チーズとキヌアのサラダ
成城くんは、
この日、惣菜棚の前で足を止めた。
買うものは、だいたい決まっている。
けれど、今日は選ぶ手が少し遅い。
平日夜七時台の
代々木公園店は、
いつも通り、落ち着かない。
仕事帰りの老若男女が次々と店に入っては出ていく。
少し離れたところで、
石井さんが立ち止まっているのが見えた。
耳にスマートフォンを当てている。
もう片方の手は、
無意識に商品を触っては戻している。
成城くんは、
石井さんがこちらを一度だけ見たことに気づいた。
目が合うほどではない。
それでも、気づいていると分かる程度だ。
石井さんは、電話に淡々と答えているように見えた。
成城くんは、
いつもの総菜をカゴに入れた。
それから、少し迷ってチーズとキヌアのサラダを一つ。
それは成城くんの、いつも、とは違った。
キヌアのサラダを買うのは初めてだった。
レジに向かう。
並んでいる間も、
石井さんの声は聞こえた。
内容までは分からない。
仕事の話か、私用かも、判断がつかない。
会計を終え、
袋を受け取る。
自動ドアの向こうに出たとき、
石井さんは、まだ店の中にいた。
声は、かけなかった。
帰り道、
成城くんは、
今日、石井さんと一言も話さなかったことを思い出す。
それだけのことなのに、
店の中の音や、
買ったものの重さが、
いつもより少しだけ違って感じられた。
ただ、石井さんと話したかった、とまで思ったわけではなかった。




