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俺の日常非日常  作者: 本樹にあ
◆日常編◆
6/91

第4.5話~ありがちなオチ~

 (※この第4.5話は、第五十二話を書き終えた頃の作者が改めて書き直したものです。ご了承ください)

 ――――暗い。ここはどこなのだろう。

 俺は、一体どうなってしまったのだろう。


 さっきまで、俺は親友の家にいたはずだ。

 それで、それから……どうしたんだっけ。


 あぁ、もうなにも思い出せない。

 何もわからない。


 俺、もう疲れたよ。




 第4.5話

 ~ありがちなオチ~



「あれ、ここは……?」


 朦朧とする意識の中で花の香りが鼻腔をくすぐり、俺は重たいまぶたを開いた。

 その瞬間、俺の脳を眩しい日差しが刺激して軽く立ち眩んでしまう。


「あれ、俺、立ったまま……寝てた?」


 ボーっとする頭。

 まるで熱射病にでもかかったかのように、モヤモヤとした何かが俺の脳の奥底に張り付いて離れてくれない。

 気分が、悪い。


「ここ、どこだ……?」


 俺は、ファンタジーの世界にでも来てしまったのだろうか。

 青い空には小鳥が泳ぎ、白い雲はそよ風になびかれゆらゆらと流れてゆく。

 眩しいほどに輝かしいその大空に掛かる七色の虹の橋。どこまでも、どこまでも伸びる青々とした草原。

 視界を遮る建物などなく、あるのは一本の地平線。

 空には小鳥がいるようだが、人の気配は全くない。


 俺はいったい、何処へ来てしまったのだろうか。


「水の……音?」


 まるですぐそこにあるように、俺の耳元で川の流れるような音がする。

 水の中に何かが……魚か何かが跳ねたような音も聞こえる。一体何の音だろう……。


 ――進め。


 その時ふと、後ろから声が聞こえたような気がした。

 その声はまるで幻聴のような、吐息混じりの声。気味の悪い声が、俺の耳元でボソボソと囁かれた。


 なんなんだろう……何が起きているんだろう。

 後ろを振り返っては見たものの、もちろん人なんていない。人影もないし、隠れられそうな場所もない。

 川の音といい人の声といい、俺はおかしくなってしまったのだろうか。

 何もわからない。なにも、なにも……。 


「……あれ……? 身体が、勝手に……」


 右足が、勝手に一歩前へ出る。それに続くように、左足も。

 右、左、交互に動き出し、それに合わせるように左右の腕も振り子のようにかすかに動く。


「なんだろう……行って、みようか……」


 俺の感情はおかしくなってしまったのだろうか。 

 自分の体が勝手に動き出したことに、何の違和感もなかった。むしろ、それが当たり前のような、そんな気がして……。


 ――ここだ。


 何分、いや、何時間かもしれない。

 しばらくずーっと歩き続けて、俺はその場所についた。

 不思議なことに、体に疲労などは溜まっていない。気にならない。


「こ……ここは……」


 俺の目の前にあったのは、大きな大きな川だった。

 日光に反射して川の水がキラキラと輝いていて、長時間眺めていると目がチカチカとしそうだ。

 ……この川が何かの境目なのだろうか。俺が歩いてきた場所はずっと草原だったが、川の向こう岸にはとても綺麗な花畑が広がり、数多の蝶達がひらひらと花畑獣を散歩している。その姿はまるでおしとやかな女性のお遊戯のような……。見ていてどこか不思議な気分にさせてくれるものだった。


 ――ふふふ・・・


 頭の中にその声が響き渡った時だ。


「……はっ!? お、俺は何を!?」


 その感覚はまるで、かけられていた催眠術が解けたかのような。洗脳から正気に戻ったかのような。金縛りが溶けたかのような感覚。

 そう、俺は正気に戻ったと言えるだろう。


「ふざけんな!! ここドコだよ!? おい、答えろ!!」


 先程までねっとりと張り付くように耳元で聞こえていたあの声に、俺は無我夢中に問いかける。

 正気に戻った瞬間、さっきまでの俺が嘘みたいに、心の底から恐怖心が湧き上がりガクガクと膝を震わせた。


「おい!! いるんだろ!? 答えろよ!! おい!!」


 恐怖心と共にに焦りも湧き上がり、それが俺を混乱させた。


 不安。恐怖。焦り。混乱。


 何がなんだかわからない。ここがどこだかもわからない。なぜ俺がこんな目にあっているのかすら理解できない。


 怖い。怖い。怖い。


「くそっ、ここ、どこなんだよ……」


 自然と涙がこぼれ落ちる。

 高校生にもなって恐怖で涙をするのは正直情けないと思う。でも、そんなモノに構っていられないほど、俺は追い詰められていた。


 ふと、俺は目の前を緩やかに流れる川を見つめる。

 綺麗で、透き通っていて、汚れなんて一つもない、とても美しい川。そんな川に俺は、なぜかしばらく目を奪われてしまっていた。


「……うわぁあ!?」


 その異変に気づいたのは、俺が川から目の前の花畑に視線をずらした時だった。


「嘘……だろ……!?」


 そこに見えたのは、一言で言うなれば『人』だった。口元は大きくニヤけ、まるで俺を取り囲むかのように左右に伸びている……顔の無い人間の列。

 ……いや、顔はあるんだ。だって奴らの口元がニヤけているのは確かにわかる。でも、“見えない”。顔が“無い”のではなく、“見えない”のだ。

 そいつらは不気味な笑みを浮かべつつ、俺に手招きをしている。ゆっくりとしたその動作が、そいつらの不気味さを数倍にもふくれあがれせていた。


「ここってもしかして……三途の川……?」


 そう口にしたのには微妙なりとも根拠があった。

 綺麗な川。川の向こうに広がる花畑。目の前に壁のように立ち並び手招きをしている顔の見えないニンゲン。

 この状況をひとつの線で結ぶとしたならば、三途の川以外にありえないのだ。


「俺は……死んだ、のか……?」


 俺の身体を操り、俺をここまで連れてきたあの声の主なら何か知っているんじゃないか。そんな淡い期待を込めて俺は呟く。だけどやはり、返答なんて返ってこない。

 先程まであんなに気味が悪いと思っていた声だったが、会話が成立していただけまだ安心感があるように思えた。目の前のこいつらを見てしまったら、……そう錯覚してしまうのも無理はないだろう。

 どうしようもない不安と恐怖に、俺は絶望のどん底の闇に、顔を伏せた。


 ――――ォ――デ。


 瞬間、かすかに聞こえた謎の声。

 俺の思いが通じたのだろうか。とにかくもう一度人と会話ができる。そんな喜びと期待で胸が熱くなり、俺は伏せていた顔を素早く上げた。……が。


「え……?」


 “ソレ”が俺の視界に入った瞬間、俺の中の期待と喜びが一気に変貌した。

 ゾワッと背筋に大きな寒気が走る。体中から嫌な汗が信じられないほど吹き出し、サァーッっと血の気が引いてゆき、今すぐその場から逃げたい衝動に駆られる。だが、逃げられなかった。 

 気がついた時には……俺の周りに、奴らがいた。


【オイデ・・・オイデ・・・】


 四方八方から聞こえるその声に、俺は思わず耳を塞ぐ。

 ヌラリと伸びた足が俺を取り囲み、手招きをしながら一歩、また一歩とにじり寄ってくる。


【オイデ・・・オイデ・・・】


「うるさい……!! うるさいうるさいうるさい!!!」


【アハハハハハハハハハ】


 耳を塞いでいるのに聞こえるその声。その声はまるで、脳の奥底に響いてくるようだった。

 川の向こうにいたはずの顔の見えないニンゲン。そいつらは俺を取り囲んだまま笑い、そして誘う。耳を塞ぎその場にかがみ込む俺を、上から見下ろしているのがわかる。


 クソッ……! クソッ……クソックソッ……!!


 怒り、不安、恐怖。いろんな感情が入り混じったそのセリフを、心の中でまるで念仏のように俺は唱え続ける。

 そして思った。


 こんなところで……終わってたまるか……死んで、たまるか!!


 正直、もうどうにかなりそうだった。

 すげぇ怖いし全然わけわからねぇし、大声で泣きたい気分だ。でも、それじゃ何も出来ない。このままなすがままにされたって、何も変わらない。 

 よくわからないけど、ここは三途の川らしい。ってことは、俺は死んだってことになるのかもしれない。でも俺は抗う。まだ川は渡っていないのだから、生き返る方法だってきっとあるはずなんだ。

 助けなんて来てくれない。こんなところで諦めたら、我が生涯に一片の悔いが大ありだ。


「…………」


 周りのニンゲンの手がゆっくりと俺の身体に伸びてきている。が、それがどうした。

 そんなもんに臆してなんていられない。目をそらしてなんていられない。俺はまだ、死んじゃいない。


 覚悟を決めると、ゆっくりと立ち上がり、俺は目の前にいるニンゲンをキッっと睨みつける。そして……。



「……いいか冥府のニンゲン共。覚悟しろよ……。俺の命は……死神でも取れねえぞ!!」


 完全にこの前読んだ漫画の影響が色濃く出ているセリフではあったが、俺はそう言い放つと同時にまっすぐ走り出した。瞬間、俺は目の前のニンゲンを通り抜けて三途の川へと落っこちてしまう。

 ……いやね? 目の前に川があってその向こう岸にだだっ広い花畑が広がってる以外は全て草原だしね? 正直なところ何をしていいのか全くわからなかったので、とりあえず半場やけくそで目の前の奴にタックルをかまそうと思ったわけなんですよ。なのにすり抜けるとかまじ反則だろ。そんな話聞いてねえぞ俺は。


「……な!? ごぼぁっ……!! た、助け……ごぶぉ……」


 俺が川に落ちた瞬間、周りの景色は豹変した。

 さっきまで気持ちの良い青空だった空は赤く染まり、そこに浮かぶ白くてふわふわとした雲は黒くなっている。だが、そんなことは些細なことだ。

 一番の問題なのはその次。そう……透き通っていて穏やかだった川が、まるで土砂が混じった川のように茶色く濁り、穏やかの欠片もない激流へと変貌していたのだ。

 岸に上がろうと思うも、両岸とも崖のような高さになっているし、川の深さは底なし並み。川の流れに逆らい上流に向かって泳ごうとしてみるも、肝心の上流から大木や大岩が流れてきているしそもそも流れが強すぎて逆らえないのだからそれも不可能だ。……それに、もうそんなこと考えてる余裕なんて、今の俺にはないのだから。


「ごぅっ……!? ぷはっブゥッ……!! ケホッゲホッゴボッ……!!」


 もがけばもがくほど水中に引きずり込まれるように沈んでゆき、そのせいで呼吸もままならない。大量に水を飲み込んだら最後、(むせ)て意識が朦朧(もうろう)としてくる始末。

 俺は泳ぎは得意な部類に入るが、この激流じゃそんなもの関係ない。人間ならば誰だって死に至るほどの激流。そんなもの、ごく普通の高校生であるこの俺がなんとかできるものじゃなかった。


 くそっ……何か、何かないのかよ……息がっ……もう……。


 何か役に立つものはないのか。この際自分のパンツでも脱ぎたての靴下でもなんでもいい。何か、浮き袋替わりになるようなものがあれば。

 そう思うが早いか、激流に全身を押されながら、俺はおもむろにズボンの左ポケットに手を突っ込む。


 な、何かある……!?


 指先に少しでも感触が会った瞬間、俺は強引にそれを掴み出した。


 鬼が出るか蛇が出るか……頼む……!!


 俺の期待の全てをソイツに注ぎ込み、水面に顔が出たと同時に俺をそれを掲げるようにして見てみる。そしてその瞬間、俺は全てを諦めた。


 ……うん、そうだよね。人生そんなに甘くないよね。大体、三途の川がこんなにシビアな川だった時点で俺はもう半分諦めてたんだよね……。

 まぁ、俺の人生、良いことなんてあまりなかった気がするけどさ。それなりに楽しかったし……。家族や親友の秋や琴音に会えなくなるのは寂しいけどさ……、許してくれな。本当に、悪かった。


 瞬間、俺の体は激しい水流に飲み込まれ、静かに……深くへと沈んでいく。

 俺の期待を気持ちいいまでに裏切りなんの助けにもならなかったソイツ……スーパーボールが俺の手から解放されゆっくりと水面目指しゆく様を、薄れゆく意識の中で見つめながら俺はかすかに思った。


 あぁ……パトラッシュ……。僕もう疲れたよ……。なんだかとっても……眠いんだ……。






























 ――――にぃ――おき―――か―――














 あれ、声が聞こえる……。





























 ――――ちゃ――だ――――ぶ――――















 いったいどこの誰だろう……。































「海兄ぃ!!!」

「海ちゃん!!!」


「のわっ!?」


 ガバッ!!っと、勢いよく飛び起きた俺。

 ……え? え、え……? え、ナニコレ?


「か、海兄ぃ!? ……良かった~、心配したんだよ!?」


 俺が絶賛大混乱していると、俺の横に座りずっと俺の名を呼びかけ続けてくれていた様子の竹田(たけだ) 琴音(ことね)は、俺の顔を見るなりほっと胸をなでおろしている。

 ……あれ、何がどうなってんだ? ここ……琴音の家の……台所? え? え? 夢?


「海ちゃん~! 無事で本っっっ当に良かったわ!!」 


 琴音に続き、琴音の母親であるおば……お母様も、目に涙を溜めて俺にそう語りかけてくる。

 一体何が何やらなのか……まだ頭が混乱している。一体何がどうなってこんな状況になっているのだろうか。全然わからない。俺はどうなってしまったのだろう……。


「……あの、俺……生きてんの?」


 確認のため、二人に問いかけてみる。大層間抜けな声色だったが、混乱のしすぎでそれどころではなかった。


「い、生きてるよ!! 大丈夫、ちゃんと生きてるって!! 生きてるんだよ海兄ぃ!!!」


 そう答えてくれたのは琴音だった。

 俺のことを本当に心配してくれていたのだろう、涙をポロポロとこぼしてしまっている。


「……なんか、ありがとな」


 泣いている琴音の頭に手を伸ばし軽く頭をさする。そして素直に感謝の気持ちを伝えた。

 ずっと悪夢を見ていた俺だけど、琴音が俺のことをすごく心配してくれていたのは分かる。琴音の顔を見るだけで、それを理解するのには十分だった。


「うおっ!?」


 『ありがとう』という言葉が引き金になったのか、琴音は涙を流しながら俺に抱きつくように飛び込んできた。かと思えば、『海兄ぃの戦いは終わったんだよ……!! 生きてるんだよ……!!』と、嬉しそうに語り続ける琴音。

 ちょ、ちょっと琴音さん!? 嬉しいのはわかったからイキナリ俺に抱きついてくるとかやめてくださりません!? あまり張り付かれると俺ロリコンになっちゃうから!! 正直今割とガチな方向で琴音への好感度アゲアゲになっちゃってるから!! というかクッソ可愛いなおい誰か助けて!! この際お母様でもいいから助けて!!


「海ちゃぁぁん!!!」


 俺の思いを感じ取ってくれたのか、琴音のお母様は琴音に張り付かれている俺を見て抱きついてきた。

 ってまさかのお母様乱入かよ!!! やめて!! 死んじゃうから!! せっかく生きてたのにまた死んじゃうから!!! お母様まで俺に張り付いてくるから『あ、人妻も悪くないかも』ってちょっと思っちゃったから!! もうこれ以上俺を追い詰めないでください!!!! いや、もうホント一生のお願い!!


 本当にもう……













「誰でもいいからなんとかしてくれぇぇえええええ!!!!!!!!」











 第4.5話 完

 親友の母親にボコられて生死の境をさまよった主人公なのでした。

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