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「マーラ様!」
「はっ!? あぁ……」
目を開けると、既に見飽きた天井が。
砲弾のように煩い音が絶えず外から聞こえてくる。
パレードの音だ。
でも次第に音は小さくなり、私のおかしな幻聴が増大させていただけだったと気づく。
「悪い夢でも?」
「まあね。天使の肉体が破裂し、魂は空へ昇っていくと」
「何度も聞きましたよ」
「はぁ、本当よ。今思い出しても、脳をかき乱すように凄い光景だったんだから」
「見てみたかったものです」
「まったくゼナは物好きなんだから」
「物好きじゃなければ、この国に来たりはしません」
「ンフフ、確かにそうね」
ゼナがボタンを押し、窓の障壁を解くと、眩しい光が部屋に射し込んできた。
「眩しい…」
ゼナの金の鎧が見事に反射してる。
「鎧の手入れって、面倒臭そうっていつも思う」
「だからいつも身軽なやつを着てるんですね。誰かに任せたらどうです? 私とか」
「あなたに余計な負担を掛けたくないし、それに、自分の装備は自分で手入れしないと安心できないの」
「気持ちは分かります」
「それで? モーニングコールを頼んだ覚えはなかったけど」
「今日は評議ですよね」
「はぁ、そうだった。またニオスにどやされる」
「こういう場合は落ち着いて、悪びれる事なく堂々と行くのが良いですよ。フェリュミル卿はいつもそうでしたから」
「いいわね。でも生憎、私は貴族じゃないの」
「どの貴族も例外なく、初めは庶民でした。マーラ卿」
「ふ〜ん」
身支度を整える。
「今日の御予定は?」
「細々としたことが山積みよ。会議の後は建国パレードが近いから、兵士達の最終確認を取らないと。それから…まあ、色々な所から呼ばれてるから、顔を出しに行かないいけないかな」
「ようやく諸侯の皆さんに会える」
「いい連中ばかりじゃないわよ。最近 じゃあ新顔が増えすぎて、誰が誰だか覚えてられないもの。最悪なのは私にとっての新顔ってこと」
「マーラ様はこの国で唯一の生者の諸侯なんですから、皆一目置いてますよ」
「私もそう願うわ」スカルフェイスの兜を手に取り眺める「ウェルミスの兵士達は、これを見て皆恐怖を覚えてる」
「デザイン1つで勝機が近付くのなら、良い事じゃないですか」
「……相手は兵士じゃなかったの。ゼナ。ただの野蛮な種族と思っていたけど、彼らにも愛している家族がいた」
「……そうですね。でも殺らなければ、こちらが殺られます。それに、復讐心ほど怖い物はありません。毒草の芽は摘んでおかなければ」
「ええ、分かってるけど……良心が痛むのよ。アンデッド達みたいに、私は平然ではいられないの」
「だからこそ、私はこうしてマーラ様に御仕えし、盾になれる事を誇りに思っているのです」
「ゼナ…」
「マーラ様いなければ、今頃私はアンデッドに殺されていました」
「まだ恨んでるの?」
「憎くはありません。戦争ですから。十分理解しています。私は幸運でした。故郷は失っても、他の者とは違い家族や友人は無事だったのですから」
「アンデッドにも色々いるから」
ゼナが静かに2度頷く。
「でもこの国には、マーラ様のような方が必要なんです」
「大丈夫。あなたの期待は裏切らないわ」
「マーラ様」
「まあ、あれよね。頼りなく見えるかもしれないけど、こう見えても、何度も死地は乗り越えて来たのよ」
拳で胸を叩いて見せる。
「ンフフ、ええ、信じています」
「はぁ、そろそろ行かないとね」
装備を身に着け終わり、部屋を出て評議へ向かう。
赤い絨毯が敷かれた長い廊下の先にリーケンとリーウィアが歩きながら話していた。
「遅かったかな?」
「これからですよ」
「あぁ〜ん、ゼナ。やっぱりあなたは頼りになる」
「どういたしまして」
含み笑いを浮かべながら律儀に返すゼナ。
「リーケン様、良かったら今度わたくしと、昔の思い出を語り合いながら…その…ロックの血でも頂きませんか?」
「夢の中でな」
「あぁん♡ じゃあ今夜♡」
「あれを見ると安心するの」
「なんとなく、理解できるような気がします。でも、陛下はリーウィア様の事、それ程お好きなようには見えませんけどね」
「しー、聞こえるって」
「遅いわよ〜♪」
既にリーウィアが背後に来ていた。
真ん中に来て、私とゼナの腰に手を回して掴んでいる。
「あっ、リーウィア、おはよー」満面の笑み「今日も良い天気よね〜♪」
「そうでもないわ。今日は雨よ。血の雨だって」
「…もうっ、リーウィアったら、ただの冗談よ。ねえゼナ」
「え、ええ!」
真顔のリーウィア。でもすぐに満面の笑みに変わった「私も冗談よー♪」
「ンフフ♪」
「ンフフ、あ〜〜。付き人の手綱はしっかり締めときなさい。私のように冗談が通じない輩が増えたから」
「分かってる」
リーウィアがゼナの方を見るが、ゼナが動揺した様子でリーウィアから視線を逸らした。
リーウィアがゼナの目の前に一瞬で移動した。
「昔、エルフの血を吸った事があるけど、とても美味しかったわ」
「そうですか」
「ねえ、ゼナ。あなた確か以前、凄腕の狩人だったわよね」
「狩りの腕は兎も角、確かに猟師をしていました」
「だったら、獲物得た時の快感は、よ〜く分かってるでしょう?」
「…………」
リーウィアがゼナの首元に顔を近づける。
「ンフフ、あなたの血も美味しそう」
「リーウィア!」
「はぁん、少しからかっただけよ〜」
「リーウィアが言うと笑えない」
「ンフフ♪ まあそうよね。ごめんなさい。でも今の話は本当よ。他の吸血鬼達には気を付けなさい。言っとくけど、これは脅しで何でもないわ」人差し指を軽く立て、手を左右に小刻みに一度振るリーウィア「本当に忠告よ。本能に勝てない者もいるの」
「私は自分の身は守れます。心配なのは……遺恨です」
「気にしなくていいわ。それぐらいの度胸がなくちゃここではやっていけないわよね、簡単な命令も守れない足手まといの眷属なんて、殺されて当然だから。好きに殺りなさい。じゃあ先に行ってるわね♪ マーラ、席取っといてあげる♪」
「ありがと」
リーウィアが去っていく。
「ふぅ〜、いつまで経っても、彼女には慣れません」
「アレには慣れたらお終いよ。でも、リーウィアの言う通りよね。私達は今まで以上に背後に気を付けなくちゃ」
「そうですね」