豚バラとキノコとの温しゃぶ
平日夜七時台の
代々木公園店は、
相変わらず、落ち着かない。
入口を抜けた瞬間、
石井さんは、
店の奥を一度だけ見る。
惣菜棚の前に、
見覚えのある背中があった。
成城くんは、
棚の前で、
少しだけしゃがみこんで
下段の商品を見ている。
カゴの中は、まだ軽そうだった。
石井さんは、
まっすぐ近づくでもなく、
自然な速さで、同じ棚の前に立つ。
「こんばんは」
成城くんが、先に言った。
石井さんは、
一瞬だけ目を細める。
「こんばんは。
久しぶりっすね」
間が空いたわけではない。
けれど、
そう言いたくなるくらいには、
顔を合わせていなかった。
成城くんは、
小さくうなずく。
「最近、少し時間ずれてましたね」
言い方は、淡々としている。
石井さんは、
棚の総菜を見ながら答える。
「そうですね。
なんとなく」
なんとなく、
で十分だった。
二人は、
同じ棚を見ながら、
しばらく何も言わない。
「ガパオ、どうでした」
石井さんが言う。
成城くんは、
少しだけ考える。
「思ったより、野菜入ってました」
「ちゃんと取れました?」
「たぶん」
ほんの少し、
笑いが混じる。
石井さんは、
それ以上何も言わず、
別の総菜を手に取る。
「今日はどうしようかな」
成城くんが誰に言うともなく呟いた。
石井さんは、
カゴを片手で持ち替える。
その仕草は、
前と変わらない。
二人は、
それぞれ一つずつ総菜を選び、
自然と同じレジに並ぶ。
成城くんは、なんとなく、豚バラとキノコとの温しゃぶを選んだ。
「最近、寒いですね」
成城くんが言う。
「夜は特に」
それだけ。
自動ドアを抜けると、
少し冷たい空気が頬に触れる。
「じゃあ」
「はい」
歩き出す方向は、
いつも通り、逆だ。
数歩進んだところで、
成城くんは、
ふと立ち止まりそうになった。
何かあったんですか。
そう聞きかけて、
声に出す前にやめる。
理由は分からない。
聞くべきことでも、
聞かなくていいことでも、
ない気がした。
石井さんの背中は、
いつもの速さで、
夜のほうへ歩いていく。
振り返らない。
成城くんも、
そのまま歩き出す。
今日は、
いなかった日よりも、
いた日のほうが、
少しだけ、印象に残った。




