って、そんな愉快なことしてる場合じゃない。


「とにかく……いいか、信じられないかもしれないが、バカにせずに俺の話を最後まで聞いてくれ」


俺がそうお願いすると、二人は静かに首を縦に振りうなずいてくれた。

最近の子って頼もしいな。


「ではまず、琴音に聞けば分かると思うが、実は俺の知り合いに発明が趣味の変態がいることから話は始まる」


『発明が趣味って……そないな変態がこの世の中に居るわけないやろ』


「それがいるんだよ。そんな俺の想定外のところで疑いを持たんでくれ」


まさか変態の下りで信じてもらえないなんて思ってなかったぞ。確かにあの変態はあり得ない奴だと思うけども。いろんな意味で。特に悪い意味で。


「まぁとにかく、そういう変わった変態がいるんだが、どうやら俺はその変態の発明品で琴音の身体に憑依的なことをしてしまったらしい」


『全然信じられへんけど、もしその話がホンマの事なんやったら、さっきまで琴ちゃんがとち狂っとったんにも合点が行く……』


突拍子の無いことを聞かされ、関西弁の少女は困惑しているようだ。


そう、琴音の友達である二人からしてみれば、さっきまでの行動は確かにいつもの琴音とは違いどこか妙だった。だがしかし、この現代にそんな面白おかしい事件がこんな身近に起こっているなんて信じられないのもまた事実。おそらくそんな状態なんだろう。


てかとち狂っとったって……酷い言われようだなおい。


「あ、一応言っておくが、けして琴音が厨二に目覚めてしまったとても残念な痛い子だというわけじゃないぞ? すべて事実だからな?」


琴音へのフォローも忘れない。これが俺の優しいところだ。殴られるの怖いし。


『そらわかっとるけどやな。せやかて、そないな突拍子もない話、急に信じろー言われても無理やで』


「まぁ、そらそうだわな」


やはり一筋縄ではいかない。関西弁の子の言うとおり、こんな非現実的な出来事、信じろという方が無理だ。

でも感触は悪くない、あとなん押しかすれば信じてもらえそうだが……しょうがない、ここは俺の口先の上手さを称えられて名付けられた、マシンガンスカイ(自称)の名に懸けて、俺の口の上手さを見せつけてやるとしよう。


などと俺が考えていた時、ずっと考え込んでいたカズくんが、やっと口を開いて放った一言がこちら。


「琴ちゃん、四月一日はとっくに過ぎてるよ……?」


なに言ってんだよお前!! なんでお前の方が手ごたえ薄いんだよ!!

少なくともこの関西弁の子は親身になって考えてくれてるってのに!!

お前は幼馴染の一人も信じてやれねぇのかよ!! いや、中身は俺だけども!!


もういい、そんなに信じてもらえないなら俺にだって作戦というものがあるんだ。

最終手段として取っておいたが、もう出し惜しみする必要はねェ。てか、いま思いついただけなんだがそんなことはどうでもいい。


「しょうがねェ、俺が琴音じゃねぇって証拠を見せてやる」


「どうすんの?」


「英単語勝負だ。中1レベルなら余裕だからな。なんか問題出してこいやぁ!!」


そう、琴音は英語が大の苦手だ。

いや、もはや苦手を通り越して生理的に受け付けない感じなのだろう。ローマ字表記ですら混乱するほどだ。

そんな琴音が、英単語をすらすらと答えられたなら。長年琴音と一緒にいるお前らならすぐにわかるだろう。関西弁の子はいつから友達なのか知らんけども。


『こ、琴ちゃん……じゃ、ないんやったな。せやけど、そんなん言うて大丈夫なんか?』


「大丈夫だ、問題ない。俺は見た目は琴音でも中身は高校二年だからな」


「ふっ、琴ちゃん、いい度胸じゃないか。ならば、オレと英語対決だ!!」


教室の一角で、静かに開始された英語勝負。

ふふふ、カズくん。俺の実力を思い知れ!!!


中学生相手に、高校生である俺は凄く燃えていた。


「じゃあ、とりあえず手頃な『りんご』を英語に訳してみなさい」


なぜか教師口調のカズくん。俺はノリがいいのは嫌いじゃないぜ。


「一般的なのはアップルだろ? スペルは『Apple』。簡単だ」


「なっ!?」

『なっ!?』


俺がサラッと答えると、二人はとても驚いたようだ。


つーかお前ら、どんだけ驚いてんだよ。

さすがの琴音もこれくらいわかるだろ。中学生として。


「そ……そんなバカな……」

『ありえへん……これは悪い夢や……』


おいおい、いつまでそんな最大限に驚いたまま硬直してるんだお前ら。

何度も言うようだが、いくら琴音でもこれはさすがに……さす……がに……うん。ダメなんだろうな。あとで全力で指導してやるとしよう。


「ふ、ふふふ、たまたま英単語の勉強してきたからって調子に乗るなぁ!」


挿絵(By みてみん)

痺れを切らしたかのように、両手で机をぶっ叩き勢いよく立ち上がるカズくん。

大丈夫か。キャラぶっ壊れてきてるぞ。


『カズッちゃん、琴ちゃんに限ってそれはないで!!』


そしてなに言い切ってるんだよお前は。お前ら本当に琴音の友達か?

もしこの発言が無意識のうちによる産物なのだとしたら、天然の集いと言わざる負えない。さすが琴音の知り合いである。


「こ、琴ちゃん! まだまだ勝負はついてへんでぇ!!」


『なんであんたまで関西弁になっとんねん!!』


ビシィッ!! という効果音がとても似合いそうなほどに、キレのいいツッコミを披露する関西弁の子。


おぉ、さすが関西人。ツッコミのキレが違うな。もしここに秋がいたら大号泣もんだ。

って、そんなのんきなことを考えている場合ではない。俺は英単語に集中せねば。


「第2問! お父さんが嫌いな食べ物と言えばなに!!」


「パパイヤ!!」


『それなぞなぞやん!! ジブンらやる気あるんか!?』


おぉ、さすが関西人のツッコミ! キレが違う!! もしここに以下略!!


「ぐぬぬ……なかなかやりますね琴ちゃん。しょうがない、次で最終問題です。これに答えられ……あ、(あり)がいる」


問題を出そうと意気込んでいたカズくんが、床を見ながらそう呟いた。

カズくんに釣られるように、俺と関西弁の子も床を見る。すると、そこには結構デカい蟻がいた。女王蟻だろうか。


「……ったく、何やってんだよお前。こんな人が大勢いるところに迷い込んだりしたら踏まれて死んじまうぞ?」


そう独り言のように呟きながら、俺は蟻を指の力で潰さぬように力を加減しつつ拾い上げる。そして、とりあえずベランダから投げ捨てた。


蟻の生命力は凄いからな。2階から投げ捨てられたぐらいじゃ死なんだろう。……あ、そうそう、1年生の教室は2階にあるのだ。琴音のクラスはおそらくベランダに出てみたあたり3組だろう。いや、4組かな。わからん。1年3か4組だ。


運悪く教室に迷い込んでしまった1匹の蟻が綺麗に放物線を描いて消えていくのを見届け終わり、俺はベランダから教室に戻った。

挿絵(By みてみん)

するとどうだろう、毎度おなじみあの二人がぽかーんってなっております。さっきから趣味なのかお前ら。


「………………!!」


カズくんが言葉にならない悲鳴を上げている。

この短時間でなにをそんなに驚くようなことがあったのかは知らんが、とりあえず凄くアホみたいな顔になってるぞ。


『こ、琴ちゃんが……む、虫を……!! あ、あんた、平気んなったんか!?』


目が皿のように丸くなっている関西弁の子もまた、すごくアホみたいな顔になっている。

そして俺は琴音じゃないってのに琴音扱いしてきた。どうやら俺の話は信じてもらえていなかったようだ。マジショック。


てか、そういえば琴音は虫が大の苦手だったな。

ずっと前だが、蚊ですら素手で触れないって言ってたっけ。殺虫剤はいつも携帯サイズのを持ち歩いてるらしいし。


ってことは、これはチャンスなんじゃないか?

英語はその気になれば誰だってできるが、苦手を克服するのはそんな簡単なもんじゃないし。

蟻と言えど、虫が苦手な琴音があんな風に触れるなんてよっぽどのことだ。

ならば、これを逃す手はない。


「どうだ。俺が琴音じゃないってわかったろ? なんならカブトムシの飼育方法を永遠と語ってやってもいいぜ?」


ちなみに、俺はカブトムシ飼ったことがないから飼育方法なんぞ知らない。でも虫なんて水分と食料を与えときゃ大丈夫だろ。多分。


「ほ、本当に琴ちゃんじゃないの……?」


カズくんの表情が、『あともうひと押しすれば落ちるぜ!』な雰囲気を凄く醸し出していた。なのでもうひと押ししてみた。


「あぁ。まだ信じられないってんなら、ミミズでも何でも取ってこいよ。念入りに可愛がってやるから」


そんな俺の一言に、カズくんと関西分の子は二人向き合い小さくうなずくと、この俺に向き直り言った。


「わかったよ琴ちゃん!!」

『今からミミズとって来たるさかい、ちょお待っときや!』


えぇ!? 嘘でしょこの子ら!!

今絶対信じてもらえるパターンだったじゃん!! 正直ミミズとか俺も触りたくないんですけど!?


「ごめん俺が悪かった! ミミズとかガチで持って来られても可愛がれる自信ないから!! でも俺は琴音じゃないから!!」


去り行こうとする二人の背中を、俺は必死に引き止めた。


「まさかこんなことになるなんて思わなかった、軽はずみな言動申し訳ない! だから教室を出ていかないで!!」


『なんやねん』

「できないことを口にしないでよ」


俺の必死の言葉に、二人はようやく踏みとどまってくれたようだ。

そんな二人に、俺は続けた。


「頼む! 俺のことを信じてくれ!! 琴音のためにも!! お願いします!!」


両手を合わせ、二人に頭を下げる俺。

高校生が中学生に頭を下げるというなんか悲しい状態だが、その必死の思いが二人に伝わったようで。


「……しょうがない、まんざら嘘ってわけでもなさそうだし」


『……せやなぁ』


うん。ありがとう。

やっぱり、人にものを頼む時はお願いしなくちゃいけないんだね。大事なことを忘れてたよ。でもプライドとかいろいろ粉々に砕け散ったけどね。ははは。


……まぁ、いつまでも落ち込んでたってしょうがねぇし、とりあえずこれからどうするかだな。


『ほんならアタシらは何すればええの?』


「えっと……その前に名前を教えてくれないか?」


再び自分の席に着いたカズくんと関西弁の子。


そんな二人を見て、今更ながら関西弁の子の名前を知らないという事実に気づき聞いてみた。

すると、関西弁の子は『あ、そやったな』と言って名乗り始める。


「アタシはとこす…あ、いや、里中(さとなか) 楓果(ふうか)言うねん」


里中 楓果ちゃんか……って、里中?


その名前を聞き、俺の脳裏に一つの疑問が浮かび上がる。

これは偶然なのだろうか。俺のクラスの女子にも里中という名前の奴がいるんだが。

凄い気になる。まさかあの里中に隠し妹疑惑が浮かび上がってしまうとは。すごく気になるではないか。

ってなわけで、聞いてみることに。


「えと、楓果ちゃん」


「ん、なに?」


「違ったら悪いんだけど……もしかしてお姉ちゃんとかいる? 高校生の」


「おるで」


関西弁の子…あぁいや、楓果ちゃんはただ一言そう告げた。あと関係ないが、『おるで』が『折るで』に聞こえてしまい若干焦ったのは内緒だ。


そんなことより、やはり俺の想像は正しかったようで、この楓果ちゃんはあの里中の妹だったらしい。

あ、そうそう、里中ってのは俺と同じ高校に通い、俺と同じ2組にいるどこにでもいる女子高生だ。

結構前だったか、里中は俺のことを友達だと言ってくれた。といっても、現在もあまり会話とかしたことないのだが。

まぁ、なんにせよ大事な俺の友達である。あとは家が近所だったな。あれには驚いた。


で、話を戻すが。まさかそんな里中に、妹はいたとはな。驚いた。


……いや、ちょっと待てよ? 姉妹っていう割には全然似てなさすぎじゃないか?

髪の色も全然違うし、顔だちも似てるとは言い難い。そして何より、里中は楓果ちゃんのように関西弁ではない。


そんなとき、頭の中によぎった疑問の数々が、ある一つの答えを導き出した。


そうか、里中は里中でも違う里中か。

そりゃそうだよな。里中なんてザラにある名前だしな。俺の勘違いだろう。うん。


「アタシの顔なんかついとる?」


「あ、ごめん、何でもないよ。実は俺のクラスに同じ苗字(みょうじ)の女子がいてさ。まぁ、でも、人違いだったよ。全然似てないし」


危ない危ない。もう少しで見知らぬ人の話題で盛り上がってしまい恥ずかしい思いするところだったぜ。


あのまま行けば俺が体験することになったであろう恥ずかしい展開を回避でき、俺はほっと胸をなでおろす。そして、話がそれてしまったので元の話題に戻そうと楓果ちゃんに声をかけようとした時だった。

楓果ちゃんの顔が、先ほどとは一変し暗い表情になっていることに気が付いた。どうしたのだろう、落ち込んでる……のか?


俺が楓果ちゃんを気にかけていると、ずっと静かだったカズくんが暗い雰囲気の楓果ちゃんに声をかける。


「楓果ちゃん、オレさ。中学に入学して楓果ちゃんと知り合ってからこの数か月間、オレと琴ちゃんと楓果ちゃんの三人ずっと一緒だったじゃん?」


「……?」


どうやら、楓果ちゃんとは中学に入ってから知り合ったようだ。

子供ってすげぇな。出会ってからたった数か月でもう今のような遠慮のない関係にまで持っていけるんだから。

それに比べ俺なんか見てみろよ、高校で友達作るのに絶賛悪戦苦闘中だぞ。もうこうなったらプライドとかすべて捨て去り、カズくんたちに友達の作り方を学ぼうかな……。まぁ、冗談だけど。


そんな感じで俺が情けないことを考え終わると同時に、カズくんがなんかもそもそと呟き始める。


「ずっと三人一緒だったのに……いや、まだずっととかそんなたいそうな表現ができるほど一緒にいるわけじゃないけど……でも、でもさ!!」


声を荒げたと同時に、楓果ちゃんにキリッっと向き直るカズくん。そして。


「それなりに一緒にいたのに楓果ちゃんにお姉ちゃんがいたとかオレ初耳なんだけどこれはどういうことですか!! 二百文字以内で述べよ!!」


そう言い放ったカズくんの瞳は、心なしかうっすらと潤っているように見える。

そんなカズくんに楓果ちゃんは真顔でこう答えた。


「なんやカズッちゃん、知らへんかったんか?」


「知らないよ! 余裕で初耳だよ!! 琴ちゃんだってきっと同じこと言うよ!!」


「あ、前に話したことあるから琴ちゃんは知っとるはずやで」


「知らないのはオレだけだったー!!」


カズくん……ごめんな。俺はキミという人間を大きく勘違いしていたよ。

うん。キミは秋と同じ匂いを感じる。


「そんな憐みの目で秋の兄ちゃんと一緒にしないでくれー!」


そう叫んだと思うと、カズくんは突然机に突っ伏しだした。

顔が見えないが、かすかに聞こえる嗚咽(おえつ)からとても涙していることが痛いほど伝わってくる。これぞ代表的なむせび泣きである。


「べ、別にカズッちゃんのこと仲間外れしようやなんて思ってないねんで? ただ、おもろい話とちゃうから……」


「でも琴ちゃんには話したんでしょー!?」


「そ、そらそうやけども……」


もはや隠す気もないのか、カズくんは豪快に泣いている。

そんなカズくんの肩に触れながら、必死になだめる楓果ちゃんの困り果てた表情がとても可愛かった。


だがしかし、さっきサラッと言っていた……『面白い話ではない』。それはつまり、十中八九いい話ではないのだろう。

その証拠に、俺が楓果ちゃんにお姉ちゃんのことを問いたときも、楓果ちゃんは暗い顔をしていた。

楓果ちゃんは愉快な楽しい子に見えたけど、やっぱりそんなことはないのだろうか。


「……あのさ、もしよければ話してくれないか? その……お姉ちゃんの事」


別に俺なんかが話を聞いてどうにかるもんじゃないと思うし、楓果ちゃんにとって今の俺の発言は心苦しいものなんだと思う。

でも、俺は聞かずにはいられなかったんだ。好奇心旺盛な年頃って怖いね。


「別にええけど……本音はちゃんと心ん中に留めといてほしいわ」


もはや俺の考えはバレバレ。もう驚きはしない。


「オレもオレも! 好奇心旺盛な年頃やねん!!」


「ジブン泣いとったんちゃうんかい!! あとそのエセ関西弁ごっつ腹立つねんけど!!」


「あとそのエセ関西弁ごっつ腹立つねんけど!」


「オウム返しすなや!! ドつきまわしたろか!!」


「ごめんなさい!!」


ちょ、楓果ちゃん怖っ! てか、関西弁は迫力がやべぇ!!

あ、あかん、楓果ちゃんにヤグザさんが重なって見えてしもうたわ。ごっつ恐ろしいやんか!! ……うん、関西弁は難しい。


「さぁ、話すんだ! オレを仲間に入れるんだ!」


「さっきからうっさいわ! あーもう、話したるから大人しくしとき!」


「はい!」


ジタバタと暴れるカズくんに折れたのか、楓果ちゃんは真剣な眼差しで語り始めた。


「実はな、アタシお父ちゃんいないねやんか……」


初っ端からダーク!! ごめん、聞いててつらい!!


「最初に言ったお姉ちゃんは義理のお義姉ちゃんでな……――――」


――――それから、聞けば聞くほどダークな話だった。

正直、好奇心とかそんなことで軽く踏み込んではいけない話だ。


 話によると、楓果ちゃんはお母さんの連れ子で、分け合って離婚したお母さんの再婚相手がその里中さんという男性だったらしい。

 その里中さんにも連れ子がいて、それがいわゆる今の義理のお姉さん。

 最初はぎこちないながらも、早く新しい家族となじめるようにみんな明るくふるまった。

 そしてやっと打ち解けてきたと思ったある日、楓果ちゃんの新しいお父さんとなった里中さんが事故死してしまったらしい。つまり、義理のお姉さんは血の繋がっていない母と妹と暮らすことになるのだ。あまりに残酷である。それが今から約3年前の事らしい。

 それからというもの、楓果ちゃんのお母さんが一人で子供二人を育ててきた。いわゆる母子家庭だ。

 だが不幸なことに、そんなお母さんもその2年後の春頃(つまり今でいうと昨年の春頃だな)に病気で寝たきりの生活になってしまった。きっと過度な疲労とストレスのせいだと思う。


まさかこんなダークだったとは。苦労してんだな。


「―――ほんで、お義姉ちゃんはアタシと自分、二人分の生活費を稼ぐためにバイトしてん。あ、せやけどお父ちゃんが死んでもうた時にもろた保険金を貯金してた分がまだぎょーさんのこっとるさかい、公園で段ボール住宅みたいな生活はしてへんのでご安心ください! お母ちゃんも1年たった今はピンピンしてんねん。ええ歳こいてヨガ教室通っとるぐらいやねんもん」


と、最後に明るく付け足した楓果ちゃん。

さっきまでの暗い雰囲気とは打って変わり、今はもう先ほどのように明るく元気に振る舞っている。

まだ中学1年生だぞ。こんな……つらいはずなのに。


「あ、あんま同情せんといて! 気持ちは嬉しいんやけど、アタシそういうの苦手やねん!」


俺の表情から感じ取ったのだろうか、楓果ちゃんはそう言ってきた。


俺的には同情というよりちょっと感動というか、楓果ちゃんがいかに頑張っているかが伝わってきてちょっと尊敬したという感じなんだが。

まぁ、俺がどうこうよりも、楓果ちゃんがどう思うかだしな。楓果ちゃんが嫌なら、俺はそれに従うまでだ。


「……あぁ! だからそうなのか!」


そう声を上げたのは俺ではない。

俺ではないとなると、もうカズくんしかいないだろう。


何かの疑問が自分の中で自己解決したのだろうが……ちょっと何のことか気になってしまった。さすが好奇心旺盛のお年頃である。


「なぁ、カズくん。いったい何のことだ?」


俺は問いかけた。


「あ、いや、なんで楓果ちゃんって苗字がころころ変わるのかなぁって思ってたんだけどさ、そういうことだったんだなぁって」


「はぁ? あんたなに言うてんの? 確かに苗字変わったけど……ころころ変わったりなんかしてへんで?」


「え? だって楓果ちゃん、たまに『里中』じゃなくて『常住(とこすみ)』って名乗ったりするじゃん」


常住? どういうことなんだ。


「あ、そ、そやったっけ?」


「うん」


「あ……あぁー、そないなことも有ったような無いような……」


「楓果ちゃん、いったいどういう事なんだ?」


何か心当たりがあるっぽい楓果ちゃんに俺は聞いてみた。


関係ないけど、楓果ちゃん物凄い分かりやすいな。俺もあんな感じなのだろうか。


「あ、いや、その、実はな? さっき話したお義姉ちゃん覚えとる?」


そりゃ覚えてるよ。覚えてなかったら記憶障害もんじゃねぇか。


「そりゃ覚えてるよ。覚えてなかったら記憶障害もんじゃねぇか」


あ、やべ、口に出しちまった。今のは自分でも気づいた。初めて無意識のうちに口に出した言葉を自分で聞いたぜ。これはひどい。


「実はそのお義姉ちゃんが言うてん。『家では無理して里中って名乗らなくてもええ、あんたは今まで通り常住 楓果のままでいればええねん』ってな」


あれ、お義姉さんもバリッバリの関西弁?

ってことはやっぱり、里中ってのは他人なのか?


「ねぇ楓果ちゃん。そのお義姉ちゃんも大阪の人なの?」


と、カズくんが質問した。

いいぞカズくん! キミは空気読める子だ! 略してKKY!


「ちゃうちゃう。お義姉ちゃんはちゃうねん。ただアタシが標準語使えへんから大阪弁なってもうてるだけやねん。そんで、アタシの事なんやけど、家でずっとお義姉ちゃんの標準語聞いとったら大阪弁と標準語が混ざってしもて、よう分からんことになってもうてなぁ……標準語なんて習得しよう思うたのが間違いやったわ。今考えたら標準語マスターする必要性が思い浮かばんねんけどなー。まさに後悔先に立たずやなぁ。あ、後悔言うたらこの前琴ちゃんがごっつ後悔したー言うてたで? なんや知らんけどラスボス戦やのにセーブせんと挑んでしもうたんやて。その後どうなったんかは教えてくれへんかったんよ。どうなったんやろなぁ、ごっつ気になるわー。カズッちゃんはどうなったんや思う?」


「知らんがな」


おいカズくん。自分で質問しておいてそのめんどくさそうな反応はさすがにあんまりだぞ。

いや、そういう俺も、『なんかこの子よく喋るなぁ』とは思ったけども。

この分だと楓果ちゃんは将来、ご近所の情報をなぜか隅々まで詳しく把握しているあのミステリアスな町内のおばさんになりそうな気がするな。あと琴音は何やってんだ。


って、そんなことはこの際どうでもいい。

問題は、里中という名のお義姉さんが標準語であることが問題なのだ。

なにせ標準語ということは、俺の知っているあの、いつも不機嫌そうな気のお強い里中さんが楓果ちゃんの義理のお姉さんってことになってしまうのだから。

いや、別にあいつに妹がいたところで別におかしくはないし、むしろ里中が醸し出していたあの頼れるお姉さん気質の謎が解明されてすっきりしているが。


もしあの里中がお姉さんだとしたら、俺の高校初の友達の妹が実は琴音の友達で、俺と琴音と里中は遠からず繋がっていたような感覚に陥ってしまってなんかショックだな。

あ、でも考えてみれば、向こうから友達になろうって言ってきてくれたのって里中だけなんだよな。ただそれだけのことだが、俺にとっては特別な出来事だった。つまり、俺にとって里中は特別な友達と言えるだろう。……あれ? なんか誤解されそうな表現になってしまった気がする。

まぁ、口に出してないし聞かれたところで俺は何も感じてないから平気だけどな。うん。

里中は、俺の高校初の友達。ただそれだけだ。『酷いですようーみん先輩! ユキだって先輩にとっては高校初の友達……いや、人生初の彼女で…』黙れお前!! 俺の頭の中にまで現れるなうっとおしい!! お前は残像かッ!!


「琴ちゃんの身体の海の兄ちゃん……さっきからどうしたんですか」


「あと最後のツッコミも意味わからんで」


「あれ!? 俺もしかして喋ってた!?」


「はい、ばっちりと」


しまったぁぁぁ!!! お二人に聞かれてしまったぁぁぁ!!

って、ちょっと待てよ、なんで急に敬語になってんだカズくん。引いたからか? 俺の考えを聞いて引いてしまったからなのかそうなのか!?


「あ、いや、一応先輩なんで敬語の方がいいかなぁ……と」


「それもそうやな。……先輩すみませんでした! 見た目が琴ちゃんやからついいつもの調子で話しかけてしもて!!」


二人が頭を下げて謝ってくる。

なにコレ、俺何も悪いことしてないのにすごい罪悪感。


「い、いや気にしないでくれ。大体、(はた)から見れば琴音に敬語使ってるように見えて怪しまれちゃうしさ。普通にしてくれていいよ。むしろ俺からお願いする」


「まぁ……海の兄ちゃんがそういうなら……」


まぁ、実際、俺は中学も今の高校も仲のいい後輩とかいなかったから敬語使われると調子が狂っちゃうだけなんだけどな。ははは。

あれ……なぜか涙が……。


その時だ。


どこからか、ピピピピピ・・・・・・・・・という謎の電子音が聞こえた。


「ん? なんや音せえへん?」


「なんだろうこの音……」


しばらく耳を澄ましていると、どうやら俺の…琴音の身体から発せられている音のようだ。

俺は音を頼りに、不可抗力という名のもとに琴音の身体のありとあらゆるところを……。


「あ、あったで!」


……調べられるはずもなく。楓果ちゃんの提案で、男の俺は女の子である琴音の身体にあまり触れない方がいいという結論に至り、楓果ちゃんが俺の身体検査をし始めたわけで。


身体が琴音になっている以上、俺が触れようが触れまいが関係ないと思うのだが……。

しかも傍から見れば楓果ちゃんが琴音の身体をいじくりまわしてる妙な光景になってしまっているはずだ。っといっても、スカートのポケットに音を出していたソレがあっただけなのでそれほどでもないのだが。


「なんやろこれ?」


「ちょ、ちょっと貸してくれ!」


楓果ちゃんが手に持っている音を出していたであろうソレを見た俺は、ちょっと強引に楓果ちゃんの手から奪う形となってしまった。

だが、そんなことはどうでもいいくらい、大事なものだったのだ。


「琴ちゃ……海の兄ちゃん、それなんなの?」


「これは……」


音を発していたソレは、ニンジンの形をしたやつと黒い大豆並みの大きさの……ピンマイク。

そう、これは。


「俺の知り合いである変態発明家が発明(?)した通信機だ。今朝、俺と琴音はこの通信機を受け取っていた……」


これが音を発していたってことは、通信が来たってことだ。


俺はピンマイクとニンジン柄のイヤホンのスイッチを入れ、ピンマイクを制服の首元、イヤホンを左耳に装着し、声を発してみた。


「も、もしもし……?」


すると、すぐに返答が返ってくる。


『えと、その、もしもし……?』


イヤホンからは、どこか聞き覚えのある、なじみ深い男性の声が。

どこかで聞いたことがある声だが、思い出せない。誰だろう。


「えと、どちら様ですか?」


俺は声の主に恐る恐る問いかけてみる。

すると、謎の男は衝撃の単語を発した。


『も、もしかして海兄ぃなの……?』


「え? 海兄ぃって……お前、琴音か!?」


「琴ちゃんなの!?」

「琴ちゃんなんか!?」


俺の隣に立っていた二人も、『琴音』という単語を聞き声を上げた。


こ、これはどういうことだ? 相手が琴音だとしたら、こ、この声はいったい。


『海兄ぃだよね!? よかったー、とりあえず無事なんだね!』


「お前、本当に琴音か!? なんかあったのか!?」


俺は問いかけた。

もし通話先が琴音ならば、もっとこう可愛らしい声が聞こえてくるはずなのに。

聞こえてくるのはどこか不良っぽいドスの利いた謎の男の声。


くそっ、いったい何がどうなってやがる!!!


「ねぇ、山空さん」


俺が考え込んでいると、カズくんが呆れたような顔しながら俺の肩をちょんちょんと突いてきた。


「なんだよ!?」


琴音の身に何かあったのではと焦る俺に対し、緊張感のかけらもない顔したカズくんの顔に腹が立ち声を荒げてしまった。

そんな俺に、カズくんが一言。


「もしかしてなんだけど……入れ替わってるんじゃないの?」


「はぁ? 入れ替わってるって、何が?」


カズくんの言っている意味がいまいちよくわからない。何が言いたいんだカズくんは。


「はぁ……せやから、琴ちゃんとえっと……山空さんの身体が入れ替わっとるんやないの? いや、アタシも自分えらい事言うてるなーとは思うけど」


楓果ちゃんまで何を言っているんだ。

入れ替わってる? だからどうした。


『……まさかとは思うけど、心配だし一応説明するよ。私は今海兄ぃの身体になっちゃってて、おそらく海兄ぃも私の身体になっちゃってると思う。つまり、私と海兄ぃは入れ替わっちゃってるってことだよ。あと散々ひどいこと言ってたけど、この声は海兄ぃ自身の声なんだからね』


「…………あ、なるほど」


今すべてを理解した。

そうだった、俺は今琴音の身体だったんだ。忘れてた。


つまり、この通信機の向こうから聞こえる声は俺の声ってわけなんだな。うん。

さすが俺の声。超カッコいいイケメンボイスだぜ。


「さっきと言うとることが全然ちゃうやん」


「いい性格してるなこの人……」





――――かくして、俺と琴音の入れ替わり奮闘記が幕を開けたのだった。

はたして俺と琴音は元に戻れるのか。これからどうなっちまうんだ!?――――――




第四十八話 完

~おまけ~


楓「どもー! 琴ちゃんの親友の里中 楓果です!」


和「どうも! 琴ちゃんの幼馴染(おさななじみ)の小野 和也です!」


楓「作者さんがアタシらんために挿絵描いてくれはったらしいで?」


和「オレ達の似顔絵か……じゃあまずオレからドーン!」


挿絵(By みてみん)


楓「ちゃう! こんなんカズッちゃんやないで! カズッちゃんはもっとこうムカつく顔や!!」


和「えぇ!? ひどい!! と、とにかく次は楓果ちゃんのをドー(^o^)ーン!」


挿絵(By みてみん)


楓「なんでや!! こないなしょーもないボケいらんねん!! カズッちゃんはあんな美化されとんのにアタシだけこれはおかしいやろ!!」


和「美化とは失礼な!」


楓「アタシにももっとちゃんとしたフツーの絵たのむわ!」


和「はいドーー(*o*)ーーン」


挿絵(By みてみん)


楓「お、おぉう、またえらいビミョーなの出してきたな」


和「いやこれ作者さんの実力でしょ」


作者「その通り! どうだ参ったか!」


楓「お、おぉ、なんで得意げやねん」


作者「クソッ……次回に使う予定の挿絵をこの場ですべて消費しちまったぜ……」


楓「いらんボケやっとるからやろ!! あとなんでちょっと渋さ(かも)し出したん!? あんた頭おかしいんか!?」


和「……いろんな意味でヒドい」

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