第二十九話~あの日見た女子の怖さを僕達はまだ知らない~
ワイワイガヤガヤ
と、帰宅時間になった瞬間に騒がしくなり始める。
『少し見なおした。これからは友達ね!』
そう言って去って行った里中。
友達……この高校の奴らから、まさかそんな単語が出てくるとは思わなかった。
別に俺は友達が欲しいわけではないが、やっぱりそういうのはいいものだ。
里中……以外といい奴だったんだな。俺、完璧に誤解してたわ。
ずっと不機嫌そうで、悪魔かなんかに喜怒哀楽『喜』の感情を取られた奴かと思っていたが……そんな事は無かったらしい。
ちょっと赤くなってたし、女の子らしい所もあるんだな。わしゃ驚いたわい。
「ふふふ。カイ。そのまま恋愛感情まで発展したりしてー」
「しねぇよ!」
すっっごーくニヤついている小娘は放っておいてだな。
とりあえず、学校も悪くないな。……と、思えるようになった事は確かだ。
実を言うと、エメリィーヌのおかげだと思う。
エメリィーヌがいなければ、俺は多分、またいつもの繰り返しだった。
そりゃそうだろう。エメリィーヌが気がかりすぎて、他の事まで頭が回らなかったからな。
いつものありのままの俺をさらけ出したと思う。今思えばだけど。
やっぱり、誤解されてたのは俺のせいでもあったのかもな。と、思う今日この頃。
第二十九話
~あの日見た女子の怖さを僕達はまだ知らない~
「山空。いや、スカイ。外で琴音ちゃんが待ってるっぽいけど?」
「あぁ、向こうも終わったんだな。いつも、待っててくれるんだよ琴音は」
「ところでスカイ。スカイにたいして何か一言」
時々オメガはめんどくさい。
「はいはい、なぜスカイなんだ?」
「担任と呼び方が被ってたからね。僕が飽きるまでスカイって呼び続けるよ」
ははは。
「勝手にしてくれ。……で、一つ気になるのだが?」
「そうだね。僕もそろそろ薬が切れかかっているんだ。やばいよ」
説明しよう! 薬とは、前回で登場した一粒で二度おいしいとかなんとかのオメガの発明品であり、服用する事によって、平全を装う事が出来る代物である! つまりオメガが服用する事によって、熟したおばさん(女子高生)に囲まれても普通の会話ができるようになるのだっ!!
『え?薬ー?恭平くん病気なのー!?』『大丈夫?鳴沢くん!』
女子らがオメガを囲んでいる。
「お前ら邪魔だ!!!」
『あぁ!?』
オメガに群がる女という名の化け物。
俺が怒鳴ると、みんなが一斉に睨み返してくる。
いい加減にしてくれ。さっきからオメガの顔がまともに見れてないぞ。
「大丈夫。僕は病気じゃないからね。……出来れば僕から離れてくれると助かる」
『あ、ごめんねー』『恭平くん。家どこ?一緒に帰ろうよ!』『恭平くんの誕生日はいつ?』
俺があれだけ言ってもダメだったのに、オメガの一言で、オメガにたかっていた奴らが両端によけ、なんか人間の道が出来る。
おいちょっと待ちやがれ。理不尽だ。この世は理不尽で包まれていやがる。
「カイ……。大丈夫なんヨ。そろそろ薬が切れるっぽいんヨから。そしたらこの状態もブチ壊しなんヨ」
「でもよエメリィーヌ。すぐだったっていつ切れるか分からないのに……」
『すぐ』といっても、それには色々ある。
5分後かもしれないし、30分後かもしれない。そんなものに期待なんて出来ない。
「さぁ、行くよ山空。本気で薬が持ちそうにない。」
いつの間にか俺の隣に来ていたオメガが言った。
「つーかスカイって呼ぶんじゃなかったのか?」
「飽きた」
飽きるの早っ!!!
まだ一回目だろ。つーか一回もまともに呼んでなかったろ。
「まぁ、とにかく、琴音ちゃんが僕を待ってることだし、さっさと行こう」
『僕を』じゃなくて、『僕達を』だろ?
お前だけを待つぐらいなら、多分琴音は即帰宅しているはずだ。神に誓ってもいい。
ってかさ。こんな所でそんな事言ったら……正直やばくね?
という俺の不安も的中し、あの女どもが激しく問い詰めて来る。
『琴音ちゃんって誰なのっ!?恭平くんの彼女!?』
…………嫌な予感が。
オメガは答えた。それも、頼もしいくらい堂々と。
「うむ」
ちげぇぇえ!!!! なに堂々と嘘ついてんのあんた!?
そんな事言ったらやばいんじゃ……
俺は思った。そう、琴音が集団でリンチに合うんじゃないかと。いや、集団がリンチに合うんじゃないかと。あれ? 集団がリンチで集団でリンチ?リンチデシュウダンデシュウダンガリンチ? あぁ、もうどうでもいい。とにかく危険だ。そう思っていたのだが。
女子の発想というものは恐ろしいモノだった。
『なら、その琴音って子と仲良くなれば!』『恭平くんとよりお近づきになれて……』『いろいろ教えてもらえるじゃない!』
頼もしすぎる発想力。男には出来ないなこの発想は。
絶対、嫉妬でいじめたりすると思ってたのに。うん。女心は分からん。つーか分かりたくない。
てかあれじゃね?琴音に凄い迷惑かかるじゃん。なんかしてこの暴走女型機関車を止めなければ。
でも俺じゃなにも出来ないのもこれまた事実。話聞いてもらうことすら不可能。
つまりもう頼みの綱はエメリィーヌしかいない。
俺はエメリィーヌに目で合図を送る。アイコンタクトというやつだ。
すると、力強く頷いて言った。
「コトネを守ればいいんヨね。分かったんヨ!」
ふっ。さすがはエメリィーヌだ。長い付き合いだけあって、俺の考えている事を余裕で理解してくれる。
エメリィーヌが、しばらく考えたのち、暴走女たちに言った。
「ねぇ!コトネの事なんヨけど!!」
すると、一人の女子が、エメリィーヌに気付く。
『ん?どうしたの!?琴音って子の事知ってるの!?』
えらい食い付きっぷりだ。これあれだな。海老で鯛を釣るっだけ?その辺りだな。
オメガの近辺情報で女子たちを釣る。みたいな。……なんかヤだな。
で、エメリィーヌが発した言葉は……
「キョウヘイがコトネを一方的に好きなだけなんヨ!!コトネは嫌がってるんヨ!!」
ほうほう。なんかまずくね?
『……それ、本当?』
おいおい、どうするよ? 絶対怒ったろ、女子。
とにかく、上手くごまかさねぇと!
俺はエメリィーヌ日から強い目で合図を送る。『うまくごまかせ!』と。何度も言うがアイコンタクトというやつだ。
だが、エメリィーヌは気付いてない。だめだこりゃ。
「全部本当なんヨ!!いつもキョウヘイは、コトネに殴られてるんヨから!!」
『琴音ゆるさん!!どこの女か知らないけど、恭平くんの気持ちを無視して、さらにいじめるなんて!!!』
『え、まじ!?それ本当なの!?琴音……覚えてなさい!!』
『本当!?恭平くんを騙した上に、貢がせてるなんて最低よ!!』
おいおい。話がどんどんひどい方向に全力疾走してるぞ。
で、その内の一人が、女の勘的なもので、窓から中学の前で立っている琴音を見て言った。
『きっと、あそこで立ってる子がそうよ!!……あ!?なんか男の人と仲良く話してる!!あ!?男の人の制服の乱れを直してる!!……さいってい!!』
おいバカ。それはおそらく兄貴だ。
『皆で言って恭平くんに、二度と近づけないようにしてやりましょう!?』
『そうね!!』
そういって、オメガ大好き6人組は琴音目指して走り去ろうとする。
……だめだ。もう見ていられん。
「カイ!ウチ、なんかまずい事言ったんヨかな…!?」
とてもおろおろしているエメリィーヌ。本当に困り果てている顔だ。
なんか文句言ってやろうとしたが、その困り果てている姿を見てたら怒る気が失せた。
なんというか、こんなに困り果てているエメリィーヌは初めて見る。面白いな。
つーかやばいぞ? さすがの琴音も、やばいんじゃね?
と、思った時。オメガが走り去って行こうとするやつらに言い放った。
「琴音ちゃんに指一本でも触れたら……許さないよ?」
とてもカッコいい。やばいな。これはやばい。
自分でまいた種を自分で処理しているだけなのになぜかカッコよく見えてしまって困る。
その言葉に、女子らが過敏に反応する。
『ど、どうしてっ!?恭平くんどうして!?』
『だってあいつは、鳴沢くんを騙して自分の犯した罪をなすりつけようとして……!!』
『そうよ!恭平くんを犯罪者にしようってたくらんでいるのよ!?』
『私たちは恭平くんを守ろうとしているだけなのに!!』
『なぜあの女の事をいつまでも構うの!?』
『あの女のどこがそんなにいいのよっ!!』
と、なんか壮大な事になってまいりました。
琴音がえらい言われようだ。
「コトネって、そんな悪い人だったんヨか……?」
小声で俺に聞いてくる。
「なわけねーだろ」
「そ、そうなんヨね……最近の女の人の考えることは分からんなんヨ」
「お前も一応女だろ?」
「でも、あいつらとは一緒にして欲しくないんヨ。」
「……だな」
なんて事を小声で話していると、オメガが大きく息を吸い……でたよ。覚醒。これが意味するのは、薬が切れたという証拠だ。
オメガはとうとうキレた。薬が切れた瞬間オメガがキレた。そしてなかなかに上手い事言ったぜ俺。
「お前らのような熟した女なんかよりも、まだ未発達の若い女の子ほうがいいに決まってるだろう!!」
ってのを、大声で叫んでいる。廊下や教室には、多少なりともまだ他の奴らがいるというのに。
まぁ当然、皆がこっちを振り返る。
「15歳過ぎれば誰もはおばさん。そして考えてみろ。おばさんと少女。選ぶなら当然少女に決まってるだろうが!!」
『なにこの人!』『私たち女子高生をバカにしてるわけ!?』『さいてーよあんた!!』『死ね!』
オメガが言い放つと、その場にいた外野の女子からブーイングの嵐。
ちなみに、あのオメガラブな6人は硬直している。
それとは打って変わって。
『良いぞ転校生!!』『俺達男の象徴だ!!』『男の理想をぶっ壊すそいつら女子にもっと言ってやれ!!』『所詮これが現実だとっ!?いいや違う。男の夢はもっと高みにある事を思い知らせてやれ!!俺達の師匠!!』
と、外野の男子からはとてつもない賛同を得ている。
しかもロマンとか言ってるやつもいるよ。って、山下じゃねぇか!!!
この中で一番オメガの言葉に心打たれてるやつ。それが山下じゃねぇか!!
あいつもそんなキャラだったのか。なんか……うん。
…………もういい。くだらねー。
「おいエメリィーヌ。ここは変人どもに任せておいて、俺達は琴音も所でも行ってるか。」
「そ、そうなんヨね……。ウチでもちょっと引いたんヨ。」
うん。わかるよ。だってそう思っている目をしてるもの。
「はいちょっとごめんないさいねー。山空通りますよー」
俺はエメリィーヌと一緒に、緊迫した雰囲気の戦場を普通に横断する。
両者は無言のまま睨み合っている。まるで、西部劇の早撃ち勝負の時のように。
そんなやつらをスルーし、俺とエメリィーヌは玄関へと到着。
だが、なんか玄関も騒がしかった。
『おい!あの転校生がすげぇらしいぞ!』『まじかよ!!応援に行こう!!』
『ねぇ!二階に、女を完全否定する転校生がいるらしいよ!』『なら、対抗するしかないわね!』
おいおい。何だよこれは。文化祭じゃねぇんだからさ。盛り上がるんじゃねぇよ。
つーか噂が広まるの速くね?
次から次へと、校庭から人が戻ってきては二階へと駆け上がっていく。そしてかすかに、二階から声も聞こえる。大変白熱しているようだ。
たった数十秒で、周りに人がいなくなった。
おいおい。大丈夫かよ。そのうち床が抜けるんじゃねぇのか?……まぁ、いいか。
俺は下駄箱から靴を取り出し、上履きと履き替える。
……そういえば。
「エメリィーヌは靴ないよな?超能力で直に来たんだから。」
するとエメリィーヌは、懐をゴソゴソとあさり始め、なんと靴を取り出した。ド○えもんかお前は。
「ふっふっふ。ウチにぬかりはないんヨ!!」
「……こりゃたのもしいな。」
そんな感じで、琴音達の待つ方へ。
俺達の姿を確認した琴音が、手を振って来る。
「あっ!海兄ぃー!!」
「おぉー!タルティーノ!!」
「エメリィちゃんもいたんだ!」
「いたんヨー!!」
……スルーされると虚しいものがあるな。
まぁ、いいか。
しばらくしたのち、俺達は琴音達のもとにたどり着いた。
「お前ら遅かったなぁ、何やってたんだよ?」
ちなみに秋だ。
「実はさ。オメガがバトっちゃって」
「なにがあった」
「なにがあったとな? そんなもん俺の口からは言えねぇなぁ」
「キョウヘイがいつもの調子なんヨ。あ、ちなみに、キョウヘイはウチとおんなじクラスだったんヨ」
おい。せっかく焦らしたのに。
「ウチとおんなじクラスってどういうこと?」
さすがは琴音。目の付け所が違う。いや、耳の付け所?
「耳の付け所が違うんヨかコトネは!?どのへんなんヨ!?あご!?」
バカがバカな事を言っている。
「そういう意味じゃねぇよ。しかもあごに耳って何者だよそいつ」
「私はそんな化け物じゃない」
「なんだ。違うんヨか」
おい。なぜガッカリしている。本気であごに耳がついているとでも思ったのか貴様は。
「そんな事よりさ。どういう意味なんだよ?」
でたよ。楽しい雑談をしている時に、必ず常識的な事言って邪魔する奴出たよ。
それだからお前は普通なんだ。地味なんだ。目立てないんだ。空気なんだ。影薄いんだ。背景なんだ。モブキャラなんだ。アン○ンマンでいうとこのジャ○おじさんのコック帽的ポジションなんだ。恥を知れ。
「恥を知るのはお前だ!!なんだそれ!!唯一無二の存在であるこの親友をよくそこまでけなせるなお前!!嫌われ者のくせに!!」
秋が俺の事をバカにしてきた。
おいおい秋。何を言っているんだお前は。
俺が嫌われ者だって? ふっふっふ、バカ言っちゃあいけねーよ。
俺はもう。一人じゃない。
「今日をもちまして、友達が出来たんだよ!!どうだ!!ざまぁみやがれ!!」
「「うそぉ!?」」
と、秋&琴音が二人して驚く。ぶっとばすぞお前ら。
「そんなわけねぇよ……だってお前、あんなにも嫌われて……あ、なるほど。最近流行りのエア友かぁ」
エア友。つまりエア友達だ。俺はそんな寂しいやつじゃない。
つーか、最近流行ってんの!?エア友が!?これはひどい。
「なにがエア友だ。メル友みたいに言いやがって。……ちがう。ちゃんとした友達だ」
「へー。なるほど。まぁ、よかったじゃねぇか。で?誰だ?」
うっ!こいつに、里中だ。なんて言ったら、からかわれるんだろうなー。
絶対茶化されそうだよ。
『え?里中って……女か!?何だお前。とうとう彼女持ちか!!』なんて大声で言われそうだな。
でも、幸い周りに誰もいないし……ためしてみるか?
「それがさ。里中なんだよ」
「え?里中って……女か!?何だお前。とうとう彼女持ちか!!」
……期待を裏切らない奴だな。ちょっと自分が怖くなってきた。一文字の狂いもなくぴったりだ。
俺はもしかしたら先祖代々から受け継がれし超能力使いなのかもしれん。
「そんな訳ないんヨ」
エメリィーヌに指摘されました。
それよか、秋がまさか本当に一文字の狂いもなく言うとは思わなかったぜ。
……でもまぁ、周りに誰もいないから誤解が生まれるような事も………『ドドドドドドドッ』
と、急に地響きがきこえ、そして……。
「海せんぱぁーい!!ユキというものがありながらぁー!!!!!」
と、俺の記憶からすっかり消えていた奴の声と共に、猛スピードで中学から走って来る奴発見。
え!?コイツまだ中学さまよってたの!?予想外デス!!
つーか早い!!もし50m走なら、5秒きるんじゃないかというスピードだ。世界新記録だ。
「ユキを差し置いてっ!!!」
助走をつけた勢いで、軽くジャンプ。そう、ホップ.ステップ.ジャンプでいう、いわゆるホップ。
「他の女性にうつつを抜かすなどっ!!」
着地と同時に、今度は先ほどよりも強めにジャンプ。いわゆるステップ。
「言語道断!慮外千万ですよぉぉっ!!」
空中で体を横向きにして飛んでくる。いわゆるボディプレス。って、えぇええぇ!!?
「ちょ、タンマ!!うわぁ、むり!こっち来るなぁぁ!!!」
ドゴッ。
あー死んだ。ドゴッていった。ぜってー死んだ。
見事に直撃した俺は、雄たけびを上げた変質者に、プロレスでいうフォールされる状態となる。
地味に背中やらを打ちつけ、とても痛い。これはアザが残りそうだ。
だがそれだけでは終わらず、この泣きながらダイブしてきたこいつは、俺の腹にまたがるように乗り、俺の襟首を掴み、がくがくと揺らす。脳が揺れる。頭が痛い。
「ちょ、ややや、やめ、やめて、やめろ!」
「うるさいですっ!!ユキがいるのにも拘らず!!他の女性を!!鼻の下伸ばしながらいやらしい目で見つめるなんてっ!!ユキの心は深く傷ついたんですっ!!!どうしてくれるんですかぁぁぁっ!!!!!」
「ス、すとっぷ!たった、タンマ!」
いろいろと誤解が酷いぞ!!俺はどこから訂正すればいい!!
つーか秋!そして琴音!!さらにはエメリィーヌ!!!笑ってるんじゃねぇよ!!!!俺を助けろぉぉ!!!!
こいつなんという力だ!体ががっちりとホールドされて動けん!!
「うわぁぁぁん!!!ユキは!!ユキはずっと海先輩の事を見ていたのに!!!とうの海先輩は他の女性でやらしいを妄想していたなんてっ!!!ひどいですっ!!ひどすぎますですよっ!!!!極悪非道ですよぉっ!!!」
ちょ!やめてくれ!!それじゃまるでオメガじゃねぇかよ!!!俺は何もしていない!!!
「し、しらっ、しらか、白河!!やめっ!!一度落ち着け!!」
「し、白河ですって!?あの純情で従順で純白で最上で最高で最低で最悪で最悪で最悪な海先輩はどこへ行ったんですかぁ!!!」
おい!意味が分からん!!!しかも後半全部最悪じゃねぇか!!!
くそっ、不本意だが名前で呼ぶしかねぇ。
「ユ、ユキ!やめろ!ストップ!!とまれ!!落ち着け!!停止しろぉ!!」
「え?あ、はいです」
白河はやっと俺の襟首から手を放してくれた。
やばいね。死ぬかと思ったわ。いまだ世界が歪んで見えるよ。
てかとりあえず誤解を解かないと。
俺は、白河の機嫌を損ねないように、慎重に話し始める。
そう、多分生まれてから今まで、これほど気を使って話をした事はないだろう。ってくらい慎重にだ。
「ユ、ユキ。いいか?よーく聞いてくれよ?そのまま、落ち着いて」
「そんなぁーユキだななんて、恥ずかしすぎますですよ!もう!」
なんだよ。めんどくさい奴だな。
オメガも面倒だがお前ほどじゃねーよ。……いや、どっちもどっちか。
「じゃあ、白河……のほうがいいか?」
「いえっ!ユキでお願いします!!!」
「……どっちだよ」
「もし呼びづらいなら、『お・ま・え』でも全然構いませんですよ!」
「ユキと呼ばせて頂きます!」
「それは残念ですー」
冗談じゃねぇ。そんな新婚ホヤホヤの夫婦みたいに呼べるかってんだ。
つーか残念て何だ。やめてくれ。
「とにかく、ユキ!すべて誤解だ。俺は神に誓って、そんな事は無いと断言する。オーケー?」
「ユキの…勘違いですか……?」
「そう。すべては誤解だ。だから直ちにそこをどいていただきたい」
さっきから腹が苦しいんでな。
「勘違い…ですか。それなら、海先輩に悪いことしちゃいましたですね。ごめんなさいです。ユキはドジですね」
「ああ。気にしてないよ。だからそこをどいてくれ」
「あ、はいです。すみませんでしたです」
そう言うと、ユキ……いや、白河はどいてくれた。
ただ、その時のとてつもなくガッカリしたような顔が気になるが……考えないようにしようぜ。
ユキ……いや、白河がどいたあと、俺は自分のかばんを手に取り、ゆっくりと立ち上がる。
打ちつけた所が少し痛むが、以外と怪我もなく。無傷なのだからすごい。
もしかしたら俺は、先祖代々受け継がれたハイパー無敵ボディの持ち主なのかもしれん。
「そんな訳ないんヨ」
エメリィーヌに指摘されました。
「……ところで、この人は誰なんヨ?」
エメリィーヌが、白河を指差して聞いてきた。
あぁそうか。エメリィーヌはあの時(二十六話参照)いなかったんだもんな。
……ならなんで笑ってられるんだ!! 見知らぬ奴に襲われてる知り合いがいたら助けるのが男ってもんだろ!!
「いやウチは男じゃないんヨ……それより、この人は誰なんヨ?」
エメリィーヌの的確なツッコミ。この宇宙人やりおる。
そんな宇宙人のためにこの俺が疑問に答えてあげましょう。
早速説明を…………って、俺もよく知らない衝撃の事実発覚。コイツ何者だ?
すると白河は、エメリィーヌを見て答えた。
「あ、えっと、女の子?ですよね。ユ…私は白河 雪と申しますです!一応、高校生なんですが……海先輩に騙されてひどい目に合ったです……」
「え?あ、ああ、あれはホントごめん!!なんというか、反省してる!!」
あれはさすがにやり過ぎた。心から反省してる。
転校初日に遅刻…いや、無断欠席なんて最悪だもんな。本当に悪かった。
「なら、海先輩のこと、うみっちって呼んでもいいですか?」
「なぜ!? つーか『なら』の意味が分からん!!」
うみっちって何だよ。たま○っちじゃねぇんだから。
「冗談ですよ。そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか……」
「あ、ああ!冗談ね!ははは。ちょっとびっくりしちゃってさ!」
そういうのやめてくれ。対応に困るよ。
「です。半分の半分ほど冗談でした。」
ほんと、冗談でよかったよ。半分の半分だけでも……って
「残りの4分の3は本気だったのかよっ!?」
「もちろんですよ!うーみん♪」
「うーみん!?だれ!?うーみんってだれ!?」
「今日から、海先輩はうーみんです。」
考えてみれば、これが人生初のあだ名だ。
あだ名……それは、絶対に一人ではつけられないモノ。
俺には一生入手不可能だと思われていたあだ名が、こうして俺の目の前まで……手の届く範囲まで来ている。
あとは俺が手を伸ばすだけ。ただそれだけで……俺は…………。
「しょうがねぇ、勝手にしてくれ」
俺は手を伸ばした。この何とも手を伸ばしずらい状況の中。俺は手を伸ばしたんだ!!
「なんかカッコいい事言ってるけどさ、それって結局、海兄ぃが折れたって事だよね」
「黙れ琴音」
お前はたまにいらんことを言う。
別に言わなくてもいいことまで言う。
そしてそれがズバリ痛い所をついているから困る。俺の痛い所が串刺しだ。
そんなときだった。ずっと笑ってた秋がやっと喋った。そう。やっとだ。つーかいたんだお前。
「えっと、一応俺達も自己紹介しといた方がいいだろ?」
秋が白河に言った。
だが白河は、急に考えるそぶりを見せたあと……
「……あれ?いつからいましたですか?」
期待を裏切らない、ある意味お約束の発言。
コイツ、分かってやがる!
「さ、最初っからそれかよ……あぁ、もういいわ。もうその事に関しては諦めがついたわ」
と、秋がやせ我慢している。無理するな。ちょっと涙目になってるじゃないかあんた。
「と、とりあえず自己紹介だ。俺は、海の中学からの親友の竹田 秋。竹取物語の竹に、田んぼの田。それと、春夏秋冬の秋だ。よろしく」
秋が自分の名前をモノ凄く丁寧に説明している。その真意は定かではない。……と、言っておこう。
「あ、よろしくです。」
白河がペコリと頭を下げる。
「そしてこっちが、妹の……」
秋が言うと、それに続けるように琴音が言った。
「妹の琴音です。竹田 琴音。えーと、お琴の琴に、音と書いて琴音です。よろしくお願いします」
琴音も、秋につられて丁寧に教えている。
丁寧なあいさつ。丁寧なお辞儀。秋の妹とは到底思えない出来の良さ。これぞまさに妹の象徴とも呼べるお方である。
「琴音っちですね!初めましてです!」
「えっ!?こ、琴音っち!?え、あ、その、どうも」
また出たよ、たま○っち。
そして琴音。お前はそれでいいのか。
「んで、最後が」
秋に続くように、エメリィーヌが元気よく手をあげて答える。
「はい!エメリィーヌなんヨ!!よろしくなんヨ!!」
「ユキは可愛いくて小さい子大好きです!よろしくです! エメちゃん!」
「い、いきなりエメちゃんなんヨか」
白河の変なネーミングセンスに、あのエメリィーヌでさえ若干引いている。
だが、そのネーミングをした当の本人は嬉しそうだ。白河の感性が分からん。
つーか初対面の人にいきなりあだ名をつけまくるのもどうかと思うが………。そんなこと気にしてたら話が進まないので今は触れないようにしよう。
「で、俺が、山空 海だな。まぁ、さっきも教えたとは思うが。」
この流れなので、一応改めて自己紹介だ。
「えっと、書き方はどう書くんですか?」
白河が聞いてくる。その真意は定かではない。……本当に定かではない。
「山に空。それと海で、山空 海だよ。」
「……なんか安直な名前ですね」
白河が呆れた表情で俺を見て来る。
馬鹿野郎。俺の両親に謝れ。今すぐ土下座して詫び入れろ。
「……ところでうーみん先輩、皆さんは帰らないのですか?」
と、白河が不意に尋ねてきた。
そうか、こいつオメガのこと知らねぇのか。
多分、会えば意気投合するんじゃねぇの? 変人同士で。白河ギリ15歳だしな。オメガがよろこぞ。
てかうーみんて。慣れねぇな。
「あ、実は、恭平ってやつを待ってるんだよ。」
と、秋が出しゃばって答える。
「あ、秋先輩には聞いてないので。」
そしてあっさりと撃沈。
なぁ、白河……もうちょっと気を使ってやろうぜ。秋の奴今にも泣きだしそうだよ? あの子は打たれ弱い子なんだよ。もうちょっとデリケートに扱ってあげようよ。な? 白河。
そんなとき、高校の玄関付近から騒がしい声が聞こえ始めた。
俺達は、その方向を見る。
すると……
『じゃあ、また今度っス!』『これからもよろしくっす!!』『感動しましたっ!!』
と、男どもが何かを取り囲んで盛り上がっている。……おい。まさか。
『じゃ、俺家こっちなんで!!』『俺もっス!!』『俺も!』
そんな感じで、どんどん人数が減って行く。そして、中から出てきたのは。
「うむ。じゃ、またあとで」
オメガだ。
「恭平!!こっちだぞ!」
秋もオメガに気付き、オメガを呼んでいる。
すると、オメガもこっちに向かって歩き出してきた。
あの変態、女子から解放されたと思いきや今度は男が群がってやがる。あの変態は誰かに囲まれなくちゃ気が済まないのかよ。
そして山下お前………。見損なったぞ。
山下はオメガにベッタリだ。……なんか変な言い方をしてしまった。訂正する。オメガをかなり慕っているようだ。
……校庭も広いし、結構ここに来るまで時間がかかりそうだ。オメガのんびり歩いてるし。
そんなわけで、しばらく会話の再会。
「ほら白河!あれが恭平だ!」
「だから秋先輩には興味ないんですよ。何度言わせれば気がすむんですか先輩は。もしかしてMな方ですか?」
「ちげーよ!!」
酷評を浴びせられる秋。
しかしあれだな……秋だけ秋先輩って。
変なあだ名つけられるのも嫌だが、これはこれでキツイものがあるな。
すると、秋もそう思ったのだろう。突然こういいだした。
「頼むよユキ!俺にもニックネ…」
「気易く名前で呼ばないで下さい」
秋の言葉にかぶせるように、白河が鋭い視線を秋に向けて言い放った。
だがしかし耐える秋。相手が年下の女の子だからだろうか、今回は妙に耐える。
「あのー、白河さん。お願いがあるんですが……」
下手に出た秋。惨めだな。
あ、ちなみに琴音は、エメリィーヌと一緒に小石で遊んでるっぽい。
俺もやったなぁ、手頃な小石を見つけては、学校から家まで蹴りながら帰ってくる遊び。名前なんかも付けちゃったりして、結構愛着が湧いていたもんだ。懐かしいなぁ。
で、本題に戻ろう。
「なんですか秋先輩?」
どうやら下手の秋は、やっと白河の怒りに触れることなく突破できたらしい。
「えと、俺にもニックネームをつけてほしいと思った次第でしてー」
もみ手。秋がもみ手だ。キモい。
そんな秋のお願いに、白河が平然と言い放った。
「めんどくさいので嫌です」
「海ヘルプ!」
秋がとうとう俺に頼んできたよ。
俺が言えば何とかなるとかそういう人任せな考えあっての行動だろう。 めんどうだな。
だがしかしそこは俺、友達思いだから秋を助けてあげよう!
「なぁ、しらか…」
「うーみん先輩?どうしたんですか?私はユキですよ?」
俺の言葉に被せるように白河が言う。
……怖い。この笑顔怖いよ。
こうなったらあれだな。とてつもなく嫌だが、常にユキと思うしかない。
ユキを頭にすりつけろ俺。粘着させろ俺。意味分からんがとにかくユキだ。次呼び間違ったら何が起きるか分かったもんじゃない。
なんか俺の考えよく筒抜けになるしな。命には代えられん。
心の中までユキという呼び方にしないと。
白河じゃない。ユキだ。ユキ。ユキ。白河じゃない。ユキ。よし!ばっちりだ。
「おい白雪……あ」
ミスッたーー!!!!よくありげにミスッたーー!!!!
「し、白雪姫ですか!?ししし、白雪姫ってあのおおお、王子様と……その、白雪姫が……キャー!!海先ぱ……いや、うーみん先輩まだ早いですっ!!……でも、うーみん先輩が望むならユキは……」
やばい!!何かがやばい!!
白河が顔を赤くしてはしゃいでいる。壮絶な言い間違いをしてしまった!!!
白雪じゃない。ユキ。ユキユキユキユキ!!いいな俺!!ユキだぞ!!
てかそんな場合じゃない!! 誤解を解かなくては!!
えーとどうする!?
「ゆ、ユキ!そのあの、ほら!あれだ……」
「はい!なんでしょう先輩!」
だめだぁ!この笑顔だめだぁ!!
とても嬉しそうなユキ。無理無理。これは誤解をとけないわ。
俺が絶望していると、横から声が。
「うむ、誰だか分からないが、一ついいことを教えておいてあげよう」
「ですね師匠!!」
そう。オメガ……と山下。もうこっち来てたのか!
丁度いい所に来てくれたオメガ!……と山下。
とにかくこの状況を何とかしてくれぇ!!
「あぁー。七人の小人さんです~♪」
しらか……いや、ユキの脳内は、メルヘンの世界に飛んでいる。
とにかく山下はどうでもいいが、オメガ!!何とかして!!
俺はオメガに、すべてを託した。
そしてとうとう、俺の期待を知らない間に背負わされたオメガが、言った。
「そこのキミ。白雪姫をとても気に入っているようだが、いい事を教えてあげよう」
「ふぇ?」
脳がもうどっか別の世界に旅立っているユキに対し、オメガが何か聞いてはならない様な事を告げようとしている。
そしてとうとう……。
「白雪姫は……おばさんなんだよ?」
オメガが激しく、あのメルヘンチックな童話を、中からぶち壊した。
いや、別におばさんではないが、そう言われると何とも言えない気分になるのが人間ってものでして……。
大好きな声優さんが実はものすごい不細工だった時とかの感情に似てるよね。
そちろんそれを聞いたユキ、そして琴音の表情が、見るに堪えない表情と化したことは……言うまでもないだろう――――
第二十九話 完