第四十話~中学の入学式の日に~
過去編はまだまだ続く……
俺がオメガと出会ったのは、小学4年の頃のことだった。
俺は、オメガのおかげで変われた。そう、思っていた。
だが、俺だけが変わってもどうしようもない。
クラスの奴らは、やはり今まで通り。俺の事など、眼中にないようだ。
必死に会話を試みたりもした。遊びに誘ったりもした。
だが小学校に入って四年間、誰とも接してこなかった俺には、もはや皆の場所に割り込む隙間などなかった。
オメガが転校してしまってからというモノ、やはりあの頃の俺には、どこか元気がなかった。
それからズルズルと……。気がつけば、もう小学校の卒業式が終わり、もう春休み。
そんな、春休みの事だった―――
『なぁ、幹枝。海の奴は寝たのか?』
山空 幹枝。俺の母さんの名前だ。
ちなみに父さんは波久。山空 波久だ。
『えぇ、もうグッスリと』
俺の親父とお袋が、何かの話をしている。
ここまでだけ聞けば、『子供の頃の俺暗殺計画』のように聞こえなくもない。
だがもちろん、そんなわけもなく。
『………実はな……話があるんだ』
『……どうしたの……?』
親父のただならぬ雰囲気に、さすがのお袋も何かを察知した様だ。
『もうすぐ……海の入学式だろ……?』
『……えぇ。来週の月曜日ですけど……』
『俺……その……仕事で外国に行く事になっちまってよ……』
『うそっ!? それっていつからの事なんでございますでしょうか!?』
『それが、明後日から……無期限で……てかなぜに敬語もどき』
『え……? それじゃ……』
『あぁ、場合によっちゃ、何年も帰ってこれない。もちろん、海の入学式の日も……』
『………あの子には話したの?』
『それがまだ……』
『………』
『………』
時計の針は、もう0時を過ぎていた。
そして、こんな会話をしていたことなど……二階でグッスリと……夢の中にいたその頃の俺は知るはずも無かった―――――。
第四十話
~中学の入学式の日に~
「海くん! 起きなさい!!」
「うおっ!?」
朝――。
お袋のでかい声により叩き起こされた俺は、大変不機嫌だった。
「まったく、春休みだからっていつまでもゴロゴロしてっ! もうお昼過ぎよっ!!」
「…………Zzzzz」
「寝るんじゃないのっ!!」
「……はっ!?」
春。
まだ肌寒い事もあり、温かい布団の中から出られないってのはよくあることだと思う。
だが調子に乗って昼過ぎまで寝ていると、どんな母親からだって雷が落ちるのだ。
「まったく、入学式はもう明日なのよ!?」
「分かってるようるせーな。もう残り一日ぐらい、春休みを満喫……うっ!?」
「か、海くんが……とうとう海くんが不良になったぁぁぁ……!!」
俺は明日、中学へと入学するのだ。
もう中学だからな。俺のはもう心身共に、あの頃(第三十七話~第三十九話)とは大きく成長したんだ。
だがしかし。お袋のこの打たれ弱さ(?)的なものは全く成長していない。
あの頃と変わらず、ひざから崩れ落ちるお袋。
「あぁもう! またそれかよっ!! もう勘弁してくれよ!! そう簡単に不良になんかなってたまるかっ!!」
「か、海くんがぁぁぁぁ……海くんがあぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、あぁ、もう! ごめん! 起きるから!! 俺が悪かったから!! もう泣くのやめよ? ね? ね?」
「本当に……起きてくれるの………?」
「お、おう! もうバッチリ目が覚めちゃてしょうがないよ! 友情ドラマかなんかで親友に『もう目を覚ませよッ!!』って頬を引っ叩かれた時ぐらい目覚めちゃってしょうがないよ!!」
「あらそうなの。ならよかったわ。お昼ごはん食べちゃいなさいね」
(………あれ? なんだこれ。ケロッとしてるぞ?)
お袋の目には涙は無く、俺が謝った瞬間いつもの表情に戻り、一階へと降りていった。
これはつまり………
「騙されたぁァァァァァ!!!!」
えー、訂正する。
お袋は成長してました。そりゃもう恐ろしいくらいに。
演技ができるまで成長してました。
俺は何とも言えぬ気分になりながらも、一階へと降り、昼御飯を頂いたのだった―――
―――んで、次の日(入学式当日)。
ピシッ! シャキッ! パショッ!! カッキーン!!
と、新しい制服に身を包んだ俺は、鏡の前で自分自身の姿を確認していた。
「うーん。これはあれだな。俗に言う『すぐに成長するんだから大きめが丁度いいのよ』的なやつだな」
俺のイメージでは、ピシッと着こなして女子たちにキャーキャー言われるような感じかと思ったのだが。
なんかダッボ~ンとしている。
ダボーンではなく、ダッボ~ンだ。ダッボォ~ォ~ォ~~ンでもいいくらいだ。
「しかしあれだな。この学校の女子の制服って確か………うっ」
俺はセーラー服姿の女子(妄想)を想像し、すこし興奮してしまった。これはまずい。
顔を赤くしたままだとなんかまずい。
……だがしかし。
あのギリギリのライン……。普通中学ならスカートは長めの方がいいと思うのだが……
あの中学。男を分かってやがるぜ。
あのひざよりも本当にちょい上ってのがまた堪らねぇよなぁ。
あの際どいライン。見えるか見えないかギリギリの……で、結局見えそうで見えない。
あれがまたもー!! くーったまらんっ!!
「海くん、準備できたの?」
「うわぁぁあぁっ!? 急にドア開けるなよ!? プライバシーの侵害だぞ!?」
「あ、えぇ、なんかよく分からないけど………早めに準備終わらせちゃってね」
そう言って出て行ったお袋。
またいつもの如く膝から崩れ落ちるパターンかと思ったのだが……
まぁ、それだけ気分が良いという事なのだろうか。
「さて、まだ時間には余裕あるけど……なんか遅刻して行った方がモテそうな気がするし……」
自分で言うのもあれなんだが、漫画の読み過ぎだぞ。あの時の俺。
「中学と言ったらちょうど異性に興味を持ち始めるお年頃。俺はイケメンじゃないが、ブサイクでもないハズ。普通を好む女子がいればあるいは………」
妄想が口から駄々漏れな俺。だが調子に乗っている俺が気付く訳もなく。
これはあれだな。オメガのせいだ。
オメガの変態っぷりが災いし、もはやどの程度が変態の領域なのかよく分からなくなっているに違いない。
そうじゃなきゃ、俺の心が持たない。
「小学校の頃は無口のせいで避けられた。つまり無口キャラは厳禁。となると……」
この頃の俺に一言だけ告げられるとしたら、『早まるな』と告げたいところだ。
「最初の自己紹介が大事だな……。他校からもたくさん人(女子)が来るし、小学校時代の俺の印象は無い。ゼロから自分を信じて突き進んでやる」
この頃の俺の方が、小学生時代の俺よりも何倍も痛い存在と思うのは俺だけか?
「となると……男っぽさを強調しつつも、頼りになる、優しい、面白い。なども含め、印象に残る自己紹介をした方がいいな。中学だし」
この思考こそが間違いだという事に、この頃の俺は気付かない。
「角度も大事だな……ちょっとここで練習して行こう……ブツブツ」
なんかブツブツ呟きながら、鏡相手に自己紹介の練習を始める俺。
誰かコイツをぶん殴ってやって下さい。てかもう東京湾辺りに沈めてやってください。
「こんな感じか? こうか? いや、こうか?」
今度はポージングの研究にまで精を出し始めた。
もういやだ。誰かこの子を元に戻してくださいっ!!
「……よしっ!! いざっ、出陣!!」
すっかり見ていられない有様へと化した俺は、中学のかばんを持ち、新しい俺へ、第一歩を踏み出したのだった。
「ぎゃぁぁぁぁあああぁあ!?!!?」
だがその途中、階段を踏み外して落下した。最悪の第一歩である。
「か、海くん、今凄い音がしたけ……ど……」
「や、やぁ母さん」
音につられて様子を見に来たお袋に、俺は転がり落ちたままの状態で挨拶をした。
「もう、入学式早々何やってるのよ。怪我でもしたらシャレにならないわよ……?」
「ははは、ごめん」
俺はそう言いながら立ち上がる。
腰を打ったらしく、少し痛むがそれ以外は何ともない。奇跡といえよう。
……つーか、バカなこと考えているから罰が当たるんだ。いい気味だぜ、あん時の俺。
「……あれ、父さんはもしかして仕事?」
リビングを覗くと親父の姿はなかった。
「…………」
「母さん?」
「え? あ、そ、そう。お父さん仕事行っちゃったの……ほんと、何考えているのかしらね………」
今思えば、その時のお袋は少し様子がおかしかったのかもしれない。
あの頃の俺だって、少なからず気付いていたはずだ。
だが、その頃の俺は、別の事で頭がいっぱいだった。
(今日の入学式には絶対に来るって約束したのに…………まぁ、仕事じゃしょうがないし。今さら来てくれなくてもいいけど)
俺は、中学生にもなって寂しがっている事を受け入れる事が少し情けなく思い、強がって見せた――――
―――――そして。
「入学式だぜ!!」
俺は親父の事などすっかり忘れ、新たな学校生活を前に浮かれていた。
中学の正門前で両手を広げ、感極まっている俺。
そんな俺の横を通り抜ける他の新入生たちが、俺の事を横目で見ている事に気付くのはこれから五分後の事である。
(やばいやばい。こんな所で変な印象を植え付けてしまっては、俺の友達100人+彼女計画が上手くいかなくなってしまう)
俺はあまり目立たないように、こそこそと歩き出す。
ちなみにお袋は、忘れ物したとかで家に取りに戻った。間に合うのだろうか?
「いやぁ、それにしても桜が綺麗ドスでゲスなぁ」
変な独り言をつぶやく俺。
少し緊張しているのかもしれない。
見渡す限りの新入生。
その中でも女子が特に目立つ。
(ふふふ。ふふふふふ。ふっ……くそっ!! まだ冬仕様だからスカート長ーじゃねーか!!)
俺は近くにあった桜の木にパンチをかます。
すると、なんかが大量に降ってきた。
「うわっ、なんだ?」
俺は頭に付いた謎の物体を手に取り、手を広げてみてみた。
それは毛虫だった。
「ぎゃぁぁぁ!! 毛虫や!! 毛の虫と書いて毛虫やっ!!」
俺は若干パニックになり、水をかけられた犬のように身体をブルブルと動かし、遠心力による何かで毛虫をふっ飛ばしながら走り回る。
そんな時だった。
「いてっ!」
『いたっ!』
俺は走り回るのに夢中になり過ぎて、誰かに激突してしまった。
よく見ると、それは女子の制服だった。
(や、やばい!? 入学初日から見知らぬ女子に激突してしまったっ!! 早く謝らなければっ!! ……いや、まてよ? このシチュエーションだと、恋愛にまで発展するやもしれん……いやっ、俺は何を考えているんだっ!! 早く謝れ俺っ!!)
俺は変な妄想を必死で打ち消しながら、慌てて立ち上がり謝る。
「ごごご、ごめ、ごめんなさいっ!?」
『すみませんでしたっ!?』
なぜか向こう側も謝って来ちゃったもんだから、ガツンッ―――っと、下げた頭がぶつかる。
こんな事が、実際にあっていいのだろうか。マンガでしか見たことないぞ。
「いっっつ……」
勢いよく頭突きしあったので、痛みがなかなか引かない。
さらに、ぶつかった拍子で俺の妄想が止まらなくなる。
(※海の妄想は読みとばしてもらっても物語に支障は出ませんのでご安心下さい。)
(こんな何度もトラブッていると言う事は、もうこれ恋愛フラグじゃね? おっ、この子よく見るとなかなか可愛いじゃん、やばい、俺、超ついてる? 入学式早々、可愛い女子とゴッツンコとか、もうこれ付き合えって事じゃねーの? やばいよ、もう俺死んでもいいかもしれない。滅多にないよこんなこと……いや、でも付き合うとしたらしたで俺何したらいいか分からんし……つーか、気の聞いたセリフなんて俺言えねーし……いや、それどころか、女子とこんな密着した事なんて無いよな。うわっ、そう考えるとなんかドキドキしてきた……やばい、俺今メチャクチャ顔赤い!? くそっ、こんな事なら、小学校の時もうちょっと女子の免疫をつけておくんだったぁぁ!! だめだっ、俺には女子と会話する事なんて無理!! 絶対無理!! 早くこの場を切り抜けて逃げないと!! でもどう声をかければいいんだっ!? 『大丈夫ですか?』か? いやでも、最初にぶつかったの俺だし……やっぱりここは謝っといた方がいいのか? 手は? 手は差し伸べた方がいいのだろうか? あぁぁああぁあ!! なんでこんな事になってしまったんだ!! と、とにかく謝れ俺!! あぁ、やべぇ、なんか緊張してきた!! もし同じクラスとかなったらどうしよう!! 神様お願いします! どうかこの人と違うクラスに!! つーか照れくさくて顔合わせられないよ! あぁもうこうなりゃヤケだっ!! 謝れ俺っ!! 勇気出せ俺っ!!)
短時間で五百文字は超えるんじゃないかと思われるほどの妄想を終えた時、俺は気付いた事がある。
俺は女子たちとも仲良くなりたい。出来れば、彼女だって欲しい。だがしかし……俺は女子の前じゃ緊張しすぎてダメだ。と、いう事である。
とにかく俺は頭を下げ、心から謝罪した。
「こ、この、こ、この度、その、この度は本当に申し訳ない事をしでかしやがりましてからにそのっ……なんと言いますかもう、心からお詫び申し上げちゃいまして、その……あの、もう、えと、その、えと……入学式初日からですね、その、俺なんかがこんな……とにかくごめんなさい!! さよなら!!」
俺は謝ると、相手の反応を確認する前に走り出した。
――――それから数分後。
走り回ってたらたまたま戻ってきたお袋と遭遇した。
「か、海くん……なんかあったの……?」
「……うん……」
「とにかく、入学式に行きましょうか」
「……うん、そだね……」
俺はお袋に手を引かれ、半分魂が抜けかけた状態で入学式に参加したのだった―――
――――――――そしてさらに数十分後。入学式が終わった。
両親たちは皆、入学式が行われた場所(体育館)で先生の話を聞いている。
その間に俺達生徒は、クラスの確認兼教科書などの配布を済ませようという学校側の策略によって、それぞれのクラス運ばれていく。
この中学は各学年ごとに1~4クラスある。
俺は当然2組だ。……いや、自分で決めたわけではないが。
俺の小学校からの入学者は少なく、ほとんどが他校からだ。
そんな見知らぬ輩ばかりの状況に、先ほどのトラブルもあってか、早くも心が折れそうだった。
それぞれのクラスへ運ばれた俺達は、自分の名前の入った名札が置いてある机に座る。
そして、その名札を左胸付近に付けた。ちょっと針が怖かったが何とかつけた。
小学校の教室と似ているのに、どこか違う、そんな感じの教室。
名前順なので、俺は結構後ろの方だ。やはり窓側は落ち着く。
……だが………俺の隣。
俺の隣の席の人が女子なのは勘弁してくれませんか?
先ほどの入学式前のトラブル娘じゃなかったのは嬉しいのだが、やっぱり女子は……女子だけはやめてくれ!!
俺は赤くなった顔を隠すため、入学早々ふて寝を決め込む。
(くそーっ、入学式前の事がなければ、平常心でいられたってのに………あの女。許さん)
俺は気まずさのあまり、入学式前のあの子に八つ当たりをし始めた。最低である。
そんな時だった。
「おい、そこのお前」
突然声を掛けられた。
(やばっ、担任に見つかったか……?)
俺はすぐに顔をあげつつ謝る。
「ごごご、ごめんなさい!!」
「ぐごっ!?」
顔を上げた時、何かが頭にあたった。
いや、俺を呼び掛けた声の主にあたったのだ。
そう、声の主は担任ではなく。
俺の前の席に座っていた………誰だコイツ。
「いってぇな! 何すんだテメェ!!」
鼻を押さえながら急にブチ切れる前の席の男子。
(急に何事っ!?)
そう思いながら、様子を見守る。
「おいテメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
その声量、そのイントネーション。それらを見ると明らかに………。
(コイツ不良だーっ!!)
そう、これはもう不良の何物でもない。
不良以外に言うとすれば、チンピラとしか言えない。
それほどまでに不良。
(だれかっ! 誰か助けて……って、そんな!?)
周りの奴らは、明らかに俺が絡まれているのに気付いているのに、不良に怯えて関わらないようにしている。
(こうなりゃ担任だ……って、たぁんにーんっ!!!!)
最後の頼みの綱である担任は、どうやらどこかへお出かけ中のご様子。
多分配布する教科書を取りに行ったのだと、俺は思う。
「てめぇ、聞いてんのかよ!?」
ビクッっと、体が震えあがってしまう。
なんで俺がこんな目に……と、何回思った事だろう。
俺はただ、女子に対して照れ過ぎてふて寝を決め込んでいただけだなのに。
こんなごくごく平凡で何の特徴もない男子に絡んでくるんじゃないよ不良!!
もっと他に絡むべき奴がいたでしょうよッ!!
そんな想いむなしく、不良に攻め立てられる俺。
「おい、お前……山空くんか。とにかくテメェ、俺に喧嘩売っておいてタダで済むとは思ってねぇだろうなぁ?」
俺の名札を見て、名前を認識した様だ。
てかちょっと待て。違和感を感じたのは俺だけでしょうか……?
今、この不良。『山空くん』って………。いい奴……なのか?
「おい聞いてんのかぁ? お前、俺の事無視すんじゃねぇぞオラァ!!」
「き、聞いてますっ!! 聞いてますからっ!!」
(ひぃー!! やっぱりいい奴なんかじゃないよ!! 怖いよー!!)
俺はもうどうする事も出来なかった。
顔を合わすことさえできない。
そんなヘタレなやつ。それが俺だった。
そんな時。
ガラッっと音がして、担任らしき先生が荷物を抱えて教室に入ってくる。
「……運のいい奴め……あとで覚えてろよ…? ……あ、ちなみに俺は山下という者だ。よろしく」
「え……? あ、よ、よろしく」
急に自己紹介を終えた山下という奴は、正面に向き直り、担任らしき人の話を懸命に聞いている。
………いい奴……なのか?
俺は謎のもやもやした感覚の中、担任の話を聞かされ続ける。
『はい、そういうわけだ。……っと、思ったより時間が開いたな。皆自己紹介でもしておくか?』
そんな担任の問いに、答える者はいない。
皆やはり緊張しているのだろう。
そんなことお構いなしに、担任が続ける。どうやら適当な性格のようだ。
『えーと、じゃあまず、1番の……誰だ?』
『あ、相沢です……』
『相沢! 自己紹介をしてくれ。簡単なんでいいから』
名前順のせいで、運悪く一番最初に名乗る事になってしまった相沢と呼ばれるもの。ちなみに男だ。
相沢と呼ばれる少年は、担任にせかされ、知り合いが少ないこの状況下の中、自己紹介をさせられた。
名前、誕生日の月日、入りたい部活や、頑張りたいこと。いきなりの自己紹介なのに、それらをキッチリ伝えた相沢。
今日初めて見た奴だが、俺は素直に感心した。
それからというモノ、どんどん自己紹介が進んでいく。
クラスには約30人ちょい、人数分の自己紹介はやはり時間がかかるので、話が終了したであろう両親が続々と教室に集まってくる。
そして、授業参観のような雰囲気の中、自己紹介は続いて行く。
相沢を見てみると、ホッと胸を撫でおろした様子だった。
『はい、よく出来ました。じゃあ次! えーっと、山下!』
「うっす」
俺の目の前の席の山下に、順番が回ってきた。
山下は席を離れ、前の方に出て自己紹介を始める。
「えと、俺は山下。中学では色々あると思いますが、何事にも慎んで取り組みたいと思います。以上っす」
ただそれだけ告げると、山下は戻ってきた。
(なんだコイツ……いい奴……なのか?)
俺は再び混乱に包まれる。
……………とにかく。
次は俺の番だ。
なんでこんな親が勢ぞろいしている中で自己紹介しなくちゃいけないんだよ……。
とか考えてもどうしようもないからそれは置いといて。
俺は朝練習した事を思い出していた。
愉快な楽しい奴という印象を植え付けるためにも、俺は何とかしてこの自己紹介で成功しなくてはならない。
ただ、後ろに俺の母さんがいるのが気になるが……このさい仕方がない。
母さんならどんな事でも笑って許してくれるはずだ。俺はそう信じてる。
俺はイメージを頭の中で思い浮かべていると、とうとう担任が俺を指名した。
『じゃあ次の………そこのお主!』
「どこの人ッスかっ!!」
ハハハハハ。と、クラスに笑いが巻き起こる。
なんであんた俺の時だけボケるんだよぉ!! 思わずツッコんでしまったじゃねーかよぉぉ!!
『おぉ、ボケを見事生かしてくれた。キミにはボケ労働省を与えよう』
「意味分かんねーッスよッ!!」
ハハハハハハ。と、再び笑いが巻き起こる。
もういや……この担任をどうにかしてくれ!!
『えー、じゃあとりあえず時間もないんでチャッチャと終わらせてくれ』
「ちょっと投げやりじゃないッスか!?」
ハハハハハハ。と三度笑いが巻き起こる。
く……完全に担任のペースだ。
いや、ツッコむ俺も俺だが……。
(くそっ……なんかやりづれーっ!!)
俺は顔を赤くしながら、ゆっくりと席を離れる。
そして、自己紹介を始める準備は整った。
『えーじゃあ、面白く自己紹介をお願いします』
「えぇ!? なんスかその無茶振り!!」
担任が若干調子に乗り始めた。
(くそっこの担任、絶対俺に目をつけてやがる……)
俺は今日ほど担任に対して恨みの念を送った事は無いだろう。
だがそんな事はどうでもいい。
俺が今やるべきこと、それはこの自己紹介にて絡みやすい人を演じる事だ。
俺はクラスのみんなに向きなおると、こう告げた。
「えー、俺は山空 海。好きな言葉はアコニチン!好きな食べ物毒キノコ! こんな俺でよかったら気軽に話しかけちゃってくれぃ! 」
シーーーーーンである。
いやもうね、俺が子供だったってだけの話です。えぇ。
俺のイメージではここで色々…たとえば『毒キノコって何だよww』みたいな反応が返ってくると思ってたんだけどね。ちなみにアコニチンは毒物である。
俺は完全に毒大好き男。略して毒男になり果てた。
これはもう絡む絡まないの問題じゃない。絡めない。いや、絡みたくない人種だ。
誰が想像していただろうか。
こんな普通の少年の口から、こんなあり得ない自己紹介が飛び出すことなど。
俺だって、こんな自己紹介してくる奴がいたら関わりたくない。だけどね。
その時はなぜか、『これはイケる!』と勘違いしてしまったわけで。
「おいおいどうしたみんなぁ! え? もっと他の事が聞きたいって? しょうがねーな。ならとことん付き合わせてやるぜぇ!」
俺はもう、後には引けなかった。
もうこの状況の中言葉を発すれば、何を言っても自分自身を窮地に追い込むだけだという事を分かっていながら。
いやでもね? 男には後には引けない時ってあるよね?
「好きな四字熟語は一刀両断! 好きな惑星は猿の○星! 好きな飲み物はカツオだしだぁ!」
俺の心はもう、崩壊していた。
孤独死や鬱病、他にもさまざまな心の病気がある中で。
俺はそのどれにも当てはまらないような悲しい病気を、心に抱えそうになっていた。
唖然とするクラスの奴らの顔が、高校生になった今でも忘れられない。
小学校時代とか中学に入ってからとか、そんな事はもう、どうでもよくなりました。
子のどんなものにも例えがたい沈黙を最初に破ったのは、俺があれだけ『余計な事をするな』と思っていた担任であった。
「………や、山空殿……これからの目標や…やりたい事を教えてくれると助かるでござる……」
担任は無理してボケた。
この何ともしがたい空気を打破するため、そして、このみじめな俺を救済するためにも無理してボケた。
だがそんな担任ボケも、この俺が作りだした亜空間に前では歯が立たない。
これは担任がスベッたのではない、俺がスベらせたのだ。
そしてこの出来事がのちに『謎の毒男伝説』としてこの中学に語り継がれることとなる。
「………コノ中学デハ友達ガ沢山欲シイデス……」
俺まるでロボットのようなイントネーションで静かに告げると、ただ無言で、自分の席に着いたのだった―――――
その日の夜、お袋が台所で頭を抱えて涙を流していたという事実を、俺はまだ知らない――――
第四十話 完
~おまけ~
エ「長いんヨ!」
雪「長いです!」
エ「カイの過去なんか正直どーでもいいんヨ!!」
雪「先輩の過去が赤裸々に明かされるのは嬉しいです。ですが、秋先輩のように目立たなくなるのは心外です!!」
エ「ウチなんかただでさえシュウ寄りなんヨに、ここまでされちゃ何も出来ないんヨ!!」
秋「さりげなく俺をけなすのはやめてくれよ」