第二十一話~死闘!落下を賭けた大決戦!!!―兄ちゃんの勇士―~
前回。俺の身に何が起こったかだけを説明しよう。
そう、あいつ。秋に吹っ飛ばされた。
イノシシの如く突っ込んで来て、見事に俺に直撃だ。
突進という言葉がある。
だが、あいつがした事はそれじゃあない。
超突進。いや、突撃。超突撃。
超突進撃だ。それほどの勢い。
気を抜いていた俺は、見事に吹っ飛び、プールにダイブ。
そう、俺は今、プールに来ているのだ。
プールに落ちた俺は、必死にもがく。
突然の事で、頭が混乱しながらもだ。
モロに腹にくらったので、一瞬呼吸ができなくなる。
その状態での水の中だ。
もうこれは死ぬ。意識を失いかけた訳だが、そこは俺。
今年で一番じゃないかというくらいの力をを発揮し、何とか水面に浮上。
何とか呼吸をする事が出来た。
そんな俺を、指を指して馬鹿笑いする奴がいる。
これが前回までの話。
そして今回は、それの続きだ。
第二十一話
~死闘!落下を賭けた大決戦!!!―兄ちゃんの勇士―~
「ぎゃははは!!海。お前何やってんだよー!」
秋が俺を指差して笑っている。
「ふざけんじゃねぇ!死にかけたわ!!!」
まったく、いつまで笑っていやがる。
この俺にこんな恥をかかせやがって。
いまにみていろ。
お前なんか、プールの警備の人に怒られてしまえ。
俺がそう思った時。
『こらきみ!!危ないから危険な事はしないでください!!』
「あ、すみません」
うわっ!本当に怒られやがった。
だっせぇ。
俺はもう爆笑だ。
復讐成功だな。
だがしかし、神は俺の願いをかなえすぎた。
「全く秋兄ぃ。何やってんのよ」
「シュウが怒られていたんヨ」
「竹田兄。情けなさすぎて涙が出るぞ」
そう、あいつが怒られていた所を、みんなに見られていた。
「う、うるせぇな!よくあるだろ!こういう事!!」
「ないよ」
顔を真っ赤にして、必死にいいわけする秋
そんな秋を見る皆の目は、とても冷ややか。
あれはやばいな。
オメガにまで同情されてるよ。
「だってよぉ!!海のやつが俺に頼んでくるから!!俺を吹っ飛ばしてくれって!!」
「はぁ!?頼んでねぇよ!!苦しすぎるだろ!!」
あいつは馬鹿か!
よほどのアホじゃない限り、そんな事信じる訳が……
「海兄ぃ……」
「カイ……」
「山空……」
「なんだその目は!!お前らアホか!?」
『こらきみっ!きみの変わった趣味の為に、友達を巻き込んじゃダメでしょ!!』
「おいちょっとまて!!警備員だろ!?あんた警備員だろ!?そんなに簡単に信じちゃダメだって!全部こいつの嘘だから!!」
やめてくれ。なんで警備の人にまでそんな顔されなくちゃいけない。
『本当なのか?』
「そんなわけないでしょう!!見て下さいあいつの顔を!!」
いやいやいや。何どうどうと嘘ついてるんだよ。
『うん。確かに、ドMな顔ですね』
なに納得しちゃってんの!?アホだろ!?あんた実はアホだろ!?
ドMの顔ってなんだよ!!
快感欲しさに、俺が秋に頼んだとでもいいたいのか!?
「そういうわけですから、注意ならあいつに言ってください」
『ああ、すまなかったね。僕の勘違いで迷惑かけて』
謝る相手が違ーーーう!!!!
「いえ、気にしてませんから」
「ホントだよー。秋兄ぃ大変だったね」
「山空。変わった趣味はお互い様だ」
「シュウは悪くなかったんヨねー」
『じゃあ、仲良くね。危険な真似しないように。』
「ちょっとまてよ!!なにこれ!?ねぇ何コレ!?ドッキリ!?何のドッキリだよ!?」
意味わかんねぇよ。
警備の兄ちゃん!うそでしょ!?
なにがあったんだよ!!
誤解したまま去らないでーー!!
俺が困惑していると、琴音が言った。
「秋兄ぃのいいわけに、みんなが騙されるドッキリだよ」
「「はぁ!?」」
俺と秋が見事にハモる。
「そうなんヨ」
「あたりまえだ」
「え!?そうなの?みんな俺に騙されてたんじゃないの!?」
「ちがう」
きっぱりと。琴音が言った。
よかったよ。みんながまともで良かったよ。
でも突然、みんなで協力するのはやめて頂きたい。
本気でみんなの頭を疑ってしまった。
なんだドッキリだったのか。
よかったよかった。
……。……。……。
……ってあれ?じゃあ、あの警備の人はいったい……。
まぁ、いいか。気にしない事にする。
とりあえずあれだな。
プールからあがろう。
俺は、流れに逆らい、水をかき分けて、地上に上がる。
ふー。水の流れって強いなー。
結構疲れた。
そして、ちょっと言っておきたい事がある。
「オメガ、お前おかしい」
そう言ったのは他でもない。
オメガの格好。
まずどこがおかしいかというと。全部だ。
全身真っ黒。もうこれ、ダイバーだろ。
海に飛び込むダイバーだろ。
真っ黒い、ダイバーがよく使う、あれだ。
なんとなく伝わっただろうか。
首までの、全身黒タイツ。
そして、ゴーグルの代わりにシュノーケルときたもんだ。
シュノーケルの下には、眼鏡をかけているが。
そして、この中でもひときわ目立つものが。
「オメガ。その腕時計はなんだ」
一見すると、ただの腕時計。
そうただの腕時計なのだが。
この場所で。この格好で。
腕時計はおかしいだろう。
絶対何かある。
すると、俺の言葉に、オメガが冷静に言い放つ。
「山空。けして小型カメラなど付いていないぞ」
「うん。ついているんだな」
「ついてはいない。内蔵されているだけだ」
「警備員さーん!!」
「わ、悪かった。もう外すから!!」
そういって、手首についている腕時計を、カチャカチャと外し始める。
そんなオメガを、まるで変態を見るような目で睨んでいる琴音。
秋はエメリィーヌと雑談をしているが、ずっとオメガの肩を強く鷲掴みだ。
全く、油断も隙もない奴だな。
もうオメガに対してこれしか感想がねぇよ。
ホントに油断も隙もない奴だな。
「ちなみに、上手く隠しているつもりかもしれんが、色々とバレバレだぞ。外しとけ」
「な!?なぜばれた!?」
とても驚いているオメガ。
おいおい、まじかよ。
冗談のつもりで言ったのに。
油断も隙もない奴だな。
律儀にすべてを外し始めるオメガ。
「はぁ、これでいいか山空」
「よし」
どうやらすべてを外し終わったようだ。
床に散らばっているオメガの隠しカメラの数、なんと!えーっと、いち、に、さん…
なんと15個。
いったいどこにそんなに隠していたんだ。
恐ろしいやっちゃな。
「とりあえず、準備運動しておけよー」
俺は言った。オメガの話はこれで終わり。
もう構ってられん。
「なんでなんヨ?」
エメリィーヌが聞いてくる。
すると、俺が答える前に、琴音が言った。
「体の筋肉をほぐしてからでないと、色々と危ないからだよ」
「へー。分かったんヨ!」
琴音の説明に納得したのか、準備運動を始めるエメリィーヌ。
だが、俺が知る準備運動ではない。
なにあれ?
まぁ、上手く説明ができないが、効果はありそうなので良しとしよう。
すると、秋はバカだった。あ、いや、秋が言った。
「俺に準備運動は必要ねぇ!!」
……うん。馬鹿だった。
もうこれ、絶対足つるフラグだろ。
うん。
それにしても、秋って水着まで地味だな。
無地の茶色って。もう本人のようだ。
それに引き換え、琴音は可愛らしいな。
うん。可愛い。オメガじゃなくても、見惚れてしまう。程でもない。
「あ、海兄ぃ、私の事馬鹿にしてたでしょ」
「え?なんで?」
「そういう顔してた」
どういう顔だ。
俺ってホント表情に出るのな。
考えている事まで喋ってしまうとなると。
…考えないようにしよう。
とりあえず、琴音をほめておく。
「馬鹿になんてしていない。可愛いから見惚れてたんだ!」
「それはしょうがないね。私の色気にかなうものはないから!!」
自信満々に答える琴音。
おいおい。
「お前のどこに色気があるんだ。エメリィーヌと大して変わらないぞ」
「ひどっ!!私にだって色気ぐらい!!」
「そうだよ山空!琴音ちゃんはとても可愛いからね!!」
「うるさいから黙ってて」
「ガーーーーン!」
うわぁ、オメガえらい言われようで。
そして、ガーンて。
そんな事言いながら落ち込む奴も珍しいな。
てか、琴音ももう気にしてないだろ。
凄い軽くあしらってる。
やっぱり琴音も楽しそうだな。
ってあれ?
「オメガ、さっきの大量にあったカメラは?」
床に散らばっていたはずだが、いつの間にかなくなっている。
気になった俺は、膝を抱えて落ち込んでいるオメガに言った。
「それは収納した。この『なんでも圧縮かばん』にね」
そういって見せてくれたのが、豆のような大きさの黒い物体。
でも名前でなんとなく伝わったので、説明を省く。
「これは、ここを押すと旅行鞄並みの大きさになってだね、ここに物を入れて再度ボタンを押すと、中身ごと豆のようになるという……」
説明を省きたかったのに。
まぁいいか。
「ところで、海!あれを見たまえ!」
そういって秋が指差したもの。
そう、それは。
飛び込み台。
やっちまった。
ばれちまった。
もうだめだ。
もうおわった。
とりあえず俺は、生き生きしている秋に対して、この世で最も無意味な『拒否』という選択肢を試みる。
「秋、わる『却下』
うわぁ。まだ『わる』しか言ってないのに。
「お前の考えている事なんかお見通しよ!!」
あー。だめだ。とってもキラキラしているもの。
今年一番のキラっぷりをかもしだしちょる。
「シュウ!あれはなんなんヨ?」
エメリィーヌが秋に聞いている。
俺達の話を聞いて、気になったのだろう。
「ああ、あれはな?ビビリで弱虫でチキンな人は、やりたがらないんだ。」
秋がわざとらしく俺を見ている。
なにがビビりで弱虫でチキンだよ。
お化け屋敷で腰を抜かすお前の事だろ。
「シュウ。頭大丈夫なんヨか?ウチはどういうのか聞いたんヨ。それじゃあ答えになってないんヨ」
「……すみませんでした」
ははは。良いぞエメリィーヌもっと言ってやれ!!
「もう、コトネでいいんヨ。あれはなんなんヨ?」
「ちょっと、琴音『で』いいってなによ。まぁいいか。あれは、バンジージャンプで」
「ちげぇよ!!バンジーじゃねぇよ!!ジャンプのみだよ!!」
琴音の天然っぷりに、鋭くツッコむ秋。
ちなみにこの間。オメガはずっと琴音を写真に収めている。
もちろん、そんなオメガを琴音は無視だ。
「エメリィーヌ、あれは飛び込み台と言って、あそこから飛び降りるんだよ」
仕方がないので、俺が説明する。
「ふーん。危ないんヨ」
「まぁ、そうだな。でも、度胸試しでやる人が多いんだよな。」
意外な事に。
なんであんなものやりたがるんだ?
痛いだけだぞ。
上手く落ちないと、死んでしまうことだってある。
水って、コンクリートの硬さだと聞いた事があるし。
まっすぐ綺麗に落ちないとな。コンクリートに落下するようなもんだ。
だが、秋は好きなんだよなー。度胸試し。
肝試しは拒絶するくせに。
「そんなわけだから、俺達ちょっと行ってくる」
「おいまて、俺はやるとは言ってない」
「いや、やらせる。先に飛び降りたほうが勝ち、負けたらジュースおごりな?」
おい秋。それは妹の金じゃないのか。
「秋兄ぃ、それ本当は私のお小遣いで……まぁいいや。しつこく言ってもあれだしね」
琴音は勝手に開き直っていた。
いいな。俺もこんなやさしい妹が欲しいよ。
そういえば、兄貴が陽気なマイペースだと、その下の弟や妹ってしっかりしている事が多いよな。
しっかり者はつらい。
しっかりしているから大丈夫。とか。
しっかり者だから安心よねー。とか。
弟や妹も楽じゃないな。
苦労してる。ダメ兄貴に代わって。
でも、秋なんか、とっくに見放されていてもおかしくないけどな。
琴音って、よく秋について行けるよ。感心する。
「おい海。今なんかとてつもなく馬鹿にされた気配がしたぞ」
「なんだよその具体的な気配は」
「あ、そうだ。いいものがある。」
と、オメガが言った。
そして、撮影を中断し、かばんの中から何かを取り出す。
「これは、衝撃緩和クリームだ。体に塗ると、衝撃をほぼ無効化できる。これで、怪我する事はないだろう。ちなみに、防水性で、水に濡れても落ちないから安心してくれ。」
安心してくれって言われても。
オメガがだした時点で安心できない。
とりあえず、本当に安全なのか確認だ。
「オメガ、デメリットは?」
「今のところ見つかってない」
「衝撃の緩和率は?」
「99%」
「残りの1%が気になる。なにがあった?」
「100%と言っちゃうと、なんかいろいろとまずい気がする。なので、逃げ道という事ですな」
「まぁ、よくあることだ。で、実際に試したのか?」
「うむ、その辺にいた野良イヌに塗って、トラックの前に投げてみたが、ほぼ無傷だったよ」
「メガ兄ぃ!ひどい!!」
「ちょっとまて。ほぼって何だ。」
「ちょっと、切り傷が出来ていたんだ。緩和できるのは衝撃だけだからね」
「じゃあ最後に、トラックは止まっているやつじゃないよな?信号待ちのやつとか、駐車場のやつとかさ。」
「正真正銘のトラックだ。40キロぐらい出てたかな」
「よし。人にも効果はあるんだよな?」
「さぁ?」
「ふざけんな」
「安心しろ。僕は試したが、ちゃんと効果はあった。階段を転がってみたが、痛くはなかったんだ」
「不安だ」
「安心しなさい。いざという時は、スライム型腫れ引きレーザー銃があるからね」
「あー。ならいいか。そのクリーム貸してくれ」
ちなみに、スライム型腫れ引きレーザー銃は、第十九話で登場している。
気になる方は、是非第十九話まで!
「おい、スライムなんたらってなんだ?」
ふざけんな。今『第十九話まで!』って宣伝したばっかなのに。
しょうがない。説明して差し上げるか。
「オメガよろしく」
俺はオメガに言った。
すると快く引く受けてくれた。
「この『スライム型腫れ引きレーザー銃』は、僕が中2の時に開発したものだ。まぁ、色々と改良しているがな」
へー。それは初耳だ。
「山空は一回体験していると思うが、これは、火傷、打撲、捻挫、骨折などによく効くといわれている薬草を、スライムと配合して出来た銃だ。だが、切り傷などには効かないがな」
という、俺の時と全く同じ説明を、秋達にもしていた。
「そうそう、そのスライムが張り付くと、ビチョンって音がしてさ。すぐにとてつもない熱さに見舞われるんだよ。まるでアイロンを押しつけられたかのように。」
俺は体験談を告げる。
「おいおいマジかよ。大丈夫なのか?」
不安がる秋。
「ああ、大丈夫だ。安全性は俺が保証する。」
「なら安心だ。スライム型はっとばし機だっけか?それがあるなら安心だ」
「おい秋。それはワザとか?ワザとなのか?」
「なにがだよ」
「秋兄ぃ。スライム型腫れ引きレーザー銃だよ。はっとばしてどうするの。ドMな海兄ぃしか喜ばないよ!」
「まて。俺はドMじゃない。しかも、地味にツッコミが上手いな」
「こいつの妹だから」
「こいつゆーな!!お兄様だろう!!」
「あー、お兄様ーえらいですね。」
「ぶっとばすぞ!!」
「お前ら、喧嘩はよせ」
「大丈夫だ。喧嘩しても勝てないから、喧嘩はしない」
「おい兄貴。頑張れよ」
「だってよ、琴音強いんだ。口でも勝てないしよ」
「そこは頑張るんヨ」
こんな事を秋達と話している。
ちなみに、まだプールには入っていない。
なにしに来てるんだ俺達は。
「じゃあ、とりあえず行ってきなよ。私はエメリィちゃんに泳ぎ方教えてるから」
「おう!じゃあ、エメリィーヌを頼んだぞ!!」
「おいちょっと待て。俺はまだやるとは言ってな…っておいやめろ!!」
俺がまだ喋っているのにも関わらず、俺の腕を引っ張り連れていく秋。
しょうがねぇな。こうなったらやってやろうじゃねぇか。
「放せ!分かった、受けて立とうじゃねぇか!!」
俺は力強く言い放った!!
「そうこなくっちゃな!というわけで、3m行くぞ」
しょぼ。
「一番上の10mじゃないのかよ?」
「な、なななに言ってるんだよお前」
よく見ると、えらい震えている。
なんだ怖いのか。
「よくそんなんでやる気になったな。」
「ばばっばばっきゃろい、海がこおここ怖いかとおももおってだだな!!!」
「その古びたテープレコーダーみたいな喋り方やめろ。行くなら一番上だろう。」
「っそそ、それはちょっとだな」
ちなみに、3m、5m、8m、10mがあるんだ。
「なんだよ秋。まぁ、怖いならしょうがないな。3mで我慢するか」
俺の見え透いた挑発に、見事に反応する秋。
「わ、わかったわい。ジュウメイトルで勝負じゃい」
「だからビビり過ぎだ」
そんな感じで、頂上指して登り続ける俺達。
そして、10mに到着。
到着後の感想を述べるとしたら、3m付近にいた時の自分をぶん殴りたい気分だった。
「…なんだよこれ?人間が飛ぶ高さじゃねーよ!!スパ○ダーマン専用だろ!!」
そう、もう高いなんてもんじゃない。
高いのだ。
ちょっと恐怖で頭がおかしくなってきた。
なんだこれ。正直なめていた。
そりゃそうだろ。自分の身長が、大幅に見積もって2mだ。
それを五人分の高さから飛ぶ。
二階からなんてもんじゃないぞ。
どうしよう。膝の震えが止まらない。
ふと後ろを振り向いて見る。
秋がいた。
いや、秋が丸くなっていた。
それはもう亀のように。
頭を抱え、地面にうずくまり、震えている。
そんなに怖いならやめればいいのに。
俺も怖いので、ちょっと提案してみた。
「おい秋!怖いんだろ?もうやめようぜ!!」
俺の声が震えている。自分でもわかるくらいに。
俺の提案を聞くと、秋がゆっくりと立ち上がり、なんか腰に手を当て。
「はっはっは!!っよよよよ、弱虫だなぁぁ、おれなんかへっひゃらだぞ!」
嘘つけ。恐怖のあまり呂律がうまく回ってないやんけ。
へっひゃらってなにさ。
ひょろひょろじゃねぇか。
下らない所でやせ我慢なんかしやがって。
「じゃあ秋。お前とんでみろよ!?」
俺が言った瞬間、秋の顔が分かりやすいくらいに引きつる。
「あ、あいにくの誘いだがな。ちょっと初めてで跳びかた分からないんだよなぁ」
お前どんだけだよ。
「ただ跳べばいいんだよ!!ほら!羽ばたけよ!!ユーキャンフライ!!!!」
俺も頭がいかれてきているらしい。
「クククク、クリーム塗ろうゼ!!」
「馬鹿かお前は!!登って来る途中で塗ったろうが」
そう、登って来る途中で塗ったのだよ。
秋も相当追い込まれているらしいな。
「そ、そうだったな。」
「じゃあ、じゃんけんで負けた方からな」
賭けごとの事も忘れ、変な提案をしだす俺。
もう自分が分からん。
「よよよし、うけてたちゅじょ」
たちゅじょて。
「せーの、じゃんけんぽん!!」
俺はグー。秋はチョキ。
俺の勝ちだな。
「いいいいい、今のは練習じゃないのかよういお」
呂律!!頑張れ呂律!!
秋の呂律!!
「れんしゅうはひきょうだじょ!!お前行けよ!!」
やばい、俺の呂律もやばい。
共にぶるぶると震える俺達。
お互い、プライドが邪魔をして、中止には出来なかった。
くっそ、ただ高いだけでこんなに恐怖するなんて。
情けないぞ俺!!
俺は自分に『喝!』を入れ、少し身を乗り出してみる。
下は水面。しばらく見ていると、自然と身体が引きこまれそうな感覚。
まるで水に誘われているかのようだ。
無理だ。こんなもの跳べっこない。
俺は、乗り出した身を、元に戻す。
するとその時、後ろから嫌な気配が……
俺が慌てて振り返ると。
「かっ海!おさきにどうぞ!!」
そういって、両腕を俺に伸ばしてきている秋。
ああ。いるんだよなー。いきなり押してくるやつ。
たまに見かける。
危ないなーと、いつも思っていたんだよ。
まさかそれを、親友がしてくるなんて。
さらにされているのが、この俺自身だなんて。
「あぶねぇっ!!」
俺は間一髪のところで、秋の両手首を掴んで止める。
「なにするんだよ秋!!テメェ落とされてぇのか!!」
俺に手首をつかまれたあとも、必死に抵抗する秋。
その時、俺は秋の顔が視界に入ってきた。
……やべぇ。目が死んでる。
恐怖のあまり、人を陥れるゾンビと化した秋。
そんな秋と、俺は必死に格闘を繰り広げる。
ちなみに、今俺が飛び込み台の端側だ。
ギリギリだ。
「おい秋!!押すんじゃねぇ!!」
「海!お前が先に落ちろぉぉ!!」
そんな事を言って騒いでいるが、秋は俺に両手首をつかまれた状態。
俺の方が力が入り易いわけで。
俺はクルッと秋と入れ替わる。
「形勢逆転だなぁ。秋!!くたばれぇぇ!!」
俺が思いっきりラストスパートをかける。
だが秋もしぶとい、飛び込み台の端で、妙にもちやがる。
「海!!ゆるしてぇ!!」
「うるせぇぇ!!」
「うるさくねぇぇ!!!!」
うお!?
こいつどこからこんなパワーが!!
これが火事場の馬鹿力という奴か。
俺は、なんか覚醒した秋に押しこまれる。
「場所チェンジ!!」
「させるかぁあ!!」
秋と場所をチェンジさせられかけるが、何とか持つ。
二人とも、すぐ真横に飛び込み台の端がある状態となる。
「うおりゃ!!」
秋の力強い一撃で、俺の体がそらされる。
秋の手首を放してしまったのだった。
だが何とか、体を安定させる俺。
バランス感覚がよくてよかった。
そして再び、秋と手を組んで、押し相撲のような形となる。
丁度その時だった。
『危ないから直ちにやめて下さい!!』
先ほどの警備の兄ちゃんが、いつの間にか階段を上って俺達のもとに、たどり着いていた。
いまどき仕事熱心だ。こんな恐怖の場所に足を踏み入れるなんて。
俺は兄ちゃんに気付いたのだが、必死の秋は気付いていないようだ。
警備の兄ちゃんが、駆け寄って、俺達の腕をつかもうとする。
俺は警備の兄ちゃんの声で、一瞬だけ力が抜けていたために、秋の力でバランスを崩されるわけで。
そしてもちろん、体がそれてしまう。
それと同時に、秋と組みあっていた手も離れるよな。
そこで、思い出してほしい。
警備の兄ちゃんは、俺達を止めるために、組み合っている手をつかもうとしたんだよ。
だが、急につかむ所がなくなった兄ちゃん。
そのまま勢い余って……
『うわぁぁぁぁぁ!!!!!『ドッパァーン』
落下。
兄ちゃん落下。
警備の兄ちゃん、無情にも落下。
なにも悪くないのに。
仕事熱心なだけなのに。
俺達の身を案じただけなのに。
その真面目さゆえの、落下。
そこで、ようやく秋が冷静さを取り戻す。
「うわぁ、なんだよ今の」
「おう、秋。もうやめよう。」
「……ああそうだな。」
なぜこんなに素直になったのか。
これも全部兄ちゃんのおかげ。
目の前で落下していく様を見た俺達は。
ぷかぷかとプールに浮いている兄ちゃんを見た俺達は。
リアリティ溢れる人間の落下を目撃し、俺達は素直になれた。
兄ちゃん。お前は自ら落下する事で、俺達を止める事が出来たんだ。
よかったな。警備の兄ちゃん。
しばらくすると、やっと兄ちゃんが陸に上がる。
良かった。生きてた。
――こうして俺達による、飛び込み台の大決戦は、幕を閉じた。
ありがとう警備の兄ちゃん。
凄いぞ警備の兄ちゃん。
俺達は、しばらく飛び込み台の上で、休息を取っていたのだった。
なぜか。神経すり減る戦いの後なので、安心したためか体に力が入らなかったのだ。
だがその時。
『――――んだとコラ!?』
『―――や――放して!!』
この声は琴音だ。
はたして、なにがあったのか。
琴音の運命やいかに!?
第二十一話 完
続く