第四十四話~竹田さんのラブレター大作戦!!~
中3の夏―――
現在学校中に、ある手紙がばら撒かれている。
と言っても、下駄箱の中や、机の中。ロッカーの中などの場所にだけだが。
「かなえ、急げ!!」
「海こそ早くして!」
急いで階段を駆けあがる。
もう、もう時間がない。
いつ捕まってもおかしくないこの状況、急いであの場所へ向かわなければ。
『待て、お前ら!!』
後ろから声が聞こえる。
もうすぐ近くまで迫ってきているようだ。
息があがる。
足が震える。
でも立ち止まれば捕まってしまう。
そんな状況の中、俺、山空 海は、今や大の親友の一人である、同じクラスの女子、飛野 かなえと共に階段を上りきり、ドアに手をかけ、飛びだした。
「海! 勢いで屋上来ちゃったけどどうするの!?」
「しょうがねぇ、捕まる前に捨てちまおう!」
「なら早く!!」
俺は、自分が左脇に抱えていた、たくさんの封筒が入っている段ボール箱を掲げ、屋上の端へと駆けだす。
『もう逃がさんぞ……っておい! よせ、やめろ!!』
担任の言葉を聞き終わる前にはすでに段ボール箱は逆さまで、中身は屋上から校庭へとばら撒かれていた。
「いよっしゃー!」
「いよっしゃー!」
俺とかなえは同時に声を上げる。
『何が……『いよっしゃー!』だ!!』
さっきからしつこく追っかけてきた担任に襟首を掴まれ、俺達はとうとう捕まってしまった―――
第四十四話
~竹田さんのラブレター大作戦!!~
「――ったく、あんなに叱ることねぇじゃねぇかよ」
「だよねー。ちょっと頭お固いんだよ先生は。……でもまぁ、作戦は成功したし結果オーライだよ!」
「まぁ、そうだけど」
頭にコブを作り、宿題を数倍多めに出され、俺達がばら撒いた封筒をすべて元通りにするまで帰宅禁止令を出されてしまった俺達なんだが。
「……どうする?」
俺の隣を歩く女子、かなえに聞いてみた。
「……どーするもこーするもないでしょ……答えは決まってる」
ニィ、っと怪しい笑みを浮かべるかなえを見て、俺も同様に笑みを浮かべる。
「……だよな。せっかく成功したのに掃除なんて、する訳ない!」
「そーゆうこと!」
俺達は全く反省などしていなかったりする。
「さてさて、事態の進行度を確認するためにも」
「クラスに戻りましょ!」
周りがざわざわとざわめいていることから、作戦による事態の変化はかなりのものだという事が伺える。
だが、みんな人それぞれで反応は違う。
陰でコソコソしている者もいれば、まったく興味がなさそうな者もいる。
友達と話のネタにしている者から、他人が見ても分かるぐらいに慌てふためいている者まで。
そんな、一見バラバラな反応だが、その中でただ一つの共通点があるのだ。
そう、それは、みんなが同じ封筒を手に持っているということ。
そしてそれは、俺とかなえが先ほどばら撒いたものだという事である。
「さてさて、進行度はどんなものなのかしらね」
かなえが呟くと同時に、俺とかなえは自分のクラスへと入った。すると。
「おーおー、やっとるやっとる」
クラスに入ってまず目にしたもの。
それは、いつも静かなこのクラスには似ても似つかないほどの騒音と、人だかり。
この狭い教室の角に、違うクラスの女子達までもがある人物を囲って騒ぎ立てている。
皆に責め寄られている人物の顔は、身に覚えのない事実によって大変困惑しているようだ。
(クックック、困っとる困っとる)
その人だかりから、アイツに気付かれないように距離をとり、遠くからニヤケながら眺める俺とかなえ。
この瞬間が楽しみでやったと言っても過言ではない。
『ちょっと、これどーいうことなの!?』
『何コレ、ふざけてんの!?』
『何とか言いなさいよ!!』
一人の男子生徒に向かって一方的に放たれる罵声、文句。
そんな女子達の言葉に、男子生徒は困り果てた顔でこう答える。
「えっと、その、お、俺じゃない! 俺ははめられたんだ! 信じてくれ!!」
漫画とかで聞き覚えのあるセリフだな。
でも確か、大概この場合信じてもらえない事が多いわけで。
『謝りなさいよ!!』
『この最低男!!』
……自分等をからかわれたことに。自分等を利用してバカな事をしたことに。
女子達は怒りを隠しきれない。てか隠す気なんてさらさらないご様子。
「ふふふ、いつも影が薄い分、今日は特別目立てて良かったね。私達に感謝しなさい」
と、衝撃的な一言が俺の隣にいるかなえから…いや、悪魔だ。悪魔に違いない。
よく見ると、うっすらと触角らしきモノと尻尾らしきものが見えている。……気がする。
よくもまぁこの状況でこの一言が飛び出るものだ。
さすがに俺だってそこまでは思ったとしても口には出さんぞ。
「俺じゃないんだって! 俺は告ってなんかいない! 信じてくれよ!!」
僕はキラなんかじゃない! 信じてくれよ!!
というセリフを思い出させるような一言である。
『ならこれは誰がやったってのよ!!』
「し、知らねーよ! でも俺じゃないんだ!!」
『嘘つくな!』
『謝れ変態!!』
『そうだ謝れ!!』
「だから俺じゃ!」
『謝れって言ってるでしょ!!』
とうとう女子達から謝れコールが。
「……ご、ごめん……」
そして女子達の迫力に押され、身の覚えのない事実に謝罪の言葉を口にした男子生徒。
実に悲惨である。
『そんな一言で許せる訳ないでしょ!?』
『土下座しなさいよ土下座!!』
多分凄い勇気を振り絞って謝ったであろう言葉も、容赦なくたたき落とし、より難易度の高い技を要求してきた女子ら。
本格的に可哀相な奴である。
丁度その時だ。
キーンコーンカーンコーン
と、授業開始5分前のチャイムが鳴り響いた。
そのチャイムの音で、その場は解散となる。
多分彼は今頃、初めてチャイムの音に感謝する瞬間を迎えたことであろう。
そしてそれを眺めていた俺たちも、席について授業を受けた――――――
――――――――それから数時間が経過し、昼食のお時間が訪れた。
俺はお袋お手製の弁当を抱え、いつものように、かなえのいる場所へと集まり、適当なイスをちょこっと拝借し腰を下ろす。
そして弁当を広げた。
「おぉ、そのハンバーグもーらい!」
弁当を広げた瞬間、目にもとまらぬ速さで俺の弁当箱からおかずが一品消える。
おいコラ。素手ってコラ。行儀悪いぞ、せめて箸を使え。原始人かお前は。
「うん、おいし」
「こら、はしたないですよまったく! ママはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ!」
目の前のはしたない女子…かなえに、若干声を高くし、完全に相手を小馬鹿にしたような口調で、俺は言う。
「オーッホッホ! 何の事かしらね海坊っちゃま。私はいたって普通でございますよ?」
俺の口調に乗るように、かなえもなんか妙な口調で反発して来る。
最近はいつもこんな感じだ。
「あらま!? 人様のお弁当をゴリラのように鷲掴みにしてモチャモチャと食べるのが普通だなんて、ママかなしいわぁん!」
「スキあり!」
ガキンッ! っと、俺の弁当箱の上で箸同士の過激な争いが始まる。
「ちょ、油断も隙もない奴め! 俺の卵焼きはそう簡単には譲れないぜ!!」
かなえの箸を、俺は自分の箸で器用に挟み、動きを封じる。
人様が見れば、絶対に注意をしたくてたまらないランキングベスト5に入ることだろう。
だが幸いにもここは学校という名の、親離れ空間。
注意うるさい親もいなければ、担任の先生だってとやかく言ってくる事は無い。所詮大人なんてこんなものだ。
「大人しく玉子焼きをよこしなさぁぁい!!!」
「いや、よこすも何も、お前の弁当にも入ってるじゃねぇかぁぁぁ!!!」
これがアニメならばきっと火花が飛び交っているであろう。
それほどまでに鋭く、激しい戦いなのだ。
てかマジなんなんだよ! 俺の弁当箱を文字通りただの箱にする気か!
「自分のがあるけど人様のものも譲れない。そんな時、あるよね!」
「ねぇよ! どこぞのガキ大将の思考だよそれ!!」
まさかリアルに『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物』とかいう理不尽たる名言を実行するやつがいるとは思わなかったぜ。
「あ、ハエが……」
俺がそう呟くと、かなえの箸の動きが一瞬だけ止まる。
その瞬間を、俺は見逃さなかった。
ちなみに、ハエは嘘である。
「うおりゃあぁぁぁぁ!!!!」
「なっ!?」
俺の操る箸はかなえの箸を弾き飛ばし、目的の場所へ飛翔する。
そう・・・目指すはかなえの弁当箱の中身。
とても丁寧かつ綺麗飾り付けられている、『食はまず見た目から』の意味を分からせてくれるような神秘的な凄さの一つを備えた、 とてもうまそうな唐揚げだァァァァ!!!!
唐揚げのとの距離残りわずか30cm・・・・20cm・・・15cm・・・10cm・・・5・・・4・・・ガキィン!!
「なっ!?」
「ふふっ、そう簡単に王手は打たせないわよ・・・?」
俺のハシは目的の3cm手前で、無情にも防がれてしまう。
俺達の中で最も人気な食材といえば、何を隠そう、この唐揚げ。
かなえのお母さんがイチから揚げていて、とてもジューシーかつ濃厚な味わいで、まさしく一度食べたらくせになる味なのである。
もちろん、手間や時間、値段の関係もあり、そのカラアゲが登場するのは1ヶ月に3度あるかないかだ。
『昼時まで弁当の中身の確認を禁ずる』が俺達の暗黙のルールがため、いつも、この時間にならないとそれぞれの弁当箱の中身が分からないというシステムである。
そしてそんな超レアな唐揚げを、俺達はいつの日か『王』と呼んでいた。
「大人しく差し出せ! そいつはすでにチェックメイトとなんだよぉぉ!!!」
「させるかあっぁぁ!!!」
今度はかなえの弁当箱の上で、激しい戦いが繰り広げられる。
昼食が始まってから約5分間。俺達はまだ、ロクに弁当を食えていない。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
「そりゃぁぁぁぁ!!!」
力でねじ伏せようとする俺と、絶妙な角度と力の強弱により相手を徐々に弱らせていくかなえ。
そんな、長くて短いような戦いに、今。決着の時が……!!
「なんだ二人とも、いらないなら俺が貰うからな………もぐっ…うん、うめぇー!」
「あっ!?」
「あぁっ!?」
「お、海、お前の卵焼きもいただくぜ! ………ふん…これもうまい!」
『あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ!?』
俺とかなえの壮絶なる激戦中に、横からひょっこりと侵入してきた一般兵が王を討った。
そう、それは俺のもう一人の親友で、朝、女子達に問い詰められていたやつ。
竹田 秋の手によって、王はあっさりと討ち取られてしまったのである。
『二兎追うものは一兎をも得ず。』
諺にもある通り、俺達は自分の弁当と相手の弁当、二つを追ったばっかりに、両者とも逃す事となったのだ。
「てめぇぇぇ!! よくも……よくもぉぉぉ!!!!」
かなりの怒りを覚えた俺は、秋あいてに激怒。てか八つ当たり。
「はぁ……こんな事なら……」
かなえも相当ショックなようで、えらい落ち込んでいる。
そして呟いた。
「こんな事なら、もっと凄い内容の手紙にしておくべきだった……」
「おいバカっ!」
「あ、やばっ!」
「手紙? 手紙がどうしたんだ?」
俺が慌てて口止めしようとしたが、時すでに遅し。
秋に聞かれてしまったのである。
だが秋はまだ気付いていない様子。
早急に誤魔化しに入る俺達。
「て、手紙! そーなんだよな! 昨日俺んちにさぁ!!」
「そ、そうそう! 海んちにね! 迷惑メールが!」
「迷惑メール……?」
「ちょ、お前アホか!」
何が迷惑メールだ!
自宅の郵便受けに直接届く迷惑メールがあってたまるかってんだ!
「なぁ、二人ともいったいなんの話だ?」
「あ、あなたには関係の無いことよ!」
「そう、秋には全く関係の無いことだ! だからラブレターのことは忘れてくれ!!」
「ラブレター……?」
「やべっ!!」
「ちょ、あんたも何やってんのよ!?」
「ラブレター……手紙……二人の怪しい言動………はっ!? お前らまさか……!?」
とうとう秋が事実に気付いてしまった。
そう、俺達が登校直後にしでかした壮大なイタズラ、『竹田さんのラブレター大作戦!!』がとうとう秋にばれてしまったのだ。
内容はと言えば、まずかなえが家でラブレターを数百通制作。もちろん、竹田 秋という名前で。
そして竹田 秋のラブレター(偽装)を学校に持ってきてもらい、俺とかなえで学校中にばら撒くという壮大なイタズラである。
途中で担任に見つかり追いかけ回されて、最終的には屋上からばらまくという大胆な行動に出たわけなのだが。
その効果は絶大。
ラブレターの大半は靴箱やロッカー、机の中やカバンの中など、かなえ曰く、学校中の女子達が必ず見るであろう場所に忍び込ませたのだが。
ラブレターをもらった女子は、二股どころの騒ぎではないという事実に気付きもせず、自分だけが告白されたと思い込みプチパニック状態。
もちろん、中にはそうでない者もいる。てか、大半がそうでない者の部類に入るだろう。
だがしかし、その中でも自意識過剰な女子もいる。今回の作戦は、おもにその女子をターゲットにした作戦なのだ。まぁ、新のターゲットは秋なわけだが。
プチパニック状態の女子は屋上からばらまかれた手紙には、窓の外、もしくは自らが外へでないことには気付かない確率が高い。
なぜなら、ラブレターのことが気になりすぎて、噂になっていても耳には届かないだろうし。考え事をしているが故に、周りの景色もろくに入ってこないはずだ。
まぁ、そんな漫画のような女子はさすがにいないとは思うが……・。
ほとんどの女子は屋上からばらまかれた手紙でいたずらだと気付いたっぽいし。
その証拠に、朝にあんなにも壮大なデモが始まったのだからな。
だが別にいいんだ。
俺達だって関係のない女子を俺達のくだらない事情に巻き込みたいとは思わない。
最終的には、イタズラだと自分で気付かせる必要性だってあったわけだし……。屋上からばらまいたのは正解と言えるだろう。ちょっと残念な気もするが。
しょうがない、ここは正直にネタばらしと行くか。
『正直者は救われる。』っていうしな。秋も許してくれるはずだ。
何せ俺らは大の親友。友がしでかしたイタズラの一つや二つ。笑って許してくれるに違いない。
こうして、俺は意気込んで、秋ネタばらしを告げた。
「いやぁ、実はさぁ――――――――」
「―――――ゆ、ゆるしてぇぇぇぇ!!!!!」
まず現状だけを的確に説明しよう。
全 然 許 し て く れ な かっ た。
ってなわけで、俺達は今、ブチギレた秋に追われてます。
「なんで本当のこと話ちゃったのよ!!」
俺と一緒に逃げながら、俺に悪態をつき続けるかなえ。
「だ、だってしょうがなかったんだもの! 許してちょーだい☆」
「許せるかいッ!!」
せっかく俺の渾身の可愛い顔を披露したというのに、なんかチョップされた。
極限にプンスカである。
「大体あんたはいつもいつもそうだよね! あのピザの時だってさぁ……!!」
「バカ野郎! 口動かしてる暇があるなら足動かせ! 今の秋に捕まったら取って食われて財布の中身までしゃぶりつくされちゃうぞ!」
「しゃぶりつくされるのが骨じゃないところがまたリアルで怖いわね……」
大体、ピザは今関係ない。
ちなみに、結構前だったか、授業中にピザを注文したことがあった。
動機は、『ピザ屋はお届け先が学校でもデリバリーしてくれるのか。』が、気になったからだ。
結果だけを告げると、ピザと共に担任の鉄拳もデリバリーされたわけで。
一応、秋が金払ってクラスのみんなで仲良く分けたんだが。
あの時のピザの美味さと言ったらなかったね。
「止まれコラぁぁぁ!!!」
基本くだらないことは笑って許してくれる秋だが、今回ばかりはやはりそういう訳にはいかないらしく。
普段キレない奴こそ、怒らせた時が本当に恐ろしいものなのだ。そのようなことを、今痛感している。
「待てと言われて待つ松木さんはいねぇよ!!」
「マツマツうるさいわね! てか松木さんて誰っ!?」
「お前がツッコんじゃダメだろ! せっかく秋にツッコませて体力を削ろうぜ作戦だったのに!!」
「そ、そうならそうと先に言ってよね! 私が余計なことで体力使っちゃったじゃない!」
「知るか! 逃げるぞ!!」
廊下をただひたすら走る。
教室の机の上に弁当を広げっぱなしなこともすっかり忘れ、俺達は走った。
「おい、そこ右に行くぞ!」
「わかった!」
丁度いい所に右折できる道があったので、右折した。
しかしそこには生徒用のトイレがあっただけで、行き止まりであった。
「ふっふっふ……追いつめたぜ……!」
しばらくすると秋も到着し、すぐ後ろまで迫られていた。
「ヤバいな……どうする!?」
「と、トイレに逃げ込むのは!?」
「いやそれはマズい!」
「どうして!?」
「結構人がいて緊張する!」
「知らんがなっ!!」
そんなもめ事をしている間に、秋に男子トイレをふさがれてしまった。
もう、逃げ場はない。
「ど、どうすんだ……!? トイレという逃げ道も断たれたぞ!!」
「ど、どうしよう………あ、私女子じゃん。女子トイレに逃げる!」
「あ!? 卑怯だぞ!!!」
かなえは凄まじいスピードで女子トイレへと逃げ込んだ。
くそ、あいつ……自分だけ逃げようって魂胆か! どうする……どうする……!?
俺も勢いで女子トイレに飛び込んでしまおうか……?
だがしかし、そんなことをしたら最後。きっと色々な噂が校内中……いや、町内中にまで広まり……秋じゃなく世間から逃げるはめになる!!
「ふふふ、海……とうとう追いつめたぜ……!」
「ちょ、ちょっと待て! 穏便に! ここは穏便に話し合おうじゃないか! 人間だれしも話し合えば理解しあえる!!」
「答えはNOだ!」
「いやぁぁっぁぁぁ!!!」
俺の必死の説得もむなしく、秋が奇跡の瞬発力で俺に突進してきた。
このままではまずい。絶対に直撃する。
秋が突っ込んで来るまでのこり2m弱。この状況……どうしたものか!
その時である。
『あの……竹田 秋……くん、だよね・・・?』
「あ、はい」
女子トイレから一人の女子が出てきたと思いきや、秋に話しかける。
そのおかげで、秋の全神経がそちらに向けられる。つまり逃げるチャンス! ヒャッハー!
陸上部のエースすらも驚くんじゃないかと思わせるような軽くて素早い身のこなしで、俺は秋の隣を通り抜け…………ようとしたけど、瞬間、秋に首元を掴まれて逃げられません!! お助けー!! ってかあいつ後ろに目でもあるのか!? キモい……!!
しばらく抵抗を試みてジタバタしたけど逃げられそうもないので、俺は大人しくその場で秋と女子生徒のやり取りを聞くことに。
かなえも様子が気になったらしく、女子トイレからひょっこり顔を出している。
「……えっと、何かよう……?」
『……あの、その……えと……』
顔を赤くさせ言葉に詰まる女子生徒。
その手にはあの手紙が握られていた。
ははーん。なるほどなるほど。
偽りのラブレターを信じちゃった自意識過剰な子が本当にいるとは。世界は広いぜ。
しばらくの間無言が続いたが、とうとう女子生徒が喋り始めた。
『あの・・・その・・・この手紙のことなんだけど……』
やはり『竹田さんのラブレター大作戦!!』関連のことらしい。
なんというかあれだ……被害者さんチーッス!
「……ちょ、ちょっと待ってて」
秋が突然話を止めた。そして。
(おいどうすんだよ……! この子完全に誤解してるじゃねーかよ……!)
いやそんな……今小声で俺に文句言われても困るってもんで……。
「ぼ、僕は何も知りません……てかあなた誰ですか……?」
「なに堂々と他人のふりを決め込んでんだよ!!」
ちっ、ばれたか。
『あの……? えと、あの……?』
「あ、あぁ、ごめん。話って何かな……?」
女子生徒の一言により、再びこの何とも言えない状況での会話スタート。
『わ、私は正直、その……まだお互い面識があまりないわけだし……その……』
どうやらお断りしたい様子。
でも相手を傷つけまいとして、一生懸命相手を気遣い頑張っているようだ。
「そ、そうだよね、同じクラスとはいえ、俺たちあまり会話とかしたことないし……!」
『あれ……同じクラス……だったっけ?』
その一言に、秋が若干涙目で反論し始める。
「同じクラスだよ!? 何度か会話もしたよね!? いや、たしかに『先生が呼んでるよ?』程度の会話だったけどもさ!」
『…………人違い……じゃないよね……?』
「人違いじゃないよ!? え、だって柊さんだよね!?」
『……そうだけど』
「なら間違いないよ! ほら、掃除の時も結構一緒になったりしてたでしょ!?」
『………………』
秋にすごく説明され、考えるそぶりを見せる柊さん。
そしてどこか難しい顔をしながら、こう呟いた。
『……ごめんなさい』
「なんで謝る!? ちょっと待って、もうちょっと頑張ろう!? もうちょっと思い出す努力をしよう!?」
秋、お前必死すぎるだろ。
そして悲惨すぎるだろ。
柊さんも嘘でもいいから思い出したって言ったげて!
あまりに可哀想で見ていられないよ! 柊さんを騙すようなことした俺が言うのもなんだけれども!
『……あ! 思い出した!!』
よしっ! ナイスだ柊さん!
これで秋も報われるってもんだぜ!
秋を見てみると、言葉にならない感動を迎えているようだった。
「……お、……思い出してくれたのか!! ありがとう! ありがとうございます!!」
目に涙をためていた秋は、とても喜んでいる。本当に嬉しそうだ。
秋、よかったな。柊さん、サンキュー!!
そんなとき、柊さんが一言。
『……ごめん……実はちょっと嘘ついたかも……』
「!?」
柊さーーーん!?
え、嘘ってどういう事ッスか!?
覚えてないのに思い出したって言ったんスか!?
いや別にそれは悪いことじゃないですし、むしろイイことだと思いますよ。
でもなんで正直にカミングアウトしちゃったんスか!?
もうちょっと粘りましょうよ柊さん!! 言ったなら言ったなりに最後まで嘘を突き通すってのが筋でしょうよ柊さん!!
ほら、秋の顔を見てやってくださいよ!! もういたるところの穴という穴から魂ぬけちゃってますから!! 秋! 帰ってこーい!!
『お願いです柊さん! 嘘でもいいから思い出したって言ってあげてください!!』
と、俺は伝えようとしたが、あいにく俺は女子と会話するのは苦手なんでね。緊張して声が出ないのだよ。
はぁ……情けねぇ。
「…………はっ!? そうそう、話ってなんだっけ?」
突然、秋が喋り出す。どうやら自力で回復したようだ。
お前すげぇな、いつの間に身につけたんだよその治癒術。
『あ……そ、そうでした……その……こ、このラ、ラブ……ラ、らふぅれりゃーのことょれ……』
あ、噛みまくってる。
『ご、ごめんなさい……ら、らりゅれやぁりょふこけ』
あ、また噛みまくってる。
『ごご、ごめんなさい! りゃりゅ★×Ω▲*●#δΣrれふ……!』
もはや日本語じゃない。
『ラブレター』ってそんなに言いづらいか……?
かぁっ...........っと顔をより赤く染め、あたふたしながら涙目な柊さん。
う……ちょっと可愛いな。でも後ろに女子トイレの入り口じゃあ決まらないではないか。
ここは夕日でオレンジに染まる教室を舞台に、誰もいない静かな場所でのシチュエーションが一番合うのに。
誰か場所をチェンジしてくれ! ついでに1カメと2カメと3カメもスタンバイ! そして少し悲しげな雰囲気を出すために影をもうちょっと作ってくれ!
全てが整い次第撮影開始だ!! よーい、アクション!!
って、いかん! 映画監督をしている親父に、昔耳にタコができるほど教え込まれた撮影者魂が変なところで出てきてしまった!!
危険だ危険! 今すぐ撮影中止だ!! あぶねぇ、親父の目論見の通りに、危うくダメ親父と同じ道を歩むところだったぜ。
俺は映画監督(親父)なんて大っきらいだ! でも映画は大好き。俺は制作するよりも鑑賞する派なのさ。
「えっと、あの、落ち着いて?」
宥める秋。
『あ、うん……ごめんなさい……すぅー……はぁー……』
そして深呼吸をする柊さん。
そんで深呼吸が終わると会話再開である。
『こ、このたびは! ら、ら、ら……お、お手紙を頂きましてからに! ま、誠にですね! 嬉しく思っております!!』
なぜか丁寧口調で話し始めた柊さん。
そしてラブレターじゃなくてお手紙って言っちゃったし、しかもそれ貰って嬉しかったのかよ。
「そ、そう硬くならずに、ほら、リラックス」
『り、リラックス……はぁ……すぅー……はぁー……』
再び深呼吸し、どうやら落ち着きを取り戻したようだ。よかったよかった。
『……えと、この手紙の件なんだけど……その……あの……ですね……』
秋は無言で次の言葉を待つ。
見ているこっちまで緊張してきた。
かなえも女子トイレからからチラチラ見てくる。気になるのだろう。
そして、とうとう。
『ご、ごめんなさい!!』
見事に、秋はフラれたのだ。いや、別に告ったわけではないが。
その言葉を聞いた秋は、どこか安心した様子で、柊さんに説明を始める。
「あ、あぁ、いいんだよ。実はさ……」
『で、でも!!』
それはイタズラだから。
おそらく秋はそう言おうとしたのだろう。
だが、柊さんの言葉によって、その言葉はかぶせられる。
『でも嫌いってわけじゃなくて! むしろその、ほ、本音を言えばすごくドキドキしたし……う、嬉しかったし……』
……うわぁ……ちょっと何コレ、やばい。なんか秋をぶん殴りたくなってきた。
「な、なぁ、柊さ…」
『そ、それに! わ、私なんかでもその……『好き』って言ってくれる人がいて……その……ほら……』
あ、そういえば、俺も手紙の内容は確認してなかったな。
あとでかなえに聞いてみよう。ってか、そんな率直なこと書いてあったのか。恥ずいな。
「お、おい、話を…」
『私こういうこと初めてで! その、どうしたらいいか分からなくて……だから、友達ならいいってゆーか……』
秋の話を全く聞こうとはせず、ベラベラと自分の気持ちばかりを喋り続ける柊さん。
柊さんって、いつもクラスにいる時は無口でクールな子かと思ってたけど……意外と可愛い人なんだな。
誤解されやすいタイプって奴か? ……!? わ、わかるぞ柊さん! 俺にも、その辛さがよく分かる!!
辛いよな! みんなに誤解ばっかで嫌われて……人と話すのが怖くなって……。
次第に人との関わりも少なくなっていって……いつしか話のかけ方分からなくなり、言葉に詰まる毎日。
分かる、分かるぞ柊さん!!! 俺は分かるぞ!!
「あ、いやその…」
『なんかもう、本当にごめんなさい!!』
そう告げると、柊さんは去って行った。めっちゃ足速いな。
『うおっ、今の陸上部のエースの柊さん!?』
と、その辺の男子生徒が声を荒げた。
ちょ、本物の陸上部のエースが目の前にいたのか。
……元気でな柊さん! 辛いときは、この俺を頼ってくれな!!
と、心の中で思い続ける俺。
「……ひ、柊さん……俺の話を聞いて……」
なんか壮大に落ち込んでいる様子の秋。
そして、一部始終をちゃっかり鑑賞したかなえが来た。
「へぇー、柊さんって結構カワイイ人だったんだね」
と、かなえが言った。
確かに。ちょっとあの性格は妹にしたら萌える……。
妹属性の素質あるよ柊さん!!
あ、でも俊足の妹はちょっとあれかな……。
「海、そーゆうことは心の中だけに留めておいたほうがいいよ……」
「え? 俺なんか言ってた?」
「やっぱり無意識だったんだ」
かなえが謎なことを言い終えたとき、秋がキレだす。
「おいお前ら!! どうすんだよ、あの子可哀想じゃないか!!」
「うっ……それは……すまん」
「ごめんなさい……」
正直、俺もやりすぎたなと思い、心から謝る。
俺達にはただ、軽い気持ちで起こしたイタズラの一つでしかなかった。
だが、俺達が考えていた以上に、柊さんは、真剣に悩み、考え。真面目に向き合っていたのだ。
信じ込みやすい、自意識過剰な人。
裏を返せば、俺達は純粋な心の優しい人を騙したと言える。
……本当に、申し訳ない。
かなえもそう感じたらしく、素直に謝っている。
「いいか、二人とも」
頭を下げている俺とかなえに、秋が言う。
「今回俺が許せなかったのは、関係のない人まで巻き込んだことだ」
「…………」
「…………」
秋の言う言葉の意味が、とてもよく分かる。
だからこそ、俺達は何も言えないのだ。
「別に俺だけが何かをされるなら、別に怒ったりなんかしない。でも、ほかの奴らは関係ないだろ。イタズラするならするで、そこんとこキッチリしないとダメだろうが」
「……すまん」
「……ごめん」
「………分かったなら顔を上げろ」
その言葉を聞き、俺達は顔を上げた。
「……柊さんに謝ってこようぜ」
「……そうだね」
俺とかなえは、柊さんの元へと歩き出す。
そんな時だった。
「おい、ちょっと待ってくれ」
と、後ろから声が聞こえる。秋だ。
「あ? なんだよ、今丁度いい感じに反省してたのに」
「二人ともちょっとこっちに来てくれないか?」
「いったい何なの?」
秋に言われるがまま、秋のそばに近寄る俺達。
んで。
「いてっ!?」
「いたっ!?」
なんかデコピンされた。
「いてぇな、なにすんだよ!!」
「女の子に手を上げるなんてサイテーだよ!」
「うむ、今回はこれでチャラにしてやるぜ」
どうやらイタズラの仕返しのようだ。
ざけんなお前。
「なにがこれでチャラしてやるだ!! お前何様だ!!」
「はぁ!? 本当ならもっと感謝してもらいたいぐらいだぜ! 心の広い俺様に感謝するんだな!!」
「なにが俺様だよ! 感謝してほしいのは俺達のほうだぜ! 俺達のおかげでお前今日めちゃめちゃ目立てたんだからな!!」
「そうよ! 本当なら手紙の内容をもっと過激なのにするところを、わざわざシンプルにしてあげたんだから感謝しなさい!!」
「そうだそうだ! 俺だって手紙の中にお前のメアドを添えてやろうかと思ったけど止めてやったんだからな!!」
「お前ら悪魔か!?」
――――――――――かくして、俺とかなえの『竹田さんラブレター大作戦!!』は幕を閉じたのだった。
もちろん、柊さんにはちゃんと真実を告げた。
ちょっと怒らせてしまったのが気がかりだが、これはもうしょうがないことだと思う。
そして放課後はばらまいた手紙の掃除し、帰宅した。
やっぱり、誰かとバカやるのはとても楽しい。
そのようなことを、今日一日ずっと噛み締めていたのだった――
第四十四話 完
~おまけ~
海「実はラブレターを一通だけこっそり持って帰ってきてたりして。どれどれ……」
『突然こんな手紙を出すことを許してください。
実は、初めて見たときからあなたのことが好きでした。
毎日毎晩あなたのことだけしか考えられず、食事ものどに通りません。
俺のこの高ぶった心を鎮静できるのは、あなたの笑顔しかありません。
もしご迷惑じゃなければ、俺と付き合ってください!
返事、待ってます。 3年2組 竹田 秋』
海「………こ、これでも結構過激じゃねぇか……」