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俺の日常非日常  作者: 本樹にあ
◆日常編◆
20/91

番外編 第一幕~今日の竹田家~

 番外編です。

 番外編では、本編では掘り下げきれなかった部分(キャラクターだったり、ストーリーだったり)を掘り下げていくのを主としたモノです。

 別に読まなくても本編に影響はないので、いわゆる箸休めだと考えて下さればおおかた間違いないと思います。


 (※この番外編 第一幕は、第五十九話を書き終えた頃の作者が、改めて書き直したものです。ご了承ください)

「突然だが、しゅうだ」


 本当に突然だった。

 兄の部屋から、兄が自己紹介をしている声が耳に飛び込んできたのだ。

 別に聞き耳を立てていたわけではない。

 ただ私は、自分の部屋のベッドで寝そべり、もう何度読み返したかわからないほどにお気に入りのギャグ漫画のページをパラパラとめくっていただけ。そんな矢先の出来事だった。

 私の部屋と、兄の部屋は一枚の壁を隔てて隣接状態の関係にある。もちろん、防音に優れた素材なんて使われているはずもないので、本当にただの壁だけが私の部屋と兄の部屋との境界線なのだ。ゆえに、お互いの部屋で発した音や声は面白いほどに筒抜けである。

 だからというわけではないが、私の耳に実の兄の意味不明な自己紹介が聞こえてしまったのは偶然でもなんでもなく、いうなれば必然。

 私が兄の突飛な言動に驚き、「いったい何が!?」という感情から盗み聞きの体制へと移行しようとしているのも、まさに必然なのだ。

 そもそも、考えてもみてほしい。

 普通に生きていく中で、いきなり一人で自己紹介したくなることがはたしてあるだろうか? 少なくとも私は「ない」と言い切れる。というかあったらかなりのレベルでドン引く。

 たとえば友達が遊びに来ていただとか、家庭教師を雇っていて今日がその初授業だとか、そういった、そばに誰かいる状況ならまだ納得できる。しかし、奇しくも私の兄は今一人。一番納得できる範囲で考えて『自己紹介の練習』だとしても、この時期(7月中盤)の前ではそれも異常な行動にしかならない。

 だがしかし、実の兄がイカレているなんて事実、認めなくないわけで。

 その言葉の裏には必ず、とても深くて感動するような神秘的理由が存在する。そう希望を抱いておくことにした。だから私は、盗み聞きをする。 

 この際だから教えておくけど、身内や家族がわけのわからない行動をとると、ぶっちゃけかなり焦るから。これは体験談です。それも現在進行形の、ね。


「秋兄ぃ……いったいどうしちゃったのよ……?」


 いろいろな不安に飲み込まれそうになりながら、それでも私は兄を信じ続ける。そして信じているからこそ、この不安を良い方向で杞憂として晴らしたい。

 だから秋兄ぃ。よくわからないけど『俺は狂っていないぜ』という証明を私に下さいよろしくお願いします……!!


「そう、俺は秋なんだ。決してかいではない。ましてや最近現れた恭平きょうへいとかいう奴でもない。エメリィーヌでもないし、琴音ことねでもないし、お袋でもない。担任でもなければ、山下やましたでもなく、近所のおばさんでもなく町内会の人達でもなく武藤むとうさんでもなく!! 俺は……、俺の名前は、竹田たけだ しゅうなんだ!」

 

 ぎゃあああああ!!!! 秋兄ぃが狂ったぁあああああ!!!!!




 番外編 第一幕

 ~今日の竹田家~




「……なるほどね。要するに秋兄ぃは、最近影が薄くて新参者の人達の存在感に呑まれるのではと不安を覚えていた――と、大雑把にいえばそういうわけね?」


 聞くに堪えられず兄の部屋に一目散に駆け込んだ私は、先ほど当人から説明してもらったことを平たくまとめ、なにか誤解がないかの確認を得ようと問いかけてみた。

 すると、滑車のついた椅子に胡坐をかきながら座る秋兄ぃは「そういうわけだ」と短く返した。

 くるくると椅子と体を回転させながら「いや~もうホント三日三晩悩んでてさ~」と陽気に告げる秋兄ぃに軽く苛立ちを覚えたものの、まだ私が気になっていることが解決していないためそちらを優先する。

 秋兄ぃの悩みはわかった。が、いくらそのことでショックを受けてようと、一人で自己紹介するに至ったその精神状態に説明がつかない。

 最初、そんな有様になるまで精神的に追い詰められていたのではと考えもしたが、今の陽気な秋兄ぃを見る限りそこまで追い込まれているとは考え難かった。

 以上のことを知るために、私は本人に問いかけてみることにする。


「でもさ、それならなんで急に一人で自己紹介をし始めたの? 何か理由があるんでしょ?」


 質問は簡単に、そして聞きたいことの要点を的確に相手に伝える。国語の授業で習ったことをまさかこんな形で実用するとは思わなかった。人生何が起こるかわかったもんじゃないということだろう。


「いや、なんつーかさ、ずっと悩んでたらすごい不安になっちゃって、とりあえず「俺はここにいるぞ!」ってことを再認識するためにあのような結果になったわけなんだ」


「……バカなのかよ」


「とても純粋な悪口ッ!」


 説明を聞いて疑問は晴れたものの、それと同時に私の中に『兄=ヘタレ』というなんとも悲惨な公式が出来上がってしまった。

 妹の私がいうのもあれだが、実の妹にこれほどまでに幻滅される兄もなかなか珍しいと思う。


「――でもまぁ、妹に心配かけてるようじゃ、まだまだ俺もバカなのかもしれないな」


 椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる秋兄ぃ。


「ちょ、やめてよ。そんな素直になられたらなんか申し訳ないじゃん」

 

 悪口を言っていても、実際は秋兄ぃのことをそれほどバカにはしていないし、全部冗談のつもりでからかっていただけ。

 それなのにそんな真面目に受け取られると、こちらとしてはなんか物凄い罪悪感を覚えざるを得ない。

 だから秋兄ぃはもうちょっと“ノリ”というものを理解してほしい次第である。


「まぁまぁ、心配してくれてたのは間違ってないんだろ? ありがとな。あと、心配かけさせてごめんな?」


「だからそんなことにいちいち真剣にならなくてもいいんだって! それにそんな風に言われるとなんか恥ずかしいから!」


「ははは、じゃあついでだしもう一個だけ謝っとくわ。昨日お前が楽しみにしてたアイス食ったの俺なんだ。すまん」


 流れるように衝撃の事実。


「えぇ!? いやすまんじゃないよ!? この流れでさらっと謝罪すれば許されるとでも思ったの!? だとしたらとんだ見当違いだよ出直せ!」


「あ、そうそう。そういや今日久しぶりにクローゼットの奥の方掃除してたんだが、お前が三年前にくしたとかって騒いでたゲーム出てきた。んで思い出したんだがこれ失くしたんじゃなくて俺が借りてたんだよ。わりぃな。返すわ」


「なっ、なんだってぇ!?」


 にこやかな顔で怒涛に暴露し始めた秋兄ぃは、ごそごそと机の引き出しをあさり始める。それからすぐに「お、あったあった」と呟いたかと思えば、例のソレを私に差し出してきた。

 そう、これは私がまだ小学四年生か五年生くらいの頃とても夢中になっていたゲームのカセットだ。

 長い年月を感じさせるような色あせたそのカセットを紛失して以来、私は一時的にうつ状態になったといっても過言ではないくらい落ち込んだ。

 しかしそれからというもの、私はお年玉の貯金を全額下して今はもう同じカセットを購入し、さらにやりこんで全クリ(完全クリア)したといっても過言ではないくらい進めたので、今さら返してもらっても正直いらない。

 なのでこのカセットは、秋兄ぃにあげることにする。

 私の部屋には使ってないゲーム機本体もあるし、通信用のケーブルもあるから、秋兄ぃが受け取ってくれれば二人で遊べるようになる。うわっ、素敵すぎる。

 というわけで。


「秋兄ぃ、これ、秋兄ぃにあげるよ。私もう一個持ってるし、秋兄ぃが持っててくれれば対戦とかできるし」


「え? いいのか?」


「うん」


「……琴音がいいなら、ありがたく貰っとくわ。サンキューな」


「うん。だからあとで通信しようね!」


「おう!」


 なくしたはずのゲームが秋兄ぃの部屋にあったことに多少なりとも不満はあるが、所詮過去の出来事。今更とやかく言ったところで、罪があるのは過去の秋兄ぃであり今の秋兄ぃでは無い。

 だから私は、とりあえずこの件に関しては、後日、秋兄ぃに対戦を付き合ってもらうという事で一つ納得しておいた。

 が、さすがに何のお咎めなしというのも気分的に癪なので、私は秋兄ぃを少しばかりイジることにしようと思う。


「秋兄ぃ、アイス買ってきて」


「なんの脈略もねぇ!! なんでゲームの話から俺がアイスおごらされる話に移転しちゃったんだよ!?」


 大げさすぎる秋兄ぃの反応に、思わず口元が緩む。


「脈略が無い? それ本気で言ってる? だったら教えてあげるよ。私が秋兄ぃに嫌がらせするに至った経緯を!」


「俺への嫌がらせだったのかよ! 唐突にぶっ込まれる悪意に動揺が隠せそうにねえわ!」


「それが人間ってヤツさ」


「よくわからない方向から諭してきた!」


 秋兄ぃをからかう私と、それに食いつくようにツッコミを入れる秋兄ぃ。

 二人ともいい感じに体があったまってきたところで、私は話題を本題に戻す。


「えっと、秋兄ぃは確か自分の存在感がない事に不安を覚えてたんだよね?」


「え? あ、あぁ。そんな感じだ」


「だったらさ、もういっそのこと新しいキャラ演じちゃえば?」


 そう、キャラ立ちが悪くて困っているなら、それに負けないぐらい強烈なキャラクターを演じて、もっと存在を主張するのだ。

 影が薄い事が悩みの兄に対してもっと悪目立ちするように促しているわけだから、妹の私からすればものすごく心苦しいことなのではあるのだが、ぶっちゃけそのくらいしないと秋兄ぃの影の薄さは覆らないこともまた事実。ならばもう、肉を切らせて骨を断つしか、方法はないのだ。


「演じるって……本当にそんなんでいいのか?」


「なにか不満でも?」


「いや、不満っつーかさぁ……よくわかんないけど、キャラって演じるものじゃなくて、自然体ですでにそのキャラみたいなもんなんじゃねーの?」


 ……何をぬかすかと思えばこの男、ここまできてまだこんな甘っちょろい考えをしていた。

 呆れ過ぎてため息も出ない。本当に悩んでいるのかさえ疑わしい。これだからゆとり世代は舐められるんだ。いや私も同世代だけど。


「いい!? そんな悠長なこと言ってられるほどこの世の中は甘くないんだよ!! 芸能人を見習え! あの人たちは作られたキャラクターで成功してお金貰ってるんだよ! それで生活してるんだよ!!」


「うわぁ……なんでこんな夢のない子に育っちゃったんだろう……育て方間違えたか?」


「はいそこ! 話を逸らさない!! 乗り気じゃないなら一つだけいい言葉を教えてあげるよ!」


 現代社会においても、名言、迷言等が数多く存在するが、それは昔も例外ではない。むしろ、昔の方が人々が苦労して頑張っている分その言葉の深さもひとしおなのだ。

 そして、今から私が言う言葉もまた、そんな昔の人々が残した名言の一つ。


「キャラがなければ、新たに演じればいいじゃない!」


「堂々とパクるな!!」


「むっ、パクってないよ失礼な! あっちは『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない!』だけど私のはちょっと違うでしょ!?」


「むしろその“ちょっと違う”のがパクりなんだろうが!」


「だからパクリじゃないって! それにほら、本家の方は、えっと、まりー……いんたーねっと? みたいな名前の人が言った言葉だけど、私のはこの私、竹田 琴音がたった今考えて発言した言葉だし! ほら、パクリじゃないじゃん!」


「お前凄いな! さすがの俺もツッコミどころが多すぎてどこから処理していいのかわからねえよ!!」


 どうやら私がボケすぎたようで(私はボケたつもりはない)、ツッコミのしがいがありすぎるあまり、椅子に座ってた秋兄ぃが思わず席を立った。

 秋兄ぃが腰を上げた反動によりコロコロと当てもなく転がる椅子を眺めながら、この話題がいよいよ面倒に思えてきた私は、適当な事を言ってこの場を切り上げることにした。


「あー、じゃあさ。もういっそのこと豊かな個性を持ってるみんなに直接聞いちゃえばいいんじゃない?」


 みんな、というのは、もちろん私たち以外の二人。海兄ぃとエメリィちゃんだ。

 海兄ぃは、こう……面倒くさがりというか、見た目目つきが悪くて不良っぽいのに実は神経質なところとか、そういう部分のいわゆる外見と中身との差みたいなモノがいい具合に混ざりあっていることにより、個性が出ている。それと無意識のうちに喋ってしまうらしい癖も海兄ぃの個性の一つだ。

 エメリィちゃんはエメリィちゃんで、宇宙人で、超能力も使えちゃって、金髪で、可愛くて、愛らしいその存在がもう言葉はいらないぐらい個性的だ。

 それに比べて秋兄ぃは、むしろ地味で影が薄いという個性が定着してしまっているせいで、ほかにもいろいろ磨けば輝くダイヤの原石のような個性があるはずなのに、それが特別目立っていない。漫画とかでたとえるならば、秋兄ぃは弄られキャラの個性が光り輝いてしまっているのだ。

 まぁ、それは裏を返せば良い人で馴染みやすいという面もあるのかもしれないけど、そんな前向きな理屈をかざしただけで解消される程度の悩みでない事も今までのやり取りから十分察することができたわけで、それゆえに面倒なのだ。


「たしかに琴音も、ゲーム好きだし、シッカリしてそうに見えて実はだらしない面とか、部屋なんかは散らかっててもう見るに堪えない所とか年相応の女の子だし、ましてや妹とかいうキャラ付けだからそれだけでもう個性みたいなところあるもんな」


「そ、それって秋兄ぃから見た私でしょ!? だらしないのだって、外ではちゃんとシッカリしてるし!! というかキャラ付けとか言わないでよ! 私だって好きで妹になったわけじゃないんだから!」


 海兄ぃとエメリィちゃんの個性の話を聞いた秋兄ぃは、真剣な顔して私の個性を分析し始めた。

 真剣だからこそ本音でもあるので、兄の目には妹の私はどういう風に映っていのか、秋兄ぃの本音が知れてとてつもなく衝撃を受けた。

 いやあの……ちがうんですよ? 部屋とかも毎回散らかってるわけじゃなくてですね、なんていうかその……月に二~三回は片付けようと努力するんですよ? ……ま、まぁ、その努力が実ったかどうかは聞かないでほしいですけど。

 それと秋兄ぃ。私の個性のところ“美少女”が抜けてますよ。もっとちゃんと分析してください。……なんか言ってて虚しくなってきた。


「あっ、あと琴音は可愛いことも個性だよな!」


 ファッ!?


「ちょ、ちょっと何言ってんの急に!? べべべ、別に私そんな、か、可愛いとかないからっ!!」


 一瞬、心でも読まれたのかと思ったが、そんなことあるはずもなく、となれば紛うことなく秋兄ぃの本音という事になるので、今私は複雑な心境の中大変混乱していた。

 普段の私なら可愛いとか言われても冗談交じりに「ふふん! 良くわかってんじゃん!」みたいな感じで返すのに、つい後ろ向きな本音が漏れてしまったことから見ても、私の混乱度がわかっていただけると思う。

 そんな私の心の内を知ってか知らずか、秋兄ぃは何の穢れもない真っ直ぐな瞳で告げる。 


「何言ってんだ。俺の妹だぞ? 可愛くないわけがないだろ」


 それはどっちなの? 私が好きシスコンなの? それとも自分が好きナルシストなの?

 ……正直どっちに転んでも嫌なので、天然ってことで一つ手を打っておくことにします。良かったね秋兄ぃ。個性が一つ増えたよ。


「ははは、琴音お前顔真っ赤だぞ? どんだけ照れてるんだよ」


「さては秋兄ぃわざとかぁッ!!!!!」


 天然違くて確信犯でした。もうやだこの兄。


「まっ、素直に照れてる琴音は可愛いんじゃないか?」


「なっ……!? あ、いや、はっは~ん。さてはそれも嘘ね? もう私は騙されないよ!」


「いや、これはマジ」


「はァ……ッ!?」


 かぁぁ……っと、顔が熱くなるのを感じだ。


「う、嘘つかないでよ! う、嘘なんでしょ!?」


「さぁ~、どうだかなぁ~」


 わざとらしく笑いながら、曖昧な返事を返してくる秋兄ぃ。

 どっちつかずの返答に、私はただ翻弄され続けた。

 褒められて嬉しいわけじゃないけど(だからといって嫌というわけでもないが)、こうも直球で可愛いとか言われると、恥ずかしくもあり、むず痒くもあるわけで……。

 つまりどういう事かというと、一言で言えば、もう秋兄ぃ嫌い!!!


「いや~、やっぱ琴音からかうと面白いわ~」


 やっぱりからかわれてたのかよ!




 番外編 第一幕 完

 こういった感じで、時折番外編をはさんでいきたいと思います。

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