第三十三話~俺とマッチョと里中と~
「あ、ニセ不良じゃん」
たまたま立ち寄ったコンビニ。
たまたま通りかかった雑誌コーナーにて。
まず違和感を感じたのは、その目の前の人が先ほどまで読んでいたであろう雑誌。
上半身裸で大変健康そうな小麦色したお肌の、分かりやすい表現をするならばムキムキマッチョな男性が表紙になっている雑誌を手に持っているのだ。
だがそれだけでは、『これぞ男の美学!!』と、雑誌の一番上に力強い黒文字で書かれているその雑誌をただ立ち読みしていただけの一般客にすぎない。
たしか、この雑誌を出している所は結構有名で、俺も前に一度読んだことがあるし。
雑誌のタイトルで分かる通り、内容は男の、男による、男のための雑誌だといえよう。
今時流行らねぇよ……。の象徴のようなタイトルだが、中身は結構読者に対しての気遣いがとても感じられる内容で、思春期男子達の悩める恋愛相談なども詳しく記載されている。
最近の男性読者の悩み、質問などを取り込み、結構有名な占い師などのお悩み相談ページみたいなのもある。
男のファッション。男の恋愛。男の料理。男の…etc.
まさしく男達のための雑誌だ。
なんか雑誌の宣伝のようになってしまったが、これでどんな内容の雑誌か分かってくれたと思う。
先ほども言ったと思うが結構人気だし、それを立ち読みしていたとしても何ら不思議はない。
俺だって、こんな状況じゃなければ、その雑誌を立ち読みしている人を見て『この人今月ピンチなのかな……』ぐらいにしか思わなかったと思う。
基本的に、俺はあまり立ち読みしないタイプだ。
だから何を考えて立ち読みをするのかが、いまいち分からない。
そんな俺が唯一納得できる理由が、今月ピンチ。
そう、今月ピンチだから仕方なく立ち読みをしている。
それならさすがの俺でもしっくり来る。
だってそうでしょう。本当に読みたいのなら買えばいいのだし、別にどうでもいいなら普通は読まない。
だったら、思い当たるのは『暇つぶし』か『今月ピンチ』のどちらかだ。
週刊少年誌や、小説などなら暇つぶしも分かる。
だが、このような雑誌を、暇つぶし感覚で読む人がいるのだろうか。
俺の目の前にいるこの人は、俺と同じだ。つまりは学生。
学生ならば、多分こんな雑誌よりやはり週刊少年誌を読むと思う。
なのに好き好んでこんな雑誌を立ち読みするのは、よほどの風変わりな奴か、この雑誌のファンだが今月ピンチなので買えないから仕方なくかのどちらかしかない。
っと、当初の目的から大分話が逸れてしまったな。
つまりは、立ち読みをしている奴を見かけたとしても、普段ならあまり気にしなかったであろうという事だ。
現に今回だって、声をかけられなければ素通りしていたであろう。
だがしかし、声を掛けられてその人をよく見てみると。違和感を感じたのだ。
だってそいつは。
男性ではなく女性。さらには俺のクラスメイト。
もっと言うなら俺の友達。
ここまでいえば察しの良い皆さんならおわかりだろう。
たぶん、最初に声をかけられた時から、その口調で気づいた方も少なくはないはず。
だから、俺はもったいぶらずに言う。
そう、そいつは里中だ。
第三十三話
~俺とマッチョと里中と~
「あんたダメ不良だよね?エメリィ……あんたの妹は一緒じゃないの?」
里中がその手に持っていた雑誌を棚に戻しながら、グイグイと話しかけて来る。
ここで誤解がないように一言だけ言っておく。いや、一言では収まらないかもしれないが。
別に俺は、女性である里中が男性をターゲットにした雑誌を読んでいることに文句を言いたいわけではない。
ましてや、バカにしている訳でもない。
逆にいえば、女性の読者は貴重だと思うし、なにも男性用だからダメとかそういうわけでもないのだが。
読んでいるのが女性。それも、里中。
前に一度読んだことがあるが、あの真面目そうで人柄も良い里中が面白がるような記事など無かったはず。
別に大したことではないだが、俺は気になりだすともう他の事が考えられなくなるタイプなのだ。
ほら、あれだよ。
俺達男性は、女性をターゲットにした雑誌なんて読もうとも思わないし、読んだ所で楽しめないわけだ。……俺だけか?
まぁ、だから女性も一緒で、俺達男性をターゲットにした雑誌など、読みたがるとは思えない。
それ故の違和感だった。
「おーい、そこの不良さーん。きいてるー?」
とても俺が買うとは思えない、可愛らしい絵柄がプリントされている一口大のチョコと、大の男が持つと少なからず違和感が持てる、いちごミルクというこれまた可愛らしい飲み物が入った買い物かご片手に立ちつくしている俺を、下から覗き込むようにして見つめる里中。
実はこれ、エメリィーヌに頼まれたのだ。
いちごミルクは俺が飲みたくなっただけだが。
ちなみに、エメリィーヌは今、自宅で留守番中だ。オメガもいるし大丈夫だと思う。
つか、オメガがいた方が不安でたまらないがな。
エメリィーヌはオメガに襲われるんじゃないだろうか。……まぁ、大丈夫だとは思うが。
てか、皆知らないだろうと思うが。オメガってば琴音がいない時はエメリィーヌに対して凄いんだから。
すぐ自分の部屋(俺の部屋のクローゼット)、または自分のテントにすぐ連れ込もうとするし。
最近では二人で仲良くアニメの観賞しているッポイし。
エメリィーヌがアニメの口調をよく真似るようになってきた。
このまま厨二病とかに突っ走らなければいいが。
「あんたどーかしたの?石化しちゃった?」
「あ、ああ、そうだな」
突然の里中の声に、思わず相槌をうってしまった俺。
これじゃ、石化したことを認めたみたいじゃないか。
「あんた大丈夫?もしかして認知症とかになっちゃったりしてる?」
おいおい、ちょっと返事しなかっただけで認知症扱いかよ。
それなら映画館行けばみんな認知症扱いになっちまうだろ。
あ、ちなみに認知症ってのは、『後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した知能が低下した状態』を言うらしい。これはすべて、かの有名なWi×ipedia情報だ。
著作権の事を配慮し、一部分だけ隠してもらった。
『意味無いだろ』と思った奴。意味はあるのだ。
『隠せるもんは隠しておけ。』これが父の言葉だ。
まぁ、俺の父さんはへそくり的な意味で言ったんだがな。
だがな父さん。隠した初日に見つけられていては意味がないだろう。
だから俺は父の言葉を、もっと実用的に改良しようと思う。
『隠せるもんは隠しておけ。ただし上手く隠さないといろいろ大変なことになるがな。』
これでバッチリだ。
この言葉が、これから代々受け継がれていくのだろう。
つーか、父さんは生きてるけどな。
とにかく、女子の事は俺にはよく分からん。
なぜ男物の雑誌を読んでいたのか、里中に直接聞いてみるか。
え?別にどうでもいいだろうって?
何度も言うけどもだな、俺は気になったら他のことまで頭が回らなくなるんだよ。
さらにいえば、思ったことをすぐに行動しなくちゃ気が済まないタイプでもある。これで分かっていただいたと思う。そう願いたい。言葉にしなくても伝わることってあるはずだ。
そんなわけだから、その場で仁王立ちしている俺を見てクスクスと笑っている里中に聞いてみることにする。
「里中……だよな。お前なに読んでたんだよ?」
ちなみに、里中かどうかを確認したのは仕様だ。気にするな。特に意味はない。
「え、ああ。これね。『これぞ男の美学!!』だよ」
一度棚に戻した雑誌を、再度手に取り、マッチョなムキムキ男の姿を俺につき付けて来る。
やめてくれ。俺はマッチョに迫られるのが興奮するとか、そんな残念で特殊なご趣味は持ち合わせていないのだ。
……あ、そうか。そういう事か。
「里中は男になりたか…へぶっ!?」
俺が呟き終わる前に、これぞ男の美学!!で顔面を殴ってきた里中。
あぶねぇな。
あと少しでも直撃場所がずれてたら、マッチョな奴(雑誌の表紙バージョン)に俺の大事なファーストキスが奪われる所だったじゃねぇかよ。
しかもそれ店の物だろ。まだ金払ってないだろうが。
「この表紙がただならぬ存在感を持ってたから手に取って見ただけ。特に意味はないわよ」
ああ。確かにあるな、存在感。………秋、どんまい。
「てことはあれか。それで読んでたら男に憧れ始めて…へぶぅっ!!」
本日二度目のマッチョDEポン。
なんだよ。ちょっとした冗談じゃないか。
つーか里中。雑誌を丸めるな。
まるで映画監督が台本丸めて出来の悪い奴にポンするみたいに叩くな。
体に似合わぬほどの真っ白い歯を見せて、これが撮影現場だとしたら間違いなく『はっはっは』と笑ってそうなこのマッチョが、無残にも筒状になっている。
顔面の真ん中から横方向に折れ曲がり、自慢の大胸筋の中央部分からやはり横方向に広げられ、そのままぐにゃりな状況だ。
そして、やはり自慢であろう腹筋部分を容赦なく握りしめている里中。これはひどい。
もしこの状況を店の人に見つかったら、裁判所内の裁判長等の目の前で殺人を犯した犯人ぐらい言い逃れができないだろう。買い取りは絶対だ。
そんなマッチョな雑誌を、また棚に戻そうとする里中。
その堂々っぷりに、俺は感服した。
そしてそこに、運悪く店の人が来てしまった。
つーか運もくそもないな。
この雑誌コーナーレジから丸見えだから。逆に見つからない方がおかしい。
「あのー。それは店の商品なんですけれども……」
水色と白の縦じまの、まるで某コンビニエンスストアのロー○ンのようだ。
そんな制服に身を包んだレジの人が、申し訳なさそうに言い寄ってきた。
もちろん、里中にだ。
「はい、なんでしょうか」
あくまで里中はとぼけきるつもりだ。
いたって冷静に、気にしてないような振る舞い。
いかにも、『私悪くありません。全然普通です』な顔して、その雑誌を棚に戻そうとする里中。
それをレジの人が……あ、レジの人は男性な?男だ。
そんなレジの人が、里中のいい加減な行動を許す筈もなく。
里中の雑誌を持つ方の手首をつかみ、さっきまでの弱腰から一変し、さすが店の人!慣れてやがる。と思わせるような威圧感で言い放った。
「これ、まだお金払ってないですよね?こんなにグチャグチャにしてしまったら、買い取ってもらうしかないんですよね。すみませんが」
あー。やっぱりね。そりゃそうだよ。
だって丸めた上に俺をボコスカ殴って、マッチョな男の鋼のともいえる肉体がちょっと破けてますもんね。
紙で出来た鋼の肉体ですもん。そりゃ破けるっしょ。
相変わらず白い歯を見せながらイイ笑顔のマッチョくんだけどもね。
あんたの自慢の大胸筋。申し訳ないがボロボロです。
「え、買い取り……ですか?」
「はいー、申し訳ありませんが……」
「……お金がない……って言ってもダメですよね…」
「はいー……」
里中も頑張るが、レジの男性もさすがに粘る。
相変わらずの丁寧口調だが、顔は真剣そのものだ。
そんな二人のやりとりを、とても至近距離で聞いている俺。
つーかさぁ。今思ったけど、この状況不味くね?
絶対俺も巻き込まれちゃうよフラグだよね。
俺はそう思ったが時すでに遅し。レジの男性は俺に話しかけてきた。
「あの、この方のお知り合いの方でしょうか?」
里中ではだめだと分かり、隣にいる俺に何とかしてもらおうと思ったようだ。
ふと里中を見てみると、両手を顔の前で合わせて、ごめん!と口パクで言っている。もちろん、俺に向かってだ。
そこで、俺がどうするのか。
もう俺の性格を知り尽くしている皆なら分かるだろう。
そう、それはもちろん。
「俺は無関係です。この人知らないです。ではさようなら」
完全に棒読みではあったが、レジの人の男性の言葉を聞く前に、スタスタとその場を後にする俺。
ただでさえ今月ピンチなんだ。
里中には悪いが、こんな厄介事に巻き込まれていられるかってんだ。
ふと後ろを見ると、里中の『友達を見捨てるの!?』という視線で、俺を見て来ていた。
残念だったな里中。この俺に友達という単語は通用しない。
いや、逆に友達だからこそ、自分の犯した失態は自分で対処するべきなのだ。
友達が誤った道を行こうとした時に助けるのが、新の友達ってもんだ。
うん。俺って超友達思いだ。俺優しいな。
「250円になります」
「あ、はい。」
俺は後ろの里中を思いっきり無視して、違うレジの人に会計をしてもらった。
もちろん、里中からは俺の姿は丸見え。
里中が騒いでいるのが見なくても分かる。別に声は聞こえないが。
「丁度お預かりいたします。こちら、レシートのお返しになります」
「どうも。あの、それとこれ―――」
俺は金を払い、レシートを受け取った。
そしてさらば里中よ。さらばコンビニエンスストアよ。
「ありがとうございました」
俺は軽い足取りで、コンビニから退出した。
…………そして、しょうがないから里中の様子を窓越しにしばらく見守る。
さすがに置いて行くのはあれだろう。本当に金がなかったら困るしな。
俺はいちごミルクを美味しくいただきながら、もろ近くまで寄ってにっこりと見守る。窓越しで。
その姿を見た里中は、とても怒っているようだ。それと同時に、困っているようにも見える。
そして、やはり口パクで『助けて』と言っているようだ。
つーか俺凄いな。世界口パク選手権があったら優勝してるんじゃね?もちろん回答者の方だが。
いや、案外俺が出題者に回った方が分かりやすかったりしてな。
いやでも、無意識に喋ってしまって失格というともあり得る。
うーむ、困ったものだ。
俺がそんなことを妄想している間にも、店の中では説得が続いている。
レジの人も必死に説得しているが、どうやら手に負えないらしい。
大人しく払わない所を見ると、どうやら里中は本当に金が無いらしいな。
だがな里中。現実は無慈悲なのだよ。
……………といっても、若干俺にも責任があるので、さっき救済の手を差し伸べておいた。
九歳の手じゃねぇよ?救済の手だ。
しばらく見ていると、先ほど、俺の会計をしてくれたレジの人(女性)が、もめている二人に近づいていく。
もちろん、二人とは里中とレジの人(男性)だ。
そしてそのレジの人(女性)が、レジの人(男性)に向かって何かを話している。
それからしばらくして…………
とりあえず窓から離れた俺は、コンビニの出入り口付近に移動した。
すると、やっと里中が生還してきた。おめでとう。あなたは16789人目の脱出者だ。……嘘だけど。
だが、生還したと同時に凄い勢いでキレ出す。
「あんた正気!?普通女の子が困っていると助けるでしょ!?なに考えてんのあんた!!」
凄い言われようだなおい。
「おいおい、でも助けてやったろ。ちゃんと救済したろうが!」
「そ、それはそうだけど……」
ちなみに、俺が会計を済ませた時に、そのレジの人(女性)に『これぞ男の美学!!』の分の金も渡しておいたのだ。
陰ながらサポートするなんて……我ながらナイスなカッコよさ。
つーか今月ピンチなのに。
760円とかなめてるだろ。
無駄マッチョだよ。無駄マッチョ。
「とりあえず、これあんたに渡しておくわね」
そう言って、里中がレジ袋からあの雑誌を取りだす。
とても素敵にはにかんだ、はにかみ無駄マッチョを俺に渡してくる。
いらねぇよ。そんなのいらねぇよ。
「俺はそのマッチョを救済したわけじゃない。だからそのマッチョには俺の家の敷居はまたがせない。里中にくれてやる」
里中が丸めていたせいで、マッチョ自ら丸まろうとする始末だ。
しかも丁度左乳首辺りが破けてしまっているので、そこから『美』という文字が。
なんというか………何とも言えない感じになっていた。
「わ、私はもう読んだし、あんたが払ったんだし、あんたが持つべきよ」
「だからいらないってば!そんなマッチョは俺の主義に反するんだよ!!」
「ならどんなマッチョならいいわけ?」
「細マッチョ」
「あ、そう」
里中がなんか変な目で俺を見ている。
いや、だってよ。こんなゴリマッチョだったら細マッチョの方がいいだろ。
ましてやこいつ、ゴリの上にさらに無駄なんだぜ?
無駄ゴリマッチョとか最悪だろ。
って、もうマッチョはいい。いつからこの小説はマッチョ小説になったんだ。
俺までマッチョになった気分だぜ。
そんな会話をしながら、とりあえず歩き出した俺達。
里中の家も、俺の家の方向らしい。初耳だ。
「とにかく、この美学マッチョはあんたにあげるから」
そう言いながら、また性懲りもなく丸めたマッチョを俺に……ってマッチョマッチョうるせぇ!!
「もういらねぇよ!そいつ嫌いなんだよ!!特にそのはにかみっぷりが腹立って仕方がねぇんだ!!」
このはにかみを見るたび、脳内で『はっはっは』と、無駄に美声で笑っているマッチョの姿がエンドレスで流れている。
とことん無駄マッチョだ。
そして左大胸筋(乳首部分)からちらちらと見える『美』の文字。
たまにずれて、『学』の文字もあらわになる。
そんなものを見せられると、笑いをこらえるのに必死で大変なことになる。
だから俺が受け取らないのはセオリーとかそんなんじゃない。
本気で要らないのだ。
多分人生で一番要らないと感じた存在だと思う。それほどに不要。
しかも地味に高額ときたら、俺はもう死ぬかもしれない。
なんたって、このはにかみ野郎に俺の食費を取られたような物なのだから。
「でも私が貰っても使い道ないしさ。お母さんなら読むかもしれないけど……」
うっそお母さん読むのかよ。
「よし!ならお母さんにあげてくれ。俺が貰ったら、帰って2秒でそいつの顔面に穴があく」
そう、俺はきっと耐えきれずにぶん殴ると思う。
そうなってしまうと、俺の食費が報われない。
ならば里中のお母さんにでも食わせた方がまだましだ。
「……そこまで言うなら、私が貰うわよ。なんかごめんね?」
里中が申し訳なさそうに謝ってきた。
「まったくだぜ。つーかどうすんだよ、明日の俺の昼飯。マッチョに食われちまったぞ」
そうなのだよ。
明日の弁当の材料を買うために取っておいた金なのだ。
だがマッチョに食われてしまった。これはいかん。
「本当に悪かったわよ。あんたろくなもの食べてなさそうだったし……」
前にも言ったと思うが、ここ最近、学校での俺の弁当は大分真相だった。
最初はもやし炒めだけのお手軽弁当(エメリィーヌに全部食われたがな)だったし、その次はミックスベジタブルをぶっかけただけのカラフル弁当。
その次は俗に言う日の丸弁当(小型醤油付き)だったし。
そして一昨日がごましおを振りかけた小型おにぎりを二つ。
朝飯は食パンだし、夕飯は……まぁ、それなりだけど。
とにかく俺は死ぬ。それだけは間違いない。
「学校始まってから弁当らしい弁当食ってないからな……他の奴らはどうやってあんなうまそうなもの毎日作ってるんだよ」
唐揚げやら玉子焼きやらお惣菜やら。
あんなもん毎日作ってたらきりがねぇぞ。
そんな俺の魂の叫びたる疑問に、里中が答えた。
「皆はほら、親に作ってもらってたりする子が多いから。あんたんちは両親は海外なんでしょ?」
なるほど。親か。
この親のスネかじりどもめ。自立しろ自立!!
そんなことを思いながら、里中の質問に『あぁ』と相槌を打つ。
その時だった。
あの里中の口から、信じられない言葉が飛び出す。
「よかったら、あんたの分も作ってきてあげよっか?」
マジかよ。……でも。
「別にいいよ、親が大変だろ?」
「最近は私が自分で作ってるのよ。お母さんいろいろ大変そうだから。親孝行ってやつ?」
なんの照れもなく、真顔でそう言った里中。
女子からの手作り弁当。
こんな嬉しいシチュエーション、前の俺なら喜んで賛成しただろう。
だが、今の俺の頭には、ユキのことがなぜかよぎる。
別にユキが恋愛対象という意味での好きだからとかそういうわけじゃない。
むしろ逆で、もし俺が他の女子から弁当を貰ってるなんて分かったら……えらいことになりそうだ。
本当なら作って来てもらいたいが、それをしてもらったが最後、俺は学校には行けなくなるだろう。
ユキもそうだが、他の男子からも妬まれそうだ。
里中には悪いが、ここは丁重にお断りしておこう。
「里中、すまないが丁重にお断りさせていただく」
俺は文字通り丁重にお断りした。
「まぁ、私は構わないけどさ。女子の方から作ってあげる事なんてそうそうない事よ?本当にいいのー?」
俺をからかうように、里中が聞いてくる。
そうそうないことが、現在毎日起きてるのだから仕方がないのだ。
そのせいで俺は苦しめられているというのに。
くそっ!なぜ俺がユキに対してこうも気を使わなければならんのだ!!
でもあれだな。
里中の誘いを断っているのに、ユキから弁当を貰うと里中的にも気分は良くないだろう。
て事は、この場で説明しとかないといけないな。うん。
でもユキの事をなんて説明すれば……い、いや、里中もユキが俺の所に毎日来てるのは知っているはずだ。
上手く話せば何とかなるだろう。
行き当たりばったりだが、俺のトークテクで何とかなるはずだ。
俺は意気込んで説明した。
「実はさ、毎日弁当を作って来てくれる奴がいるんだよ……知ってるだろ?」
「あ、一年の子でしょ?転校生の。なに、彼女?」
やっぱり彼女だと思われてたのな。
まぁ、そりゃそうだろ。だってユキが『愛しのうーみん先ぱぁーい!!』なんて言いながら俺のクラスに入ってきたんだから。
逆にこれで誤解されてないのがおかしい。
でも実際は彼女ではない。これは里中には知っておいてもらいたいな。
あんな変人彼女ではない。俺の好みではない事を。
俺はまだあいつを彼女として認めてはいない。
友達だ。ただの友達。親友でもいいな。うん。
なので俺は、あくまでも誤解を招かぬように話をした。
「あいつが勝手に俺の彼女とか言ってるだけで、俺にそんな気はない」
「……まぁ、見て分かったわよ。でもほとんどの人は誤解してるわよ……?」
……マジで?里中は見て分かったの?お前すげーな。
つーか、周りには誤解されてるらしいな。……まぁ、そうだろうな。
「他の奴らは俺の知ったことじゃない。……とりあえずそんな感じで、俺が他の女子に弁当を作ってもらってるのばれたらえらい目に合うから」
「ふふっ、そうね。でもあんた、あの子からお弁当貰ってないじゃん」
「受け取ったら負けな気がする」
「ぷっ、なにそれ……あんた面白い人だね」
そう言って、里中が笑っている。
おいおい、今のどこに笑いの要素があったんだよ。
お前の笑いの感覚が分からねぇよ。
もっと笑いってのは奥深いものなんだぞ!……っと、やばいやばい。つい笑いについて熱く語り出そうとしてしまった。
とりあえず、話を続けようか。
「でも明日から変な我慢しないで、大人しく受け取ることにするよ。じゃないと俺の身が持たない」
「うん。それがいいわね。…もしその子に愛想尽かされたら、私が作ってあげるから。その時はいつでも言いなさい」
「ああ。その時は大人しく好意に甘えるよ」
つーか、その時まで俺は金が無いままなのかよ。最悪じゃねぇか。
多分見放される頃には俺も金に余裕ができているはずだ。そうじゃないと俺泣いちゃうよ?
「あ、そうそう。あんた宿題終わった?」
突如里中が話題を変更した。
宿題ねぇ。宿題宿題。宿題なんて燃やしてしまった。……いや、本当は燃やしてないが。
「宿題なんて、脳内でぱぱっと完了しているぜ!!」
「……実際は?」
「………お前の家どのへん?」
「それは無理があるよ。うん。無理がある誤魔化し方だわ」
俺の華麗なる会話テクをもってしても、里中には勝てず。
宿題だって?そんなもん知らん。
俺には不要な存在だ。
大体、学校で勉強してるんだから家に帰ってまでやる必要がない。
だからと言って、誰かから写してもらうなんて卑怯な真似もしない。
「俺は堂々と忘れていく!!」
そんな俺の言葉に、すっげぇという言葉が相応しすぎるほどのあきれ果てた声質で里中が一言。
「……担任にシメられるわよ……?」
担任。すなわち、鬼の西郷。
いや、今勝手に鬼をつけただけなんだけどさ。
最近で言うならゴロピカリ西郷だ。
あ、ちなみに、西郷は俺が付けたあだ名で、本名は………えーっと、……んー?
名前忘れた。
「西崎 郷介よ」
里中が呆れたように教えてくれたわけなんだが。
「なんで俺の考えていることが分かった!?」
「ずっと口に出してたじゃない」
やっぱりね。そうじゃないかとは思ってたんだ。
まぁ、いいか。とにかく西崎郷介だな。
意外とイケてる名前してたのか。西郷の奴。
あ、ちなみに西郷は、『西』崎『郷』介で西郷だからな。
まぁ、前にも言ったと思うが。
そんな感じだ。
そんな風に里中と話しながら歩くこと約10分。
辺りはまだ明るい。
多分俺の予想だと午後2時ぐらいだろうか。
もう気付いていると思うが、俺と里中は歩きだ。
なぜ自転車で来なかったのかって?
軽い運動だよ。
そんなわけで、俺の家の前まで到着した訳なんだが。
「里中。お前の家はどのへんなんだよ?」
とりあえず聞いてみた。なんとなくだ。
「私はもうちょっと行った所。てか、ここあんたんちだったのね。結構近所で驚いたわ」
冗談抜きで、本当に驚いている里中。
どうやら、相当近所だったようだ。
いやー、俺って毎日遅刻してたからなー。
登校の時も出会わなかったわけだ。
「じゃ、私はもう行くけど、宿題サボると担任がキレるよー?」
里中はケラケラと笑いながら、俺に言った。
担任。つまり西郷がキレる。
そんなもの俺が恐れる訳がない。
「西郷なんぞ返り打ちにしてくれるわ!!何せこの俺にはムキムキマッチョくんがついているからな!!」
俺は右手に握りしめているマッチョな雑誌を、強く握りしめなおした。
思いっきりマッチョの顔面がひしゃげているが、元々ぼろぼろなのでそんなに気にはならない。
……って、あれ!? 俺いつの間にこの雑誌握りしめちゃってるの!? 里中が持ってたはず……あれ!? ま、まぁいいや。
「まぁ、せいぜい頑張りなさいな。じゃ、私はもう行くから」
「おう!……そうそう里中」
「ん?なに?」
「なんかいろいろとありがとうな」
俺は素直にお礼を告げた。
俺と友達になってくれた事もそうだし、俺に気を使ってくれたのもそうだし。
里中のおかげで、学校が退屈しないで済みそうだ。
今までの俺からは考えられない思考。
これも全部、里中のおかげなのだ。
地味に里中もノリがいい奴だし、一緒にいて楽しい。
だから、そんな意味を込めてのお礼だ。
里中は驚いたような顔をしていたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「あんたも頑張りなさい!シャキっとしなさいよ!」
そう言いながら、豪快に俺の背中を叩いた後、里中は歩き出していった。
…………里中。お前……背中が痛いじゃねぇか。
なに思いっきり引っぱたいてくれちゃってんだよ。
背中に真っ赤なもみじと言う名のアザができそうだわ。
俺はブツクサ言いながら、自宅の玄関のドアを開け、帰宅したのだった―――
余談だが、エメリィーヌのチョコが溶けていて、メチャクチャ怒られた。
すべてはこのマッチョのせいだと、俺は思いっきりぶん殴ってやった。穴開いた。
第三十三話 完
どうもです。
読んでくれている人がいるのかナゾな所ですが、まぁ、いいでしょう。
今回は里中の回でしたね。うん。
里中結構お気に入り。マッチョも結構お気に入りww
これからの活躍に期待したいですね。
以上、ポンジュニアでした。