第二十六話~夏の雪~
ここに来てまさかの新キャラっぽい人登場。
「遅刻だ!!!」
俺は今、猛烈に突っ走っている。
今日は夏休み明けの学校登校日だ。
そんな日に、俺は遅刻をしてしまった。
だが、寝坊というわけではなく、朝はきちんと起きられたのだが。
「おい海!!夏休み明け初日から遅刻は最悪だぞ!!」
「分かってるさ!!俺だって、遅刻するとは思ってなかったわ!!」
しかも担任は、一年のときと変わらずに西郷だからな。
絶対に遅刻だけは嫌だったのに。
やばいな。西郷は鬼だから。
なにさせられるか分かったもんじゃないぞ。
「くっそ!!なんで自転車通学じゃないんだよ!!!」
最悪だよ。自転車だったら楽なのに。
無駄に徒歩通学なんかにするんじゃねぇよ!!くそったれめ!!
「そんな事言ってる暇があったら足動かせ!!何とか頑張れば、まだ間に合う可能性もあるぞ!!」
今は8時18分。
基本20分までに間に合えば大丈夫だ。
いや、本当は駄目なんだけど。
正式の遅刻は20分超えたらだ。
以外と俺の家から学校までは近くて、歩きで約40分程度でつく距離。
家を出たのが8時ジャストだからな。
頑張れば、多分大丈夫。
少々キツイが、何とかなるだろう。
「間に合うわけないでしょ!!自分たちの足の速さをなんだと思ってるの!?」
ちなみに、今の正論なるツッコミは琴音だ。
なんと、俺達の高校のすぐ隣に、琴音の通う中学がある。
道路を一つ挟んで、高校と中学が並ぶ状態だ。
いっそのことくっつけちまえよと思うのは、多分俺だけではないはず。
だから、俺の高校から中学の様子が丸わかりなのだ。
暇があれば、よく中学で遊んだりしてるやつがいたりする。
「取り合えず一秒でも早く着くように頑張れ!!海!!」
「言われなくても!!!」
あ、ちなみに、秋。こいつも慌ててはいるが、違うクラスだからな?
それぞれの年ごとに、1~6組まであるんだよ。
俺は2組で、秋は1組。
だから、こいつはそんなに慌てる必要はない。……と思うだろ?だが違うんだよ。
担任の西郷ってやつさ。クラス関係なしに突っかかって来るんだ。
問答無用で。だから、秋も焦っている。
なぜこんな事になってしまったのか。
それは、今日の朝6時48分ごろにさかのぼる―――
第二十六話
~夏の雪~
「そういえば琴音。お前なんでこんな朝早くに俺の家に来た?」
朝食を済ませた俺達は、リビングでくつろいでいるのだ!
そんなときに、気になったから俺は琴音に聞いてみた。
「それがさー。秋兄ぃが制服とかばんを忘れてったから届けに来たんだよ」
「お!そういえば、俺何も持ってきてないわ!!」
呆れ顔で言った琴音に、いつもの調子で笑っている秋。
おいおい。お前ダメ兄貴だな。
前から思ってたけどさ。お前ダメ兄貴だな。
ホントダメ兄貴だわ。
なんというか、とてつもなくダメ兄貴だ。
もう、ダメダメネ。
「そういえば、恭兄ぃどこ行ったの?」
「あー。なんか用事がある。とか言ってさっき出てったぞ?」
「あ、そうか、恭平って俺達の高校に転校してくるんだよな?」
「ああ、そうみたいだな。同じクラスに来ない事を祈るぜ」
オメガが来たらどえらい事になるからな。
なんというか、疲れる。
「……コトネが恭兄ぃって呼んだ事についてはスルーなんヨか?」
「おいエメリィーヌ。そういうのは気にしない方がいいんだ!」
「え?私、恭兄ぃって言った?」
ああ、言った。俺はバッチリ聞いた。
「言ってたんヨ!」
「そうなんだ。ふーん。まぁ、呼び方なんてどうでもいいや」
適当だな。
「そんな事よりコトネー。なんでそんな変な格好を……」
おいこら。お前の初登場時の格好に比べたらだいぶマシだぞ。
「エメリィちゃん。私も今日から学校なんだよ。これはその制服だよ」
「へー。ふーん。」
おい。聞いたクセに興味なさそうな返事をするな。
こういう奴って良くいるよなー。
「まったく。私の中学の制服考えた人って、恭兄ぃバリにヤバい人なんじゃないの?こんな変な格好させて、先生たちが楽しみたいだけなんじゃないの!?」
……。琴音がとうとう、自分の学校の事までケチつけるようになってしまった。
しかも、妙に嫌な言い方しやがる。やめてくれ。
「おい琴音!もしかして、お前の担任がそういう目で見てきたりするのか!?」
とてつもなく焦り出す秋。
ほら。約一名に兄貴魂のスイッチが入ってしまった。めんどくさい。
「しゅ、秋兄ぃ。大丈夫だから!ええと、その……なんかごめん!」
とうとう謝ってしまった琴音。
なにしてんのお前ら。
「だ、大丈夫なら良いんだ…。もし琴音が変な事されそうになったら、すぐ俺に言えよ!何とかしてやるから!!」
こいつ、オメガが来てから、ちょいシスコン入ってないか?
「入ってねーよ!!俺はただ、愛しの可愛い可愛い妹の為を思ってだな……」
「おい。可愛いの所だけ感情込めるな。気持ちわるい」
「……仮に、もし俺がシスコンになっているとしてもだ!それはなにも恥じるべき事ではない。ただ、妹を大事に思っているだけだからな。俺はその事に関しては堂々と宣言できる!!俺はシスコンだと!!!」
「やめて!宣言の仕方が360度間違ってるよ!周りに誤解を与えかねないよ!!妹として気まずくなるから!!」
ん?まて。琴音おかしいぞ?
「360度だと、一周回って元に戻ってきちまうぞ?」
「……あ。やばい。間違えた」
やれやれ。まったく、琴音の天然をどうにかしないとな。
「私は天然なんかじゃないよ!私は…もっとこう…可憐で、綺麗で、麗しく、純白乙女でストイックでパーソナリティーでテクニカルでエレガントでビューティーで神の助手席的存在で……」
「意味分からんわ!」
「うん。私も分からなくなった!!」
アホか。やっぱ天然だな。天然の何物でもないよ。
「てか琴音。お前英語苦手じゃなかった?よく間違えずに言えたな」
「この辺りは、全部ゲームとかにもよく出てくるし、覚えやすいしね」
まぁ、このくらいわからないと大変だしな。
てか琴音ってゲームやるんだ。女の子がするゲームって何だろうな。
今一想像がつかん。
「なんだ海。お前知らないのか?琴音はかなりのゲーマーだぞ?」
「うそだぁ!?だって琴音がゲームしてるの見たことないし!!」
結構長い付き合いだが、一度もゲームで遊んでいる所など見たことないぞ!
「いや、だってお前と遊ぶ時って、大体アウトドア系じゃん」
「それはだって、外で遊んだ方がいいかなーっていう、俺の気遣いでだな」
琴音がまさかゲームするとは思わないしな。
すると、琴音がとても得意げに言った。
「ふふふ。どんなゲームでも私にかかればチャチャっと全クリ出来るのよ!」
うん。わかった。琴音がゲーム好きなのは今のでよく分かったよ。
目の色が違った。なんというか、キラキラ輝いていたよ。
「なら、コトネに英語の出てくるゲームをプレゼントすればいいんじゃないんヨか?」
エメリィーヌの口から、とてもナイスなアイデアが飛び出した。
「うっ……あ、そ、そろそろ行かないと間に合わないよっ!」
琴音が、苦し紛れの話題変更にかかる。
その顔は、明らかに誤魔化している人の顔だ。
「って、本当にやベぇ!!もう7時40分じゃねぇか!」
「あ、本当だ!秋兄ぃ!!やばいよ!」
おい。今『あ、本当だ』って言っただろ。お前は時計を見たんじゃないのか?
やっぱり苦し紛れの話題変更だったのかよ。
「そうだな。そろそろ行くか。あ、でもこれ食ったらな」
そう言って、みかんを一個手に取る秋。
「アホかお前。何してんねん」
遅刻するゆうとるやろが!
「でも、みかんは大事なんだぞ?ビタミンやらが色々大量に入ってるんだ。」
「お前はビタミンしか知らんのか」
「うるせーな。つーかあわてなくても、いざとなればエメリィーヌの超能力でだな……」
「だめだ!エメリィーヌの力は借りちゃダメだ!!人間のクズになるぞ!!」
「そうだよ秋兄ぃ!エメリィちゃんに頼ってばっかじゃだめだよ!」
「わ、悪かったよ。冗談だよ。」
まったく。エメリィーヌの力なんか借りようとしやがって。とんだ怠け者だな。
「みかん食いながらでも動けるだろ?さっさと行くぞ」
「おう!」
「秋兄ぃ!かばん忘れてるよ!!」
「お、あぶねー。さんきゅーな」
「ほら急ぐよ!!」
そう言って、玄関に行き、靴を履き……って。
「おいエメリィーヌ。お前がなぜ靴を履く必要があるんだ」
ちゃっかり、隣で靴を履いているエメリィーヌに言った。
「ヨ?靴は必要なんヨ。」
……まさかコイツ、ついてくる気じゃなかろうな。
いや、でも。まさかねぇ。でも一応聞いておこうか。
「お前、まさかついてくる気じゃなかろうな?」
「ダメなんヨか!?」
……ははは。
「ダメに決まってるだろ!!!なに考えてんだよお前!!」
「なにも考えてないんヨ!!!」
だろうな。なにも考えてないから、ついてこようとしたんだもんな。
「お前は連れて行かないぞ。部屋に戻れ」
俺は、人類最後の日を迎えた時のような絶望感溢れる顔のエメリィーヌに、しっしと、手で追い払う動作をする。
「ど、どうしてもだめなんヨかぁー?」
その目には涙が溜まっている。
これは可愛すぎる。だが、俺はここで許すほど、善人じゃない。
「ダメだ。戻れ」
「お、お願いなんヨぉー!!こ、コトネなら許してくれるんヨね……?」
標的を俺から琴音に変えやがった。
だが、琴音は困っているっぽかった。
だろうね。だって学校にコイツは邪魔ですもん。
「こ、コトネぇー!!」
琴音にならすぐに許してもらえると思っていたエメリィーヌは、琴音の表情を見てぽろぽろと涙をこぼし始める。
それを見て、琴音が困り果ててしまった。
「か、海兄ぃー!」
困り過ぎて、若干琴音も涙目だ。
そんな琴音を見て、いまだのんきにみかんを食っている秋が言った。
「おい海。連れて行ってやれよ。男だろ?」
なんだそりゃ。
「お前も男だろ」
「私は男じゃないわ!」
「おい。キモいからやめてくれ」
「ああ。俺も自分で吐き気がした」
「シュウー!お願いなんヨぉ!」
秋ならんとかなると思ったのか、今度は秋を標的にし始めた小娘。
秋に張り付き、潤んだ目で秋を見つめ続けている。
「お願いなんヨからぁー」
「そ、そんな事言われてもなぁ……」
「ダメなんヨかー?ウチはシュウが大好きなんヨにぃー」
「……………」
おい。なにお前負けかけているんだ。
頑張れ秋!負けるな!男だろ!
エメリィーヌの怒涛の攻撃に、秋はもう瀕死だ。
「ほら!シュウの事が好きすぎて、目の奥がきらきらしているんヨー?」
ダサい!!キラキラしてないし!!なんだよそのダサさ!そんなんじゃ誰も騙せねーよ。
「き、きらきら……」
嘘だろ!?秋!!正気を保て!!
「シュウぅー」
負けるなー!!
「………なぁ海。どうにかなんねぇか?」
「なんねぇよ!!馬鹿かお前!!」
やっぱり駄目だったよ。つかえねぇ。
「カイー。ダメなんヨかぁー?」
「ダメだ。俺にそんな顔したって無駄だ。家に戻れ」
「……どうしても?」
「どうしてもだ。戻れ!ハウス!」
「ウチは犬じゃないんヨ!……楽しみにしていたんヨに……」
凄い落ち込みっぷりだな小娘。
だがな。世の中そう甘くないんだよっ!!
「さっさと家に戻れ!」
「……分かったんヨ………」
そう言って、まるで孫に家を追い出されたおじいちゃんの如く、乏しく歩きだすエメリィーヌ。
その周りには、心なしか吹雪が吹き荒れているようにも見える。
「……ウチは一人で遊んでいるんヨ……カイ達はウチの事気にしないで頑張って来るんヨ……」
……エメリィーヌ。確かに、とても楽しみにしてた気がする。
日にちが過ぎるごとに、だんだんと嬉しそうだった。
まるで次の日が遠足で、楽しみにしながらおやつを選んでいる時の遠足に小学生のように。
可哀そうだったかな。何とかならないのかな?
「おい、ちょっと待てよ。」
俺はエメリィーヌを引き止める。
「……どうしたんヨか…?」
エメリィーヌが振り向かずに聞いてくる。
とても哀愁漂うその背中は、誰もが皆、後ろから抱き締めてあげたくなるほどの雰囲気だ。
もういいよ。お前には負けたよ。連れて行ってやる。
そう言おうとした。だがその時だった。
違和感。謎の違和感だ。
どこかがおかしい。どこか分からないが、俺の直感が俺自身に訴えかけてくる。
なんだ?なんだこの感覚。
俺はその謎の感覚の正体を暴くため、エメリィーヌをじっくりと見つめる。
……おかしい。どこかがおかしいのは確かだ。いったいどこ……あ!?
俺は見てしまった。気付いてしまった。
あんの糞餓鬼ゃ!!!ちゃっかりガッツポーズしていやがる!!
「カイ…いったいなんなんヨか……?」
エメリィーヌは白々しくも、まだ演技を続けている。
やべぇ。こいつプロだ。同情を誘うプロ。
この俺様をはめるたぁいい心がけじゃねぇか!
「カイ…?」
「ふっふっふ。エメリィーヌ。最後に大きなへまをやらかしてしまったなぁ?」
「ヨ!?う、ウチは別に何もしていないんヨ!?」
図星を突かれ慌てだすエメリィーヌ。
「おい、どういうことだよ?海」
「エメリィーヌの手だ。」
「ヨ!?」
もう気付いたのだろう。必死に腕を隠すエメリィーヌ。
「ガッツポーズだよなぁ?それ。」
「ちちち、違うんヨ!!そそそそんなこと、ないかもなんヨかもなんヨか!?」
うわっ!!嘘下手すぎっ!
「エメリィちゃん。私は、人の良心を騙すような事は嫌いだなー」
「こ、コトネ!?」
「まぁ、そういうわけだ。あきらめな」
「べ、別に連れて行ってほしいわけじゃなかったっヨからね!!!バーーーーーカ!!」
そう言って、家の中に逃げ帰って行くエメリィーヌ。
あいつめ。どこであんな技を身につけやがった。なかなかやりおるわ。
見なおした。
「じゃあ海。みかんも食い終わったし、そろそろ行こうぜ!」
「って、そろそろどころじゃないよ!?もう完璧遅刻じゃん!!」
琴音が、自分の携帯で時間を確認して言った。
ちなみに、琴音の携帯は何ともシンプルなオレンジ一色の物だ。折りたたみ式。
でも、なんかジャラジャラ付けたりとかはしていない。えらいね。うん。
俺はあのジャラジャラ感が苦手でねー。
「おい海!急ぐぞ!!」
「おう!!」
俺達は走り出した。
――――で、それから18分後。最初に戻るわけだな。
まぁ、最初にも見て分かる通り、全力疾走。
疾風のごとき全力疾走だ。
エメリィーヌを家においてきてしまったのが気がかりだが、まぁ、あいつもバカじゃない。ちゃんと頑張ってくれるだろう。帰りにたこ焼きでも買ってってやるか。
「海兄ぃ!只今をもちまして、遅刻が確定しました!!」
琴音のコール。
そのコールが告げられた瞬間、俺達の歩くスピードは著しく低下する。
「最悪だ!!俺、走ってる途中に犬の糞みたいなのを踏んでまで頑張ったのにー!!」
秋が悪態をつき始める。
てか汚いなこの人。
「私なんて、こんなに色気を振りまいて走ってたのにー」
約一名、走り過ぎでイカレている人発見。
「お前に色気なんてねーべ?」
秋が突っかかる。
「あるしっ!十二分にあるしっ!!」
「ないしっ!そこの人の方があるしっ!!」
「どこの人よ?」
「え、あ、あの人だ!!」
シュウがやけくそに指差した方向には。
『えっほ!えっほ!えっほ!えっほ!……』
朝からジョギングている、いい感じの身体つきの男性。ジャージ姿だ。
「秋兄ぃ。あれは色気やない!熱気や!!」
「節子ぉぉぉ!!!」
「お前ら意味分からんわっ!!」
収集がつかなそうなので、一応ツッコんでおく。
「てか、琴音は急がなくて平気なのか?俺達とは違うだろ。」
俺達は仮にも高校生だし?多少の遅刻はへっちゃらだけども。いや、ダメなんだけどさ。
琴音的にはまずいんじゃないか?と、思ったから聞いてみたんだ。
「遅刻は中学生にとって、一種の特権のようなものだから!」
うん。たくましい。
そこらの女子中学生とは一味違う。
たくましすぎて、俺は少しきみの将来が心配です。
「ははは。琴音は昔からこうだからなー。兄貴としては嫌なんだけどな」
「だろうな」
兄貴として何も感じないなら、お前は兄貴をやめた方がいいと思う。
「とにかく急ごうぜ。早歩きで行こう」
「うん。そうだね。」
「おい。お前ら兄妹にとって、急ぐとは、やや早めに歩くという事なのか?」
普通急ぐならダッシュだろ。
「やめろよ、その、やや早めに歩くっての」
「なぜだ?」
「それじゃ、めんどくさくなるだろ?」
めんどくさい?
「なにが?」
「ほら、早風呂なんかもさ。『結構早めに風呂からあがる。』に、なるじゃん?」
「なるほど。」
そりゃたしかにめんどいな。
「じゃあ秋兄ぃ。水風呂は?」
「『普段とは一味違った系列の冷たい風呂』だな」
なんじゃそりゃ。
「じゃあ、砂風呂はどうなる?」
「『体を地中に埋めて、汗をふきださせ、脱水症状に陥れている光景』だな」
おい。ただのいじめじゃねぇか。
しかも風呂じゃねぇのかよ。光景って何だよ。
「なら、一番風呂!」
「『戦争になりかねない風呂』ってとこか?」
あぁ。
『一番はパパだ!』『いや僕だ!!』『いえママよ!!』『バカ言いなさい!一番はお姉ちゃんよ!!』『いや、一家の大黒柱である、パパさんの親のこのわしじゃ!!』って、なんだこの風呂好き家族は。アホらし。
「なら、泡風呂は?」
「『風呂嫌いな子供達を風呂にぶち込むための100の方法の、ぶっちぎりナンバー1』だな」
できれば、他の99の方法を教えてくれ。気になる。
「秋兄ぃ。札幌雪祭りは?」
「『雪との戯れ』」
「バカかお前ら。風呂かんけぇねぇだろ。それ」
しかも雪との戯れって。確かにそうだけどな。あの芸術達をそんな物でひと括りにしてしまっていいのか?まぁ、見たことないけどさ。
「お、そろそろ学校だぞ?」
秋が言った。
「わーってるよ。いつもここ来てんだから。」
「そうそう。全く秋兄ぃは……あ、ここ曲がるよ?」
「わーってるよ!いつも通ってんだから!!」
まったく。なんだよこの兄妹。似すぎだろ。
琴音の指差した曲がり角を、俺が先頭で曲がろうとしたその時だった。
『わっ!』
「うわっ!」
「うわ!」
朝、曲がり角で女の子とぶつかるという、恋愛モノなら恋人関係にまで発展しかねないシチュエーションが、この俺に舞い込んできた。
だが、ぶつかった拍子に後ろにいた秋も巻き込んだ。琴音はよけたっぽい。
『いたたっ』
見知らぬ女の子は、尻もちを突きながら腰をさすっている。
転んだ拍子にぶつけたのだろう。
とはいえ俺も、尻を打って……はいないな。下に秋がいる。
「いってて!どけよ海!いつまで優雅に座ってるんだよ!」
なにが優雅にだ。ちょっと落ち着いて、足を組んで座ってただけだろう。
ここらでホットコーヒーで一息つきたい気分だな。
やれやれ。どいてやるか。
「あの……大丈夫ですか?」
秋の上からどいた俺は、とりあえず声をかけてみる。
この場合、声をかけるのが普通だろう。伊達男として。
すると見知らぬ女の子は、服についた埃を払いながら立ち上がり、俺の顔を見るなり衝撃発言の一歩手前の発言を。
『……こういうシチュエーション憧れてたんです。』
「……はい?」
俺は唖然とする。秋は倒れてる。琴音は恥ずかしがって陰で隠れてる。
その時、俺は気付いた。
「あ……この制服、ウチの高校の制服だよね?きみ、一年生?」
俺より年上には見えない。でも、同じ学年でも見かけない顔だ。つまりは一年か?という事だ。
だがしかし彼女は。
『このシチュエーションでこの言葉……。まさしく恋愛の王道の方ですね!』
「はぁ!?」
急に声を荒げ、なんか興奮して俺の顔を見つめてくる。
俺とその子の距離は、あと10cmあるかないかだ。
整った顔立ち。綺麗な白い肌。とても手入れがされていると思われる、綺麗な黒髪だ。
後ろで二つに結ってある。背丈は琴音よりもやや高いぐらいだろうか?
とても美人な部類に入るだろう。だが、問題はそこじゃない。
あらい鼻息が、俺の顔にかかる。妙に気合の入った瞳の奥では、真っ赤な情熱の炎が燃えているだろう。
その他もろもろを合わせた結果、こいつもオメガと同じ、残念系に振り分けられる。
……って、長いな!
「あの……ち、近いんですけど」
こんなに女子に接近された事がない俺は、女子に対して免疫が少ない。
なんか知らんが緊張するな。
『ふふふ。やっと見つけました。まぁ、ルックスは残念ですが、まだ許せる範囲ですね』
なんか失礼な事を本人の目の前で暴露しながら、俺から離れてくれた。
「あの申し訳ないんですが、初対面でいきなりそれは無いんじゃないかと思うんですが……」
ん?まてよ?なんで俺がこんな奴に敬語使わにゃならんのだ。つい驚いてしまったが、意味が分からん。
「あの?ちょっと?聞いてるー?」
なんか急にうつむいたまま、黙ってしまった謎の女の子。
その時、俺はやばいものを聞いてしまった。
『ハァハァ。……やっと会えた。ハハハ。ユキのずっと望んでいたシチュエーション!』
ちょっとやだー!!ハァハァとか言っちゃってるよー!!助けてー。秋助けてー!!っていねぇし!!
ど、どこ行きやがった?……あ、いたよ。
俺が辺りを見回すと、琴音と一緒にニヤニヤしながら見つめている不審者が。
あの兄妹やだー!!俺に逃げ場はないんですかー!?琴音までニヤついてるよー!!
もうこの子には関わらない方がいい。俺の第6感にびしばし危険新号が来てる。
逃げよ。
『そこの殿方!!!』
「は、はいっ!!」
いきなり大声を出され、反射的に返事をしてしまった俺。
逃げるのミスッた!
どうしよう。声が裏返っちまった。かっこわりぃな。
だが女の子は、かまわず続ける。
『ハァハァ……ユキと付き合ってみませんか!?』
いきなり顔をあげ、いきなりの爆弾発言。
その顔は赤く染まり、口元はニヤつき、荒い鼻息と共に薄気味悪い笑いを浮かべている。
これがもし逆なら、俺は100%警察のお世話になっている事だろう。
こんな変態に、告白されてしまった。
俺の人生初告白の人が、こんな変態だとは認めたくない。死にたくなる。
「あ…え、その、初対面だし……」
そうだ。まだ初対面だ。お互い名前も知らんのに、この展開は早すぎる。
アンパンマンの飛行速度並みに速い。
『あ、それもそうですね。ごめんなさい。まず自己紹介をお願いします。詳しく。頭の先から足の先まで全部!!』
「はぁ!?」
おかしいぞ。こいつ頭おかしいぞ。いや、出会った直後からおかしいとは思った。でもおかしすぎるだろ。
「自分から名乗るのが、礼儀ってもんじゃないのか……?」
俺は言った。もう冷静を装うなんて事はしない。つーか出来ない。
『お、以外と武士タイプなんですね?いいでしょう。それが殿方の望みなら、ユキの身も心もすべてあなたに教えましょうです!!』
「やめろ!人様がきいたら誤解するような言い方はやめてくれ!!しかもここ学校の前だから!!」
冗談で言っている可能性のかけらもない真剣な表情。だから余計に困る。
『えーこほん。』
目の前の少女が軽く咳ばらいをし、言った。
「ユキは…ちがった、私は白河 雪と申しますです!まだ15歳ですが、立派なレディです!誕生日は12月9日!射手座なんです!ぜひユ…私のハートを殿方の矢で打ち抜いてください!!」
「いや意味分かんないから!!それって口説き文句!?」
「そうです。ユキの心はすでに殿方に奪われましたです。だからユキと付き合いなさいです!!」
「命令かよ!!俺に拒否権は!?」
「ありますよ!です。」
「あ、あるんだ。」
「だって、殿方にも心の準備が必要ですよね?なら、ユ…私はいつまでだって待ってます♪」
「拒否出来てねーじゃん!!いつか付き合わされんじゃん!!」
「そーですけど?」
もーやだよこの子。この子怖いよ。とても嬉しそうな笑顔だよ。
俺の何が気に行ったんだよ。もーゆるしてー!!15歳でしょ!?どう道を踏み誤ったらこの子が誕生するのか教えてくれよー!!
「えっと、その…白河って言ったっけか?」
「やめて下さいよぉ白河なんて!他人行儀すぎますですよ!ちゃんと恋人らしく、ユキって名前で呼んでください!キャーー!!」
なんか勝手に盛り上がっている雪とかいう変人。
こりゃ痛いな。
「とりあえず白河。俺学校あるから!大幅に遅刻だし、俺行ってもいいかな?」
「あ、どうぞです。また後日お会いしましょう!」
あわねぇよ。二度とあわねぇよ。
「はいはい。じゃあな!」
俺は全速力で走り出す。……つもりだったのに。
「あ、ちょっと待って下さいです!」
なんだよ。
「あ?なんだよ?」
「いまさらなんですが、殿方のお名前を教えて頂けないでしょうか?です」
すっごい今更だなおい。順番が大きく狂ってるぞ。
「俺は海!山空 海だ!じゃあな」
俺は逃げるように走り去る。……予定だったのに。
「海さん。はい!覚えましたです!……あ、それともう一ついいですか?」
おい。
「なんだよ?まだなんか用かよ?」
「あ、です。この制服の高校ってどの辺りでしょうか?です。」
おいおい。マジかよ。
「……はぁ、俺もそこの高校だ。つーかここだ」
俺は学校を指差した。
そう。中学の方を。
「あ、そこに!気付きませんでしたー!ユキはドジですね。ありがとうです!それじゃあまたあとでです!!」
そういって、学校内へと走って行った。そう。中学に。
俺は当然、高校へGOだ。
なんか、とてつもない嫌な予感がする。
あいつから逃れられないような、そんな気がする。……考えすぎか。
ないない。あり得ないな。
「俺を忘れるなこらぁ!」
あ、秋だ。
こうして俺は、高校へと一歩踏み出したのだった。
第二十六話 完