第3話 DEAR MY HERO
2話で完結の予定だったのを完結済みにし忘れたので、3話完結にしました。
3話は、1話と2話と全く違うエッセイです。
『HERO』とのエピソードになります。
去年のクリスマス・イブ、平野莉玖さんの『HERO』という曲を知ってYou Tubeで聞きました。
感動して涙が止まりませんでした。
母親への深い感謝を込めて作った曲は、最高の親孝行だと思いました。
その日にCDをネットで注文しました。
【あなたのオリジナル『HERO』プレゼント企画】に応募する為、即購入したのですが、結局応募しませんでした。
冷静に考えると、ずっと莉玖くんを応援してきたファンの方々に失礼だなと。
素敵な曲を毎朝聞けているので、CDは購入して良かったです。
『HERO』の歌詞を応募者のヒーローとのエピソードにして平野莉玖本人が歌唱してプレゼントしてくれるという特典でした。『My HERO』は直ぐに思い浮かびました。
当選して母親へプレゼントしたいと願ったのですが、母親本人の意思も聞いて止めました。
でも、折角書いたので、送らなかったエピソードを載せました。
昔の話ですが、母親は、筆者の時が初産で、命懸けの出産でした。
日曜日だったので、深夜料金を取られたと教えてくれました。
その日、県民病院の婦人科にいたのは看護師さんと産婆さんで、先生がいませんでした。その為、大変な難産でしたが、帝王切開が出来ませんでした。
出産は、前日の昼から翌日の夜中過ぎまで掛かったので、日にちをまたいで産んでくれました。
けれど、二日も掛かって産まれた赤ちゃんは、声を上げませんでした。
母親は死にかけましたが、赤ん坊は息をしていませんでした。
仮死状態を救ってくれたのは、偶然にも通りかかった小児科の先生でした。
朦朧としていた母親が今でも覚えている事は、ああ産み終わったと、ほっとした事と看護師さんの言葉、遅く上がった産声でした。
「お母さん大丈夫ですからね。今、先生が泣かせてくれますからね」
その必死な声掛けは、忘れられないと言います。
母親は何の事か分からなかったそうです。
命懸けで産んだ赤ちゃんが、仮死で産まれたと思わなかったので、「おぎゃあ」と泣いた産声を聞いた時、(ああ泣いた)と安心したそうです。
母親と、小児科の先生、看護師さんと産婆さんたちは、紛れもなく『HERO』です。
退院後は、仮死で産まれたせいもあって体が弱く、肺炎に三回かかって二回入院しました。
成長するにつれて、一週間に一回は気管支炎になり、毎回悪化して肺炎になりました。
高学年になっても、二週間に一回は酷い風邪を引いて熱を出し、病院に行きました。
かかりつけの小児科の先生が、命を救ってくれた先生で、看護師さん達とも顔馴染みになりました。
元気な時がない、薬を飲まない期間がほぼない子供だったので、母親には本当に苦労をかけました。
日曜日は、病院に行っていました。
毎月の病院代も薬代も、一時間以上かかるガソリン代も、母親の給料からでした。
父親はいましたが、家に一円も入れない人だったので、実質、三人家族でした。
単身赴任をしていたので、休日はツーリング仲間と遊び、お金は全部自分の為に使っていたそうです。それを知ったのは何十年も後の事ですが。
父親がいるのに、母子家庭のようでした。
光熱費もガス代も水道代も全部、家賃でさえ母親が払っていました。
想像を絶する苦労だったと思います。
母親は料理が苦手な上、出勤が朝早いので、お弁当のおかずは、こげたキャベツ炒めと、こげた魚肉ソーセージと、失敗した炒り卵風の玉子炒めが定番でした。
お弁当の残りが、朝食でした。
給食がなかったので、料理をする時間すらない時は、菓子パンがお弁当と朝食でした。
三人でぎりぎりの家計だったのに、母親は、毎年クリスマスプレゼントを二つ用意してくれました。
一つは、母親から。もう一つは、クリスマスの朝、枕元に置かれていました。
サンタクロースは、ちゃんといる。
母親は、それを教える為に、プレゼントを毎年、中学生になるまで枕元に置いてくれました。
単純だったので、すっかり信じていました。
今覚えば、高い出費だったでしょう。
家族で旅行に行ったのは、一度だけです。
そもそも父親が帰って来なかったので。
そんな中で二つのクリスマスプレゼントは、母親からの深い深い愛情が形になったものでした。
プレゼントを贈ってくれたのは、目に見える形が全てじゃない、目に見えないものを信じる気持ちを持って欲しいという願いでした。
サンタクロースは、ちゃんといます。今でも心から信じています。
『My HERO』は、母親と、関わってくれた人たち全員です。




