第40話 究極魔法
バフォメットは深いため息を吐いた。
自身が人間との戦いで最も楽しみにしているのが、命乞いをする瞬間だった。
これまで敵意をむき出しにしていた相手が、一瞬にして靴を舐める犬のようになってしまう。
そして『殺さないでくれ』と言っている相手を、見逃すふりをして殺すのもまた愉快であった。
死に際の人間の『何故?』という疑問と絶望の表情など、何度思い出して痺れたことか。
「仕方ない、死体の確認だけで満足するか。皆、一旦下がれ」
指示を受けて、シャドウストーカーが後ろに下がる。
しかし、そのうちの五体がその場から動かない。
「ん、どうした、戻れ」
再度指示をするも、ピクリともしない。
もし食事に夢中になっているのなら、多少なりとも動くはずだが……。
バフォメットが首を傾げた、その時だった。
動きを停止していたシャドウストーカー五体が、光となって散った。
「なッ――馬鹿なッ!!」
驚いたのは、部下が一瞬にして消滅したから、だけではない。
消えたシャドウストーカーの先に五体満足の白河。
その――己の想像とは違う姿に、目を剥いた。
あれほどシャドウストーカーに攻撃されれば、普通のハンターならば即座に命を散らしている。
たとえ強いハンターであろうと、腕の一本を覚悟せねばなるまい。
そんな状況で、しかし白河は五体満足どころか、かすり傷一つ負ってないではないか!
「何故……何故無傷なのだ!?」
「そりゃ、お前らが弱いからだろ」
「……ほざけ。行け、シャドウストーカー! 白河を八つ裂きにしろ!!」
残った部下が、再び襲いかかる。
またこちらが一方的に攻撃するだろう。たとえ抵抗しても、《制御妨害》で何度でも妨害すればいい。
そう、思っていたバフォメットだったが、しかし、先ほどとは戦況ががらりと変わってしまった。
白河がシャドウストーカーの攻撃を避ける。これは同じだ。
しかし回避するとほぼ同時に、白河がシャドウストーカーへと拳を突き入れているではないか。
まるで、拳闘士のカウンターだ。
よく見れば先ほどまでは魔銃だった武器が、今は鉄拳に変化している。
「なんだ、奴は魔法士ではなかったのか?」
動きにぎこちなさを、全く感じない。
とはいえ、こちらの連携攻撃があまりに密で、回避する時にカウンターを当てるので精一杯の様子だ。
「――むっ!?」
白河が何度目かのカウンターを放った時だ。
彼の拳から、コンマ一秒にも満たない刹那だけ、強力な魔力が放たれていることにバフォメットは気がついた。
「あれは、初めて見る攻撃だな」
おそらく魔法剣のように、斬撃に魔法を合わせた攻撃だろうことはわかる。
しかし、そのような戦いかたをするハンターを、バフォメットはこれまで一度も見聞きしたことがない。
このスタイルがどれほど強いかは――即座に目の当たりになった。
シャドウストーカーが一体、また一体と光になって消えていく。
それも、攻撃を何発も浴びた個体ではない。
たった一撃で絶命しているのだ!
「馬鹿な……奴の得意武器は魔銃ではないのかッ!?」
得意武器を使うと、ハンターとしての性質を大きく底上げする。
逆に不得意武器を使用すると、ハンターの性質を大幅に低下させる。
この理屈は、未だ人間界には浸透していない。
武器使用時の能力値を、人類が数値化出来ていないためだ。
そのため人類は、『なんとなくこちらの方が強い』という感覚のみで使用武器を選んでいる。
そこに目を付けたバフォメットらは、裏で工作してきたのだが……。
さておき、人間には必ず得意武器・不得意武器がある。
武器を持ち替えた白河がシャドウストーカーをこれほどなぎ倒すなど、常識では考えられない。
一匹、シャドウストーカーが白河のカウンターに倒れ光となって消えた。
「まさか、貴様は鉄拳が得意武器だったのか!?」
「いいや。得意な武器は魔銃だぞ」
「だったら何故、そこまで鉄拳で戦える!? 人間は得意武器以外では戦闘力が落ちるはずだ!」
「キャラクターはそうだな」
また一匹、光に消える。
拳を突き出した体勢で、白河が笑った。
「でも悪いな。俺はプレイヤーなんだ」
「……なんの話だ?」
プレイヤーという言葉は、聞いたことがない。
一体彼はなにを言っているのか?
考えている間にも、己の部下が減っていく。
しかも、驚くような速度で、だ。
たった一分の戦闘で、部下の数が半数以下になってしまった。
まるで、同位階のハンターと対峙している気分だ。
バフォメットの背筋が震えた。
今になってやっと、脳裏に敗北の二文字が初めて浮かんだためだ。
「教えろ! 貴様は何者だ!?」
「東京都立上等高等学校一年、白河颯だ」
「…………なんだそれは?」
まるで聞いたことのない学校名が出て虚を突かれた。
バフォメットは目をしばたたかせる。
「……いや、わからんならいいさ」
先ほどまではカウンターで対処していた白河が、初めて攻勢に出た。
まるで体が見えない手で補助されているかのように、流れるようにシャドウストーカーを駆逐する。
残った部下が消されるのに、十も数えなかった。
「そんな馬鹿な。あり得ぬ……」
数は暴力だ。
これほどの数的差があれば一方的な負けなどあり得ない。
なのに、なぜ……。
己の知識では分析出来ない、正体不明の彼の力に、バフォメットの思考が停止。
気づけば背中に赤い壁――彼が使った結界があった。
いつ自分は、ここまで下がったんだ?
「まさか……そんな。オレが――このバフォメットが、気圧されている、だと!?」
魔界に十いる魔王の一柱に仕え、十二神将の座にもついた自分が、何故人間ごときにここまで圧されなければならないのか……。
「認めぬ。オレは、認めぬぞッ!!」
「いい加減現実を見ろよ」
そう言って、白河が武器を鉄拳から魔銃に切り替えた。
直上に上級魔法――火水土風の四属性を放った。
それらは空に打ち上がりバフォメットに向かって――こない。
……単なる脅しか?
「さて、そろそろ終わりにするか」
「どこまでも不遜な人間めッ! 貴様はこのオレが自ら切裂いてくれるわ!! これまで戦ったシャドウストーカーと同じだと思うなよ? このオレは魔界でも随一の魔王様に――」
「いつまで余裕かまして喋ってんだよ」
「貴様ァッ……」
「……もしかして、まだ気づいてないのか?」
「なにを――」
そこで、バフォメットは初めて気がついた。
ここまで白河が使ってきた上級魔法が、上空で渦を巻いていることに。
「俺の攻撃はもう発動してんだぞ」
「……あ、ああッ!?」
白河が銃口を上げるのを合図にして、その渦が急速に集まっていく。
「そんな、馬鹿な……ッ! その魔法は、魔王様の――」
「死にたくなきゃ、死ぬ気で避けな――《グラビティ・ブラスト》」
次の瞬間。
轟音と共にバフォメットは大地に沈没した。
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TIPS
・得意武器、不得意武器 その2
プレイヤーには得意武器や不得意武器の設定がなく、すべての武器を好みによって使い分けられる。
さらに自分のスタイルに合わせてスキルや魔法を取得することで、既存カテゴリに分類出来ない唯一のハンターを生み出せる。




