第四十六話~セーラー服と名探偵~
今回は挿絵にて、竹田 秋&白河 雪の初顔お披露目っス!!
(画力的な意味も含め)イメージが壊れてしまうこと請け合いなので、嫌な方は挿絵非表示推薦。
てか、久しぶりに皆が集合したww
(挿絵を数枚だけ描き直しました)
静かな波の音と共に、潮風が少女の髪をなびく。
崖の端ギリギリに立つまだ幼い少女は、その場にいる、ある一人の、銀髪の男性に静かに語りかけ始めた。
「―――部屋は密室だった。部屋の窓とドアにはカギがかかっており、室内には遺体となって横たわった田沼さんただ一人」
パシャン―――と、崖下で魚が跳ねる音がする。
静かなこの場に吹く潮風は、どこか悲しげで、誰かの悲しい泣き声のようにも聞こえる。
「田沼さんの後頭部には、何か鈍器のようなモノで殴られた跡があり、そしてその周辺に乱雑に散らばった、田沼さんが趣味で集めていた土偶の数々。その土偶が飾られていた棚に田沼さんの血痕が付着していたことから、事故死と判断された……」
「……へっ、やっぱり事故死じゃねぇかよ。俺、もう帰るぞ」
「いいえ、これは他殺です。田沼さんは、事故に見せかけて殺されたんです。何者かの手によって」
銀髪の青年の言葉を力強く遮ると、少女は何もかもを見透かしたように語り出す。
「一見、何かの衝撃で土偶の飾られている棚が倒れ、それが運悪く田沼さんの後頭部に直撃し、死に至ったかのように見えます」
「だったら事故死じゃないのかよ?」
「勿論です。なぜなら、棚がひとりでに倒れることはゼロに近いからです」
崖際に立つ少女は、瞳を閉じ、銀髪の青年に背を向けながら、冷静かつ力強い口調で語り続ける。
それとは対照的に、銀髪の青年の額には汗がにじんできていた。
「た、確かに倒れる可能性はゼロに近いかもしれないが、ゼロではない。つまり、倒れる確率はあるってことじゃないのか!?」
「えぇ、あなたの言うとおりです」
「ほれみろ。 大体、土偶の重さも加わるんだ、より倒れやすい状況だったんだし、十分事故として括れるんじゃないのか?」
「……やはり、あなたは頭がいいですね。返す言葉もないです」
その言葉を聞き、銀髪の青年は勝ち誇ったかのように笑みをこぼす。
だが少女の顔は、青年の言葉など、全く微動だにしていなかった。
「ふっ」
少女が静かに笑いをもらす。
「なにがおかしい」
「あなたの言っていることに、一つだけ重大な間違いがあります」
「……な、なんだよ……?」
さっきまでの表情が一変、銀髪の青年はの額に、再び汗がにじむ。
そんな青年に構わず、少女は静かに続けた。
「実はですね。重力の法則により、土偶の重さは全て下へと掛かるんです。つまり、その重さに押さえつけられた棚は、いつも以上に倒れなくなるんですよ」
『もちろん、倒れる時はすごい勢いで倒れますが。』と、少女が付け足す。
それを聞いた銀髪の青年は、額に大量の汗をにじませながら少女に告げる。
「だ、だからって他殺とは限らないだろ? 俺は帰らせてもらうぞ。こんな無駄な探偵ごっこにつきあうほど、俺は暇じゃないんでね」
「……そうですね。こんな推理ごっこはもうやめにして、ハッキリ言っちゃいましょうか……」
少女の言葉に、ただ無言で、固唾を飲む銀髪の青年。
そして、今まで背を向けていた少女が、ゆっくりと青年の方に体を向けた。
「この事件の犯人。そう、田沼さんを殺害した犯人は……」
少女は一呼吸置き、静かに腕を上に伸ばすと……
「あなただ!! ―――――」
第四十六話
~セーラー服と名探偵~
「はいカットォ!!」
その声を合図に、周りに漂っていた緊張感が一気に和らぐ。
……そう、俺達は今、映画監督である俺の親父の提案で、映画の撮影をしているのであるからして。
「いやぁ、いいよ琴音ちゃんに鳴沢くん! いい味出てるよォ!!」
「あ、はい! ありがとうございました!!」
「琴音ちゃん、お疲れ様」
親父のちょっとした暇つぶし……というか、ノリ的なもので始まった、約30分のミニ映画のラストシーンを撮り終えた琴音とオメガ。
俺の親父兼映画監督である俺の親父に、琴音は頭を下げてお礼を告げる。そして、オメガはその琴音にタオルを差し出していた。
……つーか、何やってんだよ俺。
あの状況(前回の終わり)から、どんな風に話が進んだら俺の親友達+(プラス)俺の親父と一緒にサスペンスものの映画撮影を行う事になるんだよ。
まぁ、さっきまでみんなと一緒になって盛り上がりながら映画を完成させてる俺も俺だが……。
「はぁ、なんで……なんで琴音ばっかり……」
俺の隣で、秋がベンチに座り、なんかやる気のないポーズで悪態をついている。
そう、俺の親友の一人である、竹田 秋の配役は、【田沼さんの遺体の第一発見者の若者】である。
本来ならば結構重要なキャラのはずだが……俺達が撮影しているのは遊びの一環でもあるわけで、30分で完結する推理サスペンスものの映画なのだ。
つまりどういう事なのかと言うと。
……まぁ、簡単に言ってしまえば、時間の都合上、秋の配役は田沼さんの遺体を見つけてだらしなく悲鳴を上げる+αのセリフのみなのであるからして。だから秋は落ち込んでる、ってわけだ。
「まぁまぁ、秋先輩が自ら立候補した配役なんですし……」
俺の右隣に立つ秋。の、さらに右隣りに立つ少女、ユキ…こと白河 雪が、ショックと嫉妬により今にも膝から崩れ落ちそうな秋を宥めている。
……そう、配役は基本、映画監督である…つまり俺の親父なんだが、その親父がそれぞれ独断で決めていた。
だから最初に親父は、『悲鳴を上げる役は女の子の方が雰囲気が出てイイ』という理由から、ユキを押していたのだが。
そこはもう秋が凄い形相で一歩も譲らず、最終的に『ビビりの方が悲鳴がリアルでいいか。』という理由でまとまった訳だ。
そんなこんなで、この遺体の第一発見者という配役は、秋が自ら名乗り出た役であり。言ってしまえば、秋自らが望んでいた配役だったはずだ。……そのはずなんだけど。
「はぁ……『第一発見者ともなると、事情聴取やら何やらで結構出番あるんじゃね?』 という俺の浅墓な期待を、お前の親父さんは気持ちいいくらいに裏切ってくれたぜ……」
ってなことを、『燃え尽きたぜ……真っ白にな』と言わんばかりの雰囲気で俺に告げる秋。心なしか、ポーズまでソックリである。
そしてそんな秋の浅墓な期待は、尺(時間)の都合で見事なまでに無かったわけで。
「お前が自分で名乗り出たんだろうが。自業自得だアホ」
燃え尽きている秋に対し、俺は無情にも冷たく突き放した。
そんな俺言葉を聞き、もうこれ以上の白は無いんじゃないかと思われるほど真っ白に変色していく秋。
影が薄いくせに色まで無くなったとなっちゃ、皆からイジり倒されるどころか誰からもイジッてすら貰えなくなること請け合いだな。
「フッ……燃え尽きたぜ……真っ白ににゃ……っ」
「ぶふっ……!!」
うわっ、まさか本当にあのセリフをリアルで呟くとは……。てか最後ちょっと噛んだろお前。『にゃ』って言ったぞ『にゃ』って。
しかもほら、お前のせいでユキなんて思いっきり吹き出しちゃってるし。一応ユキだって女の子なんだからさ、鼻から麦茶吹き出させるようなことさせてんじゃねーよ。さすがに可哀想だろうが。
「せ、先輩見ないでくださいです……!! これでもユキは乙女なんですから……!!」
「あ、あぁ、すまん」
ユキをジッと見つめてたら怒られちまったじゃねぇか。
これもすべて秋のせいなり。
「カイ! 見たんヨか!? 凄いんヨ、地球の最先端技術に驚きを隠せないんヨ!!」
「俺はお前みたいな子供がそんなセリフを若干興奮気味に笑顔で言ってくることに驚きを隠せねぇよ」
俺の近くへ元気にパタパタと走ってきたコイツは、宇宙から来た美少女、エメリィーヌ(見た目は7歳くらいだ)。
文字通り宇宙から来たらしく、現在は俺の家に居候中なのである。
「カイ……」
「ん? どうした?」
「なんで今(第四十六話)になって今更そんな語り口調で皆の紹介しているんヨか……?」
「え!? 俺喋ってた!?」
「喋ってたんヨ」
「喋ってたです」
「喋ってたぞ」
エメリィーヌだけじゃなくユキや秋にまで聞かれていたのか……!?
は、恥ずかしいぃぃぃぃぃ!!!!!! 穴があったら俺が入ったのを確認したあと誰か埋めてくれぇぇぇぇ!!!!!
「って、俺の痛いナレーション的なものは置いといてだな!! 地球の科学力がどうたらってどういう意味だよ?」
エメリィーヌが言っていた。『地球の科学力を習得して世界を征服する』と。
「言ってないんヨ!? そんな大きな野望的計画なんてしたことないんヨからね!?」
「まぁ、そんなことはどうでもいいとして、どういう意味だよ?」
「それはあれなんヨ。だってこの場に崖や海なんて無いんヨに、そのカメラで見るとあたかもコトネやキョウヘイ達がその場にいるみたいなんヨ!!」
「あぁ、なるほどね」
確かに、凄いよな。CGて言うんだっけか。
そうなのだ、実は、オメガ…こと鳴沢 恭平の持つ発明の才能と、親父のカメラのあれこれが奇跡のコラボを果たし、多分世界初だと思われるほど高性能なCG合成カメラを作り出した。
その出来栄えは言わずもがな。まさに奇跡と言えよう。
CGや効果音、BGM(音楽)や風圧や気温など、あたかもその場にいるかのように全てを忠実に再現できる、奇跡のカメラが出来上がったのだ。
つまり、一台ですべてをこなす万能カメラだな。
俺はオメガの発明能力や親父のカメラのあれこれなどの凄さなどは小さい頃にこの目で見て、この耳で聞いているから、それほど驚きはしなかったが。
やっぱり初めて見る奴にとってはすごいのだろう。撮影用の本格的なカメラなんてそうそう見られるもんじゃねぇしな。
つーか、俺はそんなことより、我が家にこんな部屋があったことに驚きだぜ。
「やぁ、我が息子である海乃介よ!」
「海乃介じゃねぇし!! って、ツッコむ前に一つだけ聞かせてくれ!! この部屋は一体何なんだ!!」
俺がツッコミよりも状況説明を先に求めるなんて珍しいことだぜ?
生れてから今まで17年間もの長い年月を過ごしてきたこの家に、まさかこんな部屋があったなんて!!
「あれ? ……あぁ、そうか。お前にはまだ言ってなかったんだっけな……そうかそうか」
「一人で納得してねぇで教えてくれよ父さん!!」
突然だがここらで、いつも皆が集合する時に毎回恒例にもなっている我が家のリビングから、今俺達がいるこの部屋までの順路を簡単に説明しようと思う。
まず、部屋のタンスの上から2番目の引き出しに収納されていた、今までなんのヤツなのかよく分からなくてずっと放置していた謎の黒いリモコンを手に取ります。
次にリビングの中央付近に配置されている大型テーブルとカーペットを乱雑にどかします。
最後に、リモコンのスイッチオン。
んで、ここに到着。……ってなわけで。
「これは一体どういう状況だ!!」
とても悲しいことだが、俺は昔から、両親にとても大事なこととかをなんか普通に隠され続けるという悲惨な実績を持つ男だ。
確かあの時もそうだった。
俺がまだ小学校低学年の頃だったか、学校でウサギを飼育していたんだ。
そんなある日、理由は忘れたが、俺がウサギの小屋に入った時の事だった。
俺は激しい頭痛と吐き気、それと激しい眩暈に侵され、その場で倒れしまい、病院に運ばれるという大事件が起きた。
その後病院で約5日間もの間生死の境をさまよった俺。……まぁ、今は無事、何事もなく元気なわけだが。
それでも結局、俺が倒れた理由は分からずじまいだった。
んで、俺が高校一年の頃……ってか、去年のちょうど今頃の事だ。
俺が小遣いアップを要求するためにお袋宛てに手紙を書いたところ、お袋からダラダラと長いお説教の返事か来た。……かと思えば、最後の『P.S』というたった2文字のアルファベットの後に付け足された最後の一行にこんなことが書いてあった。
『P.S あ、そうそう。海くんはウサギアレルギーだから、近づいただけで死んじゃうぞ☆ お母さんより』
っざけんじゃねぇぇぇ!!!!!
初耳ですけど!? 初耳ですが何か!? えぇ、初耳ですよ!!
しかも『近づいただけで死んじゃうぞ☆』ってなんだよ!! なんで『早く来ないとおやつなくなっちゃうぞ☆』みたいなノリなんだよ!!
この十数年間の間に、何も知らない無知な俺がウサギと触れ合う機会とか結構あったよ!? 運よく回避してきたけどもさ!! そういう大事な事は早く言おうぜ!? 愛しの我が息子がもしかしたら皆のマスコット的存在のウサギさんに殺されてるかもしれないんだぜ!?
しかも丁度この時バイトの面接に行った先がペットショップだよ馬鹿野郎!! 来てもいいって言われたけど断ったわこの野郎!!どうりでくしゃみとか止まらなかったわけだよクソ野郎!!!
あと前も言ったけど、親父が仕事で海外に行ったのも内緒にされてて、その事実を知ったのなんか数年たった日の事だし!! それまではずっと親父が失踪したものだとばかり思ってたし!!
「まぁ、そうあわてるな我が息子よ。地下室の事はおいおい説明するから、今は落ち着こうではないか」
「地下室!?」
もう両親がわっかんねぇよ!! てかこの家の事すらわっかんねぇよ!!
地下室ってなんスか!? この家に地下あったんスか!?
いや、そりゃ俺もここにきてから薄々は気づいてたけどもさ!! リモコンのスイッチ入れた瞬間に床がなんかゴーってなってガガガガってなってズドーンってなった時点でおかしいとは思ってたけどもさ!! でもだからってこんなのあり得ねぇだろうよ!!! 大体、家の中でこんな変な擬音が鳴り響くこと自体トチ狂ってるよ!! 俺の我が家は忍者屋敷かよチックショウ!!
「ちなみに、僕には兄がいたりする」
「うるさいなメガネ!! 今お前の話題はどうでも…って、えぇえぇぇぇえ!!?」
マジで!? オメガお前兄貴いんの!? え、嘘でしょ、初耳なんですけど!?
「って、なんで皆そんな素っ頓狂な顔してんの!?」
周りのみんなを見ていると、オメガの衝撃発言に驚いている者などいなかった。ただ一人、俺を除いては。
てか、俺が驚いている方に皆が驚いている気がするのはなぜ? え? もしかして知らないの俺だけ!?
「あ、いや、私も初めて聞いたけどさ。別に驚くようなことじゃないよね」
「そうですよ。兄弟がいたって特別驚くようなことではないです」
「逆になんでカイはそんな驚いてるんヨか」
皆が不思議そうな顔でなんか言ってる。
マジですか!? マジなんですか!?
「海、どうせ恭平の気まぐれからついた嘘だと思うからあまり気にすんなよ?」
「……え?」
「信じるか信じないかは、山空次第!」
「ちょ、やめろよそういうドッキリ!!」
やべぇ、ずげぇビビった。
嘘でももうこれ以上衝撃な事実を俺につきつけないでくれよ!! 私の頭の中の消しゴムならぬ俺の頭の中が消し炭になるわ!!
「意味分からんぞ息子よ」
「父さんはちょっと黙っとれや!!」
……と、とにかく。
まずは物事を整理しようではないか。
えっとまずは、俺の家に地下室があって………って、あれ、これだけ?
なんか一人で盛り上がりすぎて、衝撃の事実を10個ぐらい突きつけられた気分になってたけど、実際は地下室の事だけ?
なんだ、衝撃の事実は『俺の家に地下室があった件について』だけか。なんだそうか。どうってことないじゃないか。どうってことは……。
「どうってことあるわぁぁぁぁ!!!! なんだよ地下室って!! 意味わかんねぇよ!! てか俺達が今さっき撮ってた映画も意味わかんねぇよ!!」
「意味分かんないことはないだろ」
秋がなんか言ってるが知らん。
……って、秋お前いつの間に色がついたの!? さっきまで真っ白だったよねあなた!!
「おい、ちょっと落ち着けよお前」
「こ、これが落ちつけるかってんだぁぁぁ!!! ヤバい、なんか今日中に世界が終りそうな気がするぅぅぅぅ!!! ……あ」
「久々登場、『精~神~安~定~シールぅ~(改)』!!」
「大○のぶ代さんが声優やってた頃のドラ○もんか!」
秋がなんか面白いツッコミを披露しているが、今の俺にはどうでもよかった。
額に張り付けられたシールから、なんかじわじわと心がフリーになって行く気がする。
リフレッシュと言いますか、気分爽快と言いますか……うん。落ち着くわぁ。
「説明しよう。このシールを貼られたものはたちまち落ち着きを取り戻すのである」
「この前のデパート事件(第十七話参照)の時のような後遺症にはならないの?」
「ふふ、それは大丈夫だよ琴音ちゃん。なんたってこれは精神安定シール(改)。(改)!!。(改)!!! だからね」
「ふーん。そうなんだー。へぇー」
「琴音お前、自分で聞いといてその興味無さ100%の反応はさすがにあんまりだろ」
オメガと琴音と秋がなんか言っているが、今の俺には興味はない。
……あ、そうだ、心がリフレッシュしているうちに、綺麗な心で綺麗な人物紹介でもしておこう。
俺の前に立っているこの見た目可愛い少女は、竹田 琴音。
竹田 秋の妹で、今回の映画、『セーラー服と名探偵』の主人公役に見事抜擢され、女優業は今回初のくせに見事演じきったつわものである。
「なんか失礼な紹介どうもありがとね」
「こ、琴音さん……目が怖いッス!!」
俺は無意識の内に徐々に後方に退いていた。
たのむ俺の体。琴音の目が怖いのは分かるがこれ以上退かないでくれ。さっきから壁に背中がこすれて痛いんだ。
「……それにしても、映画撮影、楽しかったですね!」
「おぅ、ユキちゃん。それは何よりだ!」
お世辞にも綺麗とは言えない話題変更の仕方をしたユキの言葉に、俺の親父が笑顔で答えた。
おいコラ親父。なんだその笑顔は。何でユキにはその笑顔だよ。
息子にも……息子にも見せたことがないのに……!! あ、一応言っておくが息子って俺の事だからな?
「私はちょっと恥ずかしかったけど……でも、楽しかったよ!」
琴音は若干顔を赤らめながらも、嬉しそうに言った。
あ、そういえば琴音って結構内気で照れ屋で恥ずかしがりであがり症だったんだっけ。よくこんな芝居できたなおい。
……まぁでも、逆に言えば、俺達の前だと素直な自分が出せるってことなのかもな。意外と嬉しいもんだな。
「……って、琴音なんで中学の制服着てんの!?」
つい驚いて大声を出してしまったが……そんなことよりその制服!!
「はぁ? いまさら何言ってるの海兄ぃ。主人公の設定がいつもセーラー服だったから、一旦家に帰って着替えてきたに決まってんじゃん」
「あ、あぁ、そ、そうだったっけか」
やっべぇ、全っ然記憶にねぇ。
よっぽど俺にとって地下室発覚がショックだったんだな。
今見れば、琴音だけじゃなく皆も珍しい恰好してるしな。
秋の恰好も、普段の秋なら絶対にしないであろう、ワイシャツのボタンをすべて開け、その下に赤いTシャツを着る。といったようなチャンチャラおかしい格好をしているが……似合いすぎて地味だな。
……って、琴音がスカートだとっ!? レアや! これはレアや!! ウッホホーイ♪
「海兄ぃ……いつにも増して気持ち悪い顔してる……」
「どんな顔だよ!?」
あからさまに怪訝そうな顔をしている琴音をみて、俺は心が傷ついてたりする。
……って、さっきからデコが痒いと思ったら、まだこの精神安定シールはっつけてたのかよ。もういいよこれ。
俺は額に張ってあったオメガのシールをゆっくりと丁寧に接がし終えると、なんかたまたま近くにあったゴミ箱にバスケの選手もビックリの華麗なフォームで投げ入れ…やべっ、ミスった!
「なんであの距離で外すんヨか」
「ちょ、何で見てんだよ!」
エメリィーヌに見られてた事に気付きなんか無償に恥ずかしくなった俺は、顔を赤くしながら、そそくさとシールのもとへ駆け寄り、静かにゴミ箱へと捨てたのだった。
ちなみに、俺とゴミ箱の距離は約30cmぐらいだったりする。
「いやぁ、それにしても皆よくやってくれた。監督さんはビックリである! かっかっか!」
監督さん(俺の親父)が豪快に笑う。
……まぁ、色々あったけど、俺も結構楽しかった。
どのくらい楽しかったのかを伝えるため、ここらで分かりやすいように、それぞれの配役を大役順に並べてみようか。
・竹田 琴音:【主人公のセーラー服探偵役。役名は望月 冷夏】
推理小説が大好きで、趣味で探偵をやっている中学生の少女。今回は旅行先の旅館でたまたま事件に遭遇するも見事解決する。
・鳴沢 恭平:【犯人のイケメンチャラ男役。役名は横瀬 大輝】
今回の事件の被害者である田沼さんと過去に何らかの関係を持つ。大輝(恭平)が事故に見せかけた殺人を犯すところから、事件は始まる。
・エメリィーヌ:【旅館の女将の娘役。役名は佐藤 エレナ】
今回の舞台である旅館の女将(日本人)の娘。イギリス人と日本人のハーフで、今回は間接的に物語へ深く関わって行く。
・白河 雪:【たまたま居合わせた学生役。役名は安藤 千早】
今回たまたまこの旅館に宿泊しただけの普通の女子高生。千早 (ユキ)の何気ない一言が冷夏(琴音)へのヒントとなり事件は解決する。
・竹田 秋:【田沼さんの遺体の第一発見者役。役名は大平 大吾】
田沼さんの部屋に違和感を感じ、ドアをぶち破り強行突破した際に田沼さんの遺体の第一発見者となる。その後、犯人扱いされたりする。
・山空 海:【今回の被害者役。役名は田沼 誠】
今回の事件の被害者で、犯人の大輝(恭平)と、昔何らかの関係があった様子。そしてその過去の出来事が発端で、無情にも殺害される。
まぁ、こんな感じだな。
ちなみに俺が被害者役なのは、余りモノだからくれてやる的な親父の(悪質的な)気遣いによる産物である。
「何だ息子よ。そんな分かりやすく説明しなくてもここに丁度いい挿絵があるのに」
「『挿絵』の単語を発するのやめて!? この小説の世界観的にやめて!?」
まったく、油断も隙もない親父だ。
この小説の世界観を根本的にぶち壊そうとしてくるのだから恐ろしい。
あとそんな挿絵がないことぐらい、俺は知っている。作者が怠けているからだ。
「ウチの役が結構難しくて疲れたんヨ……」
エメリィーヌはその辺にあった椅子にそっと座り、ペットボトルの麦茶を飲みながら、そう呟いている。
「エメちゃんの役って、普段のエメちゃんとはま逆でしたからね」
そう、エメリィーヌの役は、無口な少女なのだ。
暗い過去を持っていて、人との関わりをあまり好まないタイプの役。
そしてその性格のためか、事件に間接的にかかわって行き、ややこしいことになって行くのだ。
エメリィーヌも結構暗い過去を持っているが、今現在の性格上、普段とはま逆の役と言えよう。
「でもカッコよかったよな。言うときゃ言うってヤツ? あのシーンは演技だと分かってても痺れるモノがあったぜ」
と、秋が大絶賛するのも無理はない。
誰とも口を利かなかった少女が、だんだんと主人公にだけは心を開いていく。
そして主人公のピンチに放った一言がこちら。
「ほらエメリィーヌ。あのセリフ言ってみろ」
「えぇー」
「ほら早く」
「しょうがないんヨねぇ……分かったんヨ」
俺がはやし立てると、エメリィーヌは渋々了承してくれた。
では改めまして、犯人に関してどうしても証拠がつかめず、絶望して諦めかけていた主人公…冷夏に言い放ったエレナの一言がこちら。
「さっきは冷夏お姉ちゃんに救われたけん……せやから今度は、ウチが冷夏お姉ちゃんを救ったる……!!」
「うおぉおぉぉぉぉぉぉ!!!!!! I・L・O・V・E・エメルーーー!!!」
なんか熱狂的なファンらしき歓声が乱入してきました。
なんかパシャパシャとフラッシュ焚きまくりで写真とってます。
そして皆さんのご想像の通り、その人物は犯人の大輝…もといオメガでした。
もーきみぶち壊し。
ちなみにお気付きかとは思いますが、エレナ…もといエメリィーヌの役は関西弁で喋りまんねん。一部のマニアには大ウケでんねん。
「エメリィちゃんの演技凄い上手だったよ。きっと将来は綺麗な女優さんになれるよ!」
と、琴音がエメリィーヌをべた褒めしている。
琴音お前、女優業のこと何も知らないくせによくそんな適当な事が言えるな。
もし今のお前の言葉でエメリィーヌが将来女優を目指し、大人になってから演技が全く評価されなかったらエメリィーヌはどう思うよ?
きっとこう思うことだろう。『コトネが嘘をついたんヨ……ウチなんか全然ダメなんヨ……』ってな。
そして人生に絶望し、酒におぼれ、下心満載の男に捕まり、挙句の果てに多額の借金を背負いこみ、精神的に病んでしまって鬱病になって生涯を終える。エメリィーヌの人生は最悪の状況となることだろう。そうなったら琴音お前、責任取れんのか!!
「なんなんヨかその超ネガティブ思考」
「これはネガティブなんかじゃない。超慎重派なだけだ!」
キュピーン!! という効果音が頭で鳴り響いた。
「きゅぴーん☆」
「うるせぇぞオメガ!!」
……まぁ、このふざけきったメガネは放っておくとして。
なんかさっきから親父の姿がない。いったいどこに消えたのだろうか。
「お父様なら撮影した映画を編集しに行きましたですよ?」
「あ、そうなんだ。どうりで見かけないと思ったぜ」
映画の編集か。やっぱり大変なんだろうな。
昔は作業中をよく見せてもらったことがあるけど、結構な時間かかってたものな。
完成した映画が見れるのは一体何週間後になる事やら……はたまた何ヶ月後とかもあり得るし……。
「編集が終わったぞぅ!」
「なにぃぃっ!?」
嘘でしょ!? 何でもう終わったの!? まだ出てってから3分ぐらいしか経ってないぜ!?
そんなカップラーメン感覚で編集って終わるもんだったっけ!? 撮った映画を一度最後まで見直すにしたってあと十倍の時間足りてねぇよ!?
「ふふふ、山空、僕の発明スキルをなめてもらっちゃ困るね」
声にならない驚き状態の俺に、メガネをクイッっと上げ、若干カッコつけてオメガが言ってきた。
オメガはすぐさま琴音にキリッと向き直って『かっこいいだろう』アピールをしているが、琴音は全く気付いていない。それどころか、ユキとの雑談で声すら届いていないようだ。
その事実にも耐え続け、オメガは必死にアピールをし続けている。
「いい加減にしろっ」
ウインクをし出したあたりで俺が正義の鉄槌を下した。
「いやぁ、皆の者、特に琴音ちゃんとユキちゃん。本当にお疲れ様で御座候!」
親父……なぜに御座候……。
「海兄ぃのお父さん、今日は本当にありがとうございました!」
おぉ琴音。こんなクソ親父に頭を下げてお礼を告げるなんて……何という礼儀正しい子なんだ……!!
「おぉ、ちゃんとお礼をきちんと忘れずにするなんて……何という礼儀正しい子なんだ……!!」
やべっ、親父と似たようなこと言っちまった!!
死にたい、なぜか死にたくなって来たぞ!!
「お父様! ありがとうございましたです!!」
「おうおう、ユキちゃん。いつでもバカ息子の嫁に来てくれな! お父様はいつまでもお待ちになってます!」
うんうん……ってはいぃぃっ!!!!?
「はい……//」
「『はい……//』じゃねぇよ!! 俺の意見は無視か!? 俺の人権は無視かよ!?」
「そんなものあるわけないだろう」
「そんなものありませんです」
「なぜじゃぁぁぁぁ!!!!」
何だこの二人……横暴だ……横暴すぎる……。
俺の人権よ……今だけでいいから俺に力を貸してくれ!!
「まぁ、そんな冗談はさておき、琴音ちゃんはなかなかに優秀だったぞ! かっかっか!」
そんなことを言いながら、親父が琴音の頭をなでる。
琴音は少し顔を赤らめながら、『ありがとうございます。』とお礼を告げた。
そんな時である。
「あ、あの! 俺はどうでした!? 琴音よりも俺はどのような評価で!?」
この微笑ましい光景に、なんか急に騒がしい声が割り込んできた。秋である。
……てか、お前もいたんだっけな。お前の存在すっかり忘れてたわ。あと図々しいぞお前。
自分の演技+αに自信があったのか、若干興奮気味で親父に尋ねる秋。
……俺が言うのもあれだが、あの悲鳴はかなりの演技力と言わざるおえない。悲鳴以外の演技はすべて棒読みけどな。
「秋くんといったかな? 俺ぁ、これでもプロの映画監督をやっててな。傷つくかもしれないが、本気で評価させてもらうぞ?」
「えぇ!? ちょ……は、はい」
親父の大胆発言に、大興奮絶賛だだ下がり中の秋。
そりゃそうだろうな。だって遠回しに『お前はダメだ』って言われているようなモノなんだから。
そんな状況の中、秋に対する親父の評価はと言うと。
「悲鳴はプロ並み。ほかはサル並みだ」
「血も涙もないお言葉をどうもありがとうございます……」
背中を丸めながら、トボトボと引き返す秋。その瞳は若干潤んでいた。
そしてそんな秋の足には異常が現れはじめていた。爪先から徐々に色が無くなり白く変色してきているのだ。この分だと秋が再び燃え尽きるのも時間の問題である。
「だが、妹である琴音ちゃんは本当に上手だ。プロの俺が言うんだ。間違いない」
おいおい、その秋との温度差はなんだよ。
あれか、琴音は女の子だからなのか? 親父の言い方を借りれば可愛娘ちゃんだからなのか? もしそうだとしたらプロなんぞやめてしまえ。
たしかに、秋の演技はお世辞にも上手いとはいえなかった。
だがしかし、琴音の演技は最高のものだ。親父の影響により、昔から演技に定評のある俺が言うのだからまず間違いはないだろう。
でもだからと言って、親父は琴音の事を少し褒めすぎだと思う。確かに上手いが、本格的にやるにはまだまだ練習不足だ。
まぁ、そこらの素人よりは絶対に上手いがな。
「琴音ちゃんは大きくなったら女優になれる素質を持っている。気が向いたら、いつでもこの俺に言ってくれ。今すぐにでも天才子役に大抜擢だ!」
だから褒めすぎだ親父。
そして、そんな親父の言葉を聞いた琴音はと言うと。
「だってさ秋兄ぃ♪」
「嬉しそうだなお前……」
腰に手を当てて、お世辞にも大きいとは言えない胸を張りながら、『えっへん』と言わんばかりのしたり顔で秋をからかっている。
そしてからかわれた秋を見てみると、下半身すべてにホワイトカラーが進行してました。秋が再びホワイトメンなる日は近い。
「海兄ぃ、今さり気なく私をけなしたでしょ」
「おう、何度でも言ってやるぜ。お世辞にも大きいとは言えな…ぶべらっ!?」
「最っ低!!」
見事にぶん殴られた俺は、人間大砲並みの勢いで天高くはじけ飛ん…『グキッ!!』天井が低い!! 後頭部強打!!
天井によって追加ダメージを受けた俺は、地面に落ちた。その衝撃でまた追加ダメージを受けた。
……って、あれ、琴音さん……? もうお仕置きは終わったんだからそんな怖い顔して近づいてこなくても結構なんです……ぜ……?
「○ーラ」
(※○ーラとは、あの有名な某テレビゲームの瞬間移動の呪文である)
「ドラ○エの呪文!? って、それ○ーラじゃなくてアッパ…ごでゅふぁ!?」
再び打ち上げられた俺は、またしても天井に叩きつけられる。
そんでもってまた落下。
「○ーラ! ル○ラ!! ルー○!!!」
「みるこぉ!? くろこぉ!? っぷぅぅぅ!?」
ちょ、まって!! そんな○ーラばっかり使わないでくれ!!
ここは室内、『逃げられない!』から!!さっきから天井に頭ぶつけてるから!!
タンコブの出来過ぎで夢の国のネズミさんのようになっちゃうから!! あと伏字の場所変えちゃ意味ないですよ琴音さん!!
「やめるんヨコトネ! カイの体力はもうゼロなんヨ!!」
「ルーラ!! ルーラ!!! ルーラ!!!!」
せめて伏せましょう!? もう単語もろばれですから!!
伏字なら伏字らしく伏せておきましょう!? ってかごめんなさぁぁぁい!!!!
……つい出来心だった。つい魔が差しただけだったんだ。
普段はこうなると分かっていたから、琴音の気にしている身体的成長に関してはからかうのを避けていた。
でも、今日は違った。親父がいた。俺のそばには皆もいた。だから琴音も気を使って襲ってこないかと思っていた。
すべては俺の浅墓な思い込みゆえの悲劇だ。俺がこんな、日ごろの仕返しのためだけにこんなことをしなければ。
きっとこんな惨劇は起こらなかったことであろう。きっとこんな、ギャグ漫画とかによくあるコミカルチックな吹っ飛び方をリアルで体験することなどもなかったであろう。
だがしかし、今更後悔してももう遅いのだ。もう惨劇は起きてしまった。悲劇は起きてしまった。
最近の琴音は大人しいから危機感が薄れていただけかもしれない。でも今更その事実に気付いたところでもう遅い。
いいか山空 海。この痛みと恐怖を体と心に刻み込むのだ。二度と、このような悲劇を起こさないためにも……。
「ルーラァァァァ!!!」
「ひでぶぅぅ!!!」
ってか長い!! もういい加減許してくれてもよくない!?
結構時間経ってるよ!? 結構な文字数を脳内で反省してたよ!?
もうこれ拷問だよね!? 拷問以外の何物でもないよね!?
ちょっとからかっただけでしょうに!! この俺のちょっとしたイタズラ心からきた可愛げのあるからかいだったでしょうに!!
た、助けてみんな!! この際父さんでも…あぁ、だめだ!! あのクソジジイ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔して固まっているもの!!
ってかみんなも皆だ、慣れ過ぎだろこの状況に!! 結局止めに入ってくれたのエメリィーヌだけかよ!!
ユキ、お前の未来の旦那さん候補の一人が目の前で殺されかけてるんだぞ!? なに優雅に茶ぁ飲んでんだよ!!
「こ、こと、こどねぇ……も、もう、勘弁…ぼへぇ!?」
「昇龍拳!!」
もう昇龍拳だもの!! 格ゲーだもの!! 鋭いアッパーカット的な技名を叫んでますもの!!
た、助けてオメガー!! この際変態でもいいから助け…って琴音を写真に収めとる!!! ま、まぁ、いいさ、お前には最初から期待なんてしていなかったさ!!
やっぱりこういうとき一番頼りになるのは、俺の初めての親友。一番付き合いが長い、俺のかけがえのない親友なのさ!!
ってなわけで、秋、親友であるこの俺を助け…も、燃え尽きてるーーー!!!! まるで新品の消しゴムの如き真っ白さだぁぁ!!!!
くそ、どうする、どうする!! ……はっ! そうだ、まだあいつがいたではないか!! エメリィーヌ、ヘルプミィ!!!
俺は必死にエメリィーヌに合図を送る。
俺とエメリィーヌのそれなりに長い付き合いから出来るようになった技、アイコンタクトを使って!!
気付けー! エメリィーヌ気付けー!! よしっ、目があった!! ……よっしゃ気付いたぁ!!
エメリィーヌと目があってしばらく。
数秒の間考えたそぶりを見せた後、エメリィーヌは自分の右掌に自分の左拳を乗せた。つまり、気付いたという証拠である!!
良いぞエメリィーヌ、何とかして琴音を止めてくれぇぇ!!! ……っておい、どこへ行く!! エメリィィィィッヌ!!!
突然だった。何を思ったのか、エメリィーヌは部屋から飛び出して行った。
……俺にはもう、味方はいないのか………。
それから数秒後。
しばらくすると、エメリィーヌが何かを抱えて部屋に戻ってきた。
そう、その手にはなんと……!!!
「カイ! 持ってきたんヨ! 救急箱!!」
「そうじゃねぇぇぇぇ!!! ぐぶぇ!?」
救急箱なんていらねぇよ!! 何だエメリィーヌお前、救急箱があるから安心して殴られてくださいってか!!
俺がエメリィーヌに言いたかったのはそうじゃないんだ!! 助けてほしかっただけなんだ!!
あぁ、もう、琴音、やめてくれぇぇ!!!
「琴音、も、もう、もうゆるひて……」
もう頼りになるのは己のみだと気付いた俺は、やっとの思いで言葉を絞り出す。
そんな俺の言葉に。
「……ふぅ、日頃のストレスがいい具合に発散できたよ。いやはや、痛快痛快」
と、衝撃的な一言が琴音の口から漏れだした。
日頃のストレスってなんだよ!! どさくさにまぎれて俺とは全く関係の無い場所で溜まったストレスを俺に叩きつけるんじゃねぇよ!!
しかも痛快ってなんだこの野郎!! お前は痛快だったかもしれないが俺にとっては『痛』なんだよ!! 『痛快』じゃなく『痛』の字のみなんだよ!!
……と、いったような怒りの言葉を、今の俺の力では琴音に伝えるすべはなかった。だって、殴られるのはもう嫌だもの。
俺は力が抜け、その場にだらしなく倒れる。
琴音に殴られたあちこちが痛む。天井にぶつけたあちこちが痛む。
だがしかし、どんなに痛くとも、その痛い個所を軽くさすることしか今の俺にはできない。でも、いいんだ。
例え俺の身体がサンドバックになってたとしても、琴音のストレスが抜けたならそれで……それでいいん……だ。
「こうして、山空は短い人生を終えたのだった―――」
「終えてねぇよ!!」
クソメガネのナレーションに腹が立った俺は、その辺に散らばってたダーツの矢をオメガに投げつけた。
って、だからなんでこんなもん散らばってるんだよ!!
「刺さった! ダーツが刺さった!! もし僕が的ならダブルブル確実じゃないかと思われるほどの正確さで心臓にダーツが刺さった!!……ちなみに『ダブルブル』とは、ダーツの的のド真ん中の事だ」
「余裕だなお前」
「はっはっは、当たり前だよ山空。なにせ、こんな事もあろうかと、左胸ポケットに山空の携帯電話を入れておいたからね!! イイ盾になったぞよ」
「お前すげぇな!! その先見の明を他に生かせよ!! ……って、俺の携帯だとっ!?」
衝撃の事実を知った俺は、すぐさま変態との間合いを詰め、変態の左胸ポケットを漁る。
「や、やめるんだ山空! ぼ、僕にそんな趣味はない!」
「やかましい! 無表情で何言ってやがる!!」
くそっ、この変態がなんかクニャクニャ動くから、なかなか携帯が奪い返せないではないか!!!
どうする、奪い返すよりも早く携帯の安否を確かめる方法はないのか!? あ、そうだ、電話してみればいいんだ。
電話をかけてみて携帯が鳴れば、俺の携帯は無事だと言えるからな。
画期的かつ奇跡的なアイデアが思い浮かんだと同時に、即実行するために俺は自分の携帯電話を手に取り……って、俺の携帯電話は変態のポケットの中やっちゅーねん!!
何バカなことしてるんだ俺は……!! 変態から携帯が取り返せないから困っているのに、携帯で携帯の安否を確認しようだなんて間抜けすぎる!! 今俺の携帯は変態が所持しているから、いつもズボンの左ポケットに入れてるはずの携帯はここには無い……あれ、あるじゃん。
なんという事でしょう、俺の携帯電話は、いつもの場所…つまりズボンの左ポケットにちゃんとあった。
「おいオメガ、俺の携帯、ここにあるんだけど……」
「え?」
ズボンの左ポケットから自分の携帯電話を取り出した俺は、目の前にいる変態に見せつける。
驚いた様子の変態は、『なら僕のこの左胸ポケットに入っているコレは一体何なんだ』と言わんばかりに自分の左胸ポケットの中にある、ダーツが突き刺さっているソレを取り出した。するとそれはなんと……。
「あ、これ竹田兄の携帯だった」
「はァぁぁぁぁあぁぁあ!?」
オメガが呟いた途端、秋が凄まじい速度で反応を示した。
そんな秋の姿を見てみると、いつの間にやらカラーリング施されている。さっきまで真っ白だったのに。
「あ、あれ!? 俺の携帯がねぇ!! ちょ、マジかよ、恭平! 携帯返せよ!!」
身の回りを隅々まで確認して自分の携帯がないことが分かった秋は、なんかもう凄いスピードでオメガの手から携帯を奪い取った。
「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そしてこの悲鳴である。
こらこら秋くん。もう映画の撮影は終わったんだから、なにもこんな所で悲鳴を上げなくても。
まさかリアルで大平 大吾(秋の配役)の悲鳴を聞くことになろうとはな。でも今回の方が演技が上手いぜ。
「演技じゃねーよ……!! おいおい、アドレスとかすべて消えてるじゃねーかよ!! てか俺の携帯ぶっ壊れてるァアぁぁぁ!!!」
秋が頭を抱えながら騒いでる。
……秋お前……どんだけ悲惨な奴なんだよ……。
「え、えっと……しゅ、秋先輩!」
今にも秋の携帯電話と同じ感覚でなんかぶっ壊れそうな秋本人が可哀想だったのだろう。
見るに見かねたユキが、一言。
「ふぁ、ファイトですよ!! 秋先輩!!!」
「そういう事は俺の目を見て言えぇぇぇ!! あとフォローになってねぇぇぇ!!!!!」
思いっきし視線を逸らし、何に対してのファイトなのかよく分からん事を告げたユキに、秋が八つ当たりする。
おいこら、八つ当たりはダメだろう。琴音もさ、なんかストレス発散のために俺をボコボコニしてたけど、やっぱりそういうのはいけないよ。
いいか秋、お前が八つ当たりなんかするから、琴音もそんな風に育っちゃったんだよ。妹は兄の背中を見て育つってヤツ? そう、だから、俺が琴音にボコられたのはすべて……。
「お前のせいだぁぁぁぁ!!!!」
「え…ぐぼぉあぁぁぁぁ!?!!?!?」
と、思いっきり秋に八つ当たりをした俺。
俺の拳が秋の左頬を綺麗にとらえ、秋が叫びながら吹っ飛んでいく。
「ふぅ、日頃のストレスがいい具合に発散出来たぜ。痛快痛快」
「海お前……後で……殺しゅ……っ」
「ぶふっ……!! ゴホッケホッゴホッ……!!」
おいおい、今日はよく噛むなお前。『しゅ』って言ったぞ『しゅ』って。
最後の甘噛みのせいで迫力が著しく低下したぞ。
しかもほら、今度はエメリィーヌが麦茶を豪快に吹き出したじゃねぇか。
エメリィーヌだって女の子なんだから、吹き出させるんじゃねぇよ。可哀想だろ。しかもむせて咳き込んじゃってるしさ。
って、よくみたら琴音もちょっと吹き出しちゃってるじゃねーか。琴音の場合炭酸飲料だぞ、ベトベトになるぞ。
女性陣全員を吹き出させやがって……イイ目の保養になるぜ!
「変なとこで目の保養しないでよ!!」
「ぶふっ……!! ゴホッゲホッコホッ……!!」
ばかやろお前、丁度麦茶を口に含んだときに変なこと言うんじゃねぇよ!! 俺まで吹き出しちまったじゃねぇか!!
てか俺また喋ってたのか、ヤバいな。これはヤバい。
ってか、こんな所で皆して吹き出して何やってんだよ。床が吹き出し物でビチョビチョじゃねぇか。
不良…ならぬリアクション芸人のたまり場かここは!!
「……はっ!? 行かん、今日発売のDVDを買ってこなくては!! みんなで作った映画のディスクはここに置いておくから、好きに見るとイイ。では皆の者、さらばで御座候!!」
「ちょ、父さ…って早い!! ソ○ックかあのジジイは!!」
琴音が暴れ出してからというもの、ずっと硬直していた親父が空気も読まずに喋りだしたかと思えばどこかに走り去って行ってしまった。……てかなぜまたしても御座候……。
……そんなわけで、この微妙な空間の室内に残された俺達6人。……何だこれ。
「……とりあえず、琴音ちゃんとエメルの晴れ姿でも見る?」
親父が置いていったDVDを手に取り、そう提案するオメガ。
そんなオメガの問いに、俺達は賛成した。
――――それから約30分間もの間。俺達が一つになって完成させたショート映画、『セーラー服と名探偵』の試写会が行われたのだった。
そしてその映画を見た俺は、気になることが二つできた。
まず一つ目。俺の役の事だ。
俺が演じる田沼 誠だが、映画が始まって初登場してから、モノの3分でご臨終しちゃってました。
それ以降、俺のセリフはない。ちょっと理不尽すぎやしないだろうか。
そしてもう一つが。
上映中の間、秋が隣でずっと『燃えつきたぜ……俺の携帯と共にな……』と、まるでお経のように唱え続けてたのが無性に気になってた俺でした―――――
第四十六話 完
~おまけ~
雪「今回なんと、ユキの初挿絵がありましたですよ!」
秋「うわっ、俺のもあったぜ!? ありがとう作者さん!!」
琴「でも作者さんの画力乏しいからなんとも言えないよね」
秋「それを言うな」
エ「う、ウチのは一枚もなかったんヨけど、べ、別に悔しくなんて無いんヨ」
恭「そうそう、僕の顔を作者さんの低画力で描かれたとなっちゃ虫唾が走るからね」
海「てか、なんで俺は地味なヤツ一枚だけなんだよ!! 俺一応主人公なんだけど!? このダメ作者め!!」
作「皆さん本当にごめんなさい……絵がヘタでごめんなさい……低画力でごめんなさい……生まれてきてごめんなさい…………」
雪「ちょっと皆さん! 皆してなに作者さんの心の地雷踏みまくってんですか!!」