第三十話~ぼっちの麦茶と惨めな俺と~
八月も終盤に入り、あと何日かすれば九月とバトンタッチ。
今度はお前の番だぞ!と、八月が九月にタスキを渡すことになりそうだ。
とりあえずあれから学校から帰ってきた俺は、冷蔵庫を漁り、とてもよく冷えた麦茶をコップに注ぐ。
透き通るような茶色を見ていると、心を洗われるような気がする。
麦茶の透き通ったような香りが、俺の嗅覚を刺激し、このカラカラに乾いたのどを潤したいという気持ちがだんだんと強くなる中、そこをグッと我慢して注ぎ続ける。
コップの中の氷に麦茶がかけられると、『カランッ…』と何とも涼やかで、心地よい音を立てる。
俺はこの時の音が結構好きで、静かに耳を澄ましていた。
音というものは、実はとてもすごい。
たとえば風鈴。夏ごろによくつるされていて、風に煽られると、チリンッっと、何とも心地いい音が鳴り響くあれだ。
皆さんも経験したことはないだろうか?その風鈴の音を聞くだけで、なぜだか涼しく感じてしまう不思議。
俺が皆さんに何を伝えたいかというと、つまりはそういう音の心地よさを知ってもらいたいのだ。
家族で茶の間に集まりのんびりとしている日曜の午後に、飼い猫のとても心地よさそうな『ミャァ…』という鳴き声や、静かなリビングに響き渡るお母さんの料理の『トントントン』という、リズミカルかつ優しい、包丁で野菜を刻む音なんかも、聞いていて心地がいいものだ。
川の流れる音。小鳥のさえずり。お寺にあるししおどし。子供の無邪気な笑い声。
そして、氷の音はそれらと同様の意味で、俺がとても気に入っている音の一つなのだ。
俺はそんな音に和みつつ、注いだ麦茶が入っているコップを、丁寧にお盆の上へ。
そのお盆を、上に乗っているコップを倒さないように。コップに注がれている麦茶をこぼさないように、慎重にテーブルへと運んでいく。
「ふぅー」
こぼさずにきれいに運び終えると、何とも言えぬ達成感が生まれた。
で、運び終えた瞬間に、麦茶入りのコップが次々とお盆の上から奪い取られていく。
「海、ありがとなー」
「先輩!ありがとうです!」
「あ、海兄ぃありがとねー」
「山空、すまない」
「麦茶なんヨー!」
……お前らなぁ。もうちょっと雰囲気というものを大事にしようぜ。せっかくいい感じだったのに。
お盆の上にポツンと一つだけ置かれた、俺の分の麦茶入りのコップ。
さっきまで周りに同じ仲間がいたのに、急に一人ぼっちになってしまっているようで、ちょっと虚しくなってきた。
そしてもう当たり前の如く、こいつらは皆、俺の家に集合済みだ。ユキまで。お前までなんでいんだよ。
そんな皆にやや呆れながら、俺は適当な場所に座った。
第三十話
~ぼっちの麦茶と惨めな俺と~
とりあえず、みんなに分かりやすく。そしてなおかつ的確で手短に話しておこう。
まず、学校の校門の前で俺がユキの誤解を解こうと頑張っている時に、オメガがやってきたのは知ってるな?
で、そのあとは意外とすんなり終わり、あとは適当に俺の家に直で帰ってきたわけだ。
ちなみに、オメガを『師匠!』とか言って慕っていた山下とは途中で別れた。で、今に至る。説明終了。
「うーみん先輩!ぜひユキの隣に座ってくださいです!」
麦茶を一口飲んだ後、ユキが照れながら言った。
「なぜユキの隣に座る必要があるんだ? 動くのめんどいしここでいいよ」
あ、ちなみに、みんながテーブルを囲むようにして床に座っているという、何とも奇妙かつ不思議な感じになっている。お見合いかよ。いや合コンか? ……ってどっちでもねぇっつの。
そしてさらに言うと、俺は秋と琴音にはさまれている状態となる。そしてユキは俺の目の前に座っている。つまり向かい側だな。
もしこれがオセロだったら、竹田と竹田に挟まれた俺は、ひっくり返って竹田となります。
それにしても……俺ん家のテーブルでかくてよかった。
「なら、ユキがそっち行きますです!秋先輩。すみませんが場所を交代してくれないですか?」
そういいながら、ユキは立ち上がる。
可愛いガールが立ち上ガール。……我ながら、これはひどいな。
「あぁ、別にいいぜ」
秋はユキの要望を、嫌がるそぶりも見せずに了承する。
そして、すぐにその場から立ちあがり、さっきまでユキが座っていた所まで移動し、その場で座る。
「秋先輩!ありがとうございますです」
秋にお礼を言いながら、ユキが隣に座ってきた。……瞬間、腕を無理やり組まされ、不必要なほどに、ユキは俺に張り付いてきた。
「おいユキ。やめろよ。暑い」
もうすぐ九月だというのにこの暑さ。そして、その暑さの中張り付いてくるユキ。これは辛い。
といっても、クーラーはついているのだが。
「ふふっ。もう放しませんですよぉー!!」
俺の願いを軽くスルーし、只今幸せの絶頂を迎えております風の顔で張り付き続けているユキ。
正直、とても可愛いのだが。それは外見だけだ。騙されるなよ俺。
つーか、今思ったんだが、ユキはなぜ俺なんかを?
そりゃぁ、なかなかのイケメンだと自負しているが。一目見ただけの初対面の男に、いきなりここまでするだろうか? ……謎だ。
「……海兄ぃ。全部喋ってるよ。そして、イケメンじゃないよ。」
グホッ!!
何だと!? 俺は全部喋っていたのか。
「ど、どの辺りから喋ってた?」
「その前にもぼそぼそ呟いてたみたいだけど、『なかなかのイケメンだと自負している。』からちゃんと聞き取れた」
「ははは、なんだそうか。よかった」
ユキの事をちょっとだけ可愛いと思った事を暴露してしまったのかと、正直ひやひやしたぜ。
「……なんか聞かれたらまずいような事でもしゃべってたの……?」
琴音が、俺にジト目をむけて言ってくる。
やべっ。
「いや、そんな事はない。けしてない。正直なところなくもないけどない」
「どっちなのよ。まぁ、別に私はどうでもいいけどね」
なんか不機嫌な琴音。
いったいどうしたんだ? 麦茶が他の人より少なかったから怒ってんのか?
でも、自分で選んで取っただろう。俺のせいにしないでいただきたいものだ。
てか、なんで俺なのか、本気でユキに聞いてみるか。
とりあえず俺は、俺はユキに聞いてみることにした。
……そういえば、さっきから俺の心が痛い。なぜか泣きたくなるほど痛い。なぜだろう。琴音の言葉の中に、俺の心に外傷を与える刃物が混じっていた気がするのだが。あれは気のせいなどではないはずだ。……俺はイケてるはずだ。俺がイケてないなんてそんな事はない。全国を探しても俺ほどのイケフェイスを持っている奴など……言ってて悲しくなってきたな。やめよう。
とりあえず、ユキに聞いてみるか。
「なぁ、ユキ。ひとつ聞きたいことがあるんだが……」
「はい、なんでしょうですか?」
「……なぜ、俺なんだ?」
さっきはイケてると称したが、正直俺を選ぶ理由が見当たらない。
もしも理由があるとすれば、ユキがおかしいか、今まで現れなかった俺の壮大なるモテ期が到来したかのどちらかだと思う。
俺のそんな質問内容を聞いて、ユキが俺から静かに離れ、真剣な表情で俺に向きなおっている。で、言った。
「ユキが先輩に恋心を抱く理由ですか?」
みんないるのにも拘らず『恋心』という、普通の乙女なら恥じらいそうな単語を口にするユキ。よって、コイツは普通じゃない。
ユキのとても真剣な表情に、俺は思わず固唾を飲みこんでしまうほどだ。
秋も気になるようで、真剣に聞き入っていた。
実を言うと琴音も。なぜか俺よりも真剣な表情だ。
そのほかの奴ら。つまりエメリィーヌとオメガは、一応聞いてるっぽいが自由に遊んでいる。
オメガはPC。エメリィーヌはマンガを読んで。
つーかエメリィーヌに関しては全く興味はなさそうだ。
俺が無言でユキに対して頷くと、ユキが静かに言った……。
「しいていうなれば……」
しいていうなれば……。そう言っていったんお茶を口に含むユキ。
おい焦らすな。そんな演出いらん。
で、やっとユキが口を開く。で、飛び出た言葉が……
「運命……ですかね」
……これだよ。
『運命』これは実に都合のいい言葉だ。なにがあろうが、この言葉さえいえばしっくりきてしまうという魔境の言葉。
ある日、逮捕された悪人が言った。『これもまた、悪行の限りを尽くした愚かな奴の……私の運命だ……』と。
そして、絶望の淵に立たされている借金まみれの男が言った。『これが僕の運命だとでも言うのか……』と。
そして、ドラマが大好きな近所の子供たちが言った。『ふっ。お前はそういう運命なんだ。くだらねぇ意地はってねぇで、大人しくママのもとへ帰りな』と。
そして、秋葉原と二次元をこよなく愛するオタクどもが、限定フィギュアを舐めまわすように眺めながら言った。『むふふ。きみはボクだけの物だよ。きみとボクが出会ったのはきっと運命なの。絶対に僕を裏切らな愛しのキミに、僕は一目で心を奪われてしまったんニャリ』と。
そして近所のおばさんが言った。『先月田中さんちの旦那さんと近所のスーパーの野菜コーナーで偶然あっちゃったんだけどぉ、もうこれ運命よねぇ』と。
そして最後に、近所の子供たちに捕獲されたセミが言った。『ウーンメイミンミンミンミンミン』と。
このたとえからも分かる通り、運命という言葉を使えばなんだって、そしてどんな状況だってしっくりきてしまうのだ。
だが、この状況。この状況下において、こんな言葉でしっくりきてしまってはいけない。
俺が知りたい事は、その言葉の裏に隠された真実なのだ。
みんなの前だし、ユキには悪いが。お前のその恋心とやらの内側を覗かせてもらう。
俺は深呼吸をし、ユキの肩を力強くつかんで言った。
「運命なんていう曖昧な言葉じゃなく、お前のちゃんとした気持ちを教えてくれ!!」
頼むユキ!教えてくれ!!じゃないと今後の対処に困る!
俺にだって知る権利はあるはずなのだ。わけも分からないままこの状況は、さすがにキツイからな。
俺の言葉を聞いたユキが、分かりやすいほどに赤くなる。
やっぱり恥ずかしいのだろう。変人といえど女の子。みんなの前だしな。
俺のどこが気に入ったのか。みんなの前で言わせることになる。そりゃ恥ずかしくもなる。
俺だって照れくさい。
だが、それ以上に気になるのだ。なぜ俺が、この何とも言えぬ状況に立たされているのかが。
「えと、ですね…その、そんな率直だと恥ずかしいです……」
恥ずかしさのあまり誤魔化してしまうユキ。いかにも言いづらそうな様子だ。
だが、そんな事で見逃す俺ではない。
「誤魔化さないで教えてくれ!! 俺は真剣に、ユキの本音が知りたいんだ!!」
俺だって、それ相応の理由が欲しい。
付き合っているつもりはないが、ユキはどうやらその気らしいし……。
なら、わけわからん状態で付き合わされるよりは、理由が知り合いと思うのは当然だ。
しかしまた、ユキは誤魔化そうとする。
顔を真っ赤にして慌てふためいているユキは、正直かなりの可愛さだ。だが、今はそんな事はどうでもいいのだ。
「頼むユキ! 恥ずかしいとは思うが、お前の率直な気持ちが知りたいんだよ!! よく分からないままいつまでもこの状態だと、結構辛い。今後の事もあるしな。だから頼む!」
「こ、今後!? せ、先輩のいう今後って……」
もうこのまま元に戻らないんじゃないかというくらい、真っ赤なユキ。
カメレオンもビックリの変化である。
「ああ。今後、こんな曖昧な関係じゃ色々と不都合があるからな。今ハッキリさせとかねぇと、後々困る!」
なぜ俺がこんなに追いまわされなくちゃいけないのか。
一時間前も、学校の前で華麗なるボディプレスをモロにくらったばっかりだ。
さすがに、俺の体が持たない。せめて理由だけでもはっきりさせとかないと割に合わない。
「せせせ、先輩…!そ、そんなユキの事を思ってくれたんれすか?」
恥ずかしさのあまり、上手く呂律が回っていない様子のユキ。
「あぁ! 毎回ユキに抱きつかれると、俺の体も限界なんだ!! だから、俺の為にユキのすべてを教えてくれ!!」
もうこれ以上ユキに振り回されたりなんかしたら、俺の体は限界を超えボロボロとなるだろう。
「かかかかっか、海兄ぃ!? みっみみ、みんなの前でそんなハッキリ言わなくても!! 直球すぎない!?」
突然痺れを切らしたように、琴音が俺を見て慌てながら言ってきた。
「なに言ってるんだよ琴音。こういう事は、すぐハッキリさせなくちゃいけないんだよ。じゃないっと一生困ることになるぞ?」
「なっ…一生……」
『かぁっ....』っと、顔を赤らめる琴音。
……ん? なぜ琴音が赤くなる必要があるんだ? 意味が分からん。
つーかいつまでユキは黙ってるつもりなんだよ。
確かに恥ずかしいと思うが、道端で突然告白する方が何倍も恥ずかしいことだろうが。
そんな高度なことまでやってのけたユキなら、これぐらい造作もないだろうに。
「ユキ、お前なら大丈夫!いや、お前なら出来る!頑張れユキ!俺はいつまでも待っててやるから!!」
「先…輩……」
ユキが、やっと喋りはじめた。
俺の真剣な気持ちが届いたのだろう。よかったよかった。
「……驚きましたです。正直、ユキだけが一方通行だと思ってましたですよ。」
ユキは今だ顔を赤らめながらも、頑張って話をしてくれている。うん。ユキ。よく頑張った。
なら、俺も話しやすいように全力でサポートしなくちゃいけないな。これは一人の男として当然の義務だ。
「ああ。今のままじゃ一方通行だからな。ユキのことを理解するためにも、俺にすべてを教えてくれ。今後、どのように付き合っていくかを決める大事な話なんだ」
ユキだって一応は女の子だ。見た目だって可愛い。
そんな女の子を、俺だってわけも分からず変態、変人扱いしたくはないんだ。
ユキの気持ちを少しでも分かれば、ユキの事を変に思わなくて済む。
これは、俺とユキがいかに差し支えなく普通に接する事が出来るのか。普通の友達としていかに上手く付き合っていけるか。それを決める大事な話だ。
高校卒業した後も、大学卒業した後も。社会人になってもずっと、仲のいい友達でいられるかが、かかっているのだ。
そう、もしかしたら友達、いや親友として、一生の付き合いになるかもしれないんだ。
だからユキ。
「俺の人生のために頑張ってくれ」
「か……海兄ぃ……」
琴音が、やはり顔を真っ赤にさせながら呟いた。
だからなんで琴音まで……あ、なるほど。俺の言ってることは琴音にもあたることだからな。もちろん、他のみんなにも。
そりゃあ、『お前は一生大事な親友だ!』なんて直球に言われたら、照れくさくもなるな。納得だ。
琴音の赤面に対しての答えが出たと同時に、恥ずかしさと照れくささでずっと黙っていたユキが、とうとう真実を述べる。
「……ユキは今ので確信しました。やっぱり、ユキと先輩は運命だったみたいです」
……おい。そうじゃないんだ。運命とかそういう事が聞きたいんじゃないんだ俺は。
「なぁ、ユキ。俺が聞きたいのは運命とかそういう事ではなく……」
俺が喋っていると、ユキが手を俺の口の前をにつきだし、ちょっと喋らないでくださいアピールをしている。
「最後まで聞いていてくださいです。ちゃんとお話しますですから。」
「あ、あぁ。わるかったな」
ちゃんと考えあってのことだったらしい。だとしたらちょっと悪いことしたな。
「別に気にしないでくださいです。……話を続けますです。」
ユキが、静かに語り始める。俺が道端で突然、私の彼氏になれよ宣告をされた意味を。
「そう、あれは引っ越ししてくる前の。転校する前の学校の事です―――」
ユキが語る内容は、少々ショッキングな過去だった。といっても、ホントに少々。バッタの親子の親だけを踏みつぶしてしまったぐらいのショッキングさだ。
――――それは、ユキが引っ越しをしてくる前の話だ。
ユキが引っ越してきたのは一週間前のことらしい。
で、実はユキは、転校する前の学校に、中学のころから気になっていた好きな人に、高校に入ってから告白したことがあったらしいんだ。
約三年間の片思いだな。陰から見ているだけじゃ、もう我慢できなくなったのだろう。
親友の後押しもあり、なんとか告白できたことには出来たのだが、その時は恥ずかしさのあまり、返事を聞かずに逃げてしまったらしい。よくある話だ。
それが今年の7月中旬ごろの話だそうだ。夏休みに入るちょっと前だな。
だがユキは運悪く、その告白した次の日に高熱を出してしまった。告白の時の緊張とかもあるだろう。
つまり、返事を聞けないまま学校にも行けなかったわけだな。
で、それから一週間後。元気になったユキは学校に気まずいながらも登校した。
だがしかし神様も意地悪なもんで、その告白した相手も風邪引いて休んでいるらしかった。
親友の励ましもあり、何とか毎日登校していたユキ。
そこに、さらなる神のイタズラ。告白した相手の熱が下がらず、学校にこれないまま夏休み突入。告白の返事を聞けないままだ。
完全に聞くタイミングを逃したユキは、そのまま夏休みを憂鬱に過ごしていた。そんなある日のこと。
両親の都合で、引っ越し。すなわち、転校が決まってしまった。しかも1週間後だという。
勿論ユキはそれまでに返事だけでもと、色々頑張ろうとはしてみたものの、いざとなると怖くてできなかったそうだ。
親友も協力してくれたのだが、とにかく色々あって聞くタイミングを完全に逃したユキは、とうとう引っ越しの当日を迎えてしまったわけだ。
でも、親友の計らいで最後に一度だけその告白した人に合う事が出来たのだが……
現実とは悲惨なもので、もうそいつには別の彼女さんがいるらしかった。
その衝撃の事実を背負ったまま、ユキは転校。すなわち引っ越しだ。
「―――で、落ち込んでいた所に、たまたま俺とぶつかり、反場やけくそで告白したと。そういうわけだな?」
俺は雪の話をすべて聞き、俺なりの結論をユキに聞いてみた。
「先輩には申し訳ないのですが…その通りです。第一印象も優しそうだったのでつい……」
聞けば、他の事に興味でも持って忘れようとしてみたものの、ユキにはそれと言って思い当たる節もなく、恋愛事情なら恋愛で……みたいな感じらしい。
つーか俺を見た第一印象が優しそうだなんて初めて言われた。
大概はひどく誤解されるのだが。ほら、不良とかね。なんでか分からんが。
でもあれだな…。あの時はとても落ち込んでいるようには見えなかったが。
変人だったし。でもまぁ、無理してたのかもしれないな。
「なんか傷をえぐるようであれなんだが……一つだけ聞いていいか?」
俺と一緒に話を聞いていた秋が、ユキに問う。
「あ、はい。今はもう全然元気なので……。気にせずに聞いてくださいです」
今はって……まだそんなに時間も経ってないだろうに。ユキって意外と一人で抱え込んでしまうタイプなんだと思う。
「えっと、その、告白相手の家にはいかなかったのか?」
秋も少し躊躇いながら、ユキに聞いた。
確かに、そんなに簡単じゃないだろうけど……家に行けば良くも悪くも、答えは聞けたんじゃないかと思う。
もし早めに答えを聞けてれば、そんなに思いつめる事もなかったんじゃないかと思う。
だが、ユキは言った。
「えと、実は家も住所も全く分からなくてですね。いつもただ見てるだけでしたから」
なるほどね。よく分かった。
ユキの恋愛事情は分かったのだが、こうなると俺の立場上気まずいことになるな。どうしたものか。
そんな俺の困惑した感じが伝わってしまったらしく、ユキが慌てて言った。
「あ、ホントに全然大丈夫ですよ!です!その、ホント同情とかしなくていいですから!」
……こいつも頑張ってるんだな。少し見なおしたよ。
「あぁ。分かってるよ。……なんというか、ありがとな。その、話してくれてさ」
俺は素直に感謝したと同時に、少し申し訳ないような気がした。
よく知りもせずに気軽に聞きだしてしまったことに。
でもまぁ、本人もあぁ言ってることだし、気にしないで行こう。
それが一番だ。
「いえ。私もなんか柄にもない話しちゃって。でも今はホントふっ切れたんで大丈夫です!……それは、ちょっとは複雑な気持ちもありますけど…でも、気にしてなんていられないんですよ!ため息なんてついてたら、その分幸せが逃げて行ってしまうんです!!これから起こる幸せまで、逃げてっちゃうといけないですからね!!」
と、ホントに大丈夫そうに、元気に答えてくれた。
そんなユキの言葉で、気まずい雰囲気だったこの場所が、一気に明るい、いつもと変わらない雰囲気に戻って行く。
「白河はその、おばあちゃんの知恵みたいなの信じる系か?」
秋が言った。
ため息をついた分だけ幸せが逃げていく。の事だろう。きっと。
「はいです!おばあちゃんは最強なんですよ!?無敵です。勇者です。伝説です!!」
おいおい。どんなババァだよそれ。強すぎだろ。
「つーか琴音。いい加減泣くのをやめろ」
「だって……ユキちゃんが可哀そう過ぎて……」
ユキちゃんて、いつからお前らはそんなに親しくなったんだよ。
さっきまで白河さんだったろ。
「こ、琴音ちゃん!泣くなら僕の胸の中で!!」
過敏性の変態が過敏に反応する。
両腕を大きく広げて、琴音が抱きついてくるのを待とうと思ったのだろう。
だが、あいにくこの部屋だ。物が結構置いてあるが故に、両腕を広げた瞬間、棚に突き指をしてオメガが苦しんでいる。
今更だがこの変態はバカのようだ。
「恭兄ぃに抱きつくぐらいなら死んだ方がましだ」
泣きながら凄いこと言ってるよこの子。
感動しすぎて涙を流したもんだから、若干鼻声の琴音。
「コトネ……顔洗ってきたらどうなんヨか?」
マンガを読み終えたっぽいエメリィーヌが言った。
「うん。そうするよ」
そう言って、さっそうと洗面所まで走って行く琴音。
いってらっしゃい。
つーか今思ったんだけどさ。俺麦茶飲んでないし。
それよか、肝心の答え聞けてないよね。俺。これはいかん。
話をぶり返すかもしれないが、答えだけでも聞いておこう。
結局、ユキは俺の事が好きなのだろうか?
それとも、告白してしまったが故にあとには引けなくなってしまっているのだろうか?
俺は、なぜか俺の麦茶に手を伸ばしているユキに聞いてみることにした。
「おいユキ。一つだけ聞いていいか?」
「は、はい、なんでしょうですか?」
俺が話しかけると、慌てて俺の麦茶から手をどけるユキ。
いったいお前は何がしたいんだ。と聞きたくなったが、そこは俺。ぐっとこらえて目的の質問をしようとした時だった。
「洗ってきたよー」
と、琴音が洗面所から帰って来たのだ。おかえり。
琴音の顔は、スッキリした様だがたいして変わってない。
琴音がこっちまで駆け寄り、さっきまで座っていた場所に再度座った。
「うーみん先輩?ユキに聞きたいことってなんでしょうかです」
あ、そうだったな。てかうーみんは慣れないなぁ。
うーみんって聞くたびムー○ンを思い出してしまって仕方がない。
でも、俺は気にせずユキに聞いてみた。
「ユキの事情は分かったが、肝心の俺の質問の答えが聞けたようで聞けてないのだが……」
「そ、そうですよね……」
そういいながら、また顔を赤らめるユキ。
念のため琴音を見てみると、やはりユキとほぼ同時に、ゆでタコみたいになっている。
これはイイたこ焼きが焼けそうだ! って俺は何を言ってる。バカか。
「海兄ぃ!あれ本気なの!?そうなの!?」
琴音がなんか無駄に迫力を帯びている。怖い……というかしつこい。
「あれってなんだよ。俺が言った事なら全部本当の事だが」
「う、うう、うーみん先輩!!ユキがフラれたのも、多分うーみん先輩に合うためだったんだと、今なら思いますですっ!!」
急にわけの分からんことを言い出すユキ。
そんなユキに、秋が言った。
「はぁ……白河。あまり期待しない方がいいぞ? コイツ鈍い……てかアホだから」
その声は明らかに呆れが入っている。
アホって誰の事だよ。ぶっとばすぞ。
「秋先輩!!うーみん先輩の悪口を言うと、ユキは本気で許しませんですよ!?」
「……俺は一応忠告したからな。あとは知らん。勝手にしてくれ」
「言われませんでも勝手にしますですよ!!」
「はいはい」
と、なんか良く分からん事で言い合いをしている二人。
琴音はなんか赤くなったまま、心だけどっかの幻想郷にでも行ってしまっているようだ。大丈夫か?
「ねぇエメル。ちょっとここは戦場になりそうだから、僕達は安全に二階で遊ぼう」
と、オメガがなんかおかしなことを言っている。船上?いや、戦場か?なぜだ。
オメガは、エメリィーヌと一緒に二階へと消えて行ってしまった。
秋はマンガを読み始めている。
するとその時、ユキが照れながら言った。
「そ、そのうーみ…いや、海先輩!ふ、ふつつか者ですが、ど、ど、どうかよろしくお願いしますですっ!!」
………あれ? なんだ?
これってあれだよな。ふつつか者ですがって結婚のあいさつ時によく言うあれだよな。
あれれー?おかしいぞー?
なにがどうなってこうなったんだ?
とりあえず、拒否しておこう。
「……ごめんなさい」
「「なんでぇ!?」」
ユキと琴音が声をそろえて驚いている。
あ、琴音、幻想郷からの帰還お疲れ。
てかなぜ驚く。意味が分からん。
その時、かすかにため息が聞こえる。秋だ。
あいつは何か知ってるのか?教えてくれ。
「海兄ぃ!どうして!?」
「あれだけの告白のあとにまさかのお断りですかっ!?」
こここ、告白!? 告白してきたのはユキの方だろうが!!
「告白っていったいなんの事だよ!?」
俺の言葉を聞いた瞬間、二人がポカーンとしている。とても驚いているようだ。
「え……だって……海兄ぃ……」
よし、お前らの言いたい事は分かった。物事を整理しようじゃないか。
「二人とも。まずなぜ俺が告白したという状況になったわけだ?」
俺は丁寧な口調で問いかけた。
「だ、だって海兄ぃ、『ユキのすべてが知りたいんだ!!』とか、『俺の人生のために』とか言ってでしょ……? あれって、ずっと一緒にいたいんだって事じゃないの……?」
はぁ!? なに言ってんだ琴音!
「ユキの本音を聞かなきゃ俺が無駄に振り回される状況に納得できんし、もしかしたらこれからもずっと付き合って行くかもしれないからな。もちろん友達としてだぞ?」
「せ、先輩……」
「え、じゃ、じゃあ海兄ぃ、俺の今後がどうとかって言ってたのはもしかして……?」
「ああ。そんなに振り回されたら俺の体がボロボロになっちまうからな。今後の事も考えてそれは避けたい」
「だから今後ってなに……?」
「え? だから友達としてだな……」
「……てことは、ユキの勘違い……ですか?」
「ああ。ユキの勘違いですな。そもそもあり得ないだろ。会ってからまだ一日も経ってないのに付き合うとか。冗談もほどほどに……えっ!?」
俺の言葉を聞いた瞬間、琴音とユキがその場で立ち上がる。
ゆっくりと、そしてドス黒い殺気を全身に帯びながらだ。
「ゆ、ユキの気持ちを……」
「女の子の純粋なる思いを………」
ユキは涙目で。琴音はブチ切れて。
二人が腕を振りかぶっている。
――嗚呼。なぜこんな事になってしまったのか。
俺は別に間違ってはいない。なにも悪い事はしていないはずだ。
それに、なぜ琴音まで怒ってるのかが理解不能だ。
俺はまっとうに生きただけなのに。なぜなんだ。
そう。二人が腕を振り上げて。
「どうしてくれるんですかっー!!!!」
「どうしてくれるのよっー!!!!!!」
二人の拳が、俺の顔面にめり込むまでの数秒間の間に。
「ぐうぉぁぁあああ!!!!」
そんな事だけが頭の中をグルグルと渦巻いていた。
見事に顔面にクリーンヒットした俺は、鼻血を吹きだしながらその場に倒れこむ。
丁度その時。
お盆の上にただ一つだけ残った、一人ぼっちの麦茶入りのコップが。
俺の悲鳴と共に、カランッ....と静かに音を立てたのだった。
まるで、惨めな俺を見てお互いの状況を憐れむかのように――――――
第三十話 完