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俺の日常非日常  作者: 本樹にあ
◆日常編◆
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第四話~一家に一人、鬼女~

(※この第四話は、番外編! 第八幕を書き終えた頃の作者が改めて書き直したものです。ご了承ください)


目の前には鬼が居る。

でもそれは、人の皮を被った鬼だ。


普段は人に見えるので、誰も不審に思ったりしない。


でもそれはあるとき急に牙を剥く。

ほんの些細な事で牙を剥く。


ほら、またどこかで鬼が現れた。

また誰かが犠牲になった。


あなたが信用している人間は、

本当に『ニンゲン』か?


油断してると、鬼になる。

些細な事で鬼になる。


ほら、あなたの隣にも………。




※この小説はギャグ小説です。



第四話

~一家に一人、鬼女~



俺は山空(やまぞら) (かい)。ごく普通の高校二年生である。

現在、俺の親友である、竹田(たけだ) (しゅう)という名の男の家に遊びに行こうという計画なのである。


だがしかし、秋の家の前まで来た時、俺の身にある事件が起きた。


そう、俺は今、ある奴に立ち向かっているのだ。


そ奴は、俺の目の前に突然現れたかと思うと、その場から動こうとはしない。

俺の行く先を邪魔するかのように、例えるならそう、奈良の大仏様の如き堂々ッぷりをかもしだしながら、俺のことを通せんぼしているのだ。


「…………邪魔だ……とっとと失せやがれ!!」


いくら叫んでみても、そ奴は動こうとしない。

俺に何のうらみがあるのか、はたまた奴の気まぐれなのかはわからんが、これだけは言える。


あ奴、この俺を秋の家まで行かせないつもりか。


秋の家はもう目の前だというのに。

あとは奴さえ超えられれば、もうたどり着ける距離だというのに。


両者の睨み合いは続く。


……こんな所でずっとこうしていても仕方がない。

まず、どいてもらう方法を考えるんだ。


もしも俺なら、どんな時に場所を動いてあげたくなる?

まず一つ目に思い浮かぶのが、丁重にお頼みあらせられた場合だ。


ってなわけで実践しよう。



――take1・丁重に――



「えっとその、あのですね。大変申し上げにくいのですが……もしご迷惑でなければ、その場所を……ほんの10cmでもいいんです!! どいてくださったりはしてくれませんでしょうか……?」


俺の必死のお願いにも全く動じず、それどころか、『死んでんじゃねぇの? コイツ』と思わせるような静けさに、戸惑いを隠せない俺。

結果、交渉失敗と言えよう。


……ならば次の手だ。

人間誰しも、物には弱いはずである。

つまり、物で釣ろうという話だ。



――take2・物で――



俺は自分のカバンの中から魚肉ソーセージを一本取り出し、差し出してみた。


「ほらほら、鬼さんこちら! 魚肉ソーセージのほうへ!」


相変わらずの無関心っぷりである。

だが、まだ諦めるわけにはかない。


「こっちの魚肉はうーまいぞ! あっちの魚肉もうまいけども!」


相手は全く動じず、自分でも何を言っているのか分からなくなってきたので、この作戦は中止にしよう。

つまり、交渉失敗と言える。


仕方がないので、俺は魚肉ソーセージをかじりながら再び考えた。


魚肉にもつられぬ不屈の精神。まさに新の男と言えよう。

だがそんな奴にもきっと弱点はあるはずだ。

ってなわけで、弱点をつけ作戦。



――take3・弱点――



「…………………あ」


俺は重大な事実に気付いた。


コイツの弱点なんか知らん!!

ってなわけで失敗。


……うーむ、どうしたものか。

様々な手を使ってもこ奴は退こうとしない。


別に俺が引き返すのもありだが、それは俺のプライドが許してはくれないだろう。


そもそもなぜ、奴は俺の邪魔をするんだ?

俺を秋の家には行かせたくない理由でもあるのか……?


だとすると、奴は秋の知り合いだと言える。

だがしかし、秋にこんな変な奴と仲がいいなんて聞いたことはない。


ってことは、何か個人的な理由でもあるのか。

こ奴をどかすには、その理由をハッキリさせないと無理っぽいな。


…………。


あぁ、もうウザッてぇ!!

なんで俺がこんな目に合わなくちゃならねぇんだ!!! 俺がいったい何をしたってんだよ!!


無理やり奴をどかしてやろうか!? でもなぁ、奴の体に直接触るのはちょっと……。

こ奴毛深すぎるだろ。キモいぜ。


しかも斑点はんてんて。黒の斑点て。さすがの俺もその柄はちょっと遠慮したいところだぜ。


……棒で突いてみるか?

いや、でもそんなことで退いてくれる相手なら苦労はしないが……。

いや、でもあれだ! 棒で突けば、奴は怒り狂うかも知れん!! そうなればこの場を離れてどっか行ってしまうのではないか!?


……試してみる価値はありそうだぜ。



――take4・突け――



俺は辺りを見回す。

すると、丁度いい感じの木の棒が落ちているのに気がつき、すぐさまそれを拾い上げる。


奴は全く動こうとはしない。

こちらの出方を(うかが)っているのだろうか。それとも、『なにをされようとも、俺様は絶対にこの場を離れないぜべいべ。』という意思表示なのか。


どちらにせよ、向こうから動く気はないようだ。

ってことは、俺だけやりたい放題できるってわけだ。


俺は奴に向き直ると、まるでフェンシングの選手の魂が宿ったかのような鋭い突きを放つ!! ・・・なんてことはせず、静かにチョンチョンと。かなりの弱腰で、ただほんの少し触れる程度の突きを繰り出してみた。


いや、だって相手の能力は未知数ですし、キレられて反撃にでもあったらシャレにならないっしょ?

知ってるか? 木の棒だからって、思い切り突かれると怪我するんだぜ? だから優しくいきましょうや。


「ほれ……ほれほれ……直ちにそこを立ち退きなさーい……」


すごい小声で交渉を試みてみた。

すると、今まで微塵も動こうとしなかった奴の体が、モゾモゾと少しだけ動いた。


と言っても、ちょっと動いただけなので結局先へは進めない。

つまり、失敗と言う事になりけり。


ちなみに、突いた感じとても筋肉が発達してそうな感じだった。

黄土色の身体。斑点模様の柄。毛むくじゃら。


こんな謎な奴に、俺の行く先をいつまでも邪魔され続けるわけにはいかない。


こうなりゃ手加減なしだぜ。

今までは気を使って、奴が怪我しない、そして苦しくない方法をとってきた。


だがここまで強情な奴にはそんな気遣いなどもういらない。必要ない。

俺はもう加減なしで行くぜ!!


「死んで後悔するんだなぁぁぁ!!!」


自分のカバンの中からエチケット兼ビニール袋を取り出し、手にはめる。

いや、ただキモいから直に触りたくないだけだ。


「ようし、これで右手の完全防御を可能としたぜ……さんざん俺のことをなめ腐りやがって。毛虫の分際で粋がるんじゃねぇぞォぉ!!!」


俺はインターホンのボタン部分にくっついている、黄土色して斑点模様の毛虫を摘み上げ、素早く袋へと収納した。

そして――――


「お前なんか、四国あたりに飛んで行ってしまえぇぇぇぇ!!」


袋ごと天高くブン投げた。


カンカンカンカン!!


脳内で試合終了のゴングが鳴り響くと同時に、俺は高らかに拳を上に掲げた。

『勝者、山空 海!!!』という幻聴が聞こえてくるようだった。


そんな時。

ペタッ……っと、頭に何かが降ってくるような感触が……。


「……おい、ま、まさか……」


俺は恐る恐る頭の上に手を伸ばし、降ってきたソレをつかみ……目の前で手のひらを開いてみたところ。


「ぎ、ギャフゥゥン!!」


そう……手のひらの中には、黄土色した、アレ。


「と、鳥のフンがぁぁぁ!!!」


鳥のフンだった。


「って、さっきの毛虫じゃねぇのかよッ!!」


変なノリツッコミをしてしまったが、鳥のフンなど毛虫とイコールで表せるほどに嫌な存在であることには間違いない。

臭い、汚い、ヤバいの三拍子が綺麗にそろい、俺は若干パニックに陥り、インターホンを高橋名人の如き速さで連射する。


ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピンポーピピピピピピピンポーン!!(※インターホンの音である)


非常に迷惑極まりないが、もうどうなろうが知ったこっちゃなかった。


「うるせーな! 一回鳴らしゃわかるっての!!」


玄関のドアが勢いよく開いたかと思うと、親友である秋は悪艇(あくたい)をつきながら出てきた。


「って、近所の子のいたずらかと思いきやお前かよっ!? いい年して何やってんだお前!!」


「い、いい所に来たお前!!」


秋の悪態の言葉も、今の俺には届きはしない。

今の俺の頭の中は、洗面所を貸してもらいたいという事でいっぱいだったのだ。


「いったいどうしたんだよ?」


「と、鳥の頭がフンになって!! とにかく頼むよ洗面所! 急に秋を貸してくれ!!」


「おいおいちょっと落ち着け。俺は洗面所じゃねーよ。日本語がごっちゃになってるぞ」


「だから洗面所が鳥にやられてフンまみれな秋なんだよ!!」


「俺んちの洗面所にいったい何があったんだよ。そして俺はフンまみれじゃねーよ失礼だな」


「落ち着けぇぇぇぇ!!!」


「いやお前が落ちつけよ!!」


クソ、パニクりすぎて自分で自分が分からん!!

と、とにかく現状を分かってもらわなくては!!


俺は勢いよく、鳥のフンがついた手のひらを秋に突き出した。


「うわっぷ!?」


勢いよく突き出しすぎて秋の顔面に直撃。うわぁ……。

って、と、とにかくごまかさねば!!


「うげっ、な、何これッ! ど、ドロ!? 何かが鼻に……く、くせぇ!!」


「お、落ち着け秋! それは罠だっ!!」


「意味分かんねーよ!? って、うげっ、は、吐き気が……!!」


「じ、実はそれ俺のフェロモン!!」


「フェロモン!? 何事っ!?」


や、ヤバい、このままじゃマズイ!!

秋が『自分の顔についてるのは鳥のフンである。』と、気づいてしまえば、約一年間もの間、魚の小骨がのどに刺さったぐらいブルーになってしまうだろう!!

これは友達として、いや、親友として防がなければならないことだ。……ってか、バレたら何されるかわかったもんじゃねぇ!!(本音)


「もう、二人とも朝っぱらから何騒いでるのよ?」


と、黒い玄関のドアの隙間からひょっこりと顔を出し、口を挟んできたのはほかでもない、秋の妹の琴音(ことね)である。

よし、ナイスなところに来てくれた琴音!!

上手くカバーしてくれ!! 頼む!!


「あれ、秋兄ぃってば、顔に何つけてんの……?」


「こ、琴音! 俺の顔に何がついてるんだ!? 自分じゃ全く分からん!!」


「何だろう……ちょっと見せて」


そう呟くと、秋の前まで移動を始める琴音。

よし、そのまま、ソレのアレに気付いてうまくごまかしてくれ!!


「うーん、何だろうコレ……うわっ臭っ!!」


うわぁ!! 琴音ってば自分の指につけちゃった!!

ばれたら二人に袋叩きにあってしまう!! そ、阻止せねば!!


「ふ、二人とも聞いてくれ!! そ、それはあれだ! ほ、ほら、お、お、俺のコレさ!」

『はぁ?』


と、ハモる兄妹。


バカか俺はッ!!

小指を立てて『俺のコレさ!』って、バカか俺は!!

俺のコレはフンか!! 俺の運命の人は鳥の排出物か!!


やべぇぜ、自分でも気付かなかったが、俺は相当パニックみたいだな。自分の口からでてくる言葉が自分自身も信じられねぇんだから。

でもごまかさねぇと俺の明日はない!!


「い、いや、じ、実はそれ鳥のフンなんだ!!」


って正直者か俺はッ!! 木こりの泉に登場する木こりか俺はッ!!

正直者のあなたには金の拳と銀の拳をプレゼントしましょう。ってやかましわッ!!

絶対殴られるぅぅ!!!


「……か、海兄ぃ……い、い、今、な、なんて言ったの……?」


琴音の声が震えている。そして、目が死んでいる。

秋はもうすべでが死んでいる。


ご、ごまかせ俺!! ごまかせ俺!!


「あ、あ、そ、それは、あ、その……」


頭では分かっていても、上手く言葉として出ない。

でもごまかさなければならない。俺達はそういう生き物なのだ。


「海兄ぃ!!」


「と、鳥のフンだけに……(ウン)がついてきたってことで! だ……ダメッスか……?」


我ながら上手いことを言った。……はずなのだが。

なぜだろうか、しばらく無言状態が続く。


あ、意味が分からなかったのかな。


「ほ、ほら、フンって、人間で言うところのアレだろ? アレがつく、うんがつく、運がつく。つまり、運がいい! 的な……?」


…………あ、あっるぇ?

な、なんなんだこの沈黙は……。


「あ、あの……お二方……さん……?」


「せ……せ……洗面所!!!」


琴音はそう叫んだかと思うと、洗面所へと駆け出して行った。

兄貴の秋はまだ死んでいる。


と、とりあえず俺も洗面所に!!


俺は琴音の後を追って走り出した。


「おじゃましまーす!!」


「あら、いらっしゃ……」


こんな状況でも、ちゃんと挨拶を済ませる俺。何とも律儀な男性である。これは日本代表に立候補してもいいくらいの律儀さだ。

おばさん…つまり、琴音や秋のお母さんが挨拶してきたが、今の俺に相手をする余裕はない。


琴音を追いかけていくと、洗面所についた。


「お、おい琴音代れ!! 俺も洗わせろ!!」


「う、うるさいな! お風呂場使えばいいでしょ!!」


若干キレ気味に、琴音は洗面所に面しているすりガラスのドア。風呂場らしき場所を指差した。


「了解!!」


俺はすぐさまドアを開け、浴室へと侵入。


一瞬、『普段、琴音もここで……』とか、何とも破廉恥な妄想が浮かんだが、今はそんな場合ではない。

すぐにシャワーを出し、手と髪の毛を洗う。

服なんか知ったことか。濡れたらまた乾かせばええねん。どうってことないねん。


「うおぉぉぉぉおぉぉ!!!」


十分な気合いを叫びながら、フンがついたところを重点的にこすり続ける。

そういえば、友達の家の浴室を借りる。っての、今回が初なんだが。もっとこう、違う形がよかった。


「海兄ぃ、ちゃんと床や壁も洗ってよね!」


と、洗面所から声が聞こえる。


ちょ、マジかよ。壁や床も洗わなくちゃならんのかよ。俺はお掃除屋さんか!

だがしかし俺のせいでもあるので仕方なく了承する。



――――数分後、自分を清め終わった俺は、なぜか親友の家の浴室の清掃に取り掛かっていた。


「くそっ、なんで俺がこんなことに……」


悪態をつきながらも、ゴム手袋を手に装着し、タオルを頭に巻き、5分で根に効くと噂されている、カビ○ラーを手に持っていた。

俺は多分、世界一律儀な男なのではないだろうか。


さっと辺りを見回す。

すると予想通り、いたるところにカビが繁殖しているのが伺えた。


だが別に手を抜いて掃除している訳ではないようで、鏡やガラスなどはピカピカだ。少し水アカが付いているが……。


……こう、目の前に汚れを出されちゃ、例え他人の家でも、俺の掃除人魂をくすぐられてしまうではないか。

一人暮らしのクセみたいなもので、こう汚れを見ると掃除したくてたまらなくなってしまうではないか。……って言うほど末期でもないけども。

でも、俺は常に綺麗でいないと気が済まないタイプの人間だ。でも潔癖症ってわけではなく、別に人が使ったものとかでも全然平気だが。


つまり、ただ単に掃除のやり残し的な部分が気になって仕方ないということだ。


ってなわけで、レッツ掃除開始―――――








――――――そして30分が経過。


「よしっ、掃除完了!」


見事なまでにピッカピカである。

さすがカビ○ラー。あんた最強説浮上だよ。


「海兄ぃ、大丈夫? って凄っ!!!」


琴音が様子を見に来て、まず第一声。

とても気分がいい。


「おぉ、琴音か。どうだ、これが俺様の実力って奴よ」


「はい、海兄ぃ。お母さんがお茶持ってけってさ」


「おぉ、ありがと」


いつの間にやら、おばさんに応援されていたようだ。

琴音も気付いた時には自然に手伝ってくれてたし。


「私、海兄ぃはやればできる子だと思ってたよ!」


「お前何様だよ。……でもまぁ、色々やってもらってるしな。この家の人たちには」


そう、言い忘れていたのだが、実は今日この家に来たのは用事があるからなのだ。

と言っても、琴音や秋とサイクリングに行こうぜ、ってだけの話なのだが。


ちなみに、サイクリングの目的は、琴音の夏休みの宿題である、『自然の風景』という題の絵を完成させようぜ。ってなわけで。

『サイクリングついでに宿題も一緒にヤッフー大作戦!』ってわけだな。

そしてネーミングセンスの無さに泣けた。


あ、先ほどさらっと言ってしまったが、俺達は今夏休みなのだ。

なので、『学校はどうしたんだよクソッタレ!』とか、『なんで昼間家にいるんだよワロスww』 とか思ってた君達。


けして、サボっていたわけじゃないのだ。

どうだ、一本取られたろ。


つまり簡単に要約すれば、俺達がサイクリングに行くため、昼飯の弁当をおばさんに作ってもらっている訳だ。

だからこのようなお掃除のサービスも100円で快く引き受けるのである。


「金取るんかい」


「冗談だ」


琴音の、どこか冷めたようなツッコミを華麗にかわし、俺は浴室から出た。


「あ、そうだ。お嬢様、サイクリングっていつごろ出発のご予定で?」


「お母様のお弁当が出来次第出発しますわよ柏木(かしわぎ)


俺の変なノリに、琴音も付き合ってくれた。こういうふざけたノリの会話に乗ってくれると、俺的にはとても助かる。でも柏木って誰だ。


……って、まだ弁当できていないのか……。それまで暇だな。おばさんにちゃんと挨拶しとくか。


「お嬢様、おばさまに一言挨拶して参ります」


「行ってらっしゃいな柏木」


だから柏木って誰だ。


そんな事を思いながら、俺はおばさんに挨拶するため歩き出す。


「って、おばさんどこにいんの?」


「多分台所にいると思うよ? ……あ、あとお母さんの前でおば…」


「じゃあ台所行ってくるわ!」


「あ、ちょっと海兄ぃ!!」


琴音が何かを言いかけていたのだが、その時の俺の耳には入ってこなかった。



―――そして、まさかその言葉を聞き逃したばっかりに、あんな恐ろしい目に巻き込まれるなんて事も思ってなかった(つまりフラグ)―――



おばさんの待つ台所へと向かうため、俺は廊下を偉そうに歩く。

あ、いや、別に意味はないんだ。ただ、胸を張って歩いてただけなんだ。


綺麗に手入れされているのか、とても輝いている廊下。

そんな廊下の上を歩くのは、気分がイイと同時に汚さないように気を使ってしまう。

綺麗すぎるのもまた問題だな。と、思った瞬間であった。


そんな事を考えながら、とても美味そうな匂いをたどって台所を突き止めた俺。

このドアの奥に、おばさんがいるのだ。


俺達の弁当を作ってくれ、俺達のためにいろいろしてくれる優しい人。

それが、琴音達のお母さんだ。

だからキチンと、感謝の言葉を告げよう。

それが、色々してもらった奴の義務であり、心であるのだから。


と、なんからしくない事を考えながらドアノブに手を伸ばす。

すると、カチャ……という音と共にドアが開いた。

なぜか無性に『開けゴマ!』と叫びたくなったのを押し殺して何とかドアを開けた。


すると、そこには忙しそうなおばさんの後姿と、とても美味しそうな匂いが俺を迎えてくれた。


「あら、海ちゃんじゃない。どうしたの?」


俺の姿に気がついたおばさんが、その優しそうな風貌にふさわしい、とても優しい声で話しかけてくる。


「今日は俺達のために朝早くから色々と準備してくれたみたいで。あいさつも兼ねてお礼を言いに来ました」


おばさんの優しい雰囲気に、俺も思わず笑顔がこぼれる。

はたから見れば親友の母親を見てニヤけているとても怪しい人物としか思えないような俺の姿を目にしてもなお、その優しい雰囲気を崩さないおばさんはすごい。


「今日は本当にありがとうございます」


俺は、弁当を風呂敷につつんでくれているおばさんに、かるく頭を下げながら、お礼の言葉をつげた。


そんな俺の言葉に、おばさんはこう返す。


「気にしないでくれていいわよ。それより、はいこれ。」


うん。子持ちの母親らしい対応だ。

腕っぷしも強そうである。


そんなおばさんが差し出してくれた、風呂敷に包まれたまだほのかに温かい弁当箱を、俺は受け取った。


……くそぉ、なんという優しいお母さんなんだ……!!

俺のお袋とは大違いだ。俺のお袋なんてあれだぞお前、小遣いだけ渡して『どこかその辺で好きな物食べてきなさい』って言うだけだぞ?

『好きな物食べていい』とかいう魅力的な言葉に隠れてしまって気付かない奴も多いが、要は『作るのがめんどくさいからその辺で済ませてこいや』ってことなんだぞ? この優しいおばさんとはえらい違いだわ。


「本当にありがとうごさいます。おばさん」


俺のお袋と比べる事で、改めておばさんのありがたみを実感した俺は、再度頭を下げ、お礼を告げた。

そしておばさんに背を向け、部屋を出ようと一歩踏み出そうとした時―――その事件が起きた。


「ねぇ、今、何て言ったのかしら?」


「え? なんですか?」


急におばさんの声のトーンが恐ろしいものになったが、俺は気のせいだと自分に言い聞かせながらおばさんのほうを振り向く。

するとどうだろう。おばさんのまわりに黒くまがまがしいオーラが……。

心なしか、空間も歪んでいるような気もするのはいかがなものでしょうか……?


「今、何て言ったって聞いてるのよ……」


ゴゴゴゴゴゴ……という効果音が非常にピッタリなこの場に立たされた俺は、なにがなにやら分からずただ硬直するのみだ。

だがそんな俺に、おばさんの魔の手が容赦なく降り注ぐ。


「お、俺はただお礼を……」


「そのあとよ」


そのあと……。

つまり、お礼の後の言葉。そして、それが指し示す言葉とは一体何なのか。


皆も一緒に、俺の発したセリフを振り返ってみよう。


『本当にありがとうございます。おばさん』


はい、もう答えが見えてきましたね。

答えが見えてきたとほぼ同時に、琴音が言いかけていた言葉が頭をよぎる。


『……あ、あとお母さんの前でおば…』


これは、『お母さんの前でオバQを呼んではいけません。』とかいう意味ではなく。

『おばさんと言わない方がいい』という、琴音からの忠告だったのだと思う。


現に、『おばさん』という単語を発したその瞬間、おばさん…いや、お母様の目が鬼神のように赤く光り出しているのだから。


逃げたくても足が動かない。『蛇に睨まれた蛙』と言うのはこの事なのだろう。

文字通り、全く身動きが取れない。……いや、取りたくない。

今動いたら殺られる。今背を向けたら、『殺す』と書いて殺られる。


……そうか、これが、狩られる時の気持ちなのか。

俺が今まで食ってきた肉達よ。本当に、ごめんな。


「海ちゃん……」


「はいぃっ!?」


完全に声が裏返ったが、今はそんなこと気にしてなんていられない。

これから何が起こるのか、これからどんな悲劇が待っているのか。

今の俺の頭には、そればっかりが浮かぶ。


当然、今の俺には、これから起きようとしている惨劇の事など予測不可能である。

だからただ一言。一言だけ謝る時間をくれ……。


琴音………。

































サイクリング…………いけなくて、ゴメンな……。























「うがハッ!?」


お母様の膝が、俺のみぞおちに綺麗に入る。

そのせいで、一瞬呼吸困難に陥る俺。


痛い。苦しい。てかなんだこれ。

色々な感覚に刺激が走り、今現在俺の身に起こっている事のほとんどが、今の俺には理解できていなかった。


だがそんなことで攻撃の手を緩めるほど、人生(おばさん)は甘くない。


「っがは!!」


バキッ!! と、普通に暮らしている限りでは絶対に出ないような音が、俺の右頬から鳴り響く。

直後、俺の右頬が熱を帯び始め、ジンジンとした痛みが徐々に強くなっていく。


「……海兄ぃ!? あっちゃー……」


台所の異変に気付いた琴音が駆けつけてくるも、俺のこのサンドバック状態な展開に、もう諦めたご様子。

その最中も、俺はバキバキにシバかれ続ける。


琴音。お前、俺を見捨てるのか………。


「……海ちゃんにいいことを教えてあげるわ……」


お母様の繰り出した空手家も真っ青の華麗な正拳突きを、俺は腹にもろに食らう。

ていうか、なんで俺は親友の母親にボコられているのだろう……。


「人間ってのはね……何気ない一言で……」


ドカッ!!


「何気なしに言ったその一言だけで……」


ゴキィッ!!


「あらゆる誤解や嫉妬、怒りなどが生まれて……」


サクッ!! …サクッってなに!?


「恨まれて殺されちゃう事もあるのよォォォ!!!」


「いやぁあぁあぁっぁぁぁ!!!!!?」


怖い!! もうおばさんの顔が人間じゃない!!

鬼だ……コイツは鬼だ!!! それもただの鬼なんかじゃない、言うなればそう……閻魔(えんま)大王!!


「それ鬼じゃないじゃん……」


琴音のさげすんだツッコミなんぞ全く耳に入らない。

なぜなら俺はそろそろ…………。死ぬんだ。


「……ァっっ!?」


とても大きな音が鳴り響いたと同時に、俺の頭に激痛が走り……段々と意識が薄れていく。

俺はだんだんと力が抜け、その場にだらしなく倒れた。


そして………薄れゆく意識の中で、この俺が最後に見た物は………。

俺の血が付着した抗菌性のフライパンと…………それを持ってケタケタと笑っている……………・・・―――








鬼の顔だった――――――――――







第四話 完

あれ、琴音の兄貴はどこ行ったんだ……?

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