第三十六話~数々の女子を網羅したカズに漢の鉄槌を~
このごに及んでまだ新キャラっぽい人きたる。
一升瓶片手に、父親の威厳のかけらもない状態で馬鹿笑いする親父。
外国で調達したのか、大胆に肌を露出させた金髪巨乳の美少女達に囲まれながら、その場にいるみんなに威張り散らす。
母さんに手をあげ、家具などを壊し、最後には…俺の友達にまで……。
『先輩……その……ユキは……ごめんなさいです……』
『海兄ぃ……ちょっと軽蔑するなぁ……』
なんで……来るなって、言っておいたはずのに……。
『山空。きみはやはり僕と同類だったんだね』
『カイは変だけどまともな人だと思ってたんヨに……』
そんな……オメガやエメリィーヌまで……。
『こんな奴と一緒にいたらダメになる。琴音帰るぞ』
『そうだね秋兄ぃ。…………海兄ぃ』
……へ?
『もう二度と、私達に関わらないで』
………そんな……。
俺はこんな奴じゃな……こんな……ダメ親父なんかじゃない……。
俺は………。俺は……っ―――――
「――生まれついての……母親似なんだぁぁぁ!!!!!」
「うるさいぞ山空ぁ!!」
第三十六話
~数々の女子を網羅したカズに漢の鉄槌を~
気が付くと、俺は一人席を立ち、クラスの奴らの視線が俺に集中していた。
その視線の中に、ひときわ鋭く、力強く。なおかつ殺意じみた視線が混じっている事に気付く。……そう、俺の担任である、西郷の視線だ。
「……先生の話を華麗に遮り、大変壮大なカミングアウトをしてくれた所悪いんだが……?」
西郷の言葉で、クラスの奴らは笑いをこらえるそぶりを見せている。
何が何だか、いまいち状況が把握できていない俺に、西郷が続けた。
「来月に行われる学園祭と、お前の母親似と。どうしても関連性が見当たらないんだが……なぁ、山空ぁ」
……ん?
何の話だ?
学園祭? てか、ここ学校か?
……この頭が働かない感じ、全身にくるだるさ。
「どうなんだ山空」
「うるさい、今考え中なんだ」
たしか、みんなが俺の家に来て、俺の親父に対して絶望し、俺とみんなは支離滅裂状態だったような気が……。
えーっと、これはつまり……
「あぁ!夢か!」
どうやら俺は、いつの間にやら寝ていたらしい。なんだ夢か。
まぁ、そりゃそうだ。秋はともかくとして、琴音があんなこと言うわけないもんな!
「ほぅ。夢か。俺が見た事聞いた事は、すべて動きながら見た夢だというのか。えぇ? 山空ぁ!」
いつの間にやら西郷は、その背後にとても大きく轟々(ごうごう)しいオーラをまとい、俺の目の前まで接近してきていた。
寝ぼけてただけに、俺は身も蓋もないことを口走っていたようだ。
その笑顔とは裏腹に、大変ご立腹の西郷。目の奥が笑っておりません。
その鋭い眼差しは、俺の眼球を貫き、俺の脳に直接語りかけて来るような気がしてならない。
ここで下手な事を言ってみろ。最低でも48の殺人技フルコースプラス宿題5倍化は間違いないだろう。
確か学園祭とか言ってたな。
……って、いつからここは学園になったんだよ。ごく普通の高校だぞ。
学園祭じゃなく学校祭だろ。
てか、そんな事はどうでもいい。とにかく。
俺は秒速にして、約0.08秒の早さで物事をすべて理解する。
そして。
「夢。そう、せんせーは夢遊病なのです。夢を見ながら喋ったり、行動したりする。夢遊病」
あれ? なんで挑発してるんだ俺。
くそ、さすがに寝起きじゃ頭が回らないか!
「ほほーぅ。俺は病気だったんだな。それは気が付かなかった。後で脳波を調べてもらうとしよう」
うわぁ、完全にキレてる。
やばい!!
「あ、こりゃいかん!夢遊病のせいか、俺の拳が山空に向かって放たれそうだ」
自覚症状かよ。しかも治す気ねぇ。むしろノリノリで身を任せてやがる。
って、そんなのんきなこと言っている場合じゃない!!
「放たないでください!!それよか、学園祭って、ここ学園じゃないでしょ!!」
これで何とか話をそらせられれば……
「……あぁ、そう言えばそうだな。学校祭だ。訂正しよう。ついでに山空の顔を整形しよう」
ダメだった!!整形される!!
てか、拳で整形ってどんな医療方法だよ!!
「せめて、イケメンに!!イケメンにして下さい!!」
俺は何を口走っているんだぁぁ!!もう自分が分からん!!
「よかろう。イケメソだな?」
イケメソってなんだよ。なんで『ソ』なんだよ。『ン』にしてくれよ。
「あんた教師のくせに日本語が分からねぇのかよ!!耳鼻科行ってこいよ!!」
「ハッハッハ。ハーッハッハッハッハ」
「なんで腰に手を当てて豪快に笑ってんだよ!!」
「隙あり!!」
あぶねっ!?
いきなり鉄拳かよ!!
パンチングマシーンで最高得点を叩き出すんじゃないかと思わせるような勢いで、何の躊躇もなく顔面に向かって右ストレートをくりだす西郷。
俺は間一髪でかわす。我ながら凄い反応スピードだ。
「ほぅ、やりおる」
ほぅ、やりおる。じゃねぇよ!!
「むんっ!」
ってあぶねぇ!!
右ストレートを外したと分かった西郷は、今度は左フックを繰り出してきた。
俺は即座に席に着き、何とか回避。
だが西郷は、容赦なく右足の中段蹴りをしてきた。その位置には丁度俺の顔面が。格闘家かよあんた。
てか危ない。こんなもん食らったら、言葉の通り顔面複雑骨折という名の骨格整形が完了してしまう。西郷曰く、イケメソに早変わりだ。
だが、この体勢じゃ俺はよけられない。これはくらう。もろに入る。
だからせめて、衝撃だけでも和らげる準備を……。
「ごがっ!!!」
………見事に直撃。
衝撃を和らげるなんて行為は無駄となった。
西郷の力強い右足中段蹴りをくらい、自らの席から程よく吹っ飛ばされて行く。
西郷の顔を見てみると、やっちまった感が半端なさそうな顔だ。
そりゃそうでしょうよ。
だって、こんな所で右足で蹴りをくりだすんだもの。
華麗に吹っ飛んだのは俺ではなく、隣にいた銀髪なんだから。
だがまぁ、中学の女子らを見るのに夢中になっているお前が悪いんだぞ。オメガ。
華麗に宙を舞うオメガ。
そして、オメガのかけていたメガネが、一人孤立し、レンズを散らしながら上空へと舞っている。
―――ゴガンッ。ドカッゴンッガンッカンッ。
神の鉄槌を下されたオメガは、後方に吹っ飛んだあと、清掃用具が収納されているロッカーに後頭部を強打。
その衝撃で、ロッカーの上に置いてあった清掃用バケツがオメガの顔面へ。
さらにバケツと一緒に乗っていた、謎のダンボール箱も降ってきた。中身はどうやら、科学の授業で使われるビーカーやフラスコなどの物。
ほら、俺のクラスって西郷がなぜか全教科受け持ちだから。聞いた話によると、深刻な教師不足らしい。
まぁ、そんなわけで。
予想外の出来事だったのか、西郷は冷や汗をかきながら固まっている。
そして、それを見たクラスの奴らも、当然ポカーン。
ちなみにエメリィーヌは寝ていたようで、西郷の蹴りをかわせたようだ。
この、2-2というクラスに、しばしの沈黙。まるで時が止まっているよう。
……あーあ。なんてこった。最悪だな。
西郷もとうとうクビか? いやぁ、これで平和になるぜ。
てか、俺、なんか大事なこと忘れているような………………あぁ!!
そうだった。父さんが帰って来るんだった!!
こんな所でおとなしく呆気に取られている場合ではない。
寝てしまったせいで、もう授業終わってる。みんな帰る準備万端だ。
くそ、学校が終わるまでに、みんなを父さんに会わせない方法を考える予定だったのに!
どーすんだよ。オメガとエメリィーヌは俺の家に居候して……
……まてよ? これはチャンスだ。
あんな凄まじい蹴りをくらったんだ。さすがのオメガでも3日は目が覚めないはず。
オメガは保健室にでも寝かせておけばいいし、もし目が覚めても縛りつけとけば何とかなるはずだ。
あとはエメリィーヌだが……秋達の家にでも泊まらせよう。たまにはいいだろ。よしっ、問題解決だ!!
……琴音とユキは秋が説得してくれると言っていたが……あいつ信用ならん。
多分失敗する。5秒で失敗する。言い切れる。
でもまぁ、冷静に考えてみれば、それは問題無い。
家中のカギを掛け、カーテンを閉め切ればOK。
用事がある時は、インターホンを押させる。それ越しに会話をすれば大丈夫のはず。
親父の姿など悟られない。
よっしゃ、そうときまれば即帰宅だ!!
「先生!早く進めてください!!……って」
まだ硬直してたのかこいつらぁぁ!!
つーか、隣のクラスの担任とか様子見にこねぇのかよ。あれだけ凄い音がしたんだぞ?
まぁ、いい。
つーかもう帰るか。
「……ヨ……? いったい何事なんヨか……?」
先ほどの大きな音で、エメリィーヌが目を覚ます。……ラッキー!
って、エメリィーヌ寝癖が。よくこんな短い時間で寝癖なんぞ出来たな。
つーかよだれも。……まぁいいか。
俺は、まだ寝ぼけているエメリィーヌに、上手く誤魔化しつつ告げる。
「おいエメリィーヌ。ちょっといいか?」
「……カイ、なんなんヨか…? ふぁぁ……」
小さなあくびをしている。
「実はな、ちょっとした用事で俺は行けないが、お前、秋達の家に泊まりたくないか?」
「……何が止まるんヨか…? ハエ?」
ちょ、ハエじゃねぇよ!まだ寝ぼけてやがるなコイツ。
「いやだから、秋や琴音と一緒に寝たくないか?」
「……そうなんヨねぇ。それもいいんヨねぇ」
「そうか!なら、秋に頼んでみるからさ。楽しくお泊まりしてきなさい。今から」
「今から……今からなんヨか!?」
どうやら寝ぼけがちょっと治ってきたらしい。
よかった。これでまともに会話ができる。
「そう、今から。どうだ?」
「行くんヨ!お泊まりなんヨね!!」
「俺は用事があって行けないけどな?」
「カイなんて来なくてもいいんヨ!お泊まりなんヨー!!」
突然元気になり、喜び出すエメリィーヌ。
子供は無邪気で可愛いな。
てかまだ硬直してるのかこのクラスは。
とりあえず今のうちだ。オメガを連れて脱出。
俺は急いでオメガを抱きかかえ、エメリィーヌと一緒に教室を飛びだす。
くそっ、コイツなんでこんなに重いんだよ!!
俺は重さに耐えながらも、何とか保健室へ。
なんと運のいい事に、ちょうど誰もいない。
どこに行ったか知らんが、那留先生。三日間お借りします!!
心の中でお借りした俺は、オメガをベッドの上に寝かせ、布団をかぶせる。
そしてロープでぐるぐる巻きに縛れば完成だ。
ちなみに、那留先生こと、那留 瑞紀先生は、保険室担当の医療の先生で、茶髪でショートカットの髪型、丸型メガネが特徴的だ。
保健担当のため、常に白衣を着ているので、その姿はまるでどこかの博士のよう。
皆に優しく接っし、まだ若いため男子からの人気も高く、優しい大人の象徴のような人だ。…………って、この前クラスの奴らが騒いでた。俺は廊下ですれ違うくらいだから、よく知らないが。
そんな優しい人なら、ちょっとくらいベッドを拝借しても怒られないはず。
オメガの顔はひどい状態だしな。鼻血が顔面にこびりつき、メガネの破片が顔中に突き刺さっている。これはひどい。……が、こいつなら死なないだろう。
とりあえず見るに絶えないので、顔にも布をかぶせておいた。
……ご臨終なさっているみたいだが、気にしない方向で。
あとロープね。なんか都合よく、保健室の那留先生の机の上に置いてあったんだよ。だからこちらも拝借。
オメガの顔面の布を取ったらびっくりするだろうなぁ。
あの有名な、タ○チのタ○ヤもビックリして腰抜かすだろうな。
キレイな顔してるだろ?なんて一言でも呟いてみろ。ツッコミのレターが何十通も届くだろう。
まぁ、そんな事は置いといて。
秋はまだか。
……しょうがない、琴音が外で待ってるだろう。琴音を説得するか。
秋じゃ頼りにならなそうだし。
「カイ、キョウヘイどうしたんヨか?」
「不慮の事故だ」
「……まぁ、いいんヨが。それより、早く行くんヨ!!」
いいんだ。
軽いノリのエメリィーヌに若干呆れながらも、俺達は保健室を後にし、玄関で靴を履き外へ出る。
ちょうど琴音も終ったらしく、中学から出てきた所だった。
「おーい!こと……あいつ誰だ?」
琴音に声をかけようとしたが、琴音の隣に見慣れない男子の姿が。
琴音も琴音で、楽しそうに会話しているのが伺える。
背丈は琴音と似たような感じで、思いっきりサッカー少年みたいな髪型をしている。黒髪だ。
元気が良さそうな男の子だが、一つだけムカつく事がある。
あのガキ……俺よりイケてるとは何事だ。モテモテだろうな。カッコいいもの。
カッコよすぎだ。いいなぁ。
って、今初めて見た奴に嫉妬するなんて俺はバカか。
そんなもん想像上の事じゃねぇか。あいつはどうせ数々の女どもをからかい続けた悪魔なんだ。
許さん。琴音を誑かそうだなんて。
騙されるな琴音。俺よりカッコいい奴に良い奴はいない。
別に琴音にケチをつける訳じゃないが、そいつだけはやめとけ。絶対に後悔する。
近頃のガキは、興味本位で何でもしようとする。どうせあいつも、琴音の身体目当てだろ? あのエロガキめ。間に割って入って、関係をぶっ壊してやる。
「カイのキャラがぶっ壊れて来てるんヨ。カイはそんな性格じゃなかったんヨ」
「男子高校生たるもの、モテる男にゃ牙を向けってな!絶対に許さんあのガキ。リア充何ぞくたばればいい」
「お前が言ったら、全国非リア充組の反感を買うだけだぞ」
後ろから突然声が聞こえ、振り向いてみると。
「なんだよ。誰もいねぇじゃん」
「いるよ!!てか、もうお前に声をかけるのが怖くなってきたわ!!」
必死に反論してくる秋。
コイツは何度からかっても飽きねぇわ。
って、そんな事よりあのクソガキ!!
俺は再び琴音の方を見る。すると、琴音が照れながらあのクソガキに何かを渡している
。
……ゆるさん。ゆるさんぞ!!
あのガキもガキだが、琴音も琴音だ。去年まで小学校で元気にお返事してた奴らがイチャついてんじゃねぇ!!
なんだよあの照れは!!クソガキの方も照れてんじゃねぇよ!!ぶっ殺すぞ!!
「おいおい」
「カイは一度ぶっ殺された方がいいんじゃないんヨかね」
あんな幸せそうにしやがって。
俺だってな!!その気になればいつだって結婚にまで持ち込める相手がいるんだぞバカヤロー!!でもヤダー!!!あんなのヤダー!!
「白河が聞いたら冗談抜きでぶっ殺されそうだな」
「怖いこと言わないでほしいんヨ」
俺だってもっとまともな、そう、熱いラブロマンスのようなだな、純愛ラブな、真面目な彼女が欲しいってのに!!
なんで俺の周りには変な奴等しか集まってこねーんだよぉ!!!
そんなのは分かりきっている。イケメンのせいだ。
だからイケてる代表としてあのガキを成敗しちゃる!!見惚れろ世間の男ども!俺はやるぞー!!!
「海の本音が出たぞ。逃げろ琴音。逃げろイケメン」
「カイがとうとう壊れたんヨね」
「あぁ、エメリィーヌは知らないんだな」
「何がなんヨか?」
「実はな? 海って一人暮らしを始める前は『なぜ彼女が出来ない!!』ってなキャラのだったんだよ」
「本当なんヨか?」
「あぁ。一人暮らしするようになってから、なんか変わっちまったけどな。あの時は、最近の海の方が違和感があり過ぎて困ったぐらいだ」
「秋。それ以上余計なこと喋ってみろ。俺の心に代わって、この俺がぶん殴ってやる」
「完全にお前じゃねぇか」
はぁ……。
やめてくれ。過去を暴くな。
俺は高校と共に新たなスタートを切ったんだ。俺は変わったんだ。
そんな彼女欲にまみれていた、醜い俺とは縁を切ったんだ。
何もかもうまくいくはずだった。普通にしてれば、モテるはずだったんだ。
普通に高校生活を満喫し、普通に友達が増え、普通に普通の彼女ができ、普通に良い点数をとって、普通に暮らせればよかったんだ。
だから、クールな俺。という設定で高校へ入学を果たしたのに。
無口だとか不良だとか言われて。
喋り出したらウザい。喋らなかったら不良。なら俺はどうすればいいんだ!!
そう。なら俺は、イケてる奴に漢の鉄槌を下す。それのみだ。
そうと決まれば、気合を入れていざ出陣。
琴音改めお琴を悪い奴から救うため。宮本武蔵の魂を宿し、あいつをボコボコにしてくれるわ!!
メリケンサックとかねぇかな。……ねぇわ。
「メリケンを使う宮本武蔵っていったい……」
「それよりお琴って誰なんヨか……」
二人の呆れ声謎無視し、俺はあいつの元へ走りだす。
「うおぉぉぉぉ!!!!」
「か、海兄ぃ!?」
俺の雄たけびに琴音が気付いたっぽいが、もう遅い。
俺と奴との距離まで、約12メートル程だぁぁ!!
「そうでもないじゃねぇか!!」
「シュウ、何を言ってるんヨか?」
「あ、いや、つい」
うおぉっぉぉぉ!!!
くらえぇぇ!!宮本武蔵之助流ラリアットォぉぉ!!!
「いやだから、武蔵でラリアットって…てか、武蔵之助って誰だよ!!」
「か、海兄ぃ!何があったの!? って、危ないよ!」
琴音がそう言った瞬間、ラリアットをするために伸ばしていた左腕に激痛が走る。
あまりの痛みに、俺は足を止めてしまった。
くっそ、校門の馬鹿野郎!!腕をぶつけたじゃねぇか!!
「海……何やってんのお前」
後ろから声が聞こえ、振り向いてみると。
「くそっ、誰もいねぇじゃねぇか!!」
「二回目だからな!!そのネタ二回目だからな!!」
若干涙目で反論する秋。
悪かった。そんなに心に傷を負わせていたなんて知らなかった。許してくれ。
謝るから涙目はやめろ。心が痛い。
「何やってるんヨか……」
エメリィーヌは呆れているご様子。
「何やってるのかだって!? そんなもん、このイカレタボビーに大人の厳しさってもんを……」
そう、大人の厳しさってもんを教えてやるのだ。
まず名前が分からんからとりあえずボビーだ。どうだザマぁみやがれ。
俺の腕の痛みが引いた時。それは、お前のまゆ毛が無くなる時だボビー!!
「海兄ぃ!ボビーって誰よ!!……まったく……カズくん、なんかごめんね?」
「ボビーはそいつだ!!悔しかったら名前を言って…え? カズくん?」
カズ…カズ…、どっかで聞いたことあるような、無いような……。
あぁ!わからん!!
『えっと、その……腕、大丈夫ですか?』
カズくんと呼ばれる少年が、俺の腕の安否を確認してきた。
「大丈夫か…だって? 大丈夫なわけねぇだろ!!お前なにモンだ馬鹿野郎!!」
「ポケモン」
「秋は黙れぇ!!俺はそこのボビカズに聞いてるんだ!!」
『ぼ、ボビカズ……あ、その、オレは』
「『オレ』って何だ馬鹿野郎!!目上の人に対しては『拙者』って言うのが常識だろがぁ!!」
「それどこの常識よ……」
琴音はもう完全に呆れている。
エメリィーヌも呆れて声も出ないようだった。
そして帰宅の道行く中学生達は、変質者だとこの俺を指差して笑いだす。
「そこのクソガキども!!そんな事してる暇があったら……本当に変質者だと思ったなら早く逃げ出すか、担任や大人の人に報告する事をお勧めするぞ!!襲われる危険性が高い!!」
「お前優しいな」
「当たり前だぜ秋。ノリが良いのは嫌いじゃない。嫌いなのは俺の目の前でイチャついてる……てめぇだよ!!」
俺はカッコよく指を指した…………。
いや、あのね? 俺はボビカズに向かって言ったわけであってね?
別に琴音に言ってるわけじゃ……。
「へぇ。私のこと嫌いだったんだねぇ。いい度胸してるじゃん。海兄ぃ、見なおしたよっ!!」
ミスって琴音を指差してしまった。うわぁ……。
「み、見なおしてくれたのかー。なら、俺の指を放してくれません…? このままだと折れてしまっててててててっ!? 痛いっ!!ごめん!!ごめんなさい!!」
俺の人差し指は、絶対にまげてはならない方向にまげられようとしている。
そう、分かりやすく言うなれば、折りたたみ式携帯を、逆折りたたみしようとしているのだ。
もっと分かりやすく説明すると、俺の指が折れる。
「無理無理っ!!ギブギブ!!このままじゃ右人差し指だけ、フック船長のフックようになっちゃうから!!しかも逆フックだから!!」
「そうなっても海兄ぃは海兄ぃだから大丈夫」
「笑顔でなに言っちゃってんのあんた!? 俺の右手が俺で無くなっちゃうでしょ!? あだ名が逆フック船長になっちゃうから!!」
痛たたたたたっ!!!
無理です!!俺が全部悪かった!!お許しを!!ひえぇーー!!!
「まぁ、海が悪いしな。なぁエメリィーヌ?」
「そうなんヨね。カイはフック船長が似合うと思うんヨ」
ヒィ!!!誰も助けてくれないぃぃ!!
そ、そうだ、ユキ!!今だ!!今なら許す!!俺を拉致してくれぇぇ!!!琴音のいない所に監禁してくれぇぇ!!!
「あ、白河な? ちょっと色々あって遅れるから、先帰っていいって言ってたぞ?」
使えねぇぇ!!!
そんな時だった。
『こ、琴ちゃん、さすがに可哀そうだよ。許してあげたら?』
ボ……ボビカズぅぅ!!!
「しょうがないなぁ」
だんだんと、琴音の力が弱まっていく。
よくやった少年!!お前めっちゃいい奴やんけ!!
「あ、ありがとう。ボビカズくん」
『いえ、オレ……いや、拙者もよくあることなんで』
……ボビカズお前……俺が悪かったよ。もうやめてくれ。拙者とかやめて。オレでいいから。
「カズくん、拙者とか言わなくていいから」
『で、でも、この……カッコいいお兄さんが言うから……』
俺を指差して、ボビカズが言った。
カッコいい……? この俺がカッコいいだって!?
「ボビカズテメェ!!嫌味か!? 俺に対してのあてつけか!? あと人を指差しちゃいけないって教わらなかったのか!この二千円オタ…っ痛てててて!!!?」
「海兄ぃ。まだ海兄ぃは解放されていない事を忘れちゃダメで……しょっ!!」
うぎゃぁぁぁ!!!指がぁ!!!指が折れるゥゥ!!!『ボキィッ』………あ。
「……あ。やりすぎちゃった……?」
「え!? 折ったのか!? 琴音折ったのかよ!!」
「お、折ってないよ!!それよりも、秋兄ぃこそいつの間に居ったの!?」
「居ったよ!!ずっと居ったよ!!てか海は大丈夫か!?」
「ボキィッって音が聞こえたんヨ!?」
『琴ちゃん!?』
……あぁ。終わった。
俺はもう……箸で飯を食う事すらままならないだな……。
母さん。俺を健康な状態で生んでくれてありがとう……だけど今日。……俺は指一本なくしました………そして……逆フック船長となりました。ハハハ。
「か、海兄ぃ……? 大丈夫?」
「ハハハ……もう痛みすら感じないやぁ……さようなら。俺の人差し指……」
「……海兄ぃごめんね!!その、謝って済む問題じゃないけど……!!!」
青い顔して、目に涙をため、必死に謝ってくる琴音。
あまりの出来事に、ずっと硬直状態のボビカズとエメリィーヌ。
「……おい、海。ちょっと指見せてみろ」
秋は真剣な表情で、俺の指の様子をうかがう。
「海、これ痛いか?」
俺の指を懸命に曲げたり伸ばしたりして、痛みを聞いてくる。
「残念だが……痛みなど、もうとっくの昔になくなりおったわ……」
「じゃあ、これ『ボキィッ』
秋が俺の指を動かしたと同時に、また嫌な音が響き渡る。
「か、海!?」
あぁ、おれ、死んだ。
そんな時だった。
『あれ? あの、みなさん!!ちょっと静かにしていてもらえませんか!?』
突然、ボビカズが言った。
「カズくん……?」
『静かにっ!』
ボビカズの真剣な表情に圧倒されたのか、みんなは黙る。
しばらく続く沈黙。
だが、この沈黙を最初に破った者がいた。
そう……俺だ。
いや、正確には、俺の持っている『あるもの』だ。
『ボキィッ……』
あの音が、俺の体から響き渡る。
「あ、あれ? 私何もしてないよ!?」
「俺もだぞ!?」
「ウチも……」
『皆黙って!!』
いきなり聞こえた骨が折れる音に、皆は動揺し出す。
だが、ボビカズだけは真剣な表情だ。
そして、みんなが黙った後に、それはすぐ訪れた。
『……You've Got Mail』
――――――え?
『ボキィッ……You've Got Mail』
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
この場にしばしの沈黙が流れ、ゆっくりと、みんなの顔が俺の方に向いた。
……あ、あっれぇー?
『ボキィッ……You've Got Mail』
そんな状況の中、空気を読まずになりまくる、何かが折れた音と、外国の成人男性の声で語られるYou've Got Mail (ユーガットメール)。
そう。俺のポケットに入れてある、携帯電話から鳴り響いた音。
メールの受信音なのだ。
「お、おい海。これはいったいどういうことだ……?」
引きつった顔で、秋が俺に問いかけて来る。
「えっと、そのー、どういうことなんでしょうかねぇ……あはは」
俺は笑ってごまかしたが、今ハッキリと思いだした。
昨日の夜、なんとなく面白いから設定した事を。
「海兄ぃ、指は……?」
「えーっと、こ、この通りです……はい……」
俺は右手をグーパーして見せた。無事である。
「つまり、カイの指は折れてなかったんヨね?」
「そ、そうなるかなぁー……ははは」
『ボキィッ……You've Got Mail』
またしても空気を読まずに鳴り響く受信音。
つーか誰だよ!!こんな短時間に何通も!!
「海兄ぃの携帯ってさぁ……良い音が鳴りそうだよねー……」
琴音が無言で迫ってくる。こ、怖い。
「こ、ことね……さん?言っている意味が良く分からない……」
琴音は俺のポケットから携帯電話を的確に抜き取り、折りたたまれていた携帯を開き、両手で鷲掴み。
そして笑顔でこの一言である。
「折るよ?」
「心の底から本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!!!」
俺は全力で謝った。
そりゃもう一生分の気持ちを込めてさ。
そんな時だった。
『琴ちゃん。そこは怒る所じゃないよ。折れてなかったんだから喜ばなくちゃ!』
……ボビ助ぇぇぇ!!!!!
「ボビ助って、もはや誰だかわかねぇよ!!」
「ところで、コトネ。その人は誰なんヨ?」
そうだ。
コイツ誰だ。
さっきからずっといるけど、この爽やか少年だれだ?
エメリィーヌの言葉で、やっと琴音がみんなに紹介する。
「あ、えっと、ほら、この前、幼馴染がいるって言ってたでしょ?」
……あー、たしか言ってたな。第三十一話辺りで言ってた。
確か名前は……
『えーっとその、秋の兄ちゃんはオレの事知ってるっしょ?』
「もちろん」
「えーごほんっ。オレは琴ちゃんの幼馴染の、小野 和也です。その、えと、初めまして!」
ペコリと、頭を下げ自己紹介する和也と名乗る少年。
……くそっ、メチャクチャいい奴じゃねぇか!!
俺がバカだった。
琴音に限って、あり得る訳がなかったんだ。変な男とイチャラブなど。
俺は和也君に向きなおり、告げる。
「俺は山空 海。琴音とはその、秋の妹って事で仲良くやってるんだ。よろしくな……えと」
「あ、オレはみんなからカズって呼ばれます」
「あぁ、よろしくな。カズくん」
俺が手を差し出すと、カズくんも手を差し出し、仲直りの握手。いやぁ、いいねぇ。
「ウチはエメリィーヌなんヨ!」
「あ、よろしく」
「よろしくなんヨ!」
エメリィーヌとも握手をするカズくん。そうやって何十人と言う女の子の手を握ってきたわけだな!? 許すまじカズ。
「エメリィーヌちゃんって変わった喋り方するんだね」
なんだ、カズ。エメリィーヌに気があるとでも言うのか? このロリカズが!!
「海兄ぃ、声に出てるから。私の友達を悪く言うのはやめてよ」
なに!? 琴音め。すっかりカズの虜になりおってからに……悔しいっす!!
「ウチはなんヨねー、なんと宇宙人なんヨ!!」
そうこうしている内にエメリィーヌ先輩の暴露タイム入りましたぁ!!
「へぇー、すごいね!」
カズくんは動揺するそぶりも見せず、普通に対応している。
子供の遊びだと思ってるんだろうなぁ……。
―――――そんなわけで、今日初めて、琴音の幼馴染、小野 和也くんと出会った訳だが。
……俺はすっかり、本来の目的を忘れていたわけで。
親父が帰って来るんだった!!やべぇ!!
はたして、俺は無事にやり過ごす事が出来るのか。……いや、やるしかないのだ。
ちなみに、琴音がカズくんに照れくさそうに渡していたのは、どうやらハンカチのようで。
以前借りたハンカチを、洗濯して返したんだとさ。
……カズめ。ぶっ殺す。
さらに、カズくんの趣味はサッカーではなく、剣道だった。
そして、特技は射的だとか何とか。
どんな女の子のハートでも射とめてみせるってか。ぶっ殺す。
第三十六話 完
海「そう言えば確か、俺の携帯ってマナーモードにしておいたはずじゃ……」
エ「カイが寝てる間にキョウヘイがいじくってたんヨ」
海「……あいつ後で殺す」