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俺の日常非日常  作者: 本樹にあ
◆日常編◆
3/91

第二話~空腹戦争~

(※この第二話は、第四十一話を書き終えた頃の俺が改めて書き直したものです。ご了承ください)


前回のあらすじだ。

朝、寝坊した俺は、急いで待ち合わせの場所に向かった。んで、友達の(しゅう)に怒られた。以上。



第二話

~空腹戦争~



「じゃあ早速で悪いんだが、家まで案内してくれ」


俺は不機嫌な友達……秋に言った。


なぜ不機嫌なのかと言うと、俺が待ち合わせ時間に1時間ちょっと遅刻したからだ。


だがそれは俺のせいではない、目覚まし時計が悪いのだ。

目覚ましの奴、11時に鳴りやがるから。


1時間ミスってるよ目覚ましくん。約束の時間は10時だったんだぜ?

それなのに11時頃鳴ってたらそりゃ間にあわねぇよ。



「……はぁ、海。こっちだ」


大きなため息をつきながら、歩きだした秋。


自転車で来ていない所を見ると、この場所からそうとう近いようだ。


俺の自転車はちゃんと手で押しながら来てるから安心してくれ。


「なぁ、秋。今ふと思ったんだけどさぁ」


「ん? なにが?」


「お前って……地味だよな」


「ぶっ飛ばすぞお前」


と、こんな下らない会話をしている内に、どうやら着いたようだ。

時間にして約3分弱。えらい近かった。


全く、こんなに近いなら家で待ってればよかったのに。

1時間も外で待つなんて、アホな奴だな。


「ほら、ここが俺の家だぜ」


秋が自慢げに言ってきた。


なんでそんなに誇らしげなんだよ。


「じゃあ、お邪魔するぞ?」


「おう、遠慮なく(くつろ)いでくれてかまわねーぞ」


俺は玄関のドアに手を掛け、開く。


「お邪魔しまーす」




――――――――――それから数時間後。



「やっぱり友達の家ってのは新鮮でいいよなぁ……ただいまー」


秋の家をたっぷり堪能してきた俺は、一人暮らしなのにも拘らず律儀にあいさつしながら自宅へと入る。


そう、俺は帰ってきた。

さんざん遊んで帰ってきた。


秋の家の紹介は、あいつが言った『ほら、ここが俺の家だぜ』のみだった。


遊び疲れて若干重い足取りの中、俺はリビングへとたどり着いた。

ソファに腰掛けると、急に腹が減る。


時計を見ると、もう午後7時になろうとしていた。


……そうだ、夕飯作らなきゃハラペコだ。


そう思った俺は疲れた体に鞭打って立ち上がり、冷蔵庫の前へ。


作るの面倒だなぁ、秋の家でごちそうになればよかったか?


と、いくら後悔してももう遅い。

今現在頼れるのは己の力のみだ。


「さて……と。何かあったっけなぁ」


独り言を呟きながら、冷蔵庫に手を掛ける。


冷蔵庫の中を確認する時って、なぜか独り言呟いちゃうんだよな。

一人暮らしのキミも経験したことがあろうだろう。少なくとも俺だけではないはずだ。


そんな事を考えながら、俺は冷蔵庫を開けた。


―――バタン。


よし、そのまま、落ち着け俺。


まずは冷静になろう。

冷静になるにはまず深呼吸だ。


「スゥーハァー……スゥーハァー……ヒッヒッフー……ヒッヒッフー」


おっと、これはラマーズ法だ。

男がこの方法を使っても、大便の出が良くなるだけだ。


次の俺はその場でゆっくりと屈伸(くっしん)を始める。


「おいっちに、さんしー! にーに、さんしー!」


良し。

これで程よい準備運動は完了した。


あとは……そうだな。

ブルーベリーの力で目の疲れを取ったほうがいいな。


秋の家で長時間テレビゲームで遊んでたものな。


俺はリビングのテーブルに置いてあったブルーベリージュースを一気飲みし、さらにブルーベリーののど飴を5個ほどまとめて舐める。


―――そして数分後。


飴を舐め終えた俺は、再びあの前に立っていた。


ここまでしたんだ。

あのおかしな幻覚はもう見えないはずだ。


俺は息を飲んで、冷蔵庫に再び手を掛ける。


そして…………パカッ。


………うん。何もない。


「マジかよ」


見間違いではなかった。

幻覚などではなかった。


この超腹が減っている状態の時に。

この超疲れている状態の時に。


冷蔵庫の中は無情にもスッカラカンだ。


あるのは一本の牛乳(飲みかけ)のみ。


「神よ……このごく普通の日本男児に、牛乳一本で何をしろと……」


………。


「ウガァァァァァ!!!」


俺は発狂した。

もう心行くままに発狂した。

もう発狂しなくちゃやってられなかったのだ。


「ウガァァァッァ!!! モガァァッァァァ!! アフロバンチョォォォォウ!!! コアラノマァァァッァァチ!!!」


だがしかし、いくら発狂しようと冷蔵庫の中身は変わらない。


この広い一軒家で、無情なる少年の叫びの身が響き渡っていた。


「はっ!? そうだ! カップラーメンは!?」


一人暮らし中の男子の友、カップラーメン。


そう、それは絵にも描けないほど美しい。

何物にも代えがたいほど楽な調理方法。

言葉では表現できないこの旨味(うまみ)

そして何より、数え切れないほどのレパートリー!!


これらを兼ね備えた食べ物は、カップラーメンを置いて他にない。

この星に生れた男なら、誰もが愛する食べ物。それがカップラーメンだ。


インスタント? ふん。ゴミだね。


インスタントにするくらいなら俺はカップを選ぶ。


「それほどまでに、俺はカップラーメンにとてつもない愛着を持っているのだ!! (ただし空腹時に限る)」


俺はその場で三回転ジャンプをし、いつも買いおきが置いてあるはずの場所へと足を運ぶ。


そこで俺が見た物とは……―――――



数百個にも積まれたカップラーメン達。

味噌に醤油に豚骨に塩。

豚キムチにコンソメにわかめに納豆!


そのほかにも色々、見た感じ数十種類もの味が見受けられる。


「ふふふ。さすが新商品にはぬかりの無い俺。見たこともない味わいが数種類も並んでやがるゼ……」


俺の倍近くの高さに積まれたカップラーメン達。

ふはははは! これぞ天国じゃ! 酒池肉林じゃぁぁ!!


俺の思考は完全にどこかの暴君と化していた。

だが今の俺にはそんな事はどうでもよかった。


「よしっ! キミに決めたっ!」


謎のセリフを発しながら手に取った、あるひとつのカップラーメン。

パッケージには、『味噌田楽』と書かれていた。


「味噌田楽味のカップラーメン。なかなかに俺のチャレンジ精神を(くすぐ)りやがるじゃねぇか!」


謎の味付けに興奮した俺は、すぐにお湯を沸かし、カップラーメンにお湯を注ぎ、待つこと3分。

ここに味噌田楽味のカップラーメンが誕生した!!


「いったらっきまぁぁす!!」


俺は豪快にかぶりつく。

そのお味はと言うと……。


「うっまぁぁぁぁぁい!!!!!」


とろける様な舌触り。

思わず顔がほころんでしまうような面白い味。


これこそまさに、カップラーメンの究極系と言えよう!!


俺は無我夢中でそのカップラーメンを食べ進め、至福の時間を満喫したのだった――――――――――





―――――――――と、いう夢を見たんだ。


俺が足を運んだその先には、カラの段ボール箱が転がっていた。


俺はその場で意識が朦朧(もうろう)とし、目の前の現実から目をそむけるために妄想世界と逃げ込んでいたのだ。


「嘘だろ……なんで、今日に限って……」


『カップラーメン味噌』と書かれたカラの段ボール箱を静かに抱え、俺は静かに涙を流した。


「………しゃーない」


数分間悲しみを味わった俺は、気を引き締め直し、とうとう買い物に行く事を決意したのだ。


疲れた体に鞭打って、タンスの前に移動した俺。

引出しをあけると、そこには俺が愛用している黒の財布があった。


俺はその財布を乱暴にポケットに入れると、玄関へ駆けだし、元気よく玄関をオープンした。


…………うん。めっさ雨降っちゃってるね。


神様はなんて意地悪なのだろう。

さっきまで全く雨降って無かったじゃん。


なんで俺が出かける直前に降りだしてんだよ。

しかも夕立ってレベルじゃねーぞ。


ふざけんな神め。


あまりの絶望により神様に八つ当たりをしだした俺。

もはやバチが当っても文句は言えない。


俺はふらふらした足取りでリビングへと舞い戻った。


どうせ夕立みたいなもんだし、すぐにやむだろう。


そう思いながら、俺はソファに腰掛け、テレビのリモコンを手に取る。


そして、リモコンについてるテレビの電源ボタンを押した。……その時、俺は信じられないものを目にする事となる。


『とても強い台風が近づいているので、外出はしないようにしましょう。なお、雨は明日も降り続けるでしょう』


…………MA☆ZI☆KA☆YO~!


いかんいかん。あまりの衝撃にラッパーっぽくなってしまった。


つーかなんだよこのお約束的展開!! 今そんなのいらねぇんだよッ!!


悪態をつきながらも俺は考えた。

この台風の中、外へ出ずに、飯にあり付ける方法を。


必死に考えた。俺は死ぬ思いで考えた。

そしてその時、俺にひとつの画期的アイデアが思い浮かぶ。


「出前を取ろう!」


そうと決まれば即実行。


マッハな速度で電話のある場所へ移動して電話を掛ける。


プルルルル..............と、しばらく鳴り響く呼び出し音。

そして。


『はい、ド○ノピザです』


「あのー。配達をお願いしたいんですけどねー」


俺は浮かれ気分で何を頼むか考えていた。

ピザなんてたまの贅沢だ。慎重に選ぼう。


ピザ屋のチラシを手に持って、ご機嫌で悩んでいる俺に、電話の相手が衝撃の言葉をぶっ放す。


『大変申し訳ございませんお客様! 台風のため、本日配達不可能となっておりますので……!』


……なんだって?

………配達……不可能……?


「なんでじゃぁぁぁぁぁ!!!!!」


俺はキレた。

別にピザ屋の人は悪くないが、もう自分を制御できなかったのだ。


「たかが台風のために仕事サボりやがって! 俺が餓死したら責任とれんのか貴様はぁぁ!!!」


『え、あ、そ、そう言われましても……』


電話越しに聞こえる声は、明らかに戸惑っている。


だが俺は、かまわず八つ当たりを続けた。


「せっかく人がお前ら頼りにして電話したのに、お前らは困ってる人を見捨てるのかぁぁ!! 店長を出せぇ店長をぉぉぉ!!」


『え、あ、しょ、少々お待ちください!』


はぁ……はぁっ……。

出てこい店長。お前に俺の心にたまった鬱憤(うっぷん)をすべてぶつけてくれるわ!!


俺は大変興奮していた。

今の俺は、国の法律も捻じ曲げられそうなほどただならぬ気迫に包まれていたことだろう。


だがそんな気迫も、店長の言葉の前ではチリと化す。


『はい、只今変わりましたが……いかがいたしましたでしょうか……?』


店長の声怖っ!!!


そう、店長の声は、映画かなんかでよく見かける、ヤクザさんの声そのものだった。

声を聞いた瞬間、俺の態度はとてつもなく小さくなる。


「あ、あのぉ……そのぉ……なんと言いますでしょうか……」


無理だ! 言えない! 台風なんぞ気にせずに今すぐ配達しろなんて言えない!!


『あのぉ……お客様……?』


「は、ハイ!」


裏返る声。

俺は、とんでもないものに喧嘩を売ってしまった。


『お客様、我々の対応になにかご不満でも……?』


「あ、ありません! 仕事熱心で大変感激しておりますっ!! ではこれでっ!!」


ガチャン……と、一方的に話を終わらせ、電話を切ることしか、今の俺には出来なかった。


それから数分。

俺は再び絶望の淵に立たされていた。


腹が減っている。

だがしかし家に食料はない。


買い物に行こうにも、外は台風上陸中。

出前を取ろうにも、台風のせいでこれないらしい。


うーむ。

これは困ったぞ。


そんな時だった。

俺は素晴らしい画期的なアイデアを思いついた。


そうだ。俺にはまだあいつがいるじゃないか!!


俺はすぐに携帯を手に取ると、軽快にある人物の家に電話をかけ始める。


プルルルルルルッ.........響く呼び出し音。

そして。


『もしもし、竹田ですけど』


明らかにやる気のないグダッた声が、電話越しに聞こえた。


そう。俺には秋がいる。

俺には、たよりになる友達がいるのだ。


困っている時は、無条件で手を貸す。それが友達だ。

そんなわけで。


「おぉ、秋か! 急いで我に食料を持ってくるのだ!」


ガチャッ……プープープー.......


なるほど。

ちょっとふざけ過ぎたな。


俺は少しばかり反省し、今度は弱腰でお願いしてみる事に。


プルルルルルルルッ..............


『はい、もしもし』


「あのですね~、大変申し上げにくいのですが~………」


『なんだ、海か。どこぞのオカマかと思って焦ったぜ』


「失礼なッ!!」


俺のどこがオカマだコラ。

どう見たって男気溢れる奇跡のイケメンだろうが。


『で? なんかよう?』


「おう、実はだな。現在俺の家に食料は無い」


『………それで?』


「だから! 現在! 俺の! 家には! 食料が! 無いの!! 」


『………で?』


なんだコイツ。

あくまでも俺の口から言わせようって魂胆(こんたん)か。


よし、いいだろう。


「頼むよ秋! 俺腹ペコで死にそうなんだよ!」


『いや買いに行けよ』


「いや察しろよ」


『いやお前こそ察しろよ』


「なにがだよ」


『俺今ナンプレと格闘中なんだよ』


ナンプレ?

あぁ、ナンバープレートか。


ナンバープレートと格闘って、アイツ台風の中なにやってんだよ。暇人か?


「まぁ、いいや。とりあえず、腹ペコで死にそうなんだ!!」


さっきから俺の腹が鳴き(わめ)いているんだ。


『だから買いに行けって』


「だから察しろって」


『……台風か?』


「そうだ。台風だ」


『なるほど。お前は買い物に行きたくても台風のせいで行けない。だから代わりに俺が行って来いと。そう言うわけだな?』


「そうだ」


『じゃあ一つ聞くが、なんで俺に頼んだ?』


秋が聞いてくる。


「なに言ってんだよ! 俺ら、友達だろ!? 苦しい時も辛い時も共有するのが、友達ってもんじゃないのか!?」


俺はいつだってそうだった。


たとえば秋が高校受験に落ちた時も、俺が優しく慰めた。


『ねーよッ!!』


例えば秋がハゲ散らかった時も、俺はリー○21を進めた。


『ねーよッ!!』


例えば秋が馬の耳のそばで念仏を唱え続け、馬にバックドロップ食らった時も支え続けた。


『ねーよッ! ってかどんな馬だよ!!』


例えば秋が揚げたてのコロッケを服の中に入れて大火傷した時も、俺は笑い続けた。


『ねーよッ! ってかそんな事して俺はバカかっ!? そして助けてくれてねーじゃん!!』


「いちいちうるせぇな。つまりはそう言う事なんだよ」


『なるほど。お前が言う友情ってのは馬にバックドロップされた後揚げたてのコロッケで大火傷する事なんだな?』


「お前は何を聞いてたんだよッ!!」


『すべてを聞いてたよッ!!』


「なら行け!」


『断る!!』


「行け!!」


『やだっ!!』


「行けっ!!!」


『NO!!』


その後、約20分間もの間、言い合いが続いた。



―――――そして。


「はぁ……はぁ……しょ、しょうがねぇ。台風に負けないとっておきの策をおしえてやる」


『はぁ……はぁ……なんだ……?』


この策はいまだかつて失敗した事がないという実績を持つ。


出来れば使いたくはなかったが、秋なら絶対にやり遂げられると信じている。

なぜなら秋は、俺が見込んだ男だからだ。


俺は呼吸を整えると、言った。


「気合で頑張れ!」

『お前がな』


ガチャッ.....プープープープー ............


俺の心に虚しさだけが残った――――――





――――――それから数分後。

俺は今、雨ガッパ姿で自転車にまたがっている。


そう、俺は覚悟を決めたのだ。

この土砂降りの中、一人で生き抜く覚悟を。


ここで屈しては男がすたる。


「男山空、ここに在り!! うおぉぉぉぉお!!!」


激チャリ。

そう、この矢のような雨の中、それは自殺行為でしかなかった。


俺は5漕ぎしたと同時に、激しく転倒。


「いってぇぇ!! なんだこれ、自転車が使い物になんねぇぇ!!」


大声で叫びつつも、再び体勢を立て直す俺。

そして再度自転車にまたがり、ゆっくりと進んだ。


「おぉ、のんびり行くと意外と転ばねぇもんだな」


些細な発見をしたので気分が良くなり、鼻歌を歌いながら進むこと約10分。


「へっ、余裕じゃねぇか」


俺はとうとう、近くのスーパーについた。


自転車を置き場に止め、俺はスーパへと足を踏み入れる。


「おぉ、誰もいねぇー!」


こんな悪天候なので、周りには数える程度しか人がいない。

誰もいない教室と似たような新鮮さがある。


「っと、メシメシ」


俺は食品売り場へと足を運んだ。

そこにはずらりと並ぶ食品達。


色とりどり、多種多様の食品達は、まるでパンクスタイルのバンド達の髪の色のように様々だ。


なんか例えに無理があり過ぎたが気にしてはいけない。

なぜなら今宵の空腹があと少しで満たされるからだ。


「よしっ、まずは何を買おうか……」


その辺をうろうろし、物色を始める。


――――数分後。


「あぁ!もうなんでもいい!!」


シュバババッと、目にもとまらぬ速さで買い物かごに食料を詰め込む俺。


カップラーメンに冷凍食品。お菓子にシールに玩具まで。


絶対に不必要なものも構わず放り込む。


空腹時は質より量なのだ。


そして・・・・・・


『8340円です』


なんか金額がド派手な事に。

ちょっくら詰め込みすぎてしまったようだ。


いかんな。

俺の今月の小遣い以上の値段かかってしまった。

ちなみに、月5000円が俺の小遣い。食費兼小遣いだ。


『足りなくなったら働け』


これが我が家の家訓である。


どうするこの量。

店員さんが頑張って会計してくれた手前、『やっぱりいらないです』なんてこと言ったら殴られるかもしれない。俺なら殴る。

いや、殴られないにしても店員さんを疲れさせてしまい、この店員さんは疲労でぶっ倒れてしまうかもしれない。

もしかしたら、営業妨害とかなんとか言われてこの場で通報されてしまうかもしれない!


『あ、あの、お客様?』


無言になって立ちつくしている俺に、どうしたものかと声をかけてくる店員さん。ちなみに女性である。


ど、どうする!

とりあえず今の俺の手持ち金額は一万円。

ギリ足りるので心配はいらない。


だがそれ故に! 足りるが故にどうするか悩んでいるのだ!!

足りなければそれなりに諦めはつくし、返品も気楽に可能である。


だがしかし足りるのに返品となると、もうこれはただの嫌な客だ。


この台風の中必死に働いているこの女性。

見たところ、俺とそう年も変わらないだろう。年上だとは思うが。


てことは、金をどうしても稼がなければならない理由があるのかもしれない。

家庭が複雑で、我が身を削ってまで必死に働いているのかもしれない。


だが、そんな時のこの俺が来てしまった。


もしかしたらこのスーパーの給料が、売上に関連し、成果をあげた者に多く与えられるものだとしたら……。

彼女はきっと、こんなに買ってくれる俺に尊敬のまなざしを向けているに違いない。


だがしかしここで俺が買うのをやめたとしたら。

彼女の人生は大きく狂わされ、もしかしたら俺が彼女の人生の片棒を担いでしまっているのかもしれない。


きっと彼女は思い描いていることだろう。


『こんなに買ってくれるお客さんがいた。こんなにも大量に購入して下さるお客様がいた。お客様は神様です! あぁ、アーメン!』


こんな無邪気な彼女を、裏切ることが可能なのか?

否。無理に決まっている。


ここは彼女のためだと思って、買ってやろうじゃないか!!


俺は覚悟を決めると、財布からなけなしの一万を取り出し、彼女の前に差し出した。


彼女は、その一万を受け取る。


『一万円のお預かりです……えーと、お釣りは……』


まだ手慣れていないのだろう。

レジを打つのに苦労しているようだ。


そんな彼女に、俺は今年最大の渋さでこう告げた。


「釣りはいらねぇ。受け取りな」


『はい、かしこま……えぇ!?』


そりゃもう、えらい驚いてますよ。

ええ。俺も驚いてます。まさか自分の口からこんな言葉が飛び出すなんて。


だがしかし、実に良い気分だ。

なぜなら俺は、彼女を救う一つの支えとなれたのだから。


「あばよ」


そう一言告げると、俺は出口に向かって渋さを漂わせて歩き出す。もう一度言う、渋さを漂わせて歩きだす。


『あ、あのお客様! こ、困ります!!』


彼女は受けとりを断固拒否だ。

そんな彼女に、俺は渋く告げた。


「そのお金で……家族と上手くやれよ」


『はぁ!? あ、お客様!? お、お客様!!』


彼女の言葉を背中に感じながら、俺はスーパーを後にした。


「俺は無一文になった。だが……今までで最高の気分だ」


これで彼女の売り上げは特大となる。

そうすれば給料もかなりかさましして……


そう思いながら、ふとスーパーのガラスに張られている張り紙を見た。


「えーと、バイト募集中か。今度金に困ったらここに来ればいいか」


よし、バイト先の確認もできたことだし、良しとしよう。


「おっと、給料をどんくらいかなっと……時給……時給!?」


俺はとてつもなく驚いた。

給料の金額に売り上げはまったくもって関係無かったのだ。


その衝撃の事実を知った俺は、今世紀最大の落ち込みっぷりを発揮しながら乏しく帰宅した。



――――そして自宅である。


「自転車置いて来ちまったぁぁぁ!!!!」


この有様である。


「って、いつの間にやら袋が破けて中身もナッシング!!」


落ち込み過ぎて、袋の重量の変化にまったく気が付かなかった愚かな男の姿がそこにはあった。俺だ。


「くっそぉぉぉぉ!!!」


俺はやけくそで家を飛び出した。


自転車を取りに戻るため。

袋の中身を探すため。

世界の平和を守るため。


俺は槍のような鋭い雨に打たれながら全力で走った。


「おっ! 早速発見!! でも雨に打たるる週刊誌!!」


道路の途中には、俺の買った物と思われる週刊誌が。

だがもう読める状態ではなかった。


「スマン週刊誌……スマン週刊誌に出てる人……」


俺は涙をこらえながら、再び歩き出す。


そしてその後、なにも見つけられぬまま先ほどのスーパーについた。


「俺の袋の中身ぃ……いったいどこへ消えたぁ!」


悔しさに打ちひしがれながら、雨でビッチョビチョの自転車にまたがる。

俺の下半身(とくに尻)が壮大に冷たいが、もはやどうでもよかった。


そして自転車での帰宅途中のことだった。

ドブに目を移した時、俺はすべてを悟った。


流されたの……か。


そう。ドブの出っ張りに引っかかっている冷凍食品を見かけたからだ。


その後、最悪の気分で俺は帰宅した。


「しょうがない。冷蔵庫に残った牛乳をホットにして、一人寂しく(すす)りながら寝よう」


グッショリと濡れた雨ガッパを脱ぐ気力も、ベッチャリと濡れたズボンを着替える気力も今の俺にはない。


あるのは牛乳をコップに注ぎ、レンジでチンする気力だけだった。


チン♪


俺の気分とは似ても似つかない陽気な音が聞こえた。


レンジからホットになった牛乳を取り出し、まず味見を。


「シュワッチ!!?」


あまりの熱さにウル○ラマンがたびたび発するセリフを叫んでしまった。


俺は冷ますため、テーブルにコップを優しく置く。



―――――それから数分後。


ホットミルクが生ぬるい牛乳になっている事にも気付かず、俺は深い眠りに落ちた。


ただ、その時見た夢に出てきた焼きそばの味が、今でも鮮明に残っている。



―――――そして、次の日。


風邪を引いてましたー♪




第二話 完

これが愚かな男の末路である。

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