彼女が欲しい俺の周りには、なぜか美少女が三人いる。なお、全員脈なしである。
彼女が欲しい。
できればかわいい彼女が欲しい。
しかし俺には、かわいい女の子を選り好みできるほどの余裕がない。
なにしろ、選ぶ以前に候補者がいない。
世の中には彼女が途切れない男もいるらしいが、いったいどういう仕組みになっているのだろうか。国から支給されているのなら、俺にも申請書を送ってほしい。
高校二年生の秋。
青春もそろそろ折り返し地点だというのに、俺の恋愛経験はいまだにゼロだった。
別に女子との接点がないわけではない。
むしろ、恵まれている方だと思う。
例えば、隣の席。
「ねえ、宮坂」
声をかけてきたのは九条澪。
長い黒髪に整った顔立ち。成績優秀で、教師からの信頼も厚い。黙って座っていれば、どこぞのお嬢様学校から転校してきたと言われても納得する美少女だ。
ただし、口を開くと少し残念である。
「また彼女が欲しいとか言ってたでしょ」
「言ったけど」
「恥ずかしくないわけ?」
「彼女を欲しがることの何が恥ずかしいんだ。むしろ健全な男子高校生の証明だろ」
「そういうところが恥ずかしいって言ってるのよ」
相変わらず厳しい。
九条は容姿も頭もいいのだが、俺に対する評価だけは一貫して低い。
何か恨まれるようなことをした覚えはない。ひょっとすると前世で九条の領地を焼き払ったのかもしれない。
「それで、あんたってどんな女の子がタイプなの?」
「かわいくて、俺のこと好きな子」
「……それだけ?」
「高望みしてる場合じゃないからな」
「もう少しあるでしょ。性格とか」
「そりゃ優しかったら嬉しいし、話してて楽しい子がいいな」
「ふうん」
九条はなぜか満足げに頷いた。
そんなに俺の恋愛事情が気になるのだろうか。
「……例えば、私みたいな子は?」
「大歓迎だけど」
「はっ!?」
「お前かわいいし、話してて楽しいし。全然ありだろ」
「な、なな、何言ってんのよ!」
「お前が聞いたんだろ」
九条の顔が見る見る赤くなる。
そんなに意外な回答だっただろうか。
俺だって別に目が腐っているわけではない。九条が美少女であることくらい知っている。
むしろ、九条と付き合えるなら喜んでお願いしたい。
ただ、世の中には需要と供給というものがある。
「あんたなんか好きになるわけないでしょ!」
「知ってるって」
「…………」
「お前、たまに俺が告白したみたいな断り方するよな」
「う、うるさい!」
なぜか怒られてしまった。
おかしい。俺は褒めたはずなのに。
九条は顔を真っ赤にしたまま、ぷいっと窓の方を向いた。
これ以上話しかけると本格的に嫌われそうなので、俺も前を向く。
というわけで、隣の席の美少女から本日も無事に振られた。
告白はしていない。
最近は告白の手間すら省いてくれるらしい。
便利な世の中になったものである。
*
水曜日の放課後。
俺は図書室で返却された本を棚に戻していた。
図書委員という仕事は地味だ。
ただ、少なくとも俺にとっては、そこまで悪い仕事ではない。
なぜなら、一緒に当番をしている女子がかわいいからである。
「小森さん、こっち終わったよ」
「……あ、ありがとうございます」
小森紗月。
隣のクラスにいる、清楚でおとなしい美少女だ。
成績は学年でも上位らしく、委員会の仕事も非常に丁寧。俺が適当に並べた本の背表紙も、彼女が確認すると不思議なくらい綺麗に揃う。
おそらく本棚に対しても敬語を使っている。
そして、どういうわけか俺と話すのが苦手らしい。
「これ、次はどこに置くんだっけ?」
「……あ、えっと……」
「ん?」
「……そ、そちらの……」
小森さんは指をさしたあと、慌てて手を引っ込めた。
「……すみません」
「いや、謝らなくても」
俺は指された棚に本を戻した。
彼女は男子と話せないというわけではない。
委員会の先生や他の男子には、普通に受け答えしているのを見たことがある。
つまり、俺限定である。
これはなかなか傷つく情報だ。
とはいえ、理由を問い詰めるのも違うだろう。
嫌われているのなら、無理に距離を縮めない。それもまた男の優しさというものだ。
もっとも、できれば好かれたい。
いや、できれば付き合いたい。
願望だけなら誰にも迷惑はかけないので、好きに願わせてもらう。
「……あの、宮坂くん」
「ん?」
「……そ、その本……」
「あ、これ?」
俺が持っていた本を指しているらしい。
渡すと、小森さんは大切そうに受け取った。
そのまま胸元に抱え、何か言いたそうに俺を見上げてくる。
「どうした?」
「……い、いえ……」
そして目が合うと、すぐに俯いてしまった。
うーん。
何だか申し訳ない。
委員会の仕事が終わる頃には、窓の外もだいぶ暗くなっていた。
俺が鞄を持つと、小森さんも荷物をまとめ始める。
そういえば、彼女とは帰る方向が同じだったはずだ。
せっかくなので、少しくらい話して帰れないだろうか。
「小森さん」
「……は、はい」
「今日、一緒に帰らない?」
彼女の手が止まった。
「……え?」
「帰る方向、同じだろ? よかったら」
「…………」
小森さんは俺を見上げたまま固まった。
そして何かを言おうとして、口を閉じる。
「……あ、いえ……」
「ん?」
小さく首を横に振る。
「……だ、大丈夫……です」
「あ、そっか。ごめん、急に誘って」
残念。
まあ、仕方ない。
俺だって、あまり親しくない男と二人きりで帰るのは気まずい。
美少女ならなおさらだろう。
「じゃあ、また明日な」
「……っ!」
小森さんが慌てて首を横に振った。
「……ちが……」
「ん?」
「…………」
口を開いては閉じる。
何か言いたいことがあるのだろうか。
しばらく待ってみたが、続きは出てこなかった。
「……忘れ物とか?」
彼女はまた首を振る。
「そっか。じゃあ、お疲れ」
「…………」
小森さんは小さく頭を下げた。
俺も軽く手を振って図書室を出る。
廊下に出たところで、ため息が漏れた。
断られるのには慣れている。
ただ、ここまで申し訳なさそうに断られると、誘った俺の方が悪いことをした気分になる。
そういえば、女の子と二人で下校するのは、青春を代表するイベントの一つだと聞いたことがある。
俺の学校では、どうやら参加資格が必要らしい。
募集要項には何と書いてあるのだろう。
できれば俺にも読める場所に掲示しておいてほしい。
*
金曜日。
「はい、今日もあたしの勝ち!」
「知ってる。お前、毎回報告しなくていいから」
「悔しかったら勝ってみなよ」
「いつか勝つ」
「それ去年も聞いた」
こいつは朝倉陽菜。
俺の幼馴染で、同じ陸上部に所属する女子である。
小学校からの付き合いで、気づけば十年近く一緒に走っている。
そして、いつの間にか俺より速くなっていた。
いや、正確に言うと、昔から割と速かった。
陽菜は女子の中ではかなり優秀な短距離選手で、大会でもよく名前を聞く。
一方の俺は、男子の中では特に目立つような選手ではない。
同じ距離を走ると、今でもこいつに少し負ける。
男女の身体能力差というものは、一体どこへ行ったのだろう。
俺の分だけ配送事故でも起きたのかもしれない。
「でも、今日ちょっと速くなってたじゃん」
「お、珍しく褒めるな」
「まあ、あたしには勝てないけどね」
「一言余計なんだよ」
「えへへ」
陽菜は楽しそうに笑った。
こいつは昔からこうだ。
明るくて、誰とでも仲良くなれて、運動神経もいい。
おまけに顔までかわいい。
正直、かなりモテる。
実際、他の部員から陽菜について聞かれたことも何度かある。
そのたびに俺は幼馴染として知っている情報を提供してきた。
好きな食べ物とか、休日の過ごし方とか。
なお、そのあと決まって陽菜から怒られる。
なぜだ。
別にスリーサイズや暗証番号を漏洩したわけでもないのに。
「ねえ、悠真。今度の日曜って暇?」
部室を出て、帰り道を歩いていると、陽菜が唐突に聞いてきた。
「暇だけど」
「やっぱり。どうせ予定ないと思った」
「悪かったな」
「じゃあさ」
陽菜が俺の少し前に出る。
そして、くるりと振り返った。
「……あたしとデートでもする?」
「いいよ」
「…………え?」
「どこ行く? 映画とか?」
「……え、ちょっと待って」
「ん?」
「デートだよ? あたしとだよ?」
「分かってるけど」
何をそんなに確認しているのだろう。
別に陽菜と出かけるのは嫌じゃない。
むしろ大歓迎だ。
こいつはかわいいし、話していて楽しいし、一緒にいて気も遣わない。
幼馴染だからといって、恋愛対象にならないわけではない。
何なら、俺としては昔から普通にありだと思っている。
ただ、陽菜が俺を異性として意識している様子は、これまで一度もなかった。
だから今の誘いには少し驚いた。
そして少し期待した。
「最近、見たい映画あるんだよな。日曜ならちょうどいいし」
「…………」
「どうした?」
陽菜は目を見開いたまま、なぜか黙り込んでいた。
珍しい。
こいつが言葉に詰まるところなんて、テストの点数を聞かれたときくらいしか見たことがない。
「……あ、あはは!」
突然笑い出した。
「冗談だって!」
「え?」
「そんな簡単にオッケーすると思わなかったから!」
「なんだよ。別にお前と出かけるの嫌じゃないけど」
「そ、そういうんじゃなくて! ほら、幼馴染同士でデートとか変じゃん!」
「……そうか?」
「そうそう! いつも一緒にいるし!」
「まあ、そうだな」
確かに昔から一緒にいる。
休日に遊んだことだって何度もある。
今さらデートと言われても、あまり新鮮味はないかもしれない。
陽菜はいつものように笑っていた。
ただ、耳が少し赤かった。
走ったあとだからだろうか。
「じゃあ、日曜はなしってことでいいんだな?」
「……うん」
「了解。また部活でな」
「…………うん」
俺は陽菜と別れ、家路についた。
危ないところだった。
幼馴染の冗談を真に受けて、危うく日曜日の予定を空けるところだった。
まあ、もともと空いているのだが。
*
週が明けて、月曜日。
人生には、何が起こるか分からない。
俺はこの週末、それを身をもって学んだ。
ついでに言えば、人間というのは案外単純な生き物であることも学んだ。
たった一ついいことがあるだけで、月曜日の朝がこんなにも素晴らしく感じられるのだから。
「お前、今日なんか機嫌よくね?」
教室に入ると、友人の田中が声をかけてきた。
「分かる?」
「分かる。気持ち悪いくらいニヤニヤしてる」
「失礼な。幸せそうと言え」
「何があったんだよ」
「まあ、色々とな」
「そういや、お前の彼女探しはどうなった?」
「ああ、もう探してない」
「……諦めたのか?」
「違う。見つかった」
「は?」
「彼女できた」
「はあ!? お前に!?」
「お前にって何だ。俺にも人権くらいあるだろ」
「いやいやいや! マジで!?」
「マジ」
「誰!? どこの子!?」
「まあ、その辺はあとでな」
「おい、待てって!」
ちょうど予鈴が鳴ったので、俺は自分の席へ向かった。
田中はまだ何か言いたそうだったが、詳しい話は昼休みにでもすればいい。
それにしても、あいつは失礼な男だ。
俺に彼女ができたというだけで、あそこまで驚くことはないだろう。
確かに昨日まで彼女いない歴イコール年齢だったが、それはあくまで昨日までの話である。
人間は成長する生き物なのだ。
なお、今朝から身長や体重に変化はない。
変わったのは交際ステータスだけである。
*
昼休み。
俺は自分の席で弁当を広げていた。
隣では九条がいつものように静かに昼食を取っている。
朝から何度か目が合ったが、特に話しかけられることはなかった。
珍しく平和な月曜日だ。
そう思っていたのだが。
「悠真ぁっ!」
教室の扉が勢いよく開いた。
陽菜だった。
陸上部で鍛えられた脚力を、こんなところで発揮しないでほしい。
「なんだよ。廊下は走るなって小学校で習わなかったか?」
「それどころじゃないんだけど!」
「廊下を走るほどの緊急事態って何だよ」
「彼女できたって本当!?」
「おう」
「…………は?」
「いや、お前が聞いたんだろ」
陽菜はその場で固まった。
今日のこいつは変だ。
いつもならここで何か言い返してくるのだが、口を半開きにしたまま動かない。
すると、教室の入り口から別の声が聞こえた。
「……あ、あの……」
「ん?」
見ると、小森さんが立っていた。
どうやらこちらも俺に用事があるらしい。
「小森さん、どうした? 図書委員の連絡?」
「……い、いえ……」
「じゃあ何か忘れ物?」
「……その……」
小森さんは俺と陽菜を交互に見た。
そして、なぜか俯いてしまった。
相変わらず難しい。
俺との会話には、毎回かなりの忍耐力を要求される。
「ちょっと待ちなさいよ」
今度は隣から声がした。
九条である。
「さっきから何の話してるわけ?」
「ん?」
「彼女って、どういうこと?」
「ああ。俺に彼女ができたって話」
「…………は?」
お前もか。
どうやら今日は、女子の間で「は?」という返事が流行しているらしい。
俺の知らないところで新しい言語でも誕生したのだろうか。
「ちょっと! 詳しく説明しなさいよ!」
九条が机に身を乗り出してきた。
陽菜も俺の前に立っている。
小森さんは入り口から少し近づいてきたものの、二人の勢いに圧倒されたのか、机の横で立ち止まってしまった。
なんだ、この状況。
美少女三人に囲まれている。
これだけ聞けば、人生の勝者みたいな光景である。
もっとも、全員ものすごく険しい顔をしているのだが。
むしろ何かの取り調べに近い。
「いつできたのよ!」
「昨日」
「誰と!?」
「他校の子」
「他校!?」
九条と陽菜の声が綺麗に重なった。
小森さんは無言で目を見開いている。
「なんで他校の子と知り合ってんの!?」
「ちょっと前に困ってたところを助けた子でさ。何回か話してて、いい子だなとは思ってたんだけどさ」
「……それで?」
「昨日、向こうから好きって言ってくれて。そのまま付き合うことになった」
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも黙ってしまった。
なんだろう。
俺、何かまずいこと言ったか?
「いや、俺もびっくりしたんだよ。まさか向こうから告白してくれるとは思ってなかったし」
「……こ、告白……」
小森さんが小さくつぶやいた。
「そうそう。ちゃんと好きって言ってくれたんだよ。あれ、めちゃくちゃ嬉しいな」
昨日のことを思い出すと、自然と顔が緩んでしまう。
今まで女子から好意を伝えられたことなんて、一度もなかった。
それが突然、かわいい女の子から好きだと言われたのだ。
しかも何度か話していて、俺もいい子だなと思っていた相手である。
嬉しくないわけがない。
「でさ、今度一緒に映画見に行くことになって」
「……映画?」
陽菜がぽつりと言った。
「おう。前から見たかったやつがあってさ」
「…………」
「日曜日に行くんだ。楽しみだわ、人生初デートだしな」
陽菜は何か言いかけて、口を閉じた。
九条はなぜか俺を睨んでいる。
小森さんに至っては、今にも消えてしまいそうな顔をしていた。
おかしい。
俺は彼女ができたという、非常におめでたい報告をしているはずなのだが。
これではまるで、不幸な知らせでも持ってきたようではないか。
「……あんた、本当に付き合ってるの?」
九条が念を押してきた。
「本当だって。なんなら写真見る?」
「…………」
「まだ一緒の写真はないけど、昨日送ってくれたやつなら」
「……い、いらない!」
「そうか」
写真くらい見てくれてもいいのに。
まあ、他人の彼女にそこまで興味はないか。
考えてみれば当然である。
俺だって、田中に彼女ができたところで、写真を見せられなければ別に見たいとは思わない。
いや、あいつの場合は確認するかもしれない。
実在するかどうかを。
「おーい、宮坂!」
廊下から田中の声がした。
「購買行くんだろ? 早くしろよ!」
「あ、そうだった」
そういえば、彼女ができた記念に昼飯を奢れと要求されていたのだった。
なぜ祝われる側が金を払うのか。
納得はいかないが、今の俺は寛大なので許すことにする。
「じゃあ、俺ちょっと行ってくるわ」
三人にそう告げる。
しかし、誰も返事をしなかった。
九条は俺を睨んだまま。
陽菜は難しい顔で俯き。
小森さんは、何か言いたそうに口を開いている。
……なんだか知らないが、全員機嫌が悪いらしい。
女子というのは難しい。
まあ、俺にはもう彼女がいるのだ。
これからは彼女のことを理解できる男にならなければならない。
そう考えながら、俺は教室を出た。
それにしても、彼女がいるというのは素晴らしい。
昨日までの俺に教えてやりたいくらいだ。
彼女が欲しいなら、まず自分のことを好きだと言ってくれる女の子を見つけること。
これが一番大切なのだと思う。
もっとも、そんな女の子がどこにいるのか分からなかったから、今まで苦労していたわけだが。
*
宮坂が教室を出ていったあと。
三人の美少女は、その場に立ち尽くしていた。
「……ねえ」
最初に口を開いたのは陽菜だった。
「もしかして、二人とも悠真のこと好きだった?」
「…………」
「…………」
九条は気まずそうに目を逸らし、小森は小さく頷いた。
どうやら、三人とも同じ男に恋をしていたらしい。
陽菜はしばらく考え込んでから、ぽつりと尋ねた。
「……で、誰か好きって言った?」
誰も答えなかった。




